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2014.09.30 Tue 島津亜矢「BS日本のうた」

 9月28日放送の「BS日本のうた」に島津亜矢が出演し、「俺の出番はきっと来る」と「函館山から」を熱唱しました。収録日は9月11日で、8月28日の「歌謡コンサート」につづく夏休み明けの活動の始まりのひとつでした。
 「歌謡コンサート」の記事でも書きましたが、この時期の島津亜矢は座長公演の緊張から解放され、リラックスした表情で、しかもその歌唱力は毎年一段ギアが入る感じでとても刺激的です。今回もまた何時にもまして表情がゆるやかで、夏までの疲れを感じさせない生き生きとした姿で、しかもとてもゆったりとしていて自信に満ちたステージでした。
 「俺の出番はきっと来る」という歌は不明にもまったく知りませんでした。ネットで調べてみると1983年の米倉ますみの歌で、島津亜矢は1989年のアルバムでカバーしていました。1989年と言えばデビューして3年でまだ10代の時で、ずばぬけた歌唱力で大人たちを驚かせた伝説の時代でした。
 しかしながら、正直なところ演歌がとくに好きではなかったわたしには、この時期に収録されている「袴をはいた渡り鳥」や「出世坂」など星野哲郎の作詞にはさすがと思いつつ、素直に心を震わせることはできませんでした。
今回はじめて聴いた「俺の出番はきっと来る」も、どちらかといえばわたしの苦手な歌のひとつですが、それでもなお、この歌を歌う島津亜矢の歌唱には心がぐらっとしてしまいました。最初のつかみの一節で、わたしだけではなく多くの人が彼女の歌に引き込まれたことでしょう。
 1989年のアルバムに収録されている貴重な音源が紹介されていて、それと聴き比べると天才といっていい恵まれた声量と歌唱力をすでに10代で獲得していた島津亜矢が、それから四半世紀という長い年月、いかに努力を積み重ねてきたのか、その歌の足跡がくっきりと見えるようです。天才はそれだけでは何事もなしえず、努力こそが天才を真に生かし、天賦の才を一本の矢の先にできることを証明しているようです。
 伸びきった高音だけではなく、柔らかくコントロールされた高音を何種類か使い分け、ぞくっとする低音を獲得し、歌を時間と空間の色鮮やかな芸能にまで高め、さらに同じ時代を生きるひとびとの心をつなぐ通底器として、孤独な心、愛を求める心、歌を必要とする心を優しく受け止めてくれるまでに、彼女の歌は進化し続けてきたのでした。

 「函館山から」…。この歌もまた島津亜矢によって新しい息吹を注入され、歌い込むほど新しくよみがえる名曲です。わたしはアルバム「BS日本のうたⅦ」に収録されているこの歌がその時点で完成し、歌の誕生の地にたどり着いたと思っていましたが、それは間違いでした。今回の歌唱はさらに表現豊かになっていて、この歌の登場人物の、歌でしか表現できないかも知れない身の丈をこえる心のざわめきと切なさが、テレビ画面を通しても生々しく伝わってくるのでした。
 これも以前の記事に書きましたが、わたしはこの歌を聴くと不器用な生き方しかできなかったわたしの「青い時」を思い出します。若いということでは決して許されない数々のまちがい、ひとを傷つけ、ひとに傷つけられ、三上寛の歌のように「手を組む前に裏切りおぼえ」、社会を批判しながら実は社会から限りなく逃げつづけ、他人を非難しながら他人に依存し、暗い部屋で膝をかかえながらうずくまっていたあの時、それでも数少ない友がわたしをささえてくれました。
荒波が押し寄せる青春の海岸線を時速200キロで走ることを夢みていたあの頃、若さはまた残酷にもわたしの心にいくつもの悔恨を残して遠い沖へと去って行きました。
 砂浜に残された青春のかけらは、全部をつなぎ合わせてもすでに「いとおしいひと」への思い出にすらなりませんでした。大人になるということは、とりかえしのつかない青春のかけらを拾いながら、自分の道を自分で生きる決意をすることなのだと知りました。
 わたしはこの歌の男よりは、きっとしあわせなのだと思います。今でも決して器用な生き方はできていませんが、そして大きなことを成し遂げることも、お金持ちにもならず、これからの人生を少ない年金でくらしていけるのかとても不安ですが、それでも「自分が信じる道」を歩み、その歩みの中で少しは解りあい、認め合う何人かの友を得ることができたのですから…。
 美空ひばりの芸能生活40周年記念曲である「函館山から」は小椋佳の作詞作曲による1986年の作品です。わたしはもちろん美空ひばりが歌うこの歌はすばらしいと思うのですが、島津亜矢が歌うとこの歌は男女の切々たる邂逅と悔恨から、すぐあとに訪れた昭和の終わり、さらには20世紀の世紀末をむかえ、猛スピードで日本と世界の景色をなぎ倒し、再構築し、無数のいのちが傷つきたおれた時代の「青い時」への挽歌のようにも思えてくるのです。

