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2014.12.30 Tue 今年書き残したこと

 今年も今日、明日を残すばかりになりました。今年一年、このブログに訪ねてくださったみなさん、励ましのコメントやメールをくださったみなさん、ありがとうございました。
 一年の終わりに、あらためて自らこのブログをふりかえると、書き残したこと、書けなかったことの方が多かったことを痛感します。
 はじめた当初のようには更新できていませんが、それでもいろいろな出来事やイベントを通してわたしの感じたことを自分で再確認したり、島津亜矢のコンサートや出演されたテレビ番組の感想を通して、日本の歌謡曲のルーツに想いを馳せたりすることができました。
 また、以前からなれ親しんだ音楽でもある小室等、小島良喜、昨年からファンになった曽我部恵一のライブ、さらには来年の被災障害者支援「ゆめ風基金」20年記念コンサートに来てくれる坂田明、林英哲のライブなど、ブログにすべては書けなかったもののそれなりには書くことができました。
 映画はふりかえると昨年よりはたくさんの映画を観ていて、その中でも「エレニの帰郷」、「アデル、ブルーは熱い色」、「罪の手ざわり」が心に残っていますが、観に行ったもののブログに書けなかった映画として若松孝二の一連の映画と、彼がプロデュースした五木寛之原作・竹中労他の脚本による1980年の映画「戒厳令の夜」などがあります。
 とくに「戒厳令の夜」は1980年当時に見損なった映画で、竹中労の時代へのロマンチシズムにあふれた「偉大な失敗作」ともいえる映画でしたが、わたしは80年という時代に竹中労が夢みたアジアや南米のひとびととつながる切ない夢想が、歴史の地下水路をくぐりぬけていま、わたしたちにせまってくるのを感じました。
 特定秘密保護法と集団的自衛権をあっさりと認めてしまい、アベノミクスというカンフル注射を打たれて瀕死の重傷を負いながらも「成長神話」という見果てぬ夢と原発の錬金術にいのちを削られていくわたしたちは、これからどうなっていくのか、いやこれからどうしなければならないのかと自問しつづけた2014年の最後に、「戒厳令の夜」は決して希望を持たせてはくれなかったものの、たったひとりの人間の静かな決意からはじめるしかないと教えてもらいました。
 それを機会に竹中労の「右翼との対話」を読んでいるのですが、一般的な印象とはちがい、竹中労というひとはとても人情味にあふれた情熱家で、戦後民主主義が戦後の資本主義による「成長神話」に依拠することを論破し、左翼と右翼とわかれ、たたかう背後で、国家の権力と世界の支配構造がひとりひとりの命までも自由に操っていることを訴え続けたひとなのだと思いました。まるで矢吹ジョーと力石徹という2人の若者がいのちのやり取りをする四角いリングのまわりで冷徹に二人をみつめる灰色の影たちがあり、2人の若者がたたかうべき相手はその影たちであったように…。
 今年も通勤の合間にけっこう本を読んだのですが、ほとんど紹介も感想もかけませんでした。
 かろうじて水野和夫の「資本主義の終焉と歴史の危機」ついて書きましたが、わたしの理解力や感じ方は別にして、数多くの方が読んでくださったようです。
 ほかに読んだ本は村上春樹の「女のいない男たち」、藻谷浩介 / NHK広島取材班の「里山資本主義」、平川克美の「路地裏の資本主義」、古市憲寿の「誰も戦争を教えてくれなかった」と「だから日本はズレている」、鈴木邦男・孫崎享の「いま語らねばならない戦前史の真相」など、感想を書こうと思いながら書けないでいます。
 そんなに読書家ではないわたしが好んで読む本は、どうしてもこのブログのタイトルの「恋する経済」、「夢みる経済」、「顔の見える経済」とのかかわりが多く、これからの社会のありようとわたし自身の人生の行き先を探す残り少ない旅の友でもあります。
 もう少し私流に広げてみれば、村上春樹や、最近また熱中し始めた竹中労、わたしが若かった頃から右翼でありながらいわゆる「左翼」のひとたちよりも心情的に近い所を感じていた鈴木邦男から受ける刺激も、またそんなに熱心な音楽ファンでもないわたしが好む音楽から受ける感動も、実は今の世の中のひとつの方向に収束されてしまう危ない状況を一気に変える決め手にはならないものの、小さな声やささやかなつながり、気恥ずかしくなるほどの純な心、美しいものを美しいと思える自由な感性、自分の国を真に愛する心は他人の国を愛する心と必ずつながれるという信念(そう思えば問題も数多く感じるAKBをはじめとするアイドルたちの方が、集団的自衛権のもとでの武器や武力行使よりもはるかに世界の平和を愛するひとびととつながり、国家も動かせるのかもしれません)、などなど、67年生きて来たわたしが切実に願いつづける夢や希望のかけらなのだと思っています。
 豊能障害者労働センターが、「障害のあるひともないひとも、おとなもこどもも、おんなもおとこも、国籍や戸籍がかかれた1ミリの厚さもない紙切れによってわけへだてられることのない未来、あるがままに生き、ちがっていることがわたしたちの、ひとびとの力となり、助け合っていける社会、共に生きることがかけがえのないゆたかな明日を用意してくれる町」を強烈に提案するとき、それはユートピアではなく、それらの夢や希望を現実にするきびしい「たたかい」をつづけていることを教えてくれました。
 先日、豊能障害者労働センターの忘年会に参加させてもらった時、そのことを強く感じました。全員ではないものの、総勢50人を越えるスタッフのほとんどは障害者で、そのひとりひとりが特別ともいえる個性をそのまま発揮し、箕面の町を疾走する姿は多くの箕面市民に勇気を注ぎ込んでいることは間違いのない事実です。いま障害者をはじめとする福祉施策や社会保障を、「自助」の不足と「公助」の過保護を是正せよと言う声のみが大きく聞こえますが、豊能障害者労働センターは国が言うところの「公助」がまったくのゼロからはじまり、「自助」から「共助」へと広がり、かろうじて箕面市のみの「公助」によって現在に至ることは、箕面市内のお店や年に一度のバザー、春夏秋冬の通信販売などで、箕面市民をはじめとする全国のひとびとが国よりも行政よりも知っているのです。

