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争う経済から夢見る経済へ。誰もが助け合って暮らせるゆたかな社会をめざすソーシャルビジネスを紹介しながら、演歌からポップスまで、好きな音楽への雑感や生活をつづる日記。

2018.12.06 Thu ドラマ「相棒」とフリージャーナリスト


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「あなたのいう国益とはいったい誰のための益でしょう。一部の官僚や為政者がこのような親子から奪い取った利益を、国益とはいえません。ジャーナリストの核にあるのは、ふつうの人々に対する信頼です。この苦しみを知ればほっておけないはず、この理不尽をしれば怒りを感じるはず、その想いが世の中を変えていく、そう信じるからこそ、彼らは銃弾の飛び交う戦地にも立って報道をつづけているんです。そして、桂木りょうさんもまたこの国の前線に立っていました。ふつうに生きている人々のために、この国の巨大な権力を敵に回して、たたかいました!!」
 この長いセリフは2014年元旦、テレビ朝日の「相棒 元日スペシャル ボアー」で杉下右京が犯人の公安幹部に向かっていうセリフです。
 最近はやや違ってきましたが毎年、正月に放送される「相棒」スペシャルでは、国家や為政者、警察権力の犯罪をあばくストーリーが多く、反感を感じる人たちもいます。
 しかしながら、わたしは反対に、毎回その時々の社会問題を積極的に取り上げ、それを娯楽大作としてプロデュースするこの番組に共感してきました。
 この時は特定秘密保護法を背景にしていることはあきらかで、シングルマザーの貧困問題とそれにからんだ国家の犯罪を暴こうとするジャーナリストとそれを封殺、隠ぺいする警察権力との攻防を娯楽作品にまとめながら、サイレントマジョリティのひとりであるわたしにとてもたいせつなメッセージを届けてくれたと思います。
 「知る権利」がある前に、困難とあらがう当事者をはじめとするふつうのひとびと、そして時には銃弾の飛び交う戦地に立ってでも「こんな理不尽なことがあることを知らせたい」と必死に願うジャーナリストたちが届けてくれる情報に、どれだけの切なさといとおしさとささやかな幸せを願う心が詰まっているのかを教えてくれるドラマでした。
 今回、15年以上もイラク、シリアの紛争地の取材を続けて来られた玉本英子さんのお話から、紛争地に生きるひとびとの暮らしと過酷な現実、そしてささやかな幸せと平和を願うひとびとの心に触れることで、ここ数年で「戦争をしてもいい国」に急速に舵を切りつづけるわたしたちの国の在り方を考え直す機会にしたいと思います。

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2018.12.06 Thu 平和は訪れたのか?「イスラム国」後のイラク、シリアの人びと アジアプレス記者・玉本英子さんのお話とアラブ料理を囲んで

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平和は訪れたのか?「イスラム国」後のイラク、シリアの人びと
アジアプレス記者・玉本英子さんのお話とアラブ料理を囲んで

