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2022.05.04 Wed バラの花咲く街角はどこにある? 唐組「おちょこの傘持つメリー・ポピンズ」

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 誰か知る相愛橋のある横丁。すえたドブ川の袂にあるうらぶれの傘屋に、今、聖にして醜怪な万年少女が、おちょこの傘さし飛んでくる。傘屋を営むおちょこは修理を頼みに来た客・石川カナを慕い、彼女に「メリー・ポピンズの空飛ぶ傘」を持たせたいと願う。そのため居候・檜垣を相手に日々飛行実験を繰り返している。
 カナはかつて起こした大物歌手とのスキャンダルにより妄想と現実を彷徨い、今夜この街を去ることを告げに傘屋にやってくる。不在のおちょこの替わりに対応した檜垣は、カナが、以前自分が担当していた歌手のスキャンダルの元凶だと気がつく。果たしておちょこはメリー・ポピンズの傘で、バラの花咲く街角へカナを誘うことができるのか?

 5月1日、神戸湊川公園で上演された唐組第68回公演「おちょこの傘持つメリー・ポピンズ」を観に行きました。新型コレラ感染症は終結までにあと何年かかるのか見当もつかない上に、ロシアによるウクライナ侵攻により理不尽にも奪われる無数のいのちと、破壊つくされる街の映像が心を深く傷つけてしまう…。今、わたしたちが生きる世界は遅すぎた世紀末なのでしょうか早すぎた歴史の終わりなのでしょうか。暮らしが、人と人とのつながりが、世界が、取り返しのつかないところに来てしまったと誰もが感じていることでしょう。
 唐組の赤テントに一年に一度潜り込み、あっちの世界とこっちの世界をつなぐ迷路をさまよいながら、失くした夢と拾った夢を抱きしめてきたわたしは、これまでになく遠い空にこれまでにない悲惨な夢をこれほどまでに哀しい希望に変える錬夢術を、唐組の芝居「おちょこの傘持つメリー・ポピンズ」に激しく求めました。世界を埋め尽くす暗い墓場からバラの花咲く街角へ、わたしたちも世界中の人々も飛び立つことができるのでしょうか。
 1976年に状況劇場で初演されたこの芝居は、森進一が婚約不履行で訴えられた事件に着想を得ています。法廷で争われたこの事件は、原告女性の事実無根の妄想と虚言であることが明らかにされ、森進一の全面勝訴でおわっています。
原告女性の訴えによると、森進一の熱烈なファンだったこの女性は無理やり関係を迫られ、その結果、彼の子供を妊娠したと主張していましたが、森進一本人とは一度も面識がなく、結婚したいがための妄想と虚言であったということでした。そして、裁判の途中に森進一の母親が自殺しました。原告女性が入院していた母親の見舞いに押しかけ、親しくなったことが妄想を抱くきっかけになったことを苦にしてのことといわれています。
 この芝居はその後日談として女性・カナと、彼女が去ろうとする相愛橋の横丁の傘屋・おちょこ、大物歌手の元マネージャー・檜垣たちが織りなす、愛と妄想の一夜の物語です。
 おちょこ傘とは、突風で傘の骨がひっくり返り、おちょこのようにしぼんでしまうことをいうのですが、その女性、石川カナに傘の修理を頼まれた傘屋・おちょこは彼女に片思いをしていて、彼女のためにメリーポピンズの空飛ぶ傘をつくろうと試行錯誤しているのでした。その傘を自分のためにつくろうとしているおちょこの心を抱いて、カナはバラの花咲く街角に行けるかも知れないと夢見るのですが、一大スキャンダルの当事者であった彼女は過去の妄想にとり憑かれ、元マネージャー・檜垣も巻き込まれていきます。
 そこでは彼女の真実は妄想なんかではなく、その真実を覆い隠され、抹殺してしまった大物歌手と母親、そして妄想と片づけ、忘れてしまう世間に真実を明らかにしたいという切ない願いと恨みが彼女を暗闇の過去に引きずり込むのでした。
 唐十郎の芝居に必ずといっていいほど立ちあらわれるいくつもの妄想は、いりこの鏡のように新たな妄想を際限なく産み続け、いつしか行方不明の真実をよみがえらせるのですが、この芝居では一方は世界をも埋め尽くす暗い記憶と妄想の墓場、もう一方はまだ見ぬ夢のバラの花咲く街角と、そのふり幅が最も広がっていて修復不可能なように思います。
 それがゆえに、カナとおちょこと檜垣の顛末はとても悲しいものでした。
 それは今、ウクライナで起こっている理不尽な悲劇と奇妙に重なっているようにわたしは感じました。この修復不可能でいびつになった世界は彼女の妄想というもうひとつの真実を保健所という国家の檻に閉じ込めてしまうのですが、わたしもまた事の真実や正義とは遠く離れた牢屋の中で、作為的にも思えるテレビやSNSの映像を見ているのでした。
この過酷で心えぐられる暴力のるつぼのような袋小路で、おちょこの純情な心だけが傷つきながらも死んでしまった檜垣を抱えて空に飛び立つ姿は、壊れてしまった世界でそれでもなお誰も傷つかず誰も命を脅かされることのないかがやく明日を願うわたしたちの切ない希望なのかも知れません。

