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争う経済から夢見る経済へ。誰もが助け合って暮らせるゆたかな社会をめざすソーシャルビジネスを紹介しながら、演歌からポップスまで、好きな音楽への雑感や生活をつづる日記。

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2021.07.25 Sun 2つの「もうひとつの国家」 東京オリンピック

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 梅雨明けとともに猛暑が続く中、隣の空き地に笹が生い茂り、さすがにこれはまずいと草刈りをしています。わたしは情けないことに草刈り機の操作ができず、手鎌で少しずつ刈り取っているのですが、なにぶんこの暑さでは体がもたず、朝の間に30分程度の作業にしています。それでも雨合羽の上下を着ていますので中のシャツもズボンもびしょぬれになり、汗が引くまでしばらくじっとしていて、それからシャワーを浴びています。それからまた大椿ゆうこさんのチラシやなんばきみこ通信をまくと毎日2回シャワーかお風呂という、風呂ギライの私が妙に清潔になり、さすがに4キロほど一気に減量にも成功しました。

 そんな能勢での隠居生活をしている間に、とうとうオリンピックが始まりました。コロナ禍の中、かなりの人たちがオリンピックの中止・延期を望んでいたと思うのですが、政府も大会組織委員会も東京都も、またスポーツ団体もまるで何かにとりつかれたように「アスリートファースト」という名目でIOCの言うままに何が何でも開催するという暴挙に出ました。
 オリンピックの中止や延期を主張しているのは一部の人たちという情報操作の元で、マスコミ報道もオリンピックにシフトしていますが、予想されていた最悪に近いコロナ新感染者数が急増という状況の中、開会式や閉会式などエンターテインメント部門の担当者の辞任や解任がつづき、選手の関係者の方々以外は盛り上がりに欠けるというのが実情でしょう。とくに、コロナで大切なひとをなくされた方や、今闘病中の方々、日々患者さんと向き合う医療関係者の方々の心情がどれほどのものか、思いが届かないのが正直な気持ちです。
 どう考えてみても、パンデミック下でオリンピックを開催することは歴史上ありえないことで、ひとの命よりもオリンピックを優先したということなのでしょう。
 もともと昨年、オリンピックの中止・延期が叫ばれ、一年延期を決定した時、専門家でなくても一年では収まるとは思えないところ、レガシーを望む前安倍政権の強い意向で一年延期になったともいわれています。「一年たったら何とかなる」といういい加減な神頼みのような分析で、専門家の提言を無視し、後手後手の対策に明け暮れ、オリンピックの中止もしくは延期は絶対にしないという強い「決意」だけでコロナ対策に使うべき多額のお金と尽力をオリンピックにつぎ込んだことは、後々まで大きな禍根を残すことでしょう。
 それを予測するようにコロナの勢いは止まらず、今度の波はいままでとはあきらかにちがう大きなもので、東京の非常事態宣言、大阪などのまん延防止等重点措置の再延長もありうる状態です。ここ2年、手洗いとマスクの着用、不要不急の外出自粛、会食禁止や三密防止などの行動規制を伴う非常事態宣言、まん延防止の繰り返しに疲れと慣れが重なり、人流(変な言葉ですね)の歯止めが利かなくなっています。また十分な補償なき締め付けをつづける国と行政に振り回され、困難な状況にある居酒屋や飲食店、ライブハウスなどのエンターテインメントに携わる人たちにとっては、オリンピックだけが許される矛盾に絶望と怒りを抑え込めないところに来ています。
 なにがなんでもオリンピックを強行するこの国の権力にとってもまた、ワクチンを頼りにしたこのタイミングでコロナが爆発的にまん延する事態までは予測していなかったと思われ、これまで以上に安心安全なオリンピックを強調するものの、オリンピック関係者の感染も増えていて、正直なところ速く終わってほしいと思っているのではないでしょうか。
