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2019.06.22 Sat 助け合う勇気が新しい国家を未来する。 豊能障害者労働センターの慰安旅行

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 少し前になりますが、6月8日、9日、豊能障害者労働センターの慰安旅行に誘っていただき、神戸の「しあわせの村」に行きました。
 退職して16年も経つのに今でも誘ってくれる豊能障害者労働センターに感謝しかなく、少し気後れするところもあるのですが、みんなの好意に甘えて参加させていただきました。
 16年も経てば、わたしが活動していた頃の人もいるものの、新しい人たちがほとんどです。この集団はいわゆる健全者はほとんど変わらず、障害者スタッフがどんどん入ってきて、現在障害のある人約40人を含めて約60人が活動しています。
 一般の会社なら最近はやった映画「終わった人」ではありませんが、10年ひと昔のごとく、やめた会社に出入りすることはないと思うのですが、障害者運動を担う労働センターの場合は専従スタツフをやめても年に一度の大バザーの手伝いをしたり、機関紙の発送作業を手伝ったりする人も多く、わたしもそのひとりです。
 新しいスタツフはほとんど障害者で、彼女彼らはほんとうに屈託がなく、めったにセンターに顔を出さないわたしにも実にやさしい声をかけてくれるのでした。
 労働センターの障害者スタッフは1982年の設立当時からのベテランから新人まで、「障害」というそれぞれの個性を十二分に発揮し、ベテランへの気遣いや新人への心配りをしながら対等に「助け合う」ことが日常になっていて、昔わたしや前代表の河野さんの口癖だった、「来るもの拒まず、去る者追わず」といった運営方針が理念をこえて彼女彼らの日常の行動指針になっているのでした。
 その根本には多岐にわたって自己責任論が声高に求められる今の時代に逆らい、圧倒的に他人を信じ、自分を信じ、他者(友人、仲間)に依存することでひとりひとりの人生を肯定し、助け合ってともに生きる勇気を持つという思想があります。
労働センターの慰安旅行は創設時からあり、最初の旅行は障害者2人、健全者3人のスタッフと周りの支援者を入れてせいぜい15人ほどの旅行でしたから、能勢農場や部落解放同盟北芝支部のマイクロバスを借り、河野さんが運転し、運営委員の浜辺さんの世話で全電通の白浜保養所に一泊しました。それからも毎年近辺の観光地に行きましたが、とにかくトイレを探すのが一番の目的でした。その頃は労働センターにもそれぞれ個人にもお金と言うものがなく、有料の観光施設に入ったことはなく、宿泊所で酒を飲むのだけが楽しみでした。もちろんカラオケもなく、みんなアカペラで歌い、さわいだものでした。
 結構長い間、脳性まひの小泉さんも梶さんも屈強な若者(私もまだその若者のひとりでした)が交代で抱っこしてバスの乗り降りをしたものですが、それが今ではどうでしょう、リフト付きの最新のバスで運転手さんの操作で乗り降りでき、それぞれに「箕面市障害者の生活と労働推進協議会」からは派遣されたヘルパーさんが同行し、カラオケ設備も充実しているれっきとした観光旅館に泊まることができるようになりました。まさしく、イリイチの名言どおり、貧困もまた近代化したのだとつくづく実感します。
 そして、発足当時と今との決定的な違いは、旅行の計画から当日の段取りやアナウンスまで、障害者スタッフ数名の幹事さんたちが世話してくれることや、カラオケもまた障害者スタッフが歌いまくるのですが、もちろん演歌などはほぼなく、AKBなどのJポップとアニメソングで、わたしなどにはさっぱりわからない歌ばかりなのです。
 豊能障害者労働センターは一般的な障害者作業所のようにサービスを提供する健全者スタッフとサービスを利用する障害者のように内部的にも外部的にも別れていません。
一般的な福祉作業所などではサービスを利用する障害者は「労働者」ではなく、給料ではなく「工賃」としていくばくかのお金が支払われます。
  箕面市独自の制度を利用した事業所である労働センターの場合はリサイクルや通信販売、大衆食堂などの事業で得たお金と市独自の助成金を合わせたお金を障害者も健全者もみんなで分け合っています。
昨今、国が障害者の就労を水増ししていたことが発覚し、国は障害者手帳の有無を厳格にし、障害者雇用を増やしました。そのことで軽度と言われる障害者の雇用が進んだことは評価できるのでしょうが、豊能障害者労働センターの場合は一般企業や行政機関への就労を拒まれる障害者、一般企業が雇わない重度と言われる障害者、働くことは無理とされ、福祉サービスを受けるだけと言われる障害者の就労を実現しています。
 福祉作業所でせいぜい2万円程度の工賃しか得られない障害者が、労働センターでは親元から通う人で9万円、自立した人で12万円の給料が得られるわけは、年間1億円の売り上げがある事業収益と、健全者の給料が指導員と言われる作業所の健全者より格段に低く、自立する障害者の給料と同程度だからです。「共に助け合う」と言われますが、開所した時の赤貧状態の時も、事業所として成り立っている現在も、お金をみんなのお金として分け合うことが労働センターの障害者と健全者の対等性を担保しているのです。
 全国でもあまり例のない運営を約40年も続けてきた結果、障害者は自分自身を「労働者」と自覚することを通り越して、「経営者」として日常的に傾きがちな労働センターの経営を担うようになりました。この「経営を担う」という考えは一般企業の労働者と比べてもよりスキルが高いと言えるのではないでしょうか。しかも、労働センターの障害者は事業を通して箕面市内での露出度は高く、一億円を売り上げる事業は市民が買い手であるだけでなく、その事業に参加することによって成り立つ市民事業にまで成長しました。

