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争う経済から夢見る経済へ。誰もが助け合って暮らせるゆたかな社会をめざすソーシャルビジネスを紹介しながら、演歌からポップスまで、好きな音楽への雑感や生活をつづる日記。

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2020.01.16 Thu 一枚の絵が、秘密の扉を開ける……。村上春樹の小説「騎士団長殺し」は今を生きるわたしたちの救済の書

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 村上春樹の小説「騎士団長殺し」を読みました。2017年2月に発行されたこの小説は彼の14作目の小説で、話題になった「1Q84」から7年ぶりの長編小説です。
 わたしは村上春樹が好きで、ずいぶん昔に娘に「ノルウェイの森」を勧められて以来、ほぼすべてハードカバーを買って読んできましたが、「騎士団長殺し」はハードカバーを買わないまま時が過ぎ、文庫本が発行されてからもしばらく手に取ることができませんでした。昨年の暮れ、ようやく文庫本の4分冊を買い、わたしとしては目晴らしく一気に読み終えることができました。
 村上春樹といえば大ファンとアンチ派と見事に分かれ、わたしの友人の間でもどちらかと言えば嫌いという人が多いのですが、わたしは俗に言われる「ハルキスト」というほどではありませんが、大げさに言えばこの人の小説が国内外の数多くの老若男女に読まれている間は、まだ世界は大丈夫かもしれないと思っているのです。

 主人公の「私」は36歳の画家で肖像画を描いて生計をたてていたが、「私」はある日、妻・ユズに理不尽に離縁を申し渡される。いたたまれなくなり家を出た「私」は車で北海道と東北を放浪したあと、小田原の山中にある孤高の日本画家・雨田具彦の家に仮住まいする。雨田具彦は美大時代からの友人・雨田政彦の父で、その縁から借りられることになったのだ。雨田具彦は認知症が進み療養所に入っており、彼のアトリエは空き家になっていた。
 「私」は、アトリエの屋根裏に隠されていた雨田具彦の未発表の大作を発見する。「騎士団長殺し」と題されたその絵は飛鳥時代の恰好をした男女が描かれ、若い男が古代の剣を年老いた男(騎士団長)の胸に突き立てており、胸から血が勢いよく噴き出し、白い装束を赤く染めている。その様子を若い女性と小柄でずんぐりした召使いの若い男が傍観している。さらに画面の左下に地面についた蓋を押し開け首をのぞかせ、顔中が黒い鬚だらけで髪がもつれた男(顔なが)が、構図を崩すようなかたちで描き込まれている。
  「私」は年老いた男がモーツアルトの「ドン・ジョバンニ」における「騎士団長(コメンダートレ)」、刺殺する若い男が「ドン・ジョバンニ(ドン・ファン)」、若い女は騎士団長の娘「ドンナ・アンナ」、召使いはドン・ジョバンニに仕える「レポレロ」に相当すると推察した。
 「騎士団長殺し」の封印を解いたのと前後して、「私」は深夜に不思議な鈴の音を聞く。音の出所はアトリエ裏の雑木林の小さな祠と石積みの塚で、塚を掘ると地中から石組みの石室が現れ、中には仏具と思われる鈴が納められていた。
日本画と石室・鈴を解放したことで、「私」はさまざまな事象が連鎖する不思議な出来事へと巻き込まれてゆく…。
 そして、この物語が 東日本大震災の数年前という時代設定であることを、わたしたちはこの物語の最後に知ります。
 
