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2016.03.31 Thu 島津亜矢・誕生日おめでとう。時代は島津亜矢に追いつくことかできるか。

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 3月28日は島津亜矢の誕生日で、今年45歳ということです。
 天才といわれる歌手は美空ひばりのように幼いころから歌いはじめたひとが多く、島津亜矢もまた1986年、15歳のデビューですから歌手歴は30年を越えています。
 もう45歳、まだ45歳、島津亜矢が真に後世に残る歌手として花開くための時間はたっぷりあると言えるでしょう。これからの10年20年という時が用意する島津亜矢の姿は、星野哲郎が予言した「大器晩成」にふさわしいものになっているはずです。
 わたしはかつて島津亜矢について、おそすぎた演歌歌手ではなく、早すぎた演歌歌手だといいました。そして島津亜矢が時代に追いつかないのではなく、時代が島津亜矢に追いついていないのだとも…。
 1960年代から70年代、かつて寺山修司や星野哲郎や五木寛之や相倉久人や阿久悠が、時代が求める歌から時代を変え、時代をつくる歌を求め、歌による「もうひとつの革命」を夢見させてくれた時代がありました。60年安保の樺美智子さんの死は西田佐知子の「アカシアの雨がやむとき」によって、70年安保は藤圭子の「夢は夜ひらく」によって直接の当事者の心情から大きくはなれた時代の記憶となりました。
 くしくも激動の時代を見送る葬送の曲となったふたつの歌は、時代が残した宿題を受け継いだその後の演歌・歌謡曲のルーツとなりました。実際、その後に生まれた数々の流行歌・歌謡曲は作り手の小さな部屋からあふれ、パチンコ屋や零細工場や居酒屋やアーケード商店街のラッパ型スピーカーなど、街のいたるところからどこからともなく流れてきました。既製服におされて廃業寸前の仕立て屋の職人や、蒸気に顔がむせるクリーニング屋の職人が、畠山みどりが「やるぞみておれ口にはださず」とはげます歌に耳をかたむけ、なんの根拠もなく「もうひとつの革命」を夢みたように、わたしもまたビルの清掃で濡れたモップを絞りながら、「明日も嵐が待ってるものを」と独善的なヒロイズムに酔っていました。ほんとうに、寺山修司に教えてもらわなくても、わたしは畠山みどりの歌謡曲にはげまされ、その日その日を生きる希望を持つことができたのでした。
 80年代に入ると演歌・歌謡曲の持っていたいわば時代のファシリティターとしての役割はすでに終わっていました。80年代は日本社会が「戦後」というくびきから逃れるように政治・経済とあらゆる場面でバブルの絶頂で、文化においても暴力的で刹那的なポップカルチャーが氾濫した時代だったと思います。
 わたしもまたこの時代には演歌や演歌的なものが苦手となり、ビートルズ以後のポップス、ロック、ジャズ、ブルース、そして日本のJポップへと興味が映って行きましたし、実は豊能障害者労働センターを拠点に箕面の障害者の運動を只中にいて、理念もさることながら今日のごはんのために金をつくり出すことに必死で、音楽そのものから遠ざかって行きました。

 ですから島津亜矢がデビューした1986年、音楽への関心がなくなる中で、女が耐え忍び、男が女を捨てて旅に出て、残された女が泣きくずれる話を繰り返す演歌など、聴くこともなかったのでした。
 いま、彼女のデビュー当時からのファンの方々のおかげで、15歳の彼女から今に至るまでの歌手としての足跡を貴重な映像で知ることができます。まっすぐ前をみつめ、不確かな未来に向かって心を奮い立たせて精一杯歌いつづけた少女の熱い心は、世代をこえて人生経験豊かな大人たちの時にはくたびれ、時にはささくれ立った心をなぐさめ、はげましてくれたことでしょう。
 30年という長い歌手生活で、発表したシングルCDは50を超えていますが、残念ながらメガヒットには恵まれませんでした。70年代にはまだ中心に近い所にあった演歌・歌謡曲のジャンルは80年代には狭まる一方でいまや風前のともしびとなり、そうなると数少ない演歌歌手の確固としたギルド(?)と太刀打ちできる営業力を持たない個人事務所では音楽番組へのアプローチもCDの販売も目立った活動ができなかったことが想像できます。
 まして島津亜矢の場合、ほんとうはエンターテイメント性をもっているにも関わらず、音楽番組のバラエティ化の動きには、彼女の天性の大きな才能がプロデューサーの料理に向かないと偏見を持たれていた側面もあったと思います。
 ようやく最近になり、島津亜矢の才能と歌に対する真摯な姿勢が骨太のプロデューサーやディレクター、放送作家の眼にとまり、何よりもJポップの定型化された歌にも飽き、「ほんもの」を求めるひとびとによって、島津亜矢の存在が知られるようになりました。
 その極めつけが昨年の紅白歌合戦で歌った「帰らんちゃよか」の社会現象寸前の反響へとつながったのだと思います。たしかに、時代が島津亜矢に追いつきそうな、けれどもまだまだマラソンでいえば島津亜矢の姿ははるか彼方で視界に入らないところに、今の時代があることもまた事実です。彼女が周回遅れなのか、時代が周回遅れなのかは後10年20年の時が教えてくれることでしょう。

