争う経済から夢見る経済へ。誰もが助け合って暮らせるゆたかな社会をめざすソーシャルビジネスを紹介しながら、演歌からポップスまで、好きな音楽への雑感や生活をつづる日記。

2017.08.03 Thu 演歌の地殻変動がはじまった今、島津亜矢の立ち位置は? 2週連続島津亜矢特集「新BS日本のうた」

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 7月9日、16日はNHK-BSの「新BS日本のうた」で2週続いて島津亜矢二番勝負と銘打ち、島津亜矢をメインにした歌とバラエティーで構成した番組が放送されました。
 9日は今や若手男性歌手の人気を二分する三山ひろし、山内恵介の共演によるコミカルな寸劇を交えたバラエティーの構成でした。
 16日はなんといっても中村美律子との共演で、名曲「無法松の一生」をテーマにしたオリジナル寸劇「無法松物語~松五郎と吉岡夫人~」を熱演しました。
  「金スマ」から「SONGS」、「音楽の日」とつづいたメインストリームでポップスを歌い、すそ野の広いターゲットに届けた歌唱はそれぞれ好評でしたが、その領域では「ネクストブレイカー」という位置づけは致し方なく、今後も複数のテレビ局での音楽番組に出演する機会が増えることを願わざるを得ません。
 聞くところによるとポップスのカバーアルバム「SINGER4」が発売されるようですから、それにちなんで各放送局へのアプローチとドラマやCMとのタイアップにも期待したいと思います。以前、セキスイハイムのCMだったでしょうか、島津亜矢がカバーした「ニューヨークニューヨーク」が流れたことがありますが、ごくごく短く、島津亜矢の名前も出てこなくて、うれしい反面がっかりしたことがあります。
 さらに、多忙を極めるスケジュールは承知の上で、たとえば「SINGER4」発売記念コンサートをツアーでなくても東京、大阪、名古屋、福岡などスポットで収録曲を中心に開き、ゲストに収録曲のソングライターを一人迎えてコラボをしたりとか、本人には申し訳ないですが勝手な妄想は広がるばかりです。