 石塚の穴、鈴、妻との突然の別れ、自分探しの旅で出あう女性、車、音楽など村上ワールド全開で、登場する人間も物も奇想天外な物語も嫌いな人にはマンネリと感じられるのでしょうが、熱烈なファンにとってはその既視感から今度はどんな物語が展開され、どこに連れて行ってくれるのかとわくわくするのでした。
 久しぶりに村上春樹を読んで改めて感じるのは、読んでいる間も読み終えた今も、小説で展開される物語がどんなに荒唐無稽に思えても揺らぐことのないリアリティーがあり、今わたしたちが生きている時代と、その中で生きるひとりひとりの人生を数少ない登場人物たちがもう一度生きなおすというか、あの時あの場所で、あたかも横尾忠則がよく描くモチーフ・Y字路で、わたしが選ばなかった道を歩いてきたわたしがその物語の中でもう一度生きなおすようなのです。
 ここでいう現実とは目に見える事実ではなく、たくさんのもうひとりの自分がたくさんのもうひとりの他者と出会い、時には愛し合い、また時には自分が生まれるずっと前の戦争があり虐殺があり、いのちを交換する異界であったりして、わたしたちが望んでも望まなくてもそれらの一切合切の総体としての現実があり、読み終えた後もその物語がわたしの心にへばりついたままなのです。
 村上春樹は当初は時代や社会とコミットしないといいましたが、そのころの刺激的な作品でさえ、極私的個人的な生き方が時代の暗闇と深くつながり、切り離せないことを暗示していました。
 そして、世界の表現者が多かれ少なかれそうであったように、彼もまた1995年の阪神淡路大震災とオーム真理教事件を経て、どんなに拒んでも時代や社会と切り離されて生きることができないことと、あらゆる表現がそこから再構築されることを自ら確認し、証明してきました。実際、あの未曾有の被害をもたらした地震の前まで刻んでいた時計に閉じ込められたままの「時」と、破壊しつくされた家々や町やほこりやがれきや無数の屍から立ち上る大きな悲しみと後悔と語られない記憶とともに刻み始めた「時」、わたしたちは2つの時の間を行き来しながら今にたどり着いています。
 そして、阪神淡路大震災とオーム真理教事件以来、日常と非日常、善と悪、「私」と「他者」、真実と嘘、対置するこちら側の世界があちら側の世界を、かつてのヨーロッパの「阿呆船」のように異質なものをすべて船に乗せて追放することが不可能になった今、私たちは村上春樹が扇動するもう一つの現実がわたしたちの日常に溶け込んでくるのを何度も何度も目撃するだけでなく、わたしたち自身がその物語の当事者になっていくのでした。
 
 ほんとうに久しぶりに小説を読み終えて気づいたのですが、わたしは村上春樹以外の小説をまったくといっていいほど読んでいません。というか、小説以外の本といえば阿久悠や松本隆などの歌謡曲関係や、寺山修司や唐十郎や平岡正明の本と、水野和夫、白井聡と何回もチャレンジして読破できないアントニオ・ネグリとマイケルハートなどで、その中で村上春樹の小説は純粋な小説体験ではなく、時代の記憶と予感を物語に仕組んだ、わたしにとっては思想書に近いものなのだとあらためて思いました。
 大衆的でわかりやすい文体と「ひらがなことば」で神話的で壮大な物語を生み出す彼の小説が芥川賞を受賞せず、また毎年騒がれるノーベル文学賞も受賞しないことは、却って彼の小説が世界中の若者たちに圧倒的な支持を受ける理由になっていると思います。それだけ彼の小説が過去のものではなく今を生きる青春の書でありつづけている証拠なのですから。
 わたしと2歳違いの村上春樹がこれから何冊の小説を世に出すのかわかりませんが、少なくとも同時代のわたしにとって残り少ない人生の道しるべになることだけはまちがいないと思います。

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2020.01.09 Thu 武器ではなく鍬を持って平和を実現しよう! 中村哲さんが教えてくれたこと

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 米軍が1月3日、イラン革命防衛隊のスレイマニ司令官を殺害し、イランが報復としてイラク駐留の米軍の軍事拠点にミサイル攻撃し、一触即発の緊迫した状況になっています。イラクの駐留米軍が対象となったことは、イランが警告しているように日本の米軍基地もその対象になりうるわけで、中東への自衛隊派遣などもっての他と思うのはわたしだけではないでしょう。
 世界の権力者たちは自分の身は安全な場所に置き、チェスのゲームのように武力行使のボタンを押し、数多くの人々の命を奪っても何の痛みも感じることはないのでしょうか。

