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2017.08.28 Mon 「無法松物語~松五郎と吉岡夫人~」 「新BS日本のうた」島津亜矢特集で思うこと

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 「新BS日本のうた」の2週に及ぶ島津亜矢特集と「うたコン」で、寸劇&バラエティの順応力が問われた島津亜矢でしたが、「新BS日本のうた」の1週では山内恵介、三山ひろしとの丁々発止のかけあいと、少し見ている方が気恥ずかしいコミカルな演技でパフォーマンスの高さを示しました。
 彼女にとっては座長公演での本格的な芝居経験や「名作歌謡劇場」シリーズのせりふ回しなどベテランといっていい領域に来ていますから、どんな脚本でも大丈夫と言えます。
 ただし、何事にも手を抜かず真剣に取り組む彼女の長所が少し邪魔をして、前のめりの演技で間というか遊びがなく、ひとによればやや息苦しく感じるところもあったかもしれません。
 かつてはコロッケの番組の寸劇で、かなりかわいそうな役どころでお客さんの笑いを誘うことはあったものの、にわか仕立ての出し物でほとんど経験のない主役もしくは準主役でお客さんを笑わせる難しさに、内心はかなり緊張していたのではないかと思います。
 本格的な芝居とはちがい、バラエテイ特有の「ゆるさ」が求められるところで、意外にも山内惠介と三山ひろしにかなり助けられたように思います。
 若手ではあるものの、このふたりはデビュー当時からバラエティの場数を踏んでいて、主役の島津亜矢を見事にひきたてる芸達者ぶりを発揮していました。
 しかしながら、見方を変えると山内惠介も三山ひろしも、そして先輩格で人気が一番の氷川きよしもその芸達者ぶりは群を抜いていますが、それがかえって本格的な芝居には邪魔になるかも知れません。本格的な芝居の場合はダイアローグのせりふ回しと立ち回りが芝居のドラマを決定づけるのに対して、バラエティの寸劇では芝居のドラマはそれほど重要ではなく、お客さんを喜ばせるには適度なミスすら求められます。
 ですから、その癖がついてしまうと本格的な芝居をする時に物語をつくれなくなると思います。その意味では、島津亜矢は座長公演ではありますがここ2、3年に培った役者としての力量が、初めてのバラエティの主演という立場では違和感があったのだと思います。彼女のことですから、これからのブレイクの途上でバラエティへの順応力を身に着けるとは思いますが、役者としての心構えはなくさないでいてほしいと思います。
 一方、「新BS日本のうた」の2週目の中村美律子との共演による「無法松物語~松五郎と吉岡夫人~」はバラエティ色を払しょくした芝居になっていました。
 物語自体は中村美律子の歌謡浪曲「無法松の恋~松五郎と吉岡夫人~」がベースになっていて、その分しっかりした脚本があり、安心して観ることができました。
 大学生になった吉岡夫人の息子・敏雄が家を出て自立していった後に残された人力車夫・松五郎は、小さいころから父親代わりとなって敏雄を見守る心の底に、夫をなくした吉岡夫人への恋心を隠してきました。
 その敏雄が久々に帰ってくると聞かされ、果たせぬ恋心を断ち切り、敏雄の未来を祝し、これが最後とバチをたたく松五郎の胸の内を、島津亜矢は名曲「無法松の一生」と「度胸千両」、それぞれ本来の別々の曲として熱唱しました。
 久しぶりの男役で、島津亜矢の着流しは凛としていました。実際の役どころとして、新国劇の辰巳柳太郎のようにもう少し荒ぶれた雰囲気が求められるところでしょうが、おそらく十年以上も若い実年齢であることや、この番組が島津亜矢を主役(座長)にした特別な番組であることを考えると、その凛々しさに多くの人たちが満足したのではないでしょうか。
 それと、なんといっても中村美律子がすばらしかった。島津亜矢を引き立てながらも手を抜くことなく浪曲と楽曲の歌唱はもちろん、芝居も熱演し、島津亜矢をもっとも輝かそうと舞台をつくってくれました。