 最後に、やはり島津亜矢について書いておきたいと思います。彼女の存在を知って5年がすぎようとしていますが、この5年間に彼女から学んだことは数多く、わたしの人生を豊かなものにしてくれました。
 今でもはっきりいえば「演歌」はすきではないわたしが、島津亜矢の数々の歌を通して他の「演歌」にも心を開くようになったことです。というより、実は1970年代からいまの「演歌」というジャンルが確立されたというひともいる中で、島津亜矢は美空ひばりに代表される戦後の歌謡曲にたどり着き、そこからさらに戦前の歌謡曲から野口雨情、中山晋平という近代の歌謡曲のルーツにまで到達し、惜しみないファンサービスでわたしたちにその宝物を届けてくれました。ポップスもジャズもブルースも並外れた歌唱力と歌心でわたしたちを見知らぬ世界に案内してくれる島津亜矢の、ほんとうによって立つところはやはりポップスなどではなく、中山晋平の立つ伝説の岸壁のように思います。
 わたしは島津亜矢の歌を聴き始めてから、不思議にさまざまな音楽を素直に聞けるようになりました。彼女の歌を聴いていると、とてもナチュラルで透明な感性につつまれるため、いままでつまらぬ偏見や意地で拒否反応を示していた音楽でさえ、その音楽と出会った喜びに浸されながら聴けるようになりました。わたしの中では島津亜矢を通して、先にあげたさまざまなジャンルのミュージシャンのメッセージがとても素直に受け止められるようになったのでした。
 いま、わたしは高橋優を聴きながらこの記事を書いているのですが、またひとり、来年から好きな歌手のひとりに、高橋優が加わってくれそうです。
 彼の歌を聴くと、彼が歌手になる前に信じられないほど歌がすきだったことが伝わってきます。彼はその時その時に感じることをそのまま歌っていて、そういう歌手はボブ・ディランや友部正人や忌野清志郎、ミスチルなど数多くいるのですが、彼の場合はどこまでもステージの向こうではなく、客席のわたしたちのそばにいるような感覚があり、それが嫌いというひとも結構いるとは思いますが、わたしはそれがとても魅力的だと思います。
 そして、島津亜矢に今年とくに感謝すべきは、彼女が2008年につづいて今年のコンサートで「戦友」を歌ったことでしょう。島津亜矢のファンの方々からは叱られるかも知れませんが、いろいろな受け止め方があることを承知で、わたしは彼女の冒険に拍手を送りたいと思います。いまどき、軍歌を歌う人は皆無といっていい中で、よくもわるくも忘れてはいけないことを真正面から受け止められる島津亜矢は、すでに歌手以上の存在だと言えるでしょう。
 戦後生まれのわたしはなんとなく大人たちの戦争の自慢話や苦労話、時には中国人を傷つけ虐殺してしまった話などを聞き、どこかで「戦争をとめられなかった大人」とみていたところがありました。その頃とくらべてインターネットなど多彩な情報が手に入ると思ってしまいますが、実は極端に偏った狭い情報と、結局はひとつの方向に誘導する悪意ともいえる意志がネットにかぎらず暗躍していて、今のほうが戦前よりも危ない状況と感じます。そんな時に、島津亜矢の「戦友」は、わたしの心の裏側にひそやかに届き、何万の情報よりもはるかに強く、国家と個人と平和のありようをわたしに問いかけているように思います。
 来年30周年となる彼女は、これまでの激しい進化の果てに実ったかけがえのない果実をわたしたちに届けてくれるに違いないと思います。