 昨年の12月4日、中村哲さんが銃撃され、亡くなられたニュースに驚きと悲しみに打ちひしがれた方々がたくさんおられると思います。私もそのひとりです。
 1984年、医師としてパキスタンのペシャワールに赴任し、以後アフガニスタンで医療支援活動をしていた中村哲さんは、病気の背景には干ばつによる食料不足と栄養失調があると考え、2003年より用水路の建設を始めます。ガンベリ砂漠を潤す総延長25・5キロに及ぶマルワリード用水路を整備、砂漠は1万6500ヘクタールの緑の大地に生まれ変わり、稲穂、麦が育ち、65万人が帰農しました。
 中村哲さんとぺシャワール会の活動を知ったのは、2001年のアメリカ同時多発テロと、その後のアメリカと有志連合国軍のアフガニスタンへの報復攻撃が始まった頃でした。
 2001年9月11日の夜、豊能障害者労働センターに在職していたわたしは、箕面の酒場にいました。テレビ画面にビルの側面からあふれる煙が見えました。大変な事故が起こったと思いました。しばらくしてそれがテロであることを知りました。アメリカはそれを「戦争」と呼び、「正義の戦争」を掲げて報復攻撃を同盟国に呼びかけました。
 わたしはそれまで、アフガニスタンのことを何一つ知りませんでした。内戦に追い打ちをかける干ばつで農地は荒廃し、危機的な食糧不足と栄養失調で明日の命もあやぶられるアフガニスタンのこどもたちと、箕面の酒場で酒を呑みながらテレビ画面を見ているわたしとの間には、とてもない距離が横たわっていました。

 わたしたちはこの日本で箕面の町で、「しあわせになる」ために活動をつづけてきました。障害者がほんとうに一人の市民として暮らしていくことは難しいけれど、昔にくらべればほんの少し「豊か」になっているのだと思います。わたしたちのほんの少しの「豊かさ」はわたしたちががんばってきたからかも知れない。
 けれども、その一方でわたしたちのほんの少しの「豊かさ」が、アフガニスタンのこどもたちの飢えをつくったのではないと言い切れるのでしょうか。あのこどもたちのかなしみと恨みにあふれたひとみが、わたしたちに向けられていないと言えるのでしょうか…。
 わたしたちはそれまでただひたすら一日一日を暮らしていくことに悪戦苦闘していて、世界各地の紛争で無数の人々が生活の基盤を奪われ、傷つけられ、命までも奪われる過酷な現実を自分のこととして受け止めることができませんでした。
 しかしながらあの夜、音のないテレビから今まで決して見ることのなかったもうひとつの世界があふれ、「助けて!」と叫ぶこどもたちの悲鳴が確かに聞こえたのでした。
 わたしたちは「つながりたい」と思いました。つながれないかなしさと、それでもつながりたいと願うこころを、とどかぬこころをとどけたい…。どの大地の上でもどの空の下にいても、すべてのこどもたちがわくわくするはずの明日を恐れないですむように、わたしたちはささやかな行動を起こしたいと切実に思いました。それはそのまま、箕面の町でだれもが自分らしく生きていくことを夢みるわたしたちの活動そのものだから…。
 わたしたちは、毎年開いてきた大バザーに平和の願いを込めました。北大阪の小さな町でどんなに声高に平和を叫んでも、時の権力者に届かないかも知れない。しかしながら、ひとりひとりの小さな願いが詰まったいとおしい物たちが集う市場・バザーは平和でなければ開けないけれど、さまざまな民族、文化が出会い、行き来することが平和への道の一歩であることもまた確かなことだと、中東の地域の人々が教えてくれたことでした。
 そして、国際貢献の名のもと武器で押さえつける「平和」ではなく、鍬を持ち、荒れた大地を耕し、用水路をつくり、農業を復活させて生活を取り戻そうとする中村哲さんとペシャワール会の活動こそが平和をつくることなのだと知り、貧者の一灯でしかないけれどバザーの売り上げの一部をペシャワール会に送金しました。
 たくさんの大切なことを教えてくださった中村哲さん、「戦争している暇はない」、「われわれは武器ではなく、鍬で平和を実現しよう」…、その活動から生まれた言葉は、世界中の平和を願うすべてのひとへの熱く強烈な遺言として、いつまでもわたしたちの心を勇気づけてくれることでしょう。中村哲さん、ほんとうにありがとうございました。