 もしなんだったら檜垣さん、あんたもカナさんの町へ行かねえか?な、僕はとうからそのつもりでいたんだよ。もしかしたら、あの人より先に、バラの花咲く街角に着いちゃうかもしんねえな。さあ、ゆこうよ、檜垣さん。

 唐十郎の芝居ではその時その時のはやり歌と、唐が作詞し、古くは小室等が作曲したテーマソングが物語を支えているのですが、今回の芝居では森進一の「冬の旅」とフィル・オクスの「No more song」の出だしの「ハロー、ハロー」が効果的に使われています。
 とくに「No more song」はこの芝居の匂いを醸しだすだけでなく、取り返しのつかないまま世界の果てまで落ちていく悲劇の水先案内人の役目を果たしていました。「さようなら、このハローが別れの言葉だなんて……」、檜垣の最後のセリフを聴きながら、思えば芝居の最初から流れていた「ハロー、ハロー」がカナとおちょこと檜垣の哀しい運命を暗示しているようでした。
 フィル・オクスはボブディランと肩を並べるプロテストソングを歌うシンガー・ソングライターでしたが、この芝居の初演の年、1976年に自殺しました。この年の一年前にベトナム戦争は終結し、それまでの10年のすさまじい熱風が通り過ぎた後の一瞬の静けさの中で、世界も日本もわたしたちも大きな転換期を前に、次の時代へのそびえたつ大きな扉の前でたちつくしていました。日本では経済の高度成長から安定経済へと移り変わる時にロッキード事件が発覚し、政治に対する不信感が現在までつづくことになりました。
 物哀しいこの歌は時を越えて今、殺戮と破壊が繰り広げられているウクライナの大地へと流れて行く一方で、わたしたちの足元に迫る軍靴の響きと共鳴するかのようでした。
 唐組公演は昨年から大阪から神戸にうつりましたが、演出を担当する久保井研によると、昨年から大阪市が公園使用を許可しなくなったようです。大阪市も大阪府も公園の民間活用を進め、おしゃれなカフエなどがつくられるなど、公園の私有化を進めていますが、大阪に住む者として、テント芝居を許可しない行政を恥ずかしく思います。

フィル・オクス「No more song」

森進一「冬の旅」
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2021.11.21 Sun 表現は時代を越える 劇団「デコジルシー」の新たな冒険

