争う経済から夢見る経済へ。誰もが助け合って暮らせるゆたかな社会をめざすソーシャルビジネスを紹介しながら、演歌からポップスまで、好きな音楽への雑感や生活をつづる日記。

2018.01.04 Thu 今年もよろしくお願いします。

2018nenga.jpg

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

 昨年の7月で70歳になり、自分の人生に区切りをつけないといけない年齢になったことを実感する新年です。
2011年から始めたブログは、当初は「恋する経済」というタイトルにふさわしく、豊能障害者労働センターの活動を中心に、「助け合いの経済」が現実の一般経済とどう折り合いをつけ、実効力を持てるのかを考えるブログとして出発しました。
しかしながらその年の5月に島津亜矢さんの記事を書いて以来、多くの読者の方々に支えられて250本を超える記事を書くことになりました。
 わたしの思いとしては、島津亜矢さんが大きな事務所に属さず、コンサート活動を中心に自ら「市場」を広げる、つまりファンを獲得する「顔の見える音楽」活動をされていることへの尊敬の念があります。
 わたしが何十年来願っている「顔の見える経済」もまた、障害者を中心に、自ら「助け合いの市場」を作りだすことで障害者の雇用と所得を補償する活動で、ジャンルはちがいますが、島津亜矢さんの音楽的冒険に強いシンパシーを感じています。
 これからも一ファンとして、わたしなりの独断と偏見を申し訳なく思いますがお許しいただき、島津亜矢さんの音楽活動を追いかけようと思っています。
 地域では今年3回目となる「ピースマーケット・のせ」の開催日が5月20日となり、実行委員会が活動をはじめています。地域性にこだわり、日常生活の中から憲法や平和への願いを語り、歌い、分かち合い、息苦しい世相の中で行方不明になりそうな民主主義を手繰り寄せ、次世代に届ける新年にしたいと思います。
 そして7月11日、箕面の友人たちとクラシックのチャリティー・コンサートを企画しています。この催しは、東日本大震災による福島県の原発事故による放射能の不安を抱えながら暮らす障害児とその家族を一時的に関西に迎え入れ、心身の疲れを癒してもらう保養プロジェクト「ゆっくりすっぺ in 関西」の活動を支援するために開きます。
 箕面市出身のヴィオラ奏者で、ドイツをはじめとするヨーロッパの第一線で活躍されている吉田馨さんが演奏仲間に声をかけ、毎年石巻市でチャリティー・コンサートを開催される前夜祭として、箕面でのコンサートが実現しました。
 このコーサートの収益を「ゆっくりすっぺ in 関西」に届けるだけでなく、コンサートを通じて原発事故により子どもたちが、とりわけ障害を持つ子どもたちが心を固くして暮らしている現実を多くのひとびとにお伝えし、一日でも早く子どもたちの明日が夢見る希望に満ち溢れるように「ゆっくりすっぺ in 関西」を支援し、共に未来を耕したいと思います。

