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2019.09.05 Thu 国家よりも友だち、国際よりも民際、検閲よりも手をつなぐ勇気を



 「もしわれわれに、フランスのなかまを殺すことが強制されるならば、われわれは断固としてノーといおう。」
ローザ・ルクセンブルク 第一次世界大戦前年1913年9月 兵士たちに呼び掛けて 

 いま、とても心配なのは修復不可能ともささやかれる日韓関係です。
 昨年秋の元徴用工訴訟で韓国の最高裁判所が原告の請求を認める判決を出し、それに対して日本政府は1965年の日韓平和友好条約の中で有償無償合わせて5億円の協力金(賠償に値するお金)を拠出したことで解決済みとし、今回の韓国の行為は国際的にも認められた国と国との約束を破ったと抗議、その撤回を求めています。
 一方で元従軍慰安婦と平和の少女像(従軍慰安婦像)などの問題もある中、日本政府が韓国に対して輸出管理の優遇国“ホワイト国”から除外し、それを受けて韓国が軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を破棄するところまで突き進み、戦後最悪の関係悪化が一気に進んでしまいました。
 日本政府が元徴用工の個人請求権は日韓請求権協定により「完全かつ最終的に解決しているので認められない」とし、「韓国は、国家間の協定や合意を平気で反故(ほご)にする。正常な国際感覚を完全に失った」と断罪するのに対して、韓国政府はそもそも1910年の韓国併合から1945年までの日本統治時代に対する完全な和解と謝罪がなされていないとしています。
 謝罪を求めつづける韓国と「どこまで謝ったら韓国は気が済むのか」という日本との間で、それでも曲がりなりにも関係を修復しようと努力してきた両国政府の財産がこれほど簡単に崩れてしまうことに、政治的暴力の怖さを感じます。
 昨年の平昌オリンピックを機に北朝鮮との対話を進め、そこから一気に米朝会談が実現するプロセスで文政権は南北統一と、韓国、日本、アメリカという戦後の枠組みを見直し、韓国、北朝鮮、そして中国という枠組みの構築に向けて模索を始めたのでしょう。
 そのプロセスの間に、安倍政権は北朝鮮への圧力をアメリカよりも強調しつづけましたが、米朝会談が頭越しに実現したことで北朝鮮へのコンタクトの機会を逸してしまいました。本来ならそこで韓国との信頼関係に基づいて北朝鮮への働きかけをするべきだったと思いますが、安倍政権は中国・北朝鮮に対する軍事包囲網の前線に韓国を位置づけるアメリカの戦略のもと、朝鮮半島の緊張の上に砂上の楼閣を築いてきた戦後体制を見直すことはないようです。

