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2015.12.09 Wed 妹尾美穂と坂上領と東山魁夷と「桜の庄兵衛」

妹尾美穂・坂上領

 少し前になりますが11月28日、大阪府豊中市の「桜の庄兵衛」で開かれた妹尾美穂さんと坂上領さんのライブに行きました。「桜の庄兵衛」には9月に吉田馨さんと塩見亮さんのコンサートではじめておじゃまし、演奏もさることながら日本家屋の柔らかく包容力のあるたたずまいの会場に感動しました。最近は日本家屋でライブが開かれるのがブームですが、「桜の庄兵衛」はそれとは一線を画したものがあります。
 「桜の庄兵衛」は江戸時代からつづく旧家の一部が1995年の阪淡路大震災で破損し、補修再建にあたり本来客間であったところをギャラリーとしたもので、行政が管理運営する公共の場所ではなく、この旧家の当主が無形文化財に指定されているこの建物の一部を広く地域に開放し、市民が集まる地域のコミュニティの拠点にしようという心意気が独特の空間をつくり出しています。
 クラシックから民族音楽、落語まで幅広いジャンルのライブを企画し開催され、地元の市民をはじめ関西一円から200人の方が集まってこられるのですが、2か月前にお邪魔した時は打ち上げにも参加させていただいたのですが、総勢30人はいらっしゃったでしょうか、このギャラリーの企画運営を支えておられる「桜の庄兵衛ギャラリー委員会」の方々と出演者、音響スタッフの方など、みなさんが和気あいあいと語られる風景の中にいると、しんどいこともいっぱい引き受けながら市民の市民による市民のための文化の発信拠点としての確かな活動にあこがれとともに羨望の念も禁じえません。
 この日の演奏者はピアニストの妹尾美穂さんとフルート奏者の坂上領さんで、東山魁夷の絵から触発されて作曲し演奏されると聴き、カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」のイラストレーター・松井しのぶさんと箕面在住の映像作家・高柳保男さんをお誘いし、聴きに行きました。

 和服で登場した2人のライブの一曲目は「木曽節」でした。東山魁夷が若いころ木曽から信州入りしたエピソードを思ってアレンジしたと後でMCが入りましたが、一気に坂上領の笛の高音が空に響く鳥たちの合図のようで、また妹尾美穂のピアノのやや硬質な音色は谷川の岩にはじける水音のようで、もうずいぶん前に信州の山を登った時の記憶がよみがえりました。
 「Kaiiを奏でる」と名付けられ、2014年の1月、信濃美術館・東山魁夷館からはじまったデュオ・コンサートで、前日は木曽の妻籠宿本陣で開かれ、東山魁夷のリトグラフも展示された中でのライブで大変な盛り上がりだったようです。
 「木曽節」が終わった後にそのあたりの話をしてくれるのですが、小柄でチャーミングな妹尾美穂のMCはとびきり面白く、坂上領もそれにつられるようで、話だけ聴いていると結構イケテル漫才のようでした。妹尾美穂の場合はピアニストと別にドラムサークルファシリテーターという肩書があり、全員参加でドラムやパーカッションなどいろいろな打楽器やおもちゃなどを叩いたりして音を出す即興音楽を通じて参加者のつながりが自然にできる手助けをするようなこともされていて、聴く人に音楽を楽しんでもらうためのサービス精神が自然に出てしまうのでしょう。それはまた、彼女が大学卒業後、小学校の音楽の先生を8年もしていた経験から来るのかも知れません。
 坂上領もラテン系脱力バンド「チャランガぽよぽよ」で子どもから大人まで楽しめる音楽活動もしていて、その2人のMCですから爆笑がつづくのも無理もないところでした。