 しばらくテレビではポップスが続きましたので、BS放送の二週連続の島津亜矢特集は演歌ファンだけでなく、島津亜矢自身もほっとするというか、生き生きとしていたように思います。
 それはともかく、「新BS日本のうた」の「スペシャルステージ」は従来2人の歌手による共演が中心でしたが、最近はその日の別の出演者一人二人が登場し、歌も交えたバラエティーコーナーになることも多くなりました。
 その理由の一つに、遅ればせながら演歌界の地殻変動があると思います。つい1、2年前までは島津亜矢よりも上の世代のベテランの歌い手さんを核にして、島津亜矢をはじめ中堅から若手の歌い手さんと組み合わせることで用をなしてきました。
 しかしながらここ2、3年は三山ひろし、山内惠介、福田こうへい、市川由紀乃、丘みどり、椎名佐千子、杜このみなど若手の歌い手さんの台頭が目覚ましく、せっかく共演しているのですから若い歌い手さんたちのパフォーマンスも同時に見たいというお客さんの要望を組み入れたのだと思います。この流れはNHKの地上波番組「うたコン」と連携したもので、ベテラン歌手はBS朝日の五木ひろし「日本の名曲 人生、歌がある」、BS日テレの「歌謡プレミアム」、BSジャパンの徳光和夫「名曲にっぽん」などへの出演にシフトしている状況です。
 この流れは今後もっと鮮明になっていくと思われる中、島津亜矢の立ち位置がとても気になるところです。
 実をいうとわたしは少し前まで、若手の歌い手さんの勢いに島津亜矢が吹き飛ばされるのではないかと心配していました。
 彼女の場合、北島三郎をリスペクトし、星野哲郎の薫陶を受けて演歌の王道を歩いてきました。この道にはヒット曲を持つベテラン歌手が何人も前を歩いていて、いくら人気商売とはいえその人たちを押しのけて演歌をけん引するだけの営業力とプロデュース力に劣る個人事務所であることや、すでにレコード会社にもその能力はなく、どう考えても歌がヒットするツールに乏しいことは否定できません。
 そんな危惧を吹き飛ばしてくれたのが「金スマ」出演で、たったそれだけのことで島津亜矢を取り巻く状況が様変わりになり、営業不足をもろともせず演歌枠のヒットチャートで善戦しています。最初は「I Will…」他、ポップスのアルバム「SINGER」シリーズ3枚が再度売れ行きを伸ばし、その流れが「心」にも来たというところでしょう。
 そんなわけで、いまのところ従来の演歌枠の中ではベテラン勢の出演が少なくなった分、島津亜矢が若手を引っ張る位置に立っているというところです。
 今回の「新BS日本のうた」の2週にわたる島津亜矢特集は、こうした流れの中で実現したもので、長年島津亜矢を推してきたこの番組のスタッフの努力によるものと推察できます。
 同じ企画の氷川きよし特集に次ぐもので、番組全体が島津亜矢を盛り立てる演出でした。9日に出演した美川憲一、16日に出演した中村美律子という先輩歌手も島津亜矢を盛り立ててくれました。とくに中村美律子はずっと以前にこの番組で「瞼の母」を共演し、大きな反響を呼びましたが、その時は「スペシャルステージ」での競演でした。
 今回も寸劇「無法松物語~松五郎と吉岡夫人~」で見事な共演を見せてくれましたが、今回の場合はあくまでも島津亜矢を盛り立てることに専念されていて頭が下がりました。
 くわしくは違うのかもしれませんが、中村美律子が島津亜矢に好意を持つようになったのは昨年の10月放送のこの番組の「演歌名人戦」がきっかけだったように思います。都はるみにしても中村美律子にしても、きっと以前はとっつきにくい存在だったのが、島津亜矢の歌唱力と歌を深く詠もうと努力する真摯な姿勢を目の当たりして、こだわりなく島津亜矢という歌手を認めてくれるようになったのではないでしょうか。
 ともあれ2週続いたこの番組で島津亜矢がとても気持ちよく歌い、寸劇を楽しんでいたのが印象的でした。演歌・歌謡曲の歌唱はまた一段と丁寧で、横に上半身を揺らしながらのメリハリのある歌声に、最近ポップスで「まだまだ」と感じていたのが払しょくされました。島津亜矢はポップスを歌えば歌うほど、演歌の歌唱がどんどん進化していくように思います。
 また以前は少し硬かった印象は完全になくなり、他の共演者にも遠慮せず、それでいて依然と変わらない心配りが感じられ、その立ち振る舞いを見てとてもうれしく思いました。きっと島津亜矢だけが変わったのではなく、周りの人たちも変わったのだと思います。

島津亜矢 スペシャルステージ 共演 山内惠介 三山ひろし14曲/2017

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2017.07.30 Sun 障害者と健全者が対等なパートナーになることを阻む福祉・相模原事件から1年。

