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2019.09.25 Wed 新しいフォーク演歌に思えた「昭和枯れすゝき」 島津亜矢と三山ひろし・「うたコン」

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 9月24日、NHK総合「うたコン」に島津亜矢が出演し、「宙船」を熱唱、そしてなんと三山ひろしと「昭和枯れすゝき」をデュエットしました。
 まずは「宙船」ですが音程やリズムの正確さはもとより、バックの大合唱とともにロック歌謡と言ったらいいのかこみ上げてくるパッションがほとばしり出る熱唱でした。
 「宙船(そらふね)」は2006年8月、TOKIOの35枚目のシングルで、中島みゆきが自身のオリジナルアルバム『ララバイSINGER』の製作中にジャニーズ事務所より依頼があり、TOKIOに提供したのだそうです。「宙船」は後に中島みゆきのアルバム『ララバイSINGER』にセルフカバー曲として収録されています。
 ただし、わたし個人の感じ方ですが、島津亜矢はどうしても北島三郎と同じく、中島みゆきの歌を歌う時は心が弾け、やや力が入りコントロールのできないまま歌い切ってしまう場合があると感じています。
 実際のところ、中島みゆきのバラードはわかりやすいのですが、こういう速いテンポでたたみかける歌の場合、表面的には荒々しく元気のいい歌に聴こえるのですが、実はとても深い悲しみや怒りを心の底に蓄えながら、声震わせ心震わせて歌をつくり歌っているとわたしは思います。そこがソングライターとしての凄みはもちろんですが、彼女のボーカリストとしての凄みで、天才と言われるゆえんとわたしは思います。
 島津亜矢は今回の出演で語っているように、まず彼女自身がその歌の虜になり、他の歌とちがって歌詠みが十分でないまま気持ちが先走ってしまうのでしょうか。たとえば「地上の星」の場合、高度経済成長を担ってきた人びとの栄光ではなく、ぼろきれのように捨て去られ、忘れ去られた何十万、何百万の労働者の悲惨と無念を歌っているとわたしは思います。中島みゆきの場合、いわゆるべらんめぇ口調の歌唱によってそれがより深く聴く者の心に歌い残されます。
 彼女の初期のアルバム「生きていてもいいですか」に収録されている「うらみ・ます」、「エレーン」、「異国」などはストレートすぎて暗い、重たいと、コアなファン以外は一般に受け入れられませんでした。その後歌手やアイドルに提供したり、ドラマのテーマソングとして依頼を受けたりする、いわば商業ベースの曲を多くつくるようになると、普通ならそこで予定調和的になっていくところ、中島みゆきの場合は彼女本来の思想と言うべきか時代への怒りや悲しみを歌の底に沈ませながらポップな楽曲に仕立て直されています。
 たしかに世間に一番受け入れられ、大ヒットする歌の特徴は表向きは明るく元気でテンポがよく、誰もに受け入れられやすい曲でありながら、その奥にある心の闇に聴き手が知らず知らずに迷い込んでしまい、忘れられないフレーズとメロディーがいつまでも心に残ってしまうのです。たとえば昨年大ヒットした米津玄師やあいみょんがそうですが、中島みゆきはその元祖と言っていいと思います。
 中島みゆきのカバーを歌う多くの歌手の中で島津亜矢は「時代」や「誕生」、「命の別名」など思い切り声を張り上げたくなるところ、歌を詠む力で声量をコントロールできていると思うのですが、「地上の星」がそうであったように、「宙船」もまた島津亜矢が中島みゆきを通してボーカリストとして大きく進化するエチュードになることでしょう。
 もちろん、ポップスのボーカリストとして今大きく羽ばたこうとする島津亜矢の歌唱力は「歌怪獣」という愛称で爆発的に知られるところですが、あえて言えば「歌怪獣」と称されている間にファンも関係者もリスナーも、そして本人の想像をもはるかに越える高みに上っていくプロセスを現在進行形で伴走出来る喜びは何物にも代えがたいものがあります。