 わたしは戦後すぐの生まれでいわゆる「民主教育」を学び、大人になりましたが、ほんとうに不思議なぐらい日本の「侵略戦争」の歴史は全く知らずに育ちました。
 朝鮮半島のことに限らず、子どもから大人になるまでに学ばなければならなかった大切なことを、わたしは少しずつ信頼する友人たちの肉声の言葉と尊敬できる人々の書物や映画、演劇、音楽に教えてもらいました。
 その中のひとりは、中学校時代の社会科の先生でした。ある日彼はわたしたち生徒に「リンカーンはえらい人だと思いますか?」と尋ねました。わたしは手をあげて「リンカーンは奴隷を解放したからえらい人です」と言いました。歴史学者の井上清の教え子だったその先生は、「それじゃあ今から教科書の勉強ではなく、みんなでディスカッションしましょう」といい、今でいうディベートを始めるのでした。
 わたしは小学生の時に読んだ偉人伝どおりにリンカーンはえらいと思っていましたが、この時どの程度掘り下げられたのかはわかりませんが、アメリカ南部のプランテーションが黒人奴隷に支えられていたことや、北部の資本主義のもとで工業が発達し、奴隷ではなく労働者をもとめていたこと、さらにはイギリス資本からの脱却をめざす北軍にとって奴隷解放が南北戦争の勝利へと導く戦略であったことなどをずっと後に知りました。
 そして、黒人奴隷によってアメリカ南部からアメリカ大陸全土、さらには海を渡り世界中に広がって行ったブルース、ゴスペル、ソウル、ジャズ、レゲエ、白人によるロックンロールなど、大衆音楽のルーツをたどる壮大な音楽の旅が、暗闇と光と大地と海と空を友とし、虐げられた幾多の人びとの自由と人権を求める壮絶な旅でもあったこともまた、何十年もたってから学び、感じることができました。
 もし朝鮮半島の歴史を同じように学んでいたら、韓国・朝鮮・中国のことだけでなく、戦後の日本社会の在り方についてもっと多くのことを学ぶことができたと思います。
欧米諸国からアジアを守り、安全保障と経済発展に資すると正当化された日本の侵略戦争の端緒となった日韓併合、朝鮮半島の植民地化、慰安婦・徴用工の問題、戦後の戦争処理と朝鮮戦争、朝鮮半島の分断を経て取り残された在日韓国・朝鮮のひとびとへの差別と抑圧…、すべてが政治的暴力とともに育てられたアジア諸国に対するわたしたち日本人のリアルな差別感によってさささえられ、増殖されてきた事実があります。
 敗戦を終戦と言い換えたまま今に至る日本の近代を学校で学ばなかったことはわたしたちの国際感覚を大きく歪めてしまいました。
 大人になってその歪みを気づかせてくれたのは在日韓国・朝鮮人の友達でした。生まれてから一度も外国に行ったことがなかったわたしにとって、在日韓国・朝鮮人のともだちと出会わなかったら、日本社会のゆがんだ鏡に映る自分の姿に気づかなかったと思います。
 高校を卒業する前に同級生とみさき公園に遊びに行った帰り道で、K君が「ぼく、韓国人やねん」と打ち明けてくれた時、「そうなん、せやけどそんなことどうでもいいやん」と気にもかけずに話題をかえたわたしは、彼がどれだけ日本社会で差別に苦しんできたのか、それを告げるためにどれだけの勇気を必要としたのか、またそれほどの勇気を持たなければカミングアウトできない日本社会の闇に想いをはせることができませんでした。
 そのことに気づいたのはそれから20年後、わたしが豊能障害者労働センターと出会い、障害のあるひとや在日韓国・朝鮮人、性的マイノリティなどそれぞれ出自がちがい、差別のありようもちがいながらも助け合い、わかり合い、未来と夢を分かち合う勇気を共に耕す友だちとの出会った時でした。
 いままで「同じであること」に汲々とし、「ちがいがあること」におびえてきたわたしでしたが、同じであるために社会がヒステリックで刹那的で暴力的になってしまうことに疑いを持ち、反対におたがいのちがいに気づくことからわたしも社会も過去や歴史を検証し、未来を共にすることができるのだと学んだのでした。
 わたしが今もっとも恐ろしいと感じるのは、韓国との対話を放棄し、強硬な姿勢を強めるほど安倍政権の支持率が上がる現実です。テレビもネットも韓国へのバッシング一色で、少しでも関係改善と対話を呼びかけるひとを寄ってたかって攻撃する…、それを言論の自由というならば、その言論の自由が「表現の不自由展」を中止させてしまう暴力へと変わってしまう笑えない喜劇の中にわたしたちはいるのでしょう。
 正体のはっきりしない漠然とした「みんな」の言う通りに韓国をバッシングし、「表現の不自由展」をバッシングし、次のいけにえを物色するテレビやネットや週刊誌に煽られるわたしたちは、オールラウンドにバラエティー化した社会が与える毒に心とからだを壊されてしまったブロイラーのようです。
 ほんとうにわたしたちの国はどうなってしまったのかと呆然とします。
 一方で森友学園や加計学園の不正や公文書書き換えなど、今までなら政権が何回倒れても不思議でないような理不尽なことを積み重ねても政権は倒れるどころか、反対に政権基盤がさまざまな不祥事を呑み込んで強くなっていくようです。
 わたしたちは「微笑む独裁」のもと、大衆の心に隠れている「小さな権力」が積み重なり増殖し、まわりまわって大衆を支配する恐怖国家の誕生につながる危険な道を決して歩いてはいけないと強く思います。

