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2021.06.29 Tue 人間が最後に罹る病としての希望すら、戦後民主主義を何枚何十枚も衣替えしてきた「政治」による救済はあるのか? ドラマ「コントがはじまる」

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 わたしはテレビドラマが好きで、妻から「時間の無駄遣い」という批判も受けながら、自分自身でも人生の残り時間がなくなってきているのにと思いながら麻薬のように見てしまい、後悔することが多いこの頃です。
 若いころは山田太一のドラマを見ては、あくる日に友だちと何時間も感想を語り合うのが楽しみでした。その中でもNHKの土曜ドラマ「男たちの旅路」シリーズの「車輪の一歩」(1979年)は障害者の問題を、「シルバーシート」(1977年)は高齢者の問題を描いた名作でした。「車輪の一歩」では「人に迷惑をかけるなという、社会が一番疑わないルールが君たちを縛っている。君たちが街へ出て、電車に乗ったり、階段を上がったり、映画館へ入ったり、そんなことを自由に出来ないルールはおかしいんだ。むしろ堂々と胸を張って、迷惑をかける決心をすべきだ」といった鶴田浩二のセリフは当時のわたしの心に突き刺さりました。また、「シルバーシート」では都電を占拠した老人たちを説得する鶴田浩二に「あんたはまだ若い、あと20年たったらわかる」という笠智衆のセリフもまた当時はもちろん、今まさにこのドラマの老人たちと同じ年齢になってより一層、わたしの心の奥深くにしみこんでいます。これらのドラマが発信したメッセージにいまだ社会が追い付いていないと強く感じる今、40年以上前のこれらのドラマがいかに時代をはるかに越えた未来を予見していたのかと、感じ入るばかりです。
 それから数年後、わたしは思いがけず障害を持つ人と出会い、以後わたしの人生の半分を障害者問題とともに生きることになりました。この2つのドラマに直接影響されてというのではなく、むしろテレビドラマがわたしの実人生を予見していたのでした。
わたしにとってドラマは社会の覗き窓でもあり、未来からの使者でもあったのです。

