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2019.06.26 Wed 歌謡曲ルネッサンスでよみがえる美空ひばりと「波止場だよお父つぁん」・島津亜矢

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 6月23日に放送されたNHK-BS放送「新・BS日本のうた」に島津亜矢が出演しました。この日のスペシャルステージは没30年になる美空ひばりの特集ということで、島津亜矢にも声がかかったというわけです。
 いままでは演歌の大御所やベテラン歌手が「演歌歌手・美空ひばり」の名曲を総どりし、島津亜矢は「柔」に代表される「男歌」を歌ってきましたが、ここ直近のNHKの「うたコン」でもBS放送でも、いよいよ島津亜矢が前面に出てくるようになりました。
 最近の音楽シーンでは一段と「演歌」の退潮が著しく、「演歌のプリンス」として人気が高い氷川きよしまでもがアニメソングをはじめとするJポップに進出し、演歌歌手がJポップを歌う民放の特集番組「演歌の乱」が話題になるなど、ベテランも若手も演歌歌手がポップスを歌うことが多くなってきました。昨今の島津亜矢の「成功体験」が他の演歌歌手に焦りにも似た緊張と刺激を与えていると言えるでしょう。
 しかしながら、島津亜矢の場合は若い頃から国内外のポップスを地道に孤独に歌いこんで今に至っていて、その意味ではNHKの「うたコン」での島津亜矢の挑戦はめざましいものがあり、島津亜矢とNHKの音楽番組担当チームとの長年の音楽的冒険が「BS日本のうた」から「うたコン」に舞台を移したのだと実感します。
 さて、今回の放送では、織井茂子の「黒百合の花」、それから美空ひばり特集として「波止場だよ、お父つぁん」、「竜馬残影」の三曲を歌いました。
 直近の放送で島津亜矢がある覚悟をもって「美空ひばりを歌い継ぐ」と宣言し、NHKの音楽番組もまたそれを認知・証明するようなプロデュースをしました。それを受けて今回の放送がどのようになるのかとても楽しみでしたが、実際のところ半分はがっかりでした。というのも、五木ひろしの出演で忖度番組になることは予想できたものの、少しやりすぎの感がありました。
 しかしながら一方で、長年「演歌」の枠組みに閉じ込められてきた美空ひばりの偉大な全体像がよみがえる、没30年の節目にふさわしい番組でもあったと思います。
 この番組で歌われた美空ひばりの歌は例外もあるものの1950年代の歌が多く、この時代の歌こそ「歌謡曲ルネッサンス」と呼ぶにふさわしく、鉄条網とがれきの山から戦後の闇市まで、日本社会が希望と絶望の雲間を不安定なグライダーのように旋回していた時代、高度経済成長へと突入する前夜のうす明るい暗闇でうごめく暮らしの中で生まれた歌がひとびとをなぐさめ、はげました時代でした。
 そして、この時代の歌謡曲の中に記憶として封印された戦後日本とその時代を生きたひとびとの切ない夢こそが美空ひばりの遺産であり、美空ひばりを歌い継ぐとは世の中の空気がキナ臭く行き詰まり、長い戦後がいつのまにか戦前になるかもしれない不安が渦巻く今、美空ひばりの歌にかくれているひとびとの願いや祈りをよみがえらせることだとわたしは思います。
 その意味では、島津亜矢が「波止場だよお父つぁん」を歌ったことはとても意義深いことで、かつてNHKの「思い出のメロデイー」で彼女が歌った「東京だよおっかさん」とともに、船村徹が「右の立場(?)」から戦後社会を憂い、政治の回路ではなく個人の情念の回路から戦争で傷ついたたましいへの挽歌として世に送り出した歌なのだと思います。

