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2017.12.05 Tue 島津亜矢に時代は追いついたが、歌う歌がない。島津亜矢、紅白出場に想う。

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 島津亜矢の紅白出演が決まり、ファンサイトでは歌唱曲に関心が移っています。
 実際のところ、大みそかの歌のお祭り番組と思えば濃淡はあっても出演するだけで目的を果たせているわけで、何を歌おうがかまわないというのもまたファンの心情ではあります。
 しかしながら、出場歌手と不出場歌手とを比べてみればコンクールではなくても、「なぜあの歌手は出場しないの」とか「なぜあの歌手は出場するの」という声が聞こえてくるのも毎年のことです。そんなことを気にすると、ファンとしてどんな楽曲を歌ってほしいか、制作側はどんな楽曲を望んでいるのか、そして一般の視聴者が感激してくれるパフォーマンスを発揮できる楽曲は何かを予想するのは楽しみでもあります。

 世代間で高齢者が演歌・歌謡曲、若い人たちがJポップという分け方は意味がなく、わたしのように演歌からJポップ、ジャズまで当たり前に聴いている高齢者もまたたくさんいます。しかしながら、反対に若い人たちが演歌・歌謡曲のリスナーになることはこれからもかなり難しいこともまた事実でしょう。その理由のひとつは「氷川きよし」現象は別格で、この分野での音楽的冒険がほとんどないことにあります。
 単に懐メロがなつかしいというだけでなく、わたしの若い頃はポップスよりも演歌の方が時代を背負い、時代とたたかう人々の悲しみや寂しさを歌ってくれました。例えば居酒屋やパチンコ屋や喫茶店や商店街のアーケードに流れたその歌の歌詞の一節にはげまされたり慰められたりいやされたりと、自分の人生を見守り、見届けてくれた歌がたくさんありました。
 わたし個人の感じ方でしょうが、今のはやり歌はポップスでも演歌でも時代の鬱屈した空気を歌う歌がほとんどありません。もちろん、たとえば西野カナの歌のように若い人の個人的な体験に寄り添い、心のひだに溶けこむ歌はとくにJポップの分野ではたくさんあり、それが音楽のヘビーユーザーである若い人たちにコミットすることはあるのでしょう。
 しかしながら個人的な出来事や感情を歌いながらも色濃く時代を背負うような楽曲は、「歌は世につれ世は歌につれ」といえた幸せな時代から遠く離れてしまった今、なかなか生まれにくいのだと思います。
 これもわたしの独断と偏見ですが、かろうじて中島みゆき、松任谷由美、宇多田ヒカル、わたしがイチ押ししている水野良樹、SEKAI NO OWARI 、エレファントカシマシなど、Jポップの分野には時代を背景にした楽曲が数多く発表されていて、それらの歌はおそらく後世に残るでしょうが、最近の演歌の場合はほとんど残らないとわたしは思います。(浜圭介にはもうひと頑張りしてほしいと思っているのですが。)
 そう考えると、島津亜矢の行く末はとても心配になります。かつて20代後半から30代に演歌の分野で絶大かつ稀有な歌唱力が生かされない中、ただひたすら苦難の道をひた走り続け、今ようやく演歌からポップスまで歌える歌手として評価を得ているというのに、なお島津亜矢には歌う歌がない、時代は島津亜矢に追いついても、歌はまだ島津亜矢に追いついていない…。
 もちろん、彼女のチームが世に出した数々の楽曲がJポップに劣っているというのではなく、Jポップも演歌・歌謡曲も共に、歌うべき時代を見失っているとわたしは思います。
 島津亜矢の場合、演歌・歌謡曲の歌唱はすでに完成されているだけでなく、彼女の歌に対する真摯な対し方に助けられて歌がなんとか生かされているというのが実情です。演歌の分野にもともとはまりにくいスケールの大きさが、作り手にとっては一筋縄では行かず、彼女にふさわしい演歌をつくることを難しくしているのではないでしょうか。
 失礼を承知で言いますが、すでに既存の演歌の作り手が楽曲を提供するのが難しい歌手になった島津亜矢は、それゆえにますます歌に恵まれないという皮肉で悲しい状況にあります。現に市川由紀乃や丘みどりのCDの売り上げは島津亜矢のCDよりも売れていると思います。彼女たちの歌は彼女たちの歌手としての力量に寄り添い、聴き手の欲求にもマッチングし、CDセールスに力も入れています。
 もちろん、CDの売り上げがすでにヒットの証明ではないという意見も本当ですが、それはツアーやコンサートだけでなく、音楽フェスなど多様な市場を持つJポップの話で、残念ながら演歌・歌謡曲の場合はCDの市場をふくめて数少ない小さな市場でユーザーを取り合っているのが実情でしょう。
 一方で、長年培ってきたポップスの歌唱力が注目され、今年次々とメインストリームの音楽番組に出場し、驚きをもって迎えられた流れをCDやコンサートのセールスにつなぐためには、真剣にJポップの分野のヒットメーカーに楽曲を依頼するしかないと思っています。そして、今年たまたま2曲出すことになったいきさつはともかく、来年からは意識的に演歌・歌謡曲とポップスの2曲を発表し、しかも演歌の作詞作曲もポップスの作り手にゆだねて新鮮な演歌を島津亜矢には歌ってほしいのです。
 その候補者は先に挙げた人の他にも、島津亜矢のポップスの歌唱力を高く評価し、コンサートにも来てくれる松尾潔など、島津亜矢の周辺にもたくさんいると思います。松尾潔は演歌では坂本冬美や山内惠介に楽曲を提供していますし、ポップスではケミストリーの生みの親で、宇多田ヒカル、平井賢、MISAなどのプロデュースも手掛け、R&Bと日本の歌謡曲を関連付けて考えられる稀有の人だと思います。
 おそらく島津亜矢の音楽性の中でもいま最も先端にあるR&Bを歌える歌手と認め、オリジナルのブラックミュージック&演歌を提供してくれる第一人者ではないかと思います。演歌の方では、まだ彼の才能を十分に生かし切れていないと思われ、本腰を入れて島津亜矢のプロデュースをお願いしてはどうでしょうか。島津亜矢が演歌もポップスもジャンルを超えたボーカリストになるためには異色のプロデューサーと作詞作曲者による大掛かりで長期的な戦略が必要だと強く思います。

