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2016.01.18 Mon 丹後半島・夕日が浦温泉に行ってきました。

丹後半島

 1月13日から14日にかけて、丹後半島から城崎温泉へ旅行に行きました。
 以前は妻の母親が車いすで行ける旅館を探し、わたしたちは車の運転ができないので電車とタクシーなどを利用し一緒に旅行に行ったのですが、そのうちに移動が難しくなり、それからは時々東京に住む妻の弟が車で連れて行ってくれたりもしましたが、いよいよそれも限界になってしまいました。
 去年からは母親に2泊3日のショートステイに行ってもらい、わたしたち夫婦で近場に一泊旅行に行くようになりました。昨年の1月は仕事で東京に行くついでに鎌倉に行き、夏には京都に「バルテュス展」の後一泊し、詩仙堂や南禅寺界隈をバスと歩きでずいぶんまわり、秋にはもっとも紅葉がきれいだった時に東福寺とその界隈を観て歩きました。
 今年は仕事をやめ、年金生活になったのでこれからは旅行も行けないところでしたが、妻の介護疲れもあり、リフレッシュするために旅行することにしました。

 お母さんのショートステイの事業所の車が迎えに来て出ていくのが10時過ぎで、比較的わたしの住む地域は西能勢の入り口でバスの本数が一番多い所なんですが、それでも1時間に1本程度なので、出発は11時過ぎのバスになります。
 バスで能勢電鉄山下駅へ、川西能勢口駅に着くと阪急電車に乗り換えて阪急宝塚駅へ、そしてJR宝塚駅から特急電車で、いざ丹後半島へと向かいました。
 最近の旅行では、旅程については妻が考え、わたしは旅館やホテルの予約と列車のチケットを購入する役目になっています。今回は丹後半島の夕日が浦温泉に泊まるということで、平日の場合の格安の料金で泊まれる旅館を予約しました。いつもは朝食なしのビジネスホテルに泊まることが多いのですが、久しぶりに和風旅館で朝食付きにしました。この時期は「カニカニカニ」づくしで、部屋で食べられることもあり、とても楽しみでした。
 夕日が浦温泉はその名の通り、広大な海に夕日が沈んでいく風景がとても美しいことで有名で、中居正広と松雪泰子が共演し、原田芳雄の存在感が光っていた2004年のテレビドラマ「砂の器」の感動的な夕陽の映像は夕日が浦海岸がロケ地となりました。そんなこともあってか、若いカップルにとても人気のあるスポットのようです。
 夕日を見る時刻に合わせて、午後3時に現地に着く予定でJR宝塚から城崎行特急に乗り、福知山から丹後半島行きの特急に乗り換えようとしました。
 すると、なんということでしょう。「京都丹後鉄道の一両の電車に乗り、沿線の風景を楽しみにしていたのに」と妻からブーイングの嵐です。その時はまだJRが京都丹後鉄道と相互乗り入れしていることを知らず、福知山駅に着く寸前まで口論になりました。一両電車でとぼとぼ行くと倍以上の時間がかかり、夕日が見れる時間には着けないので、わたしとしては「なんとご無体な」という心境でした。最初は小さな声でしたが、少しずつ声が大きくなり、またいつまでも終わらないので、通路をはさんだ横のシートのいい雰囲気の若いカップルに聞こえていないか気になりましたが、顔を寄せ合うように寝ていたのか、寝たふりをしていたのかはわかりませんでした。
 福知山駅に着くと、相互乗り入れをしていることがわかり、とりあえずは京丹後鉄道のレールを走ることがわかり、特急でスピードは速いものの沿線の情緒は楽しめると、やっと妻の機嫌もなおり、ほっとしました。
 夕日が浦木津温駅泉に着き、迎えに来てくれた車に乗り、予約した旅館に着きました。部屋数が10部屋ぐらいの小さな旅館でしたが、格安料金で案内された部屋は広く、とても快適でした。おかみさんがお茶を入れてくれたのですが、なんとこの日はわたしたちの他にお客さんはなしで、「貸切ですから、お風呂も何度でも自由に入ってください」とのこと。
 わたしたちだけのために全館設備を維持してくれることに心苦しくも、とてもとてもラッキーと喜んでしまいました。とくに温泉のお風呂が貸切なのがとても贅沢で、夕方と寝る前、朝早くと朝食後と、4回も入り、ややぬるめですがじわじわと温まる温泉を満喫しました。
 夕日が沈むのは4時50分ぐらいと聞きましたが、この日はあいにく天気がよくなくて夕日が見えませんでした。それでも日本海は波が荒く、押し寄せる何億粒の波の泡が押し寄せるこの海を見ているだけで、心が洗われました。そういえばこの間、高橋優のライブ会場だったワールド記念ホールに娘の夫に乗せてもらって行く途中に太平洋の静かな海を見ましたが、日本海の海はもうずいぶん見ていませんでした。
 久しぶりに浜辺を歩くと子どもたちやお母さんと若いころによく行った白浜の海岸や、親や親友など大切なひとたちとの別れなど、過ぎ去った長い時が白い波となって押し寄せてくるようで、少し切ない気持ちになりました。
 夕食も贅沢なカニの鍋で、この時はカニが大好きなおかあさんに申し訳ないと思いましたが、やはり目の前のごちそうでそんなことも忘れてしまいました。ごめんなさい。
 
