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2019.02.12 Tue  「わたしたちは勝ちたいのではありません。負けることができないのです」ボヘミアン・ラプソディ

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先日、映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観ました。
 ご存知のように昨年秋に公開されたこの映画は異例のヒット作となり、今も興行収入の記録を塗り替えるほどの社会的現象となっています。世界的人気ロックバンド「クイーン」のボーカルで、1991年に45歳の若さでこの世を去ったフレディ・マーキュリーを描いたこの映画は、ブライアン・メイとロジャー・テイラーが音楽総指揮を手がけています。
 わたしはクイーンの熱烈なファンとは言えないのですが、後でくわしく書きますが、選挙が苦手なわたしが唯一関わった選挙運動で、1988年から2003年までの元箕面市議会議員・八幡隆司さんの選挙と1991年から2007年までの元豊中市議会議員・入部香代子さんの選挙の時、クイーンの「伝説のチャンピオン」をわたしたちの応援歌とし、歌詞の一節を街頭演説で使用した特別な思い出があります。
 クイーンは、イギリス・ロンドン出身の男性4人組ロックバンドで1973年にデビューし、これまでに15枚のスタジオ・アルバム、その他多くのライブ・アルバムやベスト・アルバムを発表。アルバムとシングルのトータルセールスは1億7000万枚以上とされています。1991年にフレディ・マーキュリーが死去してからも、残されたメンバーによるクイーン名義での活動は断続的に続き、2005年から2009年までポール・ロジャースと組んで「クイーン+ポール・ロジャース」として活動、その後はアダム・ランバートを迎えた「クイーン+アダム・ランバート」としての編成での活動もあり、今もまだ人気の衰えのないスーパーバンドです。
 映画は1985年の20世紀最大のチャリティコンサート・「ライブ・エイド」の舞台裏からクイーンがステージに登場するシーンで始まります。そこからフィードバックし、若かりしフレディ・マーキュリーがブライアン・メイ、ロジャー・テイラー、ジョン・ディーコンと出会い、野心と冒険に満ちた音楽を次々と発表し、世界的名声を得ながらも、孤独と絶望と悲しくもいとおしい愛の苦悩に悶々とする内面を丁寧に描いています。事実関係の違いを指摘されるところも多々あるようですが、そんな違いなどどうでもよいクイーンの音楽的冒険の現場に観客を立ち会わせ、稀有なロックバンドの軌跡をスクリーンに定着させることに成功しています。
 そして、何といってもタンザニア生まれのインド系の出自を持つフレディ・マーキュリーが音楽への夢をかなえていく強い野心と精神力をもつ一方、少年の純情とバイセクシャルという性的指向に揺れ動く無垢な心が音楽によって救済されたことや、音楽を通して他のメンバーとの深い友情で結ばれた幸運がクイーンの音楽性を高めたことが見事に描かれていると思いました。
 フレディ・マーキュリーが作詞・作曲した1975年発表の「ボヘミアン・ラプソディ」は、ヨーロッパがアフリカやアジアの移民によって成り立ち、彼女彼らが民族的な偏見や差別を越えて新しい風を持ち込んだ果てに結実した音楽です。そして、イギリスがEUから合意なき離脱するかしないかの正念場にある今、この歌の先見性に驚くとともに、新しい時代の空気をまとい始めているのではないでしょうか。
 クイーンがビートルズやローリングストーンズと違う所は、正統派のブリティッシュ・ロックの外側で世界が憎悪に満ちた理不尽な暴力と報復を繰り返す中、さまざまな民族と個性が分かち合い、遠い平和を願う切ない希望を耕すのもまた、ロック音楽であると気づかせてくれたことかも知れません。
 後にスタジアムロックともいわれる何万人、何十万人の観客を動員し、フレディが観客を鼓舞し、会場にいる全員が一緒に歌う様子に心が震えます。フレディは何万、何十万のマジョリティに向けて歌ったのではなく、何万、何十万のマイノリティに向かって歌っていたのだと思うのです。まさしく、音楽は愛を必要とする心から生まれ、愛を必要とする心に届く…、それがクイーンのロックでした。
 映画の最後は最初のシーンのライブエイドにもどり、伝説となったパフォーマンスを正確に再現して終わります。
 