web拍手 by FC2
関連記事

2017.12.24 Sun 2017年紅白の島津亜矢の歌唱曲は「The Rose」。実人生では報われず、愛と悲しみを歌うことでしか救済できなかったジャニスへの鎮魂歌。

島津亜矢「syinger3」

 紅白歌合戦の歌唱曲と歌唱順が発表され、島津亜矢はなんと「The Rose」を、前半のトリで歌うことになりました。
 今年の紅白は安室奈美恵と桑田佳祐の特別出演や、演歌では丘みどり、ポップスではエレファントカシマシ、竹原ピストル、三浦大知、SHISHAMO、WANIMA、Little Gree Monstar、TWICEなど、実力派や話題のアーティストが初出演することで、例年よりも盛り上がりが予想されます。
 井上陽水や松山千春など、NHKに望まれても紅白に出場しないアーテイストがほとんどいなくなり、若いひとたちにとってそれなりの特別な歌番組として認識されるようになり、「親が喜ぶ」といった感想が普通になってしまいました。
 それだけに若い人たちに圧倒的な人気があり、コンサートの動員力が半端ではない将来性のある若いミュージシャンの出演交渉がやりやすくなったところはあるかもしれません。特に今年はこれからの音楽シーンをけん引するJポップの若い才能が結集した感があります。
 紅白が他の音楽フェス番組と大きく違うのは、何といってもJポップのアーティストだけではなく、演歌・歌謡曲の歌手も結集するところにあります。そのため、音楽シーン全体から見れば人気があるとは言い難い歌唱力のある(?)演歌歌手か、いま流行りのJポップの歌手か、誰それが出演しないのになぜあの歌手が出演するのかと、この時ばかりは「公共放送」であることも要因となり、ほかの音楽フェス番組では問題にもならないことが議論されます。
 いま流行りの歌手といえば演歌歌手に比べて観客動員数が一桁どころか二桁三桁ちがうJポップの歌手だけでこの番組の出演総数をはるかに超えてしまいますが、わたしもふくめてNHKの音楽番組をよく見る中高年の視聴者が彼女たち彼たちの名前すら知らず、だからと言ってわたしもふくめて中高年の視聴者がすべて演歌好きでもなく、ポップスやロックのファンのひともたくさんいます。
 ですから、わたしの場合は普通に暮らしていたらまったく聴く機会がない若いアーティストの才能に触れる絶好の機会を提供してくれるという意味で、紅白はうれしい音楽番組なのです。
 それはさておき、島津亜矢のファンとしては、彼女自身もファンのためにも紅白出場を願っていることもあり、今年もなんとか出演を果たせたことは喜ばしいことではあります。以前にも書きましたが、NHKの音楽番組担当チームの中では演歌のジャンルでも世代交代を求めていて、その流れが一昨年、島津亜矢の14年ぶりの紅白出演につながったのですが、一方で数少ない演歌枠の中で、いつのまにか島津亜矢自身がベテランの域にあり、台頭してくる若手の歌い手さんにとってかわられる心配もあります。
 たとえば今回トリとなった石川さゆりや天童よしみが世代交代の波をかぶるような予想もありますが、わたしはこの二人はまだ当分出演が続くと思います。
 とくに石川さゆりはベテランにもかかわらず、絶えず音楽的冒険を続けていて、ポップス系のアーティストからの楽曲提供やコラボも高い評価を得ています。
 もちろん、今回の歌唱曲「津軽海峡冬景色」は阿久悠没後10年ということや、この歌が演歌にありがちだった耐え忍ぶ女性像から脱出し、自立した女性像を打ち出した楽曲の一つであることなどを思うと、彼女にはポップスもふくめて数々の名曲がありながらも、この歌を歌うミッションを感じていると思います。
 ですから、島津亜矢の立ち位置はわたしたちファンが思うよりは危いところにあると思うのです。ファンの願望としては島津亜矢が演歌枠ではなくポップス枠でもない実力派の歌手として選ばれたと思いたいのですが、ポップス系はすそ野が広く、歌唱力のある歌手はたくさんいますから、やはり演歌枠の中で「ポップスを歌える演歌歌手」という希少価値が認められて選ばれたのだとわたしは思います。
 事実、今年の島津亜矢はTBSのJポップ系の番組に出演し、高い評価を得ました。そのことはずいぶん前から彼女のポップスの歌唱力を高く評価してきたNHKの音楽番組チームにとってもうれしいことであったのかもしれません。さらに言えば、島津亜矢のポップスの歌唱をずっと前から評価してきたのはNHKであるという自負もあるかもしれません。
 ともあれ、紅白のハイライトとは縁がなく、番宣の番組への出演もない島津亜矢を心密やかに熱烈に応援するNHKのスタッフが確実にいるということでしょう。今年の島津亜矢の歌唱曲「The Rose」は、そんな思いが積み重なって選ばれたのだと思います。
 「ローズ」は1979年のアメリカ映画「The Rose」の主題歌です。映画「The Rose」はジャニス・ジョプリンがモデルとなっていて、ベトナム戦時中の60年代、アメリカを舞台に、酒と麻薬に溺れながらも歌いつづけた女性ロック・シンガー、ローズの愛と激情の人生を描いています。主演したベット・ミドラーが歌った「The Rose」はゴールデングローブ賞やグラミー賞も受賞するなど、大ヒットしました。
 また、時代を越えて多くのアーティストによってカバーされており、日本ではジブリ映画「おもひでぽろぽろ」の主題歌として、この映画の監督・高畑勲の訳詩で都はるみが歌った「愛は花、君はその種子」というタイトルのカバー曲もつくられました。
 2015年にはTBS系金曜ドラマ「アルジャーノンに花束を」の主題歌として原曲が使われ、話題になりました。
今回の歌唱はおそらく「SINGER3」に収録した英語の原曲を歌うことになると思うのですが、「 I Will Always Love You」のような声量を活かした名曲調ではなく、静かに語りかけるように愛を歌うロックバラードは心に少しずつしみこんでいくようです。
 演歌にしろポップスにしろ、島津亜矢は声量を抑え、聴く者の心のなかに歌の残像と記憶を残すことを学んでから表現の幅が広がりましたが、まさにこの歌はその表現力がなければ歌にならない難しい曲だと思います。
 ジャニス・ジョプリンをモデルにして、主人公のローズがたどる酒とドラッグと歌の人生を描いた映画が終わり、その余韻を残しながら流れるこの歌はそのままジャニスへの鎮魂歌で、子供の頃から歌うことを宿命とした島津亜矢にとっても自分の人生と重ね合わせ、身につまされるところもあるのではないでしょうか。
 華やかでにぎやかな中でこの歌を島津亜矢が歌い始めると、会場が少しシーンとなることでしょう。前半のトリという歌唱順は、そのことにも配慮した演出ではないでしょうか。

