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2017.06.22 Thu 単なるコラボではない、アートが音楽を奏で、音楽がアートを描く 鬼武みゆき&渡辺亮の音絵物語 桜の庄兵衛ギャラリー

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 6月18日、「桜の庄兵衛」で開かれたコンサートに行きました。
 何度か紹介していますが、大阪府豊中市にある「桜の庄兵衛」さんは江戸時代から続く由緒ある建物で、1995年の阪神淡路大震災で一部が崩壊し、その修復にあたって文化の発信拠点として開設されたギャラリーです。
 そこには、江戸時代から地域のコミュニティを支えてきた先祖代々の思いを現代によみがえらせ、古いものと新しいものが融合された空間で質の良い文化を届けたいという当主の願いとそれに賛同するボランティアの方々の熱い思いが感じられます。
 大きな門から庭に入ると、四季折々の花や木が差し込む光と影にゆれ、大広間は昔の風情ただよう大きな柱と梁と白い障子戸、高い天井から暖かいライトがやさしくわたしたちを迎えてくれます。
 何年もの間奏でられた無数の音たちが幾重にも重なるこの空間は、また新しい記憶をたたむために静かにその時を待っているようでした。
 今回は「青田を渡るはつ夏の風コンサート」と題して、ピアノの鬼武みゆきさんとパーカッションの渡辺亮さんによる「Station to Station~音絵物語~ Vol.4」という少し変わったコンサートでした。

 開演時刻となり2人が登場すると、さっそく演奏が始まりました。軽快なピアノとパーカッションの掛け合いから二人の音楽に対する貪欲な姿勢と、限りない明るさと楽しさが伝わってきました。
 曲が終わり、鬼武さんがこのコンサートについて説明してくれました。
 画家でもある渡辺さんの絵からインスピレーションを得て彼女が作曲したり、彼女の曲から渡辺さんが絵を描いたり、またそのテーマについても偶然も味方にしたひらめきから、半ば即興に近い感じでお互いを刺激しあいながら表現し、その創作過程までも稀有な物語としてお客さんと共有するといった、どちらかというとアートイベントに近い冒険の場に観客のわたしたちは立ち会うことになります。
 実際のところ、聴く前はイージーリスニングに近い感じがして少し物足りないかなと思っていたら、とてもディープで複雑な迷路を駆け巡る爽快感がありました。というのも、ジャズであれなんであれ、音楽は悲しい事や楽しい事、切ないことやうれしいことを時間というキャンバスに染めていく物語性(タブロー)から抜け出せないところを、二人が作り上げる表現は創作過程・メイキングとしてすでに物語はあらかじめ届けられていて、わたしたち観客は二人に案内されながらその創作プロセスを後追いする、時間差ライブといっていいような不思議な体験をすることになります。
 鬼武さんのピアノが二人の創作プロセスを渡辺さんの絵画といういわば図形楽譜をたどって演奏し始めると、それを聴きながらわたしたちは渡辺さんの小さなキャンバスに描かれたタブロー画の中に体と心が吸い込まれ、いつの間にか二人の創作空間に迷い込むのでした。
 音楽を聴くだけでもなく、絵画を観るだけでもなく、また数々のワークショップで繰り広げられ、もてはやされるアートと音楽のコラボでもなく…、この感覚って何?
 わたしは演劇体験によく似ていると思いました。もちろん、演劇にしてもシナリオもなく物語性もないアートに近い演劇から、物語性を極限にまで広げる唐十郎などの芝居まで多種多様で一概には言えないのですが、鬼武さんのピアノと渡辺さんの絵が化学反応する刺激的で危うい空間に迷い込んだわたしたちは、二人が語る物語をたよりに暗闇の向こうに光る出口を探し求めるのでした。
 それは、下世話な例えで言えばお化け屋敷のようで、ピアノとパーカッションに導かれ暗闇の迷路をさまよった果てに会場の椅子に座る自分に立ち戻った時、この稀有な体験はあたかもわたし自身がその創作プロセスにかかわっていたような充足感とともに、この時この場に立ち現れた不思議な物語が遠い昔に体験したはずの記憶のように刻まれていることに気づきます。
 たとえば鬼武さんがフランスの世界遺産・モン=サン=ミシェルを訪れた時、まだ観光客が押し寄せる前のひとときの時間を修道院へと歩き、神の贈り物としか思えない一瞬の風景を日本にいる渡辺さんに伝えると、渡辺さんもまたその時の風景をイメージした絵を描いていたというエピソードを紹介してくれました。
 そこから生み出された少し長めの楽曲を聴きながら、一度も行ったことがなく、またこれからも訪れることはないはずのフランス西海岸・サン・マロ湾上に浮かぶ島とその上にそびえる修道院の風景が、風の粒のような鬼武さんのピアノの音たちと、全体のフレームを一枚のキャンバスに釘打ちする渡辺さんのパーカッションとともに、わたしの心に焼き付けられました。
 また、木々や花々に舞い降りる雨粒がきらきら輝くのを見て振り返ると虹がかかっていて、その虹から雨粒のきらめきを感じてつくった「レイン」という曲を聴き、わたしはずっと以前のある体験を思い出していました。
 それは、26歳も年下の友だちが、あることで深く傷つき人間を信じられなくなっていた時の事でした。わたしは少しでも元気になってもらいたいと願い、京都に連れ出し哲学の道を2人で散歩していました。まだ冬の終わりといった季節で、桜はつぼみをかたくとじていましたが、その日は雨で桜のつぼみや先端の小さな枝に雨粒が無数にとまり、きらきら光っていました。それはほんとうに小さな宝石のようにきらきら輝いていて、わたしたちははじめて見た雨粒の奇跡に感動しました。
 生きることの喜びを少しだけ、友だちが感じてくれた出来事でした。
 それにしても、鬼武さんのピアノも渡辺亮さんのパーカッションも見事な演奏でした。わたしは不明にもお二人ともこのライブではじめて知ったのですが、お二人とも素晴らしいプレーヤーであることはもちろんのこと、その前にお二人とも芸術の狩人と言っていいでしょう。
 そしてこのコンサートは、音楽を通して二人の深い信頼関係とともに、桜の庄兵衛さんとの信頼関係がなくしては実現しなかった珠玉のライブだったことを報告します。

 今回のライブには箕面の友人2人とピースマーケット・のせの実行委員の友人と4人で行きました。一緒だった友人もとても喜んでくれて、うれしく思いました。
 毎回、ジャンルを越えていつもわたしの知らないアーティストばかりのライブなのですが、おどろきと感動をもらえる桜の庄兵衛さんのプロデュースには脱帽です。
 次回はまた、クラシックの演奏会が8月にあるそうで、また友人を誘っていきたいと思います。

雲列車(ウタウ葦笛ライブ)

渡辺亮 「河の色」 渡辺かづき(Piano)
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