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2020.01.07 Tue 大みそかをたったひとりで過ごすひとに届けられる歌がある。 島津亜矢&清塚信也「糸」 紅白歌合戦

島津亜矢 2019紅白

 昨年の大みそか、紅白歌合戦に島津亜矢が出演し、中島みゆきの「糸」を歌いました。
 一昨年の紅白で「時代」を歌い、天皇の世紀・平成の終わりを象徴する演出とともに島津亜矢の熱唱が多くの反響をよびました。
 紅白歌合戦は年々バラエティー化と若いひとをターゲットとするパフォーマンスに舵を切る演出に賛否両論が相交じり、結果的には視聴率の低下がつづいています。
 一方で「なぜこの歌手が?」という批判にこたえてというよりは批判に乗じて演歌歌手の出演が激減していることと、また一方では若いひとから圧倒的な人気と支持を受けたJポップを中心とする若い歌手の出場と年々派手になるバラエティーに快く思わない伝統的な「紅白ファン」の不満噴出の合間で方向感覚を見失ってしまった紅白は、時代の写し鏡として大衆音楽そのものの行き詰まりを色濃く反映していると私は思います。
 そして、今回の紅白はその論議に決着をつけたかのように大きくひとつの方向性を指し示し、よくも悪くも一歩踏み出したのではないでしょうか。
 ひとつはかつての紅白を懐かしみ、その原点に返るべきだという声よりも、もう何年も前からJポップが日本の音楽シーンのメインストリームであることと、吉本新喜劇をはじめとする笑いを中心に据えたバラエティー番組であることを素直に認めたことでしょう。
 それは同時に長らく国民的番組として自他ともに認められてきたこの番組が、大みそかの単なる大きな音楽番組として位置付けることでもあります。
 さらに言えば日本の敗戦から立ち上がり、「復興と再生を成し遂げた」日本社会の成長神話の爆走の中でひとびとの心を励まし、なぐさめてきた歌謡曲の終焉と戦後民主主義の大きな転換(あるいは終焉?)を受け入れざるをえないところに追い詰められていることを予感しているともいえるのではないでしょうか。
 その象徴が、AIによる美空ひばりの再現で、戦後原子力ユートピアを経て1960年代の「鉄腕アトム」、1970年の大阪万博の「科学の進歩」が、2020年のオリンピックと2025年の大阪万博に向かって爆発的に進化し、人類の進歩と幸福と豊かさを高々に謳い上げる「科学の妄想」を予感するものでした。
 実際のところ、AIによる美空ひばりは彼女の歌とともに苦しい時代を生き延びた世代にはなつかしさとともに、実は記憶の中の美空ひばりとは程遠い失望をもたらしたのではないでしょうか。今でもまだ、BS放送を中心に美空ひばりの特集番組が組まれていて、あらためて彼女の歌を聴きなおすと、到底AIをはじめとする科学技術で美空ひばりを再現することなどできないことが明らかです。
 今回の試みは美空ひばりという稀有な才能が戦前でもまた近未来でもなく、まさしく戦後という時代の光と闇を歌い、キナ臭い匂いとともにその歌声が何ものにも交換できない戦後民主主義そのものだったことを教えてくれただけでなく、紅白歌合戦そのものが戦後を駆け抜けたサクセスストーリーに彩られた美空ひばりの時代と決別することでもありました。
 今回の紅白における島津亜矢の立ち位置は昨年の「時代」とはちがい、一見目立たない出演となりましたが、クラシック界の貴公子と呼ばれる超人気ピアニスト、清塚信也のピアノとのコラボで中島みゆきの「糸」を熱唱しました。クラシックに疎いわたしですが、以前にTBSの金曜ドラマ「コウノドリ」で、産婦人科医で天才ジャズピアニストでもある主人公がクラブで演奏するシーンの吹き替えをしていたのが清塚信也だと知りました。
 このドラマはさまざまなリスクを背負いながらもいのちの誕生を願い、医師たちが妊婦さんやその家族と生命の奇跡と出会うドラマで、毎回クラブで演奏する挿入曲はどの曲もかけがえのないいのちをすくい上げる愛おしい名曲で、その演奏はピアノの音ひとつひとつが星のようにキラキラ輝きながら舞い降りてくるようでした。
 清塚信也のピアノが無数の塵のようなまだ音にならない音にいのちを吹き込み、メロディーを島津亜矢に託すと、島津亜矢はそのひとつひとつのいのちを歌声に宿し、その濃密で清らかで優しいコラボはたった2分間の演奏でも、また途中で雑音が入るトラブルに見舞われてもゆらぐことはありませんでした。
 わたしは実はそれほど紅白歌合戦が好きではないのですが、長い間ベトナムで仕事をつづけ、11年前に死んでしまった親友のKさんのように海外で年を越す人、また国内で家族と離れ、また家族もなくたったひとりで年を越す人、もしかすると年越しの酒を呑みながら感度のよくないラジオでこの番組を聴いている、そんな人のためにこそ届けなければならない歌があるのではないでしょうか。
 そして、音楽がそれを必要とするひとから生まれ、それを必要とするひとに届けられるものならば、テレビで繰り広げられる華やかなバエティーでは絶対に届かない、ラジオでしか届かない歌もまた、たしかにあると思います。切実に歌を歌い、切実に歌を聴く…、島津亜矢と清塚信也の「糸」はそのひとたちのためにこそ届けられた歌だと信じてやみません。曲の終わりに清塚信也が右手を上げて島津亜矢を讃え、島津亜矢もまた清塚信也に感謝の思いを秘めた姿はいとおしく、涙が出ました。

