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争う経済から夢見る経済へ。誰もが助け合って暮らせるゆたかな社会をめざすソーシャルビジネスを紹介しながら、演歌からポップスまで、好きな音楽への雑感や生活をつづる日記。

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2019.09.12 Thu 島津亜矢に歌わせたい歌を作詞作曲・プロデュースできる音楽的冒険の担い手に今こそ楽曲提供を

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 9月7日のNHK総合「うたコン」はこの番組が始まった2016年からの総集編を放送しました。この番組の前に放送されている「サラメシ」とのコラボで、氷川きよし、井上芳雄、島津亜矢、西城秀樹、ジェジュン、山内恵介、柏木由紀、細川たかしなど、それぞれの「サラメシ」を紹介しながら今までに歌唱した数曲をコンパクトにまとめて放送しました。
 島津亜矢は「YHA YHA YHA」、「明日にかける橋」、「愛燦燦」、「Everything」が取り上げられました。「YHA YHA YHA」は井上芳雄、「愛燦燦」は映像による美空ひばり、「Everything」はBeverlyとのコラボでした。
「うたコン」は前身番組の「歌謡コンサート」と「MUSIC JAPAN」を融合させ、演歌・歌謡曲からJポップまで幅広いジャンルの音楽を放送し、日本の音楽シーンの中心となる番組を目指して始まりました。
 開始当初は今まで一緒に放送されることがなかった演歌・歌謡曲とJポップを同時に放送することに、いままでの「歌謡コンサート」のターゲットだった視聴者を中心に不評を買うことが多くありましたが、最近はようやく定着し、番組の意図通りに「音楽シーンのメインストリームを形成しつつあります。
 Jポップをけん引するテレビ朝日の「ミュージックステーション」の放送時間が9時からとなり、ポップス界も変化しつつある中で、「うたコン」は今後Jポップスのアーティストにとっても貴重な番組になっていくことでしょう。
 以前に書きましたが7月9日の「うたコン」ではマキタスポーツをゲストに呼び、演歌のベテラン歌手や超人気歌手がひな壇に居並ぶ中、マキタスポーツが2015年の紅白に14年ぶりに出場した島津亜矢の「帰らんちゃよか」を聴き、「歌怪獣」と名づけたことや、島津亜矢が歌怪獣なのではなく、島津亜矢によって「歌が怪獣化する」と大絶賛、番組はそのオマージュに合わせて「紅白」を中心に特集を組みました。
 「うたコン」の前身番組だった「歌謡コンサート」では考えられなかったことが次々と実現し、一ファンとしては少し怖いような気もしますが、「うたコン」になってからの島津亜矢はまるで水を得た魚のように伸び伸びとしていて、歌もトークも自信にあふれ、また周りの雰囲気も様変わりとなりました。
 特に今年に入ってからのこの番組における活躍は目覚ましく、「歌怪獣」という称号とともにクイーンまでも歌わせるエッジの利いた冒険を島津亜矢に課す番組スタッフとの超蜜月がうかがわれ、まさに絶好調と言ってもいいのではないでしょうか。
 その流れの中で、今回の総集編での立ち位置が与えられたのだと思います。
 番組は氷川きよしから始まり、井上芳雄につないだあとの3番目に取り上げられました。
 最近のこの番組の特徴は、ジャンルを越えた思いがけない歌を思いがけない組み合わせで挑戦してもらうコラボにあり、番組制作チームにとって島津亜矢はとても刺激的な存在なのでしょう。
 それでも、この番組が始まった2016年の段階ではわたしの記憶ではコラボはほとんどなく、11月に放送された番組で島津亜矢と秦基博が「蘇州夜曲」をコラボしたのがはじめてに近いと思います。この時は実は残念な結果になってしまいました。
 というのも秦基博にとって演歌歌手とのコラボはおそらく初めての経験で、しかも選曲もあまりなじみのないと思われる「蘇州夜曲」だったこともあり、極度に緊張していました。一方、島津亜矢はすでにこの歌を自分の歌にしていて、ほとんどからみのないまま、ぎこちないものになってしまったのです。秦基博はこの時、「どらえもん」の主題歌になった「ひまわりの約束」がヒットしていましたので、この歌を島津亜矢が秦基博に合わせて歌えばよかったのにと、今でも残念に思っています。
 ともあれ、そんなぎくしゃくした構成も3年半の間に想像以上にこなれてきて、今ではソロで歌うよりもコラボの方に出演者はもとより、視聴者も興味と期待を持つようになってきています。番組が始まった当初はそれが悪しきバラエティー化に流れてしまうこともありましたが、総集編で振り返ってみると今ではソロで歌うよりもグレードの高いものになっています。
 島津亜矢の場合、総集編で取り上げられたもの以外に、先ほど挙げたクイーン特集や、布施明、デーモン小暮とコラボした「君は薔薇より美しい」など、素晴らしいパフォーマンスでした。その魅力はベテランの男性ポップス歌手が彼女のキーに合わせるのではなく、彼女が高音のキーで歌をけん引できること、そしてもうずいぶん前に獲得したセクシーでぞくっとする肉厚感が魅力の低音と、この番組やTBSの「UTAGE!」で極々直近に学び、獲得しつつある縦揺れのリズム感と口の中で声をためるポップな歌唱、そしてバンド演奏で要となる安定したベース奏者のごとく音楽をつくりあげる才能にあります。
 番組を通してJポップのアーティストたちとの出会いは何よりも島津亜矢の音楽的冒険心を刺激し、彼女の音楽の可能性を大きく広げる一方で、彼女彼たちとの別番組での共演や、ブレイクアーティストのウォッチャーからの誘いもふえてきました。わたしがお世話になっている島津亜矢の良質の掲示板「亜矢姫倶楽部」の投稿者の方に教えてもらったのですが、つい先日も井上芳雄のラジオ番組にゲスト出演したそうです。
 ちなみに、井上芳雄、石丸幹二、山崎育三郎、新妻聖子などのミュージカル俳優や、May J.、ジェジュンなど、歌唱力のある実力歌手たちがこの番組のコラボを成功させていて、最近の演歌歌手のポップス歌唱も彼女彼らに助けてもらっていると思います。もちろん、先ほども書きましたように、島津亜矢の場合は対等なコラボが望めるので、彼女彼らとしても思いがけない経験になっているのではないでしょうか。
 これからも島津亜矢はこの番組の要求に応えることで、ますますそのスキルをのばしていくことでしょう。
 ここまでくればあと一息、CM出演やドラマの主題歌に採用されてもおかしくないと思います。中島みゆき、松本隆、小椋佳や松尾潔など、島津亜矢に歌わせたい歌を作詞作曲・プロデュースできる音楽的冒険の担い手に今こそ楽曲提供を依頼してほしいと思うのです。

