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2016.05.12 Thu 「PEACE MARKET・のせ」実行委員会代表 清洲達也さんの開催のご挨拶

 5月15日の「PEACE MARKET・のせ」の開催が目前になりました。
 振り返れば昨年の夏、能勢町内の高齢者住宅に住む93歳の清洲辰也さんが「二度と戦争をしない。核兵器も武器も必要のない、平和な日本と世界を孫たちに残すために、最後の力を振り絞って行動を起こしたい」と訴える新聞折り込みチラシから、すべては始まりました。
 その訴えを受けたわたしたちは、5月の憲法月間のある一日、古来よりさまざまな民族が出会い、物を交換しながら文化の交流を深めてきた「バザール」にちなみ、平和を願うひとびとが集い、語り合い、認め合い、笑い合い、心と物と夢が行き交う(市場)を開き、フリーマーケット、コンサート、トークなどを通じて平和の願いを共有したいと思いました。選挙による意思表示も街頭行動も民主主義なら、時の権力がたのみにしている多数派(サイレントマジョリティ)の中にもより多数の「サイレント・マイノリティ」がいることを、そしてささやかな買い物籠の中にも民主主義があると信じているからでした。
 1月17日の第一回の実行委員会から何度も話し合いをすすめ、当日、さまざまなひとびとが気軽に集える一日にしたいと準備を急いでいます。
 この催しのきっかけをつくってくださった清洲辰也さんは高齢で体調が不安定で、当初は主催者あいさつをしていただく予定でしたが、安静にしておくようにと医者から注意を受けておられ、残念ながら参加が難しいため、渾身の思いで寄せていただいた当日の挨拶文を実行委員が代読することになりました。
その文章をここで掲載します。


PEACE MARKET・のせ 開会のごあいさつ
2016年5月15日
PEACE MARKET・のせ 実行委員会
代表 清洲 辰也(子孫のための会21世紀 代表・国境なき平和団 代表)

ご参加の皆様 今日は。ようこそお越しいただきました。
 このPEACE MARKET・のせの初めての開催のきっかけを作らせていただいたとの事で、ご挨拶を致します。
 清洲辰也、93歳と2か月、企業人生を含めて、大阪府民、兵庫県民が殆ど。里山にあこがれて能勢のハイジの家にお世話になりまして11年です。
 能勢で長生きをさせていただきました。
 有難い事です。
 
 1943年12月、20歳の大学一回生で学徒出陣。徳島、熊本を経て、南方軍。1944年11月、フィリピンからベトナムへの輸送中、ボロ船のただ一隻の輸送船の機関が故障、漂流2週間、その間千人余りの乗員が、一滴の水も一粒の米もない絶飲食を強いられました。精神に異常を来たし、徘徊する同僚まで出ました。南シナ海での事です。
 アメリカの潜水艦に見つかっていたら、小生はここにはおりません。
 敗戦をベトナムで迎え、半年間の俘虜生活、1946年3月に帰国。大阪駅からは大阪城だけしか見えず、ひろがる一面の焼け野原に、春にもかかわらず凍てつきました。
 大阪府で約一万五千人が死亡、約五十万人が被災だったとのことです。
 「この国は、僕たち若者が絶対に建て直さなければ。戦争だけは二度としてはならない。」と強く強く決意。生涯の原点となりました。
 大学の学友の一人は中国で戦死、一人はフィリピンで餓死、それで靖国神社なのです。

 その後数十年、人生の最終段階が参りました。「生限りあり、大海の一滴」。その強い思いが2014年10月からの「国境なき平和団」の試みという三度のチラシになりました。志もての「生涯参加」の思いであります。
 昨年8月15日に17名の出席を得て「国境なき平和団」の出発の形がどうにかとれたのですが、小生の体調不良でそれ以上進められずにいたところ、小生の訴えがキッカケで、この催しを実現してくれた行動力あふれるすばらしい人々にゆきついた次第であります。
 人生最大の喜びであります。感謝あるのみです。この催しが来年以降もぜひ続くことを切望致します。と同時に運動の趣旨からいってその他に、「世界仲よし運動」のような企画―能勢高がすでに先べんをつけてくれておりますが-色々のアイデアが考えられます。
 核廃絶に兵器、武器の廃絶を付け加える。そんなことは困難だとか夢だと言われようとも、その運動を続けていくべきでありましょう。平和運動は長らく理想とされてきました。それに対して現実的な「融和」、どんなに国と国との間に問題があっても、仲が悪くても、戦争だけは絶対に避ける努力をするべきでありましょう。 
 最後に皆さん及び子供さんや、お孫さんへの全く無名の一人の老人のお願いであります。小生の人生の凝縮といってもよいでありましょう。
  せめて小指の一本を 人さまのために
  せめて小指の一本を 人さまのために
 やがては能勢がさらに見え、大阪も日本もさらには世界が見えてくるでありましょう。
 ごあいさつを終わります。
 有難うございました。

清洲辰也さん

清洲辰也さん

清洲辰也さん


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