FC2ブログ

ホーム > 島津亜矢

2020.10.25 Sun  島津亜矢の「This Is Me」は「瞼の母」で爆発させた魂の叫びが時を越え、ジャンルを超えて届けられた。

ayathis.jpg

 先日、NHK・BSプレミアムで再放送された「映画音楽は素晴らしい」で、久しぶりに島津亜矢の歌を聴きました。島津亜矢のコンサートもコロナ禍の影響で春の大阪新歌舞伎座も秋の京セラドーム公演も中止になり、わたし自身も2か月以上テレビの歌番組も見ず、この番組の本放送も見逃していました。
 久しぶりに歌番組を見ていると、コロナ禍以前にはなんとなく習慣で見ていた頃とはちがう、どこか切なく、それでいて心安らかにいられる自分をとても幸運に思います。
実際、感染症にかからないまでも体調をくずされたり仕事を追われたりと、歌どころではない切迫した毎日を送られている方もたくさんおられることでしょう。
 ひとはパンのみで生きられないといえども、歌舞音曲のたぐいは不要不急の最たるもので、今年のショービジネスの世界では過酷な選別にさらされ、数多くの才能がうずもれたまま消えてしまうかもしれません。
その中で島津亜矢もまた、彼女の最大の活動の場であるコンサートの相次ぐ中止はとても痛手で、歌を届けられないばかりではなくマネージメントも大変だと思います。

 この番組で彼女は「I Will Always Love You」と、「This Is Me」を歌いました。「I Will Always Love You」は、島津亜矢の洋楽歌唱がはじめて注目された曲です。この曲はバラードの名曲として数々のボーカリストが競って歌っていますが、わたしは島津亜矢がホイットニー・ヒューストンの悲劇的な最後に想いを寄せ、ホイットニーへの追悼歌として歌い続けてくれることを望みます。久しぶりの歌唱はより豊かなものになっていて、島津亜矢のとどまらない努力を感じました。
 驚いたのは「This Is Me」でした。この楽曲は2017年アメリカ映画「グレイテスト・ショーマン」の主題歌で、ゴールデングローブ賞を受賞しました。
 わたしは大阪の北端・能勢町に引っ越してから、緑地公園駅近くに住んでいた頃は頻繁に見ていた映画をほとんど見なくなってしまいました。鉄道が通っていない能勢では一時間に一本あるかないかのバスで最寄りの駅に出なければならず、車を運転できないわたしには大阪に出ていくことは以前ほど簡単ではなく、ついつい見たいと思う映画も見逃してしまうのです。
 まして、わたしはハリウッド映画のようなメジャーな映画は好みではなく、いわゆる単館ロードショーにかかる映画ばかりを見てきましたので、この映画もわたしのアンテナには引っかからずで、この映画の主題歌「This Is Me」も一度も聴いたことがありませんでした。
 ヒュー・ジャックマンの主演最新作「グレイテスト・ショーマン」は、ショービジネスの原点を築いた伝説の興行師、P.T.バーナムをモデルにしたミュージカル映画です。
 この映画では小人、巨人、髭の生えた女性、毛むくじゃらの少年、黒人などこれまで蔑みの目を向けられていた個性の強いメンバーによるサーカスショーが繰り広げられます。
 当時も、そして今でも、人前に出るだけで差別を受け、迫害される彼女彼らのコンプレックスを魅力へと昇華させたバーナムのショーは人気を博します。バーナムは彼らを「みんなと違うから面白い」と、いわゆるオンリー・ワンの個性を持つ人々として讃えていきます。一方で、それを不快な見世物として上から目線で批判するマスコミや、さらには彼らを激しくののしり迫害するひとたちも登場します。障害者を見世物にする興行はかつて日本でも盛んにおこなわれていましたが、まさしく障害者差別以外の何物でもなく、今はなくなりました。
 障害者のサーカスショーの映画と言えば、1932年の問題作「フリークス」を思い出します。この映画では実際の障害者自身が登場し、直視できない観客が次々と席をたったと言われています。 
 わたしは「フリークス」を国際障害者年の一年前だったか、当時の京大西部講堂で障害者運動が主催した「国際障害者年をぶっつぶせ」という企画で、原一男監督作品「さよならCP」との二本立てで視覚障害者の女性と観に行きました。
 彼女彼らの主張は「障害者に対する差別は健全者社会に深く刷り込まれていて、その元凶といえる国や行政主導の『道徳』ではなくなるどころかより陰湿化する」、というようなものでした。このすばらしい企画による映画会は、わたしの人生を変えた大きな事件でした。また、「見られる」障害者差別から「見せる」という反時代的な舞台表現で国家や社会への反逆を試みた寺山修司率いる劇団天井桟敷の初期作品「青森県のせむし男」や「大山デブコの犯罪」を思い出します。
 ハリウッド映画のすごいところは、このようなマイノリティといわれる人々の問題を圧倒的な説得力でエンターティンメント化できるところにあるのでしょう。
 島津亜矢が歌う「This Is Me」を聴いていて、心が震えました。その震えは彼女がいわゆる名曲とされる歌を見事な歌唱力で歌い上げることにあるのではなく、彼女の歌唱ではじめて聴くこの歌にぎっしりつまっている何かが、わたしの心を動かしたのでした。
以前、島津亜矢が座長公演をしていた時の演出家・六車俊治が、「島津さんの歌声に感じる悲しさ、しかし、明るい力強さ、そして、そのまっすぐな心」と、島津亜矢を絶賛した言葉を思い出しました。
 歌怪獣と呼ばれるほどの歌唱力が広く認められるようになった今でも、彼女が歌うポップスも洋楽もややもするとどんな歌でも歌いこなすことにのみに関心が向けられる傾向があります。
 しかしながらわたしは唐十郎がきっかけで演劇の世界に入ったという六車俊治がいみじくも言った「悲しさ」、たったひとりの人間の悲しさを時代の悲しさへと普遍化し表現できる才能こそが、オールラウンドなボーカリストへと進化しつづける島津亜矢の真骨頂だと思います。
 「This Is Me」はまさしく、かつての「瞼の母」で爆発させた魂の叫びが時を越え、ジャンルを超えて届けられた島津亜矢の珠玉の一曲でした。
 映画「グレイテスト・ショーマン」がどんな映画なのか、また「This Is Me」がどんなシチュエーションで歌われたのか、おくればせながらこの映画を見たいと思います。

