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2019.07.20 Sat あきらめない精神と夢見る力 2019年参議院議員選挙

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 わたしは選挙活動が苦手で、今回はそれでも山本太郎さんと大椿ゆうこさん(この2人は比例区でかちあっていて、結局妻と分け合うことしました)、選挙区はたつみコータローさんを応援していますが、実際の行動はチラシまきと自宅にポスターを張るぐらいしかできないでいます。
そんなわたしでも箕面で4回、豊中で3回でしたか、それぞれの市会議員選挙にかかわったことがあります。「選挙をする側」になると知り合いからはじめて会う人まで、極端に言えば投票用紙という一枚の紙きれに見えてしまうことに耐えられないこともありました。
 もとより、ひとそれぞれの生身の体と思いまどう豊かな心は、一枚の紙きれになんかにおさまるはずもないのです。
 それでも、わたしたちは「市民である前に市民になる運動」をせざるを得ない障害者の問題を通じて、だれもが当たり前の市民としてともに助け合って生きる街づくりをかかげ、箕面では障害者の友人の健全者を、豊中では全国初だったと思うのですが、車いすを利用する女性障害者を市議会に送り込んだのでした。
 そのころ、クイーンの「We Are the Champions」の歌詞の中の「I consider it a challenge before, the whole human race And I ain't gonna lose」を、わたしなりに「それは人類の歴史に対する最後の挑戦なのだ、だからわたしは負けるわけには行かないのだ」と訳し、わたしたちの選挙のキャッチフレーズのひとつにしました。
 「わたしたちは勝ちたいのではありません、負けるわけには行かないのだ」と…。
 わたしはバイセクシャルでエイズでなくなってしまったフレディ・マーキュリーの心からの叫びを、障害者の運動をつづけるわたしたちへのエールととらえていたのでした。
1991年11月24日、フレディ・マーキュリーは45歳という若さで亡くなりました。その前日にエイズを公表したばかりでした。

それはすべての人類に対するきびしい挑戦といったほうがいい
だから決して負けるわけにはいかないのだ
ぼくたちは頑張り続けなければなければならない
ぼくらはチャンピオン 愛しき友よ
ぼくらはたたかいつづける 最後まで (ウィー アー ザ チャンピオンズ)



 フレディーは自分がエイズであることを死の直前まで公表しませんでしたが、自らが意識する10年前に、彼は自らもふくめて社会的異端者とされる世界に点在する人びとに愛と勇気を送ってくれていたのだと思います。

 わたしは時代を越え、さまざまな敗北を越えて今、大椿ゆうこさんと山本太郎さん、たつみコータローさん、党派を超えてこの3人に共通しているあきらめない精神と夢見る力で時代を変える3人にこの歌を託したいと思うのです。

それはすべての人類に対するきびしい挑戦といったほうがいい
だから決して負けるわけにはいかないのだと…。

あるひとは車いすで、あるひとは杖で
あるひとは自転車で、あるひとは本を持って
あるひとは走りながら、あるひとは歌いながら
それでもだめならはっていこう
障害のあるひともないひとも
だれもがあたりまえにくらせる
わくわくする町のとびらをさがしにいこう
生きることが夢みることなら

We Are The Champions

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2019.07.18 Thu 山本太郎とわたしたちのたたかいはいま始まったばかり 2019年参議院選挙