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わたしは毎年、春の唐組公演と同じぐらい楽しみにしている芝居があります。
 障害者の放課後等デイサービスの利用者と卒業生、それに職員や関係者による劇団「でこじるしー」の芝居です。毎年秋に新作を上演し、今年は第11回公演「ディスッテールハウス」でした。昨年はコロナ禍でオンライン上演をしましたが、今年はコロナ対策を万全にして、いつもの会場・箕面市立メイプルホール小ホールで上演されました。
 実はわたしはチケットを申し込んでいたのですが、体調がすぐれなくて観に行くことができず、とても残念に思っていたのですが、たまたま劇団スタッフの一人から劇団内部の記録上映会をするのに誘っていただき、つい先日観に行きました。
 「でこじるしー」の芝居は世の中の小さな悪意と大きな悪意、あの世とこの世、あちらとこちらが行き来する妄想と純情がバトルするドタバタ活劇で、障害を持つ中学生までの子ども役者を中心に縦横無尽に跳ね回り、しゃぺまくる痛快さに一度出くわしてしまうとハマってしまい、わたしにとって唐組の芝居と同じぐらい、かけがえのない芝居です。
 古くは「ウェストサイドストーリー」か、あるいは最近のスマホゲームのように、悪者と良者が対決するアクションが定番なんですが、実は悪者とされる一派も善良だったりして、似たり寄ったりなのが面白いところです。それはおそらく、「感動ポルノ」とは無縁の「人をとことん信じる」障害者の過激な「やさしさ」や「純な心」が、実はひとの心や社会までもぐらっと動かすことがあることを、役者たちが知っているからだと私は思います。
 障害者の芝居といえば文化祭の発表会などで、その日のために一生懸命がんばりましたと施設の職員や家族、ボランティアなど観客がどこか上から目線で見てしまう芝居とはまったくちがい、劇団「でこじるしー」の芝居は劇団「態變」と並んで言うのはおこがましいですが、劇団「態變」が身体表現からそこに立ち会う人を遠く時代と地球の果てまで連れ去っていくように、まさしく昔寺山修司が演劇の可能性について、政治的な革命は人間のごく一部で、演劇は政治が届かない時代をゆさぶり動かすもう一つの革命だといったことをそのまま実現している稀有の芝居のひとつだと思います。
チラシによると、

ここは様々な人が集まるシェアハウス「ディスッテールハウス」そこには、超高級な卵を産む不思議な人が住んでいた。そこに暮らすひかるは、ある日、好奇心から超高級卵を暖めてみたが、卵から謎の怪人ガニガニが現れて…ガニガニは言う「卵を産むには愛が必要なのよ!」果たして謎の怪人ガニガニの目的は…!真実を追い求めるジャーナリスト、卵の国の王、最強の姉妹、様々な人間を巻き込んだエッグウォーズが今始まる…!

とあるのですが、正直物語はさっぱりわかりませんでした。
それは、じつは唐十郎の芝居でも同じで、以前は毎年状況劇場から唐組へと変わっても、唐十郎の新作芝居はとてもせりふが早口で何本かの複線の芝居が同時進行で絡み合い、なにかとてつもない大きな物語が、まだ受け入れる準備ができていない私の心にいつまでも残ってしまう芝居でしたが、最近は唐組の再演によって、すでに発表されている戯曲を後から読むことができて、芝居の深い構造を知ることができます。
 ともあれ、それでも今回の「でこじるしー」の芝居では、コロナ禍において芝居自体も役者も大きな進化というか、大化けしてしまったことを感じました。
 芝居の方は当初の「ウェストサイドストーリー」やスマホゲームのように、2つのグループのバトルから、すでに最近の芝居で第3の幻影が彼女彼らに乗り移り、物語を支配していくという3極構造が少しずつ現れていました。
 今回はコロナという世界を震撼させる未曽有の体験のただ中で、狂言まわしのガニガニが「卵を産むには愛が必要なのよ!」と言い放った言葉で、もう一段の孤独の広野に芝居も役者も踏み込む覚悟のようなものを感じました。
 くっきりと現れた最大の幻想は芝居の奥からやってくるのですが、実は会場の小さな空間とそれを取り巻く現実の理不尽さと残酷さと非情さと裏切り…、すなわちわたしたちが今生きる同時代の大きな悪意そのものであることに気づきます。
 その時、障害を持つと言われるこの劇団の役者たちが自分の個を主張しながら助け合う集団を夢見るゆえに、自分が役を演じているだけなのか、それとも自分が役をつくっているのか区別がつかない領域へと自分を高めているプロセスが、これこそドラマツルギーの真骨頂と思わせるのです。
 今回はビデオ上映で、なおかつ出演した役者たちの集まりでしたので、思いがけず役者たちの素顔を知ることができたのですが、演じた側の記録上映会でしたので、それぞれの役者が自分の演技はもとより、他の役者の演技についても、間があいたことやせりふが飛んだことなどを口々に話してくれるものですから、いつも以上に物語はわかりませんでした。
 しかしながら、反対に役者たちが物語をつむぐプロデーサーとしても大きく化けていることを側で感じて、まるでこの劇団のもうひとつの「ディスッテールハウス」の生まれる現場に立ち会ったように感じます。
 いやぁ、何事につけて、表現は現実よりもはるか先の来たるべき現実からやってきて、現実よりもはるかに早くその姿を見せてくれるのですね。

