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2017.02.11 Sat 島津亜矢「恋人よ」・彼女はをこの歌の持つ奥深い物語を特別な覚悟をもって歌った。

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 もうずいぶん過ぎてしまいましたが、1月29日のBSプレミアム「新・BS日本のうた」に島津亜矢が出演し、「恋人よ」を歌いました。
 今わたしは5月14日の「ピースマーケット・のせ」、その中でもわたしが発案した友部正人のコンサートの情報宣伝に忙しく、なかなかブログを書けないでいました。その間に妻の母親の緊急入院し、その後の経過がよく6日に退院しましたが、18日は仕切り直しで宝塚の専門病院で7センチもある腹部の動膜瘤のカテーテル手術が可能か診察を受けに行く予定です。
 お母さんは退院できたとはいえ、やはり体力と気力が落ちていて、90歳という年齢を考えると手術自体に体力が持つかどうか、また手術をして1か月ほど入院すれば、ほぼ寝たきり状態になってしまうのではないかと心配です。といって、そのまま手術しないでいたらいつ動脈瘤が破裂するかわからず、そうなるとほぼ命がないと言われています。
 そんな落ち着かない状態で島津亜矢が出演する番組のチェックも怠り、この番組を見逃してしまいました。もっともその週の土曜日と翌週の金曜日に再放送があり、わたしは土曜日も所用で外出しましたので、録画とユーチューブで聴くことができました。

  「恋人よ」は1980年の五輪真弓の名曲です。島津亜矢の場合、さまざまな演歌・歌謡曲・ポップスをカバーし、その歌唱力はオリジナルを越えたと評されますが、わたしはかねがねそういう風に思ったことはなく、その評価はオリジナルの歌手に失礼なだけでなく、なによりも島津亜矢自身に失礼だと思うのです。それほど、島津亜矢にとってカバー曲を歌うことはある意味、自分のオリジナル曲を歌うよりもその曲が生まれた秘密の泉を探るために、オリジナルの歌手と同じ場所に立たなければならない試練でもあるです。
 オリジナル歌手が導かれた歌の泉へとつづく道をたどることで、その歌は奇跡的に一瞬彼女にその美しい姿をさらし、歌の泉の底に沈むもっとも大切なもの、およそさまざまな芸術の根源といえるエロスを垣間見せます。その時、歌はすでに彼女の歌となり、より豊かな表現力でわたしたちを魅了します。
 それはちょうど宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」でジョバンニがカムパネムラに「どこまでも一緒に行こう」と言ったあと、いつの間にかカムパネルラは消えてしまうその一瞬とよく似ていると思います。カムパネルラはすでに死んでいて、ジョバンニのカムパネルラに寄せるあこがれや少年の恋と呼んでもいい切ない想いに引き寄せられ、銀河鉄道の旅へとジョバンニをいざないます。その旅はカムパネルラの死の旅路であると同時に、カムパネルラに恋するジョバンニの孤独なたましいがカムパネルラの死を受け入れ、生きることへの怖れを受け止める生の旅路でもあるのでした。
 そしてその一瞬にこそ、歌は生まれます。いろいろな歌がこの世に生まれ消えていきますが、歌が歌であることの奇跡の一つが死者への挽歌、鎮魂歌であると思います。究極の別れがもたらす大きな悲しみはやがて孤独に生きる人々の勇気となってよみがえる、それが歌なのだと思います。
 五輪真弓の「恋人よ」は、そんな挽歌の極北に生まれた名曲です。島津亜矢はそのことを知り尽くしているのでしょう、いつになく緊張しているようでしたが、長い前奏の間にすでにこの曲の物語のすべてを読みつくした表情が印象的でした。
 