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 こんなにわくわくする選挙が今まであったでしょうか。失礼ながら、「選挙をする側」で活動する人たちは別にして、一般の有権者であるわたしがどきどきするのは、今回が初めてです。今までわたし自身も何度か選挙にかかわったことがありましたが、選挙をする側にとっては非日常ですが有権者はどちらと言えば白けていて、幾分暗い表情で街頭演説の前を足早に通り過ぎていくのが常でした。わたしもまた、そのうちのひとりでした。
 そんな選挙風景を一瞬にしてかき消してしまったのが山本太郎と「れいわ新選組」でした。
六年前に参議院の東京選挙区から立候補して当選した山本太郎は、国会の中でそのしゃべり口も行動も、いわゆる「議員先生」らしさがまったくなく、「議員先生」の方々からは失笑されていたのが現実ではないでしょうか。しかしながら国会中継やSNSでは圧倒的な支持を得ていることもまた確かな真実です。それは、彼がわたしたちと同じ日常の言葉で怒り、憂い、語っているからだと思います。
 そんな山本太郎が2期目としてかなりの確率で国会にもどれるはずの従来の選挙戦略を捨てて、「れいわ新選組」という名のグループをつくり、まったく新しい選挙活動・政治活動をはじめました。唐突とも思えたその時から山本太郎はわたしたちに大きな合図を送っていたのだと、後から気づきました。
 安倍一強のもとで疲弊の極みとなった「政治」に辟易し、「この国はすでに壊れている、このままでいいのですか?もういいかげん、我慢しないで。今怒らないでいつ怒るの」と、彼は他ならぬ有権者のわたしたちに鋭い問いを突き付けたのでした。
 そして、まずは寄付金と言う形でわたしたちが意志を表明することを求め、次に壊れているとも言えるこの国でいつも自己責任という暴力にさらされる人びと、もっとも生きづらく、困難な暮らしを強いられる多様な問題の「当事者」と言われる人たち10人の候補者を擁立しました。重度身体障害者、性的少数者、派遣労働者、コンビニ加盟店ユニオンの労働運動家、公明党の方針に異を唱える創価学会員など、社会的弱者といわれる人びとを中心に集結した10人の候補者は「当事者」の問題を訴えるだけではありません。当事者としてさまざまな苦難を通り過ぎた果てに、自分だけの特殊な問題と思ってきたことが、実はこの国の人びとのだれもが抱えている問題であり、だれもが抱く「幸せになりたい」と願う心と深くつながっていることを実感している10人なのです。
舩後靖彦さん・元日本ALS協会千葉県支部運営委員 介護サービス事業会社副社長
木村英子さん・全国公的介護保障要求者組合書記長
山本太郎さん・参議院議員、れいわ新選組代表
蓮池透さん・北朝鮮による拉致被害者家族連絡会元副代表
安冨歩さん・東京大学東洋文化研究所教授
三井義文さん・コンビニ加盟店ユニオン元執行副委員長
辻村ちひろさん・環境保護NGO職員
大西つねきさん・IT企業社長、元JPモルガン銀行員
渡辺てる子さん・元派遣労働者、レイバーネット日本運営員
野原ヨシマサさん・創価学会員
 あなた方の問題提起は、わたしたちの社会の未来を希望で描く縮図なのだと思います。
