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2019.09.12 Thu 島津亜矢に歌わせたい歌を作詞作曲・プロデュースできる音楽的冒険の担い手に今こそ楽曲提供を

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 9月7日のNHK総合「うたコン」はこの番組が始まった2016年からの総集編を放送しました。この番組の前に放送されている「サラメシ」とのコラボで、氷川きよし、井上芳雄、島津亜矢、西城秀樹、ジェジュン、山内恵介、柏木由紀、細川たかしなど、それぞれの「サラメシ」を紹介しながら今までに歌唱した数曲をコンパクトにまとめて放送しました。
 島津亜矢は「YHA YHA YHA」、「明日にかける橋」、「愛燦燦」、「Everything」が取り上げられました。「YHA YHA YHA」は井上芳雄、「愛燦燦」は映像による美空ひばり、「Everything」はBeverlyとのコラボでした。
「うたコン」は前身番組の「歌謡コンサート」と「MUSIC JAPAN」を融合させ、演歌・歌謡曲からJポップまで幅広いジャンルの音楽を放送し、日本の音楽シーンの中心となる番組を目指して始まりました。
 開始当初は今まで一緒に放送されることがなかった演歌・歌謡曲とJポップを同時に放送することに、いままでの「歌謡コンサート」のターゲットだった視聴者を中心に不評を買うことが多くありましたが、最近はようやく定着し、番組の意図通りに「音楽シーンのメインストリームを形成しつつあります。
 Jポップをけん引するテレビ朝日の「ミュージックステーション」の放送時間が9時からとなり、ポップス界も変化しつつある中で、「うたコン」は今後Jポップスのアーティストにとっても貴重な番組になっていくことでしょう。
 以前に書きましたが7月9日の「うたコン」ではマキタスポーツをゲストに呼び、演歌のベテラン歌手や超人気歌手がひな壇に居並ぶ中、マキタスポーツが2015年の紅白に14年ぶりに出場した島津亜矢の「帰らんちゃよか」を聴き、「歌怪獣」と名づけたことや、島津亜矢が歌怪獣なのではなく、島津亜矢によって「歌が怪獣化する」と大絶賛、番組はそのオマージュに合わせて「紅白」を中心に特集を組みました。
 「うたコン」の前身番組だった「歌謡コンサート」では考えられなかったことが次々と実現し、一ファンとしては少し怖いような気もしますが、「うたコン」になってからの島津亜矢はまるで水を得た魚のように伸び伸びとしていて、歌もトークも自信にあふれ、また周りの雰囲気も様変わりとなりました。
 特に今年に入ってからのこの番組における活躍は目覚ましく、「歌怪獣」という称号とともにクイーンまでも歌わせるエッジの利いた冒険を島津亜矢に課す番組スタッフとの超蜜月がうかがわれ、まさに絶好調と言ってもいいのではないでしょうか。
 その流れの中で、今回の総集編での立ち位置が与えられたのだと思います。
 番組は氷川きよしから始まり、井上芳雄につないだあとの3番目に取り上げられました。
 最近のこの番組の特徴は、ジャンルを越えた思いがけない歌を思いがけない組み合わせで挑戦してもらうコラボにあり、番組制作チームにとって島津亜矢はとても刺激的な存在なのでしょう。
 それでも、この番組が始まった2016年の段階ではわたしの記憶ではコラボはほとんどなく、11月に放送された番組で島津亜矢と秦基博が「蘇州夜曲」をコラボしたのがはじめてに近いと思います。この時は実は残念な結果になってしまいました。
 というのも秦基博にとって演歌歌手とのコラボはおそらく初めての経験で、しかも選曲もあまりなじみのないと思われる「蘇州夜曲」だったこともあり、極度に緊張していました。一方、島津亜矢はすでにこの歌を自分の歌にしていて、ほとんどからみのないまま、ぎこちないものになってしまったのです。秦基博はこの時、「どらえもん」の主題歌になった「ひまわりの約束」がヒットしていましたので、この歌を島津亜矢が秦基博に合わせて歌えばよかったのにと、今でも残念に思っています。
 ともあれ、そんなぎくしゃくした構成も3年半の間に想像以上にこなれてきて、今ではソロで歌うよりもコラボの方に出演者はもとより、視聴者も興味と期待を持つようになってきています。番組が始まった当初はそれが悪しきバラエティー化に流れてしまうこともありましたが、総集編で振り返ってみると今ではソロで歌うよりもグレードの高いものになっています。
 島津亜矢の場合、総集編で取り上げられたもの以外に、先ほど挙げたクイーン特集や、布施明、デーモン小暮とコラボした「君は薔薇より美しい」など、素晴らしいパフォーマンスでした。その魅力はベテランの男性ポップス歌手が彼女のキーに合わせるのではなく、彼女が高音のキーで歌をけん引できること、そしてもうずいぶん前に獲得したセクシーでぞくっとする肉厚感が魅力の低音と、この番組やTBSの「UTAGE!」で極々直近に学び、獲得しつつある縦揺れのリズム感と口の中で声をためるポップな歌唱、そしてバンド演奏で要となる安定したベース奏者のごとく音楽をつくりあげる才能にあります。
 番組を通してJポップのアーティストたちとの出会いは何よりも島津亜矢の音楽的冒険心を刺激し、彼女の音楽の可能性を大きく広げる一方で、彼女彼たちとの別番組での共演や、ブレイクアーティストのウォッチャーからの誘いもふえてきました。わたしがお世話になっている島津亜矢の良質の掲示板「亜矢姫倶楽部」の投稿者の方に教えてもらったのですが、つい先日も井上芳雄のラジオ番組にゲスト出演したそうです。
 ちなみに、井上芳雄、石丸幹二、山崎育三郎、新妻聖子などのミュージカル俳優や、May J.、ジェジュンなど、歌唱力のある実力歌手たちがこの番組のコラボを成功させていて、最近の演歌歌手のポップス歌唱も彼女彼らに助けてもらっていると思います。もちろん、先ほども書きましたように、島津亜矢の場合は対等なコラボが望めるので、彼女彼らとしても思いがけない経験になっているのではないでしょうか。
 これからも島津亜矢はこの番組の要求に応えることで、ますますそのスキルをのばしていくことでしょう。
 ここまでくればあと一息、CM出演やドラマの主題歌に採用されてもおかしくないと思います。中島みゆき、松本隆、小椋佳や松尾潔など、島津亜矢に歌わせたい歌を作詞作曲・プロデュースできる音楽的冒険の担い手に今こそ楽曲提供を依頼してほしいと思うのです。