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2019.08.02 Fri 国会議員は単なる個人事業主なのか? 重度障害者の議員活動を必要とするのは国会の方なんですよ。

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 参議院選挙で当選したれいわ新選組の舩後靖彦議員と木村英子議員は、重い障害がある人の生活全般をサポートする「重度訪問介護」のサービスを受けています。今の国の制度では通勤や仕事中にサービスを利用することはできず、2人は支援の継続を求めていました。参議院の議院運営委員会の理事会は今後の対応を巡って協議し、民間の企業で働く人との公平性などについて意見が出ましたが、当面の間は参議院が費用を負担することを決めました。将来的に費用をどこが負担するかについては参議院と厚生労働省で協議を続け、年度内に結論を出すとしています。2人は仕事中を対象外とする制度そのものの見直しを求めていて、参院議運委理事会は政府に対し、速やかな制度見直しを求めることで一致したようです。
 2006年の障害者自立支援法や国連の障害者の権利条約などをふまえ、障害者の生活をサポートする制度は大きく変わり、現在に至っています。その中で「重度訪問介護」は、重度と言われる障害者の自立生活を支える重要なサービスで、わたしの友人や知り合いの障害者もこの制度を利用して自立生活をしています。
 障害者自立支援法の導入による自己負担をめぐっては、働く場から遠ざけられ、年金収入からねん出するのは理不尽ではないかと障害当事者から指摘されましたが、とにもかくにも家族や協力者たちの無償介護から脱却し、国が障害者の介護保障を持続可能な制度設計のもとで実行することになったという点では画期的なものでもありました。
 しかしながら、その後障害者総合支援法と改名され、幾度かの改正があってもなお、重度といわれる障害者の就労に関しては福祉施策からも労働施策からも見放されたまま現在に至っています。半世紀にわたり障害者の就労の権利を獲得する運動が主張しつづけ、実現していない就労の場での介護保障の問題が、今回、船後さんと木村さんが国会議員となったことで大きな論議となり、新しい制度の創設もふくむ障害者の働く権利を確立する大きな一歩となることを期待します。その意味で、重度障害者が国会議員の仕事ができるのかという声もある中で、初登院の前にすでに政治家としての大きな仕事をなしとげつつある2人に敬意を表したいと思います。
 さて、当面参議院で介護費用を捻出することになったことに、日本維新の会の松井一郎代表(大阪市長)は「どなたにも適用できるよう制度全体を変えるならいいが、国会議員だからといって特別扱いするのは違う」と述べ、自己負担で賄うべきだとの考えを示しました。松井氏は「国会議員は高額所得でスタッフも付く。政治家は個人事業主だから、事業主の責任で(費用支出に)対応すべきだ」と主張しました。
 制度全体を変えるべきという主張はもっともですが、「政治家は個人事業主だから自己負担すべき」という主張を平然と公表するこの人を、政治家として許しがたいと強く思います。国会議員は選挙で国民から請託をうけたミッションや約束を実行してもらうために必要とされる所得を得ているのであって、自分の介護保障などに使ってもらってはいけないという、ごく当たり前のことを忘れているのではないでしょうか。
 極論ですが、もし松井氏が言うように議員報酬から介護費用を支払うのであれば、それを払わなくてもよい議員の所得が高すぎるわけで、「身を切る改革」を党是とされるのならその相当分を返上してもらわなければ筋が通りません。
 この問題の報道では、公明党の山口代表はまっとうな意見を述べられましたが、自民党も無駄遣いはやめようと発言しています。障害を持つ議員が国会ですべての議員と対等に活動するための費用を無駄遣いとは何事でしょう。このひとたちの発言は重度障害を持つ議員を選挙で選ばれた対等な国会議員として(無意識かもしれませんが)認めない、はなはだ人権侵害にかぎりなく近い発言だと思います。
  「国会議員を特別扱いしない」というのもおかしな論理で、この2人の政治家としての活動にまで支障をきたす介護保障制度の貧困を50年も障害者に押し付けてきた政治責任は、国会と国会に席を持ってきたすべての議員にあり、それを早急に見直すことを提案するこのふたりの議員を必要とするのは国会にあるのですから、「国会議員を特別扱い」するのではなく、「国会を特別扱い」しなくてよい、障害者の就労をサポートする制度改革を実行してほしいと思います。