 それはさておき、国民的日本画家と称される東山魁夷の絵から触発され、妹尾美穂と坂上領がつくりあげた楽曲の演奏を聴いていると、東山魁夷の絵の中の風景をなぞるように妹尾美穂のピアノの音が山や森や池を青や黄や緑や白に染め、坂上領のいろいろな笛の音が寒々とした蒼い空や宙づりの月を通り抜け、わたしの心に巨大な魁夷の絵が音楽という時間の絵筆によって復刻されていくようなのです。
 わたしはあまりにも有名な東山魁夷の絵を実はきっちり観たことがなかったので、これを機会に展覧会が大阪方面であった時は必ず観に行こうと思いましたが、その時はきっとこの日の2人の演奏を思い出すに違いありません。
 その中でも、最後に演奏された「星掬う夢」(作曲:坂上領&妹尾美穂)は東山魁夷の絶筆と言われる「夕星」をテーマにつくられた曲で、一番印象に残りました。
 東山魁夷は日本の風景だけではなく、ヨーロッパの風景を描いた作品が数多くありますが、どの風景もどこにでもあるようでどこにもない東山魁夷の夢の中にある風景のようにも思えます。東山魁夷の作品をネットの画面で見て、実際の作品を観るのとは大違いなのはわかった上で、わたしは青春時代に読んだシュルレアリスムの詩人・アンドレ・ブルトンの「ナジャ」に出てくる話を思い出しました。
 マルセイユの旧港の埠頭で日没のすこし前、ひとりの画家がカンヴァスにむかい、沈みゆく太陽と闘っている。彼が描くよりも早く太陽はより沈み、それを追いかけている間に日が暮れ、水面の光もなくなり、やがてキャンバスは真っ黒になって完成するというエピソードで、ブルトンはその絵を未完成として、とても悲しく、とても美しいものに思ったというのです。
 わたしはこのエピソードが大好きで、シュルレアリスムが「青春の思想」であることが理解できるエピソードだと思ってきましたが、東山魁夷の絵を観ていると、沈みゆく太陽の現在を追いかけるのではなく、ひとつの絵はいくつもの記憶を持っていて、画家はその記憶の果てをたどりながら未来の記憶をも手繰り寄せ、移りゆく時間を内包しているのだと感じました。東山魁夷の作品もまた実は完成されたものではなく、彼が筆を置いた後も彼の夢の時間がゆっくりと流れているのではないでしょうか。
 そして、「Kaiiを奏でる」と名付けられた妹尾美穂と坂上領の演奏によって、東山魁夷の作品の中に封印されていた時間が解き放たれ、2人の演奏に導かれて東山魁夷の夢の時間を共有し、夢にみた風景が心をかすめよみがえってくるのでした。
 これもまた余談ですが、わたしは子どものころ、お金持ちの同級生の女の子の家に遊びに行った時、はじめてピアノを観ました。その黒光りした非日常の物体はとてもエロチックで、子ども心に胸が高鳴ったことを思い出します。
 それからずっと後に大人になり、山下洋輔や小島良喜など好きなピアニストがピアノと格闘し、ピアノを調教し、ピアノにおびえ、ピアノを愛する演奏を何度も聴いてきました。
 なぜか彼らの演奏はわたしに海を感じさせるのですが、妹尾美穂のピアノは森や草原や山のようで、大地や草花の匂いを感じます。とても穏やかですが、時には大地や草原を走る激しい風を思わせる演奏は、音楽の歴史の中でその誕生が大事件だったピアノがメロディを奏でる弦楽器をルーツに持つ一方で、リズムを刻み空間を破る打楽器をルーツに持つことをあらためて感じさせる演奏でした。
 そして、ひとは鳥の鳴き声をまねるところから歌うことをおぼえたとも言われますが、坂上領のいろいろな笛の音もまた、音楽が誕生したところへとわたしの心をいざなってくれました。

 やがて演奏会が終わり、「桜の庄兵衛」を立ち去る時、この空間のいたるところ、天井や壁や午後の光がさしこむ床にしみこんださまざまな音楽がささやいているような気がしました。そして、今回の演奏もまたこの会場の記憶となって丁寧にしまいこまれたことでしょう。

妹尾美穂・坂上領「星掬う夢」(作曲:妹尾美穂、坂上領)
今回の演奏会の映像ではありませんが、2014年9月7日、白龍館の時の映像です。

妹尾美穂・多田誠司「Evening Glow」 2013年3月23日 瀬戸内国際芸術祭2013関連事業
【東山魁夷せとうち美術館 妹尾美穂・多田誠司ラウンジコンサート】

妹尾美穂さんのサイトを観ていたら、多田誠司との演奏映像があり、とてもうれしくなりました。多田誠司は以前、「コジカナツル」(小島良喜・金澤英明・鶴谷智生)のアルバムに参加し、京都のライブハウスRAGなどのライブにゲスト出演しました。
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