 今年の春は、心に残るドラマがいくつかありました。「イチケイのカラス」、「大豆田とわ子と三人の元夫」、「コントが始まる」、「ハルカの光」、「半径5メートル」と、いつも以上にいそがしく、その上最近は深夜のドラマがかなり良くて、「あの時キスしておけば」まで見ると寝る間もないほどでした。もっとも、わたしが好きな番組は一部の偏ったひとたちにしか好まれず、視聴率がよくないものが多いみたいです。
 今回の春のドラマも「イチケイのカラス」以外は視聴率を求めるドラマとは言えなかったかも知れません。テレビ離れが進み、その中で20代から40代をターゲットにして視聴率を求めれば、ドラマもまたイケメンによる「胸キュン」中心になるのはやむをえないのでしょう。
 先にあげたドラマはそれぞれ心に残るドラマでしたが、そのなかでも「コントが始まる」について感じたことを書こうと思います。
 「コントが始まる」は、1993年生まれの菅田将暉、中野大賀、神木隆之介、有村架純に、古川琴音、芳根京子が加わった今が旬の人気俳優をそろえた豪華なキャストでした。
 ドラマは「売れないコントグループの解散」の物語です。
 お笑い芸人グループ「マクベス」のメンバーはハルト(菅田将暉)、ジュンペイ(仲野大賀)、シュンタ(神木隆之介)の三人。ハルトとジュンペイが文化祭でコントを披露し、卒業してもコントをやって生きていこうと決意したのが高三の時でした。高校卒業して10年は夢を追うことにしました。5年後にシュンタも加わり「マクベス」は三人組となります。
 10年目の春、大躍進を予感させることは何も起こらず、話合いのすえ夢から撤退し、2か月後にグループを解散することになります。
 そんな彼らがいつもネタ合わせの後に毎週通うファミレスのアルバイト店員・中浜さん(有村架純)は三人の熱気と楽しそうな雰囲気に惹かれ、「マクベス」のファンになります。彼女は働いていた企業に裏切られ、ほぼ生きる気力をなくして引きこもりだったところを同居する妹(古川真琴)の助けでやっとファミレスのアルバイトができるまでに回復したところでした。
 彼女はマクベスのコントが面白くてファンなったのではなく、反対に「面白くないコント」を不器用に必死に続ける彼らに自分を重ね、傷ついた心をゆっくりと癒やしていくのでした。青春ドラマというよりは、青春の終わりをリアルに描き、「すでに若くない」若者のひとりひとりの人生と、それでも友だちと共に生きていく人生、彼女彼らにとって後につづく途方もなく長い二つの人生を生きなおす決心をする…、とても痛くて切ないドラマでした。
 実際、18歳から28歳という10年は、誰にとってももっとも輝き、そしてまたしばしば輝きをなくしていく10年でもあると思います。
 すでに何度も書いてきたことですが、わたしの場合はマクベスのようなある意味過酷な10年とはけた違いで、友だちとの6人暮らしに甘えながら天秤皿の一方に見たくない、さけて通り過ぎたい現実のすべてを乗せ、もう一方に何の根拠もない夢と切ない希望のありったけを乗せて、なんとか生きてきた10年でした。
 そんなひとりよがりの人生が長くつづくわけはなく、友だちとの共同生活は3年と持ちませんでした。その後の長い時間は、おりしも世の中が高度経済成長の荒波におぼれそうになりながらも他人の夢と、いつかは行き詰る切ない希望に身を任せた、今から思えば身震いするほど恥ずかしい人生を生きてきたように思います。
 それに引き換え、彼女彼らはバブルがはじけた就職氷河期に生まれ、失われた20年、いや失われた30年を個人の事情だけでは切り抜けられないところに社会全体が追い込まれてしまった時代を生き抜かなければなりません。
 いつのまにか、明日にもう、なんの夢も希望もないことを知ってしまった世代が社会の担い手になろうとする今、彼女彼らの夢や野心や欲望や絶望や、人間が最後に罹る病としての希望すら、戦後民主主義を何枚何十枚も衣替えしてきたこれまでの「政治」では救済できないところに来てしまいました。こんな時代を用意してしまったわたしの世代の罪をいくらここで書いてみても、言い訳にもならないことを実感します。
 こんな過酷な時代を担わなければならない彼女彼らには、「マクベス」の10年は決して夢を追い続けた10年でも夢を失いつづけた喪失の10年でもありません。その10年に甘い夢などこれっぽちも持たず、むしろ高校時代の淡い夢を厳しい現実で検証し、時間をかけて目を覚ました、愛おしい10年だったと思います。いつの時代でもどの世代でもやってくる青春の儚い光は、回を重ねるごとに彼女彼らを通して、70歳を過ぎたわたしにも暖かいひとのぬくもりを感じさせてくれます。このドラマの視聴率が低かったのは、 こんな過酷な現実をこれ以上見たくない人たちがたくさんいて、ある時は心を縮ませ、またある時は世界の果てまでも欲望の翼を広げる毎日を生きているからなのだと思います。
 グループを解散しないでいいような一発逆転の展開もなく、実人生の10年をかけて恋を実らせたジュンペイ、解散後世界一周のあてのない一人旅に向かうシュンタ、そして中浜さんもまた勇気を出して再度企業に就労へと踏み出す中で、シュンタだけは現実をまだ受け入れられず取り残されたように思います。「マクベス」へのこだわりで友だちの10年を奪ってしまったことへの後悔が残るシュンタに、中浜さんは自分も含めてお客さんを幸せにしてきたこと、ぎすぎすした暴力的な世の中を生きるためのささやかな勇気をくれたこと、100人のファンより100回ライブを見に来てくれる一人のファンを持つ「マクベス」の10年は豊かな時間だったと話してくれます。
 物語の展開から視聴者が期待する2人の恋がまったく芽生えなかったことがこのドラマを名作にしたひとつですが、その分だけ有村架純がとてもまぶしく、いい女優さんになったなと思いました。
 それにしても、今のバラエティーブーム、お笑いブームは私が思ってきた諧謔を仕込んだ「笑い」ではなく、金太郎あめのような同調圧力による微笑みのファシズムのようで少し恐怖を感じていたわたしは、このドラマで「マクベス」が演じるコントがまったく面白くなかったことが逆説的で、救われました。

あいみょん – 愛を知るまでは「コントが゛はじまる」主題歌

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