FC2ブログ

ホーム > 2013年12月21日

2013.12.21 Sat 島津亜矢「かあちゃん」

島津亜矢「かあちゃん」

 島津亜矢の新曲「かあちゃん」を買いました。実はシングルCDを買ったのはもう何十年ぶりになるでしょうか。わたしは新曲シングルのヒットを競う音楽産業とは無縁で、それらはテレビ放送などで聴き流し、もっぱらシンガーソングライターの新曲アルバムを楽しみにしてきました。
 そのアルバムでさえ何年か前に「いきものがかり」を買ったのがやはり何十年ぶりで、気づくと島津亜矢の音楽に出会うまでは長い間CDとはご無沙汰でした。時代はすでにダウンロードで購入できるようになっていますが…。ですから、島津亜矢の場合もアルバムばかりを購入し、新曲は年に何度かのコンサートで聴いてきました。
 けれども、わたしが次に行くコンサートは来年の3月の神戸まで待たなければならず、テレビ放送ではフルコーラスで聴けないので、今回は新曲シングルを買うことにしました。というのも、発売前からコンサートでの情報などが「亜矢姫倶楽部」などのファンサイトに流れ、この歌が死んでしまった母の通夜を歌った歌であることからさまざまな意見が飛び交うのを読ませてもらい、また増田空人のオリジナルを聴いてみて、この歌を島津亜矢がどう歌っているのか早く聴きたいと思ったからでした。
 9月に発売したアルバム「SINGER2」でポップスばかり16曲を、時には朗々と歌い上げ、時にはせつなくささやくように歌い、ポップスシンガーが青ざめてしまうだろう圧倒的な歌唱力で聴く者の心を震わせたのがまだ記憶に新しく、また年末のあわただしいこの時期にこの曲を世に問うとは、たしかに「SINGER2」以上に意表を突いたプロデュースであることはまちがいのないところでしょう。
 それだけでなく、この歌を歌うことになったのが島津亜矢の提案なのか制作チームの提案なのかは知りませんが、どちらにしてもこのチーム全体の意志というか、思想と呼んでもいいしっかりとしたコンセプトが感じられ、それがどのような形で歌になっているのか、とても興味がありました。

 そして今、この歌を聴きながらこの記事を書いているのですが、何回も嗚咽してしまいそうになります。もとより、死んでしまった母の通夜に息子が母の思い出を語るという内容ですから、はじめから聴く者の涙が期待され、約束されている歌の定番のひとつであるともいえます。それゆえに、当初は島津亜矢のファンの方々が、「年末年始のこの時期に、あまりにも暗い内容がふさわしくない」という感想もありました。
 けれどもわたしは島津亜矢がこの歌を歌いたい、届けたいというすがすがしくもひたむきな意志を一年の終わりにプレゼントしてくれたような気がします。
 愛する人との別れ、その中でも母との別れを歌う歌はほんとうにたくさんあります。歌う前にすでに悲しさや切なさや感動が用意されているこれらの歌には、どうしてもあざとらしさを感じてしまうことが多いのですが、意外に死の間際や通夜、葬列そのものを歌う歌は少ないと思います。そのことと、すでに用意されている感動とは実は関係があって、あまりに生々しい情景は感動よりも暗さや恐怖の方が先に来るからだと思われます。
 そのことを承知の上で、島津亜矢はこの歌を歌っているとわたしは思います。
 そして、島津亜矢はほとんどの歌手が避けるそんな生々しい情景をドキュメントし、静かに見守り、聴く者に伝える演劇的な歌唱力を獲得している数少ない歌手であることがわかります。この歌を聴くことで生まれる感情は手垢のついた押し付けられた感動ではなく、聴く者ひとりひとりが体験してきたその人でしかわからないさまざまな別れを喚起させるので、流れる涙は時には瞳からではなく、体と心のいたるところから流れる痛みを伴っています。
 それがゆえに、この歌を聴いてわたしは1997年にこの世を去った私の母が息を引き取る瞬間の透き通った碧い眼と、病苦から解放された美しい顔を思い出します。シングルマザーとしてわたしと兄を育てるためだけに生きてきたといえる30代から86歳までの彼女の人生を思うと、どれほど感謝しても感謝しきれない母の愛と同じ重さで、彼女の人生はほんとうにそれでよかったのかと考えこんでしまうのです。
 そして、母の死という暗いテーマで、なおかつ派手でもない、どちらかといえば地味なこの歌を島津亜矢が歌うと、いつのまにかわたしの心のもっともやわらかい部屋に届けられ、なんとも言えないなつかしさとやわらかい空気に包まれるのでした。
 わたしはここ数年の島津亜矢の変貌にうれしい驚きを感じているひとりですが、その中でも「SINGER2」によってより鮮明になった「新しい高音」が、またひとつ彼女の表現力を豊かにしたと感じています。彼女はもともとすばらしい高音を若い時から持っていて、その張りのある高音は演歌にとどまらず、ロックやリズム&ブルースまで歌える宝物です。
 けれども、「新しい高音」はそれとは少し違っていて、「SINGER2」に収録されている「かもめはかもめ」や「わかってください」を歌う時のあの高音で、表面的には張りを少し抑えた高音ということになるのですが、決して声量は変わらないまま、やわらかくて奥行きがあり、夜から朝へと闇と光が混じり合うような薄明るくほの暗い空間性を持ち、あたかも音楽を体験するのが耳からではなく、体と心のいたるところから溶けるように入ってくる、そんな高音なのです。その高音のすばらしさは実際に聴いていただくしかないのですが、彼女のすごさはその高音がポップスにだけ生かされるものではなく、この新曲「かあちゃん」の歌唱を見事に支えていることにあります。
 かつて、「新しい低音」にもびっくりさせられましたが、この2つの高音が重なりあうことで、歌は歌以上の物語を歌い、その後ろに浮かび上がる風景は静止画ではなく、まるで一本の映画を観るようなのです。
 そして、どこかでこの歌を聴くのと同じような感覚に駆り立てられたことを思い出しました。それは宮澤賢治の「永訣の朝」をはじめて読んだ時、もうひとつは1963年のシャルル・アズナブールのシャンソン「ラ・マンマ」を聴いた時のことでした。
 ここまで書いたところで紙面がつきました。もうしわけないのですが、この続きは次の記事にしたいと思います。

島津亜矢「かあちゃん」視聴できます。
web拍手 by FC2
関連記事