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2019.02.16 Sat リアルな体験から想像力による体験・朗読劇「忘れない吹田空襲1945Vol.2」

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 2月11日、吹田市のメイシアター小ホールで開かれた、朗読劇「忘れない吹田空襲1945vol.2」を観に行きました。2104年に発足した「吹田の空襲を語り継ぐ会」の上演によるもので、戦争の記憶を引き継いでいきたいと、吹田の戦跡を訪ねたり戦中体験の聞き取りなどの活動とともに、朗読劇をさまざまな所で上演されてきました。
 能勢のピースマーケットでも上演していただいたのですが、スタッフのわたしは観ることができずにいました。
 開演後、ゲストの長野たかしさんと森川あや子さんのライブがありました。この日は別のイベントでも声がかかっていて、かけもちで大忙しだったようです。
 長野さんたちのフットワークの軽さは、主催者の思いの深さからくるものなのでしょう、とても自然体で、世の中を憂いながらも道ばたの草花がくれる小さな希望をいとおしくすく上げる歌に心が救われるようでした。
 いつも歌われる「コップ半分の酒」は森川あや子さんが亡くなられたお父さんのお話を歌にしたもので、戦争によって傷ついたひとりの人間の心と体を通り過ぎてきた肉声は、どんな戦争の記録よりもなまなましく、時代も世代も超えて今も戦争は終わっていないことを実感しました。
 
 休憩をはさんで、いよいよ朗読劇が始まりました。この劇は戦時中、中学校教諭だった山内篤編「吹田空襲の記録-大阪空襲と吹田-」に収められた証言と吹田警察署長の日誌をまとめた冊子を原本にしています。1937年に制定された防空法は戦局がきびしくなるにつれて改訂され、「空襲から逃げるな、火を消せ」など、不条理で理不尽な命令を国家と軍部が強制する中、空襲の被害に至る吹田の人びとの暮らしぶりが克明に記録されているこの冊子の証言が、会の代表の真木みさおさんの作・構成・演出による朗読劇によって再構築され、次の世代へと受け継がれていくのでした。
 戦後生まれのわたしは、どこか戦前戦中の暮らしと切り離された感覚があり、リアルな戦争体験がないまま戦後の混乱期の記憶しかないのが実情です。
 わたしの母は戦前天保山の遊郭のそばで喫茶店を営んでいましたが、戦後すぐにJR千里丘駅の近くに引っ越して、料亭の中居さんをしているときに知り合った男との間に兄とわたしを生み、その後シングルマザーとして高校卒業までわたしと兄を育ててくれました。
 それが妄想なのか記憶なのか、今でもはっきりしないのですが、母がわたしを背負い、東海道本線のJR吹田から東淀川あたりの線路に入り、貨物列車が落としていったコークスを拾いに行くのですが、真っ暗なトンネルに入ると親子心中を試みるという悪夢が長い間わたしに付きまとっていました。母にそれとなく聞くと、実は私の兄がその頃不治の病と言われた結核性脊椎カリエスにかかり、片足を切断しなければならないという時に、わたしが裸電球の明かりが頼りなく揺れる部屋で、何本も蚊取り線香に火をつけ「おかあちゃん、部屋が明るなったやろ」と無邪気に笑うのを見て、親子心中を思いとどまったそうです。
 わたしが高校を卒業する時、どちらかというと悲しくて切なくて、いい思い出がほとんどなかったJRの沿線を離れ、大阪の岸の里近くのアパートを借り、高校時代の友人と共同生活を始めましたが、それも長続きせず、一人暮らしを始めた場所がJR吹田駅近くのアパートでした。
 朝早く、アパートの2階の窓を開けると吹田操車場へと続く貨物線路があり、蒸気機関車が車両の入れ替えなどをしていたと記憶しています。真っ青な空にもくもく白い煙が立ち上る風景は、人生への一歩もまだ踏み出せず、立ち往生していた足元の青春の青い淵から転落しないように必死に不確かな未来にしがみついていた19歳のわたしがいました。
 
 今回の朗読劇の舞台はわたしの子ども時代と、断続的につながる青春時代をつらぬいていて、出てくる地名は昔慣れ親しんだものばかりでした。
 そして、わたしの切なくも悲しい物語が詰まったこの沿線の戦後の向こう側に、吹田空襲へとつながる戦前のひとびとのさらなる悲しい物語がいっぱい詰まっていて、戦前戦中戦後という歴史の年表ではすくい上げられない人々の無念と、子どもの頃のわたしの悲しみが深くつながっていることを教えてくれました。
 そんな思いでこの劇を見ていると、遠い昔の出来事と思える戦争体験や大阪大空襲、吹田空襲が過去の出来事ではなく、ほんの70年前の出来事で、がれきと煙に包まれた吹田とその周辺でかつて胸膨らませていた子どもたちのたましいが今もこの場所とわたしの心に漂い、立ち消えてしまった小さな希望を追い求めているように感じました。
 朗読劇という表現は初めての経験で、ダイアローグでもなくモノローグでもなく、時には群像になり、時には一人一人になり、表面的には無味乾燥な記録の言葉が血塗られたり泥まみれになったりして、セリフとは言えない役者の言葉が観客に突き刺さります。
 しいて言えば、観客とのダイアローグといったところでしょうか、その表現の力がベースとなった冊子の記録から、伝えなければならなかった真実を今の時代に再構築してくれるのでした。
 リアルに戦争体験を語れる人々が高齢になり、数少なくなってきている今、フィクションの力と想像力によって世代を越えて戦争体験が受け継がれ、2度と同じ道を歩いてはいけないと、この朗読劇から学びました。
 「吹田空襲を語り継ぐ会」のみなさん、ご苦労様でした。そして、ありがとうございました。
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