 この日、島津亜矢が歌った2曲にそんな思いを抱きながら、わたしはもうひとつの感慨とある確信を持ちました。もうひとつの感慨とは彼女の進化が今回、また次の段階に突入したのではないかということでした。わたしは「SINGER2」というアルバムを聴いた時、そのすばらしさがうれしいと思う以上に、ある意味ショックを受けました。それは前からだれもが感じていたことですが、演歌歌手が歌うポップスとは言えない歌への踏込に、島津亜矢の底知れない才能と想像できない努力を今まで以上に見せつけられたからでした。それは竹中労がプロデュースされたと聞く美空ひばりのジャズの名盤に匹敵するものであると思います。
 ジャンルを越えたすべての歌が先入観なく彼女の純白の心にしみわたり、そこから新しくよみがえる様子は、まるで歌の不死鳥のようです。そのギアがひとつもふたつも入った新しい進化の成果を、島津亜矢は今また演歌に注入しようとしているのではないでしょうか。それは以前に予感していたものの、「島津演歌」という新しい領域にあると、強く確信します。  今回の放送は、島津亜矢の「演歌元年」への静かなスタートを暗示しているように思います。

島津亜矢「函館山から」
LUXMANさんの作品です。まだ若い島津亜矢が完璧に歌っています。ただ、それ以上のものを今の島津亜矢は歌にしていると思います。

過去の記事 島津亜矢の「函館山から」・「BS日本のうた7」その1 2012.12.31 Mon

島津亜矢「俺の出番はきっと来る」1989年

島津亜矢「俺の出番はきっと来る」2014年
今回の放送の映像がアップされています。今の間にぜひきいてください。
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フィレオ―(池 勝男) : URL 東京オリンピック

Edit  2014.10.02 Thu 09:31

今日は。
あくまでも私見ですが、HNは男らしくない正々堂々実名で書きます。
仰有る通り、「俺の出番はきっと来る」 素晴らしかった!

終始笑顔で、余裕たっぷりの歌唱でした。
正に舞台映えがして、おもわず拍手してしまう・・・。
若い友人がいて、曰く彼女が最初に唄うと、他の歌手・・・。

いろいろ書かしてもらいましたが、これで、筆をおくことにします。
私は欧米型の人間で、曖昧は嫌いです。
イエスかノーです。

誤解されてもかまいませんが、別の形で亜矢姫様を応援していきます。
ツネヒコ様はじゃんじゃん書いて下さい。
一つ言いたかったのは2020年東京オリンピック。

島津亜矢 国家、「君が代」開催国代表で歌って欲しい!
CDは、新東京オリンピック音頭 日本を代表する島津亜矢を
世界に知らしめたい!

