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2020.01.07 Tue 大みそかをたったひとりで過ごすひとに届けられる歌がある。 島津亜矢&清塚信也「糸」 紅白歌合戦

島津亜矢 2019紅白

 昨年の大みそか、紅白歌合戦に島津亜矢が出演し、中島みゆきの「糸」を歌いました。
 一昨年の紅白で「時代」を歌い、天皇の世紀・平成の終わりを象徴する演出とともに島津亜矢の熱唱が多くの反響をよびました。
 紅白歌合戦は年々バラエティー化と若いひとをターゲットとするパフォーマンスに舵を切る演出に賛否両論が相交じり、結果的には視聴率の低下がつづいています。
 一方で「なぜこの歌手が?」という批判にこたえてというよりは批判に乗じて演歌歌手の出演が激減していることと、また一方では若いひとから圧倒的な人気と支持を受けたJポップを中心とする若い歌手の出場と年々派手になるバラエティーに快く思わない伝統的な「紅白ファン」の不満噴出の合間で方向感覚を見失ってしまった紅白は、時代の写し鏡として大衆音楽そのものの行き詰まりを色濃く反映していると私は思います。
 そして、今回の紅白はその論議に決着をつけたかのように大きくひとつの方向性を指し示し、よくも悪くも一歩踏み出したのではないでしょうか。
 ひとつはかつての紅白を懐かしみ、その原点に返るべきだという声よりも、もう何年も前からJポップが日本の音楽シーンのメインストリームであることと、吉本新喜劇をはじめとする笑いを中心に据えたバラエティー番組であることを素直に認めたことでしょう。
 それは同時に長らく国民的番組として自他ともに認められてきたこの番組が、大みそかの単なる大きな音楽番組として位置付けることでもあります。
 さらに言えば日本の敗戦から立ち上がり、「復興と再生を成し遂げた」日本社会の成長神話の爆走の中でひとびとの心を励まし、なぐさめてきた歌謡曲の終焉と戦後民主主義の大きな転換(あるいは終焉?)を受け入れざるをえないところに追い詰められていることを予感しているともいえるのではないでしょうか。
 その象徴が、AIによる美空ひばりの再現で、戦後原子力ユートピアを経て1960年代の「鉄腕アトム」、1970年の大阪万博の「科学の進歩」が、2020年のオリンピックと2025年の大阪万博に向かって爆発的に進化し、人類の進歩と幸福と豊かさを高々に謳い上げる「科学の妄想」を予感するものでした。
 実際のところ、AIによる美空ひばりは彼女の歌とともに苦しい時代を生き延びた世代にはなつかしさとともに、実は記憶の中の美空ひばりとは程遠い失望をもたらしたのではないでしょうか。今でもまだ、BS放送を中心に美空ひばりの特集番組が組まれていて、あらためて彼女の歌を聴きなおすと、到底AIをはじめとする科学技術で美空ひばりを再現することなどできないことが明らかです。
 今回の試みは美空ひばりという稀有な才能が戦前でもまた近未来でもなく、まさしく戦後という時代の光と闇を歌い、キナ臭い匂いとともにその歌声が何ものにも交換できない戦後民主主義そのものだったことを教えてくれただけでなく、紅白歌合戦そのものが戦後を駆け抜けたサクセスストーリーに彩られた美空ひばりの時代と決別することでもありました。
 今回の紅白における島津亜矢の立ち位置は昨年の「時代」とはちがい、一見目立たない出演となりましたが、クラシック界の貴公子と呼ばれる超人気ピアニスト、清塚信也のピアノとのコラボで中島みゆきの「糸」を熱唱しました。クラシックに疎いわたしですが、以前にTBSの金曜ドラマ「コウノドリ」で、産婦人科医で天才ジャズピアニストでもある主人公がクラブで演奏するシーンの吹き替えをしていたのが清塚信也だと知りました。
 このドラマはさまざまなリスクを背負いながらもいのちの誕生を願い、医師たちが妊婦さんやその家族と生命の奇跡と出会うドラマで、毎回クラブで演奏する挿入曲はどの曲もかけがえのないいのちをすくい上げる愛おしい名曲で、その演奏はピアノの音ひとつひとつが星のようにキラキラ輝きながら舞い降りてくるようでした。
 清塚信也のピアノが無数の塵のようなまだ音にならない音にいのちを吹き込み、メロディーを島津亜矢に託すと、島津亜矢はそのひとつひとつのいのちを歌声に宿し、その濃密で清らかで優しいコラボはたった2分間の演奏でも、また途中で雑音が入るトラブルに見舞われてもゆらぐことはありませんでした。
 わたしは実はそれほど紅白歌合戦が好きではないのですが、長い間ベトナムで仕事をつづけ、11年前に死んでしまった親友のKさんのように海外で年を越す人、また国内で家族と離れ、また家族もなくたったひとりで年を越す人、もしかすると年越しの酒を呑みながら感度のよくないラジオでこの番組を聴いている、そんな人のためにこそ届けなければならない歌があるのではないでしょうか。
 そして、音楽がそれを必要とするひとから生まれ、それを必要とするひとに届けられるものならば、テレビで繰り広げられる華やかなバエティーでは絶対に届かない、ラジオでしか届かない歌もまた、たしかにあると思います。切実に歌を歌い、切実に歌を聴く…、島津亜矢と清塚信也の「糸」はそのひとたちのためにこそ届けられた歌だと信じてやみません。曲の終わりに清塚信也が右手を上げて島津亜矢を讃え、島津亜矢もまた清塚信也に感謝の思いを秘めた姿はいとおしく、涙が出ました。