 久しぶりに10月13日の大阪新歌舞伎座のコンサートに行くことになりました。進化した島津亜矢のリアル体験をとても楽しみにしています。

170411 島津亞矢 - Bridge over troubled water (17.04.11.NHK うたコン)

島津亜矢 ★時には母のない子のように
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2019.08.25 Sun 島津亜矢の「UTAGE!2019年夏」 新しい出会い、新しい音楽、新しい時代。

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 8月22日、TBSの特別番組「UTAGE!」に島津亜矢が出演しました。
 彼女がはじめて「UTAGE!」に出演したのは2017年の9月で、この日はケミストリーの堂珍嘉邦と「美女と野獣」をコラボした他、「イミテーションゴールド」などを歌い、初出場ながらこの番組の常連の出演者とも自然に溶け込みました。
 実際のところ、彼女の出自でもありホームグラウンドでもある演歌・歌謡曲の世界だけでなくポップスの世界でも、他の歌手の歌をじっくりと聴く機会がほとんどないのが実情でしょう。ましてや彼女が今のように音楽番組でポップスを歌う機会がほとんどない頃でしたので、よほどのウォッチャーでない限り、彼女の演歌を聴く機会はなかったに違いありません。
 「UTAGE!」の場合は自分の出番だけに集中するのではなく、番組の始まりから終了まで、他の出演者のパフォーマンスをじっくりと聴くことがほぼ義務付けられています。というのも「UTAGE!」というタイトル通り、この番組は壮大な宴会芸が披露される大広間(大広野)で、いまをときめくアイドルから実力派のボーカリストが集結し、この番組ならではの意外性と刺激に富んだコラボレーションでお互いを高めあい音楽をつくっていく、そのプロセス、メイキングをも「宴の場」で披露し、それを出演者全員と会場のお客さん、そして視聴者が共有、共振する…、そういう番組なのです。
 当時はまだ一般的には「ポップスも歌える実力派の演歌歌手」扱いされていた感もありましたが、中居正広とこの番組制作チームは島津亜矢をオールラウンドのボーカリストとして迎え入れてくれました。その意味では初めてのコラボの相手だったケミストリーの堂珍嘉邦には、ちょっとした緊張感を感じさせましたが、テレビ的には前でAKBの柏木由紀他のダンスが前面に出る演出で、このチームのしたたかな演出力を感じたものでした。
 それ以後、年に2回から3回、特別番組として放送されるこの番組に島津亜矢は出演し、ケミストリーの川畑要とのデュオの他、島袋寛子・高橋愛、Little Glee Monsterのかれん、BENI、高橋愛、峰岸みなみ、三浦祐太朗、TEE、二階堂高嗣、山本彩など、多彩なボーカリストとのコラボが定着しました。それはまた、島津亜矢自身にとって音楽的な冒険としてはおそらく「紅白」よりも刺激的で貴重な経験だと思います。
 「UTAGE!(宴)」の歴史は古く、おそらく人々が農業により定住した村落をつくりはじめたころから、神々に豊作を願い、感謝する神事から発展していったと思われます。
やがて村の風習で何かというと山や海辺に集まり、男女が互いに歌を唄い合って交歓し、たくさんのカップルが生まれたと言います。この東アジア共通の習俗は日本では「歌垣」と呼ばれ、わたしの住む能勢にも歌垣山という小高い山に里の村落から若者が集った記録が残されています。
 この番組は、まさしくその現代版と言えるもので、絶えず今までとはちがう音楽的チャレンジを時には一人で、また時には数人のユニットを組んで新しいパフォーマンスに挑戦しなければならないのです。そのために実力のあるボーカリストでなおかつ好奇心とチャレンジ精神に富んだひとでなければ出演が難しい番組でもあります。そのぶんこの番組の制作チームや視聴者の要求を実現し、自分の新しい才能を見出し、より素晴らしいボーカリストへと変身・進化する歌手を輩出する番組ともなっています。その事情は島津亜矢にも当てはまり、もしかするとこの番組では歌うことより聴くことで、ボーカリストとして才能を伸ばすためのとても大きな果実を手に入れているのではないかと思います。

