FC2ブログ

ホーム > 音楽 > 音楽は愛を必要とする心から生まれ、愛を必要とする心に届く。7月11日のチャリティコンサートにご協力ありがとうございました。

2018.07.14 Sat 音楽は愛を必要とする心から生まれ、愛を必要とする心に届く。7月11日のチャリティコンサートにご協力ありがとうございました。

20180711-1.jpg

 7月11日の水曜日に開催しました、福島県の障害のある子どもたちの保養プジェクト「ゆっくりすっぺin関西」支援コンサートは200人を越える方々のご来場をいただきました。今回のコンサートは11人の実行委員がともだちや知り合いに呼びかけ、ひとりひとりの強い思いに応えてくださる形で集まってくださったもので、感謝の言葉以外見つかりません。ほんとうにありがとうございました。
 「出演料も宿泊費も、飲み物ひとついらない、わたしたちの演奏で楽しんでいただき、その収益をすべて、活動支援を求めているグループに寄付してください」と、吉田馨さんから今回のチャリティーコンサートの話をもらった時、正直に言えば彼女の覚悟というか潔さに圧倒されて、果たしてわたしたちがその熱い思いに応えられるのかとたじろぐ気持ちもありました。
 コンサートを実現するために集まった11人の実行委員は、それぞれが障害者福祉や人権の活動に携わっているひとたちで、それぞれの活動をこえて、「ゆっくりすっぺin関西」の地道な活動を共にささえようと思いました。
 福島原発事故による放射能汚染は、チェルノブイリなどの経験則からも被害はまだ途上であるとも言え、とくに社会の未来をになう子どもたちにどれだけの影響をあたえるのかわからないのが実情です。
 あるひとたちは福島から一日も早く移住することをすすめ、またあるひとはすでに問題はなく、風評被害こそが問題なのだといいます。その渦中で福島の人たちは分断され、「復興オリンピック」の掛け声に追い詰められ、息をひそめて暮らしていることもまた真実です。問題はまだ解決していないどころか、問題の大きさをはかることすらもっと長い年月を必要としているのです。
 そんな現状から2013年、障害を持つ子どもとその家族を一時的に関西に迎え入れ、放射能の不安からはなれて心身の疲れを癒してもらう保養プロジェクト「ゆっくりすっぺ in 関西」が設立され、地道な活動をつづけています。
 コンサートの実行委員会は、息の長い活動を必要とする「ゆっくりすっぺ in 関西」の活動を多くの方々に知ってもらい、その活動資金をつくりだすためにぜひともこのコンサートを成功させたいと、約半年の期間を費やして準備をしてきたのでした。

 当日はご来場のお客さんにゆっくりと楽しんでいただくように、10人のボランティアスタツフにも手伝ってもらいました。その中には、今西日本の水害による障害者の救援活動で奔走するゆめ風基金のスタツフもいて、時間の隙間を縫うようにかけつけてくれて、「ゆっくりすっぺ in 関西」の紹介ビデオの上映や音響・照明を引き受けてくれました。
 彼に限らず、この会場に集まってくださった200人の方々の中には今現在の救援活動に忙しい方や、もしかすると箕面もその周辺の町も地震の被災地で、ご自身の自宅など身の回りの被災に遭われた方もいらっしゃったのではないかと思います。
 そんな緊迫した雰囲気の中、開演時間になりました。
 ビデオ上映、主催者の挨拶が終わり、4人の演奏者が登場しました。ヴァイオリンの平山慎一郎さん、チェロの増山頌子さん、ピアノの中井由貴子さん、そしてヴィオラの吉田馨さん…。
 今回はリヒャルト・シュトラウス「ピアノ四重奏曲ハ単調作品13」をメインにした演奏でした。
 ロビースタッフのわたしは前半の演奏は聴けませんでしたが、後半は会場に入り、しっかりと聴くことができました。
 もとよりクラシックには疎いわたしですが、何回か吉田馨さんの室内楽を聴き、オーケストラよりもシンプルな演奏がどこかジャズと似通っているように思え、親しみを持てるようになりました。またこの作曲家に限らずブラームスやモーツアルトにしても弦楽四重奏曲のような室内楽にそれぞれの作曲家の個性や人生、年齢などが素直に表現されているように思います。

 クラシックを感じる感性に乏しいわたしが言うのもおかしいですが、リヒャルト・シュトラウスの「ピアノ四重奏曲」はとてもドラマチックで、時には荒々しく若い情熱がほとばしるような楽曲に感じました。そして、素人なりに以前吉田さんに教えてもらった老ブラームスに似た感じがしたものの、年老いたからこそ豊かになったブラームスではなく、あふれる若さがこの作曲家の未来を大きく広げて行くことになったことでしょう。
 そして、目の前で演奏する彼女彼ら4人もまた、この作曲家の若さが残した楽譜をたどりながらそれぞれの音楽の航海の途上で交錯した奇跡をいとおしむように音を紡いでいくのでした。
 実際、200人の人が入るといっぱいになる会場で、舞台もなくお客さんと同じフロアーで演奏する彼女彼らの姿は、荒海のただ中で波に揺られながら、「約束された岸辺」にたどりつこうとしている小舟のようでした。そして無数の音たちに囲まれ心を震わすわたしたちもまた、その小舟に乗っているのだと思います。
 直近の大阪北部地震の傷跡も癒えないうちに200人を越える命が失われ、7000人が避難を余儀なくされ、2万6千の家屋被害があってもまだ被害の全貌が明らかにならない西日本豪雨被害のさ中にあり、相次ぐ自然災害にわたしたちの心は固く縮まってしまいそうになります。
 かたや、ここ数年の自殺は減少傾向にあるものの世界6位と高く、とくに若い人たちの自殺が増え続けるわたしたちの社会は政治経済にかかわらず格差を増殖させ、希望や夢を語るよりは絶望と孤立を呑み込む闇に包まれていると感じるのはわたしだけでしょうか。
 しかしながら、遠い昔からひとはまた一切れのパンを分け合い、切ない夢を分かち合って生きていくために助け合うことを学んできたのではないでしょうか。そして音楽はいつもそのことをわたしたちに思い出させてくれる大切な宝物なのだと思うのです。
 演奏を聴きながらそんなことを思っていたわたしがふと我に返ると、200人の心が重なり、会場全体が希望という「約束された岸辺」にたどり着く大きな船に見えました。
 その大きな船は彼女彼らの演奏が終わり、何日か過ぎた今でも、わたしの心を震わせるのでした。
 音楽は愛を必要とする心から生まれ、愛を必要とする心に届く。


20180711-2.jpg

関連記事

web拍手 by FC2

Comments

name
comment
comment form

Trackback

FC2Blog User

  1. Trackback