 わたしたち、憲法カフェ・能勢は地域の活動にこだわりながら、一方で世界の紛争地域で明日自分のいのちがあるかもわからず、心を縮ませているこどもたちや大人たちの厳しい現実にも想いをはせてきました。
遠く離れたところでおびただしい血が流され、犠牲になったひとびとのかけがえのない未来が奪われる理不尽な現実は別の世界のできごとではなく、平和で安心して暮らせるわたしたちの社会で毎年2万人を越えるひとびとが自ら命を絶つ現実と、深いところでつながっていると思います。
 いつ終わるとも知れない内戦、テロと、周辺諸国をはじめとする諸国家の軍事行動による覇権争いの犠牲になる紛争地の何十万、何百万のひとびとの絶望と、他者に無関心ですべてを自己責任とする非寛容な社会のただ中で、「助けて!」と叫ぶ悲鳴を誰にも受け入れられないわたしたちの社会の絶望とは、まるで合わせ鏡のようにつながっていると思うのです。刻々と伝えられる絶望的な状況に心を痛めながら、何ができるのかを問いつづけ、ささやかな希望をつくり出す勇気をわたしたち自身に求められているのだと痛感します。
 そんな思いを形にする一歩として、紛争地のひとびとの現実と生の声を聞き、ひとりでも多くの方々とわかちあいたいと願い、フリージャーナリストの玉本英子さんのお話を聞く会を企画しました。
 玉本さんは2001年のクルドゲリラ取材をきっかけにイラク国内での取材を開始し、シリア、レバノン、ミャンマーなどの現地の情報をテレビの報道番組や新聞連載、ネット記事、講演会などを通して伝える活動をされています。また1999年にタリバンに公開処刑されたアフガニスタン女性を追ったドキュメンタリー映画「ザルミーナ」の監督をされました。
 玉本さんは直近まで紛争地の取材に行かれ、帰国後すぐの最新情報をお話しいただきます。
先日3年4ヵ月に渡って武装勢力に拘束されていた安田純平さんが解放され、「自己責任」をはじめ心無い言葉の暴力がご本人をはじめご家族、そしてフリージャーナリストのみなさんを傷つけています。
 わたしたちは紛争に巻き込まれているひとびとのささやかな幸せと平和を願い、理不尽な事実を世界中の人に伝えようと必死に取材される彼女・彼たちによる報道が紛争地のひとびとのいのちを救い、悲惨な状況から希望をつくり出す大切な力になってきたと確信しています。そして、わたしたちもまたそれらの報道によってひとびとの悲しみや絶望、希望に思いをはせ、遠く離れていてもつながることができるのだと思います。当日はフリージャーナリストとしての玉本英子さんの想いも聞かせていただけると思います。
 また、お話の後でパレスチナ連帯運動の「オリーブの会」のご協力でアラブ料理を囲んだ交流会も設けています。
 お近くの方でお時間がございましたら、この催しにご参加いただきますよう、お願いします。

日時 2018年12月15日(土)
場所 能勢町淨るりシアター
13:30~15:30 玉本英子さんのお話と質疑応答 小ホール
     運営協力費800円(学生・障がい者は半額 介助者無料)
15:40~18:40 アラブ料理を囲んで交流会   
            調理室 運営協力費500円
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2018.12.04 Tue 辺野古に土砂を投入することは戦後曲がりなりにも信じてきた民主主義を捨ててしまうこと

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【報ステ】辺野古移設 土砂の積み込み作業開始(18/12/03)

 安倍政権は12月14日に辺野古に土砂投入に踏み切るそうです。
 辺野古基地建設の是非を問う県知事選挙で玉城デニー氏が過去最高の得票数で当選し、沖縄の人々がさまざまな逡巡の中で基地建設NOを意思表明したにもかかわらず、「沖縄県民の心に寄り添う」と言った安倍首相と政権は、年内に何が何でも辺野古建設へと強引に突き進んでいます。「心に寄り添う」というのは、安倍首相の心に県民を従わせるということなのでしょう。
 新聞報道によると、防衛省の調査で辺野古基地完成には13年、費用も計画の2400億円の10倍になると言います。普天間基地の危険性を早急に取り除くことが目的というのならば、普天間基地の撤退にむけてアメリカと交渉すべきだと思います。
わたしはアメリカの望むまま大量の武器を購入することには反対ですが、百歩譲ってトランプ氏にそのことを感謝されるならば、それをカードに沖縄の人びとの民意を受けて普天間基地の撤退と辺野古基地建設中止を要求するのが民主主義国家のせめてものまっとうな外交ではないでしょうか。
 辺野古に土砂を投入することは、沖縄の人びとの心を踏みにじるだけではなく、わたしたちの戦後日本社会が曲がりなりにも信じてきた民主主義を捨ててしまうことなのだと思います。
 沖縄の人びとにいつも突き付けられるのは、「どんな意思表明をしても、国は無視するだけで、沖縄には民主主義が通用しない。それならば国の言う通りにすればお金もくれる」というパワーハラスメントでは片づけられない脅迫で、それはそのまま日本に住むわたしたちに「民主主義を捨ててお上の言うとおりしなさい」という、安倍政権をささえ、明治政府の復権をたくらむ超保守主義者たちの陰謀なのだと思います。
 その強大な力に抗う手立てがあるのかと絶望的にもなりますが、現地でたたかう人たちとその背後にわたしたちもふくめて国内外に点在する何億何十億の人びとともに、決してあきらめずささやかな希望を育て、小さな声を積み重ねていくことしかないのでしょう。
 そして、辺野古基地が完成するとされる13年後に、現政権とそれをささえるひとたちがどんな国家をつくろうとしていたのかを厳しく検証することになるでしょう。