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 昨年の7月26日未明に神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた障害者殺傷事件相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が刺殺された事件から1年が過ぎました。
 犯行後も「障害者は死んだほうがいい、安楽死させるべきだ」、「重度の重複障害者は殺すべきだ、いなくなったほうが社会のためになる」と障害者差別発言を繰り返し、実際の犯行に及んだ容疑者の非人道性と残虐性は極まっています。
障害者施設「津久井やまゆり園」は1964年に設置された定員160人の知的障害者の入所施設で、4月末時点で19歳から75歳の人たちが個室に1人か2人が入所し、約40人が60歳以上とみられ、全国の障害者施設と同様に重複障害を含む重度化と高齢化が進んでいました。
 一年たった今も、家族による障害者の生い立ちや職員による施設での暮らしの一端が報道され、「死んでいい命などひとつもない」と、犯行に及んだ加害者への強い憤りが噴出する一方で、家族への配慮を理由に殺害された障害者の実名は公表されず、いのちを奪われたひとりひとりの障害者が生きていたことすら暗闇の中の19という数字でのみ済まされる理不尽さにこそ憤りを感じるのはわたし一人ではないと思います。
 事件後、神奈川県はやまゆり園を建て替える方針を決め、当初は現在とほぼ同じ約150人規模の施設を再建する案を示しました。これに対し、障害者団体などから「社会との隔絶につながる」などと異論が噴出し、県が設置した専門部会では、障害者がグループホームなどを利用して地域で暮らす「地域移行」を進める前提で議論が進み、建て替え後の 施設を現在より小規模化する案が検討されているそうです。
 高度経済成長期に障害者を排除するために収容施設をつくり、障害者を家族からも友人からも働く場からも生活の場からも隔離してきた福祉施策そのものが、「障害者は社会に役に立たない邪魔な存在」として殺害に及んだこの残虐な加害者の背中を押し、犯罪に加担したと指摘する障害者の声が反映され、障害者を地域に返す方向へと進んでいるとすれば、理不尽にうばわれた19のいのちへのこの社会の謝罪とせめてものたむけになるのかもしれません。
 「誰でも生きる権利がある」といいながら一部の障害者を閉じ込めたり、社会の健全者幻想で障害者を拘束するのではなく、彼女たち彼たちが帰るべきところに帰り、「障害者を必要とする社会」へとこの社会が変わらなければ、誰もが平和に暮らせる社会はやってこないのではないでしょうか。
 わたしは1981年の国際障害者をきっかけにはじめて障害者の問題を身近な暮らしの中で考えるようになりました。それまで障害者の様々な問題は本人が障害を持っていることが原因としか思っていなかったわたしは、「障害という際立った個性を持っているというだけで当たり前に学ぶことも当たり前に働くことも当たり前に夢見ることも当たり前に生きることも拒む」社会の方にこそ問題の原因があることを、また「ある社会がその構成員をいくらかでも締め出すような場合、それは弱くてもろい社会である」という言葉に目からうろこでした。
 そして、日本の障害者が長い歴史の暗闇の中でどんな差別と理不尽な仕打ちに耐えながら生き、死んでいったのかということも…。
 国際障害者年をきっかけに、ノーマライゼーションという聞きなれない言葉が少しずつ世の中に浸透し、インクルージョン、バリアフリー、ユニバーサルデザインなど、カタカタ語の氾濫とともに日本の福祉は模様替えをしてきましたが、今回の事件でその底流にあるものがあまり変わっていないことも露呈されました。

 くしくも7月27日、旧衛生保護法のもとで強制的に不妊手術を受けさせられた宮城県の知的障害といわれる女性が手術の記録を県に求めたのに対し、県が26日に、この女性が15歳の時に手術を受けたことなどを記した「優性手術台帳」を開示したとマスコミ各社が報じました。この女性が中学3年の時にくらしていたのが親元なのか施設なのかは記述されていませんでしたが、親族は中学3年で受けさせられていたことを知らなかったと報じています。
 1948年に制定された旧優生保護法のもとで「不良な子孫の出生を防止する」として、同法が廃止される1996年まで男女とも約1万6500人が強制的に不妊手術を受けさせられ、同意を得た上での不妊手術・中絶を含めると約8万4000人が犠牲になったとされます。
 つい20年前まで続けられた女性障害者への不妊手術は、障害者差別と女性差別の極みで、役に立たない障害者を地域社会から隔離し閉じ込めるだけでは飽き足らず、障害者を生まれてきてはいけない存在として抹殺してきた「国家の犯罪」以外の何物でもなく、今回の犯罪の加害者とどこが違うのでしょうか。
 1960年代後半から70年代にかけて障害者の親が子供を殺す事件が相次ぎ、障害者施設が無いゆえの悲劇として同情的に報じられ、減刑嘆願運動の末に無罪や減刑判決が出ました。そして障害者施設の建設による介護者の負担軽減が必要と受け止められました。
 それに対して、脳性麻痺者協会・青い芝の会は、障害者は殺されても当然の存在とみなし、「本来生まれるべきではない人間」、「本来あってはならない存在」とする健全者社会の方にこそ問題があり、そうした健全者社会の差別に対して強烈な異議申し立てをしました。
 その活動は社会から「過激」とされ、マスコミにも取り上げられ、社会問題となりましたが、一方で彼女たち彼たちの活動に勇気を得た若い障害者やその仲間たちが、青い芝の運動をひとつのバイブルとして障害者運動をはじめるきっかけにもなりました。
わたしが参加していた豊能障害者労働センターもその活動の端っこにありました。
 1990年代に、青い芝の会の一員の横田弘さんが大阪に来られて発言された言葉が忘れられません。
1990年代には障害者の運動の成果として自立生活運動が確立しはじめ、障害者自身が経営を担う障害者事業所や作業所も全国に少なからず生まれ、活動を活発化させていた頃でした。
 障害者とその友人の健全者が協働しながら障害者の人権を獲得しようという時代に、青い芝運動の「健全者は敵だ」とか、「愛と正義を否定する」とか、「問題解決の道を選ばない」というのは、時代遅れではないかという質問に対して、「自立生活センターができたとか、障害者の働く拠点ができたとか、障害者の運動が成果を出しているというのは幻想ですよ。この国は昔も今も、いつでもわたしたち障害者を殺す準備をしていることを、決して忘れてはいけません」…。
 わたしが横田さんのお話を聞いたのはその時が最初で最後でした。わたしはこの障害者運動の伝説的存在の横田弘さんの言葉が遺言のように聞こえました。
 相模原事件を知った時、この言葉が真実であることを実感しました。国家自身が手を下さなくとも、国の障害者施策そのものが差別を増殖させ、このように事件がまた起こるのではないかと心配です。
 そして、その心配は障害者だけに向けられるのではなく、この閉塞した時代を生きるわたしたち誰もに向けられるものであることを、安倍一強と言われる今の政治状況が教えてくれているように思うのです。