 オリンピックを強行する一方、強力な自粛を求める強権政治は一見支離滅裂なメッセージを送っているようにみえるのですが、ほんとうはわたしたちは今、この国の中に仮想植民地と呼べるような「もうひとつの国」の建設に立ち合わされているのかもしれません。
 わたしは若い頃より、誰もが自分らしく自由で、助け合って暮らせる「もうひとつの国」を夢見てきました。この年齢になるまで、理不尽で悲しい出来事がいっぱいありました。そのたびにそのひとつひとつと向き合い、きちんと自分の意見を伝え、共に行動を起こす努力もせず、心の中で「もう一つの国」を夢見ることで自分に言い訳をしてきたのでした。
 70年安保もそれ以後の連合赤軍事件さえも、「もうひとつの国」でしか審判を下すことはできないと思うことで、サイレントマジョリティーといわれるわたしは逃げていたのだと思います。「もうひとつの国」という幻想はいつのまにか、わたしが暴力的な現実から身を隠す核シェルターになってしまっていたのでした。
 そして、SEKAI NO OWARI、あいみょん、米津玄師、King Gnu、YOASOBI、など、次々と生まれる音楽と出会うと、少なからず1960年代以来の若者文化が花開く今、若者たちもまたこの国にいくつものシェルターを築き、彼女彼らがつくりだす音楽に隠し持つ、この国の言葉では理解できないシグナル・合図を遠く離れた世界の果てにまで送り合っている気配がします。
 阪神淡路大震災、アメリカ同時多発テロ、そして東日本大震災などなど、おびただしいいのちが奪われ、取り返しのできない傷を負ってしまったことで、日本も世界も変わるのではないか、変わらなければならないのではないか、わたしもまたそのために何か行動を起こさなければと思いました。
 しかしながら、東日本大震災の時、「これを機会に社会がより良い方向に変わるというのはあなたたちの幻想だ」とある評論家が言った通り、日本も世界もますます悪い方向に突き進んできたと思います。
 戦後民主主義の幻想の下で戦前のような国家の再建を粘り強く進めるひとたちは、10年前を境に一気に地上にその蓄えた力を爆発させ、「決められない政治」から「決断する政治」へ、強権政治を頼れる政治と喧伝し、わたしたちもまたサイレントマジョリティーの声なき声を強い力の行く先に同調することで、今の社会をつくってきてしまったのだと思うのです。それは同時にこの10年のより際立った格差社会がつくりあげてきた仮想植民地・「もうひとつの国」がその姿を現しつつあるともいえます。
 パンデミック下のオリンピックの強行は、その強い国家の最初の仕事なのだと思います。過去の歴史を見ても、自粛が迫られているエンターテインメントが独裁国家の大切な道具であったことは間違いがなく、1964年のオリンピックがその役割をテレビにもとめたように、今回のオリンピックはSNSにその役割を求め、新しい恐怖国家の住民になるように誘導されているように思うのです。
 わたしがそう思うように、若者の中にもシェルターに入り身を隠すだけではこの恐怖国家に通じる道をさけて通れないと気づきはじめたひとたちがいるかもしれません。
 だからこそ、わたしたちはその「もうひとつの国家」からはじき出される雑民、貧民、窮民として、わたしたちの夢見る「もう一つの国家」、「救済国家」を実現するための窮民政治を求めて、政治を変えるぎりぎりのチャンスかもしれないせまりくる衆議院選挙にかかわりたいと思います。

Hey ho stormy sears
誰かからのSOS
ずっと耳をふさいできたこの僕に whoa-oh-oh-oh
Hey ho stormy sears
誰かからのscream of silence
この嵐の中 船を出す勇気なんて 僕にあるのかい
SEKAI NO OWARI 「Hey Ho」(2016年)


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2021.07.16 Fri 画期的だった新人議員の活動報告会 難波希美子と能勢ルネッサンス