 島津亜矢以外のパフォーマンスでは、aiko、天童よしみ、山内恵介、Little Gree Monstar、Superfly、菅田将暉、いきものがかりなどがわたしの好みでしたが、なんといってもトップバッターのFoorinの「パプリカ」に驚かされました。昨年ぐらいからわたしの孫など子どもたちに圧倒的な人気があるのは知っていましたが、じっくり聴くととてもいい歌で、阿久悠ではありませんがたしかに時代を歌う歌は今や子どもたちが担っているのだと感心しました。
 この歌といい菅田将暉の「まちがいさがし」といい、米津玄師の時代がやってきたことも今回の紅白が証明して見せました。彼は自閉症だったことを明かしていますが、時代の果てにまで届く音楽が実はマイナスとされたり障害とされたりする感性から生まれることもまたたしかなことなのでしょう。
 もうひとつ気になることとして、東京2020というキャッチフレーズでオリンピックへの過度な誘導がわたしにはあざとらしく思うのです。聖火リレーを福島から始めるとか、原発事故がこれからますます子どもたちの甲状腺がんを引き起こしていること、帰るべき故郷に帰れないひと、理不尽にも被害を受けているひとびとへのいわれない差別、福島の人同士の分断など、「オリンピックどころでない」と怒りと悲しみに打ち震えるひとびとの声が届かないまま、風評被害としてごまかしてしまうこの国と、それをよしとしてしまうわたしたちの心をオリンピックというブルドーザーが押し倒していく…、そんな世相が今回の紅白のオリンピック賛歌を求め、体制翼賛へと大衆芸能を追い込んでいく怖さを感じました。

島津亜矢「糸」(中島みゆき)

