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2017.04.02 Sun いよいよ新しい時代の入り口に立った島津亜矢と「BS新日本のうた」

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 島津亜矢の3日連続出演の2番目は3月19日放送のBSプレミアム「新・BS日本のうた」で、この日はスペシャルステージで、なんと島津亜矢にとっては2回目目の「演歌名人戦」でした。この企画は地上波のNHK総合「うたコン」の前身・「歌謡コンサート」の人気の企画でした。島津亜矢は2015年2月3日にこの企画で出演し、地上波ではじめて「I will Always Love you」を熱唱して話題を呼んだ他、昨年の10月9日のBSプレミアム「新・BS日本のうた」のスペシャルステージ・演歌名人戦に出演しました。
 この時は、吉幾三、中村美律子、氷川きよし、島津亜矢が競演するという趣向でしたが、特に中村美津子と島津亜矢の「乱れ髪」は歌の心を知る二人ならではの熱唱で、中村美津子が島津亜矢の歌唱を絶賛されたのをよく覚えています。
 あれからまだ日が経っていないにもかかわらず、この企画に出演することになったのは、やはりこの番組の制作チームが島津亜矢を高く評価している証といって間違いないでしょう。
 彼女の20代後半から30代の頃の「BSの女王」と異名をとった時代に培われた信頼関係もあると思います。あの頃はBS放送がまだ普及しておらず、若手の実力歌手を求めていたニーズに島津亜矢がぴったりはまったのでしょう。地上波の番組のような波及効果がないことを逆手にとり、この番組チームは歌唱力も声量も抜群で勢いもあった島津亜矢に演歌・歌謡曲の名曲を次々と歌わせました。この頃の島津亜矢はまさに怖いもの知らずで、朗々と歌い上げる貴重な映像が残っています。島津亜矢のカバー曲の幅広いレパートリーと底なしの表現力はこの頃の番組スタッフの冒険によって培われ、番組で歌われた膨大な楽曲をレコーディングしたアルバム「BS日本のうた」も8シリーズを数えます。
 しかしながら、BS放送が普及する一方、とくに90年代からのJポップの席巻により演歌・歌謡曲が退潮を極めるようになるにつれて、ベテランの歌い手さんが続々とBS放送に参入し、島津亜矢の音楽的冒険の独壇場だったこの番組への出演回数も次第に少なくなってきました。わたしが島津亜矢のファンになった2009年にはすでにその状況が加速されていたと記憶しています。
 わたしの記憶違いか思い込みかも知れませんが、この頃は島津亜矢にとって、思いまどいながら新しい道に向かう準備の時期だったのかも知れません。というのも、若い頃のように有り余る声量とひとつの音程もはずさず、歌いあげる歌唱から、肉感的な低音を獲得し、「男歌」とか「女歌」とかにとらわれず、聴く者の心のひだにしみ込むように「歌い残す」歌唱へと進化する数年間であったと思います。既成の演歌の歌唱法のうなりやこぶしなどそぎ落とすだけそぎ落とし、よりシンプルに歌いながら西洋音楽の旋律に記された音と音の間に「日本の音」をよみがえらせる新しい演歌への模索、そのプロセスの中で彼女にとっての歌・大衆音楽は演歌の領域を一方では広げ、一方ではそれを越えた幅広いレンジのJポップやシャンソン、ジャズやブルースなど、世界のポップス音楽との出会いを用意したのでした。
 あの頃は若い時の声量で歌ってほしいという声も聞こえてくることもあったようですし、実際、若い頃のリサイタルの映像やユーチューブの貴重な映像で残されている、恐れるもの何もなしというような圧倒的な歌唱がなつかしいと話されるファンの方々もいました。
 ちょうどその時期から座長公演が始まり、それまでの名作歌謡劇場で極めた一人芝居に似た疑似演劇とは似て非なる本格的な芝居で、自分がすべて語り尽くすのとはちがい、たくさんの人たちと大きな物語を語り、つくりだす経験が、彼女の歌のスケールを大きくしました。また、座長公演の2部の歌謡ショーではそれぞれの演出家が島津亜矢の音楽的な可能性を広げ、さまざまな魅力を引き出そうと素晴らしいステージを構成・演出してくれました。それまでもポップスを数多く自分のレパートリーにしてきた彼女ですが、座長公演の歌謡ショーでより広く認知されたのではないでしょうか。ポップスの音楽評論家や音楽番組のパーソナリティから松山千春、マキタスポーツなど、影響力の高い論者やアーティストに高く評価されるようになったのもこのころからだと思います。残念ながら演歌・歌謡曲の論客では小西良太郎が高い評価をした以外にあまり記憶がありません。もっとも演歌のジャンルの退潮とともに演歌を論じ語る人もまた少なくなった事情もありますが…。