 1956年発売の「波止場だよお父つぁん」は、「悲しき口笛」、「東京キッド」、「私は街の子」、「リンゴ追分」、「港町十三番地」などとともに1950年代に発表された膨大な楽曲のうちの一つです。戦後の政治・文化を席巻した「左の立場」の学者やジャーナリズムから「ゲテモノ」とののしられ、ものまねと蔑まれながら、美空ひばりはひとびとの圧倒的な支持によって「もうひとつの戦後民主主義」を体現していきました。
 船村徹もまた、盟友・高野公男とともに音楽のアカデミズムを批判し、「俺が茨城弁で詩を書くからお前は栃木弁で曲をつくれ」といった高野公男の名言の通り、大衆の声なき声を歌にしてきたのでした。
 この歌は一番の歌詞に「めくら」という差別語があるため、現在では歌われることが少なくなりました。ここで、差別語に関するわたしの思いを先に書いておこうと思います。わたしは障害を持つ人と出会う前は、たとえば「アホ・バカ」という言葉も相手との親密度によっては使ってもいいと考えていました。しかしながらその言葉によって傷つくひとたちの存在を想像できず、排除していることに気づき、使うことができなくなりました。そして、社会的な正義を標榜する人たちが無自覚に「狂っている」という言葉を使う時、とても悲しい気持ちになるのです。これらの差別語を使わなければ伝えられないものは何一つなく、かえってその言葉を使ってしまうことで物事の核心を逃がしてしまうとわたしは思います。
 その上で「波止場だよお父つぁん」の歌詞は、「めくら」や「おし」、「かたわ」という差別的な言葉を平気で使っていた時代の障害者差別もさることながら、戦前戦中を船員として生き延び、おそらく心も体もぼろぼろになったしまった父親の深い悲しみと隠された憤りまでもがこの歌の背景にあるように思うのです。あの戦争で民間船員は根こそぎ戦時動員され、記録されているだけでも6万2000人の先輩船員たちが過酷極まる戦場の海で戦没したそうです。その上で父親を「めくら」としたのは、傷痍軍人があふれていた世間の同情を得るために設定されたとしか思えません。そのために現在はほとんど歌われなくなってしまったこの歌のもっとも大切なメッセージが届けられなくなったのはとても残念です。
 それでも、「川の流れのように」や「乱れ髪」、「悲しい酒」など、だれもが歌われることを期待したであろう「演歌の名曲」ではなく、番組全体をほぼ1960年までの歌を選び、その中でも時代の空気を隠した「波止場だよお父つぁん」を島津亜矢に歌わせた演出は、死してなお美空ひばりの無限の可能性を求め、ほかならぬ島津亜矢に「歌謡曲ルネッサンス」を託したNHKの音楽番組チームの覚悟を感じるものでした。
 そして島津亜矢もまた、新しい演歌の息吹がこの時代から吹いていることを若い頃から感じているからこそ、この歌を美空ひばり本人にささげたのだと思います。
 「東京だョおっかさん」については、以前の記事を載せておきます。それぞれ理由はちがいますが、船村徹のこの2曲およびその一部が放送禁止になったのもまた偶然ではないのかも知れません。

島津亜矢「波止場だよ、お父つぁん」

美空ひばり「波止場だよ、お父つぁん」

島倉千代子「 東京だヨおっ母さん」

過去の記事2015.08.14 Fri 島津亜矢「東京だョおっ母さん」

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2019.06.14 Fri 島津亜矢が歩んできた地道で厳しい努力 ソウルはソウルにしてあらず NHK「うたコン」

