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2015.05.25 Mon 島津亜矢「風雪ながれ旅」とアカペラ

 5月20日、BSジャパンの「徳光和夫 名曲にっぽん」に島津亜矢が出演し、「温故知新」、「風雪ながれ旅」と「独楽」を熱唱した他、共演した友近とさくらまやといっしょに「あんこ椿は恋の花」、「石狩挽歌」を歌いました。
 ファンの方々の間では何と言っても中日劇場での座長公演の千穐楽の話題でもちきりの時期でしたが、わたしは残念ながらこの公演には行けませんでした。伝え聞くところ、アンコールの時に直前に客席の女性から「北島三郎の『川』」とリクエストがあり、「譜面がないんですけど」と言いながら、島津亜矢がアカペラで1コーラスを歌ったそうです。
 わたしはかねてより、コンサートなどで島津亜矢がアカペラで一曲でも歌ってほしいと思ってきましたので、その場に立会われた方々をとてもうらやましく思います。
 歌の女神はそれぞれの時代にしばしばひとりの歌手に過酷ともいえる宿命を背負わせることがありますが、島津亜矢もまた「歌に憑りつかれた宿命」を背負う数少ない歌手のひとりで、人類が歌を発明した時から歌い継がれてきた何億という歌たちが島津亜矢の歌の中にギュッとつまっているように感じます。
 アカペラは音楽誕生の地から綿々とつづく人間の祈りや願いを今に伝えるもっとも原初的な歌唱法で、打楽器によるリズムとして生まれた音楽が管楽器によってメロディーを発見したように、人間の声も最初は叫びや泣き声やかけ声から始まり、後に言葉と出会うことで「歌うこと」をおぼえ、自分の気持ちを他者に伝えることを知った最初の歌い方がアカペラだったのでしょう。
 島津亜矢のコンサートに行くたびに、一生懸命演奏されている亜矢姫バンドの方々には申しわけないのですが、わたしは一曲だけアカペラで歌ってほしいと思ってきました。彼女の声量とナチュラルな声質は2000人までの会場ならマイクを通さなくても充分にお客さんに届くと思いますが、さすがにそれは様々な理由から難しいと思いますので、せめてマイク一本だけで彼女の歌声だけを聴くことができたらと思います。
 そういえばずいぶん前、浅川マキが亡くなる少し前に京都の喫茶店のような狭い所でライブをしたことがありました。
 最初は午後から一回、夜に一回の予定だったのがあまりに申込みが多く、午前から深夜にかけて計5回のステージになった伝説のライブで、わたしは深夜11時からのライブに行きました。そのライブはほぼすべてをアカペラで歌い、ゲストで登場したギターリストの演奏で一曲だけが伴奏入りでした。
 わたしはいずれ伴奏が入るものと思い込んでいたのですが、そのうちにすべてアカペラで歌うことがわかりました。
 コーラスのアカペラはよくありますが、たったひとりのアカペラを何曲も聞く体験ははじめで、少しとまどいましたが何曲も聴き続けているうちにとてもしあわせな気持ちになってきました。ちあきなおみがカバーした「朝日楼」や「セントジェームス病院」などの数々の名曲を次々と歌い、日本語でブルースを歌える数少ない歌手だった浅川マキの真骨頂といえるライブでした。

