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2015.01.02 Fri あけましておめでとうございます。

2015年年賀

みなさま、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

 全国的に寒いお正月ですが、わたしの住む能勢でも昼ごろから雪がふりはじめ、周りは雪景色になっています。
 今年はわたしが今働かせてもらっている被災障害者支援「ゆめ風基金」が設立20年を記念して小室等、坂田明、林英哲の3人によるドリームコンサートを開催することになり、昨年の秋口から本格的にその準備をすすめているところです。
  「ゆめ風基金」は、わたしが豊能障害者労働センターに在職していた1995年に阪神淡路大震災が発生し、全国の障害者団体がつながりから生まれた救援活動の後、今後も起きるであろう自然災害にそなえて1995年の6月に設立された基金運動団体です。災害発生時には救援金や支援金を届けるだけでなく、発生直後から被災各地に救援・支援活動の拠点を現地の障害者団体とともにつくり、直後の安否確認から避難生活への支援、そして生活の場・働く場の再建と、支援活動を全国の障害者団体と連携して進めてきました。2011年の東日本大震災においても発生直後から現在に至るまで、息の長い支援活動を継続しています。
 わたしは豊能障害者労働センター在職時から、仕事面でもプライベートな面でも設立当初から何かとかかわりを持ってきました。そして、ゆめ風基金の活動を呼びかけ人として永六輔さんや小室等さん、山田太一さんなど、わたしが若い時からとても大好きなひとたちがかかわって下さり、ゆめ風基金の依頼でそのひとたちが基金の呼びかけを目的に何度もトークイベントやコンサートに来てくださる度に、ボランティアスタッフとして手伝ってきました。
 そんな事情もあって、東日本大震災が発生した2011年春、状況が落ち着くまでの手伝いのスタッフとして事務所に詰めることになりました。
 それから3年と9か月が過ぎ、被災地の現実は復興再建どころかより深刻な問題が個々の家族や一人一人にのしかかり、とくに福島の場合は原発事故の処理が全く進まない中、元の故郷に帰ることが絶望的な状況にあります。しかしながら、その中でも小さな灯をともすようにゆめ風基金の支援活動は障害者の生活再建を進めることができています。
 まだまだ息の長い支援を必要とする状況の中、ゆめ風基金の設立20年を迎えるにあたり、この20年の間に理不尽にも奪われたおびただしい魂に想いをはせ、追悼するとともに、20年を生き抜いてきたいのちのリレーのバトンをこれからの20年、若い世代に引き継いでもらいたいという願いをこめて、このコンサートが企画されたのでした。
 小室等は豊能障害者労働センターの主催で1986年と1993年にコンサートをさせていただいた他、2007年にもゆめ風基金主催で箕面でコンサートをさせていただきました。
 わたしは仕事(?)でかかわらせてもらうずっと以前から小室等のファンでした。小室等は1960年代から70年代に一斉風靡したフォーク・シーンできら星のごとく現れた人ですが、わたしはそのころはかろうじて関西フォークを聴いてはいましたが、それほど熱心なファンではありませんでした。小室等の音楽との出会いは音楽シーンからではなく、その頃からずっと好きだった山田太一のドラマの主題歌と、同じく唐十郎の状況劇場の音楽担当として、突然のファンになってしまったのでした。
 今の小室等は一般的な音楽シーンへの野心とはまったく無縁で、たとえば井上陽水のように音楽ビジネスとして大きなホールでするわけではなく、時には数十人のお客さんの前でギター一本で全国津々浦々、「音楽でしか伝えられないこと」をとつとつと歌う活動をつづけていて、ゆめ風基金の呼びかけ人としてもほとんど報酬もなくかけつけてくれるのでした。
 坂田明は山下洋輔の2代目のサックス奏者として活動後、オリジナルバンドの結成と解体を繰り返しながら、西洋音楽としてのジャズからも解き放たれ、日本的な音楽というか、日本の大地や森、海と2000年におよぶなりわいによってはぐくまれてきた固有の歌や音楽を求めて、今も世界のジャズシーンの一線で活躍されています。
 わたしは毎年大阪の服部緑地の野外音楽堂で開かれる「春一番コンサート」で、坂田明の演奏をききましたが、激しくて挑発的でそれでいてメロディアスで繊細な音たちがもつれ合う坂田明の演奏は、わたしの心を一瞬にして連れ去ってしまうようでした。
 林英哲は和太鼓ソロ演奏の先駆者で、1984年に太鼓奏者として初めてカーネギーホールに出演し、その後世界で活躍する第一人者です。わたしははっきりおぼえていないのですが、1990年代に大阪府吹田市のメイシアターで開かれた山下洋輔との共演を、今は亡き旧友のKさんと観に行った記憶があります。
 その時は、申し訳ないのですが印象に残っていなかったのですが、昨年、飛騨高山のお寺で小室等・こむろゆいをゲストに迎えて開かれたライブで衝撃を受けました。その時の模様は以前の記事に書いていますが、わたしが失礼にも「鳴り物」としてしか聴くことができなかった太鼓から、林英哲によって千のたましいの物語が一挙にわたしの心に届けられる一瞬に身も心も酔いしれてしまいました。
 小室等、坂田明、林英哲…、この3人のプレイヤーがそれぞれのジャンルの先駆者で、日本を代表するミュージシャンですばらしい演奏と歌を聴かせてくれることはあたりまえのことなのですが、わたしはそれよりも、この3人の音楽には共通するものがあり、それを触媒にした稀有のコラボレーションが繰り広げられることに、今から心が落ち着かないほどわくわくしています。
 そして、彼らに共通しているもの、それは「四畳半」や「スタジオ」や「スマホ」に閉じ込められた音楽からはけっして生まれないもので、「いのち」や「たましい」に触れてやけどしてしまうような情熱、勇気、決意、いさぎよさと言えばいいでしょうか。さらに言えば、陳腐な表現ではありますが、止まってしまった時へのレクイエムと、そこからまた動き始めた時へのオマージュを兼ね備え、生きとし生けるものすべてにささげる切ない希望の歌でもあります。だからこそ、ゆめ風基金の活動ととてもつながっていると、わたしは思っています。それはちょうど、ジャンルもスタイルもまったくかけはなれていますが、わたしにとって島津亜矢もまた希望の歌を歌える数少ない歌手であることとつながっています。(ちなみに林英哲の演奏記録を観ていたら、坂本冬美とも共演したことがあるようで、まんざら林英哲の太鼓と島津亜矢の「演歌」がミスマッチともいえないと思います。)
 地球の背丈すら越える大きなかなしみが、無数の涙のはてにささやかな希望にかわることを願って…。

