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2018.09.14 Fri 川口真由美さんの歌は希望の歌・「コスタリカの奇跡」上映会と沖縄の心と箕面のひとびと

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20170225 川口真由美コンサート「ケサラ 」
20170225 川口真由美「今こそ立ち上がろう〜辺野古の日々」

 台風の影響でパソコンからのネット配信ができず、更新作業ができませんでした。
 その間に島津亜矢関連や、最近ファンになった政治学者の白井聡さんのことなど、書いてみようと思うテーマがいくつかたまっているのですが、今回は9日に箕面市のグリーンホールで開催された「箕面ピースフェスタ2018」について報告させていただきます。
 この催しはすでに10年の歴史をもっているそうです。10年前と言えばわたしはすでに箕面から離れていますが、豊能障害者在職時にお世話になった人たちもこの催しをずっと支えておられ、会場に行くと懐かしい顔がたくさんありました。もっとも相手からすればずっと箕面で暮らしているわけで、14年前に箕面を去ったわたしの方が珍しい顔だったと思います。
 映画「コスタリカの奇跡」を観るために箕面に住む障害者のKさんと待ち合わせをした2時にグリーンホールに着くと、ロビーでは「ピースマーケットのせ」に2年続けてきてくれた朝鮮舞踊団がひとりだけでしたが踊っていました。わたしはこの舞踊団のファンになっていましたので、偶然の幸運をうれしく思いました。
2時30分からは、「コスタリカの奇跡」を観ました。8月19日に能勢で開催した「コスタリカの奇跡」上映会の主催メンバーでしたので、この映画を観るのは今回で3回目でした。
 日本が1947年に日本国憲法で非戦と戦力の保持を放棄することを宣言した翌年の1948年、ラテンアメリカのコスタリカは軍隊を廃止しました。
 第二次世界大戦後、2つの国は同時に軍隊を放棄しましたが、その後大きく道は分かれ、いまや集団的自衛権のもとで「戦争ができる国」となった日本と対照的に、常備軍を持たずに国際機関での話し合い外交により、隣国のニカラグアとの国境紛争などの危機を乗り越え、軍事予算を社会福祉や教育にまわし、世界の中でも豊かな国とされるコスタリカ…。
 同じ時代に軍隊のない国をかかげ、70年の時を歩んできたコスタリカと日本が真逆の歴史を作ってきた、その違いはどこから来るのでしょうか。
 「コスタリカの奇跡」を観てはっきりしたのは、中米の小国コスタリカはいつもアメリカの圧力を受け、周辺国の侵略や内戦で実際に犠牲になった命もあり、軍隊を持つことそれ自体が内戦を引き起こした歴史があります。ですから軍隊を持たないことを決意したのには、為政者にとっても国民にとっても軍隊に脅かされないで平和な国を作りたいという切実な理由があったということです。
 それに対して日本はアジアと自国の兵士のおびただしいいのちを奪った果てに、国民を守るのではなく「国体」という国を守るためだけに沖縄、広島、長崎の人々のいのちを犠牲にしました。その反省からだけでなく、戦勝国アメリカの要求から非戦と武力放棄を受け入れざるを得なかったという側面もあったことでしょう。
 そして、そのアメリカの要求のもとで朝鮮戦争を契機にまた武力を持ち、軍備の拡張をつづけ、戦前から綿々と続く「選ばれし国」、敗戦を認めず終戦と言い換え、強国日本の復権を悲願としてきた勢力が戦後民主主義の平和と繁栄の裏側にかくれ、画策していたこともまた真実なのでしょう。
 明治維新から脈々と棲みつづけたその勢力が正体を現し平和と非戦を脅かし、憲法を変えようと牙をむいた今だからこそ、コスタリカの歩んで来た道に学ぶことは戦後直ぐにがれきの上で「二度と戦争はしない」と誓った先達の切ない決意と願いと祈りを受け止め、奪い奪われたあまたのいのちが立ち尽くしたままのあの日に立ち戻ることでもあります。
あの日からわたしたちもまた「軍隊のない国」をめざすもうひとつの歴史をつくることもできたことを、いやこれからもできることをこの映画は教えてくれました。
 「平和は夢に過ぎないのではありません。平和は骨の折れる努力なのです。平和はわたしたちの誰もが選択し、忍耐強く保持していかなければならない道。それはわたしたちが周囲の人々との小さな日毎のもめごとを平和的な方法で解決していくことなのです。平和はわたしたち一人ひとりから始まるのです。」
       コスタリカ元大統領オスカル・アリアス・サンチェス(1987年ノーベル平和賞授与)