島津亜矢「This is me」

The Greatest Showman Cast - This Is Me (Official Lyric Video)

ヒュー・ジャックマンも感涙!映画『グレイテスト・ショーマン』「This Is Me」ワークショップセッションの様子
web拍手 by FC2

2020.08.31 Mon 同時代の予言と予感に満ちた希望の歌 島津亜矢の「君と見てるから」

kimitomiterukara.jpg

 楽しみにしていた9月28日の京都の島津亜矢コンサートも中止になってしまいました。
 彼女の場合、全国津々浦々のコンサートを長年地道に開くことで固定ファンが生まれ育ち、支えられて今年35周年を迎えたわけで、コンサートができないというのは経済的な問題もさることながら、彼女のコンサートを待ちわびる各地のファンに歌を届けられない切なさがいかほどのものか、思いはかるすべもありせん。
 またテレビの音楽番組も3密をさけるため再開できず、しばらくは過去の記録資産を活用するしか仕方がない状態が続きましたが、最近やっとコロナウイルス感染予防対策を施し、無観客で放映できるようになりました。
 しかしながら当然のこととしてひとつの番組で出演者数に限りがあるため、島津亜矢の出演機会もおのずと少なくなるのはやむをえないことでしょう。コンサートがない上に音楽番組への出演も限られ、また彼女の場合、ポップスの歌唱も望まれるとなれば、35周年記念曲「眦」(まなじり)のプロモーションもおぼつかない状況が続いています。
 そのような状況から、島津亜矢自身が開いたYouTubeチャンネル「島津亜矢【公式】歌怪獣チャンネル」は、コンサートが開けない島津亜矢にとって、彼女のファンとの絆を深めながら、最近のポップスの歌唱で興味を持ったひとにパフォーマンスを提供できる新しいメデイアになりました。
 わたしは当初それだけのものではなく、島津亜矢が新しい楽曲の発表やカバーを含む楽曲への新しいアプローチなど、ステージや音楽番組では挑戦できない冒険を試みる場としての可能性を夢見ていたのですが、まだ、わたしが当初期待したほどには刺激的なものにはなっていません。それはやむをえないことで、これだけ今までの表現手段が閉ざされ、それがどれだけ続くかわからない状況では、YouTubeチャンネルがファンのよりどころとして重要な位置を占めることになり、そうなれば新しい冒険よりもまずはファンの渇望を満たせるような彼女の定番曲にウェイトが置かれることにならざるを得ないのでしょう。
 当然、ジャンルとしては演歌・歌謡曲が中心にならざるを得ませんが、幸か不幸かそのおかげで、デビュー曲の「袴を抱いた渡り鳥」や「出世坂」、「大器晩成」、「海鳴りの詩」、「感謝状~母へのメッセージ~」、「帰らんちゃよか」など、若いころから何度も歌ってきたこれらの歌に今、島津亜矢の歌心はどんな物語を感じ、どんな物語を綴るのか、その進化が過去の映像の記録と照らし合わせることができます。
 また、「歌路遙かに」や「想い出よありがとう」などの隠れた名曲や「月がとっても青いから」、「桜」、「アイノカタチ」、「糸」、「木蘭の涙」などの定番のカバー曲、さらにはCDに収録されたものの、コンサートでは歌われないままの楽曲を再発掘し、聴くことができる喜びもあり、ファンにはたまらないサプライズを提供できる場になっていると思います。

