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2022.02.02 Wed 世紀を刻んだ歌-ヘイ・ジュード・革命のシンボルとなった名曲

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 2002年、大きな反響を呼んだドキュメンタリー番組「世紀を刻んだ歌-ヘイ・ジュード・革命のシンボルとなった名曲」が2月7日午前9時より、NHK BSプレミアムでアンコール放送されます。わたしはこの番組をリアルに観ていて、再放送を楽しみにしています。

 1968年、ほんの短い間チェコスロバキアに実現した自由な政治体制(人間の顔をした社会主義)「プラハの春」は、8月20日、旧ソ連軍の戦車によって踏みにじられました。
 「プラハの春」の短い期間に「マルタの祈り」でデビューし、国民的歌手になったマルタ・クビショヴァは、はじめてのアルバムの最後の曲にビートルズの「ヘイ・ジュード」を収録したいと思いました。
 当時、オノ・ヨーコと新しい人生をはじめていたジョン・レノンとシンシアとの離婚問題の最中、ふたりの子供・ジュリアンをはげますために、ポール・マッカートニーはラブソングに仕立てた曲を作りました。8月に発売された「ヘイ・ジュード」は、ビートルズ最高のシングルヒットとなりました。そしてチェコのつかのまの自由が押しつぶされようとする時、この歌は高い国境の壁を越え、マルタ・クビショヴァに届いたのでした。ラブソングは女性が女性に語りかける歌詞へと変わり、自由と平和を求める民衆の歌となりました。
番組はそのために歌うことをやめさせられ、レコードをすべてこわされされたことや、その後の21年にわたる苦難の時代を、彼女へのインタビューを交えながら語っていきます。
 1989年、ベルリンの壁の崩壊から一挙に東欧諸国の民主革命が実現します。チェコでは11月17日に自由を求めた学生デモを機動隊が弾圧し、学生が虐殺されたことからはじまりました。24日、26日と数十万人の集会が開かれ、27日のゼネストをへて、12月10日新政権の誕生まで、たった3ヵ月のことでした。
 チェコの革命は実に静かに非暴力的に行なわれたことで、「ビロード革命」(やわらかな革命)といわれています。そしてその革命を裏でささえたのは学生と音楽家たちでした。集会やデモの演説の間に、ロックやフォークの人気歌手が歌いました。その集会の場にマルタも立っていました。「マルタの祈り」を歌いだすと、80万人の大合唱になったと言います。
 何人かの学生が「マルタさん、わたしたちの大学で歌ってください」と、彼女に声をかけました。その時彼女は革命の象徴となった「マルタの祈り」を歌うのだと思いました。しかし、学生たちは「ヘイ・ジュード」を歌ってほしいと言うのです。「あの歌はレコーディングの時しか歌っていないので自信がない」と言う彼女に、学生たちは言いました。
「だいじょうぶです。ぼくたちが知っています。いっしょに歌いましょう」。
 ポール・マッカートニーがラブソングに仕立て、ジュリアンのためにつくった「ヘイ・ジュード」は、チェコの長い21年の時を革命の歌として、多くの人々の心から心へとひそやかに歌い継がれていたのでした。
 できすぎた物語といえるこの実話が伝える音楽のすごさにわたしは圧倒されました。
 
 1968年は世界でも日本でも激動の年でした。1月・東大紛争のはじまり。2月・成田空港(東京国際空港)反対運動、金嬉老事件。3月・南ベトナムのソンミ村でアメリカ軍による村民大虐殺事件。4月・キング牧師暗殺。5月・フランスの五月革命。6月・ロバート・ケネディがロサンゼルスで狙撃され、翌日死亡。小笠原諸島が日本に正式復帰。10月・スエズ全域でアラブ・イスラエル戦争。国際反戦デーに全学連が防衛庁や国会構内に乱入・新宿駅に放火(新宿騒乱事件)。12月・3億円強奪事件、米宇宙船アポロ8号による世界初の月面テレビ生中継…。
 そのころのわたしは体をこわし、貯金を取り崩しながら友だちと6人で暮らしていました。社会とかかわることがまったくできない孤独感をいきがりでごまかし、大学紛争に参加している同世代の若者に「内なる国家、内なるファシズムこそが問題や」とか屁理屈を言っていました。
 そんなぼくにも青い時というのがあったとしたら、やはりこの時代を思い出してしまうのです。時代の匂いは否応なくわたしの心をはげしくゆらしていました。
 自分の人生が他人の人生と共にあることを、テレビに映されるさまざまな出来事がわたしにも関係があることを知るにはまだ長い時が必要でしたが、それでも言葉にできないむなさわぎがいつもふつふつとわいてくるのでした。そんな青い時に流れた歌が「ヘイ・ジュード」だったのです。