 1991年11月24日、フレディ・マーキュリーは45歳という若さで亡くなりました。その前日にエイズを公表したばかりでした。
 1992年4月20日、フレディ・マーキュリー追悼コンサートが「ライブエイド」の会場だったウェンブリー・スタジアムで開かれました。エイズ撲滅のためのチャリティーとして開かれたコンサートの最後に、全員で「伝説のチャンピオン」を歌いました。

それはすべての人類に対するきびしい挑戦といったほうがいい
だから決して負けるわけにはいかないのだ
ぼくたちは頑張り続けなければなければならない
ぼくらはチャンピオン 愛しき友よ
ぼくらはたたかいつづける 最後まで (ウィー アー ザ チャンピオンズ)

 1977年に発表されたこの歌もまた、歌が個人的にも政治的にも文化的にも現実のはるか前に予見でき、時には現実を変えることを証明してくれました。時代背景やロック歌手としての矜持から、フレディーは自分がエイズであることを死の直前まで公表しませんでしたが、自らが意識する10年前に、彼は自らもふくめて社会的異端者とされる世界に点在する人びとに愛と勇気を送ってくれていたのだと思います。
 くしくもわたしは1992年、八幡さんの2度目の箕面市議会選挙にむけて準備をしていました。社会的にマイノリティとされる障害者にとって、数を競う選挙はもっとも苦手な分野だと思います。しかしながら、政治がもしわたしたちの今と未来をデザインするものならば、社会的異端とされる障害という個性が切り開く未来があり、その未来はマジョリティとされる人々にも等しく降り注ぐ恵みの天の雨であることを、フレディが教えてくれていると思いました。
 もちろん、選挙は「これをすれば大丈夫」というような簡単なものではありません。とくにわたしが担っていた「裏選対」というところはそんなにきれいごとだけではありませんでした。選挙運動しながらわたしがもっとも傷ついてしまうことは、日常で数の暴力にさらされているわたし自身が、理不尽にも八幡隆司に一票を入れてくれるのかそうでないのかと、ひとを色分けしてしまうことでした。そんなことで落ち込んでしまうわたしに勇気をくれる言葉が、フレディの強烈なメッセージだったのです。
 最初はこのメッセージは、豊能障害者労働センターの機関紙「積木」にわたしが書いた小さな記事でしかなかったのですが、8月の選挙活動のさ中、街頭行動を担当していた人が発送中だった機関紙「積木」のこの言葉に反応し、それ以後街頭演説に採用してくれたのでした。
 「わたしたちは勝ちたいのではありません。負けることができないのです」
 箕面の暑い夏に命を絞るように叫ぶせみたちの鳴き声は、志半ばで逝ってしまった友人たちの声のようで、わたしはフレディ・マーキュリーとクイーンのメンバーたちがバンドのリーダーを決めず、ロックバンドには珍しい「民主的なバンド」としてそれぞれの個性と才能をぶつけたり摺り寄せたりしながら稀有の高みにまで自らの音楽をつくりあげたことの意味をもっとも学ばなければならない人間としてすぐ隣にいたことが誇りでし た。
 いま振り返ればわたしにとって「ボヘミアン・ラプソディ」の至高のコーラスは、4年に一度の選挙の夏の、セミの合唱だったのかも知れません。
 「わたしたちは勝ちたいのではありません。負けることができないのです」というメッセージは、豊中で車いすを利用する女性議員として活躍した入部香代子さんの選挙でも採用されたと聞きました。わたしが幸運だったのはクイーンの応援歌に勇気をもらい、誇りにできる候補者のためにできることをすべてやりきり、議会に送り込めたことでした。

Queen - Bohemian Rhapsody (Official Video)

QUEEN - We Are The Champions

2012.12.02 Sun フレディ・マーキュリーとアダム・ランバートと島津亜矢
この記事は約6年前の記事ですが、まさか19日のNHKの「うたコン」で島津亜矢がクイーンのカバーを歌うことになるとは思いませんでした。でも、単純にNHKが無茶ぶりをしたのではなく、島津亜矢のボーカリストとしての評価を持っているからこその起用でしょう。しかも、聖飢魔Ⅱのデーモン小暮とのデュオということらしいです。デーモン小暮はすでに「ボヘミアン・ラプソディ」をカバーしています。デーモン小暮が島津亜矢とどうコラボするかかが注目なのと、島津亜矢が最近封印している高音がどのように爆裂するのかが楽しみです。
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