 話を戻して、「障害者の就労保障」ですが、2人りが求めている「重度訪問介護」をはじめとする福祉制度を限りなく労働の場に持ち込む方がいいのか、わたしにはよくわからないのです。というのも、障害者の就労問題は本来労働行政と福祉行政が協働するべきではないかと思うからです。「重度訪問介護」という名称が表しているように、常時介護を必要とする障害者の在宅福祉サービスからの延長に外出時の移動介護が含まれているので、本来の就労の場での介護保障を労働行政が打ち出すべきではないかと思います。
 2人が言うように、就労の場の介護保障は雇用の場が行うことになっている今の制度では、一般企業が障害者を雇用するには敷居が高く、自力で通勤できる比較的軽度と言われる障害者でないと就労は難しいと思われるからです。
 このことについては、40年ほど前に箕面市の豊能障害者労働センターの運動にかかわる中で、箕面市独自の制度のもとで「就労の場の介護保障」がかろうじて実現したものの、国の制度としては確立されないままになっています。
 これを機会にもう一度、障害者の就労の権利と豊能障害者労働センターの活動について次の機会に考えたいと思います。

 それと、気になることとして、維新の会や自民党のように今の政治のプレイヤーの中からも今回のような発言が出たりするのですから、ネットでは誹謗中傷が繰り返されることでしょう。2人がそんなことを気にするとも思えませんが、「ひとりの敵がいたら味方は100人いる」という名言を信じて、めげずに活動を続けてほしいと思います。
 

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2019.07.26 Fri 山本太郎とれいわ新選組による窮民救済ネットワーク 参議院選挙

 参議院選挙が終わりました。わたしは専門家でもなく、またご隠居談義をするつもりもないのですが、投票率が50パーセントを割ってしまったこと、とくに若い人たちの投票率がかなり低かったことが今回の選挙のすべてを物語っていると思います。
 政権与党が過半数の議席を確保したことや、日本維新の会も加えた改憲勢力の議席が3分の2に達しなかったこと、野党共闘で10の議席を獲得したことなど、「安定した政治」を標榜する政権与党の勝利ともいいがたく、現状維持というのが実際のところでしょうか。
 選挙の論点とされる憲法改変の是非をはじめ、すべてが自己責任とされる個々のひとびとが抱える困難な問題も、民主主義の根幹をゆるがすさまざまな理不尽な出来事も、「変わらないこと」を求め、「変わること」を拒否する淀んだ空気にかき消され、行き先を見失った政治の閉塞感が48.8パーセントという投票率の低さに現れたのだと思います。
 しかしながら、政治に夢も希望も幻想も持たず、アイドルグループの動向やお笑いタレントたちの騒動をマスコミが追い続ける中、ただひたすら日々の暮らしの足元をみつめ、自分の人生の行方を探しあぐねるわたしたちに強烈なパンチ(合図)を送ってくれたのが山本太郎と「れいわ新選組」でした。