 久しぶりに10月13日の大阪新歌舞伎座のコンサートに行くことになりました。進化した島津亜矢のリアル体験をとても楽しみにしています。

170411 島津亞矢 - Bridge over troubled water (17.04.11.NHK うたコン)

島津亜矢 ★時には母のない子のように
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2019.09.05 Thu 国家よりも友だち、国際よりも民際、検閲よりも手をつなぐ勇気を



 「もしわれわれに、フランスのなかまを殺すことが強制されるならば、われわれは断固としてノーといおう。」
ローザ・ルクセンブルク 第一次世界大戦前年1913年9月 兵士たちに呼び掛けて 

 いま、とても心配なのは修復不可能ともささやかれる日韓関係です。
 昨年秋の元徴用工訴訟で韓国の最高裁判所が原告の請求を認める判決を出し、それに対して日本政府は1965年の日韓平和友好条約の中で有償無償合わせて5億円の協力金(賠償に値するお金)を拠出したことで解決済みとし、今回の韓国の行為は国際的にも認められた国と国との約束を破ったと抗議、その撤回を求めています。
 一方で元従軍慰安婦と平和の少女像(従軍慰安婦像)などの問題もある中、日本政府が韓国に対して輸出管理の優遇国“ホワイト国”から除外し、それを受けて韓国が軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を破棄するところまで突き進み、戦後最悪の関係悪化が一気に進んでしまいました。
 日本政府が元徴用工の個人請求権は日韓請求権協定により「完全かつ最終的に解決しているので認められない」とし、「韓国は、国家間の協定や合意を平気で反故(ほご)にする。正常な国際感覚を完全に失った」と断罪するのに対して、韓国政府はそもそも1910年の韓国併合から1945年までの日本統治時代に対する完全な和解と謝罪がなされていないとしています。
 謝罪を求めつづける韓国と「どこまで謝ったら韓国は気が済むのか」という日本との間で、それでも曲がりなりにも関係を修復しようと努力してきた両国政府の財産がこれほど簡単に崩れてしまうことに、政治的暴力の怖さを感じます。
 昨年の平昌オリンピックを機に北朝鮮との対話を進め、そこから一気に米朝会談が実現するプロセスで文政権は南北統一と、韓国、日本、アメリカという戦後の枠組みを見直し、韓国、北朝鮮、そして中国という枠組みの構築に向けて模索を始めたのでしょう。
 そのプロセスの間に、安倍政権は北朝鮮への圧力をアメリカよりも強調しつづけましたが、米朝会談が頭越しに実現したことで北朝鮮へのコンタクトの機会を逸してしまいました。本来ならそこで韓国との信頼関係に基づいて北朝鮮への働きかけをするべきだったと思いますが、安倍政権は中国・北朝鮮に対する軍事包囲網の前線に韓国を位置づけるアメリカの戦略のもと、朝鮮半島の緊張の上に砂上の楼閣を築いてきた戦後体制を見直すことはないようです。