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 6月11日のNHK総合「うたコン」に島津亜矢が出演しました。この日の放送はコラボの特集で、杏沙子、石丸幹二、こぶしファクトリー、ジェジュン、島津亜矢、純烈、鈴木愛理、TiA、徳永英明、NEWS、野口五郎、氷川きよし、BEYOOOOONDS、藤あや子、三山ひろし、May J.、武田真治、フラッシュ金子、MUSIC CONCERTOなどの出演者がいろいろな組み合わせでコラボしました。
 島津亜矢はMay J.と鈴木愛理との3人で和田アキ子の「古い日記」を、石丸幹二とMISIAの「アイノカタチ」を、そしてアメリカで活動するソウルシンガー・TiAと「I Will Always Love You」を共演しました。 
 TiAは、日本の女性シンガーソングライターで、2004年にファーストシングル「Every time」でエピックレコードよりデビュー。続く2ndシングル「流星」が人気アニメ「NARUTO」の主題歌に抜擢されるなど、スマッシュヒットを連続。1stアルバム「humming」は日本ゴールドディスク賞を受賞しています。現在はニューヨークに拠点を移して活動し、また最近はカラオケ番組に出場し、その歌唱力が高く評価されています。
 「I Will Always Love You」は島津亜矢にとって、はじめてに近いソウルミュージックの歌唱で高い評価を得た曲ですし、TiAもまたこの歌をよく歌っているようです。
 その2人の共演ということで、少なからず期待が集まりましたが、他のコラボに比べると評判通りと言えるかも知れないでしょうが、わたし個人としては少し残念なパフォーマンスだったと感じています。
 わたしはファンの方々には叱られるかも知れないのですが、たびたび書いていますように、島津亜矢のポップスの歌唱は大きな可能性を持っていて、今はまだ長い道のりの途上だと思っています。
 若い頃の彼女の演歌の歌唱は声量を活かした朗々とした歌唱で、ややもするとハードに歌い切ってしまい、聴く者の心にやわらかく「歌を残す」には若さが邪魔をしていたと思います。最近の島津亜矢は声量でガンガン押し切るのではなく、まるで一本の映画や芝居を観ているようにしなやかでせつなくて、音程とリズムがしっかりしているのに歌のまわりを心が先を急いだり遅れたりしながら、音の葉となったひとつひとつの言葉が聴く者の心を震わせる、いわゆるセクシーで肉感的な歌を披露してくれます。
 彼女の長い歌手歴が残してきたオリジナル演歌の隠れた名曲をもう一度歌いなおしてもらえないかと思うぐらい、その音楽的な進化は目覚ましく、その最終段階としてポップスの歌唱の経験が彼女の演歌を大きく進化することでしょう。
 実際、彼女のオリジナル曲は人生訓を説く演歌が続いていて、わたしはもう少しプロデュースに工夫があればとも思うのですが、それでも今年の新曲「凛」を歌う彼女の歌唱は見事で、NHKまでもがポップスやクイーンなどのロックバラードを要求するほどになっても帰るべきところを見失わない島津亜矢の底知れない歌手魂を感じさえするのです。