 島津亜矢以外のパフォーマンスでは、aiko、天童よしみ、山内恵介、Little Gree Monstar、Superfly、菅田将暉、いきものがかりなどがわたしの好みでしたが、なんといってもトップバッターのFoorinの「パプリカ」に驚かされました。昨年ぐらいからわたしの孫など子どもたちに圧倒的な人気があるのは知っていましたが、じっくり聴くととてもいい歌で、阿久悠ではありませんがたしかに時代を歌う歌は今や子どもたちが担っているのだと感心しました。
 この歌といい菅田将暉の「まちがいさがし」といい、米津玄師の時代がやってきたことも今回の紅白が証明して見せました。彼は自閉症だったことを明かしていますが、時代の果てにまで届く音楽が実はマイナスとされたり障害とされたりする感性から生まれることもまたたしかなことなのでしょう。
 もうひとつ気になることとして、東京2020というキャッチフレーズでオリンピックへの過度な誘導がわたしにはあざとらしく思うのです。聖火リレーを福島から始めるとか、原発事故がこれからますます子どもたちの甲状腺がんを引き起こしていること、帰るべき故郷に帰れないひと、理不尽にも被害を受けているひとびとへのいわれない差別、福島の人同士の分断など、「オリンピックどころでない」と怒りと悲しみに打ち震えるひとびとの声が届かないまま、風評被害としてごまかしてしまうこの国と、それをよしとしてしまうわたしたちの心をオリンピックというブルドーザーが押し倒していく…、そんな世相が今回の紅白のオリンピック賛歌を求め、体制翼賛へと大衆芸能を追い込んでいく怖さを感じました。

島津亜矢「糸」(中島みゆき)

清塚信也 - For Tomorrow (TBS系 金曜ドラマ「コウノドリ」(2017)メインテーマ)

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2019.12.14 Sat 「北の螢」は阿久悠が暗黒の時代に放った最後の置き土産 島津亜矢「北の螢」 NHK「新・BS日本のうた」

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 12月8日、NHKBSの「新BS日本のうた」の特集番組に出演しました。今年一年、この番組をふりかえりながら、演歌・歌謡曲の若い人たちを中心にした番組構成で、島津亜矢が若手とは言えなくなった今、いわばサッカーでいうオーバーエイジという位置づけだったのでしょう。
 最近は島津亜矢が出演する時以外は「新BS日本のうた」を見ることもなくなりました。
というのも、演歌・歌謡曲ジャンルの閉そく感が極まり音楽的冒険も望めない中、個人的には昨年妻の母親が亡くなり、付き合いで見る機会がなくなってしまったからでした。
 一方で同じNHKの地上波の「うたコン」は毎週必ず見るというわけではありませんが、ジャンルにとらわれない出演歌手の多様化と意外なコラボに刺激され、島津亜矢が出演しない時でも見る機会が多くなりました。
 それはさておき、久しぶりにこの番組を見て演歌・歌謡曲ジャンルの若手と言われる歌手たちの勢いの良さを感じました。失礼な言い方かも知れませんが長い間よくも悪くもベテラン歌手の出演が優先されて若手の歌手の出演が限られていたこのジャンルにも、ようやく新しい風が入り、若い人たちの息苦しさが少し解消されたように感じます。
 もちろん、かつてのような勢いを取り戻すことはないでしょうが、今回の番組を見て若手の演歌歌手が自由に歌う雰囲気がありました。
 島津亜矢のファンとしてのひいき目をお許しいただければ、ここ2、3年に島津亜矢が大きな役割を果たしたとわたしは思います。もちろん、市川由紀乃や山内恵介もまたオーバーエイジで、特に個人的には市川由紀乃の歌唱力はすでに高く評価されているところですが、若い歌手が切磋琢磨し、総じて歌唱力を評価できるところに来ているとわたしは思います。番組の雰囲気のよさは島津亜矢にとってもうれしい限りで、演歌界の新しい時代の夜明けを感じさせる番組でした。
 この番組で圧巻だったのは島津亜矢の「北の螢」(オリジナル・森進一)でした。しばらく島津亜矢のポップスばかりを聴いてきましたが、「ポップスを歌える演歌歌手」の鎧を脱ぎ捨て、彼女の潜在的な才能が大きく花開こうとする今、演歌・歌謡曲の可能性もまた島津亜矢によって切り開かれる予感を感じさせる歌唱でした。
 