 わたしは戦後すぐの生まれでいわゆる「民主教育」を学び、大人になりましたが、ほんとうに不思議なぐらい日本の「侵略戦争」の歴史は全く知らずに育ちました。
 朝鮮半島のことに限らず、子どもから大人になるまでに学ばなければならなかった大切なことを、わたしは少しずつ信頼する友人たちの肉声の言葉と尊敬できる人々の書物や映画、演劇、音楽に教えてもらいました。
 その中のひとりは、中学校時代の社会科の先生でした。ある日彼はわたしたち生徒に「リンカーンはえらい人だと思いますか?」と尋ねました。わたしは手をあげて「リンカーンは奴隷を解放したからえらい人です」と言いました。歴史学者の井上清の教え子だったその先生は、「それじゃあ今から教科書の勉強ではなく、みんなでディスカッションしましょう」といい、今でいうディベートを始めるのでした。
 わたしは小学生の時に読んだ偉人伝どおりにリンカーンはえらいと思っていましたが、この時どの程度掘り下げられたのかはわかりませんが、アメリカ南部のプランテーションが黒人奴隷に支えられていたことや、北部の資本主義のもとで工業が発達し、奴隷ではなく労働者をもとめていたこと、さらにはイギリス資本からの脱却をめざす北軍にとって奴隷解放が南北戦争の勝利へと導く戦略であったことなどをずっと後に知りました。
 そして、黒人奴隷によってアメリカ南部からアメリカ大陸全土、さらには海を渡り世界中に広がって行ったブルース、ゴスペル、ソウル、ジャズ、レゲエ、白人によるロックンロールなど、大衆音楽のルーツをたどる壮大な音楽の旅が、暗闇と光と大地と海と空を友とし、虐げられた幾多の人びとの自由と人権を求める壮絶な旅でもあったこともまた、何十年もたってから学び、感じることができました。
 もし朝鮮半島の歴史を同じように学んでいたら、韓国・朝鮮・中国のことだけでなく、戦後の日本社会の在り方についてもっと多くのことを学ぶことができたと思います。
欧米諸国からアジアを守り、安全保障と経済発展に資すると正当化された日本の侵略戦争の端緒となった日韓併合、朝鮮半島の植民地化、慰安婦・徴用工の問題、戦後の戦争処理と朝鮮戦争、朝鮮半島の分断を経て取り残された在日韓国・朝鮮のひとびとへの差別と抑圧…、すべてが政治的暴力とともに育てられたアジア諸国に対するわたしたち日本人のリアルな差別感によってさささえられ、増殖されてきた事実があります。
 敗戦を終戦と言い換えたまま今に至る日本の近代を学校で学ばなかったことはわたしたちの国際感覚を大きく歪めてしまいました。
 大人になってその歪みを気づかせてくれたのは在日韓国・朝鮮人の友達でした。生まれてから一度も外国に行ったことがなかったわたしにとって、在日韓国・朝鮮人のともだちと出会わなかったら、日本社会のゆがんだ鏡に映る自分の姿に気づかなかったと思います。
 高校を卒業する前に同級生とみさき公園に遊びに行った帰り道で、K君が「ぼく、韓国人やねん」と打ち明けてくれた時、「そうなん、せやけどそんなことどうでもいいやん」と気にもかけずに話題をかえたわたしは、彼がどれだけ日本社会で差別に苦しんできたのか、それを告げるためにどれだけの勇気を必要としたのか、またそれほどの勇気を持たなければカミングアウトできない日本社会の闇に想いをはせることができませんでした。
 そのことに気づいたのはそれから20年後、わたしが豊能障害者労働センターと出会い、障害のあるひとや在日韓国・朝鮮人、性的マイノリティなどそれぞれ出自がちがい、差別のありようもちがいながらも助け合い、わかり合い、未来と夢を分かち合う勇気を共に耕す友だちとの出会った時でした。
 いままで「同じであること」に汲々とし、「ちがいがあること」におびえてきたわたしでしたが、同じであるために社会がヒステリックで刹那的で暴力的になってしまうことに疑いを持ち、反対におたがいのちがいに気づくことからわたしも社会も過去や歴史を検証し、未来を共にすることができるのだと学んだのでした。
 わたしが今もっとも恐ろしいと感じるのは、韓国との対話を放棄し、強硬な姿勢を強めるほど安倍政権の支持率が上がる現実です。テレビもネットも韓国へのバッシング一色で、少しでも関係改善と対話を呼びかけるひとを寄ってたかって攻撃する…、それを言論の自由というならば、その言論の自由が「表現の不自由展」を中止させてしまう暴力へと変わってしまう笑えない喜劇の中にわたしたちはいるのでしょう。
 正体のはっきりしない漠然とした「みんな」の言う通りに韓国をバッシングし、「表現の不自由展」をバッシングし、次のいけにえを物色するテレビやネットや週刊誌に煽られるわたしたちは、オールラウンドにバラエティー化した社会が与える毒に心とからだを壊されてしまったブロイラーのようです。
 ほんとうにわたしたちの国はどうなってしまったのかと呆然とします。
 一方で森友学園や加計学園の不正や公文書書き換えなど、今までなら政権が何回倒れても不思議でないような理不尽なことを積み重ねても政権は倒れるどころか、反対に政権基盤がさまざまな不祥事を呑み込んで強くなっていくようです。
 わたしたちは「微笑む独裁」のもと、大衆の心に隠れている「小さな権力」が積み重なり増殖し、まわりまわって大衆を支配する恐怖国家の誕生につながる危険な道を決して歩いてはいけないと強く思います。