 7月13日、能勢町議会議員選挙に当選し、新人議員としてはじめての6月議会を経験した井上加奈子さん、難波希美子さんが合同報告会を開きました。
 難波さんは毎月発行する「なんばきみこ通信」で、井上さんはインスタグラムで議員活動や二人の目指すものを発信しています。
 報告会には20人を越える参加があり、現町会議員や前議員の方も参加してくださいました。初めの一時間はそれぞれの選挙活動と、議員になってからのこれまでの活動の報告がありました。そして、新人議員として初めての一般質問の中身と町行政の回答、やり取りが報告されました。
 井上さんは子育て世代が安心して利用できる公園の設置を訴えていますが、議員一人では何もできないことも事実で、何よりも一人でも多くの住民とともに公園設置に向けての課題を共有し、住民みんなにとってより良いまちづくりの施策の一つとして、公園設置を粘り強く町行政に訴えていくと話されました。6月議会では森田議員も防災公園の設置を提案されました。
 能勢町のように自然がいっぱいの地域では、「能勢町全体が公園」という考えにも一理あります。しかしながら、井上さんが訴える旧小学校区6か所にそれぞれの地域の子どもたちとお母さん方が安心して集まれる公園は、コミュニティの拠点として住民ひとりひとりの状況を日常で把握することにもなり、災害時にはその情報がいのちを守る助けとなります。わたしは議会を傍聴していて、森田議員の提案と井上さんの提案のすり合わせをすれば、公園の設置が実現する可能性もあるように思います。当面は、旧庁舎跡地の計画の中で防災の機能を持った公園設置が模索されることが期待されます。

 難波さんは2011年東日本大震災と東京電力福島第一原発事故をきっかけに政治に関心を持ち、原発問題を含めさまざまな住民運動を続ける人々と出会い、「おかしい!」を共有し、おかしい現実を変えていく活動をしてきました。
 22年前に能勢町に移住し、能勢の環境保全、自然保護の活動を続けてきて、議員活動もそのひとつと考えています。
 井上さんとも共有する実感として、「議会の常識は世の中の非常識」とつくづく感じたと言います。もっとも、確かに今までの議会の決まりごとも、長い間の工夫の結果できたものと思いますし、議会のすべての常識がおかしいとは言えないと思いますが、少なくとも新しく一員になった2人の率直な感想は、これから議会の在り方を変えていく大切な情報だと思います。
 難波さんの一般質問は、町長の今年度の施政方針に掲げる「食料生産や生物多様性の保全、自然エネルギーの利用など里山本来の資源が持続的に循環利用できる営みの確立」(広報のせ4月号)という高邁な施策と、「里山未来都市」の創生に向けた初年度にあたり、7つの基本プロジェクトのひとつである「能勢町高度産業化推進プロジェクト」は矛盾するのではないかと質問しました。
 このプロジェクトは農地の保全と農業の持続性を高めるために、農業企業の誘致を促進するとともに、新たな産業の誘致を支援することで、雇用の創出や地域経済の振興を目指すとされています。「とりわけ、非農業系企業の誘致については、新名神高速道路の開通により本町を取り巻く交通アクセスが向上する中で、産業立地の需要が高まっています。しかしながら、町域の1パーセントである市街化区域では、一定規模の産業用地を確保することは困難であり、このため周辺環境との町を図りつつ市街化区域に近接した幹線道路沿道の既存農地を産業用地に転換できるよう取り組みを進めたいと考えています。」(広報のせ4月号)とのことで、優良農地を事実上こわしてスプラウト工場を作る計画は、今も農地の所有者と交渉中ということです。
 難波さんが町議会議員選挙に出るきっかけになった計画で、難波さんもわたしたちも農地を工業用地にして企業誘致を図るのではなく、農林業従事者と新規就農者への支援と移住者への積極的な支援を強化することが、能勢の豊かな資源(コモンウェルス)を残すことになると考えています。
 町長は、「わたしは能勢町住民の豊かな未来をつくる使命と義務を持って、このプロジェクトをすすめている」と答えましたが、コロナによる日本経済の構造的変化が起きつつある今、経済成長の幻想にとらわれた企業誘致が能勢の豊かさを保証するとは私には思えません。
 また、難波さんは旧歌垣小学校を改修して新たな公共サービスの拠点施設として再編する事業について質問し、概算4億円が実際は8億円になったことについて、今後は概算予算を計画する時に想像力を持った予算組みを求めるとしました。
 そして、新庁舎の駐車場に設置された電気自動車用の急速充電器がペースメーカーなどを利用する心臓疾患のあるひとに電磁波の影響を強く受けることを知らせたところ、町は注意の案内板を四方につけましたが、後方にさえぎるものがなく、より危険であると警告しました。そもそも、その設置場所が「おもいやり駐車」スペースにあること自体、大変な問題と思います。