 若かったころ、わたしは森進一が好きでした。高校卒業後に勤めた建築設計事務所を半年で辞め、ビルの清掃をしていた3年の間、街のパチンコ屋さんや商店街はもとより、都会のどこかしこから歌が流れていました。JR吹田駅前の古いアパートに住み、テレビのない暮らしをしていたわたしの隣の部屋のテレビから、石田あゆみの「ブルーライトヨコハマ」やピンキーとキラーズの「恋の季節」など、はやり歌がかすかに聞こえてきました。
 わたしはといえばビルの清掃をしながら、森進一の「命かれても」や「花と蝶」をいつも口ずさんでいました。わたしの友人たちはみんな高校の頃からビートルズに夢中でしたが、わたしだけ森進一のファンで通していて、へそ曲がりとよく言われたものでした。
わたしが森進一の歌にひかれたのはそれまでの歌謡曲のような語りではなく、どろどろした女の恨みやかなしみや痛みがナイフとなって突き刺さり、真っ赤な血がほとばしるようなエロチシズムに心を奪われたのでした。
 世間は大学紛争と70年安保闘争で騒然としていて、同世代の若者は必死に「世の中を変えよう」としていたのかも知れないのに、わたしといえば三上寛の歌のように「希望の前にあきらめ覚え、手を組むたびに裏切り覚え」とうそぶき、心を閉ざすことでしか自分を保つことができませんでした。そんな暗くよどんだ心に、「惚れてふられた女のこころ あんたなんかにゃわかるまい」(「命かれても」)と歌う森進一の歌は、時代に取り残されたように孤独なわたしの心情をなぐさめてくれたのでした。
 正直に言うと、わたしは島津亜矢のカバーで「北の螢」をはじめて聴きました。その音源は2003年のもので、30代前半の島津亜矢は怖いもの知らずの絶唱型から脱皮し、それまでの歌いきってしまう歌唱から奥行と陰影のある歌唱へと変わろうとしていた頃だと思います。
 わたしは島津亜矢と森進一はどこか深いところでつながっていると思っていて、たとえば島津亜矢が歌う「瞼の母」の若いアウトサイダーの純粋な「テロリスム」は、酒場で男に弄ばれる女の「プロテスト」と合わせ鏡のように共通していると思います。
 その中でも「北の螢」は阿久悠と三木たかしという二人の音楽的野心が重なり合い、歌の外側へと蛍をとばしてしまう凄まじい情念と血塗られた愛情表現が求められる歌だと思います。   
 1984年に発表された森進一の「北の螢」は同名の映画の主題歌だったことを、不明にも今回はじめて知りました。(そのころのわたしは演歌にはまったく興味がありませんでした。)
 映画「北の螢」は西欧化政策を取る明治政府が本土の資源不足を補うために北海道開拓を急ぎ、囚人たちに奴隷のような強制労働を強いて雪の中での道路建設を行わせ、多数の犠牲者を生んだという実話を元にしています。主題歌となる「北の螢」と同時進行で製作され阿久悠がスーパーバイザーとして製作に参加しました。
 「北の螢」は五社英雄監督が1982年の「鬼龍院花子の生涯」、1983年の「陽暉楼」、1985年の「櫂」と、高知を舞台にした宮尾登美子原作、五社監督コンビによる三部作の間に撮った映画で、史実に基づいた高田宏治のオリジナル脚本で舞台も北海道です。
明治幕開けの北海道の異常な世界・樺戸集治監(刑務所)を舞台に典獄(刑務所長)と北海道開拓の先兵として強制労働を強いられた囚人、その周辺にあった女郎屋の女たちとの愛と憎悪の葛藤を描いた壮絶な映画です。
 わたしは明治政府の非道な政策からほとんどの囚人が死んだという国家犯罪をまったく知りませんでしたが、この事実からはじめて「北の螢」という歌が隠しているとてつもなく大きなかなしみと激情のルーツを知りました。
 1984年と言えば、阿久悠の関心はすでに作詞から離れていたと思うのですが、その分、歌を取り囲む歌のルーツと呼べるものから喚起されたイメージとして、胸の乳房を突き破り、無数の赤い蛍が翔んでいく鮮やかな映像が三木たかしの切なすぎるメロディーとともにくっきりとせりあがってくるのでした。
 白い雪と赤い蛍、男の野心と女の情念が舞い上がる壮大なドラマのまんなかにせりあがる「北の螢」、この歌を歌う森進一の破壊的なエロチシズムとカタルシスは鬼気迫るものがありました。
 2003年、32歳の島津亜矢の歌唱は若い頃の大時代的な絶唱癖が多少残っているものの、それがかえってこの歌の壮絶な物語を表現していて、激情の観客はもとより視聴者に驚きと感動を呼び起こしたことでしょう。
 16年前にこの難曲をこれだけ完成させてしまった彼女が今歌う「北の螢」は、むしろ淡々と歌うことから隠された情念をいとおしくすくい出し、暗黒の時代を語り継ぐ叙事詩のように聞こえました。