 というわけで島津亜矢はポップスを歌うことで今までの演歌、1970年代から歌謡曲を極度にいびつな形にしてしまった演歌については、もうこれ以上の進化はないという高みにまでたどり着いたと思います。あとはもう少し年月をあたためれば、いつかはきっと新しい演歌・島津演歌が生まれると信じています。それはおそらく、ポップスをふくむ歌謡曲が「新しい日本の歌」へとすそ野を広げ、演歌もまたその荒野で新しい生命が吹き込まれることでしょう。
 まだポップス歌唱が途上とはいえ、バラードを中心とする名曲を歌うことから始まった島津亜矢のポップス音楽の冒険はずいぶん進化し、若い頃の演歌の歌唱のように声を張り上げたり、演歌のこぶしに似ているシャウトを不自然に入れてしまうことが徐々になくなってきました。
 その意味では、今回のTiAとのコラボでは、TiAの歌唱にはややあざとらしさが目立ち、いわゆるソウルっぽいというかゴスペルっぽいというか、「いかにもシャウト」や「タメ」を乱発するのに対し、いままでと変わらないアプローチでこの歌を「すなおに」歌ったのが印象的でした。
 もともとこの歌は1992年に映画「ボディーガード」の主題歌で、ホイットニー・ヒューストン最大のヒット曲となりましたが、実は1974年のドリー・パートンの同名曲のカバー曲でした。ドリー・パートンのシンプルな歌を、ホイットニーは映画と自分自身の実人生の物語を重ね合わせ、特別なソウルバラードに大きく変貌させました。それはたしかに見事としか言いようがないのですが、歌唱力を自他ともに認める歌手たちがこの歌を歌う時、こぞってホイットニーの歌唱をお手本にしていて、もっと違う歌い方があってもいいのではないかと思います。
 実際、この歌は愛するひとへの永遠の愛を誓う歌ではなく、ある意味不倫の恋を清算する歌だと思うのですが、ソウルシンガー・ホイットニーの独特の歌唱がそのまま見本となり、心から湧き出る感情表現としてではなく意味もなくシャウトしたりして、わたしには聴きづらいことが多いのです。今回あらためていろいろな歌手の歌唱を聴きましたが、かろうじて韓国歌手・Aileeの歌唱には独自の表現を感じました。
 というわけで、どちらかと言えば力の入ったTiAの歌唱に影響されないで歌い終わった島津亜矢は立派と思いました。しかしながらその分、コラボとしてのパフォーマンスはやや不協和音で終わってしまったのではないかと思います。
 今回の放送ではMay J.の活躍が目立ちましたが、この歌もMay J.とのコラボだったらもう少し違った歌になったと思います。
 島津亜矢以外では、ジェジュンの歌唱力が光った他、徳永英明と野口五郎がとてもよかったです。演歌歌手でデビューした野口五郎は、ある意味正統派の歌謡曲の可能性を教えてくれているように思います。三山ひろしは1950年代の春日八郎の映像とのコラボは少しかわいそうでしたが、三橋美智也よりも春日八郎のカバーがあっていると感じました。
 さて、これはまた違う方面から叱られそうですが、氷川きよしのポップスは「トップの演歌歌手はポップスも最高に歌える」という自負というより過信が感じられ、島津亜矢が歩んできた地道で厳しい努力は、その領域からはすでに解放されていることを痛感させました。
 他の人のことは置いておいて、島津亜矢のことですから、これからもいろいろな歌手との共演から多くのものを吸収し、自分なりのポップス、ロック、R&B、ソウル、そして演歌をつくりあげていくことでしょう。

