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2022.01.03 Mon 星がにじんでいるのは ぼくたちがともだちだから

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星がにじんでいるのは
ぼくたちがともだちだから

能勢の冬
夜空は桎梏に光り
星がにじんでいます
世界にもわたしたちの日常にも
新しい希望が生まれることを願って…

あけましておめでとうございます。
静かな正月を過ごしています。
今年からはブログとフェイスブックとともに、ホームページを模様替えし、もう少し充実したものにできればと思っています。
また難波希美子さんの議員活動がより広くまた深められるように、若い人たちに学びながら共に進んでいきたいと思います。
今年もお力をお貸しください。

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2021.12.25 Sat 能勢の地の頼りになるグループ・能勢農場の餅つき大会

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 12月19日、能勢農場の餅つき大会に参加しました。
 以前にも書きましたが、1982年に設立された豊能障害者労働センターを通じて、わたしは能勢農場と産直グループと出会いました。能勢農場は数年前から活動していたもののどちらも活動の黎明期で、彼女彼らもわたしたちもともに30代ぐらいの若さで、現実の貧乏と社会とのあつれきを抱えながらも勢いだけで突っ走っていた頃でした。
 その頃、能勢農場も一部の誹謗中傷に苦しめられていましたが、豊能障害者労働センターも行政や既成の障害者団体などから青い芝の会や全障連の流れをくむ過激な集団で、親や家族、施設を否定する怖い集団と言われていました。
 まだ、箕面にも市民の活動がはじまったばかりでしたので、みのお・池田産直センターとつながりながら、ともに地域を耕してきた同志のようにも思っていました。
 「あれから40年」という口上ではありませんが、能勢でのご隠居生活をするはずが、思わぬきっかけで「憲法カフェ・のせ」から「ピースマーケット・のせ」の活動に参加し、いつのまにか仲間の難波希美子さんの町議会選挙の運動に参加することになりました。そのすべてのプロセスで能勢農場の人たちとまた関わりを持つことになりました。
特に難波さんという逸材を押し上げて、能勢農場・産直グループの若いひとたちが自分たちの選挙としてかかわってくれて、彼女を町議会に送りこめたことがとてもうれしいことでした。
当日の餅つき大会は、高齢で不器用なわたしは何の手伝いもできませんでしたが、能勢農場の若い人たちの率直で凛々しく純情で屈託のない笑顔を見ていると、新型コロナ感染症の影響や政治的な状況の中、とてもじゃないが明るいと言えない未来もそれほど捨てたものでもなく、小さなろうそくの火かもしれないけれど、わたしの心にもほのぼのとした温かいものが灯ったような気がします。

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2021.09.19 Sun 護送されるサービスでない、夢見る移送サービスを。難波希美子さんと能勢ルネッサンス

