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2015.04.11 Sat 「いきものがかり」大阪城ホール

 少し前になってしまいましたが4月4日、大阪城ホールで開かれた「いきものがかり」のコンサートに行ってきました。
 わたしがこのグループを知ったのは、おそらく2006年ごろに「ミュージックステーション」で聴いたのが初めてだったと記憶しています。その頃のわたしは一人の歌手やひとつのグループの音楽にのめり込むことはありませんでした。
 2003年の暮れから妻の母親と同居するようになり、一階の部屋ではいつもNHKの「歌謡コンサート」や「BS日本のうた」がかかっていて、若い時に結構ファンだった森進一が出演する時は一緒に見ていましたが、しばらく演歌と遠ざかっていたわたしには、あいも変わらず「女を捨てる男と未練を引きずる女」、「男の身勝手に耐え忍ぶ女」という、今の若い世代では考えられない歌が数多くつくられ、歌われる演歌の世界がいまだにつづいていることにびっくりしたのが正直なところでした。
 そして時々、島津亜矢が出演していましたが、その頃は「声量のある演歌歌手」という印象だけで、不明にもまだ彼女の奥深い魅力にはまったく気づかずにいました。
 そんなわけで「歌謡コンサート」や「BS日本のうた」と付き合えないわたしは2階に上がり、なんとなく「ミュージックステーション」に出演するJポップのグループやアイドルの歌を聴いていました。
 しかしながら、演歌の世界だけではなく、わたしには隆盛をきわめるJポップのジャンルにおいても音楽的冒険を感じることがほとんどありませんでした。もちろん演歌とは歌の数がちがいますから、わたしの興味をひく歌やグループがないわけではありませんでしたが、この番組を観ている若い世代ほどジャニーズ系のアイドルにも関心はなく、いまではあたりまえになったJポップのシンガー・ソングライターの恋の歌からも実生活で程遠いわたしには、演歌と同じように「あいもかわらず」という印象しか持てなかったのでした。Jポップもまたスタジオからスマホへと脳内空間でのダウンロードの垂れ流しで、古くは歌の起源であったはずの大地や森や海の匂いもない「どうどうめぐりの回転木馬」といえるのかもしれません。

 そんな折に、「いきものがかり」は強烈にわたしの心を捕らえました。その感覚をどう表現すればいいのかわからなかったのですが、今回1万人に取り囲まれるセンターステージで繰り広げられたライブに立ち合い、ようやくわたしなりに説明できるような気がしました。
 このひとたちの音楽はJポップシーンの中では音楽的な冒険も少なく、安易な応援ソングと思われていますが、それはむしろ退廃的ともいえる今のJポップの世界ではテクニックをこねくりまわすことが音楽的な冒険とされているからではないでしょうか。
 「いきものがかり」の歌は歌詞も曲もこれ以上そぎ落とされないほどシンプルで、しかも覚えやすい歌詞と曲でいつのまにかスマホはおろかスタジオやコンサートホールも突き抜け、都会のごみ箱が立ち並ぶ路地や少年少女がたむろするコンビニ前や通学途中の忘れ去られた都会の荒野へと舞い降りるのです。
 路上ライブがルーツで、彼女や彼らの音楽を聴こうと思っていないひとたちに対してもひとびとが何を思い、どんな歌を必要としているのか耳を澄ますところからつくり、歌う歌は彼ら自身が言うようにJポップファンをうならせる「革命的な歌」ではないのかも知れませんが、かつてロートレアモンが言った「詩(歌)は万民のもの」と言う意味で、「歌の革命」なのだと思います。
 「帰りたくなったよ きみが待つ街へ、かけがえのないその手に今 もう一度伝えたいから」と歌う「帰りたくなったよ」に限らず、「いきものがかり」の歌にはよく街がでてきます。ここで歌われる街はどんな街なのだろうとずっと考えていましたが、 今回のライブに立ち合い、わたしは「いきものがかり」の音楽は少女漫画の世界なのかも知れないと思いました。もっとも最近は少女漫画を読むことがありませんが、若いころにのめりこんだ萩尾望都のマンガや、娘から教えてもらった「CIPHR(サイファ)」など、もう物語の筋書きなど忘れてしまってもどこか切ない気持ちがよみがえります。
 少女漫画では恋愛のどろどろしたリアリティよりも無垢な心と純愛が胸をキュンとさせますが、わたしはそれらもふくめてむしろ想像や幻想によって現実の町が特別な想いと切ない記憶で塗り替えられ、作り変えられる、独特の世界観の広さの方に圧倒されます。「いきものがかり」の街もまた、歌が歌われる以前にあったはずの懐かしい街と、その街で心を通わせた少年少女の淡い恋や友情が歌われています。
 わたしの経験からいっても、子供のころにとても広く思われた故郷の街を大人になって訪ねてみるととても小さな空間でびっくりしたことがあります。たしかにひとは大人になることでワンダーランドだった夢みる街から追放され、現実の町へと帰っていくのでしょう。しかしながら、子どものころに見た夢は心の一番奥の部屋に隠され、いくつもの年を重ねたある日、長い間取り残され、忘れられた夢がとつぜん立ち現れることもよくあることです。その時、「いきものがかり」の歌はどこまでもなつかしく、そしてずっと自分を待っていてくれる街とひとがいることを信じているのです。わたしが最近知った高橋優になると、すでにそんな街は崩壊していて、今の若い人たちはもっときびしい所に追い込まれていることを教えてくれます。
 それでも、わたしは「いきものがかり」の歌に励まされ、すでにはるか昔になくなってしまったわたしのワンダーランドが現実の町から離れ、わたしの心のふるさととしてよみがえり、わたしを待っていてくれるような気がするのです。
 以前にも書きましたように、わたしに島津亜矢を教えてくれたのは、2009年の秋に逝ってしまった旧友のK君でした。わたしが病室で退屈するだろうと「いきものがかり」のCDを贈ろうとしたら「島津亜矢のCDにしてくれ」といい、その時にはじめてわたしは島津亜矢と本当に出会うことができたのでした。
 そんないきさつから、「いきものがかり」と島津亜矢はわたしの中では一本の糸につながっています。後から知ったのですが「いきものがかり」のメンバーのひとりである水野良樹は阿久悠を尊敬していて、「ぼくは時代を食って歌詞を書いてた」と言った阿久悠がめざした「時代を変える歌」に今の若い感性で近づいていることがよくわかります。
 ボーカルの吉岡聖恵は声量を除くと島津亜矢にそっくりで、そのナチュラルな歌声はどんな歌でも自分の歌にし、また歌っている時の彼女の視線は島津亜矢と同じく、目の前の観客はもとより、そこにいないひとびとの心にまで届く一生懸命さがびんびんと伝わってきます。ここまで来ると、歌はすでにジャンルの問題ではなく、どれだけ必死に歌を届け、心を届け、切ない希望を届けるのかにかかってくるのだと感じたライブでした。