 しかも、山本太郎はその中でも重度障害者の舩後靖彦さん、木村英子さんの2人を、最優先して当選者にする比例区特定枠に指定しました。その結果、山本太郎は300万票取らなければ落選になります。
 今年から設けられたこの制度は、島根県と鳥取県、徳島県と高知県が合区となったために、それぞれの比例区で2人あふれてしまうことを助けるために自民党が姑息にも要求してできたものらしいです。山本太郎は自民党の意図とは正反対に、自らが落選してもこの2人を参議院に送り込みたいと自らの退路を断ち、排水の陣でこの選挙に臨んでいることがわかります。こんな政治家、今までいたでしょうか。
 そして、特定枠ではない残りの8人もまた、山本太郎に負けない強い志を持って自分の選挙をたたかうことが同時にまず2人の障害者を参議院に送り込むことになるという、対等で潔くわかりやすい選挙運動を繰り広げています。
 政治や選挙がいつのまにか専門家の道具と化してしまった今、民主主義を取り戻すのはわたしたちひとりひとりであることを痛烈に感じさせる「れいわ新選組」は、劇場化した政治の舞台からも観客からもロビーからもあふれ出て、わたしたちの日常のど真ん中でわたしたちの怒りと愛と夢と希望を共に語り、共に未来をつくろうと呼びかけるのでした。
 ここでも、山本太郎の本気、覚悟は、それを受けと止めるわたしたち有権者の本気、覚悟を求めているのだと強く感じます。
消費税の廃止、奨学金徳政令、最低賃金全国一律1500円、公務員の増員など、自民党政治や規制の経済学者や大企業などからは財源を考えないポピュリズム、無責任な人気取りだと非難されますが、一部の人にだけ恩恵がつぎ込まれ、それを政治経済の常識とする牢獄からの解放が空想ではなく、わたしたちの選択にかかっていることを教えてくれました。大企業の法人税や高額所得者の所得税を優遇するお金が、消費税で賄われているという話は説得力がありますし、高等教育の授業料もさることながら、奨学金という借金をしなければ大学で学べないという現実をすべてチャラにするという一見乱暴な主張も現実的な政策として実現できることだと思います。
 アベノミクスで経済を立て直したと豪語しても、毎年自殺するひとが2万人を越えるこの社会が「豊かである」はずはなく、「死なないでくれ、生きてくれ」と叫ぶ山本太郎と、どちらが正しくて真の政治家なのか、はっきりしていると思うのです。
 3日後に投票日を迎え、街頭やSNSや草の根民主主義の盛り上がりだけでハードな組織力を持たない「れいわ新選組」が躍進するというのは難しいことかもしれません。しかしながら少なくとも比例で舩後靖彦さんの当選は確実と言われる中、木村英子さんも参議院に送り込めたらすごいことだと思います。もちろん、それ以上に山本太郎をはじめ次々と当選する夢は見つづけたいものです…。
 山本太郎と仲間たちのたたかいはいま始まったばかり、そしてわたしたちのたたかいもまたはじまったばかり、この勇者たちは著しく傷つけられた「多数決」という名の数の暴力ではなく、この社会の誰一人取り残さない、たった一粒の涙も無駄にしない政治、民主主義をとりもどすために、いま立ち上がったところなのだと思います。