旧優生保護法 知的障害者に不妊手術 開示記録で裏付け 毎日新聞

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2017.07.25 Tue 巨大な才能の原石である島津亜矢は刺激的なボーカリスト 島津亜矢「音楽の日」出演2

島津亜矢「SINGER2」

 島津亜矢の「I Will Always Love You」をポップスファンにはじめて紹介したのは、おそらく松尾潔氏だったと思います。
 氏の人気ラジオ番組、NHKFM「松尾潔のメロウな夜」の2012年4月の100回目の放送で紹介し、絶賛しました。
 松尾潔といえば、SPEED、MISIA、宇多田ヒカル、平井堅、EXILE、三代目J Soul Brothers、東方神起、DOUBLE、JUJU、由紀さおり等、数多くのアーティストの楽曲制作に携わってきた、今をときめく音楽プロデューサー&ソングライターです。
 この人はまた、ブラック・ミュージック、その中でもリズム&ブルースに造詣が深く、「松尾潔のメロウな夜」はそんな彼がDJをつとめ、和洋問わず大人の音楽をリスナーのリクエストも交えながら紹介するラジオ番組です。
 島津亜矢の「I Will Always Love You」を紹介したのも、この番組のディープなリスナーでいつもはリズム&ブルースの楽曲をリクエストするひとが、演歌歌手・島津亜矢をリクエストしてきたのがきっかけのようです。少し戸惑いながらも「I Will Always Love You」が収録されているアルバム「SINGER」を手に入れ、驚きとともに打ちのめされるほどの感動をおぼえたと証言しています。
 今のように島津亜矢がこの歌を歌うことがほとんど知られていない時で、リスナーの反響がとても大きく、島津亜矢の演歌以外の歌唱曲が話題になるきっかけとなりました。
 その後も200回放送の時にもう一度取り上げたほか、彼女の30周年リサイタルにも足を運び、終演後に島津亜矢に直接会い、話もしたそうです。
 彼が島津亜矢の「I Will Always Love You」を絶賛するのは、島津亜矢の体に流れるブラックミュージックの血を感じたからだと私は思っています。それは演歌からポップスまで、彼女の歌唱全般に隠れているもので、かつて美空ひばりがそうであったように海を隔てた遠くの大陸から聞こえてきた音楽が日本の海辺にたどり着いたとき、すでに音楽には国境がないことを証明するものでもあります。
 今の島津亜矢の立ち位置を思うと、いつでも先祖返りして既存の小さな「演歌」の四畳半に戻ることはできるかも知れないですが、ようやくたどり着いた大きな海辺で、彼女の歌が今までの10倍20倍広く、また深くたくさんのひとの心に届くことを願わずにはおられません。その意味でも「音楽の日」への出演は、日本の音楽シーンのメインストリームへと躍り出るきっかけになりました。
 島津亜矢が「I Will Always Love You」を自身のコンサートでもなく、また演歌・歌謡曲色の強い「新BS日本のうた」ではなく、「音楽の日」で歌ったことは、ほんとうに感慨深いことでしたし、長いスタンスで振り返ると、松尾潔がそのための道筋の扉を開けてくれたといっても過言ではないでしょう。
 そんな彼がプロデュースしたアーティストたちが大きく羽ばたいたことを思えば、ファンのわがままな願いではありますが、松尾潔に一度だけでも島津亜矢のアルバム制作と、それに連動したシングル制作を任せたら、とても面白い音楽が生まれると思います。
 実際のところ彼の場合はポップスの楽曲制作だけでなく、歌謡曲にも斬新なセンスをもっていて、山内恵介の新曲「愛が信じられないなら」は松尾潔の作詞でヒットチャートをにぎわしていますし、坂本冬美にも自ら作詩作曲した「こころが」を提供しています。
 ポップスから歌謡曲まで作詩作曲できる松尾潔ですが、島津亜矢には彼本来のリズム&ブルースの名曲を提供してもいたいと思います。なにしろ日本のリズム&ブルースともいわれる宇多田ヒカルのデビューにもかかわった彼ですから、島津亜矢を単なる演歌歌手のオプションではなく、日本のリズム&ブルースとしての「島津演歌」という新しい独自のジャンルを生み出せるのではないかと期待できるのです。
 ちなみに石川さゆりや坂本冬美、香西かおりなど、音楽界のメインストリームに進出している演歌・歌謡曲歌手はすでに早くからポップス系のソングライターから楽曲提供を数多く受けています。島津亜矢の場合、純演歌と思われてきたことと恩師・星野哲郎に忠実にプロデュースしてきたことが関係するのか、ポップス系のソングライターからの楽曲提供がほとんどありません。
 もちろん、島津亜矢チームからの働きかけがなかなか難しいことが一番の理由だと思いますが、一方で日本の音楽界全体をけん引するソングライターやプロデューサーが、巨大な才能の原石である島津亜矢の存在を知らなかったとも言えます。
 そのことは日本の大衆音楽の損失であったと思うのですが、今まさに日本の音楽界が島津亜矢そのひとを発見し、これからは各方面からのソングライターからの楽曲提供やCMソング、ドラマ、バラエティーのテーマ音楽への依頼も増えていくことでしょうし、そうなっていくことを願ってもいます。
 ともあれ、「音楽の日」の出演は各方面からの衝撃だけでなく、彼女自身にもとても大きな成果でした。音楽フェスの特番ではソロで歌うだけでなく共演者との共演や交流が楽しみで、今回の放送でも鈴木雅之、藤井フミヤ、山崎育三郎、高橋優、Little Glee Monsterといったポップス界でもトップクラスのボーカリストがワンコーラスずつメロディーを歌い継ぐ中、島津亜矢はドリカムの「何度でも」を歌ってその存在感を示しました。
 こんな光景をどれだけ夢見てきたことでしょう。その信じがたい映像を目の当たりにして、まだまだ先だと思っていたことがこんなに早く実現できたことを誰に感謝したらいいのか言葉が見つかりません。