 そしてここ数年、島津亜矢がまた大きく変わったと思います。その前の数年の準備期間を経て、いよいよ新しい演歌・新しい歌唱へと少しずつ表現力を身に着け、とても刺激的な歌手・ボーカリストに変身しようとしています。
 いまだ途上ですが、たとえれば歌の荒野にただ一人立ち、荒野を走る風に耳を傾け、心をアナーキーな真綿の純白に浸し、何十年何百年何千年もの長い時の一瞬一瞬に生まれ消えていった何億という歌たちをいとおしくすくい上げる稀有の歌姫として、歌うことから逃れられない宿命を背負わされた者だけに降りてくる歌を、近い将来島津亜矢は歌い始めることになるでしょう。すでに歌がうまいとか、表現力が並外れているとか、声量のコントロールも音程も完璧だとか歌唱力で彼女を評価する時代は終わり、彼女の存在が歌の作り手にどれだけの想像力をかき立てるのか、作詞家は彼女の肉体を媒体にしてどんな風景と夢を描くのか、作曲家は彼女の心を媒体にしてどんな心情と希望を奏でるのかが問われるようになるでしょう。かつて美空ひばりが大衆音楽のミューズであったように…。
 その流れのひとつとして島津亜矢がこの番組にたびたび出演する機会が増えているとしたら、巡り巡って一段とビッグになって帰ってきた島津亜矢が、この番組の音楽的冒険を実現する役割を担うことになるでしょう。
表情も豊かに、長年の肩の荷をおろしたようにリラックスしている彼女はとてもチャーミングになりました。ハリネズミのように緊張していた以前にくらべて歌にも心にも余裕があり、その安心感が共演者にも伝わって、彼女をいわゆる「いじる」ことも増えてきたように思います。
 今回の記事では番組で歌われた「お吉」、「独楽」、「一本どっこの歌」について触れられないまますでに紙面が埋まってしまいました。私的な事情でなかなかブログが書けず、またそれに反比例するように島津亜矢の出演が立て続けにあり、とても追いつけない状態です。それでもあと少し、とくに「一本どっこの歌」については書こうと思っています。
 また、3月26日の「昭和の歌人-船村徹」は、先ほど亡くなられた船村徹の追悼番組として制作されたものではないと聞きましたが、出演歌手も制作スタッフも、この偉大な作曲家への感謝の気持ちと心から追悼する想いにあふれた素晴らしい番組でした。島津亜矢をはじめ、他の共演者のこともふくめて書いてみたいと思っています。
 そうこう思っている間に、本日4月2日のNHK・BSプレミアムの「BS新日本のうた」に早くも出演するとのことで、ますます記事が古くなってしまいますがおゆるしください。

島津亜矢「いっぽんどっこの唄」
この歌はわたしにとって思い出がいっぱいつまったもっうひとつの青春の歌です。できればこの歌の想いでなどを次回に書きたいと思います。

島津亜矢「お吉」
座長公演以前と後では、圧倒的にセリフの深みがちがうと思います。歌もまたいわゆる定型ではなく、お吉のはかなさ、くやしさ、そしてそれらすべてを人生の終わりに呑み込む「ゆるし」がセリフと一体となって聴く者の心を揺さぶります。

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2017.03.29 Wed ピースマーケット・のせスペシャルコンサート「友部正人」2