 6年前に参議院の東京選挙区から立候補して当選した山本太郎は、国会や永田町の「常識」からは程遠い独自の活動で国会議員の先生方から「イロモノ」扱いされ、ひんしゅくと冷笑をあびせられてきました。一方でSNSや街頭活動、集会を通じて全国に熱烈なファンを生み出しました。
 そんな彼が6年間の議員活動を経た今、自分の1議席を守るためではなく、議席を1つでも2つでも増やすために「れいわ新選組」を立ち上げ、その最初のたたかいの場を今回の参議院選挙としました。政界では安倍一強体制を破るべく野党共闘が模索されていましたので、野党各党からみればそれに水を差すような無責任な行動と移ったかも知れません。
 しかしながら、安倍一強のもとで疲弊の極みとなった「政治」に辟易し、「この国はこわれようとしている、いやすでに壊れている」という危機感から、与野党の政治家たちの「予定調和」への憤りとともに、有権者のわたしたちに挑発に似た鋭い問いを突き付けたのでした。それはまた、わたしたち、この国に住むひとびとのもとに民主主義と政治をとりもどそうとする試みでもありました。
 一方の天秤皿に山本太郎の時代を越える切実でピュアな思いを乗せた時、もう一方の天秤皿に乗せた政権与党はもちろん、残念ながらすべての野党をもふくむ「政界」の軽さは絶望的なだけでなく、消費税廃止をはじめとする山本太郎の政策立案を上から目線で「現実性のない大衆迎合的な無責任なもの」と一蹴し、冷笑を浴びせることしかできず、彼の危機感と既存の政党への絶望感をまともに受け止めることができませんでした。
 実際、旧民主党の崩壊以来、政界再編と野党共闘が模索されるたびに、安倍晋三氏率いる自民党や、橋下徹氏と日本維新の会から「自衛隊を違憲とする共産党との共闘は数合わせで無責任」と攻撃されることに毅然と反論せず、臆病にすらなる一方で、国民民主党を中心に共産党を排除する野党勢力の結集を画策する限り、野党共闘は中途半端にしかならないし、彼女彼らのいう政権交代可能な野党勢力の結集は、もうひとつの自民党をつくるだけだとわたしは思います。
 かくいうわたしも、障害者の運動を通じて長い間共産党とは相いれないと思ってきましたが、そんなせせこましい考えは20世紀の遺物で、21世紀に入り、若い共産党の地方議員や国会議員が原発の問題にしても憲法のことにしても真摯で、また森友学園や加計学園の問題のような、少し昔なら内閣がひっくり返っても不思議でない民主主義の危機に毅然と立ち向かう彼女彼らの姿はたのもしく、たしかに共産党がもっとも信用できる数少ない政党のひとつだというのも間違いではないと思います。
 今回の大阪選挙区では、山本太郎と同期のたつみコータローの6年間の活動の確かさから市民運動との連携が生まれていたのですが、維新に2議席取られるのを阻むために立憲民主党が独自候補を立てたことで結局どちらも当選できなかったことは残念なことでした。
 野党にまだ残る共産党アレルギーを捨て切れないで旧民主党のエリアの陣地とりに明け暮れている間に、こんなに長い一強政治を結局は支え、政治を人々の暮らしから遠ざけてしまった野党各党の罪もまた重いのではないでしょうか。
ともあれ、山本太郎はそんな政界の予定調和などぶっとばし、政治を国会中継や識者といわれるコメンテイターのご隠居談義を垂れ流すテレビ画面からひきずりおろし、茶の間や路上や働く場や切ない夢や根拠のない希望や妬みや欲望が渦巻く日々の暮らしの真っただ中に政治を取り戻したのでした。
 まずは選挙資金を呼びかけるところからつくりあげる市民参加の政党(?)は、もっとも生きづらく、困難な暮らしを強いられる人たちを候補者として擁立しました。難病患者、重度身体障害者、性的少数者、派遣労働者、コンビニ加盟店ユニオンの労働運動家、公明党の方針に異を唱える創価学会員など、社会的弱者といわれる人びとを中心に集結した候補者は「当事者」でなければわからない問題を解決していくプロでもあります。
 この国の政治に痛めつけられてきたからこそ、「たったひとつの涙を無駄にしない政治」を民衆のもとに取り戻そうとする彼女彼らの心意気は各地の街頭活動に集まる人びとを勇気づけ、日に日に参加する人々が増えていきました。わたしも7月11日の大阪での街頭活動の現場に行きましたが、たつみコータローと山本太郎の演説は聴く者の心を震えさせ、わたしも思わず泣いてしまいました。
 それからも毎日全国各地で続けられた街頭活動はそれ自体が草の根民主主義の発露の場になり、最終日までの全国各地の演説会に参加人数は爆発的に増えていきました。
 おそらく選挙戦の途中から、街頭活動の主人公は山本太郎から仲間の候補者、そして参加するひとびとへと変わっていったのだと思います。その中には「政治は街の村の路上のど真ん中で日々うごめくもので、その政治を動かすのはあなたしかいない」という、れいわ新選組の鋭いメッセージに心を打たれ、何かしなければと心を震わせる人びとがたくさんいたのだと思います。わたしもまた、そのうちの一人でした。
 消費税の廃止、奨学金徳政令、最低賃金全国一律1500円、公務員の増員など、財源を考えないポピュリズム、無責任な人気取りだと非難されますが、一部の人にだけ恩恵がつぎ込まれ、それを政治経済の常識とする牢獄からの解放が空想ではなく、わたしたちの選択にかかっていることを教えてくれました。
 アベノミクスで経済を立て直したと豪語しても、毎年自殺するひとが2万人を越えるこの社会が「豊かである」はずはなく、「死なないでくれ、生きてくれ」と叫ぶ山本太郎と、どちらが正しくて真の政治家なのか、はっきりしています。
 選挙結果は、あれだけ投票率が低かったにも関わらず、「れいわ新選組」は比例区で約228万票(4・55%)を集め、筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の舩後靖彦氏と重度障害のある木村英子氏の2議席を獲得し、公職選挙法などに基づく政党要件も得ました。
 今後山本太郎は非議員の立場で代表を続け、次の衆院選で100人規模の擁立をめざすと宣言しました。
 山本太郎と仲間たちのたたかいはいま始まったばかり、そしてわたしたちのたたかいもまたはじまったばかり、著しく傷つけられた「多数決」という名の数の暴力ではなく、この社会の誰一人取り残さない、たった一粒の涙も無駄にしない政治、民主主義をとりもどすために、いま立ち上がったところなのだと思います。
 わたしのまったく個人的な考えですが、野党の結集軸を本気でもとめるのならば、まずはれいわ新選組と共産党を中心にすすめたらいいのではないかと思います。
 というか、もっとほんとうの願いを言えば、かつて竹中労が夢想した「窮民革命」のように、既存の政党による「政治」と別に、志を同じくする議員たちが参集し、党派を越えた窮民救済ネットワークが各政党の縛りから解放されて政策立案し、実行する「新しい政治」が生まれないものかと思います。
 現実はそんなに甘くないとか、論理性のない理想主義だとか、そんな批判はもううんざりです。そのひとたちがいう「現実」や「常識」こそがこの国に住む人々を苦しめ、かつては戦争まで起こしたのですから…。