そのあと、参加者の方々からさまざま提案がありました。
1. 地域公共交通会議の審議会の委員になった方からは、独自の試算による自家用車などの経費をもとに、自助を共助で見直
   す交通システムを考えたい。
2. 能勢町は人口を増やしたいのか、そうでないのか。
3. 議員さんが身近な存在に思えた。
4. 傍聴に行きたくても夜や休日は議会がない。音声データは公開されるようになったが映像の記録を公開してほしい。
5. 人口が減っていく中で、東郷地区では若い子育て世代の人たちが移住している。
    わたしもそのひとりだが、とにかく住民がウェルカムで、住民が参加しやすい仕掛けや工夫があれば移住者が増える。
6. 空き家の固定資産税をうんと高くし、速やかに貸したりできるように行政がもっと積極的に仲介する。
7. 移住者を増やすために、最長一年をめどに町営住宅で移住体験できるようにする。
など、さまざまな提案やご自身に降りかかる問題などを語っていただきました。
 そして最後に、「みんなで議会の傍聴に行こう」と呼びかけ合い、無事に終わりました。

 今回の報告会は、2人の新人議員がいち早く報告会を開いたことそれ自体が画期的なことだとわたしは思います。わたしたちは難波さんに議会の報告会を毎回してほしいと願っていましたが、わたしたちが提案するより早く素早く行動し、井上さんと2人で報告会が開かれたことはとてもうれしいことです。
 議員の役割は町行政の施策をチェックしつつ、議会でどんどん提案し、町行政がその提案を実行するようにもっていくことですが、一方でその提案が住民の声をどれだけ反映しているかが議会内外で問われることでもあります。
 能勢町のすべての課題に精通し学習することはなかなか困難である以上、報告会や対話を通じて一人でも多くの住民の生の声を聞くことはとても大切なことだと思いますし、また合同の報告会でしたので井上さんと普段お話しする機会がないわたしも、井上さんのビジョンや思い、ミッションに触れることもできました。
 これからもこの集まりが続いてくれたらいいなと思いました。

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2021.07.10 Sat 過激なやさしさを歌うプロテストソング 長野たかし・あやこ新アルバム「REBORN 再生」

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明日も陽は昇り 新たな時を刻む
変わらない私と 生まれ変わる私
東の窓を開けたなら
光の中へ 飛び立とう
長野たかし作詞・作曲「REBORN」