島津亜矢 I Will Always Love You

Ailee- I will always love you .20140412

Whitney Houston - I Will Always Love You LIVE 1999 Best Quality
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2019.06.06 Thu 城南海とのコラボレーションは、歌のルーツをたどる旅 「新BS日本のうた」

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 少し前になりますが、5月12日のNHK-BS「新BS日本のうた」のスペシャルステージで、島津亜矢は城南海と共演しました。
 城南海は1989年生まれ、2009年にデビューした歌唱力に定評のある実力派の歌手です。出身は奄美大島で、元ちとせ、中孝介などと同じく奄美民謡に特有のグインというこぶしを活かしながらも、それだけではなくオリジナルはもとより幅広いポップスをカバーし、テレビ東京系の番組「THEカラオケ★バトル」でその実力は高く評価されています。
 この番組の名物コーナー・スペシャルステージで、いままで島津亜矢は何人ものベテラン歌手と共演し、お客さんや視聴者のみならず、共演の歌手にも大きな衝撃と鮮明な記憶をのこしてきました。わたし自身も2010年でしたでしょうか、布施明とのステージを見てファンになりました。この日は、島津亜矢の恩師・星野哲郎の追悼をこめて布施明は黒いネクタイをしめ、島津亜矢はすべての悲しみと感謝を心に閉じ込め、歌うことで自分を慰めるような歌唱でした。
 わたしの個人的な感想では、それ以外にも鳥羽一郎、天童よしみ、中村美津子、森進一との共演が強く心に残っています。この時代は島津亜矢と言う未完の大器が音楽界、特に演歌界では予定調和的で権威主義的な世界としっくりはまらずにいた時代だったと思います。そのずば抜けた大器をそのまま受け入れ、現在のような位置に押し上げてくれた数少ない先輩として、北島三郎とともに彼女彼らは島津亜矢をいとおしみ、時には島津亜矢に刺激を受け、スペシャルステージでしか実現しないようなパフォーマンスを見せてくれました。この人たちに共通して感じるのは、島津亜矢のまだ見ぬ巨大な才能を尊重し、それを大きく育てるための場としてステージに臨んだことでしょう。
 今回の城南海とのスペシャルステージではなんと立場が逆転し、島津亜矢がエスコートし、城南海の才能を引き出す役割を担っていました。ここでも、ほんとうに一気に時代が変わったことを実感します。何度も城南海の腰に手を当て、彼女自身が前面に出ながら、ここと言う時に城南海のパフォーマンスを高めるディレクトは見事で、以前「うたコンでフィリピン出身のBeverlyとのコラボでMISIAの「Everything」を熱唱した時以来の素晴らしいコラボレーションでした。
 美空ひばりの再来かと言われた元ちとせの登場は少なからず歌謡界に大きな衝撃を与えましたが、その後中孝介、そして城南海と、奄美民謡に特有のグインも耳になじむようになりました。その中でも若手の城南海は歌唱法を歌い分け、今回のステージでは古謝美佐子の名曲「童神」ではグインによるこぶしをきかせながらの熱唱でした。
 奄美民謡のルーツをさかのぼり、人類が誕生して以来、武器を捨てて三線を奏で、海の果てに願いをかける奄美の風土と人びとの、沖縄とはまたちがう湿った風とやるせない夢と千年の恋心を歌に託す城南海の姿は、出自も出身も違いますが島津亜矢のひたむきさに相通じるものがあります。
 「花束(ブーケ)」、「ひばりの佐渡情話」、「なごり雪」、「芸道一代」、「ヨイトマケの唄」、「感謝状~母へのメッセージ~」、「童神」とステージが進むにつれて、島津亜矢は少なからず城南海の歌手としての才能はもちろんのこと、その歌心の奥深くにある奄美の海、彼方の大陸とつながる海の青さ、砂浜に残された波の記憶といった、幼い頃の原風景から生まれる城南海の歌に感動したに違いありません。
 それはおそらく島津亜矢にとって若き頃の自分を映す鏡のようで、とても新鮮なできごとだったにちがいなく、島津亜矢が一瞬涙をこらえたのもまたその感動から来たものだったとわたしは思います。
 その涙は、お互いの母親の思い出を語り、「ヨイトマケの唄」を歌った後、「感謝状~母へのメッセージ~」を歌い始める前の涙でした。
 その「ヨイトマケの唄」はこれまでにない編曲で、城南海とのコラボでなければあの編曲はなかったと思います。もともとモノローグでつづるこの歌は、戦後の焼け野原とがれきから戦後復興の槌音が聞こえてくるような、高度経済成長の陰で報われない人生を必死に生きた母親を歌った歌で、なかにし礼によると彼女たちの夫、つまり主人公のこどもたちの父親は戦死していて、母親たちは髪振り乱してわが子を育てたのでした。わたしの母の場合は子どもが欲しくてある男の愛人となり、すぐに男と別れわたしと兄を育ててくれたシングルマザーでしたが、赤貧であることに変わりなく、時代そのものがそんな社会の底辺でうごめくたくさんの人びとによってつくられていたのだと思います。
 実際、丸山明宏(美輪明宏)がこの歌をつくったきっかけは炭鉱町の劇場のコンサートで、炭鉱労働者たちが安い賃金をつぎ込んでチケットを求め、客席を埋め尽くしている光景を見て衝撃を受け、「これだけ私の歌が聴きたいと集まってくれているのに、私にはこの人たちに歌える歌がない」と感じて、労働者を歌う歌をつくろうと決心したといいます。
 今回のステージでの2人の歌唱は、オリジナルもほとんどのカバーも男の唄であるのに対して見事な女歌になっていて、女性たちの働く姿にせつなくもたおやかな母の無償の愛があふれてきます。1966年この歌がつくられてからすでに53年、時代の通底器としての大衆歌「ヨイトマケの唄」には背景にあった社会の問題やその時代を生きたひとびとの違った夢や切ない希望が歌の記憶となって隠れていて、今でもわたしたちの心を穿ちつづけるのでした。
 城南海とのコラボレーションは、最近の島津亜矢の歌心を激しく揺さぶったことと思います。そして、城南海もまた島津亜矢の歌の大きさのようなものに共振し、歌との出会いが人との出会いとなり、忘れられないステージとなったことでしょう。
 この番組での島津亜矢のスペシャルステージは演歌のジャンルを越えて、これからは例えばミュージカルの井上芳雄、新妻響子や、そして願わくば玉置浩二との夢の競演を切望します。