 さて、今回は荒井由実(松任谷由美)の1975年の楽曲「ルージュの伝言」を森口博子がカホン、峰岸みなみがベース、高橋愛がパーカッション、山本彩がギター、そして島津亜矢がスティールパンと、それぞれ楽器を演奏しながら歌いました。
わたしは1980年代、音楽とは無縁の生活をしていて、この頃のおしゃれで都会的な歌謡曲の匂いがする松任谷由美とは縁がありませんでした。村上春樹はエッセイなどで80年代の音楽に傾聴していたそうで、わたしは彼の小説のファンですが、どこか無国籍で都会的なエッセンスについていけないところもあるのは、わたしに80年代の音楽体験が欠落していることと関係あるのかも知れません。
 「ルージュの伝言」はアイドルソングの曲調でありながら、実は日本の女性運動が潜伏期をへて社会的な影響力を放つようになった時代背景のもと、女性が男に依存しない生き方を選ぶちょっとした決意を歌い、自分の言葉で異議申し立てをしていく物語を描いて見せた楽曲だと思います。
 一夜限りのセッションで毎回楽しませてくれる企画ですが、わたし個人の感想では少し緊張感が強すぎて歌うというよりはゴールをめざす陸上スポーツのようで、メンバーは少し変わりますが以前の「遠く遠く」や「ファイト!」の方が楽しめました。
 2曲目はケミストリーの堂珍嘉邦とのデュオで、ソウル、R&Bの第一人者・久保田利伸の1996年の楽曲「LA・LA・LA LOVE SONG」を歌いました。この曲はあのトレンディドラマ「ロングバケーション」の主題歌でもあります。堂珍嘉邦とは初出場以来の共演でした。わたしは実は島津亜矢はメインボーカルよりも、メインボーカルを受け止めるサブボーカルやバックコーラスを担った時に彼女の才能の輝きをもっとも強く感じます。
 今回も原曲でフィーチャリングをつとめたナオミ・キャンベルのパートを歌い、存在感を示しただけでなく、わたしには堂珍嘉邦がとても安心して歌えたのではないかと思います。もうずいぶん前に獲得した肉感的な低音で語りのような部分を正確なピッチで刻み、堂珍嘉邦の高音に返していく歌唱力はさすがで、「音楽をつくる」役割を見事に果たしてくれました。
3曲目はソロでMISIAの昨年のヒット曲「アイノカタチ」を歌いました。GReeeeNの作詞作曲で「義母と娘のブルース」の主題歌でした。
 この大ヒットドラマは、余命宣告を受けた父親が娘の人生を託せる女性として主人公の綾瀬はるかに結婚を申し込み、有能なビジネスウーマンで恋愛などしたことがない彼女が不器用に結婚、子育てをする中で死んだ夫に「愛」を感じ、最初はそっぽを向かれていた娘との間にも「愛」や「絆が」生まれる、といった話でした。
 この歌の最初の歌詞で「いつのまにか気づいたんだ 愛にもしカタチがあって それがすでにあたしの胸にはまってたなら」という切ない想いは、死んでしまった夫への愛と娘への愛が、最初はビジネスのマニュアルのようでしかなかったのが、まるで鋳型に「ほんとうの愛」が充填されていくこのドラマの行き先を教えてくれているようでした。
 実のところ、わたしは歌づくりにおいても歌唱力においても日本の女性ボーカリストのトップを走るMISIAが苦手でした。その理由はだれもが感動する名曲バラードを連発されると、実人生はそんな感動巨編ばかりではないだろうと思ってしまうのです。
 そう思うと、「アイノカタチ」は今までの名曲主義から少し離れた手触り感のある楽曲で、島津亜矢がカバーすると「死」を隠した素晴らしいポップス挽歌になることが、今回の歌唱が証明してくれたように思います。
 今回も気になった楽曲がたくさんありましたが、長くなるので又の機会にさせていただきます。