 わたしは今回のコロナ禍を潜り抜ける途上で、音楽への関心が変わった気がします。もともと特に音楽的な冒険を掘り下げるわけでもなく、最近の若い人のように身体で音楽を感じる文化も持ち合わせていないのですが…。
 子どもの頃、黒い土に頼りなく建っていた小さな長屋、小さな商店街、小さな神社、戦後の爪痕を記憶する鉄条網、何の根拠もない空の青さ、突然やってきた黒いキャディラック、母が買ってくれたハーモニカ、日本全体が貧乏だった頃のわたしの町にどこからともなく流れてきた歌、歌、歌…。中古ラジオの雑音の彼方からやってきた歌たちは大阪府三島郡三島町千里丘の、昼でも陽が当たらない薄暗い部屋を少しだけ明るく暖かくしてくれました。
 それはほんとうに遠い昔のこと、戦後流行歌はわたしたち子どもに学校で学ぶ音楽とはちがう戦後の薄明るい未来を引き連れてやってきたのでした。
 ずいぶん前になりますが、BS民放5局共同特別番組として放送された「久米宏の『ニッポン百年物語』~流行歌の100年~『未来に残すべきニッポンの歌』」で、秋元康が希望を交えて歌謡曲のメガヒットを予言したのに対して、ロック歌手の近田春夫が「音楽はそれ自体で成り立たないようになり、消滅するのではないか」と予言しました。
 彼の予言は、ドラマや映画の主題歌や挿入歌のタイアップ、CDの初回販売プレゼント、AKBの握手権つきCD販売、さらには何か商品を買った得点におまけとして提供されても、音楽そのものを商品として受け入れる「大衆」がいなくなったことを意味していました。
 実際、ここ20年ほど進化のスピードが増したJポップをはじめ、世代別にも個々の好みにおいても音楽は分断された時代をそのまま反映し、誰かにとって自殺を思いとどまらせてくれた音楽でも隣のひとはまったく知らなかったりします。
かつて子どもの頃に歌が届けてくれた時代のにおいや、貧困と隣り合わせの希望と身の丈を越える夢、ちょっとだけ小さな背中を押してくれた未来、わたしにとって歌とは過酷な現実が積み重なるこの社会とわたしの人生のささやかな日常をつなぐ一本の糸のようなものでした。
 しかしながら、歌がすでに社会と個人、現実と夢をつなぎとめる役割をなくしてしまってどれだけの年月が過ぎたことでしょう。時代は歌を必要とせず、歌もまたスマホやパソコンのブラックボックスに閉じ込められ、歌が生まれ消えていく荒野を必要としなくなってしまいました。
 もちろん、音楽に限らず今を生きるわたしたちはますます孤立する一方で、文化、政治、生活習慣などすべてにおいて誰かと分かち合い、分かり合える方法をどこかに忘れてきたようなのです。

 長野たかし・あやこさんの新しいアルバム「REBORN 再生」を聞いていて、子どもの頃のなつかしい風景が60年以上も過ぎた今も鮮やかな色彩でよみがえりました。そして、近田春夫が言うように音楽が音楽としての独自の役割を終えてしまったとしても、音楽はそれを必要とする心、愛を探し求める孤独な心にこそ、届けられるものなのだと、あらためて思いました。コロナウィルスが教えてくれたものは、マスコミの扇情的な情報の洪水と同調圧力に振り回されることではなく、自分の孤独と静かに向き合い、わたし自身の暗闇を見つめ、この社会の暗闇を見抜くことなのだと思いました。
 実際、長野さんの今回のアルバムはそのタイトル「REBORN 再生」通り、これまでにまして優しさと寛容さとなつかしさと、暗闇が深くなければ決してかがやくことのない希望の光がちりばめられ、わたしの心を温めてくれました。
 と言って、前回のアルバムから深みを増した「こぶしを振り上げるだけではない」プロテストソングは同時代を生きるわたしたちにひとまかせの安易な夢を見させてくれるはずもなく、天安門事件の時に「どれだけ自由を奪われても自由になりたいと思う自由だけはなくならない」と竹中労が語ったように、長野さんは今わたしたちに語りかけるのでした。
 このアルバムに愛を歌った歌はほとんどないのにわたしの心が静かな愛につつまれるのは、やさしさがほんとうは過激な思想であることを教えてくれるからで、その時、長野たかしさんのプロテストソングは過激な愛の歌となってわたしたちの心を急がせます。

「あれ程、力づけられた『陽はまた昇る』『明けない夜はない』の言葉さえ、虚しく聞こえたこの一年…。落ち込んでも、何も生み出さないのだと吹っ切れるには充分な時間でした。必ず蘇ると、心に決めて、一歩一歩、進んでいけるように勇気が出る歌を歌って行けたら、これに勝るものはないと思っています。」(森川あやこ)

 長野さんがコロナ禍の時代を生きるわたしたちに精いっぱいの愛をこめたアルバム「REBORN 再生」は、長野さんの音楽の最も深い理解者でもあるボーカリスト・森川あやこさんとのデュエットによって、そして長野さんと一緒に旅をしつづけるたくさんの友との開かれたコラボレーションによって、時代の重い扉を開けてくれるでしょう。
 そして、わたしもまたその旅の一員になりたいと願うばかりです。

