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2015.05.15 Fri 島津亜矢「山河」(「BS日本のうた8」)

 島津亜矢は中日劇場での座長公演中で、ファンサイトを訪ねると芝居にも一段と磨きがかかり、とてもいい芝居になっているようで。わたしはといえばこれからはさすがに遠征するのはむずかしく、6月末の神戸国際会館こくさいホールのコンサートまではCDアルバム「SINGER2」と「BS日本のうた8」を聴きまくる毎日です。
 さて、今回は「BS日本のうた8」についてもう一度書いてみようと思います。
 このアルバムはNHKのBS放送「BS日本のうた」で島津亜矢が歌った曲を新たにレコーディングしたもので、すでに8枚目となっています。かつて「BSの女王」といわれたほど島津亜矢はこの番組に数多く出演し、安定した声量とずば抜けた歌唱力で知る人ぞ知る天才歌手の異名をとってきました。そして、たびたび演歌のジャンルを越え、数々のポップスをいわゆる「演歌ぐせ」のない別人のような歌唱で聴く者を圧倒し、一部のポップス、ジャズ、ロックのファンに「演歌歌手にしておくのがもったいない」とまで言わしめるほどその実力を高く評価されてきたのでした。
 その一例が、地上波ではとくに演歌・歌謡曲のジャンルではもっとも影響力のある番組であるNHK総合の「歌謡コンサート」で歌った「I Will Always Love You」で、この歌はかつて2009年に放送された「BS日本のうた」ではじめて歌い、会場のお客さんもテレビで見ていたひともその意外性にびっくりし、さらにはその歌声に酔いしれたという、島津亜矢の伝説のひとつとなっています。また中村美津子との「瞼の母」の共演や北島三郎、布施明、鳥羽一郎、天童よしみとの共演なども今でも語り継がれています。
 島津亜矢はそれらの伝説を通してたくさんのファンを自らつくってきたといっても過言ではありません。ますますその存在感が影をひそめ、ファン層がせまくなる一方の「演歌」のジャンルに身を置くことから、Jポップが席巻する今の音楽シーンでは目立ちにくいはずの彼女が座長公演で会場をいっぱいにし、高度経済成長期に無計画につくってしまった全国津々浦々の「箱もの」ホールをいっぱいにできるのは、ひとえに彼女自身の才能と努力のたまものといっていいでしょう。
 「BS日本のうた」の制作チームには、彼女の才能と努力を高く評価し、彼女と伴走する様に音楽的冒険をすすめてきた人たちが少なからずいて、そのひとたちが彼女にさまざまな企画を提案したからこそ、記憶に残るパフォーマンスが実現したのだと思います。
 すでに8枚目となったCDアルバム「BS日本のうた」は、その貴重なパフォーマンスを新しい歌唱で収録したもので、それほどファン歴が長くないわたしにとってユーチューブの映像と共にとても刺激的なアルバムなのです。
 今回のアルバムでは、今回はじめて歌った歌も半分ぐらいあるようで、以前歌った時と進化著しい島津亜矢の今の歌とのちがいをくらべることも楽しみの一つです。
 私自身の好みでは、「山河」から最後の「命かれても」までが好きで、いつもそこだけを聴いてしまいます。もちろん、前半も聴き直すと「地上の星」、「八重」、「縁」、「みだれ髪」など、どれひとつとっても捨てがたい魅力にあふれています。
 そこで「山河」ですが、わたしは実はこの歌が五木ひろしのオリジナルであることを知らず、小椋佳自身の歌として聴いていました。島津亜矢の存在を知ってからユーチューブで「山河」を聴き、圧倒されました。現在ユーチューブに挙げられている映像は制作した人たちの島津亜矢への「無償の愛」にあふれていて、さまざまな問題があるとしても確実にその映像でファンになり、CDやDVDを買い、コンサートにも足を運ぶ人たちが増えていきます。わたしもまたその中の一人でした。
 その中でも「山河」の歌唱はすでに歌唱力があるとかいうレベルを越え、この歌の哲学というべきか小椋佳のもっともコアな人生観があふれているこの歌を見事に歌い上げていて、もっと早くに彼女の存在を知りその場に立会っていたらどんなに感動しただろうと思います。