 ビートルズはわたしがはじめて聴いた英語の歌でした。1962年、初のシングル「ラブ ミー ドゥー」でレコードデビューしたビートルズの波は、北大阪の片隅でうずくまるわたしの上にも押し寄せてきました。1966年の日本公演のさわぎは大変なもので、「日本武道館をそんな連中に使わせるな」、「青少年を不良化するビートルズを日本から叩き出せ!」と大人たちは大合唱しました。警視庁は「ビートルズ対策会議」を開いて、ビートルズ来日公演に機動隊など延べ3万5千人を動員することを決定しました。竹中労の名作「ビートルズ・レポート」が伝えたように、70年安保闘争の最終局面の予行演習をもくろんだのだと言われています。
 ビートルズとファンがつくる社会現象が大人たちの反感を買うたびに、ますますわたしは大人の社会と対決しなければならないのだと思いました。それは大学紛争や安保闘争に参加する形でかかわれないわたしまでもが参加する、「自由であること、自分らしくあることを求める、もうひとつのかくめい」だったのです。
 いまふりかえってみると、すでに解散へと向かっていたビートルズにとって「ヘイ・ジュード」は単なるラブソングではなく、別々の道を進もうとするビートルズ自身と、世界中のわたしたちへのメッセージでもあったのだと思います。くしくもそのB面には「レボリューション」が入っています。
 時代が激しく燃え上がりながら転がり落ちることを準備していた1968年。それはわたしが6人の「隠れ家」から出て、もう一度最初から社会とかかわっていくことを教えてくれた年でもあったのです。
(2003年4月、豊能障害者労働センター機関紙「積木」掲載記事を加筆修正しました。)

Paul McCartney - Hey Jude Live at Hyde Park

>Marta Kubišová - HEY JUDE (DLOUHY PUST M.K.) - @tubasarecords2

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2022.01.20 Thu 1798年の若きベートーヴェンと2022年の若き演奏者たち 桜の庄兵衛ギャラリーにて

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 新型コロナのオミクロン株が猛威を振るい、2022年の始まりもまたもや恐怖と不安に囲まれました。その中で、桜の庄兵衛ギャラリーの新春コンサートが16日に開催され、友人2人と参加させていただきました。
 感染対策が厳重になったものの今年最初のコンサートということで、どこか華やいだ雰囲気が漂い、開演前から主催者スタッフの方々もお客さんも心が弾んでいるように思いました。
 今回は「初春に夢の音を聴くコンサート」と題し、「佐渡裕スーパーキッズ・オーケストラ」の卒業生を中心にしたユニットの若々しい演奏を楽しむことができました。
「佐渡裕スーパーキッズ・オーケストラ」は2003年の兵庫県立芸術文化センターの開館前に佐渡裕が設立した、小学生から高校生までを集めた弦楽器によるオーケストラで、メンバーは毎年、厳しいオーディションを経て全国各地から集められます。毎年9月には兵庫県立芸術文化センター大ホールで2日間にわたる定期公演を行っている他、東日本大震災と熊本地震のそれぞれの被災地でも毎年鎮魂演奏会を開いています。
 おそらく子どもの頃から気が遠くなるような時間をひたすら楽器とともに生きてきた彼女彼らの演奏は、音楽的なテクニックもさることながら心と身体から音楽への情熱とエネルギーに満ち溢れていて、新春にふさわしい演奏会になりました。