 追伸ですが、ボーナストラックの「サンタルチア」(ごめんなさい。これはいわゆるネタバレです)は、偶然にもわたしが中学生の時、音楽の実技テストで歌った歌でした。

■CD購入方法
☆タイトル「REBORN再生」
☆¥3,000-

☆CD購入ご希望の方は、ゆうちょ銀行・振込用紙に
 ◆住所・氏名・CDタイトル・枚数をご記入の上お振込み下さい
 ◆カンパも大歓迎です
 ◆なお送料込み価格ですが、振込手数料はご負担ください。
◎振込先
 ☆ゆうちょ銀行
 ◆口座番号 00900-5-334719
 ◆口座名称 長野隆  ナガノタカシ
 ☆他行からの振込み
 ◆店名:〇九九(ゼロキュウキュウ)
 ◆預金種目:当座
 ◆口座番号:0334719

・Trap
・REBORN
・雨冷え
・Passenger ~ 流浪の民
・静夜考
・ぼくがぼくであることは
・優しき人よ
・Bow Then…呆然
・集合写真
・いつものあの歌
・アキラメナイ☆
★ボーナストラック有ります❢
・全12曲入

REBORN 再生
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2021.07.06 Tue これ以上、ガマンする必要はない! 大椿ゆうこさん決起集会

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7月4日、茨木市のクリエイトセンター(茨木市市民総合センター)で開かれた「大椿ゆうこ総合選対本部立ち上げ決起集会」に参加しました。
「生存のための政権交代」と銘打ったこの集まりは、衆議院選挙大阪9区で立候補を予定している社民党の大椿ゆうこさんの強い決意を共にする人たち150人の参加を得て、「生存のため」と言わなければならないところにまで追い詰められた政治、社会を変えるために、今すぐ行動を起こそうと約束した、すばらしい集まりになりました。
凛と立つ彼女の後ろには、新自由主義がもたらした格差社会によって生存権すら脅かされる人びと、「明日への希望よりも今日のパン」を求めて劣悪な環境で働かざるを得ないたくさんの人びと、企業への就労を拒まれ、福祉という名の牢獄に閉じ込められた障害をもつひとびと、外国人技能実習という名目で劣悪な労働を強いられ、使い捨てにされるひとびと、女性というだけで賃金格差と非正規雇用を受け入れ、コロナ禍で雇止めになり暮らしが成り立たなくなってしまったひとびと、未来が暗闇でしかなくなり、いのちを捨てる決心をしてしまったこどもたち、助けを求めることもなく「自己責任」という言葉にしばられたわたしたちの叫びと悲鳴がぎっしりつまっています。
不祥事の謝罪の練習ばかりしている政治家が権力を振りかざす政治が政治であるはずがありません。
脅かされるいのちと暮らしを救済する、本来政治が果たすべき役割を掲げ、実行する大椿ゆうこさんは、わたしたちの最後のよりどころになることでしょう。
「変わるのは私たち、変えるのも私たち。これ以上、ガマンする必要はない」と、大椿ゆうこさんの強い決意に心を動かすわたしたちもまた、この思いを、この願いを、この勇気を一人でも多くのひとたちとを分かち合いたいと思うのです。
梅雨の一瞬の晴れ間に心柔らかく彼方へ飛ばした、特別な出発の一日になりました。

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2021.06.29 Tue 人間が最後に罹る病としての希望すら、戦後民主主義を何枚何十枚も衣替えしてきた「政治」による救済はあるのか? ドラマ「コントがはじまる」