歳三 : URL

2014.10.05 Sun 17:40

tunehiko様
初めてコメントさせていただきます。

同世代を生きて来た男として、あなたのブログにとても共鳴しています。

きっかけは勿論「島津亜矢」です。
終戦の翌年にこの世に生を受けて以来、
「貧しさ」から抜け出せずに、常に世間に背を向けて、もがいていた私は全く音楽には無縁で競馬、麻雀に明け暮れて30過ぎまで
プータロー生活でした。
女手一つで育ててくれた母親にも親不孝の限りを尽くして、今考えると恥ずかしい限り。

親孝行したい時には親は無し

私が亜矢さんを知ったのは今年になってからです。恥ずかしながらそれまで存じ上げませんでした。あるきっかけで亜矢さんを知った時の衝撃は自分の想定外の物でした。
あなたの様に文才もなく浅学非才な私には
表現の言葉がありません。

元々音楽、特に演歌には嫌悪感が有った私
にとっては藤圭子、森進一位に少し興味が
有った程度で唄を聴くと言う事は有りませんでした。島津亜矢に出会ってからは自分でも
信じられないのですがノメリ込んでしまいました。今までCDを買ったのは たかじん の
CD2枚のみの私が
CDを買う、DVDを観る、you tubeを探す、果ては名古屋まで新幹線に乗って人生初の
コンサートに行く、(私は神戸在住)

一体これは何なのでしょうか?

私が自問してみるに亜矢さんは演歌とかPOP
とかを超越した存在でその表現力で魂を揺さぶられるからでは?と勝手に思っています。

島津亜矢は神が地上につかわした
存在ではないか?・・・・と

それに類似した事は歴史が証明しています。
幕末には
吉田松陰、西郷隆盛、坂本龍馬、大村益次郎
突然現れて、その役割を終えると去って行き
残ったのは二流人ばかり(司馬遼太郎曰く)

亜矢さんの役割(人に感動を与える)はまだまだ進化してこの先少なくとも50年は地上に残ってもらわなければなりません(笑)

この歳になってドキドキ、ワクワクする事
は何事にも替えがたい物です。

いつも読ませていただいている
tunehiko様
いつも感動をもらえる
島津亜矢さん

感謝します。

これからも宜しくお願い致します。

tunehiko : URL

Edit  2014.10.05 Sun 18:36

フィレオ―(池 勝男)様
お便りありがとうございます。ひとそれぞれで、いろいろな考え方や生き方があることでしょうが、「島津亜矢」のファンでいられることは共通のうれしさであるのではないでしょうか。
わたしは多くの島津亜矢さんのファンの方々に怒られることを承知で、彼女には「君が代」は歌ってほしくないのです。
それは何回かはこのブログに書いてきました。わたしはすくなくとも歌うことを強制する歌はそれが革命の歌であっても校歌でも、国歌であっても好きではありません。
歌はひとつの心がもうひとつの心へと届けるものであって、それがたとえ軍歌であっても「君が代」であっても、その歌を必要とする人たちによって歌い継がれるものならば、わたしはそれはそれでいいと思っています。それでもわたしは国家によって押し付けられる歌よりは、国定忠治を物語る歌の方が好きなのです。島津亜矢はどんな歌を歌ってもひとの心の奥の奥にまで届けることができる稀代の歌手であるからこそ、「君が代」ではなく、「瞼の母」を歌ってほしいと思います。

tunehiko : URL ありがとうございます。

Edit  2014.10.05 Sun 18:56

歳三様
うれしいお便りありがとうございます。
わたしのブログではコメントしてくださる方が少なく、ややもすると一方通行の感があります。私自身の人生と島津亜矢さんをはじめとするさまざまな「歌舞音曲」との我田引水的、かつ理屈っぽい記事ですので、それも仕方がないと思っています。
ですから、歳三様からのお便りで、少し前からわたしのブログを訪れてくださっていることを知り、ほんとうにうれしく思いました。
お便りを読ませていただいたら、わたしと同じ年代で、なおかつよく似た境遇で人生を歩んでこられたように思います。
わたしの母は今でいうシングルマザーで、歳三さまのお母様と同じように、赤貧の中で私と兄を育ててくれました。その恩返しもあまりできないまま、すでに17年前に亡くなりました。
また、わたしは島津亜矢さんのファンになってまだ5年もたたず、コンサートに初めて行ったのは3年前です。
そして、長い間演歌とは程遠く、妻の母と同居してから聴くようになったので、歳三様と似た感覚をもっています。
そんなことで、勝手に親近感をもってしまいました。
お読みいただいたらお分かりのように、島津亜矢さんの記事の割合が多いものの、障害者の問題などの社会的なテーマから、演歌とは程遠いポップスに関するものなど、支離滅裂なブログですが、これからもよろしくお願いします。