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2019.08.25 Sun 島津亜矢の「UTAGE!2019年夏」 新しい出会い、新しい音楽、新しい時代。

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 8月22日、TBSの特別番組「UTAGE!」に島津亜矢が出演しました。
 彼女がはじめて「UTAGE!」に出演したのは2017年の9月で、この日はケミストリーの堂珍嘉邦と「美女と野獣」をコラボした他、「イミテーションゴールド」などを歌い、初出場ながらこの番組の常連の出演者とも自然に溶け込みました。
 実際のところ、彼女の出自でもありホームグラウンドでもある演歌・歌謡曲の世界だけでなくポップスの世界でも、他の歌手の歌をじっくりと聴く機会がほとんどないのが実情でしょう。ましてや彼女が今のように音楽番組でポップスを歌う機会がほとんどない頃でしたので、よほどのウォッチャーでない限り、彼女の演歌を聴く機会はなかったに違いありません。
 「UTAGE!」の場合は自分の出番だけに集中するのではなく、番組の始まりから終了まで、他の出演者のパフォーマンスをじっくりと聴くことがほぼ義務付けられています。というのも「UTAGE!」というタイトル通り、この番組は壮大な宴会芸が披露される大広間(大広野)で、いまをときめくアイドルから実力派のボーカリストが集結し、この番組ならではの意外性と刺激に富んだコラボレーションでお互いを高めあい音楽をつくっていく、そのプロセス、メイキングをも「宴の場」で披露し、それを出演者全員と会場のお客さん、そして視聴者が共有、共振する…、そういう番組なのです。
 当時はまだ一般的には「ポップスも歌える実力派の演歌歌手」扱いされていた感もありましたが、中居正広とこの番組制作チームは島津亜矢をオールラウンドのボーカリストとして迎え入れてくれました。その意味では初めてのコラボの相手だったケミストリーの堂珍嘉邦には、ちょっとした緊張感を感じさせましたが、テレビ的には前でAKBの柏木由紀他のダンスが前面に出る演出で、このチームのしたたかな演出力を感じたものでした。
 それ以後、年に2回から3回、特別番組として放送されるこの番組に島津亜矢は出演し、ケミストリーの川畑要とのデュオの他、島袋寛子・高橋愛、Little Glee Monsterのかれん、BENI、高橋愛、峰岸みなみ、三浦祐太朗、TEE、二階堂高嗣、山本彩など、多彩なボーカリストとのコラボが定着しました。それはまた、島津亜矢自身にとって音楽的な冒険としてはおそらく「紅白」よりも刺激的で貴重な経験だと思います。
 「UTAGE!(宴)」の歴史は古く、おそらく人々が農業により定住した村落をつくりはじめたころから、神々に豊作を願い、感謝する神事から発展していったと思われます。
やがて村の風習で何かというと山や海辺に集まり、男女が互いに歌を唄い合って交歓し、たくさんのカップルが生まれたと言います。この東アジア共通の習俗は日本では「歌垣」と呼ばれ、わたしの住む能勢にも歌垣山という小高い山に里の村落から若者が集った記録が残されています。
 この番組は、まさしくその現代版と言えるもので、絶えず今までとはちがう音楽的チャレンジを時には一人で、また時には数人のユニットを組んで新しいパフォーマンスに挑戦しなければならないのです。そのために実力のあるボーカリストでなおかつ好奇心とチャレンジ精神に富んだひとでなければ出演が難しい番組でもあります。そのぶんこの番組の制作チームや視聴者の要求を実現し、自分の新しい才能を見出し、より素晴らしいボーカリストへと変身・進化する歌手を輩出する番組ともなっています。その事情は島津亜矢にも当てはまり、もしかするとこの番組では歌うことより聴くことで、ボーカリストとして才能を伸ばすためのとても大きな果実を手に入れているのではないかと思います。