昨日は、音楽の日、ご覧いただけましたでしょうか?
演歌歌手の私には、なんだか雰囲気も違う、ジャンルの違う方々の中にいるというのは、落ちつかない感じです(^◇^;)が、新しい刺激は、とっても楽しく(^◇^;)本当に幸せです!
昨日は、ソロで歌わせていただく場面と、^_^
ラッツ&スターさん、チェッカーズさんも大好きでしたので^ - ^お隣で歌わせていただけて、近くで、歌声をお聴きできたのも、贅沢な!幸せな時間でした(╹◡╹)♡
ソロで歌わせていただいて、手も足もガタガタ震えていた私に、藤井フミヤさんが、とってもあたたかい言葉をかけて下さり、涙が出そうでした( i _ i )藤井さん本当にありがとうございます( i _
本当に皆様のお陰で、いままで見れなかった世界に触れさせていただけていることに、只々、感謝の思いです。
心を込めて歌わせていただきます。
(島津亜矢のブログより)

島津亜矢「I WiII AIways Love You」(音楽の日)

音楽の日 未来の一歩メドレー 特別企画
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2017.07.19 Wed 島津亜矢が、ようやく日本の音楽シーンのメインストリームに躍り出た瞬間 TBS「音楽の日」 

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 ここ最近の島津亜矢のテレビへの露出は際立っています。
 7月だけでも、4日のBS-TBS「日本名曲アルバム、7日のNHK「ごごウタ」、8日のBS-TBS「我が心の歌~船村徹名曲ベスト10」、15日のTBS「音楽の日、」16日のNHK-BSプレミアム「新BS日本のうた」と続き、昨夜もNHK「うたこん」に出演しました。
 音楽番組に関心のない方は別にしても、ファンならずとも彼女を見る機会が少しは増えているのではないでしょうか。
 このブログでは、できるだけ出演した番組の報告をしてきましたが、さすがに書く方が追いつかず、すべての報告はできにくくなりました。
 これまでのところで、新歌舞伎座のコンサートでの「一本刀土俵入り」について書けずじまいになってしまいました。また、「黒い花びら」については、永六輔さんの記事の中で書こうと思います。
 今回は「音楽の日」の出演の意味と、最近の島津亜矢の立ち位置について書こうと思います。
 2011年7月16日初回放送の「音楽の日」は、長時間の大型音楽番組の草分け的な存在です。それまでは大みそかの紅白やCDTVの5時間番組はあったものの初回7時間で50組のアーティストが集結したこの番組を皮切りに、他局でも次々と大型音楽番組が始まったのでした。
 80年の「ザ・ベストテン」、「トップテン」の歌謡曲時代をへて、90年代は「HEY!HEY!HEY!」、「うたばん」などが小室哲哉などのJポップの台頭をささえました。
 それ以後、2000年代は毎週放送の音楽番組はなくなっていき、テレビはニュースから天気予報までバラエティー化が進みました。
 若者を中心にテレビ離れが進み、音楽の届け方もCDではなくダウンロードから最近は配信サービスへと移っていく一方でライブがメインストリームとなり、その流れから夏を中心に音楽フェスが各地で開かれるようになります。老舗の「フジ・ロックフェスティバル」から「サマーソニック」などが観客動員数を競い、音楽フェスのテレビ中継が盛んになりました。
 TBSの「音楽の日」などの超大型の音楽番組は、テレビ放送がスマホと共存できるようになった時代に、テレビ制作側が10時間にも及ぶ長い時間を使って企画・演出する「音楽のまつり」であるとともに、テレビがもう一度音楽シーンをけん引しようと試みる場でもあります。
