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2015.02.11 Wed 映画「繕い裁つ人」

繕い裁つ人

 先日、映画「繕い裁つ人」を観ました。「しあわせのパン」(2012年)、「ぶどうのなみだ」(2014年)で日本はもちろん世界で高く評価された三島有紀子監督作品のこの映画は、池辺葵の同名の人気コミックスが原作で、神戸の街を見渡す坂の上にある仕立て屋「南洋裁店」を営む南市江(中谷美紀)と、お店に集う街のひとびととの切ない心の交流を描いています。
 一代目の店主・祖母の後を継ぎ、かたくなに祖母がつくった服の仕立て直しとサイズ直しと、祖母のデザインを流用した新作を少しだけひとつのお店にだけ置き、即完売になるほどの人気でもそれ以上のことはしない市江の店に、神戸の百貨店に勤める藤井(三浦貴大)がやってきます。ブランド化を進める藤井ににべもなく断る市江。それでも足しげくやって来る藤井は、祖母がつくった服の仕立て直しやサイズ直しを頼みに来るお客さんたちが、そのひとの人生と伴走してきた服を大切にしていることを知ります。
 この映画に登場する服はきっとかなり高い服にはちがいないのですが、一方で大量消費の波に翻弄され、安い服をとっかえひっかえ着つぶすよりは、少しぐらい高くても丁寧に仕立てられた服を一生もののように着つづけることは、時代の波に流されずに自分の矜持をまっとうするすてきな生き方にはちがいないでしょう。
 そんなことを思いながらこの映画を観ていると、神戸の街の街並みやナチュラルでセンスのいいお店が舞台のおしゃれで繊細な映画ではありますが、実は「頑固じじい」と藤井が言う市江の生き方そのままに、今はなくなってしまったり消えようとしているものをスクリーンにとどめ、時代におしつぶされそうになりながらも自分らしくありたいと願うひとびとの心情を映し、今を生きるわたしたちの背中をそっと押してくれる、そんな「小さな勇気」を届けてくれるけっこう骨太の映画だと思いました。
 この映画の魅力のひとつに映像がとても絵画的で、かなりのこだわりがスクリーンの端から端まで行き届いていて、映し出される小物や家具や看板ひとつにもこの映画のイメージを表しているようです。
白い坂の上からカメラが坂を上がってくる藤井を映すシーンと、坂を上りきって「南洋裁店」に入ると、足踏みミシンをカタカタ動かしている市江が窓に向かって後ろ向きに座っているシーンが何度も映し出されます。お店というか作業場というか、部屋の中は全体に暗く自然光で、窓が輝いているのに合わせて市江はほぼシルエットで、その空間には微細な塵がぎっしり詰まっているようで、まるでフェルメールの絵のように思いました。
 後からパンフレットを見ると、監督は衣装を担当された伊藤佐智子さんにデンマークの画家・ヴィルヘルム・ハンマースホイの室内画の写真を見せて、「こういうイメージの映画を撮りたい」と言ったそうです。
ヴィルヘルム・ハンマースホイはフェルメールの影響を受けたともいわれますが、白・黒・灰色を基調とした抑えた色調で、時間の止まったような静寂な空気を感じさせる細密なタッチの室内画は彼独特のものと言われます。室内画の多くには鑑賞者に背を向けた人物が描かれていて、まさしく窓に向かい後ろ向きに足踏みミシンを動かす市江そのままです。

 わたしが若かった頃はまだかろうじて町の仕立て屋さんが結構ありましたが、その頃からでき始めた既製服の量販店は高度経済成長の波に乗ると、あっという間に街にあふれ、仕立て屋さんの多くは姿を消しました。今では一生ものの服を丁寧に仕立てる店は高級な店で、わたしなどにはまったく手の届かないものになってしまいました。
 わたしがはじめてまともに会社勤めをはじめたのは、妻の父親が経営する会社でした。それまでグータラにくらしていたのですが妻との結婚をゆるしてもらうために直前に働き口を決めて父親の家に行くと、娘のことを心配してのことだったと思うのですが「うちの会社に来なさい」といわれ、約束していた会社を断り、父親が経営する機械工場に就職したのでした。
 そこには炭鉱が行き詰まり、九州から流れてきたひと、泉州の繊維工場から流れてきた沖縄出身のひと、集団就職で大阪に出てきたひと、そしてわたしのように高校を卒業するもまともな職につかず流れてきたものなど、みんなどこかで躓いたり、さまざまなつらい体験をしてきたりと、なんらかの事情を抱えたひとたちが少なからずいました。会社はそんなひとたちのたまり場・袋小路でありながら、経済成長の波にも乗った会社の業績の良さから給料がそこそこ良く、だれもが敗者復活戦のようにもう一度幸せを手にしようと必死で働き、経済成長のジェットコースターにしがみつきながら夢を膨らませていました。
 そんなひとたちの中に、妻の母親の姉の夫で、かつて仕立て屋を営んでいたSさんがいました。 「礼服だけは作っておいた方がいいよ」と言って、Sさんはわたしに礼服をつくってくれました。代金はわすれましたが、もちろん貧乏だったわたしですからそんなに高いものではなかったのでしょうが、後にも先にも、わたしが仕立て屋さんにつくってもらった服はそれ一枚だけです。
 そんなに腕がいいひとではなく、第一お酒の飲みすぎですでに手に震えがきていて、既製服の方がよっぽど形はきれいだと思いましたが、それでもSさんの作ってくれた生涯にたった一着の礼服はしばらくの間わたしの人生とともに歩み、、わたしとSさんとのつながりまで深めてくれた愛おしい礼服でした。すぐにサイズが合わなくなり、今はもうありませんが。