 さて、今回は荒井由実(松任谷由美)の1975年の楽曲「ルージュの伝言」を森口博子がカホン、峰岸みなみがベース、高橋愛がパーカッション、山本彩がギター、そして島津亜矢がスティールパンと、それぞれ楽器を演奏しながら歌いました。
わたしは1980年代、音楽とは無縁の生活をしていて、この頃のおしゃれで都会的な歌謡曲の匂いがする松任谷由美とは縁がありませんでした。村上春樹はエッセイなどで80年代の音楽に傾聴していたそうで、わたしは彼の小説のファンですが、どこか無国籍で都会的なエッセンスについていけないところもあるのは、わたしに80年代の音楽体験が欠落していることと関係あるのかも知れません。
 「ルージュの伝言」はアイドルソングの曲調でありながら、実は日本の女性運動が潜伏期をへて社会的な影響力を放つようになった時代背景のもと、女性が男に依存しない生き方を選ぶちょっとした決意を歌い、自分の言葉で異議申し立てをしていく物語を描いて見せた楽曲だと思います。
 一夜限りのセッションで毎回楽しませてくれる企画ですが、わたし個人の感想では少し緊張感が強すぎて歌うというよりはゴールをめざす陸上スポーツのようで、メンバーは少し変わりますが以前の「遠く遠く」や「ファイト!」の方が楽しめました。
 2曲目はケミストリーの堂珍嘉邦とのデュオで、ソウル、R&Bの第一人者・久保田利伸の1996年の楽曲「LA・LA・LA LOVE SONG」を歌いました。この曲はあのトレンディドラマ「ロングバケーション」の主題歌でもあります。堂珍嘉邦とは初出場以来の共演でした。わたしは実は島津亜矢はメインボーカルよりも、メインボーカルを受け止めるサブボーカルやバックコーラスを担った時に彼女の才能の輝きをもっとも強く感じます。
 今回も原曲でフィーチャリングをつとめたナオミ・キャンベルのパートを歌い、存在感を示しただけでなく、わたしには堂珍嘉邦がとても安心して歌えたのではないかと思います。もうずいぶん前に獲得した肉感的な低音で語りのような部分を正確なピッチで刻み、堂珍嘉邦の高音に返していく歌唱力はさすがで、「音楽をつくる」役割を見事に果たしてくれました。
3曲目はソロでMISIAの昨年のヒット曲「アイノカタチ」を歌いました。GReeeeNの作詞作曲で「義母と娘のブルース」の主題歌でした。
 この大ヒットドラマは、余命宣告を受けた父親が娘の人生を託せる女性として主人公の綾瀬はるかに結婚を申し込み、有能なビジネスウーマンで恋愛などしたことがない彼女が不器用に結婚、子育てをする中で死んだ夫に「愛」を感じ、最初はそっぽを向かれていた娘との間にも「愛」や「絆が」生まれる、といった話でした。
 この歌の最初の歌詞で「いつのまにか気づいたんだ 愛にもしカタチがあって それがすでにあたしの胸にはまってたなら」という切ない想いは、死んでしまった夫への愛と娘への愛が、最初はビジネスのマニュアルのようでしかなかったのが、まるで鋳型に「ほんとうの愛」が充填されていくこのドラマの行き先を教えてくれているようでした。
 実のところ、わたしは歌づくりにおいても歌唱力においても日本の女性ボーカリストのトップを走るMISIAが苦手でした。その理由はだれもが感動する名曲バラードを連発されると、実人生はそんな感動巨編ばかりではないだろうと思ってしまうのです。
 そう思うと、「アイノカタチ」は今までの名曲主義から少し離れた手触り感のある楽曲で、島津亜矢がカバーすると「死」を隠した素晴らしいポップス挽歌になることが、今回の歌唱が証明してくれたように思います。
 今回も気になった楽曲がたくさんありましたが、長くなるので又の機会にさせていただきます。

 すでに10月に「UTAGE!2019年秋」の放送が決まったようです。
 ひとりのファンとして、島津亜矢の出場がかないますように…。

2019.08.22 峯岸南.山本彩.島津亜矢.高橋愛 .森口博子「ルージュの伝言」@ UTAGE

2019.08.22 「UTAGE!2019年夏」マラソンメロディー@ UTAGE
8:32ごろ 「LA・LA・LA LOVE SONG」 堂珍嘉邦&島津亜矢
26:50ごろ 「アイノカタチ」 島津亜矢
出演者全員でつなぐマラソンメロディーは17曲をぶっ通しで熱唱しています。フルコーラスではありませんが、この番組のカバーソングは新しい可能性を求めるエネルギーに満ちていて、全員で音楽をつくりあげる気概に満ちています。
 その上でですが、島津亜矢以外でとても気になったのは山本彩と高橋愛の「マリーゴールド」(アイミョン)、島袋寛子とTEEと横尾渉と峯岸南と柏木由紀の「EZ DO DANCE」(TRF)、三浦祐太朗の「渚」(スピッツ)、XジャパンTOSHIと川畑要の「タマシイレボリューション」(SUPERFLY)、TEEの「ひまわりの約束」(秦基博)です。お時間のある方はぜひ聞いてみてください。
わたしは昨年からTEEがとても気になっています。前回「酒と泪と男と女」を見事にうたってくれましたが、今回の「ひまわりの約束」もすばらしい歌唱で、とても好きになりました。また、この番組当初から出演している前川清が川畑要とサザンオールスターズの「LOVE AFFEAIR~秘密のデート」をうたいましたが、桑田佳祐が前川清の歌い方をまねしたと証言しているように、桑田佳祐の歌い方はほんとうに前川清そのままであることを再確認しました。