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2021.06.21 Mon 微笑みのファシズムからの救済とシェルター・唐組の紅テント

 わたしが唐十郎を知ったのは1960年代にすでに世間で名前を知られるようになった少し後でのことで、おそらく「美術手帳」か「現代詩手帳」で状況劇場の記事を見たからだと思います。それから後、大島渚の「新宿泥棒日記」の劇中劇で見た「由比正雪」が衝撃的でした。
 そして1974年、状況劇場が大阪の天王寺野外音楽堂で「唐版 風の又三郎」を上演し、わたしははじめて紅テントの中に入ったのでした。麿赤児や四谷シモンはすでに退団し、李礼仙、大久保鷹、不破万作とともに、根津甚八と小林薫が人気を集めていました。たしか大阪に来たのは初めで、天王寺野外音楽堂は今はなく、それからずっと後に天王寺公園から猥雑でわくわくしたすべてが排除されてしまいました。
 最近は地方自治体の公園内にもカフェがつくられることが多くなり、たしかに地域コミュニティーの活性化のための行政サービスとして住民に喜ばれるところもあるのでしょう。
 しかしながら一方で、ミニアミューズメント施設やカフェなど、どこの町に行っても同じような公園になってしまう危険もまたあるとわたしは思います。ニュースやドラマまでもバラエティー化されてしまったテレビ番組をはじめ、すべてが均一で当たり障りのない「微笑みのファシズム」がじわりじわりと小さな叫びやつぶやきをかき消してしまう、そんな鬱屈した空気に包まれる今、公園もまた見通しの悪さや薄暗さ、夜には少し怖い場所になってしまうことのない、「安心・安全でおしゃれな空間」を要求されているのでしょう。
天王寺公園がクールなアミューズメントパークに変わるまでは、昼間から屋台の飲み屋さんでステージ衣装なるものを身にまとい、演歌を歌っていたおじさん、おばさんたちがいました。決してそれがいいとは思えませんでしたが、今ふりかえるととても懐かしく思うのです。
 もちろん、1974年当時の天王寺公園はまさに大阪を象徴するような猥雑さに満ち溢れていました。とくに野外音楽堂の付近はうっそうとしていて、夜になるとマッチがついている間だけスカートの中を見せる「マッチ売りの少女」が出没していて、その日も「兄ちゃんどうや?」と誘われたことを思い出します。
 当時は特に根津甚八ファンの若い女性が殺到していて、テントの横壁の近くで前かがみにならなければならない立ち見の状態でした。根津甚八がテントのうしろから花道に登場すると「甚八さん!」と黄色い声がキャーキャー飛び交い、わたしも苦笑しながらその熱気にあおられ、現実からあっという間に異世界に連れ去られた感じでした。
 わたしは子どものときに、たった一度ですが旧国鉄で二駅はなれた吹田駅そばの商店街の「角座」(大阪の有名な角座のパクリ)で、「瞼の母」だったか「国定忠治」だったか、大衆演劇を見に行ったことがありました。シングルマザーで朝早くから深夜まで大衆食堂を切り盛りしながらわたしと兄を育ててくれた母が、わたしたちのために用意してくれた楽しい一夜でした。
 日本中がそうであったように、子ども心に極貧で母と兄とわたしが身を寄り添って一日一日を食いつないでいたあの頃、何にも楽しいことがなく夢を見ることもなかったわたしにとって、その夜のことは忘れられません。黒い土と、電柱に付録のようにぶらさがり、カランコロンと頼りない明日を照らすだけの街灯…。どもりで学校にもまともにいかず、「いいことなんて何一つやって来ない」と暗い顔をしていたわたしにとって、芝居の中身はまだよくわからないものの舞台の光景は今まで見たこともない世界でした。
 きらきらまばゆい舞台はまわりの暗さ(それは時代そのものの暗さだったのかも知れないけれど)ににじんでいて、決してくっきりした空間を作ってはいません。それなのにどこかそのぼんやりとした光の向こうで、私をどこかに連れて行ってくれる希望が待っている気がしました。わたしは芝居が終わってもその場を立とうとせず、母から「いっぺん見たらもういいやろ」とむりやり引っ張られて芝居小屋を出ました。
 初めて唐十郎の芝居を観た時、いくつもの物語が錯綜しては引きはがされ、またひとつにつながっていく縦横無尽の展開と饒舌を越えた早口セリフの挑発的な熱量と圧倒的な難解さに取り残されるばかりでしたが、わたしはテントの中を別世界にかえてしまう灯りに、子どものときに見た芝居を思い出し、とても懐かしく思いました。
 その時以来、状況劇場から唐組になってずいぶん時が経ちましたが、毎年やってくる唐組の芝居をほとんど観てきました。紅テントの中にいると、わたしの心と体からもうひとりの自分が現れ、そのもうひとりの自分が芝居の中に溶け込んでいくような不思議な感覚になります。そうなってしまうとたとえ筋書きも芝居の背景も知らなくても、すでに観客ではなくなってしまったわたしは、不条理でも不可解でも理不尽でも、うろうろぼろぼろしながらも暗闇のかなたへとつき進むしかなくなるのです。
 そして、大団円を迎えると密室空間がぽっかりと開かれ、登場人物が現実の街の夜へと消えていこうとする時、わたしはテント小屋の中にもう一人の自分を置き忘れたまま、現実の街へと帰っていくのでした。そして、ひるがえる紅テントが去った後の物語の「その後」は巷の夜に放り出されたわたしの心のひだにべっとりとへばりついたままで、その物語の中で違う人生を生きるもう一人の自分と再会するために、わたしはまた紅テントの中へと迷い込むのでした。
 唐組は風のごとくその痕跡を消しながら街のいたるところに赤テントという異空のシェルターをつくってきました。目の前で繰り広げられる物語の展開の裏側に日本の近・現代史の暗闇が広がり、芝居の中で語られる事件や戦争や災禍がその暗闇の歴史のるつぼで再構成され、テント小屋の密室空間にせり上がってきます。
 ひるがえるマントにロマンティズムを忍ばせて唐十郎がのぞかせてくれるものは、新聞の三面記事に仕組まれた悪意に満ちた世界に抗う少年少女の純愛で、その純愛は国家もわたしたちも忘れてしまいたい日本の歴史の暗闇に見捨てられた理不尽な出来事をよみがえらせるのです。途方もない虚構から反歴史と呼べるもうひとつの歴史を呼び覚ますために…。わたしは唐十郎の芝居で、学校の教科書では学べなかった歴史を学んだのでした。