 市江と藤井、市江の母親・広江(余貴美子)、市江の服を売っているただひとつの店の店主・牧(片桐はいり)母のワンピースを自分用に作り直してほしいという高校生のゆき(杉咲花)、紳士服の仕立て屋を営む橋本(伊武雅刀)、藤井の妹・葉子(黒木華)、死に装束を依頼する市江の恩師・泉先生(中尾ミエ)など、今注目の若手俳優とベテンランの演技派の俳優がこの物語をあるべき場所へと導いていきます。
 さらにすばらしかったのは「南洋裁店」につどう街の常連さんたちでした。彼女たち、彼たちが一枚ずつ服を持ってお店にやってくるたびに、いかに祖母がそれぞれのひとの人生にも深く入り込み、一生愛される服をつくってきたのか、そしてそんな祖母がどれだけ愛されているかを市江だけでなく、観ているわたしたちにも強烈に伝わってくるのでした。
 しかしながら、そのことを誇りに思う一方で、市江の心はいつのまにかすでにいないはずの祖母の世界から抜け出せず、鎧のような服をまとい、頑なになってしまったこともまた仕方がないことだったのでしょう。
 ネタバレになりますがそれを象徴する場面が二つあり、ひとつは祖母の葬儀の時に、彼女たち彼らが祖母の作ってくれた服を着て棺を見送ったシーンで、もう一つは祖母が始めた夜会のシーンでした。祖母が仕立てた一生もののドレスやスーツを着て年に一度のパーテイをするという企画は、モデルが繰り広げるファッションショーよりもすばらしく、祖母の服に対する思想とすぐれた経営感覚は相当なものだったことがうかがえます。市江もそれをつづけることで祖母の遺志を引き継いてきたのでした。 その様子を見た藤井は、市江にオリジナルの服を作ってほしいという思いをあきらめ、市江の元から去って行きます。
 しかしながら実は、市江の鎧に閉ざされた心の扉を叩きつづけてきた藤井の存在が、少しずつ彼女のもっとも柔らかい場所で一代目の呪縛から解き放たれ、自分らしさを見出していく助けになろうとしていたことを、彼がいなくなってはじめて気づくのでした。
 象徴的だった鎧のような服を脱ぎ、仕事場を模様替えし、裁ちばさみを使う市江はあっというまに祖母の呪縛から解き放たれていました。けっこう短い時間でその急激な変化を見事に表現した中谷美紀の演技力は大したものでした。そして、個人的な好みですがわたしは三浦貴大が好きで、同世代のイケメンといわれる役者とちがい、無骨者にみえて繊細な心の闇も表現できる彼は藤井という役にピッタリだと思いました。
 後半の物語を書いてしまってごめんなさい。でも、聞くと観るとは大違いで、もし機会がありましたらぜひ、この映画をごらんになってください。

 わたしの勘違いではないと思うのですが、監督の三島有紀子さんとは1994年ぐらいでしたでしょうか、わたしが豊能障害者労働センターにいた時にたしかお目にかかったことがあるようです。箕面の駅前のホールで当時の豊能障害者労働センターの代表だった河野秀忠さんの障害児教育教材の出版記念パーティーを開いた時、準備していたわたしに当時のNHKのディレクターだったSさんから、「このひとね、豊能障害者労働センターと機関紙『積木』のファンでね」と紹介していただき、とてもうれしかったことを思い出しました。
 三島監督のプロフィールを拝見し、豊能障害者労働センターに問い合わせたところ、おそらくご実家の住所だと思うのですがまだ登録されていました。
 ささいなご縁ですが、三島有紀子さんがこんなすばらしい映画を撮られる映画監督として活躍されていることをとてもうれしく思います。

繕い裁つ人

映画「繕い裁つ人」公式サイト
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S.N : URL 「南洋裁店」

2015.02.23 Mon 23:35

tunehiko様

今日、仕事が終わってから「繕い裁つ人」を観てきました。
見終わってから、この記事をもう一度読ませていただいて
さらによく理解できたように思います。
中谷美紀さんが魅力的でした。
すっかりファンになったかもしれません。
映画を見てから、いつも安物の服しか着ていませんので
人生に寄り添ってくれるような一着の服を作りたくなりました。
tunehiko様の言われるようにフェルメールの絵画を見ているようで
けっこう骨太の映画だと思いました。
また、神戸に行きたくなりました。
いい映画を紹介していただいてありがとうございました。

tunehiko : URL ありがとうございます。

Edit  2015.02.24 Tue 14:53

S.N様
新歌舞伎座の後、お話しできて楽しかったです。
映画ごらんになってくださり、ありがとうございます。
S.N様は島津亜矢さんの記事をきっかけで親しくさせてもらっていますが、ちがう記事にも関心をもってくださり、とても感謝しています。
これからもよろしくお願いします。

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