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2016.09.15 Thu 島津亜矢「由紀さおりの素敵な音楽館」に出演。「地上の星」、「大阪で生まれた女」

 9月12日、島津亜矢がBS-TBSの「由紀さおりの素敵な音楽館」に出演し、「地上の星」、「I Will Always Love You」、「王将」、「大阪で生まれた女」、「阿吽の花」の5曲を歌いました。この番組は今年の4月から毎週月曜日に放送されている音楽番組で、歌謡曲からポップス、童謡、ジャズとあらゆるジャンルの歌を歌い、世界の音楽に精通するベテラン歌手・由紀さおりを司会とする大人の上質な音楽番組です。実力派の歌手がその歌唱力をいかんなく発揮し、由紀さおりの軽妙ながらゲストの歌手と音楽の魅力を伝えることに徹した司会が、昨今のバラエティ化した歌番組に食傷気味のわたしにはとても好ましく感じられました。
 また他の番組とちがい出演者数を極力絞り、一人の歌手が歌う楽曲数が多いのもこの番組の特徴で、この日は放送時間が2時間とはいえ、島津亜矢も5曲も歌うことができました。
 島津亜矢の出演ははじめてですが、番組プロデューサーも、そしておそらく由紀さおりも島津亜矢の全天候的な歌唱に注目し、新曲の「阿吽の花」は別にして演歌は「王将」のみで、2015年2月放送のNHK「歌謡コンサート」放送後、大きな反響を生んだ「地上の星」、「I Will Always Love You」を番組の冒頭に連続歌唱させ、初出演にもかかわらず島津亜矢へのシンパシーを感じさせる演出でした。

