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2020.07.31 Fri ひとつひとつのいおしいいのちたちに捧げるラブソング 小島良喜ピアノソロライブ

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 7月27日の夜、小島良喜のピアノソロライブに行きました。
 小島良喜もコロナウイルスの影響でコンサート、ライブの中止が相次ぎましたが、ようやくごく最近、感染予防対策を施したライブハウスなどで活動を再開したところです。
 久しぶりに大阪に来るということで、感染者数も増え始め、出歩いたら行けないといわれる高齢者で、しかもライブハウスに行くのですから、「自粛警察」に断罪されることを覚悟して参加することにしました。珍しく妻も行きたいとのことで、田舎の能勢に住んでいますのでライブハウスの上のビジネスホテルに泊まることにしました。

 小島良喜は自身のピアノはもちろん、アレンジにもプロデュースにも定評があり、また井上陽水のツアーなど、数々のライブシーンやスタジオセッションで活躍するピアニストです。わたしは1990年に豊能障害者労働センターが主催した、今は亡き桑名正博のチャリティコンサートの時にはじめて出会いました。その時はロックのピアニストだと思いこんでいたのですが、2002年に再会した時にはジャズ・ブルースのピアノを聴かせてくれて、音楽のことはさっぱりわからないわたしですが彼のピアノの虜になってしまったのでした。
 この日のお店はいつもとちがい3密をさけて予約した20人ぐらいのお客さんで、お店もミージシャンもお金にはならないけれど、少しでもライブを楽しんでもらおうという心意気だけで開かれたという感じでした。その代わり、聴く側のわたしたちにとってはめったにない特別に贅沢なライブになりました。

 いつも感じるのですが、小島良喜のピアノは海のようです。砂浜に置き忘れられたピアノを彼が弾き始めると、荒れた海に向かい沖へ沖へ、太平洋を渡りジャズ発祥の地・ニューオーリンズやブルース発祥の地と言われるミシシッピー州へと還っていくようです。
 最初に出会った1990年頃の小島良喜のピアノは、軽やかで明るくてきらきらしていました。夕暮れの浜辺、銀色の波と沈みゆく太陽が溶け合い、波に取り残された貝殻や小石や砂粒たちが思い思いの音楽を奏で、夜の訪れを待っている…、といった雰囲気でした。
 それからずっとのち、2002年にあった時にはかなりちがったピアノに感じました。アンドレ・ブルトンの著書「ナジャ」の中で、マルセイユの旧港の埠頭で日没のすこし前、ひとりの画家がカンヴァスにむかい、沈みゆく太陽と闘っている。彼が描くよりも早く太陽はより沈み、それを追いかけている間に日が暮れ、水面の光もなくなり、やがてキャンバスは真っ黒になって完成するというエピソードがあります。
 ブルトンはその絵をとても悲しく、美しいものに思ったと書いていますが、小島良喜のピアノからはわたしの人生を追いかけてくる、真っ黒なキャンバスに塗り込められた空と海と「もうひとつの永遠」と悲しみと叶わぬ夢と堕ちていく失楽の恋と裏切りの青春…、その無数のひとつひとつに閉じ込められた音楽が黒い媚薬となってあふれ出て、わたしは落ち着いて聴くことができなくなるのでした。
 小島良喜のピアノに乗って海を渡り、ニューオーリンズから戻ってきた黒い音楽は、遠く長いアドリブを経て少し危ないにおいを漂わせながら今、バーボンに溶けていきます。わたしは世界中の海の中で涙の次に2番目に小さなその海をゆっくり飲み干します。
せきたてるように小島良喜が一段と厳しくそして柔らかく楽曲のテーマを弾きながら、昔と変わらずピアノに笑いかけるように何やら呻きながら語りつづけます。
 その時ふと気づくとここはもう海ではなく、わたしたちはいつのまにかどこかの教会の中にいるのでした。
この半年の間に世界中の墓場という墓場に向かって70万人の死者のたましいが走り抜け、しかもその数は日を追って増え続けることでしょう。この非情な世界がいつ静かな朝を迎えるのか見当もつきません。
 ほんとうに久しぶりに聴いた小島良喜のピアノはゴスペルソングのようで、奪われたいのちと引き裂かれたいのち、去り行くいのちと残されたいのち、それらのひとつひとつのいおしいいのちたちに捧げるラブソングのようでした。
 そして、世界中のピアニストが世界中のピアノの前で、無数のさまようたましいたちの止まることのない涙とあふれつづける音粒たちを拾い上げるように鍵盤をたたいていることでしょう。小島良喜もその中のひとりなのだと思いました。

 それにしても、これも何度も思い何度も書いてきましたが、ピアノはとてもエロチックなものだとあらためて思います。子どもの頃に同級生の女の子の家にあったきらきら輝く黒い肌のピアノを、見てはいけないものを見てしまった初めての性的な体験としてずっと心に残っていました。
 大人になって小島良喜のピアノに始まり、ジャズやクラシックの何人かのピアニストの演奏を聴くたびに、なまめかしい88の鍵盤がピアニストのしなやかな指と交わり、からみつき、重なり、ひとつにつながっていく快楽の場に立ち会っている錯覚に陥ります。
 普通は身体ひとつで全国を飛び回るピアニストと、全国いたるところ、たとえそこが裏町酒場の片隅でほこりをかぶったままのピアノであっても、恋人たちの一夜の逢瀬と刹那の恋にふるえるラストソングが聴こえてくるのでした。

少女の母親が死んだ日もあの曲がきこえました
少女の父親が死んだ日もあの曲がきこえました
少女が学校で叱られた日もあの曲がきこえました
少女が少年に心をうちあけて わらわれた日もあの曲がきこえました
少女はピアニストを撃てとつぶやいて
じぶんの耳にピストルをあてました
                       「ピアニストを撃て」 寺山修司

小島良喜&小林エミ kojima solo〜"A" Cat called "C"

コジカナヤマ(島英夫). Truth In Your Eyes .Live at ミスターケリーズ 2014.1/28
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