 一部はヴァイオリンの堀江恵太さんと柳楽毬乃さん、ヴィオラの丸山緑さん、チェロの堀江牧生さんによる弦楽四重奏で、L.Vベートーヴェンの「弦楽四重奏曲第3番 ニ長調 作品18-3」、G.ロッシーニの「弦楽のためのソナタ第2番 イ長調」、同じくG.ロッシーニの「弦楽のためのソナタ第3番 ハ長調」を演奏しました。
 休憩をはさんだ第二部は、ヴィオラの丸山緑さんとコントラバスの松本友樹さんが交代し、G・オンスロウの「弦楽五重奏曲第28番 ト短調 作品72」を演奏しました。
 第1部のロッシーニの曲も第2部のオンスロウの曲も、それぞれの演奏家が奏でる音楽に重なり、もう一つの妙なる音楽が聴こえて来るようで、素晴らしい演奏でした。
 わたしはたまたまドイツで演奏活動をしているYさんが出演したのがきっかけで、桜の庄兵衛さんにたびたび来させてもらうようになりました。クラシックを聴くのも恥ずかしながらほとんどこの会場に来た時だけで、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲もこの日はじめて聴きました。ほとんど名前しか知らない作曲家の音楽をすぐそばで聴ける幸運は、それまで全く知らなかった演奏家たちとの出会いと心を動かされる演奏によってもたらされるのでした。何度かそんな稀有の体験をさせてもらっているうちに、クラシックに造詣の深い方々には失礼極まりないと思いながらも、この会場でいつも音楽を発見(?)できる感動と喜びをいつしかこのブログに書きとめるようになりました。
 今回もまた多くのことを学び、感じることができた演奏会でしたが、なによりも何気なく聴いてきた弦楽四重奏や五重奏が、例えば私には敷居の高い交響楽やオペラ、さらには一見よく似ているピアノ協奏曲やヴァイオリン協奏曲ともちがう、独特の演奏形式であることを知りました。
 4人もしくは5人の演奏者がそれぞれの力量と表現力を発揮するのはもちろんですが、それにもましてそれぞれの演奏者が対等な関係というか、おそらくリハーサルを丹念に終えた後でも本ステージで対話し続けるといった感じで、「ああ、音楽にも民主主義があるんだ、いや音楽だからこそ自由と民主主義があるんだ」と唐突に思いました。
 「ジャズと自由は手をつないでやってくる」と言ったのはセロニアス・モンクでしたが、弦楽四重奏や五重奏はわたしにとってクラシックよりはなじみのあるジャズにとてもよく似た演奏スタイルで、実際それぞれの奏者が自分の楽器とプレイスタイルを持ちながらも音で対話し、しばしば顔を見合わせて「音楽の冒険」を楽しんでいるのでした。
 その冒険の先に何が待っているのかは、わたしにも、そしてもしかすると演者にもわかっていないのかも知れませんが、誰が主役になるわけでもなくそれぞれの楽器で交わす演奏者たちの心の会話が聞こえてくるようなのです。
 わたしは思わずある言葉を思い出しました。私の好きな詩人の言葉をもじって、以前私が口癖のように言っていたのですが…、「ひとは楽器を持つことで自由になる。楽器を持つことでなくしてしまう自由とひきかえに…」。ひとはなにかを失うことでしかなにかを得ることはできないのかもしれません。失ったものが何かはわからないにしても、彼女彼らが聴かせてくれた演奏は、もしまた同じユニットであったとしても二度とおなじものではない、一回限りの音楽なのだと思いました。
 それが際立っているのは、なんといっても彼女彼らが圧倒的に「若い」からだと思います。ベートーヴェンは1798年、28歳の時に初めての弦楽四重奏であるこの曲をつくったそうですが、今回の演奏者たちとほぼ同じ若さで、音楽をつくる喜びと野心にあふれていたことでしょう。今回の演奏では、これはクラシックを知らないわたしが感じたことなのでまったくの間違いかも知れないですが、2楽章までは若い演奏家たちの情熱がほとばしり、やや前のめりでそれぞれの演奏者の心のざわめきが聴こえてくるようでした。
 しかしながら、それこそが若きベートーヴェンが宮廷音楽から飛び出して、広く民衆に音楽を届けようと荒野を駆け抜けた風のざわめきで、一つの音楽が時も場所もちがいながら共鳴し、吹く風の行方を追いかけるようでした。
 これが音楽の奇跡なのでしょうか。人生に一度しか吹かない若い風が年老いたわたしの頬をもかすめて行きました。これから先のごく近い未来に彼女彼らが演奏家として一段と大きく羽ばたき、進化していく姿が目に浮かびました。
 そして、桜の庄兵衛ギャラリーがこれまでにどれほどの若い演奏家たちを育て、背中を押してきたのかと思うと、ほんとうにこの場所は大切な場所なのだと思います。
 観客として参加させていただくわたしもまた、彼女彼らの疾走に立ち会えた幸運に感謝します。クラシックの奥深さを感じるとともに、新春にふさわしく春の訪れを予感するコンサートでした。

