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2020.01.07 Tue 大みそかをたったひとりで過ごすひとに届けられる歌がある。 島津亜矢&清塚信也「糸」 紅白歌合戦

島津亜矢 2019紅白

 昨年の大みそか、紅白歌合戦に島津亜矢が出演し、中島みゆきの「糸」を歌いました。
 一昨年の紅白で「時代」を歌い、天皇の世紀・平成の終わりを象徴する演出とともに島津亜矢の熱唱が多くの反響をよびました。
 紅白歌合戦は年々バラエティー化と若いひとをターゲットとするパフォーマンスに舵を切る演出に賛否両論が相交じり、結果的には視聴率の低下がつづいています。
 一方で「なぜこの歌手が?」という批判にこたえてというよりは批判に乗じて演歌歌手の出演が激減していることと、また一方では若いひとから圧倒的な人気と支持を受けたJポップを中心とする若い歌手の出場と年々派手になるバラエティーに快く思わない伝統的な「紅白ファン」の不満噴出の合間で方向感覚を見失ってしまった紅白は、時代の写し鏡として大衆音楽そのものの行き詰まりを色濃く反映していると私は思います。
 そして、今回の紅白はその論議に決着をつけたかのように大きくひとつの方向性を指し示し、よくも悪くも一歩踏み出したのではないでしょうか。
 ひとつはかつての紅白を懐かしみ、その原点に返るべきだという声よりも、もう何年も前からJポップが日本の音楽シーンのメインストリームであることと、吉本新喜劇をはじめとする笑いを中心に据えたバラエティー番組であることを素直に認めたことでしょう。
 それは同時に長らく国民的番組として自他ともに認められてきたこの番組が、大みそかの単なる大きな音楽番組として位置付けることでもあります。
 さらに言えば日本の敗戦から立ち上がり、「復興と再生を成し遂げた」日本社会の成長神話の爆走の中でひとびとの心を励まし、なぐさめてきた歌謡曲の終焉と戦後民主主義の大きな転換(あるいは終焉?)を受け入れざるをえないところに追い詰められていることを予感しているともいえるのではないでしょうか。
 その象徴が、AIによる美空ひばりの再現で、戦後原子力ユートピアを経て1960年代の「鉄腕アトム」、1970年の大阪万博の「科学の進歩」が、2020年のオリンピックと2025年の大阪万博に向かって爆発的に進化し、人類の進歩と幸福と豊かさを高々に謳い上げる「科学の妄想」を予感するものでした。
 実際のところ、AIによる美空ひばりは彼女の歌とともに苦しい時代を生き延びた世代にはなつかしさとともに、実は記憶の中の美空ひばりとは程遠い失望をもたらしたのではないでしょうか。今でもまだ、BS放送を中心に美空ひばりの特集番組が組まれていて、あらためて彼女の歌を聴きなおすと、到底AIをはじめとする科学技術で美空ひばりを再現することなどできないことが明らかです。
 今回の試みは美空ひばりという稀有な才能が戦前でもまた近未来でもなく、まさしく戦後という時代の光と闇を歌い、キナ臭い匂いとともにその歌声が何ものにも交換できない戦後民主主義そのものだったことを教えてくれただけでなく、紅白歌合戦そのものが戦後を駆け抜けたサクセスストーリーに彩られた美空ひばりの時代と決別することでもありました。
 今回の紅白における島津亜矢の立ち位置は昨年の「時代」とはちがい、一見目立たない出演となりましたが、クラシック界の貴公子と呼ばれる超人気ピアニスト、清塚信也のピアノとのコラボで中島みゆきの「糸」を熱唱しました。クラシックに疎いわたしですが、以前にTBSの金曜ドラマ「コウノドリ」で、産婦人科医で天才ジャズピアニストでもある主人公がクラブで演奏するシーンの吹き替えをしていたのが清塚信也だと知りました。
 このドラマはさまざまなリスクを背負いながらもいのちの誕生を願い、医師たちが妊婦さんやその家族と生命の奇跡と出会うドラマで、毎回クラブで演奏する挿入曲はどの曲もかけがえのないいのちをすくい上げる愛おしい名曲で、その演奏はピアノの音ひとつひとつが星のようにキラキラ輝きながら舞い降りてくるようでした。
 清塚信也のピアノが無数の塵のようなまだ音にならない音にいのちを吹き込み、メロディーを島津亜矢に託すと、島津亜矢はそのひとつひとつのいのちを歌声に宿し、その濃密で清らかで優しいコラボはたった2分間の演奏でも、また途中で雑音が入るトラブルに見舞われてもゆらぐことはありませんでした。
 わたしは実はそれほど紅白歌合戦が好きではないのですが、長い間ベトナムで仕事をつづけ、11年前に死んでしまった親友のKさんのように海外で年を越す人、また国内で家族と離れ、また家族もなくたったひとりで年を越す人、もしかすると年越しの酒を呑みながら感度のよくないラジオでこの番組を聴いている、そんな人のためにこそ届けなければならない歌があるのではないでしょうか。
 そして、音楽がそれを必要とするひとから生まれ、それを必要とするひとに届けられるものならば、テレビで繰り広げられる華やかなバエティーでは絶対に届かない、ラジオでしか届かない歌もまた、たしかにあると思います。切実に歌を歌い、切実に歌を聴く…、島津亜矢と清塚信也の「糸」はそのひとたちのためにこそ届けられた歌だと信じてやみません。曲の終わりに清塚信也が右手を上げて島津亜矢を讃え、島津亜矢もまた清塚信也に感謝の思いを秘めた姿はいとおしく、涙が出ました。

 島津亜矢以外のパフォーマンスでは、aiko、天童よしみ、山内恵介、Little Gree Monstar、Superfly、菅田将暉、いきものがかりなどがわたしの好みでしたが、なんといってもトップバッターのFoorinの「パプリカ」に驚かされました。昨年ぐらいからわたしの孫など子どもたちに圧倒的な人気があるのは知っていましたが、じっくり聴くととてもいい歌で、阿久悠ではありませんがたしかに時代を歌う歌は今や子どもたちが担っているのだと感心しました。
 この歌といい菅田将暉の「まちがいさがし」といい、米津玄師の時代がやってきたことも今回の紅白が証明して見せました。彼は自閉症だったことを明かしていますが、時代の果てにまで届く音楽が実はマイナスとされたり障害とされたりする感性から生まれることもまたたしかなことなのでしょう。
 もうひとつ気になることとして、東京2020というキャッチフレーズでオリンピックへの過度な誘導がわたしにはあざとらしく思うのです。聖火リレーを福島から始めるとか、原発事故がこれからますます子どもたちの甲状腺がんを引き起こしていること、帰るべき故郷に帰れないひと、理不尽にも被害を受けているひとびとへのいわれない差別、福島の人同士の分断など、「オリンピックどころでない」と怒りと悲しみに打ち震えるひとびとの声が届かないまま、風評被害としてごまかしてしまうこの国と、それをよしとしてしまうわたしたちの心をオリンピックというブルドーザーが押し倒していく…、そんな世相が今回の紅白のオリンピック賛歌を求め、体制翼賛へと大衆芸能を追い込んでいく怖さを感じました。

島津亜矢「糸」(中島みゆき)

清塚信也 - For Tomorrow (TBS系 金曜ドラマ「コウノドリ」(2017)メインテーマ)

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