山本太郎。【TVが放送しない名演説】れいわ新選組が熱すぎて観客もヒートアップ
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2019.07.20 Sat あきらめない精神と夢見る力 2019年参議院議員選挙

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 わたしは選挙活動が苦手で、今回はそれでも山本太郎さんと大椿ゆうこさん(この2人は比例区でかちあっていて、結局妻と分け合うことしました)、選挙区はたつみコータローさんを応援していますが、実際の行動はチラシまきと自宅にポスターを張るぐらいしかできないでいます。
そんなわたしでも箕面で4回、豊中で3回でしたか、それぞれの市会議員選挙にかかわったことがあります。「選挙をする側」になると知り合いからはじめて会う人まで、極端に言えば投票用紙という一枚の紙きれに見えてしまうことに耐えられないこともありました。
 もとより、ひとそれぞれの生身の体と思いまどう豊かな心は、一枚の紙きれになんかにおさまるはずもないのです。
 それでも、わたしたちは「市民である前に市民になる運動」をせざるを得ない障害者の問題を通じて、だれもが当たり前の市民としてともに助け合って生きる街づくりをかかげ、箕面では障害者の友人の健全者を、豊中では全国初だったと思うのですが、車いすを利用する女性障害者を市議会に送り込んだのでした。
 そのころ、クイーンの「We Are the Champions」の歌詞の中の「I consider it a challenge before, the whole human race And I ain't gonna lose」を、わたしなりに「それは人類の歴史に対する最後の挑戦なのだ、だからわたしは負けるわけには行かないのだ」と訳し、わたしたちの選挙のキャッチフレーズのひとつにしました。
 「わたしたちは勝ちたいのではありません、負けるわけには行かないのだ」と…。
 わたしはバイセクシャルでエイズでなくなってしまったフレディ・マーキュリーの心からの叫びを、障害者の運動をつづけるわたしたちへのエールととらえていたのでした。
1991年11月24日、フレディ・マーキュリーは45歳という若さで亡くなりました。その前日にエイズを公表したばかりでした。