島津亜矢「The Rose」

ベット・ミドラー「The Rose」 (歌詞字幕)

web拍手 by FC2
関連記事

2017.12.18 Mon 「難破船は中森明菜の復活を願う祈りの歌 島津亜矢「SINGER4」

SINGER4.jpg
 
 紅白歌合戦で島津亜矢が何を歌うのか、NHKが何を歌わせるのか、ファンの間では様々な予想が沸騰しています。
 わたしは本来、島津亜矢が紅白に出演してもしなくても、それほど重く感じていません。というのも、島津亜矢という歌手の進む道がどうやら目先の人気では語ることができない彼女独自の新境地へとつながっていると思っているからです。
 16歳でデビューした島津亜矢は不運を引き受けざるを得ませんでした。ひとつは若くして群を抜く歌唱力と声量が絶賛される一方で、今までの予定調和的な演歌ファンから敬遠されるところもあったのではないでしょうか。
 そんな彼女にとってベテランの演歌歌手の存在にやや陰りが出てきたと同時に、島津亜矢のとてつもない才能が顕在化したというべきでしょうか、ふと周りを見ると年齢的には若いにもかかわらず、いつのまにか若手というよりは演歌界をけん引する存在になり、彼女につづく若い演歌歌手のために固く重いドアを開く役目を担わなければならなくなりました。
 わたしは今の演歌は実は1970年代にフォーク、ニューミュージック、Jポップへと歌謡曲が分裂した後に残されたジャンルで、今の形のままではいずれは消滅してしまうのではないかと深刻に思います。
 一方で没後10年という節目の年でもあり、たびたび阿久悠の特集が音楽番組に組み込まれたり、第一線で活躍する松本隆やシンガー・ソングライターの水野良樹などは作詞家が詞をつくり作曲家が曲をつくり、信頼すべき歌手が歌いこむという作り方への回帰を提案しています。その背景にはシンガー・ソングライターの自作自演はそのアーティストの世界観を表現するにはいいのですが、技術的にも内容的にも自分の歌いやすい歌ばかりになってしまい、閉塞感から抜け出せない現実があるからだと思います。
 くしくもヒップホップブームに先駆けてJポップの女王であり続けた安室奈美恵の引退、さらには今年の紅白に出場する竹原ピストルのようにアコースティックギター一本の弾き語り、中高年を励ます応援歌を歌うロックバンド・エレファントカシマシなど、1970年代の再来とまではいきませんが、大衆音楽のアナーキーなカオスの中から来るべき新しい歌謡曲ルネサンスがすぐそこまでやってきていると確信します。
 その時にこそ、島津亜矢がかつての美空ひばりのように大衆音楽の歌姫として来るべき時代を担うことになるでしょう。その時のためにも、目先の紅白出場だけにとらわれず、彼女の音楽的冒険を最大限に生かしたプロデュースを切望します。

