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2016.09.28 Wed 島津亜矢コンサート・大阪 フェスティバルホール

島津亜矢コンサート2016

 9月26日、大阪フェスティバルホールで開かれた島津亜矢のコンサートに行ってきました。実は仕事を辞めてからは経済的に年2回、そのうちの1回を座長公演に充てれば、コンンサートは年に1回だけになってしまいました。
 私が島津亜矢のコンサートに初めて行ったのは2011年で、それまではテレビなどで好きな歌手はそれなりにいてもなかなかコンサートに行くところまではなかったのが、島津亜矢に触発されて主にポップスですが井上陽水、玉置浩二、小椋桂、いきものがかり、高橋優、セカイノオワリなどのコンサートに一回程度ですが行くようになりました。不思議なことですが島津亜矢の、特に演歌・歌謡曲を聴いていると、ポップスのジャンルの彼女たち彼たちと島津亜矢がわたしの中で深くつながり、音楽が生まれるたましいの泉に導かれるようなのです。

 この日は座長公演の時の2人とまた一緒に行ったのですが、チケットの都合でわたしは1階の中段ぐらいの左端の席でした。2700席あるフェスティバルホールの3階席まで、ほぼ満席でした。彼女のコンサートに行き始めたころに比べて、最近は早めにチケットを取らないとならなくなってきました。
 昨年は同じ会場での30周年記念リサイタルということで特別な演出でしたが、今年は久しぶりに通常のコンサート形式の幕開けとなり、オープニングの曲は「阿吽の花」のカップリング曲「土」でした。実のところ、「阿吽の花」のCDを購入したときに一度聴いただけでしたので不明にも最初は彼女の新しいオリジナルだとわかりませんでした。北島三郎の「川」や「山」と似た感じの歌詞でしたので、北島三郎にこんな歌があったかなと思いながら聴いていたのですが、歌い終えた後にオリジナルとわかりました。
 カップリング曲はどうしても陰にかくれてしまうことが多いですが、この曲には北島三郎の楽曲の数あるカテゴリーの中で、「兄弟仁義」に代表される任侠物を昇華させ、山や川や竹といった自然の恵みと戒律に例えながら昔も今も変わらない「人の道」を歌う傑作シリーズを20代からカバーしてきた島津亜矢だからこそつくられた一曲なのだと感じました。そういえば島津亜矢の31年間のシングルでカップリングされた中には名曲がたくさんあったことを思い直し、「土」もまたその中の一つで、少しコンセプトが違いますがカバー曲の「山河」を彷彿させる楽曲です。
 そして、今回のコンサートのオープニングにこの曲を選んだことからも、今日は演出や構成の冒険ではなく、島津亜矢の正調演歌節をたっぷり聴かせてくれるのだとわかりました。「ありがとう」というコンサートのタイトルはそういうことだったのだと納得しました。彼女のデビュー当時からのファンからごく最近のファンの方々すべてに、島津亜矢という演歌歌手のすべてをさらけ出すような舞台でした。そう思うと、すでに目頭がこそばくなったわたしでしたが、その後、「土」の流れで北島三郎の「山」と「川」を歌い、「わたしの転機となった歌です」と「愛染かつらをもう一度」と「度胸船」を歌う頃には涙ぐんでしまいました。
 島津亜矢の歌との出会いに、ユーチューブの貴重な映像が大きな役割を果たしている事は数多くの証言が示していますが、わたしもまた2009年の暮れから2010年の一年間はもっぱらテレビ番組とユーチューブの映像で数多くの島津亜矢の歌を聴いていました。
 その中で圧倒されたのが2006年におそらくNHKの「BS日本のうた」で歌った「川」の映像でした。当時29才という若さで、すでに最高レベルの歌唱力と歌を詠む力も獲得していた島津亜矢のこれ以上の高みはないと思われる歌のとりこになってしまいました。この歌の他にも「船頭小唄」、「函館山から」、「命かれても」などなど、若い頃に圧倒的な歌唱力で歌い上げた貴重な映像によって、数多くの島津亜矢ファンが生まれたことでしょう。

 「度胸船」は「袴を抱いた渡り鳥」、「出世坂」につづくデビュー当初の楽曲で、それまでのやや過剰なこぶしやうなりから様変わりの歌唱で実力派の片りんを覗かせた名曲です。恩師・星野哲郎がデビュー曲につづいて彼女の提供した楽曲は、星野哲郎の真骨頂と言える海の歌でした。彼は鳥羽一郎の「兄弟船」に代表されるように新人歌手の将来を照らし、また原点となる渾身の一曲に、船乗りだった自分の人生を重ねた海の歌を提供しています。
 島津亜矢に提供した「出世坂」については、畠山みどりから水前寺清子とつながった星野哲郎という演歌の旅人が最後の愛弟子である16歳の少女・島津亜矢に見果てぬ夢を託した歌でした。それにつづく「度胸船」は星野哲郎がありったけの愛を島津亜矢にそそぎ、生まれた渾身の一曲で、それは海の歌でなくてはならなかったのだと思います。
「親父来たぞと吹雪を呼べば 風がほめるぜ よく来たと」
 農業とはまたちがい、荒海を越えて漁をする厳しさは、この歌のように時には親父が夫が兄弟が命をおとすこともあり、それゆえに家族と仲間が支えあって生きてきた長い暮らしの歴史が漁業町にはあります。また星野哲郎のように遠方漁業で一年のほとんどを船で過ごすひともいます。「海鳴りの詩」、「道南夫婦船」、「海で一生終わりたかった」など、島津亜矢に名曲を提供した詩人・星野哲郎の原点となった海は、豊かさとやさしさと、そして怖さを併せ持つ歌の宝庫でした。
 この歌を生で聴けたのはほんとうにうれしいことで、というのも「出世坂」も含めて収録された当時は幼さが残り、ややほほえましい歌唱でしたが、今回聴かせてもらった歌には色気というか肉感的というか翳りすらある奥行きを持った歌唱になっています。
 この歌に限らず、座長公演では聴けなかった彼女の定番のオリジナル曲を久しぶりに聴くと、ずいぶん歌が変わったことがあらためて実感できるのです。具体的には若い時にはほぼなかった低音の存在感がたかまったことと関係があると思いますが、どの歌もまず艶めかしくゆるやかな丸みがあること、それと好き嫌いはあるでしょうが若い頃のように歌いきる圧倒的な歌唱力ではなく、少し抑え気味の高音が聴く者の心のひだにそっとしみこんでいく心地よさは、今になって味わうことのできる優しい歌唱力です。
 失礼ながら30歳までに完璧な歌唱力を身に着けた島津亜矢がその時にブレイクしていたなら決して手に入らなかっただろう歌の奇跡の物語を、歌の女神がいたとすれば島津亜矢にだけこっそりと導いてくれたとしか思えない奇跡の歌唱力を彼女が獲得していたことを、あらためて教えてくれたコンサートでした。
 ここで第一部の半分に満たないレポートにしかなりませんが、続きは次回の記事とします。

島津亜矢「度胸船」

島津亜矢「川」

島津亜矢「船頭小唄」


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