 何人もの歌い手さんと同じように、島津亜矢は中島みゆきへのあこがれをかくさず、「アザミ嬢のララバイ」、「時代」、「化粧」、「紅灯の海」、「糸」、そして「地上の星」とアルバムに収録したりコンサートでも好んで歌ってきました。
 わたしはかねてより、話し言葉や書き言葉ではつづれない女性のかなしさ、突っ張ったりいきがったりしてちぐはぐになってしまう言うことと実際の思い、誰もが気付かず本人ですら意識しないいじわるや裏切り、そして、なによりも巧妙な時代の悪だくみや蔑みにさらされながら生きざるを得ない女性の心情をたった一言や二言、ひとつのメロデイにそっと埋め込む中島みゆきが好きです。
初期のストレートなニューミュージックといわれた楽曲から80年代以降に大ヒットした歌の数々に助けられた女性は数えきれないことでしょう。
 同じ時代を並走してきた感じがする松任谷由美や竹内まりあが80年代のおしゃれなポップスのなかに女性の心の薄明るい闇や切ない心情を歌ってきたのに対して、中島みゆきの場合はもう少し野外演劇のような直接性を持ち、時にはマイノリテイといわれるひとびとの、とくに女性たちの激しい感情や助けを求める叫びが乗り移ったような鬼気迫る歌をつくり歌ってきました。それはまさしく80年代になって演歌・歌謡曲がなくしてしまった人生の応援歌であり、時代への激しい告発でもあったと思います。
 それは「地上の星」にも言えることで、この歌を主題歌としたNHKの「プロジェクトX〜挑戦者たち〜」で取り上げられたひとたちのまわりで共に高度経済成長をささえ、高度経済成長に押しつぶされた数多くのひとたち、正当な評価をされることも脚光をあびることもなく去って行ったひとたちへのやさしいまなざしとともに、時代や社会へのするどい告発を忘れなかった中島みゆきの悲痛なまでの叫びがこの歌には隠れています。
 島津亜矢はこの歌に込められた中島みゆきの激しい感情と社会への告発、時代の暗闇を受け止め、報われなかったすべてのたましいへの鎮魂歌としてわたしの心の奥の奥にまで届けてくれました。
 2曲目の「I Will Always Love You」では、まだ少しエチュードのような感じもするのですが、ある意味名曲歌いのボーカリストが朗々と歌うよりもかえって切なく聞こえました。以前にも書きましたように、この歌はホイットニーにとってカバー曲ですが、今回の放送でも話していたように島津亜矢にとってはホイットニーがオリジナルで、彼女の歌ごころに迫りたいという思いのこもった歌でした。
 そして、3曲目の「王将」。この歌は島津亜矢の十八番中の十八番で、ひさしぶりに声を張り上げこぶしを利かせ、うなる島津亜矢の演歌節を聴きました。彼女は「無法松の一生」や「人生劇場」や「夫婦春秋」など、村田英雄の歌をカバーしていますが、「王将」はほんとうによく歌いこなしていて、若い時と今とかなり歌唱法が変わった歌も多い中、この歌では若いころの「怖いもの知らず」の純情演歌がよみがえったようでした。
 4曲目の「大阪で生まれた女」を島津亜矢が歌うのはこの番組がはじめてだと思うのですが、圧巻でした。というのも島津亜矢は数々のロックもポップスを歌ってきましたが、この歌ではじめてロックバラードの中に彼女の演歌が共振し、注入されていたからです。
 「大阪で生まれた女」はBOROによる1979年の楽曲で、内田裕也がプロデュースに力を貸したそうで、東京から萩原健一、大阪でBOROが発表し、相乗効果をねらったそうです。いろいろなひとが指摘しているように、どこか70年安保の影がただよう青春の挽歌としてわたしの心にも届きました。
 わたしは70年安保をたたかった学生たちと全くの同世代でしたが、その頃はビルの清掃で食いつないでいた頃で、心の中は嵐が吹いていても彼女たち彼たちのように社会とコミットすることがこわくて街頭行動に参加したりはせず、タイプの違う若者がたむろするディスコや「ゴーゴー喫茶」に入り浸っていました。
 やがて潮が引くように政治の季節が過ぎ、また何事もなかったように高度経済成長の歯車が回転し始めたころ、わたしもまたフーテンに近い暮らしから這い上がり、不器用ながらも世間の風にあたりながら妻と結婚し子どもを育て、ニューファミリーの真似事をしていた頃に、この歌が流れてきました。
 「たどり着いたら一人の部屋 裸電球を着けたけどまた消して あなたの顔を思い出しながら 終わりかなと思ったら泣けてきた」
 この歌を聴くたびに1969年のクリスマスの夜、売れ残ったデコレーションケーキを買い、JR吹田駅のすぐそばのアパートの裸電球の下で、ひとりで食べられるはずもないケーキをほおばり、孤独を紅茶で流し込んだあの夜を思い出します。
 この歌にはまたちがう思い出があります。私が豊能障害者労働センターに在職していた1990年から毎年、5回にわたってチャリティコンサートを開いてくれた大恩人の桑名正博さんの思い出です。くわしくは彼が亡くなった時にブログで連載した記事を読んでいただければ幸いですが、彼が大阪を活動の拠点にしてはじめた大みそかの「ニューイヤー・ロックコンサート」にBOROも出演し、この歌をよく歌ってくれました。
 この歌も数多くの歌手がカバーしたりコンサートで歌っていますが、やはり桑名正博や上田正樹など大阪のブルースシンガーの歌が心にしみるのは、私が大阪生まれだからでしょう。
 島津亜矢の「大阪で生まれた女」は歌謡曲として聴けば底流にブルースが流れ、ブルースとして聴けば島津亜矢が獲得しつつある新しい演歌のパッションにあふれていました。ジャズというかフュージョンというかよくわからないですが今までにないアレンジと相まって、この歌を新しいバージョンにするのに成功しました。そして、とてもかけ離れているように見える宇多田ひかるのリズム&ブルースのすぐそばを島津亜矢が伴走していることを実感させる歌唱だったと思います。
9月26日の大阪フェスティバルホールでのコンサートがますます楽しみになってきました。

この放送で歌われた映像がさっそくUPされています。削除される可能性が高いのでお早めにごらんください。

島津亜矢「地上の星」

島津亜矢「大阪で生まれた女」

BORO「大阪で生まれた女」

上田正樹・桑名正博「大阪で生まれた女」
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