 そんな労働センターの活動は事務所を含め4つのリサイクル店と食堂、それに移動販売と各所に別れていて日常ではわからないのですが、年に一度の慰安旅行の時にその全貌が現れます。事業と経営を障害者自身が担うという、彼女彼らにとって当たり前の日常はそのまま、「旅行」という事業をプロデュースすることになり、だれひとり取り残されないそのプロデュース力は素晴らしいもので、彼女彼らに任せればはっきり言ってそんなに豪華な旅行でなくても、飛び切り楽しい特別の時間に変貌するのでした。
ひとりひとりの障害者が旅行と言うサービスの利用者にとどまらず、幹事だけに任さず全員が年に一度の大事業を最後まで事故の起こらないように助け合う姿は、4割を超す非正規労働者の切ない権利を踏みにじり、移民として日本社会に迎え入れないで外国人労働者を使い捨てしようとする国に抗して、国家・集団・組織運営の未来の在り方への究極の提案の一つと言えるのではないでしょうか。
 そんなことを感じながら、こんないとおしいひとたちがいるかぎり地域社会も国家もまだ捨てたものでもないなと勇気をもらった旅行でした。
 こんな素敵な体験をプレゼントしてくれた豊能障害者労働センターのみなさん、ありがとうございました。

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2018.11.15 Thu 再録記事2016.11.04 映画「ストロベリーショートケイクス」と壁掛けカレンダーの役割

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 わたしは豊能障害者労働センターと関連団体在職時にまたがった20年ほど、カレンダーの企画販売にかかわっていました。
 当初はただただ障害者スタッフをふくむ全員の給料と年末一時金をつくり出すためのお願いをするだけでしたが、企画を続ける間に、一年間カレンダーを壁にかけてくださるひとびとがどんな思いでカレンダーを見つめ、一年の間の大きな出来事や小さな出来事のさ中にもカレンダーの次のページにどんな夢を重ねてくださっているのだろうかと、想いを馳せるようになりました。
 また一方で世界のいたるところで悲鳴を上げている子どもたちが、ささやかでもいい、安心して暮らせる平和な日々が送れるために、北大阪の片隅で生きる非力で貧乏なわたしたちに何ができるのだろうと思ってきました。
 そして今、世界の子供たちの悲鳴は、豊かで平和に暮らしているはずのわたしたちの社会の子どもたちの悲鳴でもあると強く感じます。誰も傷つかず、誰も傷つけず、このかけがえのない地球でいきるすべてのひとがその日の糧を分け合い、明日への希望をたがやすために平和を願うことは夢物語でも理想でもなく、さまざまなひとびとが助け合って生きるための厳しい勇気をともなうことを、カレンダーにたずさわった20年が教えてくれました。そのあいだに書いてきたカレンダーへの想いを再録記事とさせていただきました。