 映画が終わり、ロビーに出ると川口真由美さんのライブがはじまりました。川口真由美さんは5月の「ピースマーケットのせ」に来ていただいたので、彼女の歌を聴くのは2回目でした。
 彼女の歌を聴いていると、ひとりのひとがもうひとりの誰かに必死に伝えたいと願い、その溢れる想いが歌になった時、その想いはひとの心をつなぐだけでなく、歌の中にたくさんの歌が生まれ、彼女の歌う場所と時間から遠く遠く、時には世界の果てにまで想いを乗せた歌が届くことがきっとあるのだと思わずにはいられません。
 彼女の歌が立ち上る場所はあるいは沖縄の辺野古であったり、高江であったり、あるいは数多くのひとが犠牲になった沖縄戦の現場であったり、沖縄で繰り返されてきた米兵による少女暴行の現場であったり、本土の平和と繁栄のためにいけにえにされてきた沖縄のひとびとの怒り、悲しみ、絶望であったり、世界のいたるところで子どもたちが明日への希望もなく暗い夜に膝を丸めている場所であったりすることでしょう
 明けることが決してないと思う暗闇から立ち上がり、たたかうことでしか切り開けないささやかな幸せや、自分を奮い立たせて明日への希望をたがやす世界中のひとびとと共に、彼女は歌い、歌いつづけ、いま北大阪の小さな町・箕面のグリーンホールのロビーに立ち、沖縄で何が起こっているのかを歌い、届かぬはずのひとびとの叫び声や願いや祈りを語ってくれるのでした。
 川口真由美さんは吟遊詩人というよりは日本の芸能の先駆者とも言われる河原乞食や門付けなど、差別されたり、理不尽な仕打ちを受ける人たちの日常のささやかな抵抗やたたかいの現場から立ちのぼり匂い立つ、 歌が生まれる瞬間にわたしたちをいざなう、ディーバなのだと思います。
 思えば人間が歌うことをおぼえた時から、歴史の書物には決して記載されなかったひとびとの記述されない歴史は歌によってわたしたちに伝えられてきたのだと思います。
 「ここが沖縄です。辺野古です。高江です」と彼女が手を広げた瞬間、わたしたちは空につながる沖縄に、辺野古に、高江にたどりつき、沖縄の心とつながりたいと願いながら彼女と一緒に歌い始めていました。
 箕面の地で長い間それぞれの道を歩みながらも共に手をつないできたひとたちが集い、北大阪の小さな町から世界のひとびとに平和への願いを届けようと語り、歌い、踊る「箕面ピースフェスタ2018」は、箕面市民だけでなく、近隣に住むわたしたちにもつながっていくことの楽しさと大切さを教えてくれました。
 わたしたちも2016年からはじめた「ピースマーケットのせ」をどうするか迷いながら、ふらふらになりながら開催してきました。先日、来年どうするか話し合い、開くことを確認したばかりです。箕面のこの催しとちがい、「ピースマーケットのせ」の実行委員はとても少なくて、実際のところ、続けていくのには体力も気力も限界にきているところもあります。
 しかしながら、箕面のひとたちがくれた勇気をたよりに、来年も開こうと思います。全国の小さな町や村で、ささやかであっても埃まみれであっても、あきらめないで希望の歌を歌い継ぐことが、この理不尽な政治や社会を穿ち、火中の栗を拾うことなのだと強く感じました。
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