 こんな風に書いてくると、今年は名古屋だけになった芝居を観たくなります。もっとも、今年は座長公演がなかった分、歌手本来の活動に専念することができたことがブレイクにつながったことも事実でしょう。
 歌手としての可能性をもっと広げることが彼女の本来の活動であるならば、今年のようにジャンルの幅を広げた音楽番組への出演や中島みゆきリスペクトコンサートへの出演などで彼女の認知度を一段と高め、活躍の場をどんどん広げていくことが彼女自身にとっても、また長年のファンの方々にとっても望ましいことに違いありません。
 しかしながら、「会津のジャンヌ・ダルク~山本八重の半生~」、「獅子(ライオン)の女房~阪田三吉の妻・小春の生涯~」、山本周五郎原作の「おしずの恋」、「お紋の風」と、2012年から続いた座長公演で、役者・島津亜矢の演技力は歌手・島津亜矢の歌唱力に劣らず進化しました。あくまでも座長公演という領域の中ではありますが、共演者やスタッフみんなで作り上げる芝居の面白さに目覚めた彼女は、共演者とのダイアローグに鍛えられながら芝居の中の登場人物の心にたどりつくのでした。
 もちろん、その道のプロの役者のような存在感と演技力を望むのはむずかしいことは事実ですが、持ち前の冒険心と向上心とたゆまぬ努力によって、歌手としての稀有な才能が芝居の世界でも花開いたのだと思います。
 そして、芝居の世界で開花させた才能は彼女の歌を飛躍的に豊かなものにしました。特に演歌・歌謡曲の分野で、いつのまにか声量と歌唱力だけではなく、有史以来、生まれては消えていった無数の歌たちの誕生の泉から、そのいとおしいたましいを掬い上げることを許された数少ない歌手のひとりになりました。
 大切な時期に到達した島津亜矢にとって、体はひとつで時間も限られた中では難しいことでしょうが、わたしはまた島津亜矢の芝居を観たいと思っています。
 とくに「おしずの恋」、「お紋の風」など、市井に生きる庶民への暖かいまなざしと深い愛を生涯にわたって描き続けた山本周五郎の小説に登場する女性のいじらしさ、けなげさ、「いさぎよさ」は島津亜矢がもともと持っているもので、演技する前にすでになじんでいる感じでぴったりだと思います。
 山本周五郎の人情小説はつつましく生きる江戸時代の庶民の心情をつづる一方、時の権力の理不尽さに対する怒りもまたよく描いていて、時代を越えて庶民とともに生き、庶民を励ましてきました。
 戦後72年、焼け跡から高度経済成長ははるか遠くに去り、もうやってくることはなさそうな経済成長を無理やり起こそうと政治家は躍起になっています。「一億総活躍」という掛け声のもと、多くの人々がまだ経済成長の幻影を忘れられないまま底のない泥沼に足をすくわれている今、ふたたび山本周五郎の小説や生き方によりどころを求める人たちが増え、再び一大ブームがやってきたのではないかと思います。
 そして島津亜矢の歌もまた山本周五郎や長谷川伸など、戦後の資本主義が捨ててきた人情を次の時代に届けるすばらしい使命をもっていると思います。
 「おしずの恋」、「お紋の風」の脚本・演出は六車俊治氏で、島津亜矢を役者として大きく成長させた功労者です。この人は島津亜矢の生き方、その矜持に山本周五郎の小説の世界を見ている人で、ひとりの人間として、ひとりの女性としての島津亜矢の魅力のすべてを引き出してくれました。「島津さんの歌声に感じる悲しさ、しかし、明るい力強さ、そしてそのまっすぐな心」を見出した六車氏の演出で、山本周五郎原作の珠玉の芝居を観たいものです。

島津亜矢・中村美律子「無法松物語~松五郎と吉岡夫人~」 
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