 それはさておき番組の方に話を移すと、共演した友近が大ベテランの演歌歌手という「役柄」に徹して話を盛り上げてくれたおかげで、愉快なトークで島津亜矢のゲラ笑いも炸裂していました。
 そんなフレンドリーな雰囲気でリラックスしていた彼女ですが、島津亜矢の歌の軌跡をたどるような記念碑的な3曲の歌を、近年の座長公演での芝居でつちかわれた歌への深い理解力と奥行きのある表現によって、かつての熱唱を越える豊かな歌唱力で歌い直しました。
 その中でも特筆すべきは「風雪ながれ旅」だと思います。この曲は彼女の恩師である星野哲郎作詞・船村徹作曲、北島三郎歌唱による、3人の代表曲の一つとして後世に残る名曲です。
 この曲は初代高橋竹三の自伝を読み、感動した星野哲郎が作詞したそうですが、高橋竹三は幼少の時麻疹の後遺症で盲目になり、門付から世界の大きな舞台に立った津軽三味線奏者でした。星野哲郎は、17才の盲目の少年が門口にゴザを敷き、風雪の中で三味線を弾くことで命をつないだ高橋竹山の壮絶な人生に、自らの歌謡詩のルーツを思い起こしたのだと思います。津軽三味線が風と雪を誘うように流れ大地を這い、高橋竹三の凍える指から血がしたたり落ちるような鬼気せまる名曲「風雪ながれ旅」は星野哲郎の高橋竹三へのシンパシーによって生まれたのでした。北島三郎にとってもこの曲との出会いは特別なもので、後に「竹」、「山」、「川」などにつながる北島演歌の新しいジャンルを切り開くきっかけになりました。
 島津亜矢は北島三郎の「なみだ船」や「兄弟仁義」、「川」や「山」など数多くの歌をカバーしていますが、その中でも「風雪ながれ旅」はもっとも島津亜矢がカバーするにふさわしい歌だと思います。
  「風雪ながれ旅」は「河原乞食」や門付によって歌うことをなりわいとするプロの歌手が誕生したことを教えてくれる歌です。狩猟文化の時代に生まれた身を守る威嚇のための音楽はやがて農耕文化が広まり、定住社会になると田植えの歌や収穫を祝うための音楽へと変わって行ったことでしょう。最初は自分たちで歌をつくり、自分たちで歌っていたと思いますが、そのうちに定住社会から排除される人々の中から食うために歌い演奏し踊ることを職業とする「かぶきもの」や「河原乞食」が現れたといいます。
 社会から排除される人々の中には階級を越えた恋愛から駆け落ちしたり、赤貧ゆえに親から捨てられたりと、さまざまな事情があったと思いますが、その中でも盲目ゆえに憐れみと差別を受けながら家々の前で歌を歌い三味線を鳴らす門付や瞽女(ごぜ)とよばれた女性の盲人芸能者などの旅芸人が日本の大衆芸能の担い手として果たした役割はとても大きいと思います。
 近世から近代そして現代と、一般に語られる歴史の下の暗闇で身を潜め、心を縮ませながら生きることを強いられてきた障害者が、生きていくために血のにじむ努力を重ねて獲得した「芸」を金に換え、理不尽な仕打ちやさげすみすら「芸」の肥やしとしてきた事実があります。しかしながら一方で、日常とはちがう非日常のエンターテイメントを生み出す芸能は「パンのみ」では生きられない人間の夢や希望を生み出し、悲しみをいやし喜びを分かち合う「もうひとつの歴史」を紡いできました。
 現在ではテレビやインターネットというびっくり箱から飛びだしたAKBに代表されるアイドルやJポップのスターたちが闊歩し、「非日常」がすぐそばにある「日常」と化した電脳空間でもつれ合う幾多の歌たちは家々の前にも巷の路地にも流れないまま、東京ドームやスタジアムの荒野に垂れ流されるようになりました。
 高橋竹山は自らの一生によって、音楽のルーツから幾世紀も越えてきた芸能の壮大な歴史を体現した稀有の人でした。東北と北海道の風雪にバチを持つ手を凍らせながら、飛び散る血とともに津軽三味線をかき鳴らした門付からカーネギーホールまで上り詰めた高橋竹山は、最後まで現代の「アーティスト」にはなりませんでした。そこにあるのは音響などまったくない津軽三味線であり、たったひとりの人間に届かなければ生きていけない切実な人生と磨きつづけなければ曇ってしまう「芸」の過酷さがあります。
 寺山修司が「歌手の肉体をメディアにした詩人」として嫉妬した星野哲郎は、それまでの酒場歌や海歌とはまたちがった歌手の肉体そのもの、「河原者」から引き継がれるいわば肉声の叙事詩をこの歌に託したのだと思いますし、この歌が発表された年から6年後にデビューした16才の島津亜矢に、歌そのものが隠している「暗い記憶」にまでたどりつける歌手になることを願い、あえて世の中の風潮とは逆行するような骨太の歌を提供し、はげましてきたのだと思います。
 もちろん、歌が大好きな16歳の少女に、三味線を弾き続けることでしかその日の少ない飯にもありつけなかった高橋竹山の過酷な人生がわかるはずもなかったでしょうが、それでも星野哲郎は歌うことでしか生きられない宿命を背負った島津亜矢の天賦の才を見出し、44歳の島津亜矢が歌う「叙事詩」を夢みて詩をつくりつづけ、「大器晩成」を夢みながら逝ったのだと思います。
 「風雪ながれ旅」は北島三郎の並々ならぬ応援を得て、この先10年の間に島津亜矢の準オリジナル曲として歌いつづけることでしょう。その先に、島津亜矢のオリジナル曲でスケールの大きい叙事詩が誕生することを願ってやみません。
 実際、ファンとしてだけではなく、島津亜矢という稀有の歌手にふさわしい楽曲を提供することは同時代を生きる作家の使命ではないかとわたしは思います。時は過ぎゆき、二度と逆もどりがないのですから、演歌というジャンルにとどまらず、さまざまなジャンルの作家が彼女の歌を競ってつくる、そんな時がやって来ることを願っています。

島津亜矢「風雪ながれ旅」2001年
怖いもの知らずの圧倒的な歌唱力で熱唱する若い島津亜矢の完璧な歌唱です。

島津亜矢「風雪ながれ旅」2015年
この記事の番組での歌唱です。正直な感想を言うと。この時は少し声の調子がよくなかったかもしれません。とくに低音の響きが少し気になりました。しかしながら、若い時の歌にはない表現の深さがあります。もっともちがうのは「だれに向かって歌っているか」だと思います。若い時は素晴らしくこれ以上望めない完璧さがありますが、一方でやや「歌のための歌」というところも少しあると思います。最近の島津亜矢は「不在の誰か」に向かって歌っているというか、歌がすでに歌ではなく、語りをも越え、その歌が巷に流れた時代背景や人々の心情など、歌そのものがもつ記憶にたどり着くような歌唱だと思います。それが島津亜矢の30年の歌うたいの歴史であり、それはまだ途上の「風雪ながれ旅」なのだと思います。