 ぼくの1960年代は、いわば逃げつづける10年だった。社会性のかけらもなく、どこにも隠れ家がないのにそれでも隠れ家を探し続ける貧乏でどもりで私生児の少年は、いままでもこれからもこの町もよその町も、いいことなどなにひとつないと思っていた。
 世の中すべてから脱出したかった。自分という存在を消しごむで消してしまいたかった。
 学生運動に没入していた大学生の友人もいて、徹夜で議論することもしばしばあったが、みんな妙に元気で、それにひきかえぼくには覇気というものがなかった。
ぼくにジョン・コルトレーンとジャックスを教えてくれた山口県出身のIさん。お元気ですか。「腰が重いけれど、いつか君も立ち上がるときが来るよ」と言ってくれた、京大ノンセクトラジカル・銀ヘルのIさん。
 君の言葉に応えられたのかどうかはわかりませんが、時代をこえて踏み分けて行かなければならない荒野の真っ只中を、ぼくもまた何者でもないまま静かに進んで行きたいと思います。半世紀のときをすぎてもなお、ぼくには行方がわからないあなたたちの夢もまた、ぼくの大切な宝物なのです。

友部正人特設ホームページ
http://koisuru.net/ivent/tomobe/tomobeindex.html
PEACE MARKET・のせ2017スペシャルコンサート「友部正人」
5月14日(日)
16:30開場17:00開演
能勢町淨るりシアター大ホール
全席自由席
参加協力券大人前売2500円 当日2800円
中・高校生 前売当日共1000円
小学生以下無料・入場可  障害者介護者1人無料
チケットのお申し込みは
TEL/FAX:072-741-9606(細谷)
E-Mail:info@koisuru.net
チケットぴあhttp://t.pia.jp/
   TEL:0570-02-9999【 Pコード324801】
e+(イープラス)【PC/携帯】http://eplus.jp/
        【直接購入】ファミリーマート
ショッピングセンターノセボックス店頭購入
主催・ピース マーケット のせ2017 実行委員会
後援・能勢町/社会福祉法人能勢町社会福祉協議会
   能勢町人権協会/公益財団法人箕面市国際交流協会

友部正人&どんと「ぼくは君を探しに来たんだ」
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2017.03.26 Sun ピースマーケット・のせスペシャルコンサート「友部正人」

南へ下る道路には避難民があふれ
僕は10トントラックで大阪へやってきた
友部正人「大阪へやってきた」(1971年)

 若いひとには届きようもない話をします。
 1968年、わたしは21才でした。高校を卒業して就職した建築事務所を半年でやめ、ビルの清掃をしながら延々と続く青春の闇をさまよっていました。大学紛争や70年安保闘争など騒然とした街のただ中で、まるで自分のまわり1平方メートル四方の沈黙の荒野にたったひとり、どんなに声をはりあげても誰にも届かない孤独を持て余していました。
 朝の6時にアパートの窓を開けると、蒸気機関車が黒い煙を吐き出していました。タンスもなく段ボールに押し込んだ湿っぽい服を着て大阪駅に着くと、よく家出少年と間違えられました。
 ある日の仕事を終えた夕方、大阪にはじめてできた梅田地下街で、大学生たちがアジ演説をしていました。その頃街のあちこちでよく見る風景でした。聞き取りにくい独特の語り口で「帝国主義打倒」、「人民解放」、「革命勝利」と絶叫する同世代の若者の前に立ち、彼の話が一段落した時にわたしは尋ねました。
 「あなた方が解放しようとする人民の中にわたしは入っていますか? わたしには社会性がまったくなく、あなた方のように社会を変えようという覇気もないのです。もしあなた方の目指す社会が実現した時、わたしは迎えられるどころか真っ先にやり玉に挙げられるような気がするのですが」。
 わたしの話に戸惑いながらも、その青年はそれも社会に問題があるとかなんとか、一生懸命にこたえてくれました。しばらくして「ピー」という笛の音とともに「曾根崎警察です。いますぐに解散しなさい」という声が聞こえ、後ろを振り返ると100人もの若者がわたしの後ろにいました。彼女たち彼たちは熱心にわたしたちの話を聞いていたのでした。
 学生運動の若者もあつまっていた若者もみんな、いっせいに散らばって行き、地下街は元通りの日常に戻りました。わたしもまた、その場を離れ、かくれるように街の雑踏に紛れ込みました。
 1970年に入り、あの時の若者たちとおなじようにわたしもまた大人になり、その後に暴力的なスピードでやってきた高度経済成長のるつぼに呑み込まれそうになった時、聞こえてきたのが友部正人の歌でした。日本のフォークソングは1965年ぐらいから一大ブームになっていましたが、わたしにとっては藤圭子の「夢は夜ひらく」とともにやってきた三上寛の「ひびけ!電気釜」と、友部正人の「大阪へやって来た」が最初の出会いでした。
 それはすでに人生を自分を社会を裏切ることを覚えてしまった大人のわたしにとって、かつてあの梅田地下街に100人の若者と共にいたことを証明する青春の挽歌だったのかもしれません。
 それ以来、友部正人の歌はわたしのもう一つの人生を今も生きる青春そのもののような気がします。彼もまたわたしとほぼ同じように年を重ねているはずなのに、その舌足らずな歌声は少年の瑞々しさをなくさず、その時その時の時代の空気をいっぱい吸い込み、100人分のその後の物語を歌いつづけているように思うのです。