20190712 山本太郎(全国比例) 街頭演説 「れいわ祭」品川駅港南口 参議院議員選挙
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2019.07.16 Tue 大椿ゆうこさんは今を生きるすべてのひとにとってのジャンヌ・ダルク 参議院選挙比例候補

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 参議院選挙も大詰めの一週間に入りました。今回の選挙ではなんといっても山本太郎さんと「れいわ新選組」の選挙活動が加速度的に注目を集めていて、投票日前日までの街頭行動とSNSの拡散によってどこまで支持がひろがっていくかにあります。
 わたしは山本太郎さんの身を切るどころか身をけずり命をけずる呼びかけに全面的に応援しているのですが、その一方で地道に非正規雇用が4割を占め、働く人々を使い捨てにしてきた国の政策を指弾し、若者も女性も外国人も安心して働ける社会をつくろうと呼びかける大椿ゆうこさんも応援していて、山本たろうさんと大椿ゆうこさんの両方の推薦ハガキを書いた他、両方のチラシも地域に巻き、自宅にポスターも張りました。
 山本たろうさんについては後で書くとして、まずは大椿ゆうこさんについて書いておきたいのです。
このたび、社会民主党の比例区公認候補となった彼女の後ろには、働く人の4割といわれる非正規雇用で働く人々をはじめ、長年の組合活動を通じて出会い、共にたたかってきたひとびとの悲しみ、怒り、叫びがあります。
 1950年代から60年代にかけて時代をけん引したかつての労働組合運動から遠く長い時を経て、高度経済成長からバブル崩壊、新自由主義とグローバリズムがもたらした格差社会によって生存権すら脅かされる人びと、「明日への希望よりも今日のパン」を求めて劣悪な環境で働かざるを得ないたくさんの人びとのための労働組合運動が今、この社会のセーフティーネットの役割を果たしていることを実感する大椿ゆうこさんだからこそ、その体験から得た切実な提案を実現するために国会議事堂に送り込まなければならない、とっておきの人だとわたしは思います。
 わたしは労働組合のある企業に行ったこともなくリタイヤの年齢になりましたが、1982年に箕面に誕生した豊能障害者労働センターの一員として、労働組合の方々にお世話になってきました。もちろん今もそうですが、国からの後ろ盾もないまま「福祉の牢獄」に閉じ込められてきた障害者が町に社会にあたりまえの市民として生きることが絶望的だった時代、重度と言われる障害者が一般企業に就労することはとても困難なことでした。
 「企業が雇わないなら、障害者が自ら起業し、経営と労働の両方を担おう」とはじまった労働センターは、皮肉にも「労働」を主張するために当時の箕面市においても「福祉団体」とは認められませんでした。それは当方としても認めてもらいたくなく、ただ一般企業が決して雇わない重度障害者の就労の場への助成制度が国にも府にも市町村にもつくられるべきではないかと主張する中で、前代表の河野秀忠さんの努力もあいまって、箕面市には箕面市障害者事業団がつくられ、事業団の障害者雇用政策として労働センターへの雇用助成制度が実現しています。しかしながら、国の労働政策は依然として箕面市のような障害者雇用制度(障害者の社会的雇用とも言われます)はつくられていません。
 そして、当時も今も、労働組合から「社会的弱者」への支援はもらってきましたが、障害者の就労運動について大きな共闘ができてきたのかといえば、(わたしが知らないだけかも知れませんが)あまり例はなかったと思います。当時わたしは、彼女彼らに「あなた方はすでに就労している労働者のための活動はされているが、就労の場にたどり着かない労働者としての障害者に思いをはせているとは言い難いのではないか」と議論を吹っ掛けたものでした。そして、企業に就労をはばまれ、障害者年金ではひとりで生活していけない障害者は年老いた親に生活援助だけではなく、経済的援助も受けなければ町で暮らせないのだと訴えました。
そして、その絶望的な状況を打ち破るために、豊能障害者労働センターは「障害のあるひともないひとも共に働き、給料をわけあう」活動をしているのだと…。
 そこから理解を示してくれた市役所のひとや「共に学ぶ教育」運動を進めている教員、さらには誰もが暮らしやすい地域をつくろうと集まった市民のひとたち、一般企業でつとめる人びとが応援に来てくれて、まだ公的介護保障がまったくない時代に無償で泊まり介護をしてくれました。
 その中に、2009年に結成された大阪教育合同労組で活動することになる人びとが、少なからずいました。それは箕面だけでなく、大阪各地の障害者自立生活運動を進めるグループともかかわってくれたことでしょう。そのことをわたしは決して忘れません。
 そんなわけで、時代は代替わりしていますが、障害者を「福祉」にとじこめることに異議申し立てをし、障害者を働く仲間と認めてくれた大阪教育合同労組から国会に突き進もうとする大椿ゆうこさんは労働者だけでなく、障害者をはじめいまを生きるすべてのひとにとっても大切な大切な宝物だと思います。

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2019.05.28 Tue 能勢高校生による「のせ未来Café」 ピースマーケット・のせ2019