 他局のフェス番組とちがい、演歌歌手も出演しているこの番組ですが、長い間演歌の枠を超えたボーカリストとして一部の熱烈なファンを育ててきた島津亜矢が、ようやく日本の音楽シーンのメインストリームに躍り出た瞬間で、画期的なことだとわたしは思います。
 同局の「金スマ」からの流れでしょうが、10パーセントを超える視聴率を誇る番組の出場は、いままでの島津亜矢のテレビ出演番組とは比較にならないインパクトを与えました。「金スマ」は今や日本の芸能界に大きな影響力を持つ中居正広の番組で、しかも30分まるまる島津亜矢にスポットが当てられ、稀有のボーカリストとしての才能がいかんなく発揮された番組でした。その中でも「SINGER」シリーズのポップスの中から、リクエストされた曲のさわりをアカペラで歌ったのが大反響となり、その後今でもこのシリーズのCDがよく売れているようです。
 「音楽の日」の司会はくしくも中居正広で、「金スマ」の時の島津亜矢の歌唱に圧倒された印象そのままに、「聞いたことがない方もいらっしゃると思いますが、あの北島三郎さんが絶賛する歌声をじっくりと聴いてほしい」と話し、安住紳一郎が「純粋に歌声に驚いていただきたい」と、ホイットニー・ヒューストンの「 I Will Always Love You」の歌唱を紹介しました。
 彼女のファンや歌謡曲ファンなら何度も聴いていますが、音楽シーン全体からみれば「金スマ」で紹介され、「音楽の日」が初披露ということになるのかもしれません。わたしたちがはじめてこの歌を聴いてからかれこれ7年がたち、中居正広と安住紳一郎があの時のわたしたちと同じリアクションとリスペクトをこめてこの歌を紹介することになるとは思いもしませんでした。
  「I Will Always Love You」の歌唱は絶賛の声しか聞こえてきませんが、わたしはずっと以前にも書きましたが、彼女に限らずですが島津亜矢のカバー曲はバラードの名曲が多く、この歌も彼女にとってはホイットニーがオリジナルだと思います。しかしながらホイットニー自身がカバーであることを思えば、島津亜矢の歌を詠む才能から言って、もう一歩の歌いこみが必要なのではないでしょうか。
 実をいうと、わたしは島津亜矢のポップスは和洋問わずまだ途上だと思っています。もちろん、演歌歌手が歌うポップスと聞けば信じられない歌唱力と声量で、ポップス歌手も真っ青という実力ではあります。しかしながら、何といってもクラシックやブルース、ジャズ、ロック、ポップスとつながる広大な音楽の領域からは、古今東西数々のボーカリストがその足跡を歴史に残しています。
 島津亜矢が今、ポップスの領域で7年遅れの大絶賛を得ているとしても、それは演歌歌手が歌うポップスという評価から抜け出しているわけではないことを、いみじくもこの番組の二人の司会者のリスペクトが証明しているのでないでしょうか。
 それはかつて、20代か30代の島津亜矢の演歌がその声量と歌唱力で、恐れられるほどの評価を得ていたこととよく似ているのです。普通に才能のある歌い手さんであればそこで完成したといってもいい高みに到達しながら、彼女はそこから苦労に苦労を重ね、日々精進の果てに大きく進化し、今や演歌においては独自の領域に達するまでになりました。
 もちろん、わたしもはじめて彼女のポップスを聴いたときは、こんな歌手がいたのかと驚きの連続でした。彼女のポップスは今でもたくさんの人々を驚かし、感動させることでしょう。
 しかしながら、わたしは演歌・歌謡曲における彼女の突出した実績を財産に、ポップスの領域においても極めてほしいと願っています。
 すでに、島津亜矢の歌の軌跡は歌唱力とか声量とかを称賛するところよりはるか遠くを歩いているのですから…。
 (つづく)
島津亜矢「I WiII AIways Love You」(音楽の日)