 いよいよ4月12日から、NHKの「歌コン」が始まります。前番組の「歌謡コンサート」と深夜放送の「ミュージックジャパン」を合流し、歌謡曲とJポップを合わせた化学反応から新しい音楽シーンをつくりだすとされるこの番組がどの方向に行くのか、島津亜矢のファンとしては悩ましいものがあります。
 4月の番組構成を見る限り、予想できたことですが「MJ」組のウェイトが高く、演歌・歌謡曲の拠点だった構成からは大幅な変更で、いままで「歌謡コンサート」を楽しみにしていた方には不満かもしれません。その中で少ない演歌枠の獲得合戦も熾烈になることでしょうから、その流れからは島津亜矢の出番はより少なくなるかも知れません。いまさらよりつよい営業力を持つことは難しいでしょうし、だいたい彼女もふくめてこのチームはそんなことよりも星野哲郎の教えを受けて、「独楽」のようにぶれない島津亜矢の歌手道を大切にするでしょう。
 やはりここに至っても、島津亜矢は孤高の天才の道を行くしかしかたないのでしょうか。
 しかしながら、可能性は極々少ないかも知れませんが、この番組のコンセプトを考えると、Jポップのシンガーとコラボできる演歌歌手として、島津亜矢はプロデューサーにとってとても頼りになる存在になって行くことも考えられます。その波及効果はかなりのもので、「ミュージックステーション」とは一味もふた味も違う、刺激的な番組作りに貢献できる第一人者として、島津亜矢がクローズアップされるかも知れないのです。
 そして、その先にはこの番組とのコラボを通して、島津亜矢に楽曲を提供するJポップの第一人者が登場するかもしれません。
 ファンの方々が言われるように、「歌コン」と「紅白」は連携しているところがありますので、もし、少ない演歌枠の争奪戦から外れるという方向では今年の「紅白」連続出場も難しくなるかもしれません。
 しかしながら、もし、少ない可能性ながらJポップのトツプスターに引きをとらないどころか、飲み込んでしまいかねない島津亜矢の圧倒的な「歌力」をこの番組が頼りにすることがあるならば、今年の紅白はまた違った島津亜矢のためのステージを用意することでしょう。

島津亜矢「出世坂」(16歳)
この映像を観ると涙があふれます。16歳の少女が持て余す天賦の才能にあふれていますが、これから30年の厳しい道を、よくも歩いてきてくれたものだと思うのです。

島津亜矢「山河」
わたしはこの歌を日本が世界にほこるワールドミュージックと思っているのですが、島津亜矢はあたかも歌の墓場からよみがえる不死鳥がはばたくようにのびやかに悠々と歌っています。これはまだ若かったときの歌唱ですが、今の彼女はこの歌に日本の世界の悲惨な歴史も栄光の歴史も詰め込んでいるようなスケールの大きい歌にしています。

島津亜矢「ジェラシー」
井上陽水は歌謡曲のルーツをもったポップシンガーで、ナチュラルで透明な声質の島津亜矢が歌うと、井上陽水の独特の歌唱をすべて剥奪してもなお、この歌が歌謡曲に近い心情をただよわせながら、深くて広がりあるスタンダードであることに気づかされます。
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2016.03.31 Thu 22:16

このコメントは管理人のみ閲覧できます

tunehiko : URL お手紙ありがとうございます。

Edit  2016.04.01 Fri 10:48

漢方屋様

このたびは思いがけずわたしのブログへのうれしいコメントをいただき
ほんとうにありがとうございます。
わたしのつたない記事を一つずつ読んでいただいたとのこと、なんとお礼を言えばいいのか
言葉が見つかりません。感謝です。
わたしも亜矢さんのファンになったのは2009年の秋で、
本格的に大ファンになったのは2011年からですので、実際は漢方屋さんと同期だと思います。
ですので、わたしも後追いで最初の頃はDVDを毎月1本ずつ購入し、そこで歌った歌について書くことが多かったように思います。わたしのブログは長いというご批判もいただくのですが、わたしが亜矢さんのファンになったように思わぬきっかけで亜矢さんのことを知ってもらえるかもしれず、ファンの方々には申し訳ないのですが、いろいろいな角度からアプローチしています。
漢方屋様がそこのところを理解していただいていることをとても心強く思います。お世話になっている「亜矢姫倶楽部」のKM様も漢方屋様も、わたしのブログを「小論文」と呼んでいただいていますが、身が縮む思いです。わたしとしては、少し偏ったエッセイのようなものと思って書いています。これからもよろしくお願いします。

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