2016.11.04の記事
 棺おけをベッドにした風変わりな部屋。マウンテンバイクと大きな水槽。薄暗い部屋に影絵のように忍び込む柔らかい光。デリヘルの仕事用の靴と、好きな男に会いに行くためのズック。そしてトランクに無造作に放り込まれた札束。
 デリバリーヘルス店「ヘブンスゲート」のNO.1デリヘル嬢・秋代は、その仕事とは裏腹に、専門学校の同級生・菊池に一途な片思いを募らせている。 
 かけられたカレンダーは月の満ち引きのデザインで、そこに一日だけ「きくち」と書き込まれている。
 「スペシャルな人のスペシャルになりたい」と恋の訪れを願う里子。好きな男に告白もせず、「ともだち」でいることをかたくなに守りながら、デリヘルの仕事をしている秋代。自分らしく生きようと必死になるために過食と嘔吐をくりかえす塔子。やりがいのある仕事もなく、自分の居場所を男に求める結婚願望の強いちひろ。
 魚喃キリコのコミックス原作、矢崎仁司監督の映画「ストロベリーショートケイクス」は、少し極端ではありますが、きっと女性ならだれでも共感できる4人の女性の日常を切り取っていきます。イチゴケーキのようには甘くはない現実をうけとめ、淡々と生きる彼女たちの日常は痛々しいがとてもいとおしく、思わず抱きしめたくなるのです。
 そして幸せを求める彼女たちの日常がそのままわたしたちの日常に紛れ込み、切ないイチゴケーキとなって残る、そんな映画でした。
 この映画を観ていて、わたしの目に焼きついたのが秋代の部屋のカレンダーでした。一途に思いつづける「きくち」に電話をかけ、田舎の実家からトマトを送ってきたからあげるといって約束し、近所のスーパーでトマトを買います。
 仕事のときとはうって変わり、洗いざらしのTシャツとジーンズ。化粧もせず、黒ぶちのめがねをかけて坂道を自転車で走る後姿は、純愛に心焦がす彼女の本当の姿なのです。
 「きくち」には彼女がいて、決して報われないことを知っているからこそ「友だち」を装い、居酒屋でわざと乱暴な言葉づかいで飲んでいる後姿もまた、肩のふるえが伝わってきます。
 こんないとおしくせつない彼女の恋の記念日が、カレンダーの一ヶ月分に一回あるかないかの「きくち」というメモに記されています。それ以外のメモはいっさい書かれていないのでした。持ち歩く手帳や携帯電話のカレンダーにはない、壁掛けカレンダーの切実な役割がそこにはあります。

 わたしはといえば高校を卒業して友だちとアパートに住みはじめ、それから何度となく引っ越しをしました。
 一人暮らしをしたり、友だち何人かと暮らしたりしてきましたが、不思議にその頃はカレンダーにかかわる思い出はありません。定職にもつかず、ビルの清掃などで貯めたお金で1年間は昼と夜が逆転する生活をしていました。そんな暮らしにカレンダーなど必要なかったのでした。
 この映画に登場するひとたちと同じように、無垢ともいえる青い時を通りすぎた後、自分の暮らしやこれからのこと、かなわなかった恋、ふるいにかけられて残った友だち、心のひだにしみこんだ後悔…、そんな切ない日々を通り過ぎた部屋には、いつのまにかカレンダーが掛かっていました。
 世界の現実に目を向ければ、悲しい記念日に埋めつくされ、カレンダーのどの1日からも悲鳴が聞こえてきます。1995年1月17日や2001年9月11日、たくさんの世界の悲しい記念日は特別であるはずのひとりひとりの死をかくしたまま、何千、何万、何百万と死者の数を数え、おびただしい血で書き込まれた記念日を積み重ねてきたのでした。
 その血塗られた瓦礫となった壁にもまた、カレンダーは掛かっていたことでしょう。この世界の誰彼にとって特別に悲しい記念日が1年365日では足るはずもない現実もまた、たしかにあります。
 けれどもその一方で、この世界に生きる70億の人々の、だれかの誕生日でない日などないのではないでしょうか。さよならを数えるカレンダーもあれば、いのちと出会いと愛を数えるカレンダーもまた、たしかにあります。わたしだけの大切な記念日があるように、わたしの知らない、世界でたったひとりの誰かの特別な記念日もまた、カレンダーにはかくれているのだと思います。
 そんなことを思うと、わたしたちと松井しのぶさんと多くの関係者がつくりあげたカレンダー「やさしいちきゅうものがたり」が、どんなひとのどんな部屋に掛けられ、どんな日々をみつめることになるのか、期待と不安とせつなさでいっぱいになります。
 そして、いろいろなひとがちがった思いでちがった日に書き込みを入れてくれることを願います。このカレンダーが2万人の方々に届いたならば、1年365日のうちの1日だけでもいいから2万の特別な記念日になることを願ってやみません。
 そして…その1日がもし悲しい記念日になったとしても、このカレンダーがその日をやさしく抱きしめてくれることを願っています。
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2018.10.20 Sat 2019年カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」イラスト作者・松井しのぶさんの手紙