友部正人特設ホームページ

友部正人「大阪へやってきた」(1971年)

友部正人「一本道」

PEACE MARKET・のせ2017スペシャルコンサート「友部正人」
5月14日(日)
16:30開場 17:00開演
能勢町淨るりシアター大ホール
全席自由席
参加協力券大人前売2500円 当日2800円
中・高校生 前売当日共1000円
小学生以下無料・入場可  障害者介護者1人無料

チケットのお申し込みは
TEL/FAX:072-741-9606(細谷)
E-Mail:info@koisuru.net
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   TEL:0570-02-9999【 Pコード324801】
e+(イープラス)【PC/携帯】http://eplus.jp/
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   能勢町人権協会/公益財団法人箕面市国際交流協会
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2017.03.23 Thu 深呼吸にメロディがついているかのよう 島津亜矢

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 3月18日はテレビ朝日の「古館伊知郎ショー」、19日はNHKBSプレミアムの「新・BS日本のうた」、20日はBS日テレの「歌謡プレミアム」と、3日連続して島津亜矢がテレビ出演しました。
 テレビ朝日の「古館伊知郎ショー」は音楽番組ではなく、市川海老蔵と小池百合子、天海祐希と広瀬すずなど、何組かの組み合わせにそれぞれ古館伊知郎が加わり、話題の人物の心情・心境を引き出すという構成の中で、ゲスト2人に歌を届けるパフォーマンスゲストとして島津亜矢が登場し、美空ひばりの「川の流れのように」を熱唱しました。
 古館伊知郎が「演歌界のマリアカラス」、「深呼吸にメロディーがついているかのよう」と形容し島津亜矢を紹介すると、天海祐希が歓声をあげました。
 そして、島津亜矢の歌声に聴き入るうちにみるみる目が潤みはじめ、大粒の涙を流しました。歌い終わると号泣寸前で、「とても素晴らしい歌を、ありがとうございました」と何度もいう天海祐希はほんとうに感動していて、興奮冷めやらぬという印象でした。
 16年前の父親と死に別れたことなどを話した後だったこともあり、美空ひばりの晩年の人生と切り離せないこの歌をいとおしくよみがえらせ、この歌のたましいのもっとも深い所へと降りていく島津亜矢の歌唱が稀代の女優・歌手の天海祐希の琴線に触れたのでしょう。
 美空ひばりの歌手人生の後半は「演歌」の領域にすっぽりとはまっているため、この歌も演歌の名曲と言われています。
しかしながら島津亜矢の歌唱は演歌の領域を大きくはみ出し、シャンソンにも似た奥行きのある歌になっていると思います。実は美空ひばりの歌唱もまた演歌の領域を越えていますが、美空ひばりの場合はブルースやジャズの匂いがします。
 わたしの想像の中では美空ひばりのブルースの領域から島津亜矢のシャンソンの領域へとこの歌のいのちが引き継がれ、バトンが渡されたように思います。
 事実この日の島津亜矢は、あきらかに昨年末の紅白歌合戦の時よりはずいぶんリラックスしていて、心なしか彼女本来の声ののびやかさと「歌を詠み、歌い残す」稀有の才能を存分に披露してくれました。