それはすべての人類に対するきびしい挑戦といったほうがいい
だから決して負けるわけにはいかないのだ
ぼくたちは頑張り続けなければなければならない
ぼくらはチャンピオン 愛しき友よ
ぼくらはたたかいつづける 最後まで (ウィー アー ザ チャンピオンズ)



 フレディーは自分がエイズであることを死の直前まで公表しませんでしたが、自らが意識する10年前に、彼は自らもふくめて社会的異端者とされる世界に点在する人びとに愛と勇気を送ってくれていたのだと思います。

 わたしは時代を越え、さまざまな敗北を越えて今、大椿ゆうこさんと山本太郎さん、たつみコータローさん、党派を超えてこの3人に共通しているあきらめない精神と夢見る力で時代を変える3人にこの歌を託したいと思うのです。

それはすべての人類に対するきびしい挑戦といったほうがいい
だから決して負けるわけにはいかないのだと…。

あるひとは車いすで、あるひとは杖で
あるひとは自転車で、あるひとは本を持って
あるひとは走りながら、あるひとは歌いながら
それでもだめならはっていこう
障害のあるひともないひとも
だれもがあたりまえにくらせる
わくわくする町のとびらをさがしにいこう
生きることが夢みることなら

We Are The Champions

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2019.07.18 Thu 山本太郎とわたしたちのたたかいはいま始まったばかり 2019年参議院選挙

