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2018.09.23 Sun そうなんですね、無数の悲しみは満天に輝く星となって、やがて大きな希望とかわるのですね。劇団天然木豊能町公演

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 9月22日、豊能町西公民館の大会議室で開催しましたファミリー劇団・天然木の豊能町公演は50人のご参加をいただき、わたしたち里山の住民としては大成功でした。
 開場が1時半でしたので、スタッフは12時半に集合しました。天然木のしずくさん、りんかさんの会場入りが1時前だったこともあり、会場設営の後すぐにリハーサルがはじまりました。
 なにぶん音響(音効)もあらかじめ台本を送ってもらっていたもののぶっつけ本番でしたし、設営の手直しや音響への指示など、すべてのプロデュースをしながらのリハーサルでしたので大変だったと思います。てきぱきと指示する中で少しも嫌味のない彼女たちにわたしたちも緊張がほぐれ、スタッフみんなが彼女たちをまず大好きになりました。
 猛スピードでリハーサルが終わるとすぐ、彼女たちは会場の隅でストレッチなど体のトレーニングを始め、わたしたちに接するのとはちがった厳しい表情をかくしていて、さすがプロだと思いました。
 この日の公演はサプライズで2公演あり、最初の演目は「ばあちゃんのLOVE&PEACE」でした。ばあちゃんが九条の会を立ち上げたと聞き、孫娘のたま子と友達が会の集まりに遊びに行き、おばあちゃんやおじいちゃんの話を聞きます。青春時代の戦争体験や戦後の苦難、昔話を面白おかしく話し、「二度と戦争をしてはならない」と九条の会を立ち上げたばあちゃんに、世の中の役に立つために何をすればいいのとたま子が聞きます。
 ばあちゃんは「何でも自分の思うことを言い、したいと思うことをすること」と答えるのでした。
 ばあちゃんたちの思いと決意を、南アフリカ先住民の物語から「クリキンディの歌」と「憲法第九条」(の歌)に託し、素晴らしいハーモニーで歌い上げる二人に、涙ぐむお客さんもいました。
 「クリキンディの歌」は、森が燃え、生き物たちが我先に逃げる中、クリキンディという名のハチドリたちはくちばしで水のしずくを一滴ずつ運んでは炎の上に落とし、行ったり来たりしています。そんなことをしていったい何になるんだいと聞かれると、「私は私にできることをしてるだけ」。
 いま、福島で辺野古で、人知れずどこかでクリキンディのように働いている、世界中で誰かが…、「私は私にできることをしてるだけ」。
 この歌はいま、何をやってもむだと絶望してしまいそうになるわたしたちに、勇気をくれる応援歌になりました。
 「憲法九条」、この歌は憲法九条を歌にしたものです。まったなしになっている憲法改正(?)論議から、平和主義と戦力を持たないことを記した憲法九条に込められた思いを歌にしたものがCDになったり、ライブで歌われたりすることが多くなりましたが、中には憲法の前文や九条の条文そのものを歌詞にした歌もいくつかあります。
 わたしは憲法九条を変えるのは絶対反対ですが、ただ平和主義の裏にアメリカの覇権主義のもと沖縄や朝鮮半島、台湾を踏み台にしてきたことを知れば知るほど、とても悲しく思います。だから憲法九条はまやかしだというのではなく、だからこそ憲法九条をまずはこれらの地域をはじめとする東アジアの平和の実現のためにパワーアップしなければならないと思うのです。
 そんな思いも持ちながらも、憲法の条文そのものを歌詞にするのは音楽的に無理があるのではないかと思っていました。
 ところが、このミュージカルの物語の中でしずくさんとりんかさんのデュエットで聴く憲法九条は、ほんとうに不思議なんですが、何の違和感もなく心にひびきました。
 わたしは先の記事で日常会話から突然歌いだすミュージカルの違和感について書いたのですが、二人が歌う「憲法九条」はミュージカルの魔法というか、もともとの違和感が劇中歌の高揚感に逆転し、歌詞になりにくい固い言葉が反対に現実味を持ち、奇妙なバラードに生まれ変わるのでした。
 「限りない犠牲の果て 立ち上がった言葉よ 限りない悲しみの果て 立ち上がった言葉よ」
 昨日のホールとちがい舞台と客席がフラットで舞台用の大道具もなく、衣装ももんぺをアレンジしたもので、もちろんマイクを通さない生声とCDラジカセだけの、ほんとうに彼女たちの歌と身体表現だけで演じ切るこの公演はこの劇団の魅力を最大限に引き出し、観客の心を虜にしました。

 休憩をはさんだ第二部の「大矢野原に立って」は、婚活からつきあい始めた農村の青年と熊本市内からやってくる女性のふたりが、ある日のデートで自衛隊の演習場・大矢野原演習場に行く物語です。そこには青年の父親の他、戦争を体験した長老たちがテント小屋で演習を監視していました。大矢野原演習場は明治時代に日本軍によってつくられ、戦後米軍に占拠され、米軍が出て行った後は自衛隊の演習場となり、最近はオスプレイも参加する米海兵隊と陸上自衛隊の演習も行われています。
 ここでもじいちゃんたちの面白おかしく、実は悲惨な話は、彼女たちが実際に聴いた話が元になっています。あとの交流会で知ったのですが彼女たちは本当に聞き上手で、彼女たちのしなやかで純な心に触れた数多くのひとびとが思わず心の扉をあけ、長い間語ることがなかったことをしゃべってしまうのでしょう。それらの証言は書き言葉で文献に収められるのとはちがう臨場感を持った肉声で彼女たちの心を通り、やがてミュージカルとなっていくのです。
 そして、これらの証言を彼女たちが演じる若いひとたちの感性が受け止め、未来へとつながる希望の物語となることを暗示してミュージカルは終わります。あたかもそのあとはこのミュージカルを観たわたしたちが始めなければならないのだと…。
 そうなんですね、無数の悲しみは満点に輝く星となって、やがて大きな希望とかわるのですね。
 交流会では彼女たち自身の話を交えながらお客さんに質問すると、まっすぐな心で表現されたミュージカルに感動したお客さんが感想とともにご自身の戦争体験などを声を詰まらせながら話され、貴重な体験を共有できた交流会になりました。
 そんなお話を聞かせてもらうために開催したわたしたちにとっても、豊能町の人たちを中心に能勢町の人たちも合流し、これから一緒に助け合って活動を続けていこうと確認しあった、すてきな催しになりました。
 劇団天然木のしずくさんとりんかさん、ほんとうにありがとうございました。
 わたしたちはあなたたちからもらったこのプレゼントを大切にしていきます。
 また、大阪にきてくださいね。

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