北島三郎「風雪ながれ旅」
北島三郎がまだ若く、「神の声」を持っていた時の歌唱です。ほんとうにすばらしい歌です。

船村徹「風雪流れ旅」
歌手でもある作曲者・船村徹の歌唱で、いぶし銀というか、抑えた歌唱の中にもっともこの歌の風景が見える歌唱だと思います。このひとは星野哲郎の詩をもっとも理解している作曲者であることがよくわかりました。
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ronron : URL

Edit  2016.06.19 Sun 08:14

たまたま、こちらにたどりつきました。素敵な文をよませていただき、
ありがとうございました。
さぶちゃん、星野哲郎、船村徹、風雪ながれ旅、を、ふと、調べてみたくなり、検索していたのです。
私は50歳、
同い年の夫も。娘も、Jポップの、ドームコンサートを楽しみます。私も一緒にたのしみます。
でも、そもそも私の、歌は、さぶちゃんであり、浅川マキ、であり、、、なんです。。
昨年でしたか、紅白でたまたま島津さんの歌を聴き、、これは、、、と、感じるものがありました。
いつか、CD、いや、コンサートに行ってみたい歌手さんだなあ、と思い、けれど、そのままになっていました。さぶちゃんのお元気なうちに、
それに、島津さんも、コンサートにぜひ、行ってみたいです。
私のうたごころをおもいださせていただいて、ありがとう。

tunehiko : URL うれしいコメントありがとうございます。

Edit  2016.06.21 Tue 09:39

ronron様
ありがとうございます。
わたしは2009年に島津亜矢さんのファンになったもので、まだまだファン歴が浅いことと、子供の頃は歌謡曲に親しんだものの、ビートルズを知ってからはずっとポップスやロック、ジャズなどを親しんできたこともあり、いわゆる「演歌」一辺倒でありません。
ですから、亜矢さんが既成のジャンルを超えて日本の「トップボーカリスト」に進化していく姿を追いかけていきたいと思っています。
彼女の歌を聴き、若い時に心躍らせた星野哲郎の歌と、ギター仁義や兄弟仁義の頃の北島三郎のキラキラした野心にわたし人の青春を重ねたころを思い出します。

しろうと : URL 素晴らしい島津亜矢論に敬意

2016.06.22 Wed 20:08

最近YouTubeで島津亜矢さんの歌謡浪曲に衝撃を受け,関連動画を視聴しまくりました。驚きました。レパートリーの多彩なこと、どれをとってもすばらしい。
原曲以上に感動を覚える豊かな声質、心を込めた表現力に深く感銘しました。彼女以外の歌は、当分聴く必要がないと思われるほどはまりました。
何故こんなにはまるのか、何故こんな歌手がいたことを今までで知らなかったのか。彼女のことを知りたい、種々検索の中で貴サイトにたどりつきました。
まさにわが意を得たり、博識と慈愛に満ちた冷静かつ的確な文章と、添付の動画を視聴すると、一編のドラマを見ているようで感動ものです。
亜矢さんとtunehikoさんの素晴らしい人間性もうかがわれました。
これは、私のような、亜矢さんの入門者にとっては、バイブルみたいなものです。益々亜矢さんの魅力にはまりそうです。
亜矢さんご本人、スタッフの目に届いているのかな。届いていれば、勇気づけられるでしょうね。
私はtunehikoさんとは、同年代で共感度が高いものがあります。しかし知識、表現力がありません。どうか我々の思いを代弁して今後とも素晴らしい亜矢論をお願いいします。亜矢さんとtunehikoさんを応援します。
長文、駄文失礼しました。

tunehiko : URL ありがとうこ゜さ゜います。

Edit  2016.06.22 Wed 20:52

ありがとうございます。身の丈を越えるお褒めの言葉に恐縮しています。
いろいろな歌をユーチューブで聞いておられるとのことですが、わたしも2009年に亡くなった旧友に教えてもらい、一年ばかりはもっぱらユーチューブを見続けました。映像は本来残酷なもので、まずいものもあったり調子の出なかった時もあったでしょうが、そんなことは全く感じられず、その時その時の最高の音楽を聞かせてくれるまさに天才だと思いました。そんな貴重な映像を素晴らしい表現力で残してくださるファンの方々の努力も並大抵のことではないでしょう。わたしなどはその労作を簡単にリンクを張って紹介しているだけで、もうしわけないと思いながら記事にしてきました。
島津亜矢さんに魅入られ、人生の黄昏をこんなに華やかで楽しくしてくれた彼女にどれだけ感謝してもしきれません。
これからもつたないまでも、できれば彼女を知らない人に伝えられるように記事を書き続けようと思っています。
これからもよろしくおねがいします。
明日は大阪新歌舞伎座の千穐楽に行ってきます。また報告を書きます。

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