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2019年カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」5月6月のイラスト

「みんなどこかに痛みを持っている」              松井しのぶ

 どんなに幸せそうな人でも、大なり小なり差はあるにしても、どこかに悲しみや苦しみや痛み、ほんの少しの不幸の種を持って生きている、そんな事を思う日々。
 そんな不幸の種は決して悪いものでは無くて、だからこそ幸せになりたい、笑顔でいたい、そう思いながら毎日を精一杯生きる力に変えるものであるような気がします。
 そういったものを心に抱えているからこそ、他者の痛みに共鳴し、心を動かされ優しくありたいと思ったり、また同じく、それぞれが抱えた悲しみや苦しみや痛みの分だけ他者の優しさがわかるものだと思います。
 2018年は次から次へと自然災害が続き、災害と一言で言い切ってしまうにはあまりにも沢山の人の痛みが伴っていて、想像に余りあります。
 不幸の種の話と自然災害は少しニュアンスが違うかもしれませんが、「やさしいちきゅうものがたり」を私は毎年綴っていて、これも人の心の中と同じように現実には「やさしいちきゅうものがたり」は「やさしくないちきゅうものがたり」も内包しているんだなって、カレンダーを見ながらふと思うのです。それぞれのお家でカレンダーにつけられた様々なメモ書きには「やさしいちきゅうものがたり」に綴られる「やさしくないちきゅうものがたり」があるのかもしれない、あなたのカレンダーにどれほどのそういったものがたりが綴られているのでしょうか?
 あなたが綴ったカレンダーの中に「やさしくないちきゅうものがたり」があったとしても、その綴られた悲しい記憶、不幸の種から新しい優しさが生まれて来る、そんな風に思いたいです。「やさしくないちきゅうものがたり」を「やさしいちきゅうものがたり」に変えてゆくのはあなた自身だとも。
 2019年がどんな年になるのか、想像ができないですが、もしも来年の「やさしいちきゅうものがたり」に悲しい記憶が綴られてしまったとしても、良い事や悪い事にめぐり合うのも一つの縁であるなら、たとえそれが痛みを伴うものだったとしても、できればそこから幸せが生まれて来るような縁になりますように、未来へと繋がるそれぞれの優しいものがたりが綴られてゆく事を願ってやみません。
 それぞれが胸の中に抱えた不幸の種には優しい花を咲かせる力を持っている、それは美しい花でありますように、幸せな花でありますように…。

2019年カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」
illustration 松井しのぶ(C)SHINOBU MATUI 1100円

カレンダーのご購入は
豊能障害者労働センター
TEL072-724-0324 FAX072-724-2395
E-Mail info@tumiki.com
豊能障害者労働センター・積木屋のサイトからもご注文できます。

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2019年カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」7月8月のイラスト

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2018.10.15 Mon 2019年カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」

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2019年カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」1月2月イラスト

このほしがすき
このほしをいきるひとびとの
かなしみさえもきぼうにかえる
このほしがすき
ともにいきるゆうきをおしえてくれる
このほしがすき
そしてどこかのそらのしたで
あすをいきるあなたがすき

2019年カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」
illustration 松井しのぶ(C)SHINOBU MATUI 1100円

カレンダーのご購入は
豊能障害者労働センター
TEL072-724-0324 FAX072-724-2395
E-Mail info@tumiki.com
豊能障害者労働センター・積木屋のサイトからもご注文できます。

