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2016.03.17 Thu 島津亜矢・新曲「阿吽の花」が春の風の迷い込む巷の路地を通り抜け、愛をもてあます心に小さな勇気を届けることができますように…。

島津亜矢「阿吽の花」

 島津亜矢の新曲「阿吽の花」が発売され、今日届いたCDを聴きながらこの記事を書いています。
 この歌は昨年日本作詩大賞を受賞した「独楽」を作詞した九仁京介が作詩し、村沢良介が作曲しました。村沢良介は島津亜矢の名作歌謡劇場シリーズを作曲した人です。
 島津亜矢の名作歌謡劇場シリーズは今ふりかえると彼女が座長公演をするまでになる道筋を開くことになった大切な分野です。役者としての島津亜矢は正直に言えばまだまだ「プロフェッショナル」の領域には達していないものの、いわゆるアイドル歌手や若手のテレビドラマの俳優がミュージカルや演劇に挑戦し、その才能を開花させることがあるように、彼女もまた日本の大衆演劇の分野でその多彩な才能を切り開くつつあるとわたしは思います。共演する左とん平や田中健や山田スミ子などのベテランの役者陣から芝居のきびしさを教わり、単なる演歌歌手のお約束の「アトラクション」では終わらない演劇空間をつくり出そうとする真摯な姿勢がまたベテラン役者陣に新鮮な刺激を与え、共演者たちのリップサービスだけはない好意的な証言を得ています。

 その基礎をつくった名作歌謡劇場は1992年の「瞼の母」で始まりました。もともとは京山幸枝若の歌謡浪曲として村沢良介が作曲したものらしいのですが、前年の1991に中村美津子が発表し、五木ひろしも歌っています。島津亜矢の場合は「瞼の母」をきっかけに「一本刀土俵入り」、「関の弥太っぺ」から「八重~会津の花一輪~」、「『品川心中』より お染」まで、21作にもおよぶロングシリーズとなり、彼女のリサイタルやコンサートでも毎年さまざまな趣向をこらした演出で観客を楽しませてくれました。
 いわゆる「男歌」を得意とする歌手といわれ、また本人もそれを自認していた島津亜矢に、第4作「お梶」からは古今の芝居に登場する女性の道ならぬ恋や忍ぶ恋、結ばれぬ恋の道行と死にゆく宿命にせかされる恋など、男歌にはない繊細な女心と命までも捨ててしまう儚い恋歌の数々を提供してきた村沢良介は、恩師・星野哲郎とともに島津亜矢の多様な才能を見出し、見守ってきた恩人です。
 実際、最近こそ島津亜矢の歌を聴いて、歌をもっとも深く心に受け止め、ひとつの歌に隠されたいくつかの物語をたどる「歌詠み人」としてのはかり知れない才能と努力に心打たれるひとが増えてきましたが、若い時はよくも悪くも声量と歌唱力だけで語られ、「男歌」こそが彼女の神髄とされることも多かったと思いますし、本人もそれを自認していたところもあったように思います。
 その中で、村沢良介が数多くの悲恋の「女歌」を島津亜矢に提供し続けたからこそ、オールラウンドの歌手としての基礎をつくっただけでなく、役者としてもまだまだ大きく化ける可能性を広げ、また芝居の体験がまた彼女の歌をより味わい深いものにしていく好循環をもたらしたのだと思います。