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 少し前になりますが、8月2日、能勢町地域公共交通会議」が開かれました。
 以前にも記事にしましたが、能勢町では4月より阪急の路線バスが大幅に減便・廃止されました。わたしは能勢に来てちょうど10年になりますが、その間に路線バスはどんどん減便になりました。能勢電鉄は実は能勢町を走っておらず、交通手段は路線バスが走っていますが、人口減少と高齢化の波は路線バスを直撃し年々利用者が減る中、運転手不足という構造的な問題も重なり減便や廃止が進んでいるのです。
 今回のような大幅な減便と能勢電鉄妙見口からの東能勢線の休日廃止は能勢町民にとって交通アクセスの崩壊そのもので、ますますマイカー通勤となり、能勢の素晴らしい自然環境を求めて移住しようと考えていた人々も断念することになりかねません。
 能勢町は、路線バスと連携できる能勢町内の地域交通網の確立に向けて、路線バスとタクシー事業者、国交省近畿運輸局の担当者、都市デザインの学識経験者、豊能警察と能勢町職員、住民代表などを構成委員とする「能勢町地域公共交通会議」を立ち上げました。
 昨年10月の第一回会議から今年2月まで3回の会議が開かれ、その間に住民アンケートを実施したものの、住民への説明会など情報の周知が十分でないまま、4月からの大幅減便と一部路線廃止が阪急バスから通告され、初めて多くの住民が知ることになりました。
通勤・通学や通院、買い物など直接影響を受ける住民にとって、今回の減便・廃止は大きな問題で、ここに至るまで広く住民に知らせ、意見を聞く説明会もないことに行政への不信を募らせることになりました。
そこで能勢町は今年度から住民代表を2人公募し、6月の書面決議を経て、今回初めての顔合わせになりました。選ばれた2人の委員は多くの住民の不安や憤りを会議で吐露し、私は傍聴できませんでしたが昨年度とは様変わりの白熱した会議になったようです。
 町はこの会議でデマンド型乗り合いタクシーに絞り、運行区域と目的地(買い物、通院などの対象施設、医療機関など)を設定する方向で提案しましたが、2人の住民代表は路線バスの減便・廃止でどれだけの住民が困っているか、暮らしに直結する大問題を住民に知らせる説明会も意見をすくい上げる機会も用意せず、行政が勝手に決めていいのかと詰め寄りました。
 どこの町でも同じなのかはわかりませんが、まちづくりの企画をコンサルタントに任せ、住民に知らせることも意見を聞くことも一回のアンケートとパブリックコメントですまし、決められた原案を通してしまう手法は住民だけではなく行政職員も育たないのではないでしょうか。
 ともあれ、今回の会議では住民代表の委員から、住民への説明会と意見を拾い上げる機会を開いてほしいという猛烈な要望で町の思惑通りには行かず、デマンド乗り合いタクシーの導入までは(半ば強引に)かろうじて決まったものの、実証実験の運行区域や主な目的地にまでは議論が届きませんでした。
 立往生になった会議で、学識経験者でこの会議のまとめ役の副会長の大学教授は住民代表が提案した「分科会」の設置に賛同し、事務局である町に10月に開かれる次の会議までに幅広い住民の訴えをくみ取る新たな分科会の設置を検討することを指示しました。
 今回の出来事は、住民の代表委員が異議申し立てをすることで審議会やアンケートやパブリックコメントがアリバイになる危険性をはらむ今までの町の施策づくりの手法に一石を投じ、住民が主役のまちづくりへの一歩を踏み出した画期的な出来事だと思います。
 これから先、路線バスの減便・廃止を補完するだけでなく、バス停が遠いなど移動手段が困難な住民のための地域交通のあり方を検討するにあたり、この会議自体の在り方そのものが住民参加によって進められることが求められています。そのためにもこの会議の傍聴が5人しか認められないのも大きな問題で、広い会場を用意して傍聴人を制限しないところから始めていただきたい。
 また、町議会はまちづくりのすべての施策の最終的な決定をする場として、それぞれの議員が審議会の諮問の中にうずもれた課題までをも掘り起こし、徹底的な情報公開と住民参加のまちづくりをより進めてほしいと思います。その意味でも2人の新人議員井上加奈子さんと難波希美子さんが6月議会の報告会を開いたように、9月議会の報告会もぜひ開催していただきたい。
 
 交通問題に限らず企画を請け負うコンサルタント会社の仕事は決して悪いものではないと思いますが、おしゃれでそつのない資料をみていてひとつのことに気づきます。
 それは「夢がない」ということです。それは当たり前のことで、どんなにスキルが高くても能勢町の住民のほんとうに困っている現状を業者が肌身に感じられるはずはありません。
 結局のところ、夢がないのは町行政自身で町行政がほんとうに困っている住民の現状を知らないか、知る必要がないと思っていると言わざるをえません。地域交通の在り方においても人口減少の予測からこの新たなサービスも計画の段階から縮小していくことが前提で、サービスを利用する住民を増やしていく気がないのだと思います。
 ですから、本来「ドアからドアへ」は誰一人も移動困難な住民をつくらないという人権施策であるにも関わらず、既存の交通サービスと競合しないことを優先し、買い物や通院などの特定の目的に限ることを示唆していて、これでは既存の移動サービスを越えたものにはならず、サービスにふたをしているとしか思えません。
 たとえばアンケートで天王地区の住民がバスを利用しないと答えたことを「ニーズがない」ととらえてしまう行政のおごりと想像力のなさに愕然とします。ニーズがないのではなく、行政をあてにできないというあきらめや怒りまでもがその答えにあることは専門家でなくてもわかるはずです。家にこもりがちになってしまう住民が外出する楽しみを増やしていくようになる新しい地域交通サービスが、切実にもとめられているのです。
 そして、能勢町から山下駅や妙見口へと他市町村へと交通サービスを伸ばさなければ通院も買い物はもちろんのこと、もっとも問題となる通勤通学のための移動手段が保障されません。また、今は分断されている東能勢と西能勢の行き交いが深まる取り組みもまた、地域交通サービスに求められます。
 
 ずいぶん前でわたしの記憶違いかも知れませんが、台湾映画の名作・ホウ・シャオシェン監督の「悲情城市」でトニー・レオンが大きな旅行行李を持ってバスを待つシーンがありました。
 バスを待つトニー・レオンと妻が悲しみを湛えた表情が、1945年の日本からの解放から1949年の中華民国建国までの台湾の4年間、おびただしい台湾人が国共内戦から逃れてきた中国本土の人間に殺された悲しい歴史を物語っているようでした。
移動することは現実の心と身体を別の場所に移すだけではありません。変わらない自然と変わりゆく自然、壊れてしまった町と人々の記憶の中に残される町…、単なる移動の手段というだけではない、地域の人々の暮らしや心情、隠れた希望、思わぬ出会いと別れまでもが過去から現在、未来へとつながっていく、そんな夢見る交通システムが強く望まれているとわたしは思います。

Koji Tamaki「田園」

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2021.05.29 Sat 普段着の自然を堪能できる能勢に感謝!

