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2020.04.22 Wed ヒッピーに捧ぐ 忌野清志郎と渡辺大知

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検死官と市役所は君が
死んだなんて言うのさ   
明日また楽屋で会おう
新しいギターを見せてあげる
(「ヒッピーに捧ぐ」RCサクセション「シングル・マン」収録)

 わたしはラジオを聴いたり、ネットの音楽配信やCDをいつも聴くというほどの音楽好きでもなく、音楽に詳しいわけでもありません。
 ただ子どものころ、戦後の日本全体が不安定なグライダーのように低空飛行を続けていた時代、大衆食堂を一人で切り盛りして兄とわたしを育ててくれた母が大好きだった三橋美智也の「おさげと花と地蔵さんと」や広沢虎造の浪曲「森の石松」、美空ひばりの「波止場だよお父つぁん」や春日八郎の「別れの一本杉」が中古ラジオから流れてくると、子ども心に「いつか世の中もぼくの家族も貧乏から抜け出せる」という根拠のない希望がふつふつと湧き上がってくるのでした。
 青春時代を迎えても森進一や北島三郎など昭和の流行歌がわたしの心の友でしたが、突然ビートルズがやってきて田舎育ちのわたしの心にもポップスやロックやリズム&ブルースやジャズなど、ワールドミュージックが届くようになりました。
 それからすでに半世紀、人生の黄昏をかみしめる年齢になっても、実人生で出会うミュージシャン以外はもっぱらテレビの音楽番組やドラマの主題歌などで若い才能と出会うたびに老いた心を震わせています。
 4月4日にNHKBSで放送された「忌野清志郎トリビュート! ~ナニワ・サリバン・ショー2020~」で、そんなわたしの決して感度の良くないアンテナをなぎ倒した若者が歌っていました。音楽を良く知る人なら何をいまさらと思われるでしょうが、その若者とは渡辺大知でした。
 彼が歌った「ヒッピーに捧ぐ」は忌野清志郎へのリスペクトというよりは、ぺんぺん草が生える心の荒野と青ざめた空を隔てる時代の地平線を走り抜けた忌野清志郎のたましいが乗り移ったようでした。
 青春が、時代が明るいとだれにも言わせまいと行き先のない悲しみと孤独をこの歌につめこんで、もう決してやってくるはずのない朝を夜の空にしまい込んだ若かりし清志郎のたましいの歌…、もし歌うことをやめたら清志郎のたましいと共振する無数のたましいも忘れ去られてしまう切羽詰まった叫びが、長い時をへて渡辺大知の心と体からあふれ出すのを見ました。

 「ヒッピーに捧ぐ」は1976年に発売されたRCサクセションの3枚目のアルバム「シングル・マン」に収められた楽曲です。1970年にフォークグループとしてデビューした彼らが1980年にロックバンドとしてあっという間に日本の音楽シーンを席巻するまでの不遇の時代にレコーディングされた「シングル・マン」は発売にこぎつけたもののすぐに廃盤になっていましたが、ロックバンドとして注目されるようになり、1980年に再発売されました。ちなみに、このアルバムにはあの名曲「スローバラード」も収録されていて、80年代の日本の音楽シーンを突っ走ることになるRCサクセションが、すでにロックバンドになっていたことを教えてくれます。
 彼らがビッグになる夢を見ていたヒッピーというあだ名のサブマネージャーの死を悼んだこの歌には、数少ない理解者をなくした大きな悲しみと、周りにも世間にも受け入れられない絶望がひとつひとつの言葉とメロディーに刻印されていて、もうひとつの挽歌「まぼろし」とともに何度聴いても曲の最後に涙があふれてくる名曲です。
 もちろん、RCサクセションの楽曲はとても明るくポジティブで、傷つきやすい心を励ましてくれる曲が圧倒的に多いのですが、わたしはこのアルバムに詰め込まれている怒りや途方もない悲しみから、彼らのロックが始まったのだと思うのです。
 「ヒッピーに捧ぐ」は実話そのもので、現実の悲しくショッキングな出来事の一つ一つを忌野清志郎が歌にしなければその現実を乗り越えられなかった切実さがあります。この歌に限らず忌野清志郎がつくる歌詞は日常会話でふつうに使う言葉がそのまま歌となって聴く者の心に届けられ、その直接性がシンプルなロックになっていきます。
 戦後長い間、「日本語でロックは歌えない」という通説がありましたが、「ハッピーエンド」が道をつくり、RCサクセションによって日本語でしか歌えないロックが生まれたのだと思います。力強く骨太でノリのいい演奏と、繊細で切なく無垢な愛を歌うバラード、ソウルフルなヴォーカルが合わさってつくられる彼らのロックンロールは、これからも若い人たちに影響を与え続けることでしょう。

 新型コロナウイルス感染症予防のためと、音楽イベントに限らず劇場など表現行為の場が自粛に追い込まれている今、ひとがひとであるためにもっとも大切なだったはずの「人と人とのふれあい」をなくすことが求められます。今は仕方がないと暗闇を迷いながら通りぬけた果てに、わたしたちは元の居場所に戻れるのでしょうか。
 以前にうつ病の手前まで行った時、音楽が癒しになるどころか、かすかすのスポンジになってしまった私の心を潤すこともかないませんでした。どんな言葉もどんな音楽も届くことがないと絶望していたわたしに届いた唯一の音楽は、たまたまテレビのドキュメント番組で沖縄のいくつもの島でライブツアーをしていた「モンゴル800」の「小さな花」でした。その時、わたしは号泣し、かすかすのスポンジの心が涙で満たされました。
 そして毎年開催してきた「ピースマーケット・のせ」が中止になり、当面の目標をなくしてしまった今、渡辺大知に乗り移った忌野清志郎の「ヒッピーに捧ぐ」はわたしの心を激しくたたきました。そして、大人になったわたし自身に裏切られた青春のうれしい復讐におろおろしながら、わたしは号泣してしまいました。

カーラジオから
スローバラード
夜露が窓をつつんで
わるい予感のかけらもないさ
ぼくら夢を見たのさ
とてもよく似た夢を
(「スローバラード」RCサクセション「シングル・マン」収録)

「ヒッピーに捧ぐ」RCサクセション

『抱きしめさせて』渡辺大知

「スローバラード」RCサクセション

「傘がない」忌野清志郎・井上陽水・高中正義
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