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2021.12.21 Tue プロテストソングは愛の歌。長野たかしさん&あやこさんの「エスペーロ・能勢」のライブ

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 12月18日、カフェ「エスペーロ・能勢」で長野たかしさん&あやこさんのライブがありました。
 「エスペーロ・能勢」はもともとフェアトレードのお店をしていた箕面の友人が能勢の東地区に開いたカフェで、さまざまな住民活動の情報交換の場としても頼りになるお店で、わたしもチラシを置かしてもらったりイベントに参加してもらったりして、大変お世話になっています。
 長野たかしさんとあやこさんは、わたしもスタッフとして参加した平和を願う「ピースマーケット・のせ」の野外ライブに参加していただいたことで親しくなり、「エスペーロ」はそのイベントに出店されていたつながりで、毎年ライブを開いてくれます。
いつもライブの時に新作CDを買い求めてきたのですが、今年はコロナ禍のただなかで、新作「REBORN 再生」を郵送で送っていただきました。
 昨年も応援に来てくれた山村博文さんのギターも加わり、一年ぶりにエスペーロでの長野さんたちの音楽はあやこさんのハーモニーと、二人の邪魔をせずに歌心をギターに乗せる山村さんがつくりだす空気感がとても快いものでした。そして、ここ数年の間に彼女彼らのプロテストソングは、歌う内容はもとより歌うこと自体がプロテストであり続けるのだとあらためて実感しました。
 特に数年前に発表され、この日も歌われた「希求」、彼女彼らは今まで何回この歌を歌い、どれだけの人たちがこの歌を受け止めてきたのでしよう。テレビや配信サービスなどのメジャーな空間からは聴こえてこない歌、手触りのある肉声が行き交い、不協和音を増殖させながら人から人へとつながっていく歌が心に深く突き刺さり、少し痛みを感じながらもその痛みがいつの間にか快感となり、切なくも凛々しい希望へとわたしたちを導いてくれるのでした。
 そこからまた新しい歌が生まれ、前作の「残り時間」につづき、新作「REBORN 再生」では、彼女彼らの音楽はプロテストソングから、より過激でやさしい愛の歌へと大きく進化する途上にあることを感じさせてくれます。
 今を生きる同時代のリアルタイムな叙事詩、理不尽な出来事、生と死の淵に立つ幼い心…。情報の洪水と爆音の中で、うずもれているわたしたちの切ない夢やかなわぬ希望…、決して政治だけでは決して語れない壊れ行く世界に待ったをかける幾多の人々の小さな叫びが歌をささえ、また歌が人々に勇気を与える…。
カフェ「エスペーロ・能勢」でのライブは、今日を生きるわたしたちに「だいじょうぶ」と、疲れた心の翼を休めさせてくれる緩やかな時間を届けてくれました。

「希求」 長野たかし&森川あやこ&山村博文
カフェ「エスペーロ・能勢」2021年12月18日


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2021.12.07 Tue 愛を必要とする心にひそやかに歌の記憶を残すひと。 金森幸介ライブ 能勢カフェ気遊にて