 すでに10月に「UTAGE!2019年秋」の放送が決まったようです。
 ひとりのファンとして、島津亜矢の出場がかないますように…。

2019.08.22 峯岸南.山本彩.島津亜矢.高橋愛 .森口博子「ルージュの伝言」@ UTAGE

2019.08.22 「UTAGE!2019年夏」マラソンメロディー@ UTAGE
8:32ごろ 「LA・LA・LA LOVE SONG」 堂珍嘉邦&島津亜矢
26:50ごろ 「アイノカタチ」 島津亜矢
出演者全員でつなぐマラソンメロディーは17曲をぶっ通しで熱唱しています。フルコーラスではありませんが、この番組のカバーソングは新しい可能性を求めるエネルギーに満ちていて、全員で音楽をつくりあげる気概に満ちています。
 その上でですが、島津亜矢以外でとても気になったのは山本彩と高橋愛の「マリーゴールド」(アイミョン)、島袋寛子とTEEと横尾渉と峯岸南と柏木由紀の「EZ DO DANCE」(TRF)、三浦祐太朗の「渚」(スピッツ)、XジャパンTOSHIと川畑要の「タマシイレボリューション」(SUPERFLY)、TEEの「ひまわりの約束」(秦基博)です。お時間のある方はぜひ聞いてみてください。
わたしは昨年からTEEがとても気になっています。前回「酒と泪と男と女」を見事にうたってくれましたが、今回の「ひまわりの約束」もすばらしい歌唱で、とても好きになりました。また、この番組当初から出演している前川清が川畑要とサザンオールスターズの「LOVE AFFEAIR~秘密のデート」をうたいましたが、桑田佳祐が前川清の歌い方をまねしたと証言しているように、桑田佳祐の歌い方はほんとうに前川清そのままであることを再確認しました。

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2019.08.20 Tue ホイットニーの波乱の人生の光と影、そして時代という大きな悲しみ 島津亜矢と「思い出のメロディー」

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 島津亜矢が8月17日放送のNHK「思い出のメロデイー」に出演し、「I Will Always Love You」を歌いました。
1969年から毎年8月に放送され、今年51回目となるこの番組は、視聴者から寄せられたリクエストやエピソードを紹介しながら、昭和の名曲を中心に構成されていました。 
近年は時代の流れと視聴者の世代交代に合わせてアイドル歌謡曲やロック、平成の楽曲の割合もふえてきました。
 もともとは戦後の混乱から世界有数の経済大国になったサクセスストーリーにかき消されていく戦争の悲惨な記憶を歌謡曲にたくし、毎年8月15日近辺に放送されて来たこの番組は、「夏の紅白」と言われる以上に深い哀悼の思いを隠した大型歌謡番組です。
 わたしが忘れられないのは2015年に島津亜矢が歌った「東京だョおっ母さん」でした。船村徹作曲による戦後の埃っぽい空気とひとびとの琴線に触る切なくも悲しく懐かしいこの作品は、美空ひばりの「波止場だよお父つぁん」と双璧をなす島倉千代子の大ヒット曲でした。
わたしの子どもの頃に流行ったこの歌が、明治以後の近代の家族が破滅しニューファミリーへと衣替えする前、地面がまだアスファルトに覆われる前、戦争の傷跡がまだ数多く残り、焼けた建物と鉄条網に薄暗い煙が立ち込めていた時代に、中古ラジオのはるか遠くの荒野をわたり、しかばねを洗う荒海をわたって届けられた時代の挽歌だったことを島津亜矢に教えられました。
 時代の証言ともいえる流行歌の移り変わりを、戦後特別な意味を持ってしまった8月に墓碑銘のごとく毎年刻んできたこの番組が、くしくも天皇の世紀「令和」の風に乗じてまったくちがう時代の風景を届けることになるとは思いもしませんでした。
 番組予告で特にびっくりしたのは、島津亜矢の「I Will Always Love You」でした。およそ戦後の苦難の時にひとびとをなぐさめ励ました歌とはまったく縁のないこの歌が選ばれたのはなぜなのか、特別な違和感を感じたのは彼女のファンだけではなかったと思います。このことだけで、少なくとも今年に限ってはアジア侵略とおびただしい死、そして敗戦・戦後という昭和のくびきから生まれた「挽歌」ではなく、新しい時代への第一歩を踏み出す旅をはじめる応援歌を届けたいという、番組の意志が伝わってきました。それが果たしていい事なのかという問題はあると思うのですが、良くも悪くもそのコンセプトのもっとも尖った意志の発露をこの番組の制作チームは島津亜矢に託したのだと思います。
 そう思って今回の番組を観ていると、時間を短くした中で「もうひとつの思い出のメロディー」といってもいい、とてもよくできた番組だったと思いました。