【ひばりの佐渡情話】 島津亜矢

島津亜矢 ヨイトマケの唄 2007

古謝美佐子・城南海「童神(わらびがみ)」

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2019.06.01 Sat 島津亜矢が美空ひばりから受け取るバトンは、重く暗く悲しく孤独なバトン

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 5月28日のNHK「うたコン」に出演した島津亜矢は、今年が美空ひばり没後30年ということで、美空ひばりとの異色のコラボで「愛燦燦」を歌いました。大きな映像に映し出された美空ひばりが歌うパートでハーモニーをつけるという、いままでにない試みでした。「うたコン」の制作チームは島津亜矢に思いがけない音楽的冒険を強いるようで、島津亜矢もまたそれに充分に応えるパフォーマンスで、新しいアレンジで歌いました。これこそ、彼女がポップスの領域の番組で学んだものだと思います。そして何よりも、島津亜矢は「愛燦燦」をとても丁寧に歌っていて、美空ひばりからこの歌をつくった小椋佳の歌心まで届く熱唱でした。
 その前に放送されたNHK-BS放送「新BS日本のうた」では城南海とのスペシャルステージで「ひばりの佐渡情話」と「芸道一代」を歌いました。
 美空ひばりの死後、どの演歌歌手もこの不世出の天才歌手をリスペクトし、毎年の記念番組や音楽番組での記念コーナーで美空ひばりの歌を競うように歌ってきました。
 没後30年の今年、レコード、CD、テープなど複数メディアの売り上げ総数が1億1700万枚に達し、彼女の死後も2000万枚売り上げたといいます。息子の加藤和也氏のプロデューサーとしての手腕によるところもあると思いますが、一方で彼女の死後、「演歌の女王」として、演歌の枠の中に美空ひばりを押し込めてきたとも言えます。
 1970年代に始まり、時代を切り開いてきた「現代演歌」が全盛期を経て、音楽が時代の鏡の役割を果たせなくなる過程で音楽のメインストリームからはじきだされてからすでに50年がすぎました。今や音楽シーンの5パーセントにも満たない小さな世界でうごめく演歌歌手にとって、拠り所になったのが美空ひばりでした。この国民的歌手を演歌の世界に閉じ込め、彼女に依存することで持ちこたえてきたのが正直なところでしょう。
 そんないびつな世界から歌手人生を始めた島津亜矢は、演歌を出自とするがゆえになかなか日の目を見ず、また先輩の歌い手さんたちには正直彼女の存在は脅威だったことも確かなことでしょう。その中で北島三郎や天童よしみなど、ごく限られた信頼できる先輩たちの温かい見守りと励ましを頼りに、ほんとうに地道な活動を続けてきたと思います。
 いつもこの時期にテレビでは記念番組が組まれ、この時とばかりにベテランの演歌歌手が「乱れ髪」、「川の流れのように」、「愛燦燦」など、美空ひばりの演歌の名曲を競うように歌う一方で、島津亜矢は「柔」などの男歌を歌ってきました。
 しかしながら、没後30年の今年、時代の変わり目でしょうか、美空ひばりからの呪縛から離れたというか切り離されたというべきか、そんな現象も少し影が薄くなりつつあると思います。30年と言う時間は、やはり一人のひとの記憶を想い続けるにはぎりぎりの長さではあります。
 しかしながら、わたしは反対に、やっと演歌の呪縛から解き放たれ、おおきく戦後の歌謡史のみならず、戦後の日本社会の光と影をすべて歌に呑み込んだ最初で最後の国民的歌手・美空ひばりの真価が歴史の中で問われ、検証される時がやって来たのだと思っています。そしてビリー・ホリデイやエディット・ピアフたちとともに世界の歌姫としてその存在がますます大きなものになっていくことでしょう。
 そう思うと、先日の「うたコン」といい、BS放送で島津亜矢が「美空ひばりを歌い継ぐ」といったのは、今まで演歌歌手が口をそろえて言ってきたこととは違う意味があると私は思うのです。以前、わたしはこのブログで次のように書いたことがあります。

 わたしは島津亜矢が美空ひばりから受け取ったバトンは、大げさに言えば人間が歌うことを発明して以来、口から口へ、心から心へと伝えてきたたましいのリレーそのもののバトンであり、決して歌唱力とか天賦の才能とかで語られるようなものではないと思っています。島津亜矢の他に彼女よりはるかに才能に恵まれた歌い手さんはたくさんいるかも知れないし、これからも現れるかもしれません。
 しかしながら、数々のエピソードで語られる美空ひばりの歌への情熱、歌うことへの執念、歌に呪われ、歌に囚われ、歌に翻弄され、そして歌に愛された彼女の人生は、わたしの個人的な主張であることを承知の上で、島津亜矢にこそ引き継がれるものであると信じているのです。(2017年1月7日の記事)

 島津亜矢が美空ひばりから受け取るバトンは、もっと重く暗く悲しく孤独なバトンだとわたしは思います。それは「美空ひばりで完成してしまった歌謡曲」ではなく、美空ひばり自身が「完成した歌謡曲」からいつも脱出することを求め続けた新しい歌謡曲というバトンなのです。いつの時代も激動の嵐に巻き込まれ、いのちをつなぐことに精一杯だったひとびとのそばにあった歌をいとおしく歌いつづけた美空ひばりのたましいこそが彼女の歌のバトンだとしたら、そんな重いバトンを受け止めることができる歌手が、島津亜矢以外にいるはずはないとわたしは思うのです。(2017年2月2日の記事)