 さて、「SINGER4」に収録された楽曲の中で、「YELL」に次ぐショックを受けたのは「難破船」でした。
 当初は正直、少し違和感を感じたのですが、何度も聴いているうちにカバーで歌うには最高難度のこの曲に、島津亜矢がカバーで終わらせない新しいいのちを吹き込んだと思いました。
 わたしは中森明菜が好きでこの歌もリアルによく聴いていました。この歌は加藤登紀子が1984年に発表し、その後加藤登紀子本人のすすめで1987年に中森明菜が歌ったとされます。
 1982年にデビューした中森明菜は同時代に人気を二分した松田聖子が明るく清純なイメージに対して、暗くてやや不良少女的なイメージを背負わされていました。
 わたしは美空ひばりと同じように、島津亜矢のカバーを聴いてから松田聖子のすばらしさを知った人間ですが、リアルな頃は断然明菜派でした。この歌い手さんは実はとても明るく純情で、世間やまわりの人が彼女に望むことを素直に受け入れようとする人だと思いました。そしてまた、結構早くから衣装や振り付けや楽曲にも自分の意見を言い、デビュー当のアイドルからアーティストへと変貌しました。
 「難破船」は中森明菜のベストヒット曲というわけではないのですが、ほかの歌とはまったくちがう、鬼気迫る歌唱が今も心に突き刺さります。
 原作者の加藤登紀子が歌うとこの恋は歌詞通りにすでに終わっていて、とても悲しく孤独でどうしようもない心の行方が見定まり、歌が語り部となって聴く者の追体験をも慰めてくれるようです。
 中森明菜の場合は、リアルな時も今も、わたしは心落ち着いて聴いていられません。イントロや間奏の間、彼女の目線の先に何があるのか、とても繊細でおどおどしているようで、つぶやくように歌う低い声とせつせつと歌う仕草は、どうしても歌の中の世界ではなく、彼女自身の心のありようがあふれ、身につまされてしまうのです。
 中森明菜の「難破船」ではまだ恋は完全に終わっていない、今まさに恋が彼女の目の前からかき消される瞬間で、彼女が歌い終わった時、ほんとうに恋は終わってしまうのでした。そこでは悲しみを通り過ぎた孤独が待っていて、彼女は心も体も命も削るように歌っています。その類まれな歌唱力と独特なステージパフォーマンスでファンを虜にしたスーパースター・中森明菜もまた、どこか不幸の影を身にまとい、時代に翻弄された歌姫でした。松田聖子が時代を恋人にした永遠のアイドルだとしたら、中森明菜は時代の愛人にされたマッチ売りの少女と言えるのかもしれません。
 くしくもこの歌が発表された2年後の1989年、当時交際をしていた近藤真彦の自宅マンションにて自殺未遂事件を起こし、中森明菜は芸能活動を約一年間休止します。その後、さまざまなバッシングや彼女自身の体調不良などで活動休止があり、テレビなどの音楽シーンには登場しなくなりました。
 島津亜矢の「難破船」は、オリジナルよりもかなりスローなテンポで、最初はほぼオリジナルを踏襲しているのですが、後半のサビあたりからすでに中森明菜の歌ではなく、島津亜矢の「難破船」になっていくのでした。
 島津亜矢の「難破船」は今まさにこの恋が終わったところで、悲しみと孤独は崩れ落ちるガラスのがれきのように冷たく光りながら彼女の心の行方をふさぐようです。
 これ以上立ち直れないところで彼女の歌は、わたしたち聴く者に届く前に彼女の心の中で泣き叫んでいます。わたしたちは彼女が思いっきり泣いた後に、それでも生きていってと背中を軽く押すことしかできません。
 島津亜矢は中森明菜の「難破船」が行き惑う荒海で、行き先をなくした恋心を粉々にする白い牙と黒い岩にぶつかり、とうとう座礁してしまうのを見守るように歌います。そこでは「難破船」という歌は中森明菜の復活を願っているような祈りの歌へと昇華しています。
 この歌の王道は、やはり加藤登紀子の挽歌か中森明菜の絶望的なつぶやきなのだと思いつつ、島津亜矢は「難破船」を祈りの歌として、新しくよみがえらせました。
 この曲に限らず島津亜矢のカバーは決してオリジナルから離れず、オリジナルを羅針盤にして船出するように歌いますが、オリジナルの航海を見届けたところから島津亜矢の「もうひとつのオリジナル」が、カバー曲に新しいいのちを吹き込み、よみがえらせます。
 「難破船」がその中でも最も高みにたどり着いたカバーとなったのは、ピアノ伴奏だけの編曲にし、自らピアノを演奏した吉田弥生の助けがあったからだと思われます。
 この組み合わせは「SINGER3」の「わかってほしい」以来だと思いますが、その時は一発同時録音で収録され、その緊張関係が素晴らしい演奏になったと記憶していますが、もしかすると「難破船」も同録だったのかもしれません。
ずいぶんゆっくりしたテンポといい、島津亜矢のボーカルと泣けそうなピアノの繊細な絡みが素晴らしく、説得力のある歌唱につながったのでしょう。
 「SINGER4」には刺激的な歌が多く、次回は「命の別名」について書いてみようと思います。