 今年もあと2週間となり、さて今年の紅白で島津亜矢が歌う歌は何かで話題になっていますが、わたしはそれよりもマキタスポーツの名コピー「歌怪獣」の称号もせいぜい後2年で賞味期限が切れると思われ、それまでに島津亜矢がポップスの歌唱の完成度を高め、演歌をふくむ新しい「島津亜矢の音楽」にたどり着くことを信じてやみません。
 そのためにも、演歌だけでなくポップスのジャンルもふくめて、大胆な音楽的冒険を島津亜矢と疾走する歌の作り手の奮起を望みます。

島津亜矢「北の螢」(2003年)
本文にも書きましたが、この時代にすでに演歌の歌心をすべて飲み干してしまったのだと思います。それから16年、くるしい時代をくぐりぬけて今、彼女は今まで以上に歌うことの楽しみをかみしめているのではないでしょうか。

森進一「北の螢」
森進一はデビューの時に声をつぶしてしまったのでキワモノ扱いされたり、今でも変な物まねがはびこっていますが、わたしはポップスも含めて玉置浩二と比類ないボーカリストだと思います。島津亜矢とこの人は、歌がただ聴くものだけではないことを教えてくれます。それだけ歌の可能性を押し広げてくれるのですが、一方で歌がとても危険なものであることも教えてくれます。


藤圭子「北の螢」

このひとの歌唱はすでにブルースの領域です。

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2019.11.16 Sat 宮本笑里のバイオリンとの「デュエット」で「To Love You More」 11月12日のNHK「うたコン」

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 11月12日のNHK「うたコン」は「豪華けんらん!歌姫女子会」と題して、出演歌手が女性ばかりで、島津亜矢も出演しました。彼女は2週前の「うたコン」にも出演し、ミュージカル歌手・濱田めぐみとミュージカル「レ・ミゼラブル」の「I Dreamed a Dream(夢破れて)をコラボした一方で、なんと「瞼の母」を19歳の新人演歌歌手の朝花美穂とコラボし、十八番のメインのパートを朝花美穂にゆずり、最近にない演歌の王道を聞かせてくれました。「うたコン」スタッフの島津亜矢に対する絶対的ともいえる信頼感なくしてはあり得ないふり幅の広い演出でしたが、そのパフォーマンスをなんの抵抗感もなくやり遂げてしまうのもまた、島津亜矢の真骨頂と言えるでしょう。
 濱田めぐみは劇団「四季」を2010年に退団後もさまざまなミュージカルに主演するトップスターで、この時のコラボではまだ初々しさが残る島津亜矢のポップス歌唱をミュージカルスターらしく受け止めてくれました。
 一方で朝花美穂という、久しぶりに勢いのいい新人の演歌歌手を大きく受け止め、朝花美穂を後押しするような島津亜矢に心動かされました。大きな流れとして演歌の衰退は止められないかもしれませんが、わたしは朝花美穂の怖いもの知らずの熱唱に大きな可能性を感じましたし、島津亜矢もまた若い頃を思い出して刺激を受けたのではないでしょうか。
ファンのひいき目かも知れませんが、島津亜矢のポップス歌唱のブレイクに触発されて、演歌歌手がポップスにかたむき、人気の演歌歌手がポップスのオリジナル曲を発表するようになる中で、流れに逆らうように超時代錯誤で大衆演劇に通じるようなド演歌を歌いあげる朝花美穂の潔さは往年の島津亜矢を思わせて、批判を恐れずに言えば中途半端なポップス歌唱に逡巡する演歌界をぶっ飛ばす痛快さを感じます。