 ファンの方々には叱られそうですがわたしは最近、彼女のポップス歌唱が大きな反響を呼ぶ中、そのことだけが取りざたされることにやや満たされないものを感じています。
 若かりし頃、彼女の演歌の歌唱に多くの方が度肝を抜かれたように、最近のポップスでもその歌唱力に衝撃と共に高い評価が与えられています。しかしながら、ポップスの領域は奥深く、実は演歌よりもはるかに長い歴史があり、楽曲の数もさることながらそれらの無数の楽曲と格闘し、歌ってきた数々の歌手たちが今も燦然と輝いています。
 島津亜矢のボーカリストとしての才能が底知れないことはわかった上で、オリジナル曲がほとんどない現状では選曲の段階で予定調和的な名曲になってしまい、カラオケ文化が要求する高音で歌いあげる高揚感と自己陶酔を求められる中、わたしが一番期待している美空ひばりに通じるソウルやブルーズになかなかたどり着かないジレンマがあります。ないものねだりのわがままファンの独り言ですが、演歌で培ったソウルの魂はカラオケ文化に凌駕されたJポップでは発揮されず、出口が見つからないように思います。
 また最近の人気演歌歌手によるポップス歌唱が、ポップスのボーカリストとして島津亜矢が地道に鍛錬し、独自の音楽性を獲得しようとしてきた努力を見えなくさせ、またぞろ「演歌歌手のポップス歌唱」へと世間の評価が逆戻りする印象があり、とても残念です。

 そんなときに、とても刺激的な楽曲が彼女にもたらされました。今井了介作詞作曲「君と見てるから」です。この楽曲はNHKラジオ第1「ラジオ深夜便」(月~日曜午後11時5分)の6~7月の曲として制作されたもので、安室奈美恵の「HERO」やLittle Glee Monster「ECHO」などで知られるヒットメーカーの今井了介氏が書き下ろしたものです。
 島津亜矢は「直接お目にかかったのはレコーディングの当日となってしまいましたが、今井さんの熱量が伝わり、この歌に大きな可能性を感じました。コロナ禍の状況だからこそ、求められる“歌”がある。深夜のラジオを通して、お聴きいただく“君”に何かを届けたい。そんな思いを共有させていただき、吹き込みに臨みました」とコメントしています。また、今井了介も自身のツイツターで「なんと、島津亜矢さんの楽曲を書かせて頂きました! 演歌では無いのですが、島津さんの『歌ヂカラ』というものを強く感じた素晴らしい体験となりました。今の時代を生きる全ての人々に贈るつもりで書かせて頂きました。」とコメントしています。
 1995年よりプロデューサーとしてヒップホップ、R&Bを中心に数多くの作品を生み出してきた今井了介をわたしは不明にも知しりませんでしたが、「君と見てるから」を聴き、これは最近のJポップにありがちな「歌い上げるだけの名曲」とはちがう、深く静かに心の地下室へと続く階段をひとつひとつ降りていくような内省的な調べ、自分へのまなざし、他者へのまなざしを愛と友情へと導く祝歌、時代の予言と予感にあふれ、心の底のもっとも柔らかい部屋から明日への夢を切なく願う恋歌、そしてそれらを大きく含みながら同時代を生きるわたしたちに、共に泣き共に笑い共に生きる勇気を育てる希望の歌…、たかだか数分の時を旅するだけの歌に込められた今井了介の想いは、島津亜矢の心と体の中で共鳴し、そのたぐいまれな人間楽器から時代の隅々までを照らし、取り残された悲しみと不安を拾い集めながら「だいじょうぶ」と語りかけるのでした。この歌は手垢のついた名曲とは程遠く、島津亜矢に歌われることによって名曲になるのでした。
 この歌に関してはまだまだ思うことがたくさんありますので、続きの記事を書こうと思います。