中森明菜「難破船」作詩&作曲・加藤登紀子

加藤登紀子「難破船」 

web拍手 by FC2
関連記事

2017.12.09 Sat さよならを数えるカレンダーもあれば、いのちと出会いと愛を数えるカレンダーもある。

ca2018chirashi.jpg

今年も豊能障害者労働センター機関紙「積木」に、カレンダーの記事を書かせてもらいました。


おもわずだきしめたくなるカレンダー「やさしいちきゅうものがたり」
遠い遠いどこかの大地で同じ星を見ているあなた
遠い遠いどこかの駅のホームに立っているあなた
そして世界の希望の一年がやってくる

カレンダー「やさしいものがたり」の誕生
 松井しのぶさんのイラストによるカレンダー「やさしいちきゅうものがたり」が、2018年版で13作目を数えることになりました。
 そもそも、カレンダー事業は障害者の働く場と所得をつくりだすために結成された障害者労働センター連絡会によるカレンダー「季節のモムたち」がその前身でした。
2003年、イラストを描き続けてくれた吉田たろうさんが亡くなられ、途方に暮れながらも後継のイラストレーターを探さなければなりませんでした。
吉田たろうさんのイラストは、地球上の小さないのちを大切にし、障害者の生きやすい社会をつくるというコンセプトでした。
わたしたちはその想いに加えて阪神淡路大震災、アメリカ同時多発テロなど頻発する自然災害やテロ、紛争でこどもたちが傷つき、いのちまでも奪われる理不尽に立ち向かう世界の人々と共に平和に生きる勇気を耕したい、そんな思いを新しいカレンダーに託したいと思いました。
 報酬は少ない上に、わたしたちの願いを表現してくれるイラストレーターを見つけるのは困難を極めましたが、インターネット検索を繰り返し、松井しのぶさんのイラストを発見したのでした。
 ナチュラルな色づかいとソフトなタッチのイラストは愛らしいメルヘンでもあり、月夜にきらめくファンタジーでもあり、その透明な光のキャンバスの上で記憶と夢が溶け合っています。
 2003年は米英軍を中心とする多国籍軍のイラク侵攻によってイラク全土が破壊され、イラクの民間人の死者の数は10万人とも20万人ともいわれています。
 わたしの記憶では、空爆の様子がテレビ中継されていました。夜のバグダッドの街に次々と爆弾が落とされる情景をテレビで見ている自分自身のおぞましさ、恐ろしさ、うしろめたさは今でも忘れることができません。
わたしは松井さんのイラストを見て、そのイラストの向こう側にだきしめたくなるノスタルジーと未来への強い意志、平和の祈り、希望がぎっしり詰まっていると思いました。
わたしたちの願いのすべてが松井しのぶさんのイラストにあることに、驚きとともに奇跡といってもいい運命を感じました。
 カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」はこうして誕生しました。

カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」は平和を願う手紙
 2011年、日本も世界も立ち止まらざるを得なかった東日本大震災をきっかけに、豊能障害者労働センターは世界の窮民の自立経済と被災地の自立支援をつなぐ障害者市民事業プロジェクトとして商品開発を進め、全国に点在するカレンダーの共同販売ネットワークを通じて届けてきました。

 わたしは壁掛けカレンダーが好きです。スマホやタブレットに時が閉じ込められてしまった今、壁掛けカレンダーの役割は少し変わったのかもしれません。
しかしながら、時代が猛スピードで過ぎ去った後に残る記憶は、その時代を生きたひとびとの人生の証しでもあります。
 子ども時代の戦争の傷跡、鉄条網と牛糞と黒い土と、ハーモニカと布のボールと進駐軍のジープ…。青春時代のデモとゴーゴー喫茶とボブ・ディランと天沢退二郎の「宮沢賢治の彼方へ」と寺山修司の「家出のすすめ」…。そして、豊能障害者労働センターとふたつの震災と被災障害者支援「ゆめ風基金」とKさんの死…。
世界の現実に目を向ければ悲しい記念日に埋めつくされ、カレンダーのどの1日からも悲鳴が聞こえてくるようです。
けれどもその一方で、この世界に生きる74億の人々の、だれかの誕生日でない日などないと思います。さよならを数えるカレンダーもあれば、いのちと出会いと愛を数えるカレンダーもまた、たしかにあるのです。
そして今、わたしたちは北朝鮮との武力衝突があるかもしれないという現実にさらされています。わたしたちの住む日本にも北朝鮮にも韓国にも、たくさんの子どもたちがいます。明日のいのちがどうなるかわからない不安と恐怖と緊張のただ中で身をかがめ、心を固くしているこどもたちがわたしたちと同じ思いで同じ空を見つめていることでしょう。
わたしたちは、どんな強力な武器よりも共に生きる勇気を育てること以外に「安全で平和な社会」をつくれないことを知っています。わたしたち人間は言葉も個性も希望も夢も国籍も民族も年代もちがっても、つながることができるはずです。
 カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」は平和でなければつくることができません。
だからこそ今年もカレンダー「やさしいちきゅうものがたり」に託された平和への願いが、一人でもたくさんの方に届けられることを祈っています。

web拍手 by FC2
関連記事

2017.12.05 Tue 島津亜矢に時代は追いついたが、歌う歌がない。島津亜矢、紅白出場に想う。

simazuaya20171205.jpg

 島津亜矢の紅白出演が決まり、ファンサイトでは歌唱曲に関心が移っています。
 実際のところ、大みそかの歌のお祭り番組と思えば濃淡はあっても出演するだけで目的を果たせているわけで、何を歌おうがかまわないというのもまたファンの心情ではあります。
 しかしながら、出場歌手と不出場歌手とを比べてみればコンクールではなくても、「なぜあの歌手は出場しないの」とか「なぜあの歌手は出場するの」という声が聞こえてくるのも毎年のことです。そんなことを気にすると、ファンとしてどんな楽曲を歌ってほしいか、制作側はどんな楽曲を望んでいるのか、そして一般の視聴者が感激してくれるパフォーマンスを発揮できる楽曲は何かを予想するのは楽しみでもあります。