 さて、わたしも少し遊ばせていただき、島津亜矢に歌ってほしい楽曲を考えてみたいと思います。すでにファンサイトでも提案されているものですが、第一候補は「風雪ながれ旅」です。この歌を歌う可能性は限りなくゼロですが、もし北島三郎が特別審査員となり、現役の歌手でたくさんの弟子を抱えている身ではあっても、それらの事情を越えてあえて島津亜矢に演歌の未来を託し、この歌を歌うことを許してくれるほぼゼロの可能性に賭けてみたいのです。そうなれば当然歌唱順も大トリなるでしょうし、このもしもが実現したら、こと紅白に関しては来年の出場も約束されるでしょう。
 次の候補は「I CAN’T DO ANYTHING-宇宙よ」です。この楽曲は「ガンダムの最新作」の主題歌としてつくられ、総監督が島津亜矢に歌ってほしいとオファーして出来上がった曲でも作曲は服部隆之です。わたしはかねてより島津亜矢がアニメソングを歌ったらと思っていました。「SINGER4」でも「魂のルフラン」を熱唱していますが、「I CAN’T DO ANYTHING-宇宙よ-」は正真正銘彼女のオリジナル楽曲で、良質で難しいポップスを見事に歌いこなしていますので、ポップスファンをびっくりさせることはできるでしょう。ただ、ポップスファンですらなじみがなく、紅白に出るのなら島津亜矢には演歌を歌ってほしいという声も根強いですから、これも実現はほぼセロかなと思います。
 3番目は「乱れ髪」です。これも昨年美空ひばりの「河の流れのように」を歌いましたから、別の演歌歌手との兼ね合いもあり、さすがに2年続けてはないかなと思うのですが、船村徹の関係でプロデュースされるのなら、島津亜矢の「乱れ髪」はコンサートではよく歌ってはいるものの、演歌ファンにとっても新鮮に聞こえるのではないでしょうか。
 あとは「旅の終わりに聞く歌は」はビギンの比嘉栄昇が田端義夫につくった名曲で、私の妻の推薦です。オリジナルの「海鳴りの詩」も船村徹がらみですが、やや古いかなと思います。
 あとはもう、よくわかりませんので、発表を待つことにします。

島津亜矢「風雪ながれ旅」(フルコーラス)

島津亜矢「旅の終わりに聞く歌は」
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