 この作曲家のことはあまり知らなかったのですが、子どものころに流行った「愛ちゃんはお嫁に」はこのひとの作品だったんですね。1956年、わたしが11歳の時に鈴木三恵子が歌ったこの歌の「さようなら さようなら 今日限り、愛ちゃんは太郎の 嫁になる」という歌詞を今でもよくおぼえています。さらに調べてみたら、この歌を編曲したのは韓国人の孫牧人(ソンモギン)で、久我山明という日本名であのヒット曲「カスバの女」を作曲した人です。
 「韓国の古賀政男」と称され、韓国大衆歌謡史に不滅の名曲を残した孫牧人は1999年1月、東京を旅行中に病気で亡くなる前日に村沢良介と電話で食事の約束をしていたほど、村沢良介と交流があり、互いに訪日、訪韓するたびに会うほど親密な仲だったそうです。
 村沢良介はテイチク専属歌手として1946年にデビュー。あるとき、当時の社長から韓国人歌手のレコード十数枚を渡され、「これを聴いて勉強しろ」といわれたそうです。
 「彼らが表現する「恨(ハン・哀しみ)」に圧倒されましたね。悔しいけどまねできない。作曲の道へ移った私の創作活動に大きな影響を及ぼしました」と、後に話しています。
 こんなエピソードを知ると、五木寛之の小説「艶歌」を思い出しますが、村沢良介が圧倒され、心酔したという「恨(ハン)は彼の歌心のもっとも深い所に色濃く反映されていて、数ある歌謡曲・演歌の中で、聴く者の心にずっしりと残る名曲をたくさん残すことになったのだと思います。そして、最近の作曲活動の中でひときわ光るのが島津亜矢に提供してきた名作歌謡劇場で、聴くところによると「瞼の母」を歌いたいという申し出があった時から島津亜矢のファンだったという村沢良介は、島津亜矢の中に「新しい恨を表現する演歌」の可能性を見出し、名作歌謡劇場を彼自身のライフワークとしてきた感があります。
 新曲「阿吽の花」を聴いていると、どちらかといえば地味な歌謡曲のように見えて、実は奥底に現代演歌がなくしてしまったのかもしれない、近代以前の日本社会の長い歴史の河を流れてきたもの、わたしたちの心からぬぐおうとしてもぬぐえない日本的なもの、アジア的なものをシンプルに表現した曲だと思います。そこがどちらがよいとかいうことではなく、「縁」との決定的な違いだと思います。わたし個人の感想としては、「阿吽の花」にはあてはまらないものの名作歌謡劇場シリーズでは、島津亜矢の歌詠み人としての才能を生かせる村沢良介の楽曲にある「悲劇性」は滅びゆくものたちの挽歌であり、寺山修司の言葉をもじれば「ひとは歌の中でなら滅びることができる」というということではないでしょうか。
 「独楽」の時も思いましたが、島津亜矢の多彩な才能はこの間の姿月あさととのコラボやポップスのカバーアルバム「SINGER」シリーズで発揮し、ここぞという時は原点の演歌に戻るというこのチームの姿勢は本人もふくめて頑固にかえそうにありません。
しかしながらそれがいま、ジャンルを越えて歌に求められることのようにも思います。
 「阿吽の花」は、そんな島津亜矢の頑固な姿勢に応えられる演歌・歌謡曲の王道の一曲であることは間違いないと思います。どうかこの歌が春の風の迷い込む巷の路地を通り抜け、愛する心をもてあまし、明日へのせつない希望をかくすたくさんのひとびとの心に小さな勇気を届けることができますように…。

 急性声帯炎で寝込んでしまった島津亜矢さんですが、16日の武道館にはなんとか間に合い、復帰されたようです。わたしは以前に復帰直後のコンサートにいったことがありましたが、事情を知らないお客さんは「すごい声量だったね」と言われるぐらい、メリハリをつけた歌唱で、体調不良を感じさせませんでした。16日の武道館でも熱唱という感じだと報告がありましたが、体調が悪い時は悪いなりにパフォーマンスを落とさずに歌う島津亜矢さんに頭が下がる思いです。しかしながら、くれぐれも無理をされませんように。どなたかが言ってられましたが、あなたの歌は日本の宝ですから…。

 今回の記事で、島津亜矢さんの記事が200本になりました。2011年5月から約5年が経ちました。長い間つきあってくださったみなさんに感謝します。これからもよろしくお願いします。

島津亜矢「 阿吽(あうん)の花」

島津亜矢「八重~会津の花一輪」
志賀大助作詞・村沢良助作曲 2012年、御園座での初座長公演の演目「会津のジャンヌ・ダルク~­山本八重の半生~」の主題歌
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帖佐太郎 : URL

2016.03.24 Thu 11:34

tunehiko様、こんにちは。

島津亜矢の「阿吽の花」まだCDも買ってなくてPV(1分半)のみ聞いて、LUXMANさんという熱狂的ファンでYOUTUBEに亜矢さんの動画をアップしてくださってる方のブログにちょっと水を差すようなコメント書いてしまって少し反省しています。

