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2018.04.30 Mon 時代と格闘する演歌・歌謡曲の再生は島津亜矢の冒険に託される。

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 70歳にもなると、青春をともに過ごしたひとたち、長い人生の途上で思いがけず出会ったひとたちや、道の途中で去っていったひとたち、近しい人もそれほどでなかったひとも、同時代を生きてきた人たちとの別れがつづき、とても寂しい思いになります。
 ましてやつい先日、共に生きてきた年月とたくさんの思い出を残して去ってしまった妻の母親の気配が生々しく部屋に漂うここ何日かの日々は、後悔とあきらめが数々の記憶の押花となっていくのをとどめる方法もなく、といっていつまでもできなかった過去を悔やんでも仕方ないと前を向き、自分の道を新しく探そうと努力しようとも思うのです。
 
 島津亜矢の新曲「道」は、正直わたしにとって心を震わせる楽曲ではありません。最近の島津亜矢の全方向的な音楽の冒険を視野に入れれば、ちょっとした中休みのようにも思えるのです。「独楽」から始まり、「阿吽の花」、「心」と、少し前の島津亜矢の状況ならば、ただひたすら男の帰りを待ち、男の理不尽に耐えるだけの旧来の演歌の女性像を拒み、かと言って一昔前の「男歌」に回帰するのでもない、これらのシリーズは新しい演歌の道への一里塚であったかもしれません。
 しかしながら、島津亜矢はもう「演歌の宝」という領域にとどまるには、あまりにも豊かな声量と声質、それらを活かせる歌唱力、そしてそれらのすべてがわたしたちに「歌の彼方」へのあこがれとカタルシスを引き起こすボーカリストでもあり、音楽の女神にとりつかれてしまった歌姫として、演歌・歌謡曲のジャンルにとどまらない稀有の存在となっています。そこから見れば彼女はすでに演歌・歌謡曲のジャンルの中の「新しい演歌」ではなく、日本の音楽の行方を探す「演歌の新しいかたち」を切り開くべく、大胆なプロデュースを必要としているとわたしは思います。
 ですから、今回の新曲「道」もまた、彼女のこれまでの活動から見れば演歌の王道であったとしても、「演歌の新しいかたち」を探す楽曲とは言い難いと思ってしまうのです。
 大衆音楽全体から見れば極端に狭くなった演歌・歌謡曲のジャンルの中で他の歌い手さんと競っても、それはたしかに彼女のチームの経済的効果には影響があったとしても(もちろん彼女の歌手活動にかかわるたくさんのひとたちの生活もかかっているので無視できないわけですが)、彼女の音楽的冒険からすればあまり意味をなさないと思います。
 演歌・歌謡曲から社会現象になるような歌が生まれないのは、音楽そのものが何か別の表現媒体の付属品としては有効でも、永六輔、中村八大、いずみたく、なかにし礼、阿久悠など稀代の作家が時代と格闘し、時代を変えるエネルギーをひとつひとつの歌にたくわえた時代とは遠く離れてしまった今、音楽そのものが時代を背負うどころか、時代の大きなトレンドから取り残されてしまったことが問題なのだとわたしは思います。
 そのことに危機感を持つ数少ないJポップの旗手たちですら先が見えず悪戦苦闘を繰り返す中、演歌・歌謡曲の世界では圧倒的な支持層に依存した楽曲の提供が続いているのが現状ではないでしょうか。
 たしかに言うのは簡単で、実際に楽曲の制作にかかわっている人々にとっては、大きな失敗よりも小さな成果を求めざるを得ないのだと思うのですが、少なくともこの現状から抜け出すにはジャンルにとらわれない思い切ったプロデュースが求められることは確かなことで、実際に最近は異ジャンルの作家による演歌・歌謡曲が製作されることも出てきていますが、残念ながらその試みはミスマッチにとどまっています。
 というのもまだ双方に遠慮があり、思い切った協働にいたっていないからだと思うのですが、その大胆な冒険を託せる歌手の第一人者として、島津亜矢がいまだ認知されていないこともまた、時代の不幸だと思います。最近の島津亜矢の活躍からして、その活躍を諸手をあげて歓迎するポップスのジャンルから彼女の最初の冒険が始まるのかもしれませんが、わたしはまずは演歌・歌謡曲のジャンルからこそ、最初の冒険をはじめてほしいと願っています。なぜなら、そうでなければ演歌・歌謡曲の再生は望めないと思うのです。
 と、ないものねだりの愚痴を言ってもしかたがないのですが、島津亜矢の演歌の歌唱力はそんな問題を跳ね返すようにますます深くますます遠くに届く凄みを増してきています。言い換えればそんな風に歌ってしまえるから、かつて古賀政男が美空ひばりを評して「どんな歌でも彼女が歌うと作り手の意図を越える名曲になってしまう」と言ったように、島津亜矢への依存度が高まってしまうのでしょう。
 それはさておき、そんな力のこもった彼女の歌を聴いていると、妻の母親が亡くなってしまった心の傷がゆっくりと癒えていくのが実感できるのです。新曲「道」というタイトルは歌の内容とはまったく違って、フェリーニの映画「道」や、小室等が戦後すぐの黒田三郎の詩を歌にした名曲「道」を思い出させます。
戦い敗れた故国に帰り すべてのものの失われたなかに
いたずらに昔ながらに残っている道に立ち 今さらぼくは思う
右に行くのも左に行くのも僕の自由である

 黒田三郎が兵役を終え、戦後の焼け野原に形を残す道の真ん中で、「右に行くのも左に行くのも僕の自由である」と詠った時、国家に脅かされない自由を二度と手放さないという決意が戦後民主主義の第一歩だったことを教えてくれます。そして、小室等がその詩を今歌にしなければならないと切実に思う現実があります。
 わたしは願わくば島津亜矢が歌う「道」もまた、黒田三郎と小室等の心の叫びに匹敵するような歌であったならと思います。その時、「演歌の新しい形」が垣間見えると信じています。
 そういえば、島津亜矢を教えてくれたのは亡くなって9年になる親友だった加門喜代和君と、演歌・歌謡曲の番組を一緒に観ていた妻の母親・山田福江さんでした。もっとも、彼女がほんとうに演歌を好きだったのか、わたしにはわかりかねます。たしかに晩年は美空ひばりの「川の流れのように」を口ずさんでいましたが、若い時はよく越路吹雪のシャンソンや五輪真弓の「恋人よ」を歌ったり、三味線を弾きながら民謡をよく歌ったものでした。

島津亜矢「道」

「道」 [詩:黒田三郎 曲:小室等]
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