島津亜矢 『君と見てるから』
作詞作曲:今井了介

TEE - ベイビー・アイラブユー
作詞作曲:TEE、MIHIRO、今井了介 プロデュース:今井了介



web拍手 by FC2

2020.07.17 Fri 千年万年男の春に 踏まれて咲くでしょ 裏みちの花 

ayauramichi.jpg

 島津亜矢の「歌怪獣チャンネル」ではすでに演歌、ポップスのオリジナル曲とカバー曲合わせて20曲ほどが配信されていて、その中の一曲に「裏みちの花」があります。
今年35周年になる島津亜矢にはオリジナル演歌もカバー曲も多数の歌唱曲があり、その時々に歌われたものの今では歌われなくなった歌がたくさんあります。「裏みちの花」はそんなうずもれた名曲の一つです。
 コロナ禍の中で島津亜矢の「歌怪獣チャンネル」は、私をふくめファンにとっては新しいメディアでの彼女のパフォーマンスがうれしいサプライズになっています。
しかしながら、ファンではないひとが「歌怪獣」と話題になっている歌手として島津亜矢を検索、動画を視聴し、そしてこれをきっかけにファンになっていくひとが増えるかと言えば、残念ながらそれほど大きな期待は持てないのかも知れません。
もっとも、他のアーティストの場合もおそらく同じで、BTSやTWICEなど初めから世界戦略のもとでプロデュースする韓国のアーティストたちは別にして、Jポップのアイドルたちの派手なパフォーマンスも、結局はファンや芸能レポーターには有効でもなかなか波及効果はないのではないでしょうか。
 というのも今回のことで、良くも悪くもわたしたちは見えない心の防護フイルターに身をつつまざるを得ず、デジタル社会の可能性を喧伝される中で、届く情報は自分から獲得していくというよりは特定はされないものの膨大な個人情報が蓄積され、個人の嗜好や習慣、考え方や職業、友人関係までもが社会の総体として分析、日々刻刻更新されるビッグデータなどによりプロデュースされた情報ばかりになるでしょう。
 そして、長い苦難の歴史の果てに手に入れたはずの、決して手ばなしていけないはずの自由や個人の尊厳、人権までもがファーストフードのメニューに用意されたものの中からしか選べない社会へと変わろうとする大きな力を感じます。
 結局のところ、アーティストや芸能人が実際のコンサートやイベントが開けない中で、有料無料を問わずオンラインコンサートやイベントを配信することで、部屋に閉じこもることが多いファンを元気づけ、引き付けることが目的で、島津亜矢もまた例外ではあり得ないのでしょう。
 それでも、わたしは島津亜矢の場合、「歌怪獣チャンネル」が彼女にとってどんな冒険もできるライブの新しい形であり、近い将来実際のコンサート活動が再開しても今よりもっと情熱的に配信してほしいと願っています。
 プロモーションビデオなど演歌歌手ならではの張りつめた着物衣装ではなく、飾らない普段着でただひたすら歌う彼女の姿はとても身近に感じられ、彼女の人柄と歌への情熱がダイレクトに伝わってきます。
 時にはカラオケで、時にはピアノ演奏だけ、時にはアカペラで歌う演歌もポップスも、ステージやスタジオでは聴けない、例えれば再開が望まれるTBSの「UTAGE!」のような冒険の場の臨場感で、決していいとは言えない音響の中でも歌をより歌らしく、いとおしくすくいあげるのでした。
 そして、数あるオリジナル曲と先達の残していった楽曲を歌い極め、歌い残したその先に、いよいよ来るべき歌、島津亜矢の歌が生まれる瞬間がすぐそこまでやってきているのだと思います。35年という歌手・島津亜矢のたどってきた道は決して順風満帆ではなかったでしょうが、どんな時も歌は島津亜矢を見捨てなかったどころか、時代の風が彼女の歌心を豊かに熟成させ、心の中に孤独の居場所を用意しなければならなくなったわたしたちに、懐かしくも新しいブルースを届けてくれることでしょう。