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さよならだけが人生だって言うなら
さよならだけが俺の友達  (Farewell Song)

 そのひとの歌は、ささやくわけでもなく声高に叫ぶわけでもなく、まるでわたしの独り言のように心の奥深く、もっとも柔らかい部屋に届けられ、やがて低温やけどのような痛くて哀しくて、そしてやさしい記憶を残して去っていくのでした。
 70代半ばになっても生き終えるためのさまざまな覚悟をすることができないわたしでも、さすがに生きることが奇跡の毎日であることを実感せざるを得なくなりました。
 新型コロナ感染症という未曽有の嵐が吹きすさぶただ中にいて、それでも良い教訓を探すとすれば、「立ち止まる勇気」と、「いまさらながらの孤独」をくれたことでした。
 若い時は身体が心を置き去りに、年老いてからは心が身体を置き去りにして、慌てふためき、おろおろしながら生きてきました。「この海を一気に走り抜けるマラソン選手、それが俺だ!」などと放言した青春の傲慢なやせ我慢は、半世紀をすぎた今、海をなくした年寄りの冷や水になっていました。それでも1960年代から70年代の壊れてしまった時代を潜り抜けた心の傷は今でも青い血をにじませているのでした。

 12月5日、能勢のカフェ気遊で金森幸介さんのライブがありました。
 以前にも書いていますが、わたしは2019年12月の気遊さんのライブで、はじめて金森幸介さんを知りました。この時はピアニストの渋谷毅さんとの素晴らしいコラボでしたが、その後昨年の3月末の緊急事態宣言直前のライブ、そして今年9月の気遊さんの30周年フリーコンサート、そして今回のライブと、すべて気遊さんのプロデュースによるものでした。
 わたしはこの歳になるまで不明にも金森幸介さんを全く聴いたことがなかったのですが、過激なやさしさを隠した繊細でシンプルな歌詞と、心をかき乱されるギター、そして初めて聴くのにずっと前から聴いていたようなどこか懐かしい歌声(語り声)で、一気に彼の世界に引き込まれました。
 今回もまたいつもと同じ、およそエンターテインメントとはかけ離れた素のままにひょこっと現れ、なにごともなかったように歌い始めました。
 大阪の北端でバスもますます減便され、交通の便がいいとはとても言えず、いみじくも金森幸介さんに「大阪のチベットにようこそ」と言われてしまった能勢で、珠玉のライブをもう何回聴いたことでしょう。
 そんなわたしの思いとは関係なく、金森幸介さんは淡々と粛々と歌っていました。

夢は色褪せてく 僕は年老いてく
でもまだへこたれちゃいない
夕陽を追いかけてく奴の歌が聞こえる
もう引き返せない  (もう引き返せない)

 子どもの頃から覇気がなく、人生を変えることにあこがれながらもそのための努力もしないで生きてきたわたしは、ラジオやテレビや商店街から流れてくる歌謡曲で自分の現実を「もうひとつの現実」につくりかえる一人遊びがすきでした。周りからは「屁理屈」と言われましたが、そうでもしなければ自分が身を置く貧しい日常を乗り越えることができなかったのでした。
 今でもその性癖は変わらず、政治的な命題や社会的な問題をSEKAI NO OWARIやYOASOBI、あいみょんなど若い人が届ける痛いメッセージで受け止めることが多いわたしですが、しかしながらどんなに切実で哀しくナイフのように鋭く時代を切り裂く彼女彼らでも届かないかけがえのない歌があります。
「もしも」がない一回限りの現実原則を生き、過ぎ去る時という宝物を隠し持つ年老いた者にしかたどり着つけない瑞々しさと愛おしさ…。
 金森幸介さんの歌心は少年のままで、過ぎ去るものこそが美しいと、年老いたわたしに青い心をよみがえらせるのでした。
起こったことも起こらなかったことも夢見たことも捨て去った夢も、みんな不思議な納得をしながらともに生きていて、肩をたたくわけでもなく激励するわけでもなく、ただただ独り言のように「だいじょうぶ」とささやいてくれる…。
 金森幸介さんの歌はそんな歌なのです。
 非常事態や悲しみの突風が吹き荒れているときに、「きずな」とか「家族」とかで慰められずに生きる希望をなくしてしまったひとたちに、風の又三郎のようにマントをひるがえし、聴く者の心、愛を必要とする心にひそやかに歌の記憶を残すひと。
ゆっくりと歌のマントに風を遊ばせながら、去っていく…。
 金森幸介さんはそんな風(かぜ)の詩人なのです。

