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2016.11.02 Wed 島津亜矢「レイニーブルー」 アルバム「SINGER3」

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 「SINGER3」の4曲目、「レイニーブルー」は1986年、徳永英明のデビュー曲です。
 徳永英明は2005年に女性ボーカルのカバーアルバム「VOCALIST」が大ヒットし、このシリーズは6作目まで続きました。制作意図もプロセスも違いますが、島津亜矢の「SINGER」シリーズも3作目となり、残念ながらまだ音楽シーン全体では評価されるところにまで認知されていませんが、コンサートでのポップスの歌唱との相乗効果で、ポップスや洋楽の評論家や音楽番組関係者から演歌歌手でありながらポップス歌手をしのぐ歌唱力という高い評価を得ました。最近ではすでにポップス歌手としてもより厳しい評価をしのぎ、さらなる高みへの期待を寄せられるところまで来ました。
 演歌歌手としての新しい時代の先導者としての役割とあわせて、彼女がボーダレスなボーカリストであるかぎり、「SINGER」シリーズは4作5作6作とつくられる運命にあります。願わくばわたしもふくめてファンの方々が彼女の出自である演歌だけにこだわらないで、異業種格闘技?に果敢に臨む島津亜矢をあたたかく見守っていただければいいと思います。確実に言えることは、他のジャンルの楽曲と出会うたびに彼女の稀有な才能と不断の努力によってその歌がよみがえるだけでなく、彼女が歌う演歌にも多様な表現力と歌唱テクニックを高める良い影響を与えていて、その積み重ねがやがてまだ姿を現さない「島津演歌」の開花結実を導くことになるでしょう。ここ数年、演歌以外のジャンルとのコラボが高く評価されていることがそれを証明しています。つい最近のマキタスポーツのライブへのゲスト出演もその一つです。

 1980年代は幅広いジャンルからのヒット曲が混在し、また数々の名曲も生まれた年代だったのではないかと思います。やがて1990年代に入り、もう後戻りできない高度経済成長のラストシーンへと向かうのを見送るように日本の音楽シーンも空中分解し、Jポップが大衆音楽のメインストリームになる現在へと時代の歯車が回ってきました。
くしくも「レイニーブルー」が世に出た1986年は島津亜矢が「袴を抱いた渡り鳥」でデビューした年でもあり、徳永英明と島津亜矢は同期だと気づきました。
 徳永英明もデビューするまでに大変な苦労をしてきましたが、この歌や1990年の「壊れかけのラジオ」が大ヒット、2001年にもやもや病を患い一時休養した後は稀代のボーカリストとしてその地位を確かなものにしました。
 島津亜矢の場合はデビューしてからどれだけ苦難の道を歩まざるを得なかったか、想像しても胸が痛くなります。80年代はまだ演歌・歌謡曲のジャンルの歌を聴いてくれるひとたちがたくさんいたはずですが、先輩の歌い手さんの草刈り場となった演歌の分野では、まだ少女と言える新人歌手が事務所の後ろ盾もなく、巷の聴き手に歌を届ける手立てがほとんどなかったのではないでしょうか。時代がJポップの急流にのみこまれる中では、島津亜矢の歌う演歌の中の演歌がセールスになることは極めて困難で、そこでは残念ながら稀代の歌唱力と聴く人の心にしみる透き通った声をもってしても、いわゆるメディアが取り上げるようなヒット曲にはならなかったのでしょう。
 ですから、島津亜矢がいま全国各地のコンサート会場を満席にしていることは奇跡としか言いようがありません。しかしながらその奇跡は30年という決して楽ではなかった時をくぐりぬけ、暗闇の向うにただよう一条の光だけをたよりにただひたすら歌い続けることで、彼女自身がファンを獲得してきたからこそ訪れた奇跡なのだと思うのです。
 同時代にデビューし、かたやJポップのボーカリストとして名を成した徳永英明と、Jポップであってもテレビドラマや映画などとタイアップしなければヒットどころか発表もできない閉塞感に覆われている中で水野良樹、桑田佳祐、吉井和哉などJポップの旗手たちがそろって歌謡曲へと回帰しようとする今、次の時代の申し子としてその存在がようやく認知されはじめた島津亜矢…。
 徳永英明のデビュー曲である「レイニーブルー」を島津亜矢がカバーすることは、30年という長い時間別々の道を歩いてきたふたりが出会う瞬間が訪れたことを意味していて、とても運命的なものを感じます。