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2018.11.23 Fri 島津亜矢の紅白出場と「UTAGE!」ファミリーの仲間入り

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 今年も島津亜矢の紅白出場が決まりました。島津亜矢さん、おめでとうございます。
 わたしはそれほど紅白に思い入れはないのですが、テレビが大好きなわたしは年末恒例の番組としてそれなりに紅白を楽しんでいました。巷に流れる歌に世情や自分の人生を重ね合わせるのが好きで、まさしく歌は世につれ世は歌につれのごとく、年の終わりに紅白歌合戦を観て、今年はどんな歌と歌手が流行ったのかを再確認するという感じでした。
 たとえば最近では「SEKAI NO OWARI」や「いきものがかり」など、紅白にも出演することでより広く知られるようになりました。ちなみに今年の初出場では「あいみょん」と「Suchmos」に注目しています。こんな音楽が若い人たちに支持され、受け入れられることは年々息苦しく感じる世の中だけど、そんなに捨てたものでもないとも思うのです。
 
 さて、島津亜矢についてはここ最近の3年以前は、「今年こそは」と願いながら、発表された出演者リストに彼女の名前がなく、がっかりする年が続きました。今年は結果的に実力派の演歌歌手が2人も不出場になりましたが、その中で島津亜矢の出場を決めてくれた紅白のスタッフに感謝です。
 わたし自身は先に書いたように紅白に特別の想いは持っていませんが、歌手・島津亜矢にとってはやはり特別の番組であることに間違いはなく、営業的にもまだその影響力はあるようですし、心優しく律義な彼女にとってなによりもファンの方が紅白出場を喜んでくれることが一番の喜びであるのでしょう。
 演歌一筋の伸び盛りの歌手2人の不出場と島津亜矢の出場がどんな意味を持っているのかわかるはずもないのですが、最近のJポップの歌唱力がより多くの人々に認知され、幅広いファンを獲得してきたことが評価されたのかも知れません。その意味でも紅白のスタツフが島津亜矢に依頼する歌が彼女のオリジナルなのか、それとも昭和の歌を残すために美空ひばりの「乱れ髪」、「愛燦燦」を天童よしみと住み分けするのか、よりサプライズとして北島三郎の「風雪ながれ旅」か、まさかJポップの現役の歌手のカバーはないでしょうから洋楽をもう一度依頼するのか、注目されるところです。ある意味、その選曲が今年の島津亜矢の紅白の立ち位置を教えてくれるかも知れません。
 紅白出場は本人にとってファンにとってもうれしいことには違いありませんが、一方で彼女の歌手人生においてもっとも輝かしい足跡を残すことになるこれからの10年、紅白に囚われず彼女の想いのままに歌いつづけてほしいと願うばかりです。