 この時はまたおぼろげながら思っていたのですが、今の島津亜矢はわたしの想像をはるかに越えて、今までとはちがう新しい荷物を背負ったように思います。
 先の記事で書いたように、ひとつは消えてなくなりそうな演歌のもつエモーショナルな魅力を再構築し、けん引していくことで、年代的にも実力からも周りが求める「新しい演歌」を若い人たちとともにつくり出すことです。
 現に数年前まではまだ遠慮がちにいたのが、最近の彼女からはある覚悟を持って彼女自身がミュージックシーンを引っ張っていこうとする姿勢が、オーラのように前面に出るようになりました。もちろん、彼女の人柄は決して「自分が自分が」としゃしゃり出る人ではなく、デビュー時と変わらない真摯で控えめなひとですが、それらのもろもろを押し切ってまで、時にはそれが誰かを思いもかけず傷つけたり、自分自身が傷つくことをおそれずに凛と前を向き、進んでいこうとする気迫を感じます。
 そして、おそらくそんな彼女が最大にリスぺクトする美空ひばりにたいしても、遠慮せずにもっと近づき、美空ひばりが果たせなかった夢を背負う覚悟をもったことです。
 人生の後半に音楽に対するあらゆる才能をすべて演歌というジャンルに閉じ込められてしまったブルース・シンガー・美空ひばりの歌のバトンを引き継ぐのが演歌の申し子といわれながら、大きな世界に出るために、その小さな枠の中で長い年月地道に自分を鍛え続けてきた島津亜矢であることはとても不思議で、神様がいるとすれば神様のいたずら以外の何ものでもないでしょう。
 美空ひばりの「不死鳥」は彼女の体と心から離れても、時代を越えて島津亜矢に引き継がれたこと、美空ひばり没後30年という2019年は、後年その記憶を持った年として語られることになるでしょう。
 続けて次回の記事は、BS放送での城南海とのスペシャルステージのことなどを書こうと思います。

島津亜矢 みだれ髪 2019
ベテランの歌い手さんを差し置いて、この歌を島津亜矢が歌うと時がきたのですね。ほんとうに時代は変わったことを実感します。
彼女の歌唱ですが、若い頃の歌唱はとてもうまいのですが、やはり美空ひばりのエチュードとして最高だったのです。今の歌唱は、やっと美空ひばり歌の魂を受け継いだ上での、自分の歌唱になっています。ほんとうに美空ひばりの魂を受け継いだ証だとわたしは思うのです。

みだれ髪 美空ひばり YouTube 360p

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2019.05.31 Fri 時代は変わった! 島津亜矢は大化けの真っ最中。