 誰もがそうであるように、「山河」といえば杜甫の詩「春望」の「国破れて山河あり、城春にして草木深し」という言葉を思い出します。わたしは若いころに信州の山に登った時に夏でも残っている頂上の雪と抜けるような青空を見たり、すぐに天候が変わり1メートル先も見えなくなる山の怖さを知ったり、夕暮れにのぼり切った山の峰から見渡す遠い山々の神々しさと、のぼりついた山小屋で熱い体をひんやりと包んでくれた山の風の青く透明な感触などが年を重ねた今も心に残っていて、その時になぜかいつも「国破れて山河あり」とつぶやいていたことを思いだすのです。それらの思い出もまた、わたしに島津亜矢を教えてくれた亡き友と信州の山を登った、切ない青春の遠景でもあります。
 2011年の東日本大震災を経て、この歌はいままでとちがった宿命を背負うことになったとわたしは思います。
 人は皆山河に生まれ、抱かれ、挑み
 人は皆山河を信じ、和み、愛す
 そこに生命をつなぎ生命を刻む
 そして終いには山河に還る  
 (小椋佳作詞・堀内孝雄作曲「山河」)
 海で生き、海で死んでいった東北の人々の無念が遠くはなれたわたしにわかるはずもありませんが、その悲しみや怒りを抱えながらまた、海と共に生きることを選ぶ人々の心情に寄り添いたいと思う時、小椋佳の詩に込められた世界観が胸を叩きます。
 この歌が発表されたのが2000年だったことを思うと、小椋佳の詩の世界がいかに広く、彼の想像力がいかに深いかをあらためて知りました。実際、彼は東京生まれの都会育ちで、「山河」を身近に見たことがないにも関わらず、壮大で想像力の果てまで広がる詩を書けるのも、大学3年生の時に法律の勉強で福島県耶麻郡北塩原村に2か月ほど滞在したことがあるのがベースにあったのかもしれません。
 思えば彼は若い時から「すでに終わった青春」を歌う歌が多く、個人としての人と人との別れがそのまま、なつかしい世界や時代そのものとの別れであったりして、「山河」という歌もまた、個人の人生のいろいろな出来事や恋や野心や約束や裏切りや希望や絶望が、時代や社会の下に広がる大地や川や山や海、つまりは「山河」に帰って行くまでの人の一生と死をある意味冷徹に、そしてせつなく歌う叙事詩なのだと思います。わたしはもし日本の歌が世界のさまざまな歌と対置される時、この歌がもっともワールドワイドな歌だと思っていて、その時は島津亜矢が歌う「山河」がもっともワールドワイドであると思います。
 この歌を島津亜矢は作詞者の小椋佳ととてもよく似たアブローチで歌っています。しかも、ユーチューブに残されている映像はおそらく10年以上も前になると思われますが、このころはまだ若くこの歌を朗々と歌っていますが、つい最近ではほぼ小椋佳の世界を完璧に自分のモノにして、語る歌から読み取る歌へ、そして聴く者の心にそっと置いていく歌唱で、その歌声はいつまでも心にへばりついたまま切なく残り続けるのでした。
 もしこの歌が五木ひろしのプロデュースともいえるオリジナルでなければもっと早くにこの歌をCDに収録し、また何度も歌うことができたのではないかと思います。最近になり、完璧ではないとしても五木ひろしがこの歌を解禁したように思うのですが、解禁したとしても五木ひろしと小椋佳と堀内孝雄以外でこの歌を心底愛し歌えるのは島津亜矢しかいないのですから、ある意味島津亜矢のために解禁したといってもいいでしょう。
 ここまでくれば、五木ひろしと島津亜矢のコラボによるCDの収録や、「新BS日本のうた」でのスペシャルステージの共演が待ち遠しい限りです。
 このアルバムは「哀しみ本線日本海、「お島千太郎」、「みちのくひとり旅」、「東京砂漠」、「夢芝居」、「夕焼雲」、「命かれても」とつづきますが、それらについては次の機会にします。

島津亜矢・布施明「山河」
五木ひろしの番組「日本の名曲~人生歌がある」で話題となった映像です。この時は布施明とのコラボでしたが、島津亜矢の歌唱は10年前とは様変わりで(もっとも10年前の歌唱はすでに天才の粋すら越えたものでしたが)、淡々と歌いながらもこの歌の深いメッセージが確実に届く素晴らしい歌唱でした。思わず五木ひろしか「うまい」とささやいていました。
布施明の方は、わたしはこの歌手をずいぶん前から好きですが、この歌に関しては変に歌をつくりすぎていて、上手くはありましたが、時には人間を脅かし、時には人間をやさしく抱く「山河」の風景が浮かんできませんでした。おそらく彼は、この歌をよく知らなかったのではないかと思いました。

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