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2017.07.17 Mon 「また見つかった、 何が、永遠が、 海と溶け合う太陽が」 あそびりクラブチャリティーコンサート

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 7月13日、箕面文化交流センターで開かれた「あそびりクラブ チャリティーコンサート」に行きました。
 「あそびりクラブ」は1992年に設立された高齢者サービス事業所で、デイサービスから始まり、現在は居宅介護支援事業、グループホーム、訪問介護ステーションの他、介護予防教室も運営されています。
 介護保険制度が始まるずっと前に、ホームヘルパーをしていた幾人かの人たちが、家族に頼らざるを得ない高齢者の社会的介護の充実をめざし、公的助成も乏しい中で市民によるデイサービス事業を始めたのでした。
 わたしは当時、豊能障害者労働センターに在職し、障害者の働く場や、障害者が市民として生活するために必要な介護サービスの充実をすすめる運動に参加していましたので、高齢者問題を市民の問題としてとらえ、実行しながら行政施策の充実を求める「あそびりクラブ」のひとたちにシンパシーを持っていました。
 設立後、さまざまな困難を乗り越え、国や箕面市行政とも連携しながらNPO法人になるなど少しずつ活動を広げてきた「あそびりクラブ」は、たくさんの高齢者の生き生きとした活動の場として箕面市民に愛されてきました。
 今年11回目となるこのコンサートは、「あそびりクラブ」のサービスを利用していた高齢者の娘さんがドイツで活躍するヴィオラ奏者であったことから、高齢当事者の尊厳を大切にする福祉サービスを実行する「あそびりクラブ」に共感し、利用者とその家族、スタッフや関係者に夏の夜の一夜、音楽に親しんでもらおうと提案されたことがきっかけで始まったと聞きます。
さらにこのコンサートの素晴らしさは、高齢者施設の中での催しではなく、広く市民に開放し、世界の音楽シーンで活躍する演奏者によるピアノ弦楽五重奏を楽しむ機会を提供してきたことにあります。
それは高齢者の問題が福祉という密室で語られるのではなく、社会の未来に届けられるかけがえのない宝物として市民社会の真っただ中で語り合いたいという切実な願いと、いつの時代にも時代の鏡でありながら、それぞれの時代の異形を映し出すことで時代を変えてきた人類の宝物である芸術表現との奇跡的な出会いでもありました。