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2019.08.20 Tue ホイットニーの波乱の人生の光と影、そして時代という大きな悲しみ 島津亜矢と「思い出のメロディー」

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 島津亜矢が8月17日放送のNHK「思い出のメロデイー」に出演し、「I Will Always Love You」を歌いました。
1969年から毎年8月に放送され、今年51回目となるこの番組は、視聴者から寄せられたリクエストやエピソードを紹介しながら、昭和の名曲を中心に構成されていました。 
近年は時代の流れと視聴者の世代交代に合わせてアイドル歌謡曲やロック、平成の楽曲の割合もふえてきました。
 もともとは戦後の混乱から世界有数の経済大国になったサクセスストーリーにかき消されていく戦争の悲惨な記憶を歌謡曲にたくし、毎年8月15日近辺に放送されて来たこの番組は、「夏の紅白」と言われる以上に深い哀悼の思いを隠した大型歌謡番組です。
 わたしが忘れられないのは2015年に島津亜矢が歌った「東京だョおっ母さん」でした。船村徹作曲による戦後の埃っぽい空気とひとびとの琴線に触る切なくも悲しく懐かしいこの作品は、美空ひばりの「波止場だよお父つぁん」と双璧をなす島倉千代子の大ヒット曲でした。
わたしの子どもの頃に流行ったこの歌が、明治以後の近代の家族が破滅しニューファミリーへと衣替えする前、地面がまだアスファルトに覆われる前、戦争の傷跡がまだ数多く残り、焼けた建物と鉄条網に薄暗い煙が立ち込めていた時代に、中古ラジオのはるか遠くの荒野をわたり、しかばねを洗う荒海をわたって届けられた時代の挽歌だったことを島津亜矢に教えられました。
 時代の証言ともいえる流行歌の移り変わりを、戦後特別な意味を持ってしまった8月に墓碑銘のごとく毎年刻んできたこの番組が、くしくも天皇の世紀「令和」の風に乗じてまったくちがう時代の風景を届けることになるとは思いもしませんでした。
 番組予告で特にびっくりしたのは、島津亜矢の「I Will Always Love You」でした。およそ戦後の苦難の時にひとびとをなぐさめ励ました歌とはまったく縁のないこの歌が選ばれたのはなぜなのか、特別な違和感を感じたのは彼女のファンだけではなかったと思います。このことだけで、少なくとも今年に限ってはアジア侵略とおびただしい死、そして敗戦・戦後という昭和のくびきから生まれた「挽歌」ではなく、新しい時代への第一歩を踏み出す旅をはじめる応援歌を届けたいという、番組の意志が伝わってきました。それが果たしていい事なのかという問題はあると思うのですが、良くも悪くもそのコンセプトのもっとも尖った意志の発露をこの番組の制作チームは島津亜矢に託したのだと思います。
 そう思って今回の番組を観ていると、時間を短くした中で「もうひとつの思い出のメロディー」といってもいい、とてもよくできた番組だったと思いました。

 さて、「I Will Always Love You」ですが、おそらくこれまで聴いた中で最も感動的な歌唱だったと思いますが、それについては後で書くことにして、もっとも印象的だったのは歌い終わった後の、ほんとうに大役を果たしたようなほっとした彼女の表情でした。
 ひいき目にみればこのパフォーマンスが一番のように思いますが、実際のところは大竹しのぶの「ヨイトマケの唄」がベストだったかもしれません。大竹しのぶの凄さは役者らしく「歌手が歌い切ってしまう」暴力ではなく、聴く者のもっとも柔らかい心を背後からハグするやさしさを歌にしてしまえるところだと思います。かなり前でしたが、たしか森進一が彼女の歌を聴いて、「役者さんの歌を聴くのは歌手にとって勉強になる」というような意味の発言をしたことがあると思いますが、何年か前にNHKの「SONGS」で共演して以来、島津亜矢のたゆまぬ好奇心と探求心は大竹しのぶの歌をとても真摯に受け止め、わたしが思うにはかなりのリスぺクトを持っているはずです。
 しかしながらそれでもなお、この番組の制作チームは島津亜矢の「I Will Always Love You」にもっとも深い思い入れをもっていたことが、託された島津亜矢のその表情に現れていました。実際、画面全体の隅から隅まで、照明から音響、舞台スタッフまで、この番組の成否はこのパフォーマンスにかかっていると言わんばかりの格別の緊張感が伝わる中、島津亜矢はこの歌のベースの少し硬くてクリアな背景を描き、道ならぬ恋に別れを告げる一人の女性がそれでも「いつまでもあなたを愛し続ける」と心の中で叫ぶ、とても大きな悲しみと、とても大きな哀切を歌い残してくれたのでした。