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先日、妻と能勢農場が開いているいちご狩りに行きました。梅雨に入ってすぐで、前日まで強い雨が2、3日続き、やっと晴れ間になった時で、私たち以外は数人の女性のグループと子ども連れのグループの2組でした。
 実はこの半年余り、難波希美子さんの能勢町議会議員選挙で七転八倒の日々で、また昨年からの新型コロナ感染症の蔓延もあり、ゆっくりとどこかに出かけることがまったくありませんでした。春に桜を眺める間もなく、梅雨から初夏を迎えようとしています。
 そんなわけで、少し寂しいいちご狩りでしたが、露地植えのいちごはそんなに甘くはなかったのですが、土の下の水をいっぱい含んだ瑞々しい味がしました。
 こうして久しぶりに能勢の里山を眺めていると、わたしのように農業がまったくできない者にでも、自然はわけへだてなくとっておきの恵みを与えてくれます。
 観光の自然ではなく、普段着の自然を堪能できる能勢に感謝!です。

The Beatles - Strawberry Fields Forever

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2021.02.19 Fri 能勢町民を面でつなぐ地域交通 「能勢ルネッサンス」・難波希美子さんとともに 

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 わたしの住む能勢町は大阪府の北端の小さな町で、全国の地方の町と同じく人口減少と高齢化、町の主な産業である農業を担う後継者不足にあえいでいます。
 関西で知られる能勢電鉄は実は能勢町を走っておらず、交通手段は路線バスが走っていますが、人口減少と高齢化の波は路線バスを直撃し年々利用者が減る中、運転手不足という構造的な問題も重なり減便や廃止が進んでいます。その結果として住民の移動手段は圧倒的に自家用車に依存している状態です。
 わたしはずいぶん前に合宿での運転免許の取得にチャレンジしたものの、精神的につらくなり、結局断念した苦い経験をしています。2011年に能勢に引っ越してきたとき、隣近所の人たちから「自動車の運転ができないのに能勢に来るなんて信じられない」と言われましたが、それでも「なんかあったら声かけてや」と親切に言ってくれました。
 わたしはそのころはまだ新大阪で働いていましたので、40年ぶりに路線バスで通勤することになりました。能勢電鉄の山下駅までたった10分ほどの時間がとても新鮮でわくわくしながら、その時間帯はほぼ満員で吊革を持ちながら窓の外の風景を見るのが仕事前の貴重な時間となりました。
 それまで北大阪急行の緑地公園駅の近くに住んでいましたから、マンションと会社のビルが立ち並ぶところとちがい、見渡す限り山に囲まれた能勢の風景は終の棲家にふさわしいワンダーランドと思いました。能勢電鉄山下駅に着くまでに何本もトンネルを通り過ぎ、最後に山下の町に出る最後のトンネルを通り過ぎると景色はがらりと変わり、それまでの木々のひそひそ話や鳥たちのはしゃぎ声から一転、地方の町の息遣いとともに人々の声が絡み合い、どこに急ぐのか車のざわめきが飛び交う空間に入る一瞬もまた、そのころよく見ていた中国や香港、韓国映画のワンシーンを見るようで、「今日も仕事がんばろ」と背中を押してくれているようでした。
 そのころも減便・廃止がつづき、不便になっていきましたが一方で乗客がないまま「空気を運んでいる」と揶揄されるほどの状況は深刻になり、ますます減便になるという悪循環が続いています。
 能勢町は路線バス事業者に赤字補填として今年度は当初3500万円の助成金を出していて、2019年3月に路線バス事業者より今後の運行について協議の申し入れがある中で、当初は1月より減便のところ助成金を急遽1700万円追加し、今年の3月までは現状を維持することになったのですが、4月からは大幅な減便が避けられない状況です。
 能勢町が昨年実施したアンケート調査によると、サンプリングの少なさは気になりますが、おおむね路線バスを利用するひとは2割にとどまり、残りの8割のひとはほとんど乗らないか全く乗ったことがないと応えています。そしてどちらも運行本数が少ないこと、バス停が遠いこと(乗っている人13.5%、乗らない人24.4%)、利用したい時間に走っていないことなどを改善してほしいと応えています。