 さて、今回の「うたコン」で、島津亜矢はセリーヌ・ディオンの1995年のヒット曲「To Love You More」をバイオリン奏者・宮本笑里とコラボしました。
 島津亜矢がセリーヌ・ディオンの名曲を歌うという前宣伝から、わたしをふくめて彼女のファンはてっきり映画「タイタニック」の主題歌となった「My Heart Will Go On」を歌うものと思っていました。というのも、島津亜矢のアルバム「SINGER2」で、彼女がこの曲をカバーしていたからでした。
 「To Love You More」を歌うと聞いた時、意外な感じを持ちましたが、「うたコン」スタッフは予定調和的に「My Heart Will Go On」をチョイスせずに、番組のクオリティをあげるためにどこまでも島津亜矢に音楽的な冒険を要求したのだと思いました。
 また、宮本笑里とのコラボの企画が先なのか、「To Love You More」の選曲から宮本笑里とのコラボが決まったのか定かではありませんが、どちらにしても宮本笑里のバイオリンを抜きにして島津亜矢の「To Love You More」の歌唱はなかったと思います。
 この曲は日本でのオリジナル・シングルとしてつくられ、フジテレビのドラマ「恋人よ」の主題歌として大ヒットした作品で、バイオリンをはじめクラシック楽器による演奏で当時一躍音楽シーンに登場したクライズラー&カンパニーがレコーディング、編曲に参加しています。1996年に解散後もバイオリンの葉加瀬太郎がセリーヌのツアーに特別参加し、この曲を演奏しています。
 宮本笑里はセリーヌの絶大な歌唱力と、単なる伴奏ではない葉加瀬太郎のバイオリンの見事なコラボレーションに感銘を受け、歌とバイオリンがデュエットする音楽を求めるきっかけとなったこの曲をコラボできるボーカリストをさがしていたのだと思います。
 実際、日本だけでなく世界で活躍する彼女ですから、さまざまなステージでこの曲を世界のトップシンガーと演奏してきたかも知れませんが、島津亜矢とコラボしたいと思っていたというのは本当のことなのでしょう。
 不思議なことに島津亜矢は演歌から、宮本笑里はクラシックからと、それぞれジャンルの壁を越えて音楽的冒険をつづけるこの2人の共演は、宮本笑里にとってポップスシンガーとの共演よりも刺激的なことだったのではないでしょうか。
 実のところ、この日の島津亜矢は珍しく体調がよくないようで、高音で声がかすれることが2、3か所ありましたが、宮本笑里のこの曲への特別な思いと島津亜矢へのリスペクトから奏でられるバイオリンのハーモニーに助けられ、体調が良くない中でも精いっぱいの歌を聴かせてくれました。
 もし叶うならば、長い年月をかけて大地に濾過された清らかな水が湧き上がるようなみずみずしい声質と圧倒的な声量、そして、愛しても報われないこともわかっている女性の切なすぎる心を抱きしめるような歌心を存分に表現できる、本来の島津亜矢の歌と宮本笑里のバイオリンとの「デュエット」を、もう一度聴きたいと思います。
 島津亜矢の紅白出演が決まり、巷では出自の演歌を歌うのではないかとも言われますが、「うたコン」でこんな素敵なコラボを演出したNHKの音楽スタッフならば、「うたコン」の再現で、宮本笑里のバイオリンとの「デュエット」を用意してくれたらうれしいですね。
 宮本笑里はその後May J.とのコラボで中島みゆきの「糸」を演奏しました。こちらの方は心なしかリラックスした演奏で、以前から共演している親密感を感じました。
 わたしはカラオケ番組で有名になったMay J.を最初は苦手だったのですが、最近よく「うたコン」に出演していて島津亜矢とも共演していますが、彼女がコラボに入ると相手の歌手の歌を安心して聴くことができるようになり、この番組のさまざまなコラボ企画に必要不可欠な歌手になっているように感じます。
 「うたコン」は今回の「糸」で久しぶりに彼女の歌をきちんととりあげましたが、ここでも宮本笑里の歌心が加わり、素晴らしい歌唱だったと思います。
 それにしても、島津亜矢の今年の活躍はファンにとって喜ばしい限りですが、体調管理をより厳しくしなければならないようで、少し気の毒に思うこともあります。 生身の体ですから調子のよくない時もあって当然です。まだまだ長い道のりですから、無理をしないでくださいね。といってもこのメッセージが彼女に直接届くわけではありませんが…。

 今回で、島津亜矢の記事が300本となりました。2011年5月から約8年、付き合ってくださったみなさんに感謝します。とくに「亜矢姫倶楽部」のKMさんと、この掲示板に参集されるみなさんのはげましのおかげと、感謝しています。これからもよろしくお願いします。

TO LOVE YOU MORE / Celine Dion With 葉加瀬太郎

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2019.10.23 Wed 「風雪ながれ旅」はワールドミュージック 島津亜矢大阪新歌舞伎座コンサート2