 ここしばらくの間に五木ひろしの「日本の名曲~人生、歌がある~」の特集番組の再放送で島津亜矢が「山河」と「かあさんへ」を歌い、また「BS日本のうた」の特集では中村美津子との共演による19分もの大作・歌謡浪曲「瞼の母」が放送されました。
 とくに「瞼の母」はユーチューブでは見たものの、テレビで見れたのは幸運でした。
 それについてはこの後すぐに、記事にしたいと思います。

いきものがかり「 帰りたくなったよ」

高橋優「旅人」
本文に書きましたように、高橋優の場合はすでに少女マンガの幻想に浸ることも許されないとても過酷な現実の中に、今の若い人たちがいることを教えてくれます。それでも、ぎりぎりのところで友を求め、愛を探す孤独な若者がいます。

いきものがかり「YELL」2009年紅白歌合戦
「"わたし"は今 どこに在るのと 踏みしめた足跡を何度も見つめ返す 枯葉を抱き 秋めく窓辺に かじかんだ指先で 夢を描いた」とはじまるこの歌は、卒業ソングの傑作となりましたが、実はこの歌が流れる11月にK君が亡くなり、わたしにはとてもつらい曲になってしまいました。「サヨナラは悲しい言葉じゃない それぞれの夢へと僕らを繋ぐ YELL」という歌詞は十代の子どもたちにはとても大きな勇気をくれる言葉ですが、死に別れの場合にもその心境になれるほど、わたしは覚悟も潔さももっておらず、おろおろしてしまうのです。
ちなみにこの歌を島津亜矢が歌うと、もうひとつ奥深く、またスケールの大きい歌になるのではないかと思っています。
若い人のなかで、こんなにデリケートな応援ソングをつくる水野良樹が島津亜矢に楽曲を提供したら面白いと思う理由のひとつです。
島津亜矢「旅の終わりに聞く歌は」
「いきものがかり」、高橋優と、わたしの中では一本につながっている島津亜矢の歌の中で、めだたない一曲ですが、とっておきの旅の歌、人生の歌だと思います。
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S.N : URL YELL

2015.04.14 Tue 22:39

tunehiko様
いきものがかりの「YELL」は、本当にいい曲ですね。
島津亜矢さんが歌うとどうなるんでしょうか。
きっと、感動して涙が出ると思います。
演歌以外でもすばらしい曲を歌っている人がたくさんいますね。
私は、Suaraという歌手が歌っている“睡蓮~あまねく花~”や“星座”
という曲もいいなあと思っています。
また、色々な楽しい記事をよろしくお願いします。

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