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2011.07.07 Thu 「ホワッツ・ア・ワンダフル・ワールド」 小室等5

 2003年の秋、大阪心斎橋のライブハウスで、娘さんのこむろゆいさんとのジョイントライブがありました。そこではじめて小室さんの「ホワッツ・ア・ワンダフル・ワールド」(この素晴らしき世界)を聴きました。心にしみました。ひとみからは決して出ないなみだが心の底につたい落ちる、そんな歌でした。
 「ホワッツ・ア・ワンダフル・ワールド」は1967年、あのルイ・アームストロングの独特の歌声によって誕生しました。
 ベトナム戦争のただ中で平和への願いを込めて歌われたとされるこの歌はアメリカを正当化するという批判もありますが、その後の世界の悲惨な出来事、おびただしい血と悲鳴にかき消されそうになりながらも世界中で歌い継がれてきた名曲です。
 ルイ・アームストロングはジャズ発祥の地といわれるニューオリンズの、黒人が多く住む貧しい地域で生まれました。子供の頃にピストルを発砲して入所した少年院のブラスバンドでコルネットを演奏することになったといいます。
 その才能は一気に開花し、少年院を出てすぐにもう、プロミュージシャンの仲間入りを果たします。
 ぼくはルイ・アームスロングがピストルをすて、楽器を持ったところから、「ホワッツ・ア・ワンダフル・ワールド」へとつながる道を見つけたのだと思います。
 ちなみに、ぼくがはじめて聴いたジャズはおそらく高校生の時で、古本屋さんのラジオから流れてきたルイ・アームスロングの「聖者が街にやってくる」でした。
 薄暗く時をたべた紙の匂いが充満する空間に、「ヒュー、ヒュー」という雑音とともに風のように流れる、どこか悲しさを秘めた陽気な歌声を、いまでもはっきり覚えています。
 「ホワッツ・ア・ワンダフル・ワールド」は世界中のさまざまなひとが自分なりの歌い方をしても、ぼくたちはルイ・アームストロングの強烈な個性にひきつけられ、彼のオリジナルにひきもどされます。
 ところが、小室さんの「ホワッツ・ア・ワンダフル・ワールド」は、まったくちがっているのです。はじめて聴いたとき、この歌だとぼくにはわからなかったほどでした。
 実はこの歌に限らず、最近の小室さんはジャズのスタンダードを歌っていますが、どれも油断していると原曲を思い出せないほどなのです。
 それはなにも、その歌を故意に変形して、いかにも「つくりかえました」というのではないのです。どこか自由でしなやかで、みずみずしく、原曲の大切なイメージをこわさないまま、自分の歌にしてしまっているのです。
 そのことと関係があるのかわからないですが、本来稀有の才能の持ち主で数々のご自身の作詞作曲による名曲がたくさんあるのに、なぜかしら谷川俊太郎や別役実、唐十郎など、別のひとの作詞による名曲の方にぼくはついつい心ひかれます。
 さらにいえば、「ホワッツ・ア・ワンダフル・ワールド」のように、別のひとが作詞作曲した歌を小室さんが歌うときに、一番「小室等」を感じさせてくれるのです。
 その静かな「語り」は、おそらく年を重ねることでしか得ることができなかったやさしさに満ち溢れていて、ややもすればかたくなになってしまうぼくたちの心をやわらかくつつみ、ほぐしてくれるのです。
 街は音の洪水で、いつでもどこでもスピーカーから音がわめいていて、ぼくたちも大きな声でがなりたてるような暮らしをしてしまっています。
 大きな声でがなりたてるのに、なにひとつ伝えられない、なにひとつ聴こえてこないことに気づいた時、いたたまれない悲しみと自己嫌悪におそわれます。
 風の気配、土を踏む音、鳥のさえずり、声にならない声、夜の沈黙、光のおしゃべり、星の合図……。世界はこんなにも静かなコミュニケーションにつつまれているというのに、ぼくたちはそれを聴き取る力をいつのまになくしてしまったのでしょうか。
 そんな思いに立ち止まる時、耳をすませば聴こえてくる、その音楽こそが小室等さんの音楽なのです。
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