 さて、随分時間がたってしまいましたが、TBSの音楽バラエティー番組「UTAGE!」に出演した島津亜矢について書いておこうと思います。
 今回はまず最初に島津亜矢、川畑要、三浦祐太朗がハーモニーを担当し、峰岸みなみ、TEE、二階堂高嗣のボイスパーカッションを担当し、スペシャルゲストの高橋洋子が「残酷な天使のテーゼ」をアカペラで歌いました。島津亜矢はアルバム「SINGER4」で高橋洋子の「魂のルフラン」をカバーし、卓越した歌唱力を発揮しています。というのも、彼女「瞼の母」や「大利根無情」など、宿命に抗いながらも破滅していく青年のはかない心情を歌える数少ない歌手で、ジャンルはちがっても演劇的で、滅びの美学がひとの心を打つこれらのアニメソングの世界は彼女のもっとも得意とするところです。
 3人のハーモニーは川畑要が証言していたようにキーが高く、島津亜矢がリードする形でボーカルを際立たせてその役割を見事に果たしました。このようなセッションに島津亜矢はほんとうに解放され、水を得た魚のように自由になれるのでしょう、楽しくてしかたがない様子でした。演歌ではなかなかハーモニーのある歌唱がなく、彼女の実力がわかりにくいのですが、Jポップのジャンルではリードボーカルはもちろんのこと、むしろ彼女の「ベース」の役割というか、音楽をつくる側での彼女のすごさを感じます。
 その次に歌ったのは、川畑要とのコラボでオフコース時代の小田和正の「言葉にできない」でした。「言葉にできない」は松任谷由美とならんで1980年代のニューミュージックをけん引した小田和正の、シンブルで切ない高音の歌唱が心に残る数多くの楽曲のひとつです。
 この歌は小田和正と同じような高音がきれいで歌唱力のあるひとたちのカバー曲の定番のようになっていますが、川畑要と島津亜矢の場合は少し趣がちがっていました。
 前にも書きましたが川畑要はR&B、ソウルミュージックを得意とするボーカリストで、島津亜矢はソウルミュージックの資質があり、この2人のコラボは島津亜矢の潜在能力を引き出すことに成功しています。
 川畑要をリードボーカルにして島津亜矢が演歌でつちかってきたうなりやこぶしがシャウトに変わり、横揺れのリズム感とハーモニーは川畑要のリードボーカルを引き立たせました。ともあれ、川畑要と島津亜矢の「言葉にできない」はニューミュージックではなく、まさしくR&Bになっていたと思います。
 すっかりこの番組の定番になりつつある川畑要と島津亜矢のコラボですが、最初は演歌歌手とのコラボということで川畑要も戸惑ったかもしれませんが、彼女のボーカリストとしての才能を認め、この頃は楽しみにしている節もあります。
 彼に限らず、この番組の常連の島袋寛子、BENIや、アイドルの中で歌唱力が評価されている山本彩、高橋愛など、女性ボーカリストたちが島津亜矢の歌唱を熱心に聴いている様子から、おそらく司会の中居正広の後押しがあって出演することになったと思われる島津亜矢をボーカリストとして受け入れてくれたのではないでしょうか。その点でも、狭い演歌の世界のギルドにはばまれていた島津亜矢にとって自由に自分を表現できる場として、とても貴重な番組だと思います。
 さて、その後に歌った「White Love」は1997年のSPEED最大のヒット曲で、オリジナル歌手の元SPEEDの島袋寛子と島津亜矢、山本彩と柏木由紀の4人が当時のSPEEDのダンスもコピーしながらの異色のコラボとなりました。異色にしたのは何といっても島津亜矢の島袋寛子とのツインボーカルと振り袖姿でのダンスでした。
 1990年代、日本の音楽シーンを根底から変えてしまった安室奈美恵・小室哲哉コンビと双璧をなしていたSPEED・伊秩弘将のコンビは、相乗効果でダンスミュージックによるJポップ旋風を巻き起こしました。SPEEDは1996年のメジャーデビューからあっという間に頂上に上り詰めましたが、その中でも島袋寛子はデビュー当時小学生で、大人を凌ぐその歌唱力は圧倒的なものでした。
 わたしはダンスミュージックが苦手で、小室哲哉や伊秩弘将が席巻する音楽シーンにはとうとうなじめないままになってしまいましたが、その傾向は一過性のものではなく、確実に日本の音楽を変え、いまに続いていると思います。
 ともあれ、島津亜矢の「White Love」は思ったほどの違和感がなかったことも事実ですが、ただ、ソウルミュージックのような横揺れではなく、縦のりのダンスミュージックはその後にBENIと歌った安室奈美恵の「Don’t wana Cry」と同じく、さすがに島津亜矢には無理があると思いました。
 それは演歌歌手としての島津亜矢ではなく、ブルースからロックという流れの音楽よりも、ブルースからジャズ、あるいはブルースからR&Bの流れの方に島津亜矢の才能があり、その流れの底流に島津亜矢による「来るべき演歌」も流れているように感じるからです。
 しかしながら、出演者たちが視聴者のリクエストに応えてまさかと思う企画にチャレンジするのがこの番組のコンセプトのひとつで、今までの放送ではまだ「ポップス歌手をしのぐ驚異の歌唱力を持った演歌歌手・島津亜矢」という立ち位置でしたが、今回はじめて無茶ぶりともいえる企画にチャレンジさせてもらうことでこの番組のファミリーとして受け入れられたということだと思います。
 この番組はしっかりと出来上がったパフォーマンスではなく、常連の舞祭組のように、他の番組ではありえない最悪とも言えるパフォーマンスをも放送することで物議をかもすこともあります。「UTAGE!」では番組のホスト役という役割もあり、彼らが稚拙な中にも努力する姿がこの番組のウリにもなっています。
 ある意味、彼らの存在が出演歌手のプライドを捨てさせ、普通ならしないチャレンジをすることになるとも言えます。その中から、ありえなかった冒険やコラボから素晴らしいパフォーマンスが生まれることがあり、島津亜矢の場合はその中でも決して外さない信頼感が番組スタッフや中居正広にあるのでしょう。
 ちなみに、島津亜矢以外でとてもよかったのはTEEの「酒と泪と男と女」です。この歌は島津亜矢もアルバムに収録していることもあって、とても熱心にTEEの歌を聴いていました。この番組でよく披露するボイスパーカッションといい、癖になる声とそんなに熱唱しないのに聴く者の心に深く届くブルース・ホップシンガーと思いました。