 最近の島津亜矢のカバーソングの中で、「時代」や「帰らんちゃよか」など、島津亜矢が歌うことでもうひとつのオリジナルになり、真に歌い継ぐ歌となった歌が続出していますが、「I Will Always Love You」も加えていいと思います。
 世界的に大ヒットしたこの曲は日本のボーカリストもたくさんカバーしていて、ポップスのボーカリストが歌唱力を駆使して見事に歌い上げるのに比べて、決して演歌歌手という理由ではないのですが、なかなか抜けきれないぎこちなさもふくめて、島津亜矢のストレートな歌の中には、ひとりではもちろんのこと多くのひとびとが寄ってたかっても支えきれない、とてつもなく大きな悲しみにあふれています。それは時代そのものの悲しみといってもよく、またドリー・パートンのカントリーの楽曲をソウルバラードに曲調を変え、映画「ボディーガード」の主題歌としてよみがえらせたホイットニー・ヒューストンがその絶頂期から元夫のボビー・ブラウンとの結婚とDV、ドラッグと転がり落ちていった地獄のような日々を予言した悲しみでもあるのでしょう。
 2012年2月11日、カリフォルニア州ビバリーヒルズにあるホテルの4階客室の浴槽の中に倒れていたホイットニー・ヒューストンの48年の人生の栄光と暗闇を背負って、島津亜矢よ、あなたにこの歌を歌い継いでほしいのです。ソウルの名曲を「いかにも」と歌うあざとらしい予定調和のボーカルではなく、時を破り夢をくぐり、ひとりの黒人女性の平凡でありたいと思いながら決して平凡ではなかった波乱万丈な愛と疾走する救急車のような人生…、「いつまでも愛している」と心震わせる無垢なたましいを歌い継いでほしいと、そう思わせてくれる歌でした。
 そのことが痛いほどわかるからでしょう。この番組の制作スタッフはほんとうに島津亜矢にこの歌を歌ってほしかったんだなとあらためて思いました。

 22日には「UTAGE!」に出演する島津亜矢、いつも刺激的な音楽的冒険をさせてくれる番組のファミリーになった彼女が、どんなパフォーマンスを見せてくれるのか楽しみです。「UTAGE!」はタイトル通り、昔で言えば座敷芸などのように本番のステージにたどり着くまでのメイキングが楽しいのと、未完成であってもいいからできるだけ自分の世界の限界にまで翼を広げた冒険ができること、そして異ジャンルの才能と出会えることで、特に島津亜矢の場合はたくさんの果実を獲得できるチャンスをくれる番組です。
 いまからわくわくしますが、その様子も次の機会に書こうと思っています。

島津亜矢・歌怪獣伝説「I WILL ALWAYS LOVE YOU」
島津亜矢が大きくブレイクしたきっかけとなった「金スマ」での歌唱、ずばぬけたプロデュース力を持つ中居正広が「UTAGE!」に推薦するきっかけにもなりました。

Whitney Houston - I Will Always Love You (World Music Awards 1994 HQ)
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2019.08.18 Sun 福祉的就労の場の組織改革と、「社会的雇用」の場の制度化を

 れいわ新選組の舩後員靖彦議員と木村英子議の議員活動中の介護保障について、参院議運委理事会は当面参議院が費用を負担することとし、政府に対し速やかな制度見直しを求めることになりました。維新の会の松井一郎氏や吉村氏をはじめ、ネットでの書き込みなどで障害者議員の介護保障は議員報酬で負担せよという主張がありますが、選挙で国民から請託をうけたミッションや約束を実行してもらうための議員報酬と経費を自分の介護保障などに使ってはいけないとわたしは思います。
 一方木村英子議員は、当面の対応として参議院で費用負担することに「致し方ない」と理解は示しつつも、すべての障害者に就労や就学を権利として認め、「重度訪問介護」制度を見直し、就労や就学にも利用できるようにという趣旨の質問主意書を提出しました。
 これを受けて厚生労働省は、7月9日に障害福祉課と障害者雇用対策課で、障害者雇用福祉連携強化プロジェクトチームを立ち上げ、障害を持つ人の通勤・就労中の支援のあり方をどうするかの検討を始め、重度訪問介護の見直しまでは手をつけていないが、今後の議論次第で、重度訪問介護以外の新たなサービスを作るのか、重度訪問介護の中で対応することになるのか、検討していくことになるとしています。