 今回の芝居は、いつも以上にせつなくかなしく寂しく感じました。それはコロナの影響で客席数をうんと減らさなければならなかったせいなのか、それとも演出を引き継ぎけん引する久保井研の変化なのかははっきりわかりませんが、わたしは久保井研の演出のギアが一段上がったような気がします。唐十郎の演劇空間を引き継ぎながらも、決して上塗りではなく、唐十郎へのオマージュを独自の演出であえて熱量を抑えて舞台化したように感じました。かつて、唐十郎が舞台に出られなくなった時にも感じたある種の覚悟を感じた芝居でした。そして、個人的には稲荷卓夫が戻ってきてくれたことがとてもうれしいことでした。

唐十郎「ジョン・シルバー」
作詞・唐十郎 作曲・小室等
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2021.06.16 Wed 36年前の警告が、コロナ禍のわたしたちのこれからを照らす。唐組「ビニールの城」

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助けて。ビニールの中で苦しいあたしを。あたしはいつもそうです。
あなたとお会いしてからも、二人の間にはビニールがあって、なにか言えない、思いのたけをあなたに告げられないと、いつも気が急いておりました。
ー朝ちゃん、ビニールを張った以上、ここはビニールの城ですー
「ビニールの城」パンフレット

 6月13日の日曜日、神戸新開地の湊川公園で唐組公演「ビニールの城」を見に行きました。緊急事態宣言下の元でのテント芝居なのでいつものように密閉にせず人数制限とマスク着用・手の消毒、そして検温して入場するなど万全の対策をされての公演でした。
 わたしは唐組の芝居を毎年観てきましたが、コロナの影響で昨年は大阪公演が中止となりました。今年も関西公演が中止にならないか不安でしたが、2年ぶりに神戸に場所を移して何とか上演されることになりました。
 入場整理券が発行される2時に合わせて会場に行き受付を済ませ、5時半の開場まで商店街の喫茶店で時間を過ごしました。友人たちと会うのも久しぶりで、よもやま話ですぐに時間が過ぎ、5時半にテント小屋に入り、開演を待つばかりになりました。
 舞台上はたくさんの人形で埋め尽くされています。そこは捨てられた人形たちの倉庫で、次の相棒になってくれる腹話術師がやってくるのを絶望的に待ち、身を潜めているのでした。後方から舞台へとひとりの男・腹話術師の朝顔が花道の途中で立ち止まり、客席を見渡すと、観客であるわたしたち自身が捨てられた人形のような感覚になりました。
 「ビニールの城」の開演です。

 腹話術師の朝顔は、8ヶ月前に別れた相棒の人形・夕顔を探し続けている。バーで酒を飲んでいると、かつて朝顔と夕顔が暮らすアパートの隣に住んでいたと話す女、モモと出会う。
 モモは新聞を被って登場し、トンチンカンな言葉を発し、背中には「3日でこさえた」赤子をネンネコに背負っている。モモを愛する夫の夕一は、ままごとのような夫婦を懸命に演じているが、モモへの愛は報われず、人形の夕顔と自分を混同させている。
実はモモは朝顔が住んでいたアパートの一室に捨て置かれていたビニ本(ヌード雑誌、エロ本)のヌードモデルだった。隣の部屋をのぞき見し、朝顔が《ビニ本》を破りもせず、ただビニールに包まれたその《ビニ本》の女を抱きしめ、「愛してる」と言ったことを知っていた。モモもまた、そんな朝顔に恋していたのだった。
 モモは「あなたが、封を切らずに持っていた、ビニ本の女です!」と朝顔を求めるが、人形の夕顔に友達以上の感情を持つ朝顔はビニ本の女には劣情しても生身のモモには身も心も開かない。モモの夫・夕一もまた、片思い同士の朝顔とモモ、朝顔と夕顔のねじれた愛の荒野を共に彷徨い、嫉妬にさいなまれながらモモをひたすら愛している。
 この奇妙な三角関係はそれぞれが行き違いもつれあい、出会っているのに出会えない、ビニールの0.1ミリよりも薄い膜が壁となり、見えているのに近づけない、触れない、決して交わらない純愛のエロティシズムに引き裂かれているのでした。