 世代間で高齢者が演歌・歌謡曲、若い人たちがJポップという分け方は意味がなく、わたしのように演歌からJポップ、ジャズまで当たり前に聴いている高齢者もまたたくさんいます。しかしながら、反対に若い人たちが演歌・歌謡曲のリスナーになることはこれからもかなり難しいこともまた事実でしょう。その理由のひとつは「氷川きよし」現象は別格で、この分野での音楽的冒険がほとんどないことにあります。
 単に懐メロがなつかしいというだけでなく、わたしの若い頃はポップスよりも演歌の方が時代を背負い、時代とたたかう人々の悲しみや寂しさを歌ってくれました。例えば居酒屋やパチンコ屋や喫茶店や商店街のアーケードに流れたその歌の歌詞の一節にはげまされたり慰められたりいやされたりと、自分の人生を見守り、見届けてくれた歌がたくさんありました。
 わたし個人の感じ方でしょうが、今のはやり歌はポップスでも演歌でも時代の鬱屈した空気を歌う歌がほとんどありません。もちろん、たとえば西野カナの歌のように若い人の個人的な体験に寄り添い、心のひだに溶けこむ歌はとくにJポップの分野ではたくさんあり、それが音楽のヘビーユーザーである若い人たちにコミットすることはあるのでしょう。
 しかしながら個人的な出来事や感情を歌いながらも色濃く時代を背負うような楽曲は、「歌は世につれ世は歌につれ」といえた幸せな時代から遠く離れてしまった今、なかなか生まれにくいのだと思います。
 これもわたしの独断と偏見ですが、かろうじて中島みゆき、松任谷由美、宇多田ヒカル、わたしがイチ押ししている水野良樹、SEKAI NO OWARI 、エレファントカシマシなど、Jポップの分野には時代を背景にした楽曲が数多く発表されていて、それらの歌はおそらく後世に残るでしょうが、最近の演歌の場合はほとんど残らないとわたしは思います。(浜圭介にはもうひと頑張りしてほしいと思っているのですが。)
 そう考えると、島津亜矢の行く末はとても心配になります。かつて20代後半から30代に演歌の分野で絶大かつ稀有な歌唱力が生かされない中、ただひたすら苦難の道をひた走り続け、今ようやく演歌からポップスまで歌える歌手として評価を得ているというのに、なお島津亜矢には歌う歌がない、時代は島津亜矢に追いついても、歌はまだ島津亜矢に追いついていない…。
 もちろん、彼女のチームが世に出した数々の楽曲がJポップに劣っているというのではなく、Jポップも演歌・歌謡曲も共に、歌うべき時代を見失っているとわたしは思います。
 島津亜矢の場合、演歌・歌謡曲の歌唱はすでに完成されているだけでなく、彼女の歌に対する真摯な対し方に助けられて歌がなんとか生かされているというのが実情です。演歌の分野にもともとはまりにくいスケールの大きさが、作り手にとっては一筋縄では行かず、彼女にふさわしい演歌をつくることを難しくしているのではないでしょうか。
 失礼を承知で言いますが、すでに既存の演歌の作り手が楽曲を提供するのが難しい歌手になった島津亜矢は、それゆえにますます歌に恵まれないという皮肉で悲しい状況にあります。現に市川由紀乃や丘みどりのCDの売り上げは島津亜矢のCDよりも売れていると思います。彼女たちの歌は彼女たちの歌手としての力量に寄り添い、聴き手の欲求にもマッチングし、CDセールスに力も入れています。
 もちろん、CDの売り上げがすでにヒットの証明ではないという意見も本当ですが、それはツアーやコンサートだけでなく、音楽フェスなど多様な市場を持つJポップの話で、残念ながら演歌・歌謡曲の場合はCDの市場をふくめて数少ない小さな市場でユーザーを取り合っているのが実情でしょう。
 一方で、長年培ってきたポップスの歌唱力が注目され、今年次々とメインストリームの音楽番組に出場し、驚きをもって迎えられた流れをCDやコンサートのセールスにつなぐためには、真剣にJポップの分野のヒットメーカーに楽曲を依頼するしかないと思っています。そして、今年たまたま2曲出すことになったいきさつはともかく、来年からは意識的に演歌・歌謡曲とポップスの2曲を発表し、しかも演歌の作詞作曲もポップスの作り手にゆだねて新鮮な演歌を島津亜矢には歌ってほしいのです。
 その候補者は先に挙げた人の他にも、島津亜矢のポップスの歌唱力を高く評価し、コンサートにも来てくれる松尾潔など、島津亜矢の周辺にもたくさんいると思います。松尾潔は演歌では坂本冬美や山内惠介に楽曲を提供していますし、ポップスではケミストリーの生みの親で、宇多田ヒカル、平井賢、MISAなどのプロデュースも手掛け、R&Bと日本の歌謡曲を関連付けて考えられる稀有の人だと思います。
 おそらく島津亜矢の音楽性の中でもいま最も先端にあるR&Bを歌える歌手と認め、オリジナルのブラックミュージック&演歌を提供してくれる第一人者ではないかと思います。演歌の方では、まだ彼の才能を十分に生かし切れていないと思われ、本腰を入れて島津亜矢のプロデュースをお願いしてはどうでしょうか。島津亜矢が演歌もポップスもジャンルを超えたボーカリストになるためには異色のプロデューサーと作詞作曲者による大掛かりで長期的な戦略が必要だと強く思います。