歳三 : URL

2014.10.05 Sun 20:37

tunehiko様

ご丁寧なるコメントありがとうございます。

「食堂を経営されていたお母様」の
お話を度々読ませていただき
私の方こそ tunehiko様にとても近親感
を抱きました。
これからも
島津亜矢さんへの詳細な分析、評価
をお願い致します。

P.s
私も「君が代」より「瞼の母」

歌って欲しい唄は人それぞれです。
論点にはなりません。

私の希望は(99%ないでしょうが)
たかじんの「たった独りのアンコール」

tunehiko : URL

Edit  2014.10.06 Mon 00:23

歳三様

こちらこそ、ありがとうございます。
実はわたしには音楽の専門的な知識もありませんので、 「詳細な分析、評価」は心もとないのですが、島津亜矢さんの歌と出会って、ひさしぶりに演歌を肯定できるようになっただけでなく、ポップスやロックやジャズから、芝居などの大衆芸能や自分の人生までも、彼女の歌を抜きには考えられなくなりました。この歳になって、島津亜矢のファンになれたことを誰かに感謝したい気持ちです。
「たった独りのアンコール」、とてもいい歌でした。

フィレオ―(池 勝男) : URL 教育

Edit  2014.10.07 Tue 16:09

「国歌」 君が代
@@@とか@@@されたとかいろいろ考え方あります。
私も学生時代 安@反対やっていた学生運動家でした。
私達は若者が立ち上がればきっと日本は良く成ると信じて
立ち上がりました。 しかし、駄目でした。
左翼から変更されたと言われても仕方ありませんが、
一般論として、日本国を代表して、姫様が振袖で「君が代」を
歌う姿、どうでしょう。 無論アカペラで。
世界に放送されます。 @@とか@@と重なります。
「君が代」「@@マル」
一般の人どうでしょう。 一つの考えだけ怖いです。
浅間山荘、 論戦するつもり有りません。
ただ、反対されるのなら「君が代」を超える国歌を作曲してください。
勿論、天皇が責任を取らなかったことは私もおかしいと思っています。
今は、そう言う意見もあるかなと思える様な年になりました。
あなたは若い・・・。

tunehiko : URL

Edit  2014.10.07 Tue 20:55

フィレオー(池 勝男)様
丁寧な返信、ありがとうございました。
少し意味が解らないところもあるので、適格なご返事はできかねますが、「君が代」の政治的、歴史的な論議についてはそれぞれの思いがあり、それはそれで議論を交わせたらいいのかもしれません。
ただ、わたしがここでお話ししているのは、それとはまったく違うことなのです。
わたしは「君が代」でなくても、「国歌」そのものが好きではないのです。
最近はそういうだけで「反日」とか「売国」とかと攻撃するひとたちがいますが、もう少し踏み込んで言えば「国歌」であっても、それを歌うことを求められたり、時には強制されたりすることが好きではないのです。
歌いたい歌を歌い、聴きたい歌を聴き、一緒に歌いたいと思う歌を一緒に歌うのなら、たとえその歌が「君が代」であるならそれはそれでいいのです。
最近は歌われることが少なくなった軍歌「戦友」を島津亜矢が歌うと、会場ですすり泣きが聞こえるといいます。
先の戦争で家族をなくしたひとたち、戦後の過酷な時代を生き抜いてきた人たちの心の底に、島津亜矢が歌う「戦友」は届くからだと思います。「君が代」はあくまでも「君」が主人公で、悲しさや懐かしさを共有できる民の歌とは言い難いとわたしは思ってしまうのです。
しかしながらそれ自体、ほんとうに個人の想いとして、わたしは「国歌」や「君が代」が苦手というか、好きではないというだけで、それ以上でも以下でもありません。
「反対されるのなら「君が代」を超える国歌を作曲してください。」と書かれていますが、わたしは反対しているわけでもなく、また「君が代」を超える国歌をまったく必要としないだけなのです。
この論議はここまでとさせていただきますね。次はご返事できかねますので、お許しください。

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