 唐十郎の芝居はどれだけあらすじや結末を言っても何の意味もないのですが、その時その時の三面記事から壮大な想像力でいくつもの物語が立ち現われ、観客であるわたしたちは加速し爆走する物語に巻き込まれ、フィクションの行く手に政治、経済、世情など現実の過酷さや悪意に心穏やかにはおられません。過剰で行き当たりばったりと思える長セリフ・言葉の叛乱は今でいうラップのように鋭く時代の闇を浮かび上がらせてくれます。
 この芝居は1985年に第七病棟のために唐十郎が書き下ろしたもので、石橋蓮司と緑魔子の熱演とともに、アンダーグラウンド演劇の最高傑作と言われています。
 1985年は高度経済成長のさ中、現物経済から金融経済へと資本の行く先が変化し、金利引き下げから株高、地価上昇と、日本経済の転換点となったバブル前年にあたります。
 金の詐欺商法で社会問題になった豊田商事事件、そして豊田商事会長刺殺事件の年でもあります。独居老人をターゲットに家に入り込み、線香をあげたり身辺の世話をしたり「息子だと思ってくれ」と言って人情に訴えるなど相手につけ込む手口は、今の振り込め詐欺へと続いています。また、校内暴力やいじめなどが社会問題化したのもこの年からで、陰湿化したいじめから不登校が増え、今では小中学生の自殺や年代を越えた引きこもりが問題になっています。
 芝居のモチーフとなった「ビニ本」は古本屋の平棚に積まれていて、ビニールにつつまれてくっきり見えないヌード写真の表紙が生々しく肉感的で、それでいてとても寂しく感じたものです。思えば電電公社が民営化されてNTTになり、通信の自由化がはじまり、その後のインターネットの普及やスマホからSNSとデジタル社会が始まったこの年、社会の急速な動きについていけないアナロググッズの典型のようでした。
 唐十郎は、「ビニ本」に抵抗や反乱、社会が期待する人間にはなれない、いや絶対にならないと覚悟するわたしたちのサイレントマジョリティを人形に託し、腹話術師がしゃべるのではない、人形が腹話術師の口を借りてしゃべる倒錯した世界を垣間見せてくれたのだと思います。
 水に沈められた人形を救出しようと、朝顔が巨大な水槽に潜ろうとする前に水槽の上から朝顔が演説ともいえる長いセリフで「諸君、豊田商事の詐欺師にお茶を出して歓迎する老人たちに、いじめに追い詰められ孤独な夜にひとり鉛筆を削っている少女に対して、それでもあなた方は何もしゃべらないのか」と物言わぬ人形たちを扇動する時、その「諸君」の中にわたしたち観客もいたのでした。人形たちはいっせいに動きながら歌を歌い、声にならない声を上げ、私たち観客と言えばコロナ禍の観劇でいつもなら「イナリ」というところを何も言えなかったものの、感動の涙が出ました。
 そしてラスト近く、ビニールの衝立をはさんでモモが朝顔に切ない心を言葉にし、私を助けて、ビニールを破ってこちらに来てと必死に訴えるのですが、朝顔はなまなましいものを避けようとします。思い余ったモモは、あなたが破れないのならとビニールに空気銃を打つのでした。「バン!」と轟くその銃撃音は二人が結ばれるのではなく、永遠にひとつになれないと別れを決断する朝顔への最後の愛の言葉だったのかもしれません。
 わたしはよく「純情な芝居観に行けへんか」と唐組の芝居を誘ったものですが、実際、彼の芝居は異性同志、同性同士、時には兄と妹との傷つきやすい純情な恋と、「時代」や「黒歴史」を演じる何人もの狂言回しとの間のバトルが繰り広がれ、時には愛が勝ち、時には引き裂かれたまま忽然と芝居空間そのものが消えてしまう通称「屋台崩し」によって、テントの外の夜の町にわたしたち観客を放り投げて終わります。そのたびにわたしは、テントの中にいた私を見失うのでした。