 私ごとですが、このイベントを最後に、ゆめ風基金を退職することにしています。
思えば35才の時、豊能障害者労働センターの設立直後にかかわり、スタッフになったのが40才で、それから短いブランクはあるものの障害者問題とかかわって生きてきました。30年を越える年月は嵐のような日々でもありましたが、ほんとうに楽しい日々でした。その間に主催したり深くかかわったイベントは18回にも及びます。
 来年の10月以降のことはまったく考えられないのですが、今はこのイベントの準備を一生懸命しようと思っています。

小室等「死んだ男の残したものは」(谷川俊太郎作詞・武満徹作曲)

坂田明「早春賦」

林英哲&山下洋輔 - ボレロ

過去の記事・「島津亜矢と坂田明とモンゴルの歌」2012年5月6日

過去の記事・2014.08.15 Fri 林英哲さんの太鼓と小室等さん 「飛騨の夏祭り」

過去の記事・2011.07.06 Wed ゆめ風基金応援歌「風と夢」、「伝えてください」 小室等3
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TARK5 : URL

2015.01.05 Mon 18:35

tunehiko様

あけましておめでとうございます
本年も宜しくお願い致します

グウタラ人間の私はお正月は寝正月で
今日、初出勤で少しシャンとした所です。

ご挨拶が遅くなりました。お詫び致します。
休み中は亜矢姫三昧でした。

冒頭の写真、温かい雰囲気の良い写真
ですネ。ご家族様でしょうか?

私の方は熊本から息子夫婦が来神して、
孫(女3歳)が走り回って賑やかでした。



tunehiko : URL 今年もよろしくお願いします。

Edit  2015.01.06 Tue 22:57

TARK5様
こちらこそ、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
3日に、友人5人と林英哲の公演に行きました。
その模様は後日に書こうと思っています。
26日には新歌舞伎座に行きます。
亜矢さんの30周年の始まりです。しっかり見てきます。

: 管理人のみ閲覧できます

2015.01.07 Wed 14:56

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    吹田市エージェント:あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。貴殿の記事ダイジェストをGoogle Earth(TM)とGoogle Map(TM)のエージェントに掲載いたしました。ご訪問をお待ちしています。 ケノーベル エージェント - 2015.01.03 09:13