次回はアルバム「SINGER5」について書いてみたいと思います。

川畑要&島津亜矢「言葉にできない」

「残酷な天使のテーゼ」UTAGE!版

BENI&島津亜矢「 Don’t wanna cry」
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2018.11.17 Sat 静かにゆるやかに、新生「六文銭」の新しいプロテストソング

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 11月10日、大阪四ツ橋の近くのライブハウスで、六文銭(ろくもんせん)のライブがありました。六文銭は小室等さん、及川恒平さん、四角佳子さん、こむろゆいさんの4人のグループです。
 六文銭は1968年に小室さんが中心となって結成されたグループで、「雨が空から降れば」や、1971年に第2回世界歌謡祭のグランプリ受賞曲で上條恒彦さんと歌った「出発(たびだち)の歌」などのヒット曲を残して1972年に解散しました。結成から解散までに頻繁にメンバーが入れ替わり、及川恒平さん、四角佳子さんは最後の頃のメンバーでした。
 その後、2000年に小室さん、及川さん、四角さんによる「まるで六文銭のように」として活動を再開、2009年にこむろゆいさんが加わり、「六文銭'09」にグループ名を改めました。そして今年、新しいアルバム「自由」の発表に合わせて、「六文銭」とグループ名をもとに戻しました。
 わたしは昨年亡くなった被災障害者支援「ゆめ風基金」の副代表理事・河野秀忠さんから小室さんを紹介してもらいました。1987年だったと思いますが、当時、豊能障害者労働センターの代表だった河野さんがお願いして、センターの新事務所建設を応援するコンサートのために箕面に来ていただいたのが最初の出会いでした。また最近は牧口一二さんが代表理事を務める被災障害者支援「ゆめ風基金」の呼びかけ人代表を引き受けてくださっていて、わたしはゆめ風基金のイベントスタッフとして親しくさせてもらいました。