 「恋人よ」は、五輪真弓がデビューした当時のプロデューサーで、この年の春に交通事故死した木田高介の事を思ってつくった曲です。木田高介といえば伝説のロックバンド「ジャックス」のドラマーでした。わたしが最初にファンになった日本のロックバンド「ジャックス」のアルバムは今も持っていて、その中の「マリアンヌ」や「われた鏡の中から」、「裏切りの季節」、「 ラブ・ジェネレーション 」は1960年代後半のわたしの愛唱歌でした。
 葬儀での木田高介の妻の姿は五輪真弓にはあまりにも過酷で悲痛なものでした。どこかヨーロッパの古い街の公園のありふれた風景をつづることで、突然の恋人の死を受け入れられない女性(男性?)の、やり場のない絶望や寂しさや背丈を越える悲しさを歌うこの曲は、どこかシャンソンやニューミュージックのようでありながら、1950年代から60年代にそのルーツを求める日本の歌謡曲にもっとも近いと感じます。
 五輪真弓は、1972年にアルバム「少女」でデビューしました。当時としては珍しい海外録音で、キャロル・キングもレコーディングに参加したことから和製キャロル・キングと称され、女性シンガー&ソングライターとして松任谷由実や中島みゆきに先駆ける存在となりました。
 圧倒的な歌唱力は海外でも高く評価され、フランスからアルバム制作の申し出があり、全フランス語による「MAYUMI」が1977年に発売されるなど洋楽風の楽曲が多かった五輪真弓でしたが、フランスで活動中に「母国の音楽にこそオリジナリティがある」と気付き、生まれ育った日本の情緒をもっと音楽に取り入れたいと考えるようになったと言います。
 1978年、そうして生まれた歌謡曲風の「さよならだけは言わないで」がヒットし、「夜のヒットスタジオ」や「ザ・ベストテン」など多くの歌番組に出演するようになりました。彼女の歌謡曲への挑戦が結実した曲が「恋人よ」で、「この一曲を歌いきることで、他に何も歌わずとも満足するくらいに完成された歌で、多くの人が共感するだろうと確信していた」と語っています。
 1980年代は、作詞家と作曲者が歌手の肉体をメデイアにして歌をつくる時代から、「自分の歌は自分でつくる」というシンガー&ソングライターが日本の大衆音楽をけん引する時代へと大きく変化した時代でした。
 1970年代に阿久悠が「美空ひばりで完成した日本の歌謡曲」を壊し、新しい歌謡曲をつくろうと格闘してきた足跡は、シンガー&ソングライターによるニューミュージックから現在のJポップのアーティストたちによって乗り越えられてしまったといっていいでしょう。いずれまた書くつもりですが、80年代から席巻してきたJポップがしゃれたイージーリスニングやCMやドラマの添え物程度になり、少年少女のアイドルたちが口パクを交えて歌い踊るのがもてはやされるようになった今、阿久悠が志半ばであきらめてしまった新しい歌謡曲への見果てぬ夢は、たとえば歌い手では島津亜矢に引き継がれる可能性を秘めています。しかしながら一方で島津亜矢をメディアにできる作詞家や作曲家はなかなか見つからないのではないかとも思ってしまうのです。
 「恋人よ」は、五輪真弓が作詞作曲し、歌わなければ、愛する人を失う喪失感が歌に込められなかっただろうし、そもそも五輪真弓のシンガー&ソングライターとしての特別な才能と特別な悲劇が重ならなければつくられることも歌われることもなかったはずです。
 その意味では、今の日本の音楽シーンの閉塞感を突き破れるのもまたシンガー&ソングライターであると思われ、島津亜矢をメディアにした新しい歌謡曲を生み出すことができるとすれば彼女たち彼たちであると思います。

 枯れ葉散る夕暮れは 来る日の寒さを物語り
 雨に壊れたベンチには 愛を囁く歌もない

 島津亜矢は、この歌の持つ奥深い物語を特別な覚悟をもって歌ったのだと思います。彼女が獲得してまだ何年もたたない低音の歌唱力がこれほど身を結んだ歌も少ないのではないかと思われる導入部から、「恋人よそばにいて こごえるわたしのそばにいてよ」という心の底から絞り出した激しい感情表現へとつづく特別な歌唱力で臨んだ「恋人よ」は、まさしく後々に語り継がれる一曲になったのではないかと思います。そしてまた、島津亜矢の歌唱を通して久しぶりに五輪真弓の「恋人よ」を聴きなおし、五輪真弓の歌唱力とこの歌に込める深い想いをあらためて実感しました。

 明日はNHKBSプレミアムで放送される「BS・新日本のうた」のスペシャルステージに、島津亜矢が鳥羽一郎と共演します。2014年4月14日に放送された「BS日本のうた」の島津亜矢と鳥羽一郎の共演はまだ記憶に新しく、今回の共演はどんなステージになるのかとても楽しみです。

島津亜矢「恋人よ」
最近はコンサートでもあまり歌ってくれないのですが、島津亜矢はシャンソンを歌わせても絶品で、「恋人よ」ではそれが活かされていると思います。
五輪真弓「恋人よ」 
五輪真弓の歌づくりは昔も今もとても深いものがあり、商業的な野心からでもなく、またシンプルな自分の感情をぶつけるためだけではない、どこか人間の崇高さを生み出す歌をつくる人だとおもいます。
「恋人よ」はその意味でも最高傑作のひとつで、歌をつくることと歌を歌うことが幸せな蜜月にあり、彼女が歌ってこそはじめて歌になる歌なので、この歌のカバーは至難の業だと思います。島津亜矢はそのことをとてもよくわかっていると思います。
美空ひばり「恋人よ」
この歌唱には賛否両論ですが、わたしは美空ひばりのルーツがブルースにあり、その意味ではミスマッチだともいえるのですが、五輪真弓が歌謡曲としてこの歌を世に送り出したことを率直に受け止めた歌唱だと思います。少なくともこの歌のカバーでもっともちがいがわかるところは、あたかも失恋の歌になってしまうのか、死んだ恋人への挽歌になっているのかだと思うのですが、その意味では美空ひばりは自分の懐にこの歌を取り入れ、見事に挽歌として歌っていると思います。
島津亜矢はもちろん挽歌としてとても真摯に歌っているのですが、彼女の場合は五輪真弓の歌謡曲テイストにさかのぼるように、シャンソンに近い領域にのぼり詰めていて、そのハードな歌声は五輪真弓に近いと思いました。
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