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2019年カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」3月4月イラスト
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2018.09.02 Sun 障害者雇用数の水増しは決して許されないけれど、その奥にあるもっと大きな問題は。

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 中央省庁や地方自治体が障害者雇用数を水増ししていたことが発覚し大きな問題になっています。厚労省が8月28日に公表した調査結果によると、国の33行政機関のうち、約8割にあたる27機関で計3460人の不適切な算入がありました。その結果、33機関のうち、法定雇用率(2.3%)を満たしていなかったのは27機関となり、平均雇用率は2.49%から1.19%に半減しました。水増し数が最も多かったのは、国税庁で1022.5人。次いで、国土交通省の603.5人、法務省の539.5人でした。さらに水増しは国だけでなく、地方自治体にもおよんでいます。
 障害者雇用数の水増しは障害者の権利を大きく損ねる行為であり、障害者雇用を促進すべき責任を負う公的機関の信頼を著しく傷つけるもので、決して許されるものではありませんが、この問題の奥には1960年に制度化された障害者雇用促進法自体に大きな問題があり、今回の事件はこの法律そのものの矛盾が生み出したものと言わざるを得ません。
 そもそもこの法律が定める法定雇用率の算出方法は、常用労働者数と失業者数の合計を分母とし、障害者の常用労働者数と障害者の失業者数を分子として算出するものですが、障害者の失業者数は職業安定所に求職の登録をした障害者に限ることになります。
 次に、今回問題になっている対象とされる障害者とは、ほぼ医療モデルにもとづく障害者の手帳(身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳)を所持している者となっています。
 ですから、今後の調査で手帳の有無を徹底的に調べれば調べるほど、関係省庁も企業もマスコミも、そのことが手帳を持つ人のみを障害者とすることを正義として、医療モデルで障害者をしばることの差別性には目を向けないことが明らかです。
わたしの少ない経験でも、自分からすすんで職安に求職登録をする障害者はほとんどいませんでした。むしろ「働きたい」という願望はあっても、障害者だから就職は無理だと自分も周りの家族も思ってしまい、職安に行くという発想がうまれてこないのが実情です。
 「手帳を持ち、職安に求職登録している障害者イコール働く意欲のある障害者」という一見まっとうと思える原則は、手帳を持っていてなおかつ特別な配慮がなくても自力で働ける障害者ということになり、対象となる障害者がかなり限られ、結果として致命的にほとんどの障害者を一般企業から排除してしまうのです。
 特別支援学校を卒業する時、ほとんどの障害者の進路は福祉作業所などで、一般企業への就職はおろか、職安も遠い存在です。
 ですから、国の期間で最も水増ししていた国税庁の最高責任者である麻生財務大臣の「障害者の数は限られているので、(各省庁で)取り合いみたいになると別の弊害が出る」という発言にいたっては、怒りを通り越してあきれてしまいます。このひとたちはかろうじて一般企業で働く障害者の苦しさも、一般企業への就労を拒まれてしまう数多くの障害者のくやしさも、ほんとうに何もわかっていないことをあらためて痛感します。
 麻生さん、省庁で取り合うになるような障害者雇用施策をやってみてください。職安に登録される障害者に加えて、福祉施設で生きがい程度の分配金を得るために利用料を払わされるたくさんの障害者をすべて雇い、ほんとうに省庁や企業が障害者を探さなければならないような施策をやってください。
 また一定以上の障害者を雇っていない企業に負担を求める「障害者雇用納付金制度」に基づき、2017年度に企業が国に支払った納付金(実質的には罰金で、なんと、国などは支払わなくてよいそうです)は293億円で、そのうち雇用の基準を上回る企業に支給された調整金は227億円で、66円億円ものお金が国に入っています。自分は罰金を払わず、一般企業から徴収した納付金も障害者雇用をすすめる企業に上積みはおろかすべてを支給しないとすれば、こんな政策がほんとうに実のある障害者雇用施策といえるでしょうか。
 問題は単に障害者雇用の数字合わせの水増しをしていることではなく、障害者に職場が求める職業的能力の基準を押し付け、そぐわない障害者には門戸を固く閉じるところにあると思います。障害者が職場の要求に合わせるのではなく、個々の障害者が働けるよう職場での介助や仕事上のアドバイスや送迎など、「障害者に職場を合わせる」合理的配慮を無視して持続的な障害者の雇用が進むはずはないのです。
 結局のところ障害者を雇用するのはあくまでも義務で、職場内で精神障害になった労働者をカウントにいれたりして法定雇用率に届くようにつじつまをあわせ、それでも到達できなければ納付金を支払えばよいというのが本音にあり、公共機関の場合は納付金も払わなければよいのですから、いろいろ面倒だと障害者を排除してきたのだと思います。
 