白い花咲いた 小さな小さな花だけど
千年万年 男の春に 踏まれて咲くでしょ
裏みちの花

 「裏みちの花」は1999年発売の「都会の雀」のカップリング曲で、吉岡治作詞・杉本眞人作曲の隠れた名曲です。わたしが島津亜矢のコンサートに初めて行ったのは2011年のはじめだったので、そのころにはすでに歌われることがなかったのですが、ファンになりたてのわたしはそれまでのコンサートのDVDを買いあさっていて、この歌はDVDで聴きました。ファンになりたてのわたしは、まずは島津亜矢の演歌にしびれたのでした。
 東映映画「極道の妻たち~赤い殺意~」の主題歌「都会の雀」を島津亜矢が歌うことになったいきさつはわかりませんが、当時の人気シリーズの映画だけに彼女にとってひとつのチャンスだったことは間違いのないところでしょう。
実際のところ、名代のヒツトメーカーの吉岡治と杉本眞人が、当時の島津亜矢に対して特別の思い入れがあったかどうかはわかりません。
 しかしながら、彼女のオリジナル曲の中でも異彩を放つこの2曲は、演歌歌手・島津亜矢の独自な道を切り開いていくきっかけになったのではないでしょうか。
 わたしは演歌が好きかと言えば、嫌いという方が正直な気持ちです。若いころに寺山修司を人生の師とさだめた時にしばらく演歌を聴くようになりましたが、演歌に登場する女性像がなんとも好きになれませんでした。世の中が変わろうとしている流れに逆らい、いつまでも男に従い男に捨てられ、「弱い女」と「耐える女」を歌い続ける演歌の世界に正直うんざりしていました。
 島津亜矢にはそんな歌が少なかったことも彼女のファンでいられた理由のひとつですが、「裏みちの花」には、吉岡治の文学的な表現を通して、深い泥沼から白い刃が現れるように「白い花」を咲かせ、男への怨念と呪縛を打ち破り、自立しようとする女性像が切なく浮かび上がってきます。このころの島津亜矢の毅然とした歌唱は、この歌を艶歌でもなく怨歌でもなく援歌にしていて、吉岡治の詩心もさることながら、杉本眞人による映画のワンシーンを聴く者の心に焼き付ける楽曲の妙も見事に表現していると思います。
 また、コロナウイルスの感染が拡大してきました。9月28日のロームシアター京都でのコンサートを楽しみにしているのですが、また中止にならなければいいのですが…。

島津亜矢【公式】歌怪獣チャンネル

島津亜矢『裏みちの花』・島津亜矢【公式】歌怪獣チャンネル

web拍手 by FC2

2020.06.26 Fri ソーシャルディスタンスと母の手のぬくもり。島津亜矢の「かあさんの歌」

1950.jpg

おててつないで 野道をゆけば
みんなかわいい 小鳥になって
歌をうたえば くつが鳴る
晴れたみ空に くつが鳴る

 1997年夏、わたしは母の手をにぎりながら、何十年ぶりかにこの歌をくちずさみました。病院の窓からは、山にへばりついた家々の灯がにじんでゆれていました。
 その半年前に脳梗塞で入院し、やっと退院し、車いす生活になれようとしていた矢先のことでした。退院後数日で母はまた救急車で運ばれ、同じ病院に入院する羽目になりました。86才という年齢から言っても今度は何が起こるかわからないと医者に言われ、数日間病院で寝泊まりしました。
 頻繁に呼吸が止まり、わたしは思わず彼女の動かない手をにぎりしめました。
 つないだ手と手のすき間から、「ずきん、ずきん」と脈が伝わってきます。心臓へとたどりつく血の鉄道は体の地平をかけめぐり、皮膚をつきやぶるような熱いリズムを刻んでいました。消えそうになったとたん、老いた胸をふくらませたかと思うと、とつぜんからだ中の長いトンネルをくぐりぬけ、鼻から口から風が吹く。日常とはちがう思いつめた静けさの中で、長い間忘れていた「いのち」の歌がきこえてきました。
 女ひとりで一膳めし屋を切り盛りし、必死で生きてきた母と兄とわたしの、いまはもうなくなってしまった子ども時代の風景。それぞれの人生はそれぞれであるしかないように、ひとは自分で幸せになるしかない。そう思って高校卒業してすぐ、ひきとめる母をふりきり家を出ました。やがて兄もわたしも大人になり、それぞれの「家」を持った時、「2人の子どもを育てあげた」ことの他に、どんな時とどんな風景とどんな幸せが彼女の人生にあったのか、わたしには知るよしもありませんでした。
 人間は歌うことをおぼえて人間になったというひとがいます。
 人間は前足が手にかわった時から歴史をつくったというひとがいます。
 もし、そうならば、人間は手をつなぐことで愛することをおぼえ、音楽を発明したのかも知れません。そしていのちの彼方とこちらをつなぐ手と手が、歴史の誕生と歌の誕生がひとつのものだったことを教えてくれます。
 その歌は演歌でもロックでもジャズでもクラシックでもない、手をつなげば小鳥になり、くつが鳴る。にじんだ夜空にくつが鳴る。
 長い間、こんなせつない歌を歌い、聴いたことがありませんでした。
 その日の朝早く、ひときわ強く雨が降り、雷がとどろきました。付き添いのベッドで眠ってしまったわたしが目を覚ますと、母はわたしのほうに顔を向けていました。口からは、いつもとちがう「ぶるぶる」という音とともに、つばがあふれ出ていました。おかしいと思いつつ一時間はたったでしょうか。突然またつばがあふれ、顔の血の気がすっとなくなりました。わたしの前から、母のいのちは遠くへ旅立っていきました。
 8月1日には86才の誕生日を迎えるはずの1997年7月13日、日曜日でした。病室の窓から何度も見た箕面の山々は降りしきる雨にぬれてぼんやりとくもり、その下に広がる街並みは、一日の生活をはじめようとしていました。