 わたしは今でも美空ひばりから手渡される歌のバトンがあるとしたら島津亜矢が受け取り、美空ひばりが果たせなかったさらなる歌の冒険を美空ひばりのいのちのゴールから走り出す宿命にあると思っています。しかしながら、それは何も演歌という、実は1970年代にJポップの抬頭から無理やりねつ造された「日本人の心の歌」を引き継ぐことではないと思っています。
 明治以来、強引に導入された西洋音楽の暴力に踏みにじられ、押しつぶされそうになりながら、それでも西洋の音階の一音から次の一音の間に日本独特の「うた」を忍び込ませ、楽譜にない「こぶし」や「うなり」を発展させてきた「日本の音楽・日本のうた」を、戦後のがれきの上のリンゴ箱をステージにして美空ひばりは歌い、よみがえらせてきました。
 日本が誇る世界のブルースの女王・美空ひばりの長い旅路の果てにリュックサックいっぱいに詰め込まれた歌という歌、言葉という言葉、メロディというメロディを受け取り、島津亜矢はその重いバトンを次の世代の誰かに手渡すために孤独な旅をつづける過酷な宿命を引き継ぐことになったのだと思います。
 かく言うわたしは音楽の専門家ではもちろんなく、また音楽のことをよく知る人でもないのですが、島津亜矢のファンになった2009年の秋以降、それまで漫然と演歌歌手のひとりとしか思っていなかった彼女の歌にはどこか演歌の枠にはまり切れないものを感じていて、それが何なのかをまだ理解できないのです。いつの時代もまったく新しい思想が世の中に定着するまでのあいだ、過去の時代を表現する思想と混在するように、大きく時代が変わる予感を歌はさりげなくわたしたちに教えてくれているのかもしれません。
 島津亜矢は1970年代以降の演歌を出自にしながらも、その予感を現実のものにする歌い手として恩師・星野哲郎や、出会えなかった阿久悠、もっと歌をつくってもらいたかった船村徹、若い才能をこよなく愛した美空ひばりなど、時代を背負い時代を歌い、時代を変えた歌詠み人たちのミューズとして降臨してきたのだと確信します。

 古館伊知郎もまた司会者でもキャスターでも解説者でもなく、言葉が時代を変えることができるのかを問い続ける言葉の狩人で、その意味では阿久悠が歌でやろうとした冒険をやり続けてきた人だと思います。この人の場合は、あらかじめ言葉をつくっておく脚本によるのではなく、自分の体と心にうずもれた言葉の破片をつなぎ合わせ、ひとつの出来事を言葉という「もうひとつの出来事」で語り尽くしたいという願望がとても強く、それが本人も思いもしなかった真実にたどり着く場合もありますが、不発に終わることもあるようです。
 今回の放送でもこの番組のすばらしい所なのかも知れないですが、ゲスト2人とあらかじめ筋書きをつくらず、古館伊知郎の振りにゲストが答えてくれず、ちぐはぐで間の悪い時間が流れ、その気まずさがまた次の気まずさを呼ぶという感じで、今のところ「報道ステーション」以後の自分のパフォーマンスを探しあぐねている印象でした。
 しかしながら、その中で「深呼吸にメロディーがついているかのよう」と島津亜矢を讃えた言葉にはびっくりしました。彼がかつて得意とした異業種格闘技の時の言葉のパフォーマンスを彷彿させる名言でした。歌が人類誕生の時とほぼ一緒に生まれ、自然の様々な音とつながる呼吸に声帯の震えが重なって声が生まれ、メロディが生まれ、何かを伝えようと言葉を発見した人間の切実な歴史をたどる稀有の歌手・島津亜矢をこれ以上の言葉で語るのはむずかしいかも知れません。
 そして古館伊知郎が言葉で島津亜矢の底知れぬ才能を表現したように、天海祐希は同じく稀有のアーティストとして、感動の涙で表したのだと思いました。