 さて、「I Will Always Love You」ですが、おそらくこれまで聴いた中で最も感動的な歌唱だったと思いますが、それについては後で書くことにして、もっとも印象的だったのは歌い終わった後の、ほんとうに大役を果たしたようなほっとした彼女の表情でした。
 ひいき目にみればこのパフォーマンスが一番のように思いますが、実際のところは大竹しのぶの「ヨイトマケの唄」がベストだったかもしれません。大竹しのぶの凄さは役者らしく「歌手が歌い切ってしまう」暴力ではなく、聴く者のもっとも柔らかい心を背後からハグするやさしさを歌にしてしまえるところだと思います。かなり前でしたが、たしか森進一が彼女の歌を聴いて、「役者さんの歌を聴くのは歌手にとって勉強になる」というような意味の発言をしたことがあると思いますが、何年か前にNHKの「SONGS」で共演して以来、島津亜矢のたゆまぬ好奇心と探求心は大竹しのぶの歌をとても真摯に受け止め、わたしが思うにはかなりのリスぺクトを持っているはずです。
 しかしながらそれでもなお、この番組の制作チームは島津亜矢の「I Will Always Love You」にもっとも深い思い入れをもっていたことが、託された島津亜矢のその表情に現れていました。実際、画面全体の隅から隅まで、照明から音響、舞台スタッフまで、この番組の成否はこのパフォーマンスにかかっていると言わんばかりの格別の緊張感が伝わる中、島津亜矢はこの歌のベースの少し硬くてクリアな背景を描き、道ならぬ恋に別れを告げる一人の女性がそれでも「いつまでもあなたを愛し続ける」と心の中で叫ぶ、とても大きな悲しみと、とても大きな哀切を歌い残してくれたのでした。

 最近の島津亜矢のカバーソングの中で、「時代」や「帰らんちゃよか」など、島津亜矢が歌うことでもうひとつのオリジナルになり、真に歌い継ぐ歌となった歌が続出していますが、「I Will Always Love You」も加えていいと思います。
 世界的に大ヒットしたこの曲は日本のボーカリストもたくさんカバーしていて、ポップスのボーカリストが歌唱力を駆使して見事に歌い上げるのに比べて、決して演歌歌手という理由ではないのですが、なかなか抜けきれないぎこちなさもふくめて、島津亜矢のストレートな歌の中には、ひとりではもちろんのこと多くのひとびとが寄ってたかっても支えきれない、とてつもなく大きな悲しみにあふれています。それは時代そのものの悲しみといってもよく、またドリー・パートンのカントリーの楽曲をソウルバラードに曲調を変え、映画「ボディーガード」の主題歌としてよみがえらせたホイットニー・ヒューストンがその絶頂期から元夫のボビー・ブラウンとの結婚とDV、ドラッグと転がり落ちていった地獄のような日々を予言した悲しみでもあるのでしょう。
 2012年2月11日、カリフォルニア州ビバリーヒルズにあるホテルの4階客室の浴槽の中に倒れていたホイットニー・ヒューストンの48年の人生の栄光と暗闇を背負って、島津亜矢よ、あなたにこの歌を歌い継いでほしいのです。ソウルの名曲を「いかにも」と歌うあざとらしい予定調和のボーカルではなく、時を破り夢をくぐり、ひとりの黒人女性の平凡でありたいと思いながら決して平凡ではなかった波乱万丈な愛と疾走する救急車のような人生…、「いつまでも愛している」と心震わせる無垢なたましいを歌い継いでほしいと、そう思わせてくれる歌でした。
 そのことが痛いほどわかるからでしょう。この番組の制作スタッフはほんとうに島津亜矢にこの歌を歌ってほしかったんだなとあらためて思いました。

 22日には「UTAGE!」に出演する島津亜矢、いつも刺激的な音楽的冒険をさせてくれる番組のファミリーになった彼女が、どんなパフォーマンスを見せてくれるのか楽しみです。「UTAGE!」はタイトル通り、昔で言えば座敷芸などのように本番のステージにたどり着くまでのメイキングが楽しいのと、未完成であってもいいからできるだけ自分の世界の限界にまで翼を広げた冒険ができること、そして異ジャンルの才能と出会えることで、特に島津亜矢の場合はたくさんの果実を獲得できるチャンスをくれる番組です。
 いまからわくわくしますが、その様子も次の機会に書こうと思っています。

島津亜矢・歌怪獣伝説「I WILL ALWAYS LOVE YOU」
島津亜矢が大きくブレイクしたきっかけとなった「金スマ」での歌唱、ずばぬけたプロデュース力を持つ中居正広が「UTAGE!」に推薦するきっかけにもなりました。

Whitney Houston - I Will Always Love You (World Music Awards 1994 HQ)
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2019.08.04 Sun 帰るべき故郷を喪失し、漂流するわたしたちの心に聴こえてくる歌は・島津亜矢の時代