 そして、素晴らしいパフォーマンスを届けてくれたのが、三山ひろしとのコラボによる「昭和枯れすゝき」でした。
 「昭和枯れすゝき」は1974年のさくらと一郎のシングルで、翌1975年に放送された「時間ですよ昭和元年」(TBS系列)の挿入歌として、細川俊之演じる十郎と大楠道代演じる菊との居酒屋の場面に効果的に使われたことにより、有線から火が付き、大ヒットしました。また、この歌をモチーフに脚本・新藤兼人、監督・野村芳太郎による映画も製作されました。
 「貧しさに負けた いいえ、世間に負けた」という歌詞で始まるこの歌が発表された時代は田中角栄のロッキード事件、ニクソン大統領のウォーターゲート事件、ベトナム戦争の終結など、世界も日本も激動の季節が通り過ぎた後、アクセル全開となる高度経済成長に取り残されまいと多くの人びとが労働に消費にふりまわされた時代でもありました。
 オイルショックが戦後の経済成長の踊り場をつくり、吹き荒れた政治の季節の微熱が醒める中、立ち止まって社会の行方を見直す機会でもありましたが、結局は大きな波にさらわれ、その後のバブルとその崩壊に身をゆだねてきました。
 大衆音楽は戦前からの歌謡曲から「演歌」というジャンルが生まれ、70年代にフォークやニューミュージックと混然とする中で、エッジの利いた演歌が花開きました。
 そこでは時代錯誤も甚だしく、嘲笑すらふくむコミカルな演歌として、「女の道」、「女の操」と続いたのち、「昭和枯れすゝき」が生まれました。先の2曲とちがい、男と女が手をつないで心中をほのめかすこの歌は、時代に取り残されたひとびと(その中にわたしも入っていたと思いますが)の恨み悲しみ言い訳裏切りなどなど、ひかれ者の小唄にふさわしい反歌と思っていて、昔から大好きな歌でした。少なくともわたしにとって「インターナショナル」や「君が代」よりもはるかにわたしの心情に寄り添い、なぐさめてくれる歌だったのです。
 この歌を三山ひろしとのデュエットで島津亜矢に歌わせたNHKはあっぱれだと思います。この歌は演歌には珍しくハーモニーがグッとくる歌で、わたしの感覚ではJポップに近いものがありますが、オリジナルとカバーが素直につながる名曲だと思います。
 三山ひろしの歌唱力にはきらりと光るものを感じますし、島津亜矢の場合は演歌でもポップスでも誰かと共演する方が彼女の才能を活かせることから、この番組のチームは意外性だけでなく「新しい演歌」をイメージしたのではないでしょうか。
 この歌を聴くと島津亜矢のポップスの歌唱努力が端的に現れていて、彼女が今ポップスを歌えば歌うほど演歌が彼女の歌でよみがえるようです。
 そこが昨今の演歌歌手のポップス歌唱が島津亜矢に追いつけないところで、彼ら彼女のポップスはわたしには演歌歌手のポップスとしか聞こえないのです。かろうじて中森明菜の「DESIRE」を歌った丘みどりがその中では一歩抜け出したように感じます。
 今回の放送で特別のパフォーマンスを届けてくれたのは、「シクラメンのかほり」で布施明と共演した新進のバイオリニスト・木嶋真優が圧巻でした。もともとバイオリンはメロディーラインを聞かせる楽器ですが、彼女のバイオリンはあたかもボーカリストが歌を歌っているようで、会場の目に見えない音楽の塵が幾万の天使たちとなって舞い降り、彼女のバイオリンを弾いているようでした。
 さて、「SINGER6」が発売されました。とても刺激的な楽曲が収録され、島津亜矢の「今」を感じられるこのアルバムをこれから注文しようと思います。

島津亜矢「宙船」(SINGER コンサート 2018)

地上の星 / 中島みゆき [公式]

昭和枯れすゝき
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