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 ここしばらく地域の活動が忙しく、島津亜矢について書く余裕がありませんでした。
彼女はといえばテレビでもライブでも意欲的な企画と音楽的冒険で加速度的な大化けの真っ最中で、そのスピードと変化に到底わたしの筆力では追いつけません。
 実際、テレビの音楽番組を観ていて、島津亜矢とその周辺にとって時代が変わったことを実感します。これほどの地殻変動があっさりと起こってしまうとは正直思いませんでした。ほんの数年前はまだ紅白に14年ぶりに出場するというニュースに大喜びしていたことを思い出し、ほんとうに隔世の感があります。
 時代が変わる時、潮目が変わる時はほんとうにあっさりやってくるものなのでしょう。わたしは彼女がポップスの潮流に乗った時、というか乗せられた時、既成の演歌の世界からはしごを下ろされ、演歌の若手の歌手とベテランの歌手との間で挟み撃ちになり、蹴飛ばされるのではないかと心配でした。
 一方で、ポップスの世界では「演歌歌手のマルチ才能」程度にしか受け止められず、それでなくてもポップス音楽ですら時代をけん引するムーブメントをおこす力はすでになくなりつつあり、ドラマやCMとのタイアップにすがりついている状態で、昨年の米津玄師のようなメガヒットを望むのは相当な幸運とプロデュースが必要と思うからです。演歌からもポップスからも見放され、これからまだ5年10年、険しい道を歩くことにならないか、ほんとうに心配でした。
 ところがどうでしょう。地すべり的変化はまず、既成の演歌のジャンルにやってきました。わたしの独断と偏見かも知れませんが、ついこの間まで演歌界をけん引してきたベテランといわれる歌い手さんの影がやや薄くなってきたように思います。
 さすがに長い間築いていたギルド体制は待ったなしの時代の要請もあってくずれはじめ、ギルドに依存した若手の歌い手さんも方向転換を迫られています。
 気づけばいつの間にか、島津亜矢だけが突出した存在になりつつあります。不思議なものでポップスを歌えば歌うほど、「演歌歌手・島津亜矢」の存在が大きくなるのです。かつてのように「手慰みでポップスを歌える演歌歌手」という評価ではなく、「演歌歌手・島津亜矢」は彼女の出自としての称号だけではなく、演歌歌手を代表するボーカリストという称号に変化しているのでした。
 おそらく今は島津亜矢ファンが長い間望んでいた、演歌をけん引する役割を担い、若い演歌歌手の拠り所であるだけでなく、新しい演歌歌手を輩出しやすい環境まで島津亜矢が用意できるようになってきました。
 この状況をつくり出したのはもちろん、大手の音楽事務所にたよらずに地道に確実に一歩一歩歩んできた島津亜矢の矜持と風格と実力と才能と努力によるものではありますが、一方で、NHKをはじめとする音楽番組担当チームの力も相当あるとわたしは思っています。
 特にNHK-BSの「新BS日本のうた」と「うたコン」は島津亜矢とともに新しい演歌・歌謡曲、新しいJポップをつくりだしたいという願いを島津亜矢に託してきたのではないでしょうか。「新BS日本のうた」はずいぶん前から時代を越えていく彼女と伴走するように、演歌を中心に様々な冒険をしてきましたし、「うたコン」はリニューアルした時から番組のコンセプトが島津亜矢のためにあるかのように、ジャンルにとらわれない島津亜矢のボーカリストとしての才能を発掘してきました。前番組の「歌謡コンサート」から大きく番組の構成が変わり、演歌・歌謡曲とポップスが入り乱れ、融合するスタイルに今でも戸惑を感じるひとたちもいるのかも知れませんが、わたしは当初より、島津亜矢にとっては彼女の才能が思う存分発揮され、より幅広い層に受け入れられる絶好のチャンスと思っていました。
 事態はまさしくそのように動き出し、この番組においてポップスを最高のポテンシャルで表現し歌うことのできるただ一人の演歌歌手として、島津亜矢を音楽シーンのメインストリームに押し上げることに成功しました。
 そのことを意識せざるをえなくなった他の演歌の歌い手さんたちがポップスを歌う企画を得ても、残念ながら「演歌歌手」の領域を越える表現には程遠く、おのずと旧来の漫然とした演歌路線を踏襲することしかできないまま、この番組の制作チームが望む音楽的冒険からは取り残されるようになってきました。民放の音楽番組に既成の演歌・歌謡曲番組が増えてきたのも、このあたりの事情があるとわたしは思います。
 島津亜矢といえば、ついに演歌歌手としては異例のクイーンの領域にまで到達し、今や彼女に何を歌ってもらうかで番組の意外性とクオリティが試されるところにまで来たのでした。
 と、ここまでファンとはいえ、島津亜矢の凄さにただただ驚いていることを告白しましたが、それでもわたしはポップスの領域では彼女はまだ奥深い音楽の荒野の入り口に到達しただけと思っています。というのも、世界のどこかに信じられないほどの素晴らしい歌手たちが生まれ死に、素晴らしい歌をたくさん残した巨大な墓場があり、そこではかつて歌われた魂の歌たちが、これから生まれるであろう希望の歌とともに、歌手・島津亜矢に「おいでおいで」しているからです。
 
 しかしながら、皮肉なことに彼女がポップスにたゆまない挑戦をすればするほど、世間の評価以上に演歌・歌謡曲の歌唱力が一段と高まり、オリジナルでもカバーでも、もう一度歌いなおしてほしいと思うほど、今まで日の目を見なかった若い頃の演歌が名曲としてよみがえるのでした。
 たとえば、先日NHK-BSの「新BS日本のうた」のオープニングで歌った「北海峡」はわたしの好きな演歌の一曲ですが、CDに収録されているこの歌を何度も聴いていたこの歌が、まったく新しい風景をともなって切なく聴こえてきました。この番組では、次回に書こうと思っている城南海とのスペシャルステージをひかえて、島津亜矢自身も若い頃の自分の歌心に戻ったようで、その瑞々しさに感激しました。
 次回はそのスペシャルステージでの城南海との共演、そして、美空ひばりのことなどを書こうと思います。

島津亜矢 愛燦燦 2019
2002年の歌唱は非の打ちどころのないのですが、今の島津亜矢はほんとうの意味で美空ひばりの歌を歌い継ぐオリジナル歌手としての覚悟のある、凄みを感じます。

島津亜矢 愛燦燦 2002 reNEW

Ai Sansan Misora Hibari 愛燦燦 美空 不死鳥
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