 新型コロナウィルス感染防止のため、外出自粛とともに3密を避けることを求められた時、なぜかわたしは母と手をつないで口ずさんだこの歌を思い出しました。あれから23年、働きつづけたその手のいとおしいぬくもりが切ない別れとともによみがえりました。
ひとは一人では生きられず、そしてパンのみでは生きられないとしたら、どんなに危ないことであったとしても手をつなぐことをやめられないとしたら、たったひとりの友や恋人に声を限りに伝えたいと思う心があるとしたら、血でつづられた歴史ではなく歌いつがれた歴史があるとすれば…、わたしは母の手のぬくもりを決して忘れてはいけないと思いました。
 島津亜矢の母もののうたと言えば「感謝状~母へのメッセージ~」や「かあちゃん」がありますが、わたしの生い立ちからくるのでしょうか、ほんとうのところ彼女に限らず歌謡曲で語られる親子の情愛や絆などステロタイプの家族感や母親像にどこかシックリこないものを感じます。
 けれども、今回のユーチューブの歌怪獣チャンネルで島津亜矢が歌った「かあさんの歌」は心に痛く刺さりました。1950年代半ばという時代背景から誕生したこの歌は、作詞・作曲した窪田聡が文学を志して家出した当時、母親から届いた小包の思い出や、戦時中に疎開していた長野県の情景を歌ったとされています。
 うたごえ運動を通じて全国の歌声喫茶に広まったほか、劇団わらび座の舞台でも歌われ、またダークダックスやペギー葉山によって取り上げられて大ヒットし、NHKの「みんなのうた」でも放送されてより広い層に知られるようになりました。
わたしは子どものころ、学校に行かずに従妹たちが熱心に読んでいた「平凡」や「明星」の歌謡曲の歌詞集や童謡・唱歌の歌詞集で国語と音楽の勉強をしていました。
 ですから、美空ひばりの「悲しき口笛」や「りんご追分」と童謡の「里の秋」や「かあさんの歌」は、シングルマザーの母親の元で子どもなりに自分の家族が友だちの家族とはちがうことを知っていたわたしの心の友でした。
 当時の歌声喫茶などで歌われた「かあさんの歌」には、戦後の若者の希望と果てしない夢が隠れていたのでしょうが、集団生活が苦手なわたしにはどこか踏み込むことができないものを感じていました。のちにわたしの人生の「先生」となった寺山修司が「演歌は合唱に向かない」といったように、確かにわたしは美空ひばりや畠山みどりの方に傾倒し、一番身近な社会としての「家族」から逃げ出すことは考えても、歌によって世の中を変えようとする歌声運動の方に向かうことはありませんでした。
 しかしながら今、島津亜矢がアカペラで歌う「かあさんの歌」を聴くと、歌にはその歌が生まれた時代を記憶する力があり、敗戦から10年が過ぎ、絶対的な貧困のもとでの生活再建へと歩き始めた頃、労働運動を通して戦後の民主主義を支え、「二度と戦争はしない」という約束を歌によって確かめ合った、当時の働く青年たちの切なくも熱い思いがよみがえってくるようです。
 島津亜矢の歌にびっくりさせられるのは、歌怪獣という異名をとるまでになったジャンルを問わない歌唱力と声量はもちろんのこと、オリジナル曲でもカバー曲でもひとつひとつの歌とのめぐり逢いから一気にその歌の生まれる時代背景にたどりつく彼女独特の「歌を詠む力」の豊潤さにあり、その尽きることのない歌心はユーチューブというメディアを得てより花開こうとしているのだと思います。
 さて、9月の末にはなんとかなるのではないかと思い、ロームシアター京都で開催予定のコンサートの座席チケットを確保しました。少しの間コンサートから遠ざかっていましたので、とても楽しみです。