清塚信也 - For Tomorrow (TBS系 金曜ドラマ「コウノドリ」(2017)メインテーマ)

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2020.01.04 Sat 中村哲さんの遺言とほほえむファシズム

新しい年が始まりました。
あけましておめでとうございます。
昨年の12月4日、中村哲さんが銃撃され、亡くなられたニュースに驚きと悲しみに打ちひしがれた方々がたくさんおられると思います。私もそのひとりです。
1984年、医師としてパキスタンのペシャワールに赴任し、以後アフガニスタンで医療支援活動を続けていた中村哲さんは、病気の背景には食料不足と栄養失調があると考え、「100の診療所より、1本の用水路を」と、2003年よりアフガン東部で用水路の建設を始めます。ガンベリ砂漠を潤す総延長25・5キロに及ぶマルワリード用水路を整備。砂漠は1万6500ヘクタールの緑の大地に生まれ変わり、稲穂、麦が育ち、65万人が帰農しました。住民のよりどころであるイスラム寺院や学校も建設されました。
「戦争している暇はない」、「われわれは武器ではなく、鍬で平和を実現しよう」…、中村哲さんの活動から生まれた言葉は、世界中の平和を願うすべてのひとへの熱く強烈な遺言として、いつまでもわたしたちの心を励ましてくれることでしょう。
それにしてもバラエティー化してしまったテレビのニュース番組は、中村哲さんの死もM1グランプリも沢尻エリカさんの覚せい剤事件も「桜を見る会」もカジノ贈収賄事件もオリンピックも、日替わりメニューのようなご隠居談義とともに現れては消えていくだけの二時間ドラマの再放送のようです。
そして、知らず知らずのうちに同じように笑い、怒り、悲しみ、嘆き、「テレビの中の現実」、「スマホの中の実話」というフィクションに翻弄されて一年が始まり終わる「笑えない喜劇」が延々と続いていると感じるのはわたしだけでしょうか。
ほほえむファシズムは、すでにファッションとしてわたしたちの日常をコントロールしていて、思わずぞくっと寒気を感じます。
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2019.12.29 Sun フィクションでもドキュメンタリーでもなく、「もうひとつの現実」を生み出すミュージカル 劇団「天然木」

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 ずいぶん前になりますが、12月1日、豊能町希望ヶ丘集会場で、くまもとの家族劇団「天然木」がやってきました。
 「天然木」は熊本県の山都町を拠点に熊本県内はもとより全国各地を回り、「出前ミュージカル」を上演するユニークな家族劇団です。脚本づくりから舞台美術、音響、照明までのすべてを家族プラスαで自作自演するだけでなく、日々の暮らしとミュージカルがつながっていて、毎年の新作も暮らしの中で家族一人一人が感じていることを話し合って芝居がつくられるようなのです。
 芝居のテーマのレンジは広く、平和のこと、憲法のこと、地球で共に生きるいのちのこと、環境のことから、山の暮らし、海の暮らし、里のくらしなど、すべてが日々の暮らしとつながってあることをミュージカルで表現します。そのため「天然木」のミュージカルは特別なシチュエーションや派手な舞台の上で演じられるのではなく、観客であるわたしたちの暮らしの場から立ち上がるので、わたしたちは「ただ見ているだけ」では許してもらえないのです。
 期待されるフィクションでも現実をえぐり出すドキュメンタリーでもなく、ミュージカルそのものが「もうひとつの現実」を生み出し、私たち観客はその現実を前に役者と一緒に笑い、泣き、怒り、悲しみ、歌いながらその現実を生きることになります。
 わたしたちは、たとえば憲法のことや政治的な問題をテレビで見たり新聞を読んだり講演を聞いたりして情報を得ますが、時としてわたしたちの暮らしに深くかかわる大切な情報であっても専門的であったり他人事としてとらえたりしてしまいがちです。情報の洪水の真ん中で自分の気に入った情報だけを取り入れてわかったような気持ちになり、不都合な情報はなかったことにしてしまうことがよくありますが、「天然木」のミュージカルのように生活の中から立ち上がる「もうひとつの現実」としてのフィクションの力は、かたくなな心をやわらげてくれます。
  昨年はしずくさんと凛さんのふたり芝居でしたが、今年は本来の形である家族と大ちゃん、客演の役者全員によるミュージカルで、場所柄もあって舞台装置もなく平場で演じられたものの、見事な劇的空間が生まれました。
 出し物は「わけありなゴミ」で、登場人物は分別されたそれぞれのゴミが分別の過程でそれぞれの物語を生きていきます。それらひとつひとつの悲喜こもごもの物語はわたしたちが生きる現代社会の矛盾をえぐり出すように同時進行で進んでいくのでした。
 そして、分別されたそれぞれのゴミがさよならを告げる時、原発の廃棄物など処理できないゴミたちは悲痛な叫びをあげながら自分の宿命を呪い、地球環境の危機をわたしたちに訴えるのでした。