 また、路線バスを維持、充実させるために町が経費を負担することについては、9割以上の人が容認し、一方で運賃の値上げや減便もやむをえないという回答もある中、6割の人が「今後も可能な限り財政負担すべき」と応えています。路線バスなど公共交通の必要性については若い人たちは通勤・通学、休日の外出に必要と応え、日中の外出に利用する高齢者をはじめ、今は自家用車の移動で困らなくても将来のことを思うと必要であると回答しています。
 しかしながら今後の改善どころか、今回のような大幅な減便は能勢町民にとって交通アクセスの崩壊そのもので、一時は半減かと思われましたがなんとか3分の2ほどの減便におさまりそうですが、それでも日中は約2時間に1本になり、通勤に影響を少なくすると言っても朝の通勤時間の1、2本と、最終バスが9時台になりそうで、これでは通勤での利用にも大幅な制限がかかることになります。そうなれば既存の住民はますますマイカー通勤となり、能勢の素晴らしい自然環境を求めて移住しようと考えていた人々も断念することになりかねず、それでなくても「大阪の孤島」と言われてきた能勢が孤立することは避けられないでしょう。
 わたしたち住民にとっては切実な問題で、減便を思いとどまってほしいと願っても、公共交通とはいえ私企業である以上、毎年の赤字の累積に耐えられないということであればその赤字分をすべて能勢町が補填するだけの財力も乏しく、また利用しない、利用したくてもバス停が遠く利用できない町民に思いをはせれば、それも現実可能な解決策ではないと思うのです。
 そこで能勢町は昨年の秋、路線バスとタクシー事業者、国交省近畿運輸局の担当者、都市デザインの学識経験者、豊能警察と能勢町職員、住民代表などを構成委員とする「能勢町地域公共交通会議」を立ち上げ、路線バスと連携できる能勢町内の地域交通網の確立に向けて動き出しました。
 能勢町においても、営業が目的でなく能勢町内に限り移動サービスを提供する「公共交通空白地有償運送」と、障害者、高齢者のみが町外の目的地でも利用できるドア to ドアの「福祉有償運送」があり、これらのサービスをボトムに乗合タクシー、コミュニティバスなどの併用により路線バスやタクシーと連携していくことで、今までは点と線だったものを能勢町全体を面にしたきめこまやかな交通網ができればいいなと思います。
能勢の場合、歴史も古く農耕文化の宝庫ともいえる東地区と、かつて能勢の中心・「森上銀座」といわれたと聞くところの交通・物流・庶民文化の拠点の面影を残す西地区との行き来が自由になり、町民同志の交流もふえ、車の運転ができなくなっても障害を持ってもだれひとり取り残されず、先人が守り、遺してくれた里山の自然と共に生きる「能勢ルネッサンス」が花開くことを夢見ています。
 わたしはこの会議を立ち上げると知ったとき、とても夢のある計画と思い、会議の傍聴に行きました。しかしながら、どこの町でもおそらく同じだと思うのですが、交通事業者の既得権を決して侵さない形で会議の内容もこれから作られる地域交通網のシステムの在り方も検討されていることを実感しました。それはもっともなことで、とくに今のようなコロナ禍で外出そのものが激減する中で、経営の困難を耐えて能勢町の公共交通を守っている事業者に感謝しつつ、それでも町行政と住民と事業者が助け合い、知恵を出し合って能勢町内の新しい地域交通網を作り上げることは能勢町のまちづくりのすべての課題とつながる夢の計画だと信じています。
 国交省も昨年改定した「自家用有償旅客運送ハンドブック」で、公共交通事業者が積極的に協力する「事業者協力型自家用有償旅客制度」を創設し、運行管理や車両整備管理、交通安全に精通する交通事業者(バス・タクシー)がそのノウハウを活用して協力し、住民ドライバーが運転する交通空白地域有所運送の在り方などを提案しています。近くでは猪名川町の試みのほか、兵庫県養父市では全体の運営管理をタクシー業者にゆだね、住民ドライバーのコーディネートまで一貫したサービスをしている例が紹介されています。
 能勢町にどの交通システムがいいのかはこれからの会議で検討されることになりますが、能勢町に限らず、これからの日本、いや世界の目指すものは「住民参加による助けあいと共に生きる社会」の実現とわたしは思っていて、まずはわたしたちの住む能勢町で、この町をこよなく愛し、自然を守り自然に助けられながら住民が助け合える能勢町をめざして行動する難波希美子さんとともに両手いっぱいの希望と切ない夢を分け合っていきたいと思います。

「心の四季」より「1.風が」「2.水すまし」「3.流れ」  詩・吉野弘 作曲・高田三郎 豊中混声合唱団第53回定期演奏会 2013年7月6日

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