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2019.04.09 Tue 維新の会の圧勝は、わたしたちの心の中に巣くう「成長神話」を捨てられなかった結果



 大阪府知事・大阪市長選挙は大阪維新の会の圧勝になりました。
 「十年前の大阪に戻っていいのか」、「大阪の成長を止めるな」といった挑発的な言葉が思惑通りに浸透し、大阪の民意にされてしまいました。
 公務員たたきや、他者へのねたみを味方にした維新の会の政治手法は、民主主義を煽情的かつ刹那的なものにしました。その結果が今回の圧勝になったのでしょう。
 「身を切る改革」と言い換えて小泉政権の聖域なき構造改革も自らの手柄にし、インバウンドに支えられた「成長」も自らの実績とする維新の会のたくみさには恐れ入ります。
 しかしながら、大阪維新の会もその支持者も都構想が実現し、2025年の万博とカジノで大阪の経済がもっと良くなると信じているとしたら、そのことの方が恐怖と言わざるをえません。
 実際、丁寧に検証することよりも、東京へのねたみを利用する「大阪都構想」には2025年から始まるといわれる東京の停滞を意識したあざとさを感じるのはわたしだけではないでしょう。安倍政権の成長戦略のおこぼれを狙う「大阪の成長」はオリンピック以後の経済停滞に備えるどころか、アベノミクスの負債を背負うことにならないという保証はありません。日本経済の一段の停滞が現実になりつつある今、観光と浪費をあてこんだ万博イベントとカジノ・IR建設の地が、後の世にふたたびぺんぺん草に覆われた廃墟と荒野になってしまわないかとても心配です。
 わたしは安倍政権や維新の会の無茶な成長戦略を捨て、さけることができない人口減少と経済停滞の社会になっても、助け合いと分かち合いによって「こんな暮らしもありか」と誰もが思える構造改革を今から準備しなければと思うのです
 その意味において、今回の維新の会の圧勝は、戦後のがれきからさまざまな政治的バイアスを潜り抜けて、わたしたちの心の中に巣くう「成長神話」を捨てられなかった結果ともいえるのではないでしょうか。
 そうならば、維新の会を選択したひとびともいっしょに、

成長がなくても安心できる豊かな国や社会は実現できないのか
東京をはじめとする都市集中型の社会ではなく、小規模な町の「顔の見える経済・社会・文化」をゆるやかに築く地方分散型の社会はできないのか
「年老いることや介護を必要とすること」がいけないことと当事者に思わせる福祉サービスしか用意できないのか
学校が子供たちを調教する教育の場ではなく、さまざまな個性を持つ子どもたちが学びあう場になることは理想でしかないのか

 さまざまな問題や宿題をひとつずつ解決するために話し合い、助け合うことは、実はとても勇気のいることだけれど、今生きているわたしたちだけでなく、かつてこの町で生き、恋し、夢見てきた数多くのひとたちが残した記憶も、またこれからこの町で生きていくだろう子どもたちの切なく幼い夢も、このまち・大阪の路石の下にいっぱいつまっていることを信じて、ここから一歩踏み出して、あなたと出会い、話しあいたいと思うのです。
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