 さて、短いミュージカルが終わると、「悪い予感」が的中し、見るだけだと思っていたワークショップを観客全員で試みることになりました。
 あれよあれよという間にグループ分けされてしまい、逃げ場がなくなったわたしはほんとうに何十年ぶりでつたない身体表現をする羽目になりました。
 4つのグループごとに用意された紙の空き箱を使って物語をつくり、表現するという課題でしたが、わたし自身は赤面物でしたが、それでもどのグループもユニークな物語を演じました。
 空の箱というと、村上春樹の短編集「神の子はみな踊る」の最初の物語「UFOが釧路に降りる」を思い出します。この短編集は1995年の阪神淡路大震災に直接遭遇していない人々の人生が、未曽有の震災をきっかけに大きく変わってしまう物語を寓意的につづった傑作集です。
 実際、この年の震災とオウム真理教事件はわたしたちの社会そのものを大きく変えてしまいましたが、「UFOが釧路に降りる」では、妻が朝から晩までテレビの震災ニュースを見続けた後突然実家に帰り、そのまま一方的に離婚されてしまった男が休暇を取り、同僚から「妹にとどけてほしい」と小さな箱を渡され、同僚の妹が住む北海道へ小旅行する物語です。
 村上春樹の短編はエッジのきいた偶然が重なりつながりあい、すでに宿命として用意されていたかのように謎めいた物語(寓話)の中に吸い込まれていくところが特徴で、わたしは好きなんですが、この物語では主人公の男は頼まれた箱の中身は空っぽだと同僚の妹の友人から知らされます。そのことは、理不尽な出来事によって社会も個人もとりかえしのつかない大きな喪失感に見舞われ、社会の再建・再生が修復不可能であることを空っぽの箱が教えてくれるのでした。
 今回、「天然木」が課題とした空の箱から4つのチームがつくった物語はそれぞれアプローチがちがいながら、くしくも「喪失」がテーマになりました。
 1995年以降、個々の人間にとっても日本社会にとっても大きな喪失感に覆われた時代が過ぎていったことをあらためて感じさせてくれたワークショップでした。
 他の社会から見れば飽食で、世界の限られた資源や利益を暴力的に消費する社会で暮らし、一部の者たちが作り上げたがんじがらめの政治・経済システムの牢獄の中で息を凝らし、2万人を越えるひとびとが耐えきれなくなって死んでいく社会を変えることは簡単なことではないでしょう。
 しかしながら、だからこそ「天然木」がミュージカルによってわたしたちの心を解放してくれるように、わたしたち自身もまた社会を解放する「大きな物語」を必要としているのではないでしょうか。
 ほんとうに、いろいろなことを想う貴重な時間をすごしました。
 そして、隣町の豊能町の人たちと知り合い、仲間になるきっかけをつくってくれたことに感謝します。

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ワークショップ風景

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最後は日本国憲法前文に素敵なメロデイーがついた歌をみんなで歌いました。
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