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 わたしはテレビドラマが好きで、妻から「時間の無駄遣い」という批判も受けながら、自分自身でも人生の残り時間がなくなってきているのにと思いながら麻薬のように見てしまい、後悔することが多いこの頃です。
 若いころは山田太一のドラマを見ては、あくる日に友だちと何時間も感想を語り合うのが楽しみでした。その中でもNHKの土曜ドラマ「男たちの旅路」シリーズの「車輪の一歩」(1979年)は障害者の問題を、「シルバーシート」(1977年)は高齢者の問題を描いた名作でした。「車輪の一歩」では「人に迷惑をかけるなという、社会が一番疑わないルールが君たちを縛っている。君たちが街へ出て、電車に乗ったり、階段を上がったり、映画館へ入ったり、そんなことを自由に出来ないルールはおかしいんだ。むしろ堂々と胸を張って、迷惑をかける決心をすべきだ」といった鶴田浩二のセリフは当時のわたしの心に突き刺さりました。また、「シルバーシート」では都電を占拠した老人たちを説得する鶴田浩二に「あんたはまだ若い、あと20年たったらわかる」という笠智衆のセリフもまた当時はもちろん、今まさにこのドラマの老人たちと同じ年齢になってより一層、わたしの心の奥深くにしみこんでいます。これらのドラマが発信したメッセージにいまだ社会が追い付いていないと強く感じる今、40年以上前のこれらのドラマがいかに時代をはるかに越えた未来を予見していたのかと、感じ入るばかりです。
 それから数年後、わたしは思いがけず障害を持つ人と出会い、以後わたしの人生の半分を障害者問題とともに生きることになりました。この2つのドラマに直接影響されてというのではなく、むしろテレビドラマがわたしの実人生を予見していたのでした。
わたしにとってドラマは社会の覗き窓でもあり、未来からの使者でもあったのです。