 わたしは木村議員の提案は正論とは思うのですが、「重度訪問介護」を就労にも適用することでは解決できない、障害者の就労の権利にかかわる根本的な問題があると思います。
 「重度訪問介護」は24時間介護を保障し、重度障害者の生活を支える重要な制度ではありますが、「訪問」という名前にあるように在宅サービスの制度には違いないからです。もともと高齢者の介護サービスとの関係で、時間に区切られた介護ではなく24時間の介護保障を要求して闘ってきた当事者の長い運動によって実現した制度でもあります。
 ほんとうは、就労や就学もふくめた重度障害者の生活すべてに24時間の介護保障を求めるべきと思います。今回の論議で、障害者の就労に公的な介護保障がないということをはじめて知った方もおられると思います。
 障害者の就労について国は「障害者雇用促進法」に基づき、法定雇用率(昨今国自体が水増ししていたと問題になりました。)によって障害者の雇用を義務付けし、雇用率を達成していない企業からは障害者雇用納付金(法定雇用率に不足する数一人につき月額50,000円)を徴収し、雇用率を越えている企業に障害者雇用調整金(一人に付き月額27000円)を支給しています。実際のところ、雇用率を達成している企業は50パーセントに満たない状態です。
 障害者の就労をささえるための制度はそれ以外に介護保障や環境整備、仕事のサポートなどがあり、充実しているように見えます。しかしながら、雇用率を達成している企業が50パーセントに満たず、就労している数は50万人という現状からわかるように、就労から遠ざけられた在宅障害者が就労を希望すれば作業所などの福祉的就労の場しか用意されていません。言い換えれば国は、ほとんどの障害者を「働く権利」のあるひととは考えていないのです。
 障害者権利条約の批准により、障害者の就労に差別をしてはいけないことになったと思うのですが、そもそもなんの運動もなしに介護を必要とする障害者が企業の就職試験を受けることはほとんどありません。わたしが豊能障害者労働センターに在職していた時、市役所への就労の交渉では、ごくあたりまえに自立通勤できて、職場で特別な介護を必要としないなど、いわゆる軽度の障害者の就労ですら運動の中で勝ちとらなければならなかったのですから、重度の障害者の一般就労は夢のまた夢でした。
 もともと一般企業への就労を拒まれるわけですから、障害者の就労に公的な介護保障がないというのは、その必要がなかったと言うわけです。重度障害者といってもそれぞれ違うわけですが、それでも生活を支えるために24時間介護保障を必要とするひとが就労の場で介護を必要としないはずはなく、その意味では木村議員の提案を掘り下げれば、就労の場においても「重度訪問介護」と同等の介護保障を就労の権利として制度化することなのではないでしょうか。重度障害者を排除してきた企業と国ですから、そう簡単に制度化するとは思えないので、もしそれよりは安易な「重度訪問介護」を就労の場でも認めるとすれば、今度は職場で仕事をすることへのサポートはしてはいけないということにならないか心配です。
 ともあれ、一人の障害者が生活に必要とする介護保障と就労の場で必要とする介護保障が、必要とする障害者の要求にこたえるという意味では違いはないのですから、就労の場で必要となる介護は身辺介護とともに仕事のサポートも入って当然です。
 そして、就労の場の介護保障は企業が負担すべきと言う旧来の原則の下では、企業が介護を必要とする重度障害者を積極的に迎え入れるはずがありません。障害者の一般就労が極端に少ない理由はそこにあり、一般就労を増やすには企業と公的セクションが協力しあい、就労の場の介護保障と環境整備に大胆な公的な助成が必要なのではないでしょうか。
 さて、船後議員と木村議員の問題提起から、一般企業での障害者の就労支援や介護保障の在り方を検討することになったことはすばらしいことで、今回ほど政治の力をダイレクトに感じたことはありません。願わくばこの制度改革によって障害者の雇用が進むことを期待してやみません。

 わたしは今回の議論をさらに深め、一般就労の介護保障の制度化と合わせて、一般企業への就労が困難とされる障害者が通う作業所(就労継続支援事業B型の事業所・旧授産施設)などの「福祉的就労の場」の組織改革をして、月14000円の工賃から施設利用費を徴収され、生活の基盤を高齢の親など家族に頼らざるを得ない重度障害者の「働きたい」という願いに応える労働の場、一般企業に拒まれる障害者をありのままに受け入れながら、生活していける給料を共につくり出す労働の場、一般就労でもなく福祉的就労でもない新しい第三の雇用の場へと制度化できないものかと思います。
 わたしが在職した豊能障害者労働センターは、1982年から「福祉か雇用か」という制度の壁も知らないまま福祉的就労の場の認定を受けず、ただがむしゃらに障害のあるひともないひとも共に働き、給料を分け合いながら活動を続けてきました。その活動は国際的にはILOの示す「保護雇用」と呼ばれたり、また箕面市が豊能障害者労働センターの活動を認知し、障害者の賃金補助を含む「障害者事業所」を制度化した「社会的雇用」のモデルと呼ばれるようになりました。
 わたしは障害者の就労支援が福祉から雇用という一般就労をめざすだけでなく、福祉制度と雇用制度が協働して重度障害者の就労に大きな道を開く「社会的雇用」の制度化を強く望みます。

障害者に対する「社会的雇用」の課題と展望
     東アジア諸国における保護雇用の取り組みをとおして
社会政策学会誌「社会政策」第7巻第1号(2015年07月25日)

https://www.jstage.jst.go.jp/article/spls/7/1/7_KJ00010030832/_pdf

障害者の働く権利を確立するための 社会支援雇用制度創設に向けての提言(案)
日本障害者協議会(社会支援雇用研究会) 2015年12月

http://www.jdnet.gr.jp/report/15_12/teigen.pdf

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