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2017.12.04 Mon 「人間の意思が未来を開く “ひと”として生きるために」 第32回みのお市民人権フォーラム全大会・高村薫講演会

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 12月2日、大阪府箕面市で高村薫さんの講演会がありました。
 この講演会は「みのお市民人権フォーラム実行委員会」が毎年この時期に開催するイベントの記念講演として開催されました。またこの日の夜に「地方自治」、翌日に「部落問題」、「女性」、「教育(こども)」、「障害者」、「在日外国人」と合計6つの分科会が箕面市内の4か所の公共施設で開催されました。
 毎年記念講演には谷川俊太郎さん&谷川賢作さんのトーク&ライブ、写真家大石芳野さん、姜尚中さんなど、幅広い分野からの講演やトークライブで、箕面市民のみならず近隣の市民にも毎年楽しみにされているイベントです。
 今回は直木賞作家・高村薫さんの講演ということで、以前に講演された重松清さん以来の小説家の講演でした。
 高村薫さんは小説などの執筆活動だけでなく、世の中のさまざまな事件や政治まで、日常の出来事や社会の動きから時代の行方を見据え、発言されてきました。
 今回の講演は人権問題への取り組みを続けている市民からの講演依頼ということで、「人間の意思が未来を開く “ひと”として生きるために」というテーマで、話されました。

 登壇された高村さんは椅子に座り、前のテーブルに原稿を置きながらお話しされました。か細く高い声なのに、発音がはっきりしているからでしょうか、よく聴きとれる声でした。
子どもの頃、自分の祖母や両親の言動を通して、子ども心に日本社会の人権感覚の貧困さ、素顔の差別感を感じ取った高村さんは、すでに子どものころから作家の素養に恵まれていたのでしょう。
 教養のある祖母や両親が建前とは別にふと在日韓国・朝鮮人や障害者に対する差別が顔を出す。それを尋ねると「そういう人たちとはかかわってはいけない」と言われ、「触れてはいけないこと」と悲しい納得をする。また、子どものころにBC級戦犯の処刑をテレビで見て、人はなぜ戦争をするのか、どうして誰も責任をとらないのかと子ども心に感じ、戦争になったら不名誉でいいから生き延びるべきと思ったという話など、子どもの頃の日常生活の中で家族や社会が垣間見せる差別の本姓を鋭く観察する習性が、やがて自分の小説の中で生かされるようになったと言います。
 それでは、ひとはなぜ差別するのだろうかと問う高村さんは、差別される側に立ってその理不尽さを攻撃し、闘い、差別のない社会の実現をめざす運動論ではなく、あくまでも差別してしまう社会や人間の側から差別を観察し、その正体をつきつめようとします。
 当然のことながら、主催者の市民は差別のない社会を目指しいつも前のめりに活動してきていますし、行政の側もそのミッションをサポートし、自らも人権施策としてすすめているわけですから、高村さんの話がいつものような予定調和的な人権講演ではないことで、かえってわたしたちに「差別とは何か」をあらためて考えることができました。
 差別はわたしたちの人間の他者性と欲望からくるのではないかと、高村さんは言いました。言葉の選び方が少しわかりづらかったのですが、この講演を通じてたびたび話されていた差別を受ける人々、在日韓国・朝鮮人や障害者と付き合うことに慣れていないということと、自分と他者とをくらべ優越をつけたがること、そしてどんな小さな集団でもその中の誰かを排除してしまう人間の本姓が拭いがたくあり、差別の本質はそこにあるのではないかと考えを進めていきました。
 神奈川相模原市での障害者施設における大量殺害事件は、たくさんの障害者が人目につかないところに隔離され、彼女たち彼たちの存在が見えなくされているところにその原因の一つがあったのではないか。事件が起きてはじめてその存在を知ることになったわたしたちにとって「知らない人の葬式は悲しくないのだ」と彼女がいう時、だからこそ19人の犠牲者の名前が公表されなくてもなんとも感じなくなってしまうのだとわたしは思いました。そして大きく見ればその施設自体が社会の排除と差別の結果として存在していることをあらためて思いました。
 どこまでも具体的な日常から噴出する差別の姿を見つめ、観察する高村さんは、「差別はだめ」といくら言っても、人間とこの社会の本質が排除と他者との優越を捨てられない以上差別はなくならないし、それならば道徳や倫理やその場しのぎのお題目のように「差別のない社会」を訴えるよりは「差別がある」ことを認めるところからあらためて考え直せないかと考えます。
 そして、結局は「良い人間になろう」とする努力をつづけ、その強い意思を持ち続けることしかないのではないかと高村さんは言います。それはとても困難な道で、排除と偏見と他者との優越によって差別を生み続ける人間の本質に立ち向かう道、永遠にたどり着かないかもしれない道だからこそ、ひととして生きるためにその困難な未来へと歩き続けなければならないのではないか。
 解らない、解り合えない、解りあえたと思った時には実は一方が一方を押さえつけていたりと、解り合わない部分を残したまま、それでも話をしたり、互いのちがいを見つめあい、認め合ったりして、かっこよくもすっきりもしない日々の風采のあがらない付き合い方を自分にも他者にも求め、時には「ひとまずやりすごす」、そんなゆるい向き合い方でいいのではないかと講演を結びました。
 わたしは彼女の講演を聴いていて、これは高村さんの自叙伝的小説そのもので、わたしたちはその小説の読み手ではなく、彼女といっしょに一篇の小説を書き終えたのだと思いました。彼女の作家としての出自が「ミステリー作家」であることになぞらえれば、「差別」という犯人の存在と本質を探し求めるこの講演の後にそれを探し求めるのは聴き手であったわたしたちひとりひとりなのだということでしょう。
 谷川俊太郎作詞・武満徹作曲の「死んだ男の残したものは」の歌にあるように、「他には誰も残っていない」のです。
 とても感銘した講演でしたが、2つだけ言いたいことがあります。ひとつは出生前診断で胎児に障害が見つかった母親からの相談で、「生まれてくる子どもの人権を振りかざし、けしからんと断罪することができるのか?」と自問し、結局は何も言えなかったと告白されていましたが、彼女のその対し方に共感しつつ、それでもなおその母親もまた、まだ自分の生きる意志を伝えられない胎児に対して、その子の生き死にを決めていいのかと思うのです。そこにこそ生まれてくる子どもの人生をその子のものにするための運動の役割があるのだと思います。
 もう一つは、これはかなり失礼なことを言ってしまうことをお許し願って、高村さんはきっとあまり障害者と出会っておられないのではないかと思いました。(間違っていたらごめんなさい。)
 道徳観や倫理観や大義名分ではなく、ひとりの障害者と出会い、人生を共にしたり、愛しあったり憎みあったりしながら他者との関係がもっと下世話になると、そこから生まれる「路地裏の友情」は案外、「ゆるーい感じ」で差別社会のすきまに入り込み、社会全体とは言えないけれど小さな井戸端で共に暮らせる喜びがあることを、釈迦に説法だと思いますが、「運動」を進める側はもっとアピールしなければならないのではないかと思いました。

 この日は講演会のあと、ひさしぶりに箕面の友人たちと飲み会をしました。
 講演の話はもちろん、お互いの近況を語り合い、最近少し落ち込んでいたのですが、「わたしはここにいる」と思えて、とても楽しい夜になりました。
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