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 随分遅くなってしまいましたが、島津亜矢が出演した7月9日のNHK「うたコン」の模様を書いておきたいと思います。
2016年4月12日に始まったこの番組は、演歌・歌謡曲、J-POPなど、ジャンルを超えたアーティスト同士のコラボレーションや意外性のあるカバーなど、ユニークな切り口でさまざまな音楽を提供し、日本の音楽シーンの中心となりえるような番組を目指しています。
 前身の「NHK歌謡コンサート」が演歌・歌謡曲の独壇場でしたので、今までほとんど交流のなかった演歌・歌謡曲とJポップの混在に戸惑いと批判も多々ありましたが、ようやく本来のコンセプトによる番組作りができるようになり、内容も出演者も様変わりになった感があります。
 実際のところ放送開始から3年が過ぎ、演歌・歌謡曲のベテランといわれる歌手の出場が極端に少なくなり、ポップス歌手の出演が増えただけでなく、出演歌手のコラボレーションの企画も多くなり、それは演歌歌手にも求められ、演歌歌手とJポップの歌手のコラボレーションも普通に受け入れられるようになってきました。
 その中で島津亜矢は当初からこの番組のコンセプト通りに、オリジナルの演歌よりもポップスを歌うことが多く、最近はミュージカル歌手の井上芳雄、石丸幹二と共演した他、デーモン閣下、ROLLYとクイーンメロディーを熱唱しました。
 「うたコン」と合わせて出演機会の多いNHKBS放送の「新・BS日本のうた」は従来通り演歌・歌謡曲を歌うことが多く、ベテラン歌手とのスペシャルステージなどでコラボレーションすることもありますが、一曲の中でそれぞれのキーにあわせて転調することがほとんどで、本当のコラボレーションとはいいがたいものでした。
 けれども「うたコン」の場合は転調せず、またハーモニーをつけることも多くなり、本来のコラボレーションが実現しています。それはポップス歌手ならばまだしも、演歌歌手の場合はそのひとの歌唱力は高くてもハーモニーをつけ合うというのはハードルが高いようで、最近の番組構成からチャレンジするものの違和感を禁じえません。
 ただこの番組だけでなく、時代の要請からにわかに演歌歌手がポップスを歌わざるを得なくなり、いかにもにわか仕上げによる歌唱は思い込みもはげしく音楽的に無理があり、バラエティによってごまかしてしまうことが多いように思います。
ともあれ、演歌歌手がポップスを歌う流れをつくったのは島津亜矢であることはまちがいなく、ほんとうに長い間の彼女の努力が「うたコン」やTBSの「UTAGE!」によって開花したもので、演歌で一定の高みまで極めた彼女にとって、さまざまなジャンルの楽曲とボーカリストとの出会いはオールラウンドな音楽的冒険の新しい可能性を開いてくれるものでした。