 そんなことを思い浮かべながら、「ああ、今年もいろんなことがあったな」と、この一年を振り返っていました。なんといっても、2016年から始めた「ピースマーケット」のわたしなりの帰結として、共に活動した難波希美子さんをみんなで能勢町議会に送り出したことが一番大変な出来事でした。
 ほんとうにしんどかったなぁと…、しかしながら、ご隠居生活の能勢暮らしのはずが移り住んで早10年、老骨に鞭うち、何度もつまづきながら走ってきましたが、たくさんの犠牲をはらって手に入れた「立ち止まる勇気」を大切にしつつ、そこからまた「歩き始める希望」を金森幸介さんの歌からもらった、すてきな夜でした。
 そして、あの場にいた30人ほどの、かなりベテランのファンのひとたちに、かけがえのない時間を用意してくれた気遊さんに、音響があることを忘れてしまうほどのナチュラルで透き通った音でライブを豊かにしてくれたPAの村尾さんご夫婦に感謝します。

「心のはなし」 金森幸介

「もう引き返せない」 金森幸介 with 有山じゅんじ
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2021.09.22 Wed 300年の時をめぐり、桜の庄兵衛に降り立つ希望・ヴィヴァルディの「四季」

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 9月19日、豊中の「桜の庄兵衛」ギャラリーで、横山亜美さんのヴァイオリンと武田直子さんのピアノによる、ヴィヴァルディの「四季」の演奏会がありました。ヴィヴァルディの「四季」といえば、クラシックとほとんど縁のないわたしでさえ、「春」の第一楽章の最初の一節を何度も聴いたことがある有名な楽曲です。
 ヴィヴァルディは今ではバッハが強く影響を受けたバロック音楽の天才作曲家とされていますが、長い間歴史の底にうずもれていたひとで、500曲以上の楽曲をつくりながら彼自身の生涯はとても悲惨な晩年だったようです。
 ヴァイオリン協奏曲「四季」は300年も前に作曲されましたが再評価されたのは第二次世界大戦後で、とくに1959年のイ・ムジチ合奏団の演奏が世界的なブームになり、CDの売り上げが累計300万枚近くに及んでいるそうです。クラシック音楽を広く大衆に広めた偉大な功労者であるとされる反面、その大衆性から芸術的評価を低くされる場合もあるようです。
 歌謡曲とジャズ、ブルースになじんできたわたしにとっては、「大衆性」と「芸術性」を相対立するような考え方にはついていけず、わたしがクラシック音楽となじめなかった理由の一つでもあります。
 それもまたわたしの偏見で、そのかたくなさを壊してくれたのが「桜の庄兵衛」さんでした。2016年、ドイツで活動している友人のヴィオラ奏者のコンサートで桜の庄兵衛さんを訪れて以来、この稀有の場で何度もクラシックの室内楽を聴かせてもらいました。
 そして、いくつもの時代を潜り抜け、戦火の中でも大災害に見舞われても、悲しみをいつか大きな希望へと変えるために、わたしたち人間は音楽を必要としてきたことを教えてもらいました。ヴィオラ奏者の友人と桜の庄兵衛さんに出会わなければ、わたしはクラシックの奥深さを知らないまま人生を終えることになったかも知れません。
 クラシック最大のベストセラーのひとつといえる今回の楽曲「四季」も、わたしは恥ずかしながら聴いたことは一度もなく、今回の演奏がはじめてでした。