島津亜矢『かあさんの歌』

島津亜矢『いのちのバトン』

美空ひばり「悲しき口笛」
web拍手 by FC2

2020.05.30 Sat 管楽器でも弦楽器でもない、玉置浩二の歌唱は繊細な気鳴楽器 島津亜矢の「メロディー」

main-image_TECE-3537.jpg

 島津亜矢という歌手はわたしにとって「歌姫」というよりは「シャーマン(巫女)」で、島津亜矢がいま歌いたい歌はどんな歌なのか、歌うことを宿命づけられた歌はどんな歌なのか…、コンサートであれ音楽番組であれ、CDの収録であれ、カバー曲であれオリジナル曲であれ、その歌がつくられる(歌いなおされる)瞬間に立ち会いたいと願う数少ない歌手の一人です。
 その曲がカバー曲の場合、ひとつひとつの楽曲には歌自身が隠している記憶があり、そのひとつひとつの記憶をたどり、その記憶を追体験しながら今の時代の新しい物語を作り出す力、それを歌唱力と呼んでもいいのかもしれません。
 歌の記憶をたどり、歌が生まれる瞬間に降り立てば、すべての歌は歌われた瞬間からオリジナル歌手の肉体からも書かれた譜面からも遠く離れた歌の荒野に解き放たれ、ある歌は忘れ去られ、ある歌は時代を越えて歌い継がれるのだと思います。
 はるか遠く、人間が言葉を発明する前に川のせせらぎや鳥の鳴き声とともに、自らの肉体から声という音をだすことで他者に自分の存在やメッセージを伝えるところから、音楽が生まれたといわれます。若かりし唐十郎の演劇論ではないですが、歌をつくるのは作詞家や作曲家ではなく、歌手の特権的肉体によって歌われ、つくられてきたのだとしたら、わたしにとって島津亜矢は歌うことを宿命とされたこの時代のシャーマンだと言えるのかもしれません。
 そういえば、小椋佳は島津亜矢のためにつくった「歌路遙かに」で、「歌の一つで心洗われたりもしませんか 歌のひとつで命救われたりしませんか」と歌わせています。

あんなにも好きだった 君がいたこの町に
今もまだ大好きな あの歌は聞こえてるよ
あのころはなにもなくて それだって楽しくやったよ
メロデイーいつのまに 大切なものなくした