 少し長くなってしまいましたが、次の記事も今回の公演も含めた唐組のことを書こうと思います。もう少しお付き合いください。

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2019.12.29 Sun フィクションでもドキュメンタリーでもなく、「もうひとつの現実」を生み出すミュージカル 劇団「天然木」

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 ずいぶん前になりますが、12月1日、豊能町希望ヶ丘集会場で、くまもとの家族劇団「天然木」がやってきました。
 「天然木」は熊本県の山都町を拠点に熊本県内はもとより全国各地を回り、「出前ミュージカル」を上演するユニークな家族劇団です。脚本づくりから舞台美術、音響、照明までのすべてを家族プラスαで自作自演するだけでなく、日々の暮らしとミュージカルがつながっていて、毎年の新作も暮らしの中で家族一人一人が感じていることを話し合って芝居がつくられるようなのです。
 芝居のテーマのレンジは広く、平和のこと、憲法のこと、地球で共に生きるいのちのこと、環境のことから、山の暮らし、海の暮らし、里のくらしなど、すべてが日々の暮らしとつながってあることをミュージカルで表現します。そのため「天然木」のミュージカルは特別なシチュエーションや派手な舞台の上で演じられるのではなく、観客であるわたしたちの暮らしの場から立ち上がるので、わたしたちは「ただ見ているだけ」では許してもらえないのです。
 期待されるフィクションでも現実をえぐり出すドキュメンタリーでもなく、ミュージカルそのものが「もうひとつの現実」を生み出し、私たち観客はその現実を前に役者と一緒に笑い、泣き、怒り、悲しみ、歌いながらその現実を生きることになります。
 わたしたちは、たとえば憲法のことや政治的な問題をテレビで見たり新聞を読んだり講演を聞いたりして情報を得ますが、時としてわたしたちの暮らしに深くかかわる大切な情報であっても専門的であったり他人事としてとらえたりしてしまいがちです。情報の洪水の真ん中で自分の気に入った情報だけを取り入れてわかったような気持ちになり、不都合な情報はなかったことにしてしまうことがよくありますが、「天然木」のミュージカルのように生活の中から立ち上がる「もうひとつの現実」としてのフィクションの力は、かたくなな心をやわらげてくれます。
  昨年はしずくさんと凛さんのふたり芝居でしたが、今年は本来の形である家族と大ちゃん、客演の役者全員によるミュージカルで、場所柄もあって舞台装置もなく平場で演じられたものの、見事な劇的空間が生まれました。
 出し物は「わけありなゴミ」で、登場人物は分別されたそれぞれのゴミが分別の過程でそれぞれの物語を生きていきます。それらひとつひとつの悲喜こもごもの物語はわたしたちが生きる現代社会の矛盾をえぐり出すように同時進行で進んでいくのでした。
 そして、分別されたそれぞれのゴミがさよならを告げる時、原発の廃棄物など処理できないゴミたちは悲痛な叫びをあげながら自分の宿命を呪い、地球環境の危機をわたしたちに訴えるのでした。

