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2016.11.30 Wed 松井しのぶさんとシュールレアリスムとわたしの青春 採録

2017年カレンダー9月10月
2017年カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」9月10月イラスト (C)松井しのぶ

だれもが心の底に
なつかしい風景をかくしている
そこでは行方不明の夢たちが
かがやく朝を待っている

 たとえば若い頃のヒットナンバーがラジオから流れたとたん、何十年も前の出来事や住んでいた街の風景を一瞬に思い出すことがあります。その風景の些細な部分がくっきりとよみがえるのです。そんな経験はだれもがもっていることでしょう。
 友だちや好きだったひととお茶を飲んだ喫茶店の壁の色からテーブルの形、コーヒーの香りとカップの手ざわり…。そして、若いわたしはテーブルの前に座っているだれかとコーヒーを飲んでいます。何十年も前からずっとそうしていたかのように。
 松井しのぶさんのイラストをはじめて見たとき、わたしはそんな驚きとなつかしさで心がいっぱいになりましました。
 わたしは高校の時、美術部に入っていました。といっても毎年4月の2週間ほど石膏デッサンをするだけで、3年間に一枚も絵を描かなかった部員でした。小学校、中学校とまわりから絵が上手といわれていい気になり、美術部に入っただけでした。
 大阪市内の工業高校に入学したわたしは、学校に行くのがずっと苦痛でした。1年の時はまだ専門課程の建築を勉強しましたがすぐにいやになりました。いつも反抗的でありながらおどおどしていて、教師にも同級生にもけっして心を開きませんでした。
 といっても、なにも学校や同級生に問題があったのではありません。ただ単にわたしが吃りで対人恐怖症だっただけでした。他人からみればなんでもないことかも知れないのですが、背丈をこえる巨大な劣等感におしつぶされるのを必死にこらえていました。
 美術部に入ったおかげで、そんなわたしにも友だちができました。当時流行したこまどり姉妹の不幸な身の上話の歌ではありませんが、「どもりで私生児で貧乏」とくればこれ以上の不幸は誰にも負けないと思っていたのですが、わたしのともだちはそれ以上の事情をかかえていて、そのことがわたしたちの結束力を高めることになりました。
 「死のう会をつくれへんか」と声をかけてきたのは、機械科の先輩でした。わたしが「詩の会だったらいいよ」というと、どちらでもいいということになりましました。実存主義にかぶれたわたしたちはよくわかりもしないのに哲学の話をよくしました。
 それからすぐ、ふたりの生徒が死にました。ひとりはその機械科の先輩の同級生で、優等生の彼は一流企業への就職が決まってすぐのことでした。もうひとりは、わたしの同級生で、たしか喘息の発作で死んだのだと思います。彼が死ぬ1週間ほど前に「ぼく、公園で男と女が抱き合ってるのを見てしまった」と言ったのを今でもおぼえています。卒業写真の丸枠に入ってしまった彼の影の薄い顔写真を見ながら、わたしは「あいつはそれを見たから死んだんや」と、今から思えばとても残酷な納得をしました。
 そんな暗くてあぶない高校時代に、わたしをわくわくさせたものが「シュールレアリスム」でした。キリコ、デルボー、タンギー、マグリット、ブルトン、エリュアール……。
 正直言えばそれらに感動する感性を持ち合わせていなかったし、いまもよくわからないのですが、それらが放つ魔力にとりこになってしまったのでした。
 わたしはそれ以後、美術、演劇、映画、詩、音楽など、いろいろな表現行為や作品に興味を持つようになりましました。何十年もたって豊能障害者労働センター在職時にライブやイベントをプロデュースしたり、カレンダー、ポストカード、Tシャツなどの制作を手がけたのもそこから始まったのだと思います。
 松井しのぶさんのイラストは、「シュールレアリスム」と出会ったその時代にひきもどしてくれました。彼女のイラストにはどこかほの暗く、やさしい透明な光があって、そこでは過去と未来が、記憶と夢が溶け合っています。そして、だきしめたくなるノスタルジーの中に、未来への強い意志、願い、祈り、希望がかくれています。
 真っ青な空、限りない緑、暖かい赤……、小さな一枚の絵の隅から隅まで、この世界の、空の、海の、森のすべてのいのちへのいとおしさに満ちあふれています。
 わたしの心もからだも青かった1963年から1970年までの7年間、正義と裏切りと野心と希望に溢れた時代の中で、わたしは自分に腹を立てながらどうしようもない時を生きていました。すべてを「どもり」のせいにして、狭い心の地下室に閉じこもっていました。それでもいまふりかえると、その7年間がまちがいなく今のわたしをつくったのだと思うのです。それ以後今までめざましいことをなにひとつして来なかったし、先行きとても不安な人生であることはまちがいありません。
 けれどもその7年間がなければ、そのころには思いもつかなかった障害者をはじめとする多くの友だちとは出会うことはなかったでしょう。いまわたしが生きてきたすべてのことがら、すべての感じ方、すべての行動、「わたしのものがたり」はその7年間に、まだ記述されない未来としてかくされていたのだと思います。
 わたしはいま、その7年間の自分自身を抱きしめたい。「ありがとう。だいじょうぶだよ」と…。

2017年カレンダー11月12月
2017年カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」11月12月イラスト (C)松井しのぶ

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