 開演時間となり、司会者のあいさつの後、横山亜美さんと武田直子さんが登場しました。
普通ならそのまま演奏が始まるところですが、ヴァイオリン奏者の横山亜美さんがヴィヴァルディのことや「四季」のことを熱っぽく語り始めました。
 「演奏よりトークの方が長くて驚かれると思いますが」とご本人自らおっしゃるように、解説などとは言えないもので、この楽曲に添えられたソネットを朗読しながらまるで言葉でもうひとつの楽曲「四季」を演奏しているようでした。映画や芝居などでは「語るに落ちる」とか「ネタバレ」となるところですが、音楽の場合、とくに彼女の場合はどれだけ語っても語りつくせない「ヴィヴァルディ愛」と「四季」の風景がヴァイオリンとピアノ演奏の音の葉によって描かれて行くのでした。

 いざ演奏が始まると、わたしが何度も聴き流してきた「四季」のイメージを覆すものでした。それはすぐそばで生音を聴いているからだけではない、時代を越えて世界に遍在する人々の願いや祈りが託された、その「過激なやさしさ」に胸を突かれました。
 実際のところ「四季」の中でもっともさわやかでウキウキする「春」の演奏が始まったとたん、なぜかわたしは心が震え、涙がにじんできました。
 今回はじめて演奏者のすぐ横で、奥に窓で切り取られた庭が見える席にすわったのですが、秋になろうとしている窓から突然、満開の桜がこぽれました。
 わたしの心を埋め尽くした桜は、25年前に阪神淡路大震災で被災した神戸の障害者に救援物資を届けた時、まだがれきも片づけられず傾いた建物とやかんやテレビや生活用品が山と積まれた荒れ野に咲いていた桜でした。もうしわけなさそうに咲いていた桜を見て、その時わたしはどんなに悲しみが世界を覆っても季節は巡りゆくのだと思いました。
 今、コロナ禍で世界が沈黙する夜を何度もくぐりぬけ、能勢という緑あふれた里山の地に住みながらわたしの中で時間は止まり、季節はわたしの心を通らないまま過ぎ去っていたのでした。
 横山亜美さんと武田直子さんの演奏は、始まりの一音でわたしの凍てついた心を溶かし、25年後の「春」を届けてくれたのでした。
 実際、後日にさまざまな演奏の「四季」を聴きましたが、ヴァイオリンとピアノ、それもピアノの方はほぼ伴奏に徹する今回の演奏は、とても冒険的だったことがわかりました。
 もちろん、クラシックのことにまったく無知なわたしが語ることなど許されないことだと思いますし、演奏者のお二人にもとても失礼なこととお詫びした上であえて言わせてもらえれば、今回のお二人は「四季」を演奏したのではなく、「四季」をもう一度つくりなおしたのだと思います。
 演奏のすばらしさだけを言えば、アンコールに横山亜美さんのお姉さん・横山令奈さんが在住するイタリア・クレモナの病院屋上で演奏し世界のニュースにもなった「ガブリエルのオーボエ」だったと思うのですが、その一曲の演奏だけで十分すぎるほどです。
しかしながら、横山亜美さんは新型コロナ感染症がまん延し、亡くなったおびただしい魂とともに、世界中の人々が一日一日を生き延びる毎日を過ごす今、目に見えないがれきに覆われた世界の大地に立ち、粉々になったひとびとの「四季」を取り戻そうとしたのではないかと思うのです。
 それには彼女の思いに応える武田直子さんのピアノが必要で、お二人はまるで新しい楽曲を作曲し、プロデュースするように300年前のこの曲を全く新しい音楽に変え、世界中の悼む心を希望に変えてくれたのだと思いました。
 彼女のプロフィールを見ると、箕面市出身でおじい様もご両親も、そしてお姉さんもヴァイオリン奏者で、実家には100年前のおじい様の楽譜も残されているそうです。
 わたしも20年ほど箕面に住んでいて、箕面が第2のふるさとと言ってもよく、とても近しい存在に感じてうれしく思いました。
 そういえば、桜の庄兵衛さんを知るきっかけになったヴィオラ奏者の友人も箕面市出身で、不思議な縁を感じたコンサートでした。
あらためて、横山亜美さん、武田直子さん、そしてお二人の演奏の場を用意された桜の庄兵衛さんに感謝します。

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