 さて、今回は玉置浩二の「メロディー」について感じたことを書こうと思います。わたしは彼女のポップスの歌唱はたしかに完成しているものもたくさんあると思いますが、いまはまだエチュードの段階だと思うものも少なからずあります。
 もとより、人それぞれの個性と才能、向き不向きがあるのは承知していて、島津亜矢もその例外ではありえないでしょう。また、わたしの好みや感じ方もあり、そういう意味では歌の善し悪しなどは突きつければ歌詞と楽曲はもとより、歌い手の声質や声量や表現とあわせて、聴く者の好みやその歌と出会ったシチュエーションで決まるものなのかもしれません。ですから、わたしがこの歌に限らず玉置浩二の楽曲を歌いなおしてほしいと思ったとしても、それぞれの感じ方の問題と割り切ってしまえばいいのかもしれません。
 「メロデイー」は日本一のボーカリストといわれる玉置浩二の歌の中でも特に難しい歌だと思います。島津亜矢は玉置浩二が好きで、いままでこの歌の他にも「行かないで」、「じれったい」、「田園」、「ワインレッドの心」などをカバーしています。いずれも名曲といわれる歌ばかりですが、実は玉置浩二が歌うことで名曲になったというのがほんとうのところだと思います。その中でも「メロディー」は短くてシンプルで音域も高くないのに、ひとつひとつの言葉が心にしみわたる楽曲で、たしかに彼以外には歌えないと言われるゆえんです。
 しかしながら島津亜矢がボーカリストとして演歌と同じかそれ以上に多くの人々を魅了する天賦の才能と実力を備えた歌手と確信するわたしにとって、この歌はまだ完成していないエチュードで、玉置浩二とはちがった場所で音楽的冒険をつづける島津亜矢の旅の途中で立ち止まり、彼女の進化を測る貴重な楽曲だと思います。
 というのも、以前からわたしは島津亜矢の管楽器のようにやや硬質でナチュラルな声質が魅力と思っていて、演歌では「影を慕いて」や「悲しい酒」、ポップスでは森山直太朗の「桜」や、「帰らんちゃよか」以来、新解釈で島津亜矢のオリジナルとして完成させた「時代」など、弦楽器系の声質では表現しにくい直接性と、歌でなければ伝えられない切実さが彼女の声質を生かしていて、ジャンルにとらわれずたくさんの歌を彼女が歌える理由のひとつになっています。
 ところが、玉置浩二の場合は管楽器でも弦楽器でもなく、強いて言えば彼の喉と身体全体が気鳴楽器といわれるアコーディオンやバンドネオンの蛇腹のふいごのように膨らんだり縮んだりする空間楽器になっていて、そこから来る独特の歌唱は歌詞も曲もとてもシンプルなのに、のどから外に出るビブラートではなく、のどから体の中で震えるビブラートがかすかに漏れるような繊細さといとおしさで歌い語り、やさしい沈黙までもが心に届けられるのです。
 もう二度と帰らない青春、大人になることでなくしてしまった夢と友情と恋、もしかすると、大切な友人や恋人が亡くなったと知らされ、通夜や葬儀で心の中で弔辞を一言、また一言かみしめて読んでいるような、悲しみと、もしかするとちょっとした裏切りと、懐かしい人と町、そこに流れる青ざめた時をいつくしむように聞こえてくる歌は…。
 願わくば島津亜矢の管楽器的で官能的な刃のような発声法に加えてあとひとつ、玉置浩二の気鳴楽器のような発声法を加えたら、存在感を増す肉感的な低音がより生かされ、これまでやや不得手だったかも知れない楽曲へのチャレンジも可能になり、フィールドが一気に広がるのではないかと想像します。
 これも最近、強く感じることですが、島津亜矢の演歌の歌唱はずいぶん前に完成していたはずが、すでに10年ほど前から獲得したゾクッとする肉感的な低音がポップスの歌唱によって磨きがかかり、最近の彼女の演歌歌唱はかつてのような若さに任せて(それもまた魅力的でしたが)歌い切るのではなく、歌い残すことで聴く者の心にいつまでも甘美なやけどを残します。
 演歌で獲得できた歌を詠む力をポップスで発揮するようになるには、あと少しの時間が必要なのかもしれません。歌に隠された記憶と物語を引き出すために、演歌・歌謡曲とは比べ物にならない無数の楽曲を歌うことで、もう一度丁寧に歌を詠む力と新しく多彩な発声法にチャレンジしてほしいと願っています。
 もちろん、今の歌唱でなにか問題があるのかと言われれば最終的に好みの問題とされるでしょうし、たしかに今のところ彼女がどれだけ努力をしてもいまだに「演歌歌手・島津亜矢」のレッテルをぬぐえないのも事実で、それならば演歌歌手のポップスとして高い評価を得ていることで満足すべきなのかもしれません。
 彼女の小さな成功例が刺激となったのか、最近の若い演歌歌手がポップスを歌う機会が増えましたが、ファンのひいき目からくる失礼方を承知で言えば、かろうじて市川由紀乃を除いてほとんどは島津亜矢のポップスとは似て非なるもので、かつては島津亜矢もそうであったかもしれない「演歌歌手のお座敷芸」の域を出ないと思います。それだけでなく彼女彼らがポップスを歌う姿勢に「演歌歌手は何でも歌える」といったある種の思い込みを感じて、がっかりしてしまいます。
 その意味でも「孤高の歌手・島津亜矢」の苦闘はまだまだ続きそうで、だからこそ音楽の女神にいざなわれ、道なき道を歩く島津亜矢をいとおしく見守り、あとを追いかけようと思うのです。

島津亜矢【公式】歌怪獣チャンネル

島津亜矢『メロディー』

玉置浩二 『メロディー』Live at Tokyo International Forum 1997/11/22

web拍手 by FC2