島津亜矢「川の流れのように」

島津亜矢「函館山から」
美空ひばりのカバーではこの歌の島津亜矢が大好きです。小椋佳が美空ひばりに贈った最高傑作であり、世界に誇れる「日本の歌」のひとつと思います。戻らぬ青い時と、若さゆえに傷つけてしまう心とそれを悲しみでつつんでしまう心。この短い歌の中で書きなぐられる時のキャンバスに残された後悔だけが砂浜の石となって点在する…。過ぎてしまった青春を歌う詩人・小椋佳の到達の地点にたたずみ、美空ひばりの悲しみさえも包み込む包容力を、いつのまに島津亜矢は獲得したのでしょうか。

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2017.03.08 Wed 「うたコン」は島津亜矢に時代が追いつくための音楽的冒険の場

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3月7日、島津亜矢がNHK「うたコン」に出演し、「感謝状~母へのメッセージ~」を歌いました。
 今回の放送は東日本大震災6年の節目を迎え、「東北に届け!春を告げる歌の花束SP」
と題し、30分延長されて放送されました。
 演歌・歌謡曲の人気番組だった「歌謡コンサート」と、Jポップの人気番組「MUSIC JAPAN」が終了し、両者を合体させた「うたコン」が始まって一年が経ちましたが、この番組への批判の声は一向に収まりません。もともと、視聴者の大半が高齢者だった「歌謡コンサート」と、10代から20代が視聴者で、Jポップの新人の登竜門だった「MUSIC JAPAN」を一つにして、世代やジャンルを越えて新しい音楽体験を生み出そうというコンセプトは魅力的なものの、実際は日本の音楽シーンがここ10年劇的に変化し、季節ごとの大きな音楽フェスをメインとしたライブがメインとなったことと相まって、テレビの音楽番組もまた季節ごとの長時間番組にシフトし、週一回放送の音楽番組の制作がむずかしくなったことなどが背景にあると思います。
 また、年末の紅白歌合戦のときだけ、演歌・歌謡曲とJポップが混在する状況ではあっちがたてばこっちがたたずという感じで、また同じジャンルの中でも出演歌手をめぐってさまざまな批判が寄せられ、その結果を反映してか視聴率の低下が年々問題になっています。そこで、一年を通じて演歌・歌謡曲とJポップが混在する状況をつくりだすことは、NHKの音楽番組制作担当者にとって切迫した課題であったのでしょう。
 そんな事情から一年前に船出した「うたコン」ですが、やはり「NHK歌謡コンサート」の視聴者だった、主に高齢者を中心にした演歌・歌謡曲ファンの批判・不満が数多く寄せられた一年でした。
 この番組の視聴率は音楽番組ではJポップの超人気番組「ミュージックステーション」よりも高く、一年を通じて10パーセント以上を確保しています。この時間帯をはじめ、特番の音楽フェスを除いた音楽番組の中でダントツの視聴率を稼いでいるわけですが、その高い視聴率を支えているのは演歌・歌謡曲ファンで、歌謡コンサートの視聴者であった人たちです。ちなみに歌謡コンサートは超マンネリのお化け番組で12、3パーセントの視聴率を誇っていたわけで、合体した「MUSIC JAPAN」は土曜日の深夜ということもあり、5パーセントも行かなかったようですから、「うたコン」を支える視聴者は圧倒的に演歌・歌謡曲を望んでいて、「歌謡コンサート」に戻してほしいというのが本音だと思います。