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 30分の休憩をはさんで第二部が始まると、尺八の素川欣也ともうひとり三味線奏者(ごめんなさい、名前はわかりません)が現れ、上手に尺八、下手に三味線の演奏、そしてバックバンドのイントロとともに中央のセリが上がり、島津亜矢が登場しました。
 そして、「津軽じょんがら節」、「風雪ながれ旅」、「津軽のふるさと」と、いわゆる津軽3部作から演歌歌手・島津亜矢のなじみのコンサートが始まりました。
 合間を縫うように会場のいたるところから「亜矢ちゃーん」と掛け声が響く中、会場の期待に応えるようにコブシをふり、体を前後左右にゆらしながら彼女は歌い始めました。
 わたしは一部の戸惑いがちの新鮮なステージとはまたちがう、久しぶりの演歌歌手・島津亜矢の舞台に心がゆすぶられ、思わず涙を流してしまいました。
 わたしはずっと以前から島津亜矢の今の姿、ポップスのボーカリストとして現在の大衆音楽のメインストリームに踊り出ることを願ってきましたが、それが現実のものになろうとする今、そのわたしでさえもポップスだけでは物足りず、ライブで島津亜矢の演歌を聴くことを心から待ち望んでいることに気づきました。
 演歌が大衆音楽の中ではごく限られた領域であることと裏腹に、音楽のメインストリームはすでに70年代からポップスに移っていて、その広大な領域からは若い才能が次々と現れ、新しいポップスが若者だけでなく、わたしのような高齢者にまですそ野を広げています。ずいぶん前から、いわゆる「懐メロ」と呼んできた歌が演歌・歌謡曲からポップスに移っていることでもあきらかです。
 島津亜矢のポップスは最近の演歌歌手の付け焼刃のような歌唱ではなく、おそらく歌手として活動をはじめたころからの努力が実を結び、すでに十分すぎるパフォーマンスを獲得していることは事実です。
 しかしながらそれでもなお、ファンの方には叱られるかも知れませんが、島津亜矢本人にとってポップスはまだエチュード(練習曲)の段階だとわたしは思います。歌唱力や声量、声質などのハード面では少なくとも他のポップス歌手に引けはとりませんが、まだもうひとつ、演歌を歌う時のように聴く者の心に突き刺さり、心のひだにいつまでも歌が残る情念のようなものが足りないと感じます。
 もちろん、それは彼女の一ファンであるわたしのわがままと承知していますが、彼女の稀有な才能はこの程度の開花で発掘されつくされるはずがないと思うのです。
 いまもてはやされている「歌怪獣」というニックネームがどこかで色あせてしまうときが必ず来るはずで、その時までにポップスのボーカリストとしての確たる立ち位置を獲得してほしいと願っています。
 それもまた、そんなに心配しないでいいのかも知れません。わたしは見逃したのですが、「さんまの東大方程式」という番組で、東京芸術大学音楽部生が選ぶ、歌が上手い歌手TOP10の9位に島津亜矢がランクインしたそうです。
 もともと、バラエティー番組の企画もので、深い意味のあるものではありませんが、それでもこの事実は若い人をターゲットとする音楽番組で、「歌怪獣」というニックネームとともに島津亜矢がブレイクしたことを意味しています。彼女彼らは島津亜矢の演歌を聴いたことはほとんどないと思われ、純粋に島津亜矢のポップスを評価した結果でしょう。ポップスを歌える演歌歌手ではなく、演歌を歌えるポップス歌手として島津亜矢が音楽シーンに躍り出た瞬間に立ち会えたことは一ファンとして何物にも代えられない喜びです。
 そして、彼女のポップスへの挑戦は演歌歌手としてのグレードをも高めることになりました。もともと演歌のジャンルでの彼女の歌唱力は高く評価されていたものの、演歌よりもはるかに広大なポップスの荒野には時代を超えたアーティストたちの格闘の記憶を蓄えた無数の歌たちが眠っていて、その多彩な表現をひとつひとついとおしくすくいあげるボーカリストもまた、歌唱力や声量、声質だけでなく、歌を詠み、歌を残すデリケートかつ大胆で多彩な表現が求められます。
 いま、島津亜矢が水を得た魚のようにしなやかさと大胆な表現力でポップスに挑戦することで、島津亜矢の演歌は大きく進化する途上にあります。以前にも書きましたが、自由詩のポップスから定型詩の演歌へのブーメラン効果から、長年夢みてきた新しい「島津演歌」が生まれようとしています。
 セットリストは忘れてしまいましたが、「愛染かつらをもう一度」、「帰らんちゃよか」、「海鳴りの詩」、「女にゃ年はいらないよ」、「大器晩成」、「凛」、「秋桜」、「娘に」「感謝状~母へのメッセージ~」など、長い歌手歴で蓄積されたオリジナルの「かくれた名曲」をうたいました。
 わたしはあらためて「風雪ながれ旅」に心を打たれました。
 「風雪ながれ旅」については何度か記事にしてきましたが、この曲は島津亜矢の恩師・星野哲郎が、門付けからカーネギーホール公演にまで昇りつめた初代高橋竹山をモデルにした作詞に、船村徹が作曲した渾身の名曲です。
 初代高橋竹山の生涯に演歌・歌謡曲のルーツを重ねることで壮大な詩を生み出した星野哲郎と、盟友・高野公男の死後、その友情と志を抱いて「演歌巡礼」と称して自ら全国各地で演歌を歌ってきた船村徹が人生の一つの到達点・集大成として生み出した「風雪ながれ旅」は、北島三郎の幾多のヒット曲の中でもとびぬけた名曲として後世に残ることになるでしょう。この歌に流れるものは川原乞食や門付け、瞽女と呼ばれた吟遊詩人たち、時代と社会の底辺でうごめきながらひとびとの悲しい夢や埃まみれの希望や切ない友情を歌い継いで来た大衆芸能の歴史そのものだと思います。
 島津亜矢は北島三郎と星野哲郎への最大のリスペクトを胸に、この魂の一曲をまさに歌の隅々、一つの言葉と一つの音にまで思いを巡らし、渾身の力で歌ってきました。
 わたしは島津亜矢がもし海外で公演することになった場合、北島三郎の許しさえ得られれば、彼女が尊敬する3人の先達の深く熱い思いを持って、日本の演歌を超えたワールドミュージックとして歌うことになるでしょう。
 あっという間に第2部のステージも歌謡名作劇場「おりょう」を最後におわりました。
 久しぶりにライブで聴いた島津亜矢は新鮮で、多少のぎこちなさはあったものの、とても大きくて大切な一歩を踏み出したすがすがしさと、さらなる可能性を感じさせたステージでした。
 この記事を書いている間にも「UTAGE!」、「新BS日本のうた」、「うたコン」と、島津亜矢が出演するテレビ番組があり、露出度が高くて追いかけられません。
 それらについては次の機会に報告します。

