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2011.05.16 Mon 島津亜矢リサイタル 2004情炎

 昨日より、DVD「島津亜矢リサイタル2004情炎」を観ています。2004年といえば7年前、彼女が33才の時で、若くてきれいで、歌も今とはかなりちがうなと思いました。
 わたしのように、たかだか2年前からのファンとちがって、たくさんのファンの方々がもっと若い時から彼女を応援して来られたのがよくわかりました。
 その上で言わせてもらえば、この頃よりずっと今の方が歌がうまい、というか、完成度がかなりちがいました。 たとえば「なみだ船」、北島三郎がこの歌を出した頃の声はすばらしくのびがあり、透明感のある声で、この頃の北島三郎はそのことを自分で知っていて、この歌を歌う時、ちょうどエルビス・プレスリーが絶頂の時のように不敵に笑って見せたものでした。
 いま、北島三郎でさえも出なくなってしまったその声を持って歌える人は島津亜矢しかいないと、わたしは思います。けれども7年前の「なみだ船」はまだ若く、荒削りに聴こえました。
 そう思うと、このDVDではどの歌もみんな若さがあり、それが今とはちがう魅力ですが、今の島津亜矢は同じ歌を歌っても、とてもていねいに歌っているのがわかりました。それはキラキラ光る星葛となったいろいろな歌たちをいとおしくすくい上げるようなのです。彼女が天才であるだけでなく、なみなみならぬ努力の人でこの7年の間に大きく進化していることを、そしてこれからも進化しつづけることを確信します。

 いずれはすべてのDVDをそろえたいと思っていますが、まず最初に2004年のDVDを買ったのは、「船頭小唄」が入っていたからです。ユーチューブではじめて「船頭小唄」を聴いた時、ほんとうにびっくりしました。
 だれかがコメントで書いておられましたが、たしかにこのアレンジはすばらしく、島津亜矢の魅力をよりひきたてた歌になっています。
 この歌は1921年(大正10年)野口雨情が作詞、同年に中山晋平が作曲し、いろいろなひとがこの歌を歌い継いできました。わたしたちに印象深いのはなんといっても1957年(昭和32年)1月、映画「雨情物語」の主題歌として森繁久彌が歌ったことでしょう。
 その印象が刷り込まれている中で、島津亜矢はそのストレートな声で最初はささやくように、次には語るように、そして最後は朗々と歌い上げ、まったくちがう「船頭小唄」を作り上げました。
 この歌の「おれ」と「おまえ」は、単純には「おとこ」と「おんな」ととらえられているけれど、「おとこ」と「おとこ」であってもいい、いろいろな人間模様が浮かんできます。
 演奏としては「BS日本の歌」の演奏がとびぬけて感動的で、島津亜矢の声とともに次第にドラマチックにアレンジされていて、最後は涙が出てきます。
 DVDの方の演奏も島津亜矢さんと今もずっと苦楽を共にしてきているバンドで、最小限の構成でよく演奏されていると思いました。
 「演歌」というジャンルになる前の日本の歌謡曲の中には、島津亜矢の歌の力をこんなに引き出せる歌がたくさんあるのですね。「船頭小唄」はその中でもとびきりの素晴らしい歌であることを、島津亜矢は教えてくれたのでした。多くの島津亜矢ファンが「島津亜矢に歌ってほしい歌」をよくあげていらっしゃいますが、このDVDを観ていて聴いていて、あの歌を歌ったら、この歌を歌ったらいいだろうな、と思いをめぐらしています。

なぜに冷たい 吹く風が
枯れたすすきの 二人ゆえ
熱い涙の 出た時は
汲んでおくれよ お月さん
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