 開演時間になり、ゆっくりとステージに立った4人は、いつもと少しちがうように感じました。というか、わたし自身がいままで「ゆめ風基金」のイベントでの小室さんとゆいさんに見慣れ過ぎていたため、4人のライブも何度か見ていたのですがあまり区別ができてなかったのかも知れません。
 しかしながらこの雰囲気、この空気感はそれだけではなく、1972年の解散から46年の時をくぐりぬけ、それぞれの変遷の果てにたどり着いた「六文銭」という、なつかしくも新しい船に乗り込み、「自由」という羅針盤だけをたよりに行き先のない船出をする4人が目の前で静かに微笑んでいるのでした。
 なんともいえないすがすがしさといさぎよさとたおやかな夢を乗せて、いまこのライブハウスからわたしの頭上を越えて航海に出るような、そんな胸騒ぎに襲われました。それはちょうど1980年に小室さんがつくった「長い夢」のようでした。
 ほとんど新しいアルバムからのセットリストでしたが、どの曲にも過去から現在へ、現在から未来へとゆっくりとした時の流れを感じさせ、時代の記憶がよみがえり、やり直せるはずもないのに過去に選んでしまった人生のY字路に何度も引き戻されそうでした。 といって決して過去を懐かしむのではなく、それぞれがたどってきた道をふりかえりながらも、新しい旅へと向かうアナーキーな音楽、ひとにも音楽にもかぶせられる役割をすべて脱ぎ捨てた自由、周りの制約や決まり事によって広くなったり狭くなったりする自由ではなく、無条件に圧倒的に無防備に、何よりも先だって自由であることが4人の関係性を対等にしていて、その間の緩い空気がとても暖かく気持ちよく、わたしたちにも伝染するのでした。
 その心地よさの中で歌われたどの歌も、CDの歌詞だけ読めばとてもせつなく悲しい気持ちになったり憤りの言葉だったりするのに、4人の妙なるハーモニーとギター3本とウクレレという弦楽器だけの演奏と重ねた歌になると、わたしたちを「だいじょうぶ」と励ましてくれているようで、根拠のない静かな勇気がふつふつとわいてくるのでした。
 小室さんはどれだけの時をかけて語り続けてきたのか想像もできないほどの時代の物語を語り、及川さんはあたかも物語の登場人物のように誰かを待ち続け、四角さんは物語の風景の端から端までを瑞々しい歌声で染めていき、ゆいさんはその物語をのぞき込む幼い天使のような無垢の声で愛を歌い、こうして六文銭はおそらく本人たちも楽しくて楽しくて仕方がない時間を音たちと言葉たちと、音にも言葉にもならない願いや想いで埋め尽くしてくれました。
 及川さんは演劇的、詩的、映像的な歌詞と曲でつつましやかな日常を一気に非日常に一変させる力を持ったシンガー・ソングライターにふさわしく、今回のアルバムでも「ぼくは麦を知らない」、「世界はまだ」、「世界が完全に晴れた日」、「GOOD来るように愛してね」、「永遠の歌」などの楽曲を提供しました。わたしは「世界はまだ」と、「GOOD来るように愛してね」がとても好きになりました。
 小室さんはご本人に失礼なのですが、ご自身が作詞されるよりも他人の歌詞を作曲することに特別の才能を持っているひとだと思います。もちろん、ご自身の作詞による名曲もたくさんあり、ゆいさんと四角さんの提案で今回のCDに再録された「長い夢」や、「こん・りん・ざい」、「熱い風」、以前のCDに収録されている「雨のベラルーシ」、「寒い冬」など、ふつふつとわいてくる憤りを心おさえて歌い語るプロテストソングなどに結実しています。
 しかしながら小室さんはそれだけでは満足せず、若い頃から大岡信、吉増剛造、谷川俊太郎などの現代詩を歌にすることに力を入れて来られました。すでに完結して閉じられたそれらの詩を温かい血の通った肉声としてよみがえらせることは、現代詩を言葉の貯蔵庫から引き出し、大衆音楽の路上にあふれさせることでもありました。
 あの時代のフォークソングやプロテストソングが怒りや叫び、悲しみなど自分の心情を吐き出し、直接的な強いメッセージを歌うことにシンパシーを持つものの、歌が歌の世界だけにあるのではなく世の中の、社会の、世界のあらゆる雑多な出来事やささやかな幸せを願う心に共振し、ひとびとの言葉にできないつぶやきや何度ものみ込む怒りや異議申し立てに躊躇する心の揺れなどを表現するメッセージソングもあるのではないかと、小室さんは思ったのではないかと思うのです。
 結果としてその作業は他のジャンルとのコラボレーションの先鞭にもなり、また一部でフォークからロックへと移っていく起爆罪にもなったのではないでしょうか。
 ともあれ、その作業から谷川俊太郎の「いま生きているということ」、中原中也の「サーカス」、中山千夏の「老人と海」など数々の名曲が誕生することになったのですが、今回のCDに収録された黒田三郎の「道」、別役実の「それは遠くの街」、「お葬式」、佐々木幹郎の「てんでばらばら~山羊汁の未練~」はそれらの名曲群に新たに加わった素晴らしい歌だと思います。
 小室さんがあるラジオ番組で、「てんでばらばら~山羊汁の未練~」は六文銭の4人でないと歌えないと言われたそうですが、小室さんの音楽的冒険を実現する現代詩人との新しいコラボレーションは「六文銭」の再出発によって生み出されたのだと感じました。
 その中でも、わたしは「道」を取り上げたいと思います。数年前に大阪で開催された「ゆめ風基金」のイベントで小室さんがこの歌を歌った時の衝撃は忘れられません。