 歌は中途半端で聴いて評価するものではないですよね。しかし、前回の「独楽」そして今発売中の「阿吽の花」と連続してこのような玄人好みの曲をリリースするというのは、これらが亜矢さんの実力をいかんなく発揮できるものであるにせよ、ちょっと戦略的にどうかなと感じました。私がスタッフの立場なら、「演歌桜」のような明るい基調の演歌か「メリージェーン」のような歌謡曲のリリースを模索したと思います。
 現在、彼女は世の中からようやく真っ当な評価を受けつつあり、それが本物であるからこそ、今後評判が評判を産むという好循環をもたらすことが予想されます。そうであれば、聴く大衆がもっとわかりやすい、覚え易い、印象に残る歌を世に問うこそが、今この時点(2016.3)で最良の戦略だったように思えます。紅白出場、NHKの歌番組での活躍(布施明とのデュエット、「I will always love you」の披露等)、姿月あさととのコラボ等で注目を浴び、自分自身も他のアーティストから触発されたりして芸の幅が広がり、自信が漲っている時ではないでしょうか。唯、私が申し上げたことはいわば結果論のようなもので、例えば曲をつくるための準備には時間がかかるし、「阿吽の花」を手がけるのに着手した時期は、当然紅白出場が決定する前のことであるはずですし、姿月あさととのコラボ等も何かの縁で突然決まったことかもしれません。いずれにせよ、物事が本当にタイミングよく運ぶことは難しいし、そしてどれが最良の道であるかも判断できない部分も多々あります。私ごときがなんだかんだ言ったって、「阿吽の花」がこの先ヒットチャートをひた走ることもある訳で、事実そうなることを望んでもいるわけです。

 また、活躍して欲しいのと同時に健康面・体力的な事に少し心配しています。特に彼女の財産である「喉」のケアには十分な対策をして欲しいと願っています。それも長期的観点からスタッフ、医者、ご自身含め十分留意して欲しいです、花粉症かもしれないと本人も言っているわけですし。
 彼女も45歳まじかですし、本人は気付かなくてもこれから少しずつ体力が落ちていく時期に入っていく事と思います(ファンとしては認めたくないですが)。従って、今後は慎重に、コンサート開催やテレビ出演する場合、披露する芸の中身とコンサート・テレビ出演する機会の回数を考慮せねばなりません。いたずらに彼女のエネルギーをそこかしこに使って消耗するのは、日本歌謡界の損失に繋がるものと思います(ちょっと狂信的な表現になりましたが)。

tunehiko : URL ファンゆえに

Edit  2016.03.27 Sun 08:51

帖佐太郎様

地域でイベントの準備と当日対応に追われ、返事がおそくなりごめんなさい。
わたしも7年前に突然ファンになり、またそのきっかけもよく似ていますので、同じ想いをもっています。
しかしながら一方で、それもこれも島津亜矢さんのレンジの広い才能から来るもので、彼女の軸足が演歌にあり、また支えてくれる人脈との関係も含めて、彼女のチームなりに最良と思えるフロデュースをしているのだと思います。
ファンとしては、アレサ・フランクリンなどのブルースだけのCDがほしいとか、この間ライブに行った小椋佳にまた書いてもらったらとか、いろいろな事情も考えず思いますが、彼女の信ずる道を行ってもらうしか仕方がないです。才能は多彩でそれぞれ奥も深いものの、体はひとつしかありませんからね。

帖佐太郎 : URL

2016.03.27 Sun 23:43

tunehiko様 ありがとうございます。

そうですね。私はファン歴が非常に短いものですから、つい考えつくことをお書いてしまいました。
 これまでの彼女の道のり、作詞家・作曲家等の人脈や長年支えてきたファンの方々との関連等考慮しながら亜矢さんご自身・スタッフ・お母様がたが熟慮して歌手活動なされてきたんですよね。私も見守っていきたいと考えます。

あまりに彼女の可能性が大きいので、つい自分がプロデューサーになったかのような錯覚に捕われてしまいました。

 tunehikoさんおっしゃるように小椋佳、また谷村新司、来生たかお等にも楽曲提供してもらったら新たな世界が広がりそうな気がしますが。そして個人的には、「島津亜矢、ビートルズを歌う」のような企画にもいつか挑戦して欲しいと陰ながらおもってます。

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