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 こんなにわくわくする選挙が今まであったでしょうか。失礼ながら、「選挙をする側」で活動する人たちは別にして、一般の有権者であるわたしがどきどきするのは、今回が初めてです。今までわたし自身も何度か選挙にかかわったことがありましたが、選挙をする側にとっては非日常ですが有権者はどちらと言えば白けていて、幾分暗い表情で街頭演説の前を足早に通り過ぎていくのが常でした。わたしもまた、そのうちのひとりでした。
 そんな選挙風景を一瞬にしてかき消してしまったのが山本太郎と「れいわ新選組」でした。
六年前に参議院の東京選挙区から立候補して当選した山本太郎は、国会の中でそのしゃべり口も行動も、いわゆる「議員先生」らしさがまったくなく、「議員先生」の方々からは失笑されていたのが現実ではないでしょうか。しかしながら国会中継やSNSでは圧倒的な支持を得ていることもまた確かな真実です。それは、彼がわたしたちと同じ日常の言葉で怒り、憂い、語っているからだと思います。
 そんな山本太郎が2期目としてかなりの確率で国会にもどれるはずの従来の選挙戦略を捨てて、「れいわ新選組」という名のグループをつくり、まったく新しい選挙活動・政治活動をはじめました。唐突とも思えたその時から山本太郎はわたしたちに大きな合図を送っていたのだと、後から気づきました。
 安倍一強のもとで疲弊の極みとなった「政治」に辟易し、「この国はすでに壊れている、このままでいいのですか?もういいかげん、我慢しないで。今怒らないでいつ怒るの」と、彼は他ならぬ有権者のわたしたちに鋭い問いを突き付けたのでした。
 そして、まずは寄付金と言う形でわたしたちが意志を表明することを求め、次に壊れているとも言えるこの国でいつも自己責任という暴力にさらされる人びと、もっとも生きづらく、困難な暮らしを強いられる多様な問題の「当事者」と言われる人たち10人の候補者を擁立しました。重度身体障害者、性的少数者、派遣労働者、コンビニ加盟店ユニオンの労働運動家、公明党の方針に異を唱える創価学会員など、社会的弱者といわれる人びとを中心に集結した10人の候補者は「当事者」の問題を訴えるだけではありません。当事者としてさまざまな苦難を通り過ぎた果てに、自分だけの特殊な問題と思ってきたことが、実はこの国の人びとのだれもが抱えている問題であり、だれもが抱く「幸せになりたい」と願う心と深くつながっていることを実感している10人なのです。
舩後靖彦さん・元日本ALS協会千葉県支部運営委員 介護サービス事業会社副社長
木村英子さん・全国公的介護保障要求者組合書記長
山本太郎さん・参議院議員、れいわ新選組代表
蓮池透さん・北朝鮮による拉致被害者家族連絡会元副代表
安冨歩さん・東京大学東洋文化研究所教授
三井義文さん・コンビニ加盟店ユニオン元執行副委員長
辻村ちひろさん・環境保護NGO職員
大西つねきさん・IT企業社長、元JPモルガン銀行員
渡辺てる子さん・元派遣労働者、レイバーネット日本運営員
野原ヨシマサさん・創価学会員
 あなた方の問題提起は、わたしたちの社会の未来を希望で描く縮図なのだと思います。
 しかも、山本太郎はその中でも重度障害者の舩後靖彦さん、木村英子さんの2人を、最優先して当選者にする比例区特定枠に指定しました。その結果、山本太郎は300万票取らなければ落選になります。
 今年から設けられたこの制度は、島根県と鳥取県、徳島県と高知県が合区となったために、それぞれの比例区で2人あふれてしまうことを助けるために自民党が姑息にも要求してできたものらしいです。山本太郎は自民党の意図とは正反対に、自らが落選してもこの2人を参議院に送り込みたいと自らの退路を断ち、排水の陣でこの選挙に臨んでいることがわかります。こんな政治家、今までいたでしょうか。
 そして、特定枠ではない残りの8人もまた、山本太郎に負けない強い志を持って自分の選挙をたたかうことが同時にまず2人の障害者を参議院に送り込むことになるという、対等で潔くわかりやすい選挙運動を繰り広げています。
 政治や選挙がいつのまにか専門家の道具と化してしまった今、民主主義を取り戻すのはわたしたちひとりひとりであることを痛烈に感じさせる「れいわ新選組」は、劇場化した政治の舞台からも観客からもロビーからもあふれ出て、わたしたちの日常のど真ん中でわたしたちの怒りと愛と夢と希望を共に語り、共に未来をつくろうと呼びかけるのでした。
 ここでも、山本太郎の本気、覚悟は、それを受けと止めるわたしたち有権者の本気、覚悟を求めているのだと強く感じます。
消費税の廃止、奨学金徳政令、最低賃金全国一律1500円、公務員の増員など、自民党政治や規制の経済学者や大企業などからは財源を考えないポピュリズム、無責任な人気取りだと非難されますが、一部の人にだけ恩恵がつぎ込まれ、それを政治経済の常識とする牢獄からの解放が空想ではなく、わたしたちの選択にかかっていることを教えてくれました。大企業の法人税や高額所得者の所得税を優遇するお金が、消費税で賄われているという話は説得力がありますし、高等教育の授業料もさることながら、奨学金という借金をしなければ大学で学べないという現実をすべてチャラにするという一見乱暴な主張も現実的な政策として実現できることだと思います。
 アベノミクスで経済を立て直したと豪語しても、毎年自殺するひとが2万人を越えるこの社会が「豊かである」はずはなく、「死なないでくれ、生きてくれ」と叫ぶ山本太郎と、どちらが正しくて真の政治家なのか、はっきりしていると思うのです。
 3日後に投票日を迎え、街頭やSNSや草の根民主主義の盛り上がりだけでハードな組織力を持たない「れいわ新選組」が躍進するというのは難しいことかもしれません。しかしながら少なくとも比例で舩後靖彦さんの当選は確実と言われる中、木村英子さんも参議院に送り込めたらすごいことだと思います。もちろん、それ以上に山本太郎をはじめ次々と当選する夢は見つづけたいものです…。
 山本太郎と仲間たちのたたかいはいま始まったばかり、そしてわたしたちのたたかいもまたはじまったばかり、この勇者たちは著しく傷つけられた「多数決」という名の数の暴力ではなく、この社会の誰一人取り残さない、たった一粒の涙も無駄にしない政治、民主主義をとりもどすために、いま立ち上がったところなのだと思います。

20190712 山本太郎(全国比例) 街頭演説 「れいわ祭」品川駅港南口 参議院議員選挙
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