人影も見えない 午前0時 電話BOXの外は雨
かけなれたダイアル回しかけて ふと指を止める
(レイニーブルー)

 大木誠作詞、徳永英明作曲の「レイニーブルー」は、徳永英明のハスキーな声とドラマチックな歌唱力で女性の心をわしづかみにしました。
 30年の時をへて島津亜矢が歌うこの大人の失恋ソングからは、夜の街の路石を静かに濡らす雨にほてる体をさまし、戻らぬ恋のかけらをさがす女性のいとおしい色香が漂うようです。徳永英明の歌で描かれた女性(あるいは男性)が電話をかけそびれた電話BOXの外は華やかだった80年代の都会の面影が消え、戻らぬ恋とともにあの時代そのものも消えてしまったようです。
 そして、不思議なのは演歌では名作歌謡劇場以外に女性の心情を歌った歌が極端に少ない島津亜矢が、この歌に限らずJポップの定番と言える失恋ソングの女性の繊細で揺れる心を完璧に表現していることです。そのことは、演歌の世界で歌われる女性像がいまだに耐える女や従う女、身を引く女など、結局は男に都合のよい女性像から抜け出せないでいることと深く関係しているからだとわたしは思うのです。
 あくまでも個人的にですが、わたしは島津亜矢にそんな女性の歌を歌ってほしくないと思っています。だからと言って夫婦や親子や家族ものか、いわゆる男歌だけでは演歌の未来はますます暗くなるばかりではないでしょうか。
 その意味において、刹那的であったとしてもJポップのジャンルからは時代の奔流に戸惑いながらも男と女、女と女、男と男、そして10代の少年少女の幼い恋まで、さまざまな愛の形を繊細に描く歌であふれていて、演歌・歌謡曲は学ぶところが多いのではないかとわたしは思います。
 島津亜矢のカバーソングの魅力について語るにはまだまだ紙面と時間が必要で、続きはまだ次回以降とさせていただいて、今回の記事はここまでにします。

残念ながら島津亜矢の「レイニーブルー」はアルバムで聴くか、アルバムの試聴で少し聴けるだけです。
徳永英明「レイニーブルー」

ATSUSHI「レイニーブルー」
EXILEは日本の音楽シーンに大いに影響与えたグループには間違いない思うのですが、高齢者のわたしには苦手なグループではあります。しかしながら、ATSUSHIはボーカリストとしてもシンガーソングライターとしても素晴らしい才能をもち、またとても努力家であるとわたしは思っていて、とても好きなアーティストです。彼が演歌からポップスまで幅広いカバーソングを歌っていることはよく知られていますが、あまりにも理不尽な評価を受けていて、とても残念に思っています。演歌畑では美空ひばりのカバーを歌い、演歌ファンが少なからずバッシングに近い酷評していますが、わたしは彼のカバーをとても評価しています。島津亜矢にしてもこの人にしても、あまりの歌唱力へのやっかみもあることは事実ですが、彼のカバーソングへの向き合い方は島津亜矢と共通していると思っています。つまり、比較されてオリジナルがいいとかオリジナルを越えているとかというような次元ではなく、ひとつの楽曲に真摯に向き合い、そのうえでオリジナルの歌手へのリスペクトを持ちながら真似をせず、意固地に自分らしさを見せようと無理な歌唱もせず、その歌が生まれ育った意味を紐解き、自分なりにとても自然に表現するところが、このふたりの共通点です。
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