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2015.03.27 Fri 北島三郎と島津亜矢

 NHKの特番「北島三郎 78歳の挑戦 ~最終公演の軌跡~」を観ました。
 一昨年で紅白を最後にし、それから一年かけて46年間続けてきた座長公演にも幕を下ろすことにした北島三郎の最後の座長公演を柱に、子ども時代のことや歌手生活の軌跡をたどる1時間半の放送は、一人の演歌歌手の人生を物語るだけでなく、日本の高度経済成長時代の追い風も荒波もくぐり抜けてきたひとびとの「いきがい」として存在してきた北島三郎のすごさをあらためて教えてくれました。
 1947年に生まれたわたしは、それほど北島三郎のファンとは言えないのですが、日本の政治も経済も激動の渦にもまれ、欧米から押し寄せるジャズ、ポップスをはじめとする若者のカウンターカルチャーが繚乱していた1960年代の青春まっただ中にいながら、なぜか「なみだ船」、「兄弟仁義」、「帰ろかな」、「函館の女」などの北島三郎の歌を口ずさんでいたものでした。ビートルズと北島三郎と森進一がなんの矛盾もなく、わたしの心の中で同居していたのですが、それはわたしひとりではなく、多くの若者が北島三郎の「兄弟仁義」を口ずさみながら世の中に異議申し立てをし、ある者は大学紛争に明け暮れ、またある者は社会からドロップアウトし、ヒッピーになったりしました。もちろん、そんな若者に圧倒的に支持されたのはビートルズから先のロック音楽であったことは違いないのですが、北島三郎の歌にもまた大人たちへの青い反抗が隠れていて、外国のロックだけでは物足りない若者に受け入れられ、後に「演歌」といわれる「日本の音楽」のすそ野を大きく広げる役割を果たしていました。
 今回の放送でも流れましたが、はじめての紅白に出演し、「ギター仁義」を歌う北島三郎の不敵な笑みと鋭く黒い眼には、いい意味での若者の「野心」が満ち溢れていて、ぞくっとする色気すら感じます。この頃の紅白では一節歌うごとに拍手がありましたが、彼の歌の間はひときわ拍手がわき、どこかその時代の歌謡界に挑戦するような迫力が、すでに熱烈な支持を獲得してきたことを物語ります。
 わたしは以前にその映像を見て、まるでエルビス・プレスリーのようだと記事に書いたことがあります。
 そして、意外なことに3回目の紅白では永六輔作詞・中村八大作曲の「帰ろかな」を歌っていて、演歌歌手でありながら幅広い音楽ファンに受け入れられる幅を持っていたのだなと思う一方で、北島三郎にこの歌を提供した永六輔も中村八大もさすが日本を代表するポピュラー音楽の旗手として、その時代の若者の空気感をとらえていたことに感心しました。
 実際そのころの北島三郎は、ちょうど島津亜矢の2000年のはじめのころがそうであったように「神の声」と呼べる声と歌唱力で怖いものなしという状態で、歌が歌に終わらず、聴く者の心をとりこにしてしまうのでした。そして、生きる場所も境遇もちがうさまざまなひとが時代に荒波にもまれながら、北島三郎の歌とともに人生を歩んできたことが、今回の放送でのファンのひとたちのインタビューでよくわかりました。
 こういう風に書いてくると、島津亜矢がどれだけ北島三郎を尊敬し、彼の歩いてきた道を後からたどるように歩いているかがよくわかります。
 年を重ねることで若かったころのぎらぎらした野心が消え、大人から壮年、老年へと歩む中で、北島三郎は同世代のどんな歌手よりも若い世代の心情に耳を傾けるようになったように思います。演歌の大御所と言われながらバラエティー番組にも積極的に出演し、次の世代の歌手を応援するようになり、わたしはそこから原譲二という作詞家、作曲家が誕生したのではないかと思います。
 原譲二として若い歌手に提供する彼の楽曲はとても優れていて、たとえば弦哲也や浜圭介に匹敵する才能を感じます。島津亜矢に提供した「大器晩成」や「温故知新」と2人にとっても恩師にあたる星野哲郎の詩とともに、彼女の大切な歌としてコンサートでもたびたび歌っています。
 島津亜矢がこれからどんな歌を歌っていくのかと考えると、あまりに幅広い才能がありすぎて、プロデューサーも作詞家も作曲家も思いまどうことも多いのではないでしょうか。
 わたしは「SINGER」シリーズに代表されるポップスをイメージして中島みゆきや桑田敬祐や今回縁のあった松山千春に楽曲を依頼してみてはどうかと思います。先日のNHKの「歌謡コンサート」が再放送されるほどの話題を呼び、松山千春が絶賛したように、島津亜矢の「I will always love you」に代表されるポップスをカバーに終わらせず、オリジナルの視野にも入れないとほんとうに勿体ないと思うのです。
 しかしながら一方で、演歌では北島三郎や吉幾三に島津亜矢の新しい可能性を広げてもらいたいと思います。また演歌ファンに叱られるかも知れませんが、「四畳半演歌」ではない、地面にふんばって歌う歌手、たとえ足元が瓦礫の荒野であってもその厳しい時代の底から湧き上がるような演歌を歌える歌手・島津亜矢に演歌を提供することは、彼女とともに「新しい演歌」をともにつくりあげる大切な共働作業であることに間違いありません。新曲「独楽」はこれまでの、演歌の王道からぶれない島津亜矢の覚悟を感じます。その方向の先に、島津亜矢のためにもうひとつ大きな場所が用意されているように思います。
 座長公演も終え、北島三郎にはこれから作曲家としての才能が大きく開かれる予感があり、願わくば彼を心底尊敬する島津亜矢のために、スケールの大きな曲をつくっていただきたいと思います。