 さて、今回の「うたコン」のオープニングは布施明、デーモン閣下とのコラボで、布施明の1979年の名曲「君は薔薇より美しい」でした。最近のこの番組では、オープニングに2人もしくは3人の歌手でコラボすることが多く、島津亜矢は以前にもミュージカルのトップアーティスト・井上芳雄と「YAH YAH YAH」を歌い、絶妙なハーモニーを聴かせてくれました。
 ザ・ピーナッツにあこがれて歌手になったという布施明は、渡辺プロ全盛期で「シャボン玉ホリデイ」を舞台にデビュー当初より歌唱力を高く評価されていました。1975年に引退したザ・ピーナッツと「シャボン玉ホリデイ」のレガシーをひきつぎ、「和製ポップス」と名付けられた歌謡曲でヒットを連発しました。
 その中でもミッキー吉野が作曲した「君は薔薇より美しい」は布施明にとって「シクラメンのかほり」と並ぶヒット曲で、歌謡曲色を排したポップスで、彼の歌唱力がなければつくられなかった楽曲かも知れません。
 今回のコラボですが、まず最初に島津亜矢がおそらくオリジナルキーに合わせ、彼女にすればかなりの高音キーでしたが、まったく無理のないメリハリの利いた歌唱で始まりました。もう少し深読みすれば、布施明とデーモン閣下は島津亜矢に確かなピッチとテンポをまかせ、特に布施明は細かいアドリブを楽しむといった感じだったでしょうか。
 思えば不思議なことで、かつては先輩の演歌歌手とのコラボの時、先輩歌手のボーカルに沿うように歌っていた彼女が、いつのまにかポップスの世界でもベースの役割を果たすほどに信頼されるようになったのです。
 その後もこの番組はびっくりする企画で島津亜矢の特集をしてくれました。ゲストに島津亜矢を「歌怪獣」と名づけたマキタスポーツを呼び、島津亜矢の2016年からの足どりを紹介したのです。何か特別なエンターテインメントがあるわけでもないのに、島津亜矢そのひとを特集し、それを出演歌手が聞いている様子を見て、「こんなに時代は変わるものなのか」と思いました。「時代」、「I Will Always Love You」、「クイーンメロディ」、「RIDE ON TIME」と、昨年の紅白からさかのぼり、「うたコン」で歌唱した映像を流しながら、マキタスポーツが「島津亜矢が歌怪獣なのではなく、彼女が歌うと、歌が怪獣化するんです」という話をしている間、それを聞いている他の歌い手さんの表情もとてもいい雰囲気でした。わたしが島津亜矢以外に唯一評価している天童よしみも、素直に喜んでくれているようでした。その意味で、彼女のブレイクに大きく後押ししてくれたマキタスポーツにはどれだけ感謝しても足りません。
 それから、2015年の紅白で歌った「帰らんちゃよか」を歌いました。最近、コンサートに行けなかったので、久しぶりにこの歌を聴きました。
 この歌はシンガー・ソングライターの関島秀樹が自らの両親を題材に1995年に作詞・作曲した「生きたらよか」が原曲で、その翌年、九州のスーパースターだったばってん荒川が「帰らんちゃよか」というタイトルに変え、熊本弁の歌詞で歌ったものです。その歌を聴いていた島津亜矢が感銘を受け、ばってん荒川に直接、「この曲を歌わせて下さい」と頼んだところ、「お前ならよかたい!大切に歌わなんぞ!」と快諾され、2004年にテイチクレコードからシングルとしてリリースしたのでした。
 「今や方言だけが人生を語れる」と言ったのは寺山修司ですが、熊本弁の歌詞のこの歌がつくられてすでに四半世紀が過ぎました。地方の時代と言われてずいぶん年月が経ちますが、この歌の父親の住む村は年々人口が減り、過疎化していることでしょう。
 それどころか日本社会全体で非正規雇用が4割に達し、毎年2万人を越えるひとたちがみずからの命を絶ち、7人に1人の子どもが貧困、生活保護受給世帯が200万を越えています。まさに帰るべき故郷・拠り所をなくし、だれもが漂流社会をさまよう今の時代だからこそ、「帰らんちゃよか」は家族という拠り所を求め、愛を求めるひとびとの心の支えになっているのかもしれません。
 時代はすでに新しい家族観のもとで、同性のカップルや血縁を問わない拠り所を求め、過酷で殺伐とした時代に助け合える「ニューファミリー」を生み出す用意をしているのかも知れません。

島津亜矢「帰らんちゃよか」(伴奏:関島秀樹)
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2019.06.26 Wed 歌謡曲ルネッサンスでよみがえる美空ひばりと「波止場だよお父つぁん」・島津亜矢

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 6月23日に放送されたNHK-BS放送「新・BS日本のうた」に島津亜矢が出演しました。この日のスペシャルステージは没30年になる美空ひばりの特集ということで、島津亜矢にも声がかかったというわけです。
 いままでは演歌の大御所やベテラン歌手が「演歌歌手・美空ひばり」の名曲を総どりし、島津亜矢は「柔」に代表される「男歌」を歌ってきましたが、ここ直近のNHKの「うたコン」でもBS放送でも、いよいよ島津亜矢が前面に出てくるようになりました。
 最近の音楽シーンでは一段と「演歌」の退潮が著しく、「演歌のプリンス」として人気が高い氷川きよしまでもがアニメソングをはじめとするJポップに進出し、演歌歌手がJポップを歌う民放の特集番組「演歌の乱」が話題になるなど、ベテランも若手も演歌歌手がポップスを歌うことが多くなってきました。昨今の島津亜矢の「成功体験」が他の演歌歌手に焦りにも似た緊張と刺激を与えていると言えるでしょう。
 しかしながら、島津亜矢の場合は若い頃から国内外のポップスを地道に孤独に歌いこんで今に至っていて、その意味ではNHKの「うたコン」での島津亜矢の挑戦はめざましいものがあり、島津亜矢とNHKの音楽番組担当チームとの長年の音楽的冒険が「BS日本のうた」から「うたコン」に舞台を移したのだと実感します。
 さて、今回の放送では、織井茂子の「黒百合の花」、それから美空ひばり特集として「波止場だよ、お父つぁん」、「竜馬残影」の三曲を歌いました。
 直近の放送で島津亜矢がある覚悟をもって「美空ひばりを歌い継ぐ」と宣言し、NHKの音楽番組もまたそれを認知・証明するようなプロデュースをしました。それを受けて今回の放送がどのようになるのかとても楽しみでしたが、実際のところ半分はがっかりでした。というのも、五木ひろしの出演で忖度番組になることは予想できたものの、少しやりすぎの感がありました。
 しかしながら一方で、長年「演歌」の枠組みに閉じ込められてきた美空ひばりの偉大な全体像がよみがえる、没30年の節目にふさわしい番組でもあったと思います。
 この番組で歌われた美空ひばりの歌は例外もあるものの1950年代の歌が多く、この時代の歌こそ「歌謡曲ルネッサンス」と呼ぶにふさわしく、鉄条網とがれきの山から戦後の闇市まで、日本社会が希望と絶望の雲間を不安定なグライダーのように旋回していた時代、高度経済成長へと突入する前夜のうす明るい暗闇でうごめく暮らしの中で生まれた歌がひとびとをなぐさめ、はげました時代でした。
 そして、この時代の歌謡曲の中に記憶として封印された戦後日本とその時代を生きたひとびとの切ない夢こそが美空ひばりの遺産であり、美空ひばりを歌い継ぐとは世の中の空気がキナ臭く行き詰まり、長い戦後がいつのまにか戦前になるかもしれない不安が渦巻く今、美空ひばりの歌にかくれているひとびとの願いや祈りをよみがえらせることだとわたしは思います。
 その意味では、島津亜矢が「波止場だよお父つぁん」を歌ったことはとても意義深いことで、かつてNHKの「思い出のメロデイー」で彼女が歌った「東京だよおっかさん」とともに、船村徹が「右の立場(?)」から戦後社会を憂い、政治の回路ではなく個人の情念の回路から戦争で傷ついたたましいへの挽歌として世に送り出した歌なのだと思います。