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2019.10.17 Thu ロック編成のバックバンドと島津亜矢の覚悟 大阪新歌舞伎座コンサート

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 10月13日、大阪新歌舞伎座で開かれた島津亜矢のコンサートに行きました。
 わたしにとって2017年6月以来、約2年ぶりのコンサートで、その間に大きくブレイクした島津亜矢がどんなステージパフォーマンスを繰り広げるのか、期待を胸に会場に入りました。
 率直に言って様変わりの舞台設営にびっくりしました。わたしが2年前まで足繁く見てきたコンサートは演歌中心で、その中で何曲かをドレス姿で歌うのがお決まりでした。
 最近のテレビの音楽番組で絶賛されるポップス歌唱やアルバム「SINGER6」の発売、今年で3回目となる「SINGERコンサート」など、ポップスのボーカリストへと音楽表現の翼を広げる彼女ですから、少しは変化があると予想したものの、これほどまで思い切ったステージになっているとは思いませんでした。
 会場に入り、客席からステージを見てまずびっくりしたのが、緞帳が上がったままで、照明を落とした状態で編成バンドの立ち位置に合わせて機材がセットされていました。
 下手はピアノ、ギター2本、ベース、ドラムス、上手はサックス、トランペット、キーボード、シンセサイザー(正確ではないかも知れません)とロックやポップスでは当たり前のセットですが、これまでの演歌のステージとはちがい、ポップス対応のバンド編成でどんな歌を何曲歌うのか、またオープニング曲は何かとより一層の期待でわくわくしました。
 やがてバンドの演奏者がそれぞれの演奏位置に座り、しばらくして下手から島津亜矢が現れました。
 オープニング曲は「時代」でした。1975年、中島みゆきの2作目シングルとして発表されたこの曲は、「今はこんなに悲しくて涙もかれ果てて、もう二度と笑顔にはなれそうもないけど」と、ひとりの少女が背丈をこえるかなしみと絶望に打ちひしがれながら、「そんな時代もあったねと、いつか話せる日がくるわ」と時代の写し鏡に映る自分を励ます…、その再生と転生の物語を23歳でつくってしまった中島みゆきの歌人生がたどった旅はすでにこの歌によって暗示されていたのでしょう。
 彼女の歌は心の闇や切ない夢、はかない恋の地平に時代の匂いを漂わせ、それでも必死に生きようとするひとびとの応援歌となりました。そして同時代に阿久悠がめざした「新しい歌謡曲」が中島みゆきをはじめとするシンガーソングライターにしっかりとひきつがれることになった記念碑的な歌が「時代」だったと思います。
 この歌は数多くの歌手がカバーしてきましたが、島津亜矢も2013年でしたでしょうか、NHKの「BS日本のうた」で歌ったのが最初ではないかと思います。その時は心の奥に秘めたものを感じさせつつ、ニューミュージックのテイストで歌っていました。
 今回、坂本昌之の斬新なアレンジで生まれ変わった「時代」は専門的にはヴァースというのでしょうか、その中でも変則的で歌の冒頭部の一回しかメロデイーが出てこないため、その余韻を効果的にするためにアカペラで歌っていて、島津亜矢の歌唱力と声量に圧倒されます。それは衝撃的で、絶望とかなしみにあふれた歌詞と相まって昨年の紅白では絶賛の嵐となりました。これまでたくさんの歌い手さんが好んで歌ってきましたが、島津亜矢の新しい「時代」を聴いてしまったら、新たにカバーするのに少し勇気を必要とするかも知れません。
 その評価は賛否両論で、この歌を「語りの歌」ととらえるひとにはその歌い出しでひいてしまうかも知れませんが、「平成最後の紅白」というステージで、島津亜矢はいくつもの批判を引き受ける覚悟でこの歌を彼女のもう一つのオリジナル曲として歌ったのでした。
 それは同時に、演歌歌手・島津亜矢が日本を代表するボーカリストへの険しい道に踏み入れる覚悟をすることでもありました。

