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2019.07.11 Thu 「わたしたちは自由であるだけでなく、自由に呪われている」(ジャン=ポール・サルトル) 「第14回ゆめ風であいましょう 近くて遠きもの 自由」

ぼくはムギを知らない 粉のムギしか知らない
ぼくはムギを知らない 粉のムギしか知らない
(作詩・及川恒平/作曲・小室等「ぼくはムギを知らない」)

 7月6日、東京の板橋区立グリーンホールで開かれた「第14回ゆめ風であいましょう 近くて遠きもの 自由」のボランティアスタッフとして参加させていただきました。
 この催しは被災障害者支援「ゆめ風基金」とカタログハウスの学校共催で、2002年から毎年開かれているイベントで、大阪を拠点にするゆめ風基金にとって東京方面での認知度を高める大切なイベントです。
 1995年、阪神淡路大震災を機に設立されたゆめ風基金の呼びかけ人を永六輔さんから引き継いでくださった小室等さんとカタログハウスの並々ならぬ想いと、時代の空気がよどみ、影をつくらない鈍い光に引き込まれる危うさに抗う切迫した感受性がなければ、このイベントがこれほど長く続くことはなかったでしょう。
 障害者市民のための基金活動が根底にあるものの、毎年その活動を通してあぶりだされる時代の危さに警鐘をならしてきたこのイベントは、今年もご来場くださったひとびとの心に深いメッセージを届けることができたと思います。

 第一部は小室等さん、及川恒平さん、四角佳子さん、こむろゆいさんによる新生「六文銭」のニューアルバム「自由」の発売記念コンサートでした。
 わたしは昨年の11月の大阪、今年の1月の京都につづき、3回目のライブでしたが、今まで小室さんのライブを観客としても関係者としても長く聴いていて、いまがいちばん「旬のバンド」と思います。
 というのも、小室等さんの場合はある意味で時代の証人のナレーションのおもむきがあり、及川恒平さんの場合は個人的な愛や恋や悲しみを時代の路地でよみがえらせる吟遊詩人のおもむきがあり、時にはまったく相いれない2つの個性がぶつかりもせずに溶け合い、ちょうどいい按配に混じりあう瞬間に今、立ち会っていることに興奮します。
 そして、わがまま坊やのような2人の無茶ぶりにも動ぜず、四角佳子さんとこむゆいさんがみずみずしいハーモニーでこの不思議なバンドが織りなす音楽を大きく包み込むのでした。
 ほんとうは4人とも、音楽的冒険を繰り返してきて、その中でつながったり別れたりしながら長い時を蓄えてきているはずなのですが、そんな過去や記憶の重い荷物はどこかに置いてきてしまい、真新しい音楽と身軽な心で時代の地平線に向かって歩き出す、そんな初々しさとアナーキーさと少しの異議申し立てと静かな抵抗を心に秘めて、「さあ、行こうぜ」とわたしたちの心を急がせる…。今まさに六文銭という事件がやって来たのでした。
 生まれた年も育った環境も違っていながら、それでも行き先のわからない同時代を共に生き抜く勇気と楽器と歌たちを拾い集め、彼女彼らはわたしたちをどこに連れて行こうとしているのでしょうか。
 実際、世の中がきびしい方向へと突き進む中で、「たかが音楽に何ができるのか」と自問自答することもたびたびあるのかも知れないけれど、「アーティスト」という予定調和的な称号をかなぐり捨てて歌いだす姿はとても凛々しく、六文銭の音楽がある限り世の中まだまだ大丈夫と思わせるのでした。
 かつて若松孝二が「俺は映画でたたかう」と言いましたが、六文銭もまた「われらは音楽でたたかう」と、わたしたちに強いメッセージを送ってくれているのだと思います。

てんでばらばら てんでばらばら
電動ミシンのうなり声が響く 路地の乾いた呪文よ
ここから先は海であり 海にひそむ民族であり
梅雨どきのトタン壁にしがみつく蔦の濃緑!
に目を射られてかがみこむほどの暑さだ!
いっそ裸足で歩いて 頭に長靴でもかぶせたらどうだ
(詩・佐々木幹郎/作曲小室等「てんでばらばら~山羊汁の未練~」)

 第二部はアーサー・ビナードさん、小室等さん、牧口一二さんの3人が、「自由」について語り合う鼎談でした。
 アメリカの大学で英文学を学び、卒業と共に来日、日本語で試作をはじめた詩人のアーサー・ビナードさんは、わたしたちが曖昧さの中でごまかしてしまう切実な感覚や本音、社会的な行動への意志や思想を日本語できちんと表現されていて、日本人と日本社会が言葉をもっと大切にしなければ滅びてしまうと警鐘を鳴らされていました。
 牧口さんはとても身近な出来事から、世の中が当たり前とする現実原則に鋭く異議申し立てをすることで、社会が自分を束縛するために押し付けてくる公用語としての日本語を、自分の感性を表現するための生きた言語に作りかえて来られました。
 この2人が「自由」について語る時、それはお互いの感性のするどさがジャックナイフのように光り、まとめ役を担われた小室さんはどこに行くのかわからない話の行方をさぐるのにとても苦労されたように思います。
 「自由」という言葉が「何々をする自由」といった卑近な使い方から、「何々を拒む自由」へとたどりつく時、六文銭の「自由」というアルバムが「プロテスソング」であることとつながったように思いました。
 手あかにまみれたように思われる「自由」という言葉が、実は世の中が今とてもキナ臭く生きづらくなり、自己責任という言葉でわたしたちの心を固く萎縮させてしまうことに抗い、異議申し立てをする勇気を育てる言葉であることに気づかせてもらいました。

「わたしたちは自由であるだけでなく、自由に呪われている」(ジャン=ポール・サルトル)

 珠玉の時間はあっという間に過ぎ、イベントは盛況のうちに終わりました。
 準備から後片付けまで、「障害児を普通学校へ全国連絡会」やわらじの会、ひょうたん島などのボランティアのみなさん、そして大活躍だったカタログハウスの若いひとたちに混じって、貴重な体験をさせていただいたゆめ風基金に感謝します。

 明くる日は永六輔さんの命日で、牧口さん、橘高さんと一緒に永さんのお墓参りに行きました。実家である浅草のお寺の墓地に眠る永さんのお墓は、永さんの直筆で「上を向いて歩こう」と彫られていました。案内してくださった方が永さんの妹さんで、言われてみれば目元など永さんにそっくりで、おもわず涙がこぼれそうになりました。
 ゆめ風基金だけでなく、数えきれないほどのグループや人々を励まし、生きる勇気を注ぎ続けてくださった永さんのお墓は限りなく優しく清楚で、今も大きなオーラでわたしたちの行方を教えてくれているようでした。「だいじょうぶ」…。

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