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2011.07.06 Wed とても静かで、それでいて決してゆるがない決意 小室等1

ぼくたちの心の
世界地図のきっとどこかに、歌の隠れ家がある
鳥たちが空の隠れ家からまた飛び立つように、
この星のいきものたちの母なる海が、
あたらしいいのちを育てるように、
生きているものたちの、
よろこび、かなしみ、いかり、
いさかい、わかちあい、わかれから、
うまれるいくつもの歌たち。

時の踊り場に吹きこむ風に舌をふるわせ、
ひとからひとへと歌いつがれながら、たどりつく、
そんな歌の隠れ家が、きっとある。
歌の隠れ家はまた、
歌たちがうまれかわる誕生の家で、
そこからまた旅立つあたらしい歌たちが、
時をこえ、風に遊び、ただよいながら
ひとからひとへとまた、歌いつがれていく

 小室等さんは箕面に3回、来て下さいました。

 最初は1986年12月20日、長谷川きよしさんとお二人で、豊能障害者労働センター5周年と事務所拡大移転基金の応援のために、お二人ともわずかな交通費のみで来てくださいました。
 控室にあいさつに行くと「ぼくたち基金のことで何を言えばいいのかな?」と聞かれました。
 「いえ、ただお二人のすばらしい歌をみなさんに聴いていただくだけでじゅうぶんです」と答えると、「そう言われても」と少し困った表情でしたが、ステージではなんのその、わたしたちの思いをいっぱい言ってくださって、おかげで当日カンパがとてもよく集まりました。
 コンサートが終わり、事務所で打ち上げをしました。その当時の事務所は古い民家で木枯らしが部屋を舞い、冷蔵庫にいれなければビールが凍ってしまうような所でした。
 さすがに長谷川きよしさんは先にお帰りになったのですが、小室さんは皮ジャンに身を包み、「いくら飲んでも酔わないなあ」と言いながら、深夜までつきあってくださいました。

 2度目は1993年3月12日、この日は学校の卒業式の日だったこともあり、わたしたちはこのコンサートを「小室等・たびだちコンサート」と名付けました。
 障害のあるこどもたちにとって、卒業は必ずしも次のステージに踏み出すものではありません。障害があることで進路を閉ざされてしまうことが多く、わたしたちはそのことと格闘してきました。
 もとより、慢性化する赤字運営を助けていただくために来ていただいたのですが、もうひとつの目的は、障害のあるひとの進路をこの街のみんなで切り開こうと訴えたかったのです。
 小室さんは静かにステージに現れ、「雨が空から降れば」、「老人と海」など名曲を歌ってくださいました。

 そして3度目は2007年3月18日、ゆめ風基金のイベントとしてまた、わたしたちは小室さんの歌を聴く場を箕面で開くことができました。
 「死んだ男の残したものは」、「ホワット ア ワンダフルワールド」など、小室さんの歌には世界のさまざまな地域の理不尽で悲しい現実を前に、それでも明日を信じて今を生き抜こうとする子どもたちやおとなたちへの深くて強い希望のメッセージがこめられています。
 そのメッセージは決して声高にさけぶのではなく、とても静かで、それでいて決してゆるがない決意にささえられていて、小室さんはそんな切なくもいとおしい歌たちを泉からすくいあげるように歌いました。
 その歌に酔いしれている間にいつのまにか、わたしたちは小室さんの歌の彼方にあるとてつもないラジカルなやさしさに心打たれるのでした。
 ゲストにこむろゆいさん、加納浩美さん、田中潤さん、子どもから中高年までのフラダンスチーム・ロミロミーズをむかえ、とてもすてきなライブになりました。

 ゆめ風基金の関係でイベントの手伝いに行くと、永六輔さんももちろんそうなんですが小室さんもまた、ゆめ風基金への思いがとても深いことをひしひしと感じます。
 お二方とも時代を切り開いてこられた稀有の人なのに、わたしたちの願いをどうイベントで伝えていこうか、そのために自分は何をすべきかということだけを、わたしたちと同じところに立って共に考えてくださるのです。
 それは実に見事で潔くて、ステージの上だけでなく、舞台裏のお二人に接する機会があれば誰でも感じることができます。
 その大きなやさしい空気につつまれると、感謝の気持ちとともにさまざまなつらい現実にひるまずに進んで行こうと思うのです。
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