 一部はラストの「I Will Always Love You」まで、30分のステージでしたが、今の島津亜矢にとって、ちょうどいいバランスだったと思いました。これ以上短いと前のままですし、これ以上長いと演歌ファンが欲求不満になったことでしょう。
 それにしても、観客のほとんどは熱心な島津亜矢のファンの方々と思われますが、一部のステージでは「亜矢ちゃん!」という掛け声を自粛されていて、彼女はいいファンにめぐまれていると思いました。
 「SHALLOW」、「アイノチカラ」、「我がよき友よ」、「蘇州夜曲」などを見事に歌いましたが、その中で「リンダリンダ」、「行かないで」が特筆ものでした。
 「リンダリンダ」は伝説のパンクバンド、ザ・ブルーハーツのメジャーデビュー曲で、1987年の作品です。アルバム「SINGER6」にも収録されたパンクロックナンバーと島津亜矢と組み合わせは意外と思われるかも知れません。たしかに以前は横乗りのR&Bやソウルは得意とするものの、縦のりのロックは難しい印象でしたが、ロックバラードから練習し、今ではテンポの速いロックナンバーも歌いこなせるようになったのではないでしょうか。
 ただし、「リンダリンダ」に限らずですが、ザ・ブルーハーツの曲はとてもシンプルなロックでありながらボーカルの甲本ヒロトの個性があふれるかなりの難曲です。
 「ドブネズミみたいに美しくなりたい 写真には写らない美しさがあるから…」。
 最初テレビには出なかった彼らがたまたまテレビでこの歌を歌った時、そのストレートな歌詞とヒロトの激しい動きに初めはびっくりしたものの、高校生だった時にあこがれたシュールレアリズムの詩人、アンドレ・ブルトンの「美は痙攣的である、さもなくば存在しない」という言葉とリンクし、涙があふれたことを思い出します。
 ザ・ブルーハーツ、とくに甲本ヒロトの歌心と島津亜矢の歌心はとても共通しているとわたしは思います。彼の歌は純情で直接的、一見暴力的に見えて実はとても繊細で心優しいパンクロックの王道を行く歌で、たとえば「瞼の母」の番場の忠太郎、「大利根無情」の平手造酒、「一本刀土俵入り」の駒形茂平など、純な心を抱きながら世間の風にさらされ、自分が望まない方へと進むしかない宿命を背負って散っていく若者の心情を歌う島津亜矢と重なっています。
 もっとも、島津亜矢の「リンダリンダ」は高校を舞台に女子高校生バンドの青春を描いた2005年の山下敦弘監督の映画「リンダリンダリンダ」に近い歌唱で、観客席も一体となり、会場が大いに盛り上がりました。
 一方、「行かないで」は玉置浩二の歌ですが、島津亜矢が好んで歌ってきた玉置浩二のカバー曲の中でもっともすぐれた歌唱だと思いました。
 あくまでもわたしの好みと感じ方と断った上で、彼女がポップスを歌う時、かつて演歌を圧倒的な声量と歌唱力で席巻していた時のように、歌いすぎて絶唱型になってしまう危険をはらんでいると思っています。たしかにそれを喜ぶ人たちもたくさんいるとは思うのですが、今はとにかく自由にいろいろな歌を歌える喜びにひたっている時で、それを通り過ぎた後にはじめて、「徹子の部屋」で黒柳徹子から手渡された彼女のお母さんの手紙にあったように、日本を代表する歌手のひとりとして、世界の舞台で活躍できる時がやってくると信じています。「行かないで」の素晴らしい歌唱は、その一つの兆しだと思います。
 歌い込まれ、ますます進化していく「I Will Always Love You」の余韻を残して一部のステージが終わりました。
 30分の休憩をはさみ、演歌のステージとなる2部については次の記事とします。

2019島津亜矢「時代」2019

ザ・ブルーハーツ「リンダリンダ」

玉置浩二「行かないで」

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