島津亜矢「風雪ながれ旅」
今年最後の島津亜矢の歌の紹介を何にしようかと迷いましたが、オリジナル、カバーを越えて、恩師星野哲郎の最大傑作のひとつであるこの歌にしました。ちょっぴり、「紅白歌合戦」への皮肉も込めて…。
初代・高橋竹三は津軽三味線というもっとも「日本的なるもの」で世界に受け入れられました。島津亜矢もいつか、そんな時代が来ることを願っています。

島津亜矢「戦友」

高橋優 「ほんとのきもち」

高橋優 「陽はまた昇る」
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TARK5 : URL 年末に

2014.12.30 Tue 19:42

tunehiko様

今年はひょんな事からお近づきになれた事
とても嬉しく思い感謝しております。
ありがとうございました

「戒厳令の夜」
とても懐かしく思います。映画に
成っているとは知りませんでした。
もう約50年も前に書かれた小説なのに
これを読むと今の原油暴落とか
天然ガスとロシアの
関係とかが分かるのでは・・と思います。

五木寛之は 野坂昭如 と違って政治的発言
は一切しない人でしたが
( 野坂昭如がいけないと言う意味ではない)
この頃に書かれた
「裸の町」「戒厳令の夜」「デラシネの旗」
私の中では(勝手に)三部作と位置付けて
います。ノンポリ人間の私でも
ファッショの足音がはるか遠くに聞こえて
きそうな今、読み返して見る
価値は多いにあるのではと思っています。

それと一水会の鈴木邦男さんは注目
に値する人物ではと・・・

亜矢さんが「演歌」の枠に閉じ込める事が
できないのと同じで「右翼」の枠で括って
しまうには惜しい人です。

     ******

どうぞ良いお年をお迎えください。
来年も宜しくお願い致します。

p.s
私のブログの文中にtunehiko様の文章を
一部引用させていただく事、どうか
お許し下さいます様お願い致します。

tunehiko : URL 来年もよろしく

Edit  2014.12.31 Wed 15:21

TARK5様

わたしの方こそ、最初にコメントをいただいた時からとてもたのもしい存在です。わたしは少し軽薄なところがあるのですが、TARK5様のブログやコメントは真摯で奥深く、とても楽しみにしています。
来年もよろしくお願いします。
TARK5様のブログにもコメントします。

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