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2021.02.05 Fri 希望をグローバル化するためにたたかいをグローバル化しよう。 斎藤幸平「人新世の『資本論』」

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「希望をグローバル化するためにたたかいをグローバル化しよう。」
(国際農民組織「ヴィア・カンペシーナ」のメッセージ しんぶん赤旗2008年7月17日 斎藤幸平「人新世の『資本論』」から引用)

 1966年、高校を卒業後半年働いた建築設計事務所をやめたわたしは、しばらくして大阪本町駅の近くのビルの清掃員に応募し、3年間働いていました。
 最初は7時半から3時半で、普通の仕事より早く終わるのが魅力で、同世代の若者のように政治的な行動に明け暮れるわけでもなく、夕方には心斎橋あたりをうろうろし、どこに行くあてもなく時間をつぶしてはアパートに帰る毎日でした。
 わたしの職業人生のはじまり、いや人生そのもののはじまりはビル清掃員で、わたし以外はおばあちゃんたちで、彼女たちは世間知らずで社会性の全くないわたしを温かく迎え入れてくれました。仕事することのほんとうの意味も人生のうれしさや悲しさも、それぞれの人生経験を通して教えてくれました。1967年、高度経済成長へと突入する日本経済では、ビルのメンテナンスの一つであるビル清掃も大きな成長産業だったようなのです。働きに来ていた数人の人たちは生活のためというよりはいわゆる「嫁姑」問題で「嫁」から逃げて自分の居場所を求めてやってきたひとがほとんどで、そのころで日給数百円程度の収入は生活費の負担など家庭内の人間関係のために使われているようでした。
 夜も働き始めるようになってしばらくたったある日、主任のおばあちゃんから「にいちゃん、わたしらな、事務所で出る段ボールや書類、新聞を売ってそのお金をみんなで分け合ってんねん。もしよかったらあんたも仲間になれへんか、若い人の力が加わると、段ボールをたたんで縛る仕事がらくになるんやけど」といいました。
 もちろん、それはやってはいけないことでしたが、このビルの清掃員数人だけの小さな会社で、その「非合法」なアルバイトでできるお金もおばあちゃんたちの孫への小遣いやおもちゃを買ったりする程度のささやかなものでしたから、社長さんも見逃してくれているようでした。ともあれ彼女たちにとってそのビルの会社にだけは知られないようにとこっそりつづけている、ひそやかな楽しみだったのです。
 わたしはしばらく考え、仲間になることにしました。実際の仕事はできるだけ早く8階建てだったその会社の各階フロアーのごみをすべて回収し、現状有姿で各机をふき、特に輸出入や国内出荷入荷に使用する段ボールの整理回収など、通常の仕事をできるだけ早く済ませ、その後みんなで仕分けが終わった頃に廃品回収のおじさんが引き取りに来てお金を払ってくれるというあんばいでした。
 そのころはまだどこの会社もセキュリティが甘く、わたしたちは社長室をはじめ重役室も秘書室も、また今では考えられない大きさのコンピューターを何台もおいてキーパンチャーが活躍していた電算室にも自由に入り、掃除を請け負っていました。
 各フロアーや重役室には毎日さまざまなジャンルの本や雑誌がたくさん送られてきて、それらの本の中には中国やソ連、北朝鮮関係の雑誌もあり、政治的なことも社会のことも全然知らなかったわたしが金日成の「主体(チュチェ)思想」を知ったのもそれらの雑誌からでした。
 そのころのわたしは社会主義も資本主義も何も知らない若者でしたが、アメリカをはじめとする自由主義経済とソ連や中国をはじめとする社会主義経済が、鉄鋼の生産高や経済成長率などをもとにどちらが発展しているかを競争しているのがとても不思議でした。正義ともう一つの正義が戦争を引き起こしてきたように、その競争はとても危険でむなしいものに思えました。どちらも当時のGNP、今のGDPでわたしたちの幸せや豊かさを測れるという、国家の押しつけがましい権力の匂いがしました。
 そして、わたしたちの小さな犯罪はこの経済競争のどこにあたるのかと、考えていました。

 それから何年たったことでしょう。わたしはその後一般企業で20年近く働いた後、豊能障害者労働センターで活動することになりました。今はともかく、そのころのセンターは戦後すぐの日本や世界のいたるところで飢餓が深刻化する絶対的貧困ではないものの、世の中が高度経済成長からバブルに突入してもなお、分け合う給料がつくれずにいました。それでも一年の終わりには障害のあるひともないひとも「今年もなんとか暮らしてこれたな」と幸運を喜び、応援してくれたひとびとへの「ありがとう」をかみしめながら笑いあっていました。
 そのころの合言葉は「もしも愛がすべてなら、愛しいお金はどないなる」、でした。実際、「お金じゃない、愛だろ」といえる余裕が経済的にも心にもなく、反対にみんなでつくりだしたささやかな十円、百円、千円、万円が涙や笑いや希望や夢がかくれんぼしている、とても愛おしい恋人に思えたのでした。そこにあるのは世界中をたった一秒で駆け巡る何千億というお金では決してなく、また国家社会主義や福祉国家による「富の分配」からこぼれおち、さみだれるお金でもない、世の中の袋小路と思われる通路の先の重い扉の向こうに突然ひろがる真っ青な海と空がまじりあう永遠のように、昔からわたしたちのすぐそばにいながら、遠い未来からやってくる「ともだち」というお金でした。
 そこからまた何十年も過ぎ、世の中も世界もこの星も、もうどうにも分かり合えない、愛し合えない、語り合えない、手をつなげない、さよならさえ言えないほど、わたしたちは引き裂かれ、自分の行方不明を知らせる手立てもないところにまで追い詰められた今があると感じます。
 斎藤幸平氏の「人新世の『資本論』」を読み、わたしの支離滅裂でやぶにらみの資本論はその読後感とともにわたしなりの人生のプラットホームへと導いてくれるようでした。
 それは希望の書であると同時に、今を生きるわたしたちが参加し、何かを始めなければ読み終えることができない禁断の書でもあると思います。

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