 あくる日、窓のカーテンを開けると雪でした。今年は暖冬でこの地域でも雪がほとんど降らなかったようで、久しぶりの雪もそのうちに雨に変わりました。朝食も思いの他ごちそうで堪能しました。今回の旅館は貸切だったこともありますが、家族3人をふくむ4人でまかなっておられ、とても親切で居心地のよい旅館でした。もっとも、夏は海水浴であふれるようで、人手もたくさんいることでしょう。
 旅館からまた車で夕日が浦木津温泉駅に、そこから城崎温泉方面へ向かう路線は妻がもっとも喜ぶ単線の一両でした。城崎温泉の一つ手前の無人駅・玄武洞でおり、そこから3分程度ですがあらかじめ連絡しておいた渡し船に乗せてもらい、玄武洞に行きました。
 玄武洞は約160万年前の噴火によって噴出されたマグマが冷却し、その時に体積が小さくなることでできる割れ目(節理)が顕著で切り出しやすかったこともあり、これを人々が採掘し、その採掘跡が洞窟として残ったものです。あいにくの雨でしたが、玄武洞をはじめいくつかの洞窟はとても大きく、ここは目立たない観光スポットですが、わたしたちには楽しい場所でした。たったひとつ、ここの食堂で食べたそばは東京や信州よりも濃い出汁で、食堂は改善の余地があるのではないかと思いました。
 玄武洞から城崎温泉駅まで、また一両の電車に乗りました。城崎温泉界隈を歩き、せめて2つの外湯に入ろうと思っていたのですが、前日のひとり温泉を満喫したこともあり、城崎温泉駅のそばの外湯に入るとさすがに温泉疲れしてしまい、雨もやみそうもないので早々と帰ることにしました。午後3時ぐらいの特急に乗り、2時間半ほどで宝塚にかえって来ました。
 今回の旅では、ほんの一部でしたが丹後半島の魅力に触れました。丹後ジオラマと命名されるにふさわしく、京都丹後鉄道の小さな駅と数多くのトンネル、そしてそれぞれのトンネルを抜けた所に身を寄せ合うようにある小さな集落と田畑、それらを山々がつつむ風景はとても美しく、この地域が少なくともわたしたちの住む能勢もふくむ近畿の原風景で、歴史的にも地形的にも心のふるさとだと思いました。
 大正末期から昭和の初めにかけてほそぼそとレールが敷かれていった国有鉄道から経営が次々と変わり、現在の京都丹後鉄道となりましたが、運営状況は決して良くないのでしょうが、妻がこの路線に乗りたいと強く主張するに値する、とても愛おしい鉄道でした。
 京都府の北端の丹後半島の付け根まで走る一両の列車は、もしかすると日本人が置き忘れてきた厳しくも豊かなユートピアへの郷愁があふれていました。移動手段としての鉄道ではなく、かつてそうであったように鉄道が小さな町や村の暮しそのもののようでした。
 もっとも、丹後半島の魅力は鉄道とむすぶバスに乗り、半島を一周することだと知りましたが、冬場は走っておらず、春から夏に必ず半島めぐりをしたいと思いました。

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