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 5月26日の「ピースマーケット・のせ2019」は真夏日となり、来場者が熱中症にならないか心配しましたが、盛況のうちに無事終わることができました。
 今年で4回目となるこの催しですが、毎年さまざまな課題を抱えながら十分に解決の道を見つけられないまま開いてきました。
毎年そうですが、今年の場合は特に運営費が賄いきれず、初めて赤字になりそうです。運営費のめどが立たなければ今年で終了となる可能性もあり、今年の反省会で話し合うことになりました。
 一方で、高齢者住宅に住む清洲辰也さんの「武器を捨てて話しあう勇気と、大地と共に生きる希望と平和を分かち合おう」という呼びかけは実行委員会のメンバーを越えて大きく広がり、同じ思いを持つたくさんのひとたちがこの催しをささえてくださいました。
 里山能勢で平和を願う人びとがつどい、心と物が行き交う場として、わたしたちは庶民の買い物かごの中の夢と願いが行き交うフリーマーケット、大地から生まれ大地と共に生きる音楽、持続可能な地域づくりと世界市民とのつながりを求めて、という3つのテーマを持って活動を始めました。4回の開催を通じて、3つのテーマの取り組みはそれぞれがつながりながら里山能勢から世界へ、地理上の遠いへだたりを夢と想像力で補いながら、わたしたちの真上の空が世界各地で必死に生きているであろう子どもたちや大人たちが見上げる空とつながっていることを信じて毎年続けてきました。
 その中でも、持続可能な地域づくりと世界市民とつながっていこうという試みはおまつりの雰囲気の中でなかなか形になりませんでしたが、能勢高校の協力のもと高校生の参加によって少しずつ実現してきました。
 そして今年、ドイツにおいて電気、ガス、水道、交通などを地方自治体が町の事業として整備・運営するシュタットベルケに学び、能勢における持続可能な事業を進めるために、箕面市、豊中市、宝塚市の市民グループと縮小社会研究会の活動から能勢高校生が何を学び、何を感じるのか、対話と意見交換の場として「のせ未来Café」が開かれました。
 ロビーステージで行われた能勢高校生によるまとめの報告からは、大人たち・市民グループの話から勇気を得て、
「気候変動の問題で大人に任せていてはいけないと立ち上がる世界の高校生の存在をしり、自分たちのできることをもっとやっていける」
「選挙権が与えられ、表面的にしか投票しなかったけれど、自分が考えることの先に必要な候補者かどうか、もっと考えて投票に行こう」
ドイツのシュタットベルケを学びに行くが、それにとどまらず能勢高校の再生可能エネルギーの発電所をつくり、実践する」
「自分サイズでできることを発見した」
など、しなやかな心からどんどん能勢の未来への提案が飛び出し、大きな拍手に包まれました。
 参加した人から「生徒さんたちの真摯な姿勢に希望を感じました」、「生徒さんたちと学ぶ機会があればぜひ参加したい」、「素晴らしいの一言です。感激して胸がいっぱいになりました」という声があいつぎました。
学びの場「のせ未来Café」の大成功で、「ピースマーケット・のせ」を続けてきてよかったと思いました。
そして、能勢高校が豊中高校能勢分校であっても、わたしたちの住む能勢にとってかけがえのない高校であるとともに、その学び舎で世界とつながる能勢高校生のみなさんもまた、里山能勢の誇りであることをあらためて感じました。

 さて、催しのオープニングで、呼びかけ人の清洲辰也さんの息子さんで、京都の内科医の清洲早紀さんがあいさつしてくださいました。子どもの頃に戦艦大和の模型を作って清洲さんに見せたところ、粉々に壊されたという思い出から、父親の平和への強い思いを感じたと話されました。また勤めている病院で患者さんに戦争体験を語り継いでもらう取り組みをされていることと、最近は若者とアジアの人々の交流を通じて過去の歴史を認識してもらう活動をされているそうです。
  「ピースマーケット・のせ」は一年目よりライブステージを盛り上げてくれるミュージシャンにめぐまれてきました。わたしはミュージシャンが時には命をけずるように自分の音楽を探す毎日を渡りながら、「ピースマーケット・のせ」の舞台でその想いの丈を歌い、演奏してくれることに感謝してきました。ステージといっても路上と変わらない場所で、誰も用意してくれない、自分が歌い出さなければ生まれない「ステージ」で聴かせてくれる音楽はいつも最高のパフォーマンスを届けてくれました。
 彼女彼らがはるばる大阪から、神戸からお迎えの車も用意できないわたしたちに怒りもせず、交通費で消えてしまいそうなわずかな礼金で能勢に来てくれるのは、きっと平和でなければ歌いたい歌を歌い、聴きたい歌を聴く自由が奪われることを知っているからなのだとわたしは思います。ひとりひとりのミュージシャンがその人にしか歌えない歌を歌う場として、ピースマーケット・のせ」を選んでくれることに、どれだけ感謝しても感謝しきれません。ひとりひとりの歌を聴かせてもらいながら、わたしはかつて竹中労が言った言葉を思い出します。「人間はどれだけ自由を奪われても、たったひとつ残る自由がある。それは自由になろうとする自由だ」。
 音楽はまさしく、これから先に万一自由が閉ざされる時代がやってきたとしても、またそんな時代が来ないようにうごめきたたかうわたしたちの心の最後の扉を密やかに開けてくれるものだとわたしは信じています。その扉の向こうにあるものこそが「自由」なのだと思います。能勢の空が世界の子どもたちの頭上の空とつながり、能勢から世界の果てへと、平和と自由を願う心の叫びを彼女彼らが歌う時、聴く者の心もまた解放されていくのでした。
 かつて能勢で「青天井」という歌う場をつくり、若いひとを育てたミュージシャン・ピンクさんが切り開いた音楽の荒野に、随分長い年月を経ていま、わたしたちはいるのだと思います。今年はピンクさんの連れ合いだったMさんが会場に来てくれて久しぶりの再会でした。加納ひろみさんはピンクさんが歌った「パワー」をはじめ、ピンクさんが訳した歌をこの日も聴かせてくれました。