 けれども、障害者が職場に来ることはそんなに迷惑でしょうか。実際に障害者をたくさん雇用している企業は、障害者が職場に来ることでいままで気づかなかった職場改善が進み、誰もが働きやすい職場になったと証言しています。わたしも長年工場で働いていましたが、職場になれていない新人や転属の社員が来るたびに、工程の見直しや冶具の改良などをすることで「生産性」が上がるのを体験してきました。それは事務職などでも同じだと思いますし、サービス業の場合などはお客さんによるかもしれないとしても、マニュアル通りのサービスよりその人にしかできない心のこもったサービスに満足するお客さんもいます。社会がそうであるように、働く現場もまた多様な個性や文化を持った人たちによる共生によって、豊かな労働環境と持続可能な目標設定が可能になるとわたしは思うのです。
 そして国も地方行政も障害のあるひともないひとも共に働く労働環境をつくるための施策をすすめてほしいと思います。そのためには、企業や公共機関への一般就労と、就労継続支援A型・B型の福祉的就労だけでなく、その間を埋める第三の雇用とも言える社会的雇用の制度化が求められます。社会的雇用とは箕面市の障害者事業所制度や滋賀県の社会的事業所制度のように、一般企業ヘの就労と同じ労働条件を保障しながら個々の障害者に寄り添い、より豊かな労働環境を提供する事業所に対して、継続的に就労支援を行うものです。
 箕面の障害者事業所制度はその上にさらに障害者が運営に参加することを事業所に義務付けていて、障害者のうずもれた多様な「職業的能力」を自発的に開発したり、障害者のアイデアやデザインを商品開発に生かしたり、また人権侵害を内部告発できる仕組みづくりなどに生かされています。
 サービスの利用者という形で福祉制度の枠の中に閉じ込められるのではなく、また一般企業のようにややもすると障害者を既存の労働現場に押し込めるのでもなく、障害当事者が事業所の運営を担う権利と義務を負う箕面の障害者事業所制度は、より理想に近い自立した働く場を提供できる優れた制度です。
 この制度の下で、箕面市では福祉的就労の場に閉じ込められるはずの障害者が豊能障害者労働センターのように市民生活の真ん中で生き生きと働いています。それどころか、豊能障害者労働センターの障害者ほど健全者スタッフに、そして箕面市民に頼りにされている障害者はいないと思います。お近くのひとならば、見学に行かれるとそのことがよくわかります。それは障害者の社会的雇用を制度化してすでに30年になろうとする、箕面市の先駆的な施策の果実でもあります。
 一見、福祉制度の枠の中では福祉的就労よりも助成金が高く見えますが、この制度の下での豊能障害者労働センターの自主事業は市内に3つのリサイクルショップと食堂と福祉リサイクルショップの運営と通信販売事業、箕面市広報の点訳業務などで9000万円の年商をたたき出し、障害者の給料をつくり出す、きわめてコストパフォーマンスの高い制度であることが証明されています。
 一日も早く、この制度が国の制度になることを求めつつ、あとひとつ、技術開発・商品開発力が弱い社会的事業所に技術提供する企業に報奨金を継続的に支給したり、障害者のアイデアを実用化する資金がない障害者事業所や社会的企業に資金を貸したり提供したり、さらには障害者事業所と一般企業が提携して開発する事業に助成するなど、この制度が国の制度になることでより充実した施策がどんどん生まれ、大きく夢は膨らみます。
 ともあれ、労働の在り方が多様化する今、何十年も前とおなじ労働の場をイメージした雇用促進法の制度疲労は明白で、今回の事件はそのことを国自らが証明してしまったのです。

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