 さて、短いミュージカルが終わると、「悪い予感」が的中し、見るだけだと思っていたワークショップを観客全員で試みることになりました。
 あれよあれよという間にグループ分けされてしまい、逃げ場がなくなったわたしはほんとうに何十年ぶりでつたない身体表現をする羽目になりました。
 4つのグループごとに用意された紙の空き箱を使って物語をつくり、表現するという課題でしたが、わたし自身は赤面物でしたが、それでもどのグループもユニークな物語を演じました。
 空の箱というと、村上春樹の短編集「神の子はみな踊る」の最初の物語「UFOが釧路に降りる」を思い出します。この短編集は1995年の阪神淡路大震災に直接遭遇していない人々の人生が、未曽有の震災をきっかけに大きく変わってしまう物語を寓意的につづった傑作集です。
 実際、この年の震災とオウム真理教事件はわたしたちの社会そのものを大きく変えてしまいましたが、「UFOが釧路に降りる」では、妻が朝から晩までテレビの震災ニュースを見続けた後突然実家に帰り、そのまま一方的に離婚されてしまった男が休暇を取り、同僚から「妹にとどけてほしい」と小さな箱を渡され、同僚の妹が住む北海道へ小旅行する物語です。
 村上春樹の短編はエッジのきいた偶然が重なりつながりあい、すでに宿命として用意されていたかのように謎めいた物語(寓話)の中に吸い込まれていくところが特徴で、わたしは好きなんですが、この物語では主人公の男は頼まれた箱の中身は空っぽだと同僚の妹の友人から知らされます。そのことは、理不尽な出来事によって社会も個人もとりかえしのつかない大きな喪失感に見舞われ、社会の再建・再生が修復不可能であることを空っぽの箱が教えてくれるのでした。
 今回、「天然木」が課題とした空の箱から4つのチームがつくった物語はそれぞれアプローチがちがいながら、くしくも「喪失」がテーマになりました。
 1995年以降、個々の人間にとっても日本社会にとっても大きな喪失感に覆われた時代が過ぎていったことをあらためて感じさせてくれたワークショップでした。
 他の社会から見れば飽食で、世界の限られた資源や利益を暴力的に消費する社会で暮らし、一部の者たちが作り上げたがんじがらめの政治・経済システムの牢獄の中で息を凝らし、2万人を越えるひとびとが耐えきれなくなって死んでいく社会を変えることは簡単なことではないでしょう。
 しかしながら、だからこそ「天然木」がミュージカルによってわたしたちの心を解放してくれるように、わたしたち自身もまた社会を解放する「大きな物語」を必要としているのではないでしょうか。
 ほんとうに、いろいろなことを想う貴重な時間をすごしました。
 そして、隣町の豊能町の人たちと知り合い、仲間になるきっかけをつくってくれたことに感謝します。

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ワークショップ風景

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最後は日本国憲法前文に素敵なメロデイーがついた歌をみんなで歌いました。
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