 1956年発売の「波止場だよお父つぁん」は、「悲しき口笛」、「東京キッド」、「私は街の子」、「リンゴ追分」、「港町十三番地」などとともに1950年代に発表された膨大な楽曲のうちの一つです。戦後の政治・文化を席巻した「左の立場」の学者やジャーナリズムから「ゲテモノ」とののしられ、ものまねと蔑まれながら、美空ひばりはひとびとの圧倒的な支持によって「もうひとつの戦後民主主義」を体現していきました。
 船村徹もまた、盟友・高野公男とともに音楽のアカデミズムを批判し、「俺が茨城弁で詩を書くからお前は栃木弁で曲をつくれ」といった高野公男の名言の通り、大衆の声なき声を歌にしてきたのでした。
 この歌は一番の歌詞に「めくら」という差別語があるため、現在では歌われることが少なくなりました。ここで、差別語に関するわたしの思いを先に書いておこうと思います。わたしは障害を持つ人と出会う前は、たとえば「アホ・バカ」という言葉も相手との親密度によっては使ってもいいと考えていました。しかしながらその言葉によって傷つくひとたちの存在を想像できず、排除していることに気づき、使うことができなくなりました。そして、社会的な正義を標榜する人たちが無自覚に「狂っている」という言葉を使う時、とても悲しい気持ちになるのです。これらの差別語を使わなければ伝えられないものは何一つなく、かえってその言葉を使ってしまうことで物事の核心を逃がしてしまうとわたしは思います。
 その上で「波止場だよお父つぁん」の歌詞は、「めくら」や「おし」、「かたわ」という差別的な言葉を平気で使っていた時代の障害者差別もさることながら、戦前戦中を船員として生き延び、おそらく心も体もぼろぼろになったしまった父親の深い悲しみと隠された憤りまでもがこの歌の背景にあるように思うのです。あの戦争で民間船員は根こそぎ戦時動員され、記録されているだけでも6万2000人の先輩船員たちが過酷極まる戦場の海で戦没したそうです。その上で父親を「めくら」としたのは、傷痍軍人があふれていた世間の同情を得るために設定されたとしか思えません。そのために現在はほとんど歌われなくなってしまったこの歌のもっとも大切なメッセージが届けられなくなったのはとても残念です。
 それでも、「川の流れのように」や「乱れ髪」、「悲しい酒」など、だれもが歌われることを期待したであろう「演歌の名曲」ではなく、番組全体をほぼ1960年までの歌を選び、その中でも時代の空気を隠した「波止場だよお父つぁん」を島津亜矢に歌わせた演出は、死してなお美空ひばりの無限の可能性を求め、ほかならぬ島津亜矢に「歌謡曲ルネッサンス」を託したNHKの音楽番組チームの覚悟を感じるものでした。
 そして島津亜矢もまた、新しい演歌の息吹がこの時代から吹いていることを若い頃から感じているからこそ、この歌を美空ひばり本人にささげたのだと思います。
 「東京だョおっかさん」については、以前の記事を載せておきます。それぞれ理由はちがいますが、船村徹のこの2曲およびその一部が放送禁止になったのもまた偶然ではないのかも知れません。

島津亜矢「波止場だよ、お父つぁん」

美空ひばり「波止場だよ、お父つぁん」

島倉千代子「 東京だヨおっ母さん」

過去の記事2015.08.14 Fri 島津亜矢「東京だョおっ母さん」

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