「めぐりあい」長野たかし&森川あやこ in お寺でライブ30
ピースマーケットに欠かせない長野たかしさん&森川あやこさんのオリジナル映像がありませんので、この映像を紹介します。

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2019.04.11 Thu 武器を捨てて手をつなぐ勇気と、大地と共に助け合って生きる未来を信じて 「ピースマーケット・のせ2019」

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Think,create,share,and enjoy Peace!
平和をかんがえよう! 分かち合おう! 創ろう! 楽しもう!
「ピースマーケット・のせ2019」
2019年5月26日(日)午前10時から午後3時30分
能勢町淨瑠璃シアター前広場・ロビー・小ホール・研修室・調理室

 それは能勢町内の新聞に折り込まれた一枚のチラシから始まりました。そこには高齢者住宅に住む清州辰也さんが、「孫や次の世代に戦争のない平和な世界を残したい!!」という切実な願いが綴られていました。
 清洲さんは1943年、20歳の時に学徒出陣し、南方軍に配属されました。1944年、乗っていた輸送船が故障し漂流2週間、1000人余りの乗員が一滴の水も一粒の米もない絶飲食を強いられました。敗戦をベトナムで迎え半年間の俘虜生活をへて1946年3月に帰国、大阪駅から大阪城しか見えない一面の焼け野原に立ち、「戦争だけは二度としてはならない」と強く決意したといいます。
 2016年、清洲さんの想いは「ピースマーケット・のせ」の開催へと結実しました。古来の市場(バザール)にならい、能勢の里山で平和を願うひとびとが集い、心と物と夢が行き交う市場(いちば)をつくりたいというわたしたちの想いは能勢町民をはじめ近隣の住民にも受け入れられ、1000人の参加を得ました。
 あれから4年すぎた今も鳴りやまない銃声と砲弾のもと、世界各地で貧困の末に命を奪われる子どもたちが後を絶ちません。それはまた遠い国の出来事ではなく、紛争地でもないわたしたちの社会でも7人の一人の子どもが貧困にあえぎ、毎年2万人を越える人びとが自らのいのちを絶つ現実があります。
 そのような危機の中、一方で「より早くより遠く」とひた走り続けてきた20世紀の町づくりから、「よりゆっくり、より近く」、誰もが安心して暮らせる心豊かな町づくりのありようもまた、世界各地で模索されています。足元を見れば介護の手立ても移動手段もなくて外に出られないひと、心の疲れから家に閉じこもるひとも数多く、誰もが安心し、助け合って暮らせる地域をめざすことと、平和な世界を望むことは、深くつながっていると痛感します。
 2015年9月に国連総会においてSDGs(持続可能な開発目標) が採択され、気候変動などの環境対策、貧困や飢餓の撲滅、ジェンダー平等など2030年までに達成すべき17のゴールで構成される全世界共通の目標としました。
能勢町も強い関心を持つドイツのシュタットベルケに学ぶ地域ネットワークづくり、能勢高校と住民の連携、町内の若手農家による農業振興など、地域の課題と夢が顕在化する今、この催しが人と人、人と自然の出会いをより広げ、深める契機になればと願っています。
 武器を捨てて手をつなぐ勇気と、大地と共に助け合って生きる未来を信じて、今年も「ピースマーケット・のせ2019」を開催します。
当日は世界のソウルフードや50店舗のフリーマーケットが並び、グラスルーツ音楽、アフリカ太鼓、朝鮮舞踊、ラテン音楽、レゲエなどが人気のライブステージも用意しています。
 能勢の5月、さわやかな風にこころをあそばせ、楽しい1日をすごしませんか?
 あなたのご参加を、心よりお待ちしています。

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