 第一部はヴァイオリン・木村直子さん、チェロ・木村正雄さん、ピアノ・都田悦子さんによるベートーベンのピアノ三重奏で始まりました。
交響楽のイメージが強いベートーベンですが、今回演奏されたピアノ三重奏曲「大公」では優雅で気品のある楽曲をとても親しみやすく演奏されていて、心が軽くなるようでした。そのあとタンゴを演奏されると、客席の空気が一気にリラックスし、なごやかな雰囲気になりました。
第一部の後半は、音楽療法士で21年前から「あそびりクラブ」のボランティア活動をされている山田富美子さんによる、リハビリテーションを生かした観客参加型のワークショップで、みんなで歌を歌い、体を動かしました。

休憩をはさんで第2部は、ヴァイオリン・田島綾乃さん、ヴィオラ・吉田馨さん、チェロ・坪井大典さん、コントラバス・飛田勇治さん、ピアノ・中井由貴子さんによるピアノ五重奏でした。楽曲は「ヘルマン・ゲッツ ピアノ五重奏曲 ハ短調 作品16」でした。
 たびたび書いていますように、とりわけクラシック音楽をまったく知らないわたしが感想を書くなどおこがましいのですが、演奏が始まったとたん、5人の演奏者たちが奏でる音楽に一気に呑み込まれました。
 わたしの偏見で、クラシックはもっと静的な音楽と勝手に思っていたのですが、舞台の狭さがそう感じさせたのかもしれませんが、5人の奏者がお互いの演奏にまぎれこんだり、反対に自分の演奏に受け入れたりしながら、大きな物語(わたしはその物語はとても悲劇的に聞こえました)を共に語り、ともにつくりあげる、そんな臨場感に圧倒されたのでした。その時、わたしは若い時に心ときめかせてみた映画を思い出していました。
その映画はジャン・ルック・ゴダールの「気狂いピエロ」(差別語はご容赦ください)です。
 退屈な生活から逃げ出したい衝動から主人公の男は、ふと出会った昔愛人だった女と一夜を過ごすのですが、翌朝見知らぬ男の死体を見つけ、彼女と共に逃避行を始めます。そのうちにギャングに追われるのに嫌気がさした女は、ギャングと通じて男を裏切ります。女を銃殺した男は顔にペンキを塗り、さらにはダイナマイトまで顔に巻きつけ、火を点ける。我に返った男は火を消そうとしますが間に合わずに爆死。カメラは地中海を映し、アルチュール・ランボーの詩「永遠」が朗読されます。
「また見つかった、 何が、永遠が、 海と溶け合う太陽が」
 人生に一度限りの青春はいつも非日常と暴力性と理不尽さで彩られますが、大人になることは青春の危険な誘惑から逃れ、退屈な日常を受け入れることでもあります。支離滅裂でわけのわからないこの映画は、社会と順応することを拒むこどもたちの危いおとぎ話ですが、それがゆえに大人になることで捨ててしまう少年少女の無垢な心がかくされています。
 早逝の音楽家・ヘルマン・ゲッツがこの楽曲を作ったのは亡くなる2年前の1874年で、映画「気狂いピエロ」ほどではないと思いますが、長年患っていた結核に悩まされ、死を目前にした天才作曲家の果たせなかった青春の夢もまた後世の幾多の才能によって引き継がれ、演奏され、いくつもの時代の無数のひとびとに届けられてきたことでしょう。
 今日、箕面文化交流センターで200人の人々とともに、わたしの心に届けられたように。
 毎年、多忙な演奏活動の合間を縫うように日程をつくり、この時期に箕面と石巻で演奏するこのユニットの演奏家の深い思いと心意気で奇跡的に実現していて、わたしたちに音楽を届けてくれるまでにたくさんの問題を解決してきたことでしょう。
 その奇跡を実現しているのは、すべての音楽がいつの時代も自然災害や戦火やテロによって失われてきた無数のたましいが漂う大地や森や海や空と、愛を必要とする心から生まれ、愛を必要とする心に届けられることを信じる演奏家たちの過激なやさしさと、芸術家としての情熱であることに感謝したいと思います。
 そして、クラシックの長い歴史を育て、培ってきた数えきれない作曲家や演奏家の才能と努力によって大切に保存され、残された楽譜たちもまた遠くて深い記憶を持っていることにも…。

ヘルマン・ゲッツ ピアノ五重奏曲 ハ短調 作品16 第一楽章
この演奏はこのユニットの演奏ではありません。ホールの違いで反響の違いもありますが、このユニットの演奏はもっとセンシティブで、それでいて激情も感じられ、ドラマチックでした。
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