戦い敗れた故国に帰り すべてのものの失われたなかに
いたずらに昔ながらに残っている道に立ち 今さら僕は思う
右に行くのも左に行くのも僕の自由である
黒田三郎・詩(「時代の囚人」より)/小室等・作曲 

 いま、憲法を変え、武力を抑止力にして国を守ろうとする強い力がささやかな日常を脅かす危うい時代をわたしたちは生きています。自衛隊の隊員さんをはじめ、ひとの命を犠牲にして守られる国はどんな国なのでしょう。
がれきだらけになってしまった町に道だけが昔のままに残っている痛ましい風景は、その時代のすべての人が見た敗戦の姿だったと思います。「右に行くのも左に行くのも僕の自由である」。
 国体にも何ものにもしばられることのない無条件の「自由」を2度となくさない誓いは、当時のひとびとの2度と戦争はしないという不戦の誓いとつながっていたはずです。
 戦後すぐに黒田三郎が綴ったこの詩が長い年月の封印をとかれ、小室さんによって歌となってよみがえり、たくさんのひとびとに届けられるメッセージとなったのでした。
 休憩をはさんで2時間ほどのライブはあっという間に終わってしまいましたが、あれから1週間たつ今でも彼女彼たちひとりひとりの声と、柔らかいメッセージはわたしの心を今でも暖かくしてくれます。
 4人が歌で語りで演奏で対話し、押したり引いたりぶつかったりすかしたりと、あきることのないユーモアと長年の音楽術師のたくみさに裏付けされ、ジャズでもないブルースでもない歌謡曲でもない、そしてフォークですらない新生「六文銭」のかぎりない自由な音楽がこれからどんな地平を切り開き、わたしたちを導いてくれるのか、とても楽しみです。

六文銭ニューアルバム「自由」



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