 さて、わたしも少し遊ばせていただき、島津亜矢に歌ってほしい楽曲を考えてみたいと思います。すでにファンサイトでも提案されているものですが、第一候補は「風雪ながれ旅」です。この歌を歌う可能性は限りなくゼロですが、もし北島三郎が特別審査員となり、現役の歌手でたくさんの弟子を抱えている身ではあっても、それらの事情を越えてあえて島津亜矢に演歌の未来を託し、この歌を歌うことを許してくれるほぼゼロの可能性に賭けてみたいのです。そうなれば当然歌唱順も大トリなるでしょうし、このもしもが実現したら、こと紅白に関しては来年の出場も約束されるでしょう。
 次の候補は「I CAN’T DO ANYTHING-宇宙よ」です。この楽曲は「ガンダムの最新作」の主題歌としてつくられ、総監督が島津亜矢に歌ってほしいとオファーして出来上がった曲でも作曲は服部隆之です。わたしはかねてより島津亜矢がアニメソングを歌ったらと思っていました。「SINGER4」でも「魂のルフラン」を熱唱していますが、「I CAN’T DO ANYTHING-宇宙よ-」は正真正銘彼女のオリジナル楽曲で、良質で難しいポップスを見事に歌いこなしていますので、ポップスファンをびっくりさせることはできるでしょう。ただ、ポップスファンですらなじみがなく、紅白に出るのなら島津亜矢には演歌を歌ってほしいという声も根強いですから、これも実現はほぼセロかなと思います。
 3番目は「乱れ髪」です。これも昨年美空ひばりの「河の流れのように」を歌いましたから、別の演歌歌手との兼ね合いもあり、さすがに2年続けてはないかなと思うのですが、船村徹の関係でプロデュースされるのなら、島津亜矢の「乱れ髪」はコンサートではよく歌ってはいるものの、演歌ファンにとっても新鮮に聞こえるのではないでしょうか。
 あとは「旅の終わりに聞く歌は」はビギンの比嘉栄昇が田端義夫につくった名曲で、私の妻の推薦です。オリジナルの「海鳴りの詩」も船村徹がらみですが、やや古いかなと思います。
 あとはもう、よくわかりませんので、発表を待つことにします。

島津亜矢「風雪ながれ旅」(フルコーラス)

島津亜矢「旅の終わりに聞く歌は」

web拍手 by FC2
関連記事