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2018.08.24 Fri 「サム・フランシスの色彩」展 アサヒビール大山崎山荘美術館

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 8月22日は久しぶりに妻と二人で出かけ、アサヒビール大山崎山荘美術館に行きました。妻の母親が亡くなって4か月が過ぎましたが、その間、わたしは箕面のチャリティコンサートの準備に追われ、妻はのっぴきならない事情で近所のお家を40万円でゆずりうけ、リサイクルショップと週に一度の昼ご飯やさんやくつろぎスペースやちょっとした会議や文庫など、地域に開放できるようなフリースペース「SE-NO(せーの)」(仮)を開く準備をするのと自治会の用事で超忙しくしていました。
 そんなことでお店の準備で身動きが取れずにいて、せめて日帰りで出かけようと相談していたところ、「サムフランシスの色彩」展が大山崎美術館で開かれていると知り、お互いに高校時代に慣れ親しんだ作家だったことから、ようやく重い腰を上げ、出かけることになったのでした。
 妻はここ数年、長い間の無理がたたり、関節炎というのか、両膝がいたくてまともに歩けない状態になっています。医者嫌いの彼女にしては珍しく、近所のお医者さんで週に2回リハビリに通うようになって少しは楽になっているようなんですが、長い距離歩くのができず、杖かカートの助けを借りて外出しています。そんなわけでカートをささえにしてゆっくりと、大山崎に向かいました。
アサヒビール大山崎山荘美術館は12年ほど前に行ったことがあります。
 とても雰囲気のある建物で、居心地がよかったことを覚えていたのですが、今回特に驚いたのは、なんでも2010年に改修したようで建物の中がすべてバリアフリーだったことです。もともとは山荘で段差がたくさんあってふつうなのに、建物の中は完璧なバリアフリーで、それがこの歴史的建物にすっかり溶け込んでいて、いろいろなひとを迎え入れたいとするこの小さな美術館の姿勢があらわれていて、とても気持ちよい空間でした。
 サヒビール大山崎山荘美術館は、関西の実業家・故加賀正太郎氏が大正から昭和初期にかけ建設した「大山崎山荘」を創建当時の姿に修復し、安藤忠雄氏設計の新棟「地中の宝石箱」などを加え、1996年4月に開館しました。
 太郎氏の没後、加賀家の手を離れた大山崎山荘は、平成のはじめには傷みが激しく荒廃寸前となっていました。さらに周辺が開発の波にさらされるなかで、貴重な建築物と周囲の自然の保護保存を求める声が多くあがりました。
 加賀氏は、ニッカウヰスキーの設立にも参画し、アサヒビールの初代社長であった故山本爲三郎と同じ財界人として深い親交がありました。京都府や大山崎町から要請を受けたアサヒビール株式会社は、行政と連携をとりながら、山荘を復元し美術館として再生したのでした。
 小さな美術館の特徴を活かしたユニークな企画をされていて、「サム・フランシスの色彩」展も、アサヒビール社のコレクションからアメリカの抽象画家サム・フランシスの作品を10点ほどですが初めて公開するほか、素材の微妙な調合により釉薬を生みだした河井寬次郎と濱田庄司のやきものや、筆触分割による色彩の組みあわせで光と影を捉えようとした印象派以後の絵画など、色彩にまつわる多彩な作品を展示していました。
 私と妻が出会ったのは高校生の時で、学校はちがったのですがどちらも美術部員で、今でいう合コンでした。場所は大阪中之島にあった「グタイピナコテカ」でした。グタイピナコテカは関西で活動していた具体美術協会の創設者・吉原治良所有の明治時代の土蔵を改修した展示施設で、現代美術を紹介する場としても注目されていました。
 ジャスパー・ジョーンズ、ロバート・ラウシェンバーグ、イサム・ノグチ、ジョン・ケージなどもしばしば訪問し、活発な交流が行われていた施設で、わたしたちのあこがれの場でもありました。サム・フランシスの作品も、おそらくここで見たのが最初だったと思います。
 わたしは絵を描かない美術部員で、ポップアートやネオダダ、そしてシュールレアリスムにかぶれた軽薄な高校生でした。わたしにとってその時代は音楽や演劇よりも美術の時代でした。たしかにビートルズがあらわれたりと、ロックの方がすでに世界の若者の心をつかんでいたのでしょうが、歌謡曲派のわたしにはロックはまだ敷居が高く、むしろ美術手帳をバイブルに、現代美術の冒険に心を奪われていたのでした。
 そんなわたしの青春の1ページに、サム・フランシスも存在していました。
 今回、少し勘違いをしていて大きな美術館の展覧会のようにもっと作品がたくさんあると思っていましたが、この美術館が所有している8点ほどの作品が展示されていただけなのですが、がっかりするどころか、はじめてこのひとの作品と出会ったように感じました。
 壁一面の大きさのキャンバスにアクリル絵の具による鮮やかな色彩は、世界中の色という色をかきあつめたようでもあり、また日常ではさまざまな色がグレーがかっているというか、生々しさを形・フォルムが隠しているのですが、その形や器から解放され、本来の質感と肉感が直接わたしの前に立ち現れるようなのです。
 そして、日本びいきの彼らしく、飛沫やにじみをいかす余白であったはずの「あざやかな白」が色彩として自己主張する様は、すでに半世紀をすぎても色あせることがありません。
 高校生の時に心ときめかせ、ただがむしゃらに作品の前を通り過ぎてしまったサムフランシスの「初めに色彩ありき」の世界観を、半世紀を経てほんの少し感じ取ることができました。
 「サム・フランシスの色彩」展は9月2日で終了し、9月15日から12月2日までは「谷崎潤一郎文学の着物を見る」展という、またユニークな展覧会があります。
 建物自体を味わうだけでも素敵なところですが、9月3日から14日までは休館になるようです。
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