2015.01.31 島津亜矢のブログから
大好きな方…感動をありがとうございました。
おはようございます☆~(ゝ。∂)昨日は、朝起きたらやっぱり雪。・°°・(>_<)・°°・。皆様影響なかったですか?・°°・(>_<)・°°・。今日も雪の予報が出ている各地の皆様くれぐれもお気を付けください☆~(ゝ。∂)
一昨日は、博多座に行って参りました。北島三郎さんの座長公演の本当の千穐楽( ; ; )
とにかく!とてつもなくすごくて!心が震えっぱなしの5時間( ; ; )感動!感動!感動!でした。
46年という長い長い年月、座長として座員さんを引っ張り、歩んでらした北島さん、本当のにすごいことです!
私も30年以上大大大大大大大大大大大大大大ファンの一人!この目に、この心に!この瞬間を焼き付けておこう!いつも以上にそんな思いも強かったですが、始まってからずっと心が引き込まれて涙がとめどなく流れてきました。ショーでは、お隣にいらした北島さんのファンのかた手作りの横断幕を、「亜矢ちゃん!これもって!胸のしたの方でね!私たちはずっとさぶちゃん一筋の夫婦なんだけど、今日はお父さんが体が悪くてどうしてもこれなかったの!この横断幕はそのお父さんがさぶちゃんにありがとうを込めて書いたものよ!」と、そんなあったかいお話まで聞かせていただいて、嬉しかったです( ; ; )
ショー終盤に差し掛かった頃北島さんが言葉をつまらせ、涙され、、、そして、北の漁場のあの船!まつりの大エンディング!もぉー(;_;)ペンライトを振りまくりました( ; ; )あとで気がついたら、擦れたのか、ペンライトを挟んでいたところの皮が剥けていました。・°°・(>_<)・°°・。
そして、北島さんがこれまでの思い、感謝の思いを話され、座員さんの今後が心配だというお話も( ; ; )お人柄溢れるお話に、またお花を渡すため袖でスタンバイしていた皆さんも、スタッフさんも、私も、涙涙涙です( ; ; )男性の座員さんまでも大泣きしていらっしゃるお姿に北島さんの暖かさも感じながら、、、
本当にすごい方です( ; ; )歌手としても( ; ; )人としても( ; ; )よかったー本当に北島さんと同じ時代に生まれ、お側にいれてよかったー( ; ; )
なんと伝えたらいいかわからないくらいまだまだいっぱいの思いが心のなかを駆け巡ってます( ; ; )
北島さん46年の座長公演本当にお疲れ様でした。たくさんの感動と力をありがとうございました。
さあ!これからは全国コンサートへの追っ掛けの旅を始めよっと!☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

北島三郎「風雪ながれ旅」

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北島三郎「兄弟仁義」 

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