 今年の春は、心に残るドラマがいくつかありました。「イチケイのカラス」、「大豆田とわ子と三人の元夫」、「コントが始まる」、「ハルカの光」、「半径5メートル」と、いつも以上にいそがしく、その上最近は深夜のドラマがかなり良くて、「あの時キスしておけば」まで見ると寝る間もないほどでした。もっとも、わたしが好きな番組は一部の偏ったひとたちにしか好まれず、視聴率がよくないものが多いみたいです。
 今回の春のドラマも「イチケイのカラス」以外は視聴率を求めるドラマとは言えなかったかも知れません。テレビ離れが進み、その中で20代から40代をターゲットにして視聴率を求めれば、ドラマもまたイケメンによる「胸キュン」中心になるのはやむをえないのでしょう。
 先にあげたドラマはそれぞれ心に残るドラマでしたが、そのなかでも「コントが始まる」について感じたことを書こうと思います。
 「コントが始まる」は、1993年生まれの菅田将暉、中野大賀、神木隆之介、有村架純に、古川琴音、芳根京子が加わった今が旬の人気俳優をそろえた豪華なキャストでした。
 ドラマは「売れないコントグループの解散」の物語です。
 お笑い芸人グループ「マクベス」のメンバーはハルト(菅田将暉)、ジュンペイ(仲野大賀)、シュンタ(神木隆之介)の三人。ハルトとジュンペイが文化祭でコントを披露し、卒業してもコントをやって生きていこうと決意したのが高三の時でした。高校卒業して10年は夢を追うことにしました。5年後にシュンタも加わり「マクベス」は三人組となります。
 10年目の春、大躍進を予感させることは何も起こらず、話合いのすえ夢から撤退し、2か月後にグループを解散することになります。
 そんな彼らがいつもネタ合わせの後に毎週通うファミレスのアルバイト店員・中浜さん(有村架純)は三人の熱気と楽しそうな雰囲気に惹かれ、「マクベス」のファンになります。彼女は働いていた企業に裏切られ、ほぼ生きる気力をなくして引きこもりだったところを同居する妹(古川真琴)の助けでやっとファミレスのアルバイトができるまでに回復したところでした。
 彼女はマクベスのコントが面白くてファンなったのではなく、反対に「面白くないコント」を不器用に必死に続ける彼らに自分を重ね、傷ついた心をゆっくりと癒やしていくのでした。青春ドラマというよりは、青春の終わりをリアルに描き、「すでに若くない」若者のひとりひとりの人生と、それでも友だちと共に生きていく人生、彼女彼らにとって後につづく途方もなく長い二つの人生を生きなおす決心をする…、とても痛くて切ないドラマでした。
 実際、18歳から28歳という10年は、誰にとってももっとも輝き、そしてまたしばしば輝きをなくしていく10年でもあると思います。
 すでに何度も書いてきたことですが、わたしの場合はマクベスのようなある意味過酷な10年とはけた違いで、友だちとの6人暮らしに甘えながら天秤皿の一方に見たくない、さけて通り過ぎたい現実のすべてを乗せ、もう一方に何の根拠もない夢と切ない希望のありったけを乗せて、なんとか生きてきた10年でした。
 そんなひとりよがりの人生が長くつづくわけはなく、友だちとの共同生活は3年と持ちませんでした。その後の長い時間は、おりしも世の中が高度経済成長の荒波におぼれそうになりながらも他人の夢と、いつかは行き詰る切ない希望に身を任せた、今から思えば身震いするほど恥ずかしい人生を生きてきたように思います。
 それに引き換え、彼女彼らはバブルがはじけた就職氷河期に生まれ、失われた20年、いや失われた30年を個人の事情だけでは切り抜けられないところに社会全体が追い込まれてしまった時代を生き抜かなければなりません。
 いつのまにか、明日にもう、なんの夢も希望もないことを知ってしまった世代が社会の担い手になろうとする今、彼女彼らの夢や野心や欲望や絶望や、人間が最後に罹る病としての希望すら、戦後民主主義を何枚何十枚も衣替えしてきたこれまでの「政治」では救済できないところに来てしまいました。こんな時代を用意してしまったわたしの世代の罪をいくらここで書いてみても、言い訳にもならないことを実感します。
 こんな過酷な時代を担わなければならない彼女彼らには、「マクベス」の10年は決して夢を追い続けた10年でも夢を失いつづけた喪失の10年でもありません。その10年に甘い夢などこれっぽちも持たず、むしろ高校時代の淡い夢を厳しい現実で検証し、時間をかけて目を覚ました、愛おしい10年だったと思います。いつの時代でもどの世代でもやってくる青春の儚い光は、回を重ねるごとに彼女彼らを通して、70歳を過ぎたわたしにも暖かいひとのぬくもりを感じさせてくれます。このドラマの視聴率が低かったのは、 こんな過酷な現実をこれ以上見たくない人たちがたくさんいて、ある時は心を縮ませ、またある時は世界の果てまでも欲望の翼を広げる毎日を生きているからなのだと思います。
 グループを解散しないでいいような一発逆転の展開もなく、実人生の10年をかけて恋を実らせたジュンペイ、解散後世界一周のあてのない一人旅に向かうシュンタ、そして中浜さんもまた勇気を出して再度企業に就労へと踏み出す中で、シュンタだけは現実をまだ受け入れられず取り残されたように思います。「マクベス」へのこだわりで友だちの10年を奪ってしまったことへの後悔が残るシュンタに、中浜さんは自分も含めてお客さんを幸せにしてきたこと、ぎすぎすした暴力的な世の中を生きるためのささやかな勇気をくれたこと、100人のファンより100回ライブを見に来てくれる一人のファンを持つ「マクベス」の10年は豊かな時間だったと話してくれます。
 物語の展開から視聴者が期待する2人の恋がまったく芽生えなかったことがこのドラマを名作にしたひとつですが、その分だけ有村架純がとてもまぶしく、いい女優さんになったなと思いました。
 それにしても、今のバラエティーブーム、お笑いブームは私が思ってきた諧謔を仕込んだ「笑い」ではなく、金太郎あめのような同調圧力による微笑みのファシズムのようで少し恐怖を感じていたわたしは、このドラマで「マクベス」が演じるコントがまったく面白くなかったことが逆説的で、救われました。

あいみょん – 愛を知るまでは「コントが゛はじまる」主題歌

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