 しかしながら、一年前にこのブログで書きましたが、わたしは島津亜矢のファンとして、「うたコン」は先祖返りして「歌謡コンサート」に戻らず、演歌・歌謡曲とJポップが混在する今のコンセプトをつらぬいてほしいと思っています。民放のようにスポンサーがいるわけではないので公共放送の利点を生かし、不人気であっても新しい試みをつづけてほしいと思うのです。
 かつてのNHK「歌謡コンサート」のようにベテランの演歌歌手が重用されるのではなく、現在では普段出会うことがなくなってしまった演歌歌手とJポップの歌手が顔を合わせ、お互いの歌を同じ舞台で歌い聴くことから、演歌・歌謡曲ジャンルでもJポップのジャンルでも新しい音楽的冒険が生まれる起爆剤となる番組であってほしいと思います。
 とくに島津亜矢の場合は以前の番組よりは彼女の活躍の機会が増えていくと思います。
演歌というよりは1950年代の歌謡曲の本流を現代によみがえらせる島津演歌はまだ途上とはいえ既成の演歌ファンが再発見、再評価する一方、新しい演歌ファンを引き寄せていますし、ポップスの領域でははじめて聴いたひとがびっくりし、一夜にして大ファンになってしまうという現象がここ何年も前から起きています。わたしもまた、そのうちの一人であることを告白します。
 しかしながら、彼女の自由な音楽活動を表現できる番組が極端に少なく、まだ無数のポップスファンが彼女のずば抜けた歌と出会っていないという問題があり、テレビではかろうじてこの番組がその役目を担ってくれそうなのです。今のところまだ番組構成が未成熟で、様々な試みをしている途上ですが、ライブ以外で彼女のポップスをシッカリと聴く機会はこの番組しかないのではないでしょうか。
 そう思うと、かえすがえすも以前の放送の秦基博とのコラボで「蘇州夜曲」を選曲したのは間違いで、とても残念に思いました。あのコラボでは、たとえば秦基博の「ひまわりの約束」とか、彼がカバーしている井上陽水の「氷の世界」を選曲していたら、島津亜矢のとてつもない大きな才能に観客や視聴者はもちろん、秦基博自身がびっくりし、きっと二人の間にシンパシーが生まれたはずです。彼の歌を作る潜在能力はなかなかのものですから、島津亜矢への楽曲提供への意欲を駆り立てたかも知れません。
 わたしはあえてこの番組では、彼女のポップスの歌唱力を伝えていただきたいと思うのです。そうすれば、かつて船村徹が美空ひばりにしか歌えない歌をつくったように、島津亜矢しか歌えないと思う楽曲を提供したいというJポップのソングライターとの出会いが必ずあると思います。もしかすると彼女のボーカリストとしての無尽蔵の才能に気づくのは、演歌・歌謡曲の作り手よりもポップス畑のソングライターのような気もします。
 今回の放送では「感謝状~母へのメッセージ~」を歌いましたが、せっかくスガシカオが出演していたのですから、カバーではあっても彼女のポップスを彼に聴いてもらいたかったなと思います。フルコーラスではなかったし、ファンとしては新曲の「いのちのバトン」とか鎮魂の心をこめて「千の風になって」とか、あと一曲歌ってくれたらと思いますが、番組構成上、やむをえなかったのかと思います。今回の放送でも批判はたくさんあるものの、スガシカオにして天童よしみにしても福田こうへいにしても、素晴らしい歌唱だったとわたしは思います。
 天童よしみはさすがに竹中労が見出しただけあって、歌に魂を込める歌手として他の歌い手さんたちとどこか肌合いというか気迫の違いを感じていましたが、演歌歌手の中でもっとも島津亜矢とつながっていて、島津亜矢は少し先を行く先輩歌手として天童よしみにすごく助けられていると思います。
 
 さて、肝心の島津亜矢の歌について何も書いていませんが、なによりも彼女がこの番組でやっと居所を見つけたようなリラックスした表情が伝わり、とてもうれしく思います。
 フルコーラスでないのは確かに残念なことではありますが、彼女はたとえワンコーラスでもその歌のもっとも柔らかく深いところにわたしたちを連れて行ってくれたのでした。
 この歌について書いた過去のブログを紹介させてもらって、今回は許してもらいたいと思います。
 「うたコン」については、特に演歌・歌謡曲ファンの方々の中でさまざまな批判があるでしょうが、どうか長い目でこの番組を見てあげてほしいと思います。

過去のブログ 2012.09.09 Sun 島津亜矢「感謝状~母へのメッセージ」

島津亜矢「感謝状~母へのメッセージ~」
この歌もまた若い頃から何度も歌っていますので、彼女の